2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
全31件 (31件中 1-31件目)
1
「我以外皆師也(われいがいみなしなり)」。自分以外のあらゆるものは、何かを教えてくれる先生である。いい言葉ですね。「宮本武蔵」など数々の時代小説を著した大作家・吉川英治さんが好んで口にしていた言葉で、作品のなかでもしばしば登場人物に語らせているといいます。わたしもとても好きな言葉で、どこかしらで耳にするたびに思い出しては、心にとどめておこうと思います。たとえ年少者でも、あるいは物言わぬ草花や道端で出会う野良猫でも、触れ合うなかで何かを感じ取ろうと意識さえしていれば、新しい発見や成長のきっかけとなる気づきを得ることができるものです。その一方で、江戸時代初期の剣豪・宮本武蔵自身が著した「五輪書」には、次の言葉があるそうです。「万事において、我、師なし」何事においても、私に師匠などおりません。まるでオセロの石の両面のように、冒頭の名言と裏表を成す意味合いに感じられます。受け取りようによっては、「自分は何かを人に教わったことなどない」と独りよがりに響くような気もしますが、そこに込められた想いはきっと違うでしょう。「他者の知恵に頼って、自分の頭を使って考えなくなったらおしまいだ」そう自分自身に言い聞かせ、次々と遭遇する難局に自分の頭で考えて対処してきたからこそ、口に出る言葉なんじゃないかと思います。だから、決して他者から何かを教わることを卑下しているのではないと思うのですね。どちらか一方を座右の銘として、ぶれない人生を歩んでいく。それはもちろん悪いことではないし、実際にそうすることでよりよく生きていける方もたくさんいらっしゃることでしょう。でも、実際に人生で直面する問題は複雑で、なにか一つの信念のもとにすべてを解決していくというのは難しいだろうと思います。相反すると思われる考え方を併せ持ち、状況に応じて、あるいは各人の性向に合わせてうまく使い分けまとめ上げていくのが、人生の醍醐味なのかも知れません。たった一つの思考法でうまくやっていけるほど、生きるということは簡単じゃない。だからこそ、局面ごとに問題に対峙し、毎回違った乗り越え方を楽しんでいける。一定のパターンが埋め込まれたテレビゲームと違って、人生にはクリアするための法則なんてないのだとあらためて考えてしまいました。時には他者を手本とし、またある時には自分の頭で考えて決断し、自分の人生をしっかりと歩んで生きたいものですね。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】遊びに来てくれた妻の友人から、たくさんのおみやげをいただきました。そのなかの一つが金沢名物のとり野菜みそ。今夜の食卓には、さっそくとり野菜みそでこしらえた鍋が載せられました。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/31
コメント(2)
20ページにも満たない本当にささやかな「やずや・心の文庫」。時おり商品とともに同梱されてくるこの小冊子を、わたしは愛しています。ごはんの支度ができるまでにはまだまだ時間がかかるのだけど、お腹が空いて仕方がない。戸棚の中を覗いてみると、いつ誰が買っておいたのか、小分けにされたほどよいサイズのチョコレートスナックが入っている。これはグッドタイミングということで袋を開け、口に運ぶそのスナックが臓腑に浸みてじつに美味しい。ちょっとした時間に読めて、しかも充分に心を暖めてくれるその小冊子は、わたしにとって上のチョコレートスナックのような存在です。今回手元に届いたのは、第四集「言葉・言霊・光る言葉かけを」と題した時枝悦子先生の講話録です。時枝先生は明治42年(1909年)に現在の北九州市にお生まれになり、小学校の教師としてご活躍された後は、その体験を活かして教育や育児に関する講演やボランティア活動に取り組んでおられます。講話自体は平成6年に行われたもので、時枝先生は当時85歳。「休養は、あの世に行ってからゆっくりと取らせて頂きます」きっと体力も衰えて家を出るのも億劫なご年齢なのに、自分の体験を若い人々に語ることが使命と自覚して講演に臨んでおられます。そんなひと言に触れるだけでも、「あぁ、オレも休んでいる場合じゃないよなぁ」と発奮させられる想いがします。本書のなかで特に心に残っているのが、食事の団欒にまつわる話です。戦争が暗い影を落とす貧しい時代、先生は母として限られた食材を使って調理していました。支度が出来上がると、必ず「できたよ~」と家族みんなに声をかけ、全員が一堂に会して食事となります。なぜ「できたよ~」と号令をかけるのかというと、当時ごはんと言えば米がパラパラとしか入っていない雑炊で、もしも遅れると汁しか飲めない者が出てくるからです。必然的に顔を揃えた家族同士はささやかな食事を味わいながら語り合い、暖かなひとときを分かち合っていたのですね。一方、あり余るほどの食料を手に入れた現代では、上のような食事の団欒の機会が少なくなっているという現実があります。ごはんが冷えたら電子レンジで温めればいいし、味噌汁が冷めたらコンロで温めなおせばいい。文明の利器を得て、いつでも腹いっぱい食べられるようになったら、人間はひとりぼっちになってしまったというわけです。どんなに便利な道具が与えられても、その使い方を心得ておかなくてはならないのだと思います。食事するということは、単に「食べる」というだけのことではないのですね。家族が集まってその日にあった出来事を話し合い、それぞれの体験を共有し、いっしょに考え、時には反省を促し、お互いを育てあっていく場が食卓なんです。あらためて家族で食事をする意味を考えさせていただきました。この話題に限らず、時枝先生のお話はこちらにスーと入ってくるというか、素直に聞き入れたいと思わせる独特の雰囲気があります。それはきっと、先生の言葉遣いが美しいからなんじゃないかと感じます。「言葉・言霊・光る言葉かけを」というタイトルをそのまま生き写しにしたような時枝先生の講話録は、わたしの心に清々しさを遺してくれました。また一人、本を通して素晴らしい方との出会いを与えてくださった「やずや」さんに、心から感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】午後に妻の大学時代の友人二人が遊びに来てくれました。いっしょにごはんを食べ、そしてニュースーパーマリオブラザーズ・Wiiに興じる(笑)。惜しむらくはコントローラーが一つしかなくて、複数人でプレイできないことです。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング35分。
2010/01/30
コメント(0)
「思わず愚痴をこぼしたくなる時、誰かのことを罵りたくなる時、私は心のなかで神様に語りかけます」カトリックの信仰を持つ方が、そうおっしゃっているのをお見受けしました。一生懸命に取り組んだ仕事が認めてもらえない、性格の合わない知人に傷つくようなことを言われた、妻(夫)のことが憎くて仕方がない、・・・。人間として生きていれば、誰にだって思い通りにいかないことがつきまとい、時にはその想いを口に出して誰かに伝えたくなるものです。たしかにそうすることでスッキリして、また前を向いて歩き出せる方もいるでしょうけれど、耳を貸したほうはそれほどいい思いはしないですよね。自分が口にした愚痴はとうぜん自分の耳にみ届くわけですから、その想いはさらに強化され、ますます心に影を落としていくでしょう。そうかといって、やり切れない想いを発散させずに抱え込んだままでいることは、とても難しいことです。どれだけ我慢をしていたって、そのうち身体に表れて体調を崩してしまうのが目に見えています。誰にも迷惑をかけず、しかも心に宿ったわだかまりを解消するには、どうすればいいのでしょうか?そこで提出されたひとつの答えが、自分が信じている神様に打ち明けるという冒頭の言葉です。その方は、畏れ敬う神様に声なき声で語りかけることで心のもやもやが晴れて、清々しさを取り戻すことができるようです。「自分はそんなことじゃ気が晴れないよ」そうおっしゃる方もいるでしょう。こちらを見て、それらしい表情をしてうなずきながら聞いてくれる他者が相手じゃないと、スッキリできないよ、と。たしかにそうかも知れませんね。冒頭のクリスチャンの方の場合は、神様という存在をはっきりと自覚していて、まるで傍らにその方が寄り添っていらっしゃるような感覚があるのだろうと思います。クリスチャンに限らず、篤い信仰をお持ちの方々は常に朗らかな顔をしているように見えるのですが、抱え込んだ陰鬱なものを信頼する神様と分かち合うという方法を、みなご存知なのかも知れませんね。では、わたしのように信仰心のない無宗教な人間は、いったいどうすればいいのでしょう?行き場のない想いを、誰に聞いてもらえばいいのでしょう?ふと思ったのですが、神様に対してではないのですけれど、自分も日ごろ似たようなことをしているのではないでしょうか?というのは、悲しくて悲しくて仕方がない時、わたしは天国にいる大好きなじいちゃんを思い浮かべながら、何事かを語りかけることがあります。「どうすればこの状況を好転させることができるんでしょう?」「どうか好い方向に導いてください」・・・。愚痴とも祈りともつかない想いを心の中でつぶやく時、その先にはいつもじいちゃんがいるような気がします。そう、語りかける相手が神様ではなくても、自分が一番信頼している誰か、自分が心底愛している誰かに向かって語りかければいいのではないでしょうか。たとえどこか遠く離れている人でもいいし、もうこの世にはいない人でもいい。とにかく親愛なる存在に向かって、ひとり語りかけることがわたしたちを救ってくれるのかも知れません。愚痴らず、挫けず、小さな一歩一歩を積み重ねて参りましょう!今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】しばらく前から、やたらとお腹が空くようになりました。一時は病気なんじゃないかとさえ考えたのですが、最近その原因が分かりました。どうも朝のジョギングが食べ物の消化を促進しているようです(笑)。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/29
コメント(0)
朝から薄ぼんやりと生暖かい空気が横たわり、顔面をきしませる冷気はどこかへ消え去っていました。空は物憂げな灰色の雲に覆われ、その一角に唇のような形をした窓が開いていて、淡い水色が透けて見えます。天気予報によれば、午後に雨が降るかも知れないとのこと。どうか帰路では降らないでくれと祈りながら、通い慣れた道のりを歩き始めました。「ダウン・ジャケットを脱いでしまっても大丈夫なんじゃないかな?」歩き出してから五分もすると、全身に熱が行き渡って汗ばむほどです。まるで暖かい空気が押し上げてくれているみたいに身体が軽く感じられて、自然と歩調が早まります。いつもより光を欠いて色褪せて映る通勤路を淡々と進んでいると、ふと対岸の歩道から現れた人影に気づきました。それは朝食の支度の途中に出てきたといった様子の老婦人で、少し背中を丸めながらこちらへ駆け寄ってきます。どうやらゴミを収集所に置いてきた帰りのようでした。そこは30秒に一台くらいの割合で自動車が往来する二車線の道路で、あまり悠長に渡ることはできません。目が悪くて遠方のものに気づきにくいので、わたしもこの道路を横断する時には、いくぶん集中しなければなりません。それでも、いちおう足腰は鍛錬しているので、いざという時は瞬発力を活かして駆け出せば済むさという気持ちもあるのですけれど。わたしのことはさておき、いままさにその道路を横断している老婦人は、何事か聞き取れない言葉をささやきながら、せっせと足を動かしています。その足取りは決して円滑ではなく、気持ちほどには動いてくれていないことが見て取れます。きっと今くらい懸命に駆け足する機会なんて、日ごろはないのでしょう。しかし、その身動きの窮屈さとは裏腹に表情はやわらかく、微笑みさえ浮かべています。その姿に目を奪われて、老婦人が決して短くはない必死の横断を完遂するまで、ジッと見届けてしまいました。「なんて美しい光景なんだろう・・・」ほんの数秒間の出来事が過ぎ去ってしまってから、そんな想いがふつふつと胸にこみ上げてきました。老婦人にとって、いつ猛烈な速度で車がやって来るか知れない道路を渡ることは、辛いことだと思います。同じ状況におかれたら、顔をしかめながら舌打ちしつつ渡るお年寄りだっているはずです。そんな恨みがましい素振りをこれっぽっちも見せることなく、今朝出会った老婦人は笑顔で駆け足していました。そのけなげな様子がじつに爽やかで、わたしの心に清々しい風を吹きこんでくれたのです。「あのおばあちゃんの姿勢を、わたしも見習わなくちゃいけないな」どんなに向かい風が吹いてこようとも、愚痴らず、恨まず、微笑んで一生懸命に前へ進んでいかなくちゃいけないですよね。どんよりとくぐもった空のことなんて忘れてしまうくらい、気持ちが晴れやかになっていくのを感じました。今日も好い出来事に恵まれて感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】一枚のセーターが忽然と姿を消してしまいました。間違いなく家のなかのどこかにはあるはずなのですが、思い当たるところにはありませんでした。子どもの頃、草むらに消えた野球ボールを捜した記憶を思い出しながら、捜索を続けています。●今日の天気くもり。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/28
コメント(0)
誰もいない休憩室にひとり立ち尽くし、窓の外を眺めていました。年老いたまゆげみたいな白い雲が真っ青な空に浮かび、家々の屋根は昼下がりの陽射しを浴びて鮮明に映ります。両手を重ね合わせて天に突き上げ、滞っていた流れを取り戻すように思いきり背伸びをしました。なんとも言えない心地よさが胸の辺りに膨らんで、ハァ~・・・と大きく息を吐き漏らしました。ほとんどの仕事はデスクワークなので、こうして機会を見つけては席を立ち、呼吸を整えます。特に、不完全な能力を最大限に引き出し酷使している眼を休ませることは、わたしにとってとても大切なことだと感じています。専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、細かな調節のきかない眼内レンズを通し、また傷ついた中心視野を補うためにルーペで拡大して文字を追っているものの見方は、きっと普通とは違った負担を眼に強いているだろうと思います。放心したように茫洋と空を眺めたまま、しばらくの間身動きもせずジッとしていました。「あぁ、肩に力が入りすぎてる・・・」ふと肩の辺りがこわばっていることを感じて、左手を右肩の上に載せました。指先に力を入れて硬くなっているところをギュッと圧し、それから肩の裏側、そして首に近いほうへと順ぐりに揉んでいきます。たしかにそこには圧するものを拒む肉感があって、それだけにくっきりとした感触が指先に残りました。「そういえば、以前鍼灸院に通っていた時も、ちょうどその辺りが非常に凝っていると指摘されたっけ」二年くらい前、耳の聞こえが悪くなったのをきっかけに通っっていた鍼灸院の先生から、指圧の際にそう言われたのを思い出しました。この肩こりはいま始まったことではなくて、ずっと前から抱え込んでいたものだったのですね。パソコンと向き合っている時間があまりに長いからか、それとも先に述べた目を補うための窮屈な姿勢のせいか、思い当たることはその他にも色々とあります。それに、よくよく考えてみれば、子どもの頃から全身ががちがちに硬くて、ストレッチングをするとたいして伸びてもいないのに激痛だけが駆け巡る身体なのです。「これは、意識して凝りを和らげることを始めなくちゃいけないな・・・」今度は反対に右手で左肩を揉み解しながら、そう思い立ちました。普段せっせと仕事に励んでいると、気づかないうちに思わぬところへ負担をかけてしまっていることがあります。できるだけ早くケアしてあげられたらよいのですけれど、一つのことに取り組んでいると周りが見えなくなりがちなわたしは、取り返しがつかなくなるまで放っておいてしまうことが少なくありません。自分の身体を健やかに保つことも仕事のうちだということを思い起こし、必要な手当てをしてあげましょう。健康は、人間にとって何より貴重な宝物なのですから。今日も好い一日となりました。ありがとうございました!!【三文日記】妻は定期的に「やずや」さんの商品を購入しているのですが、たまに素敵なプレゼント「やずや・心の文庫」が同梱されています。色んな苦境を乗り越えてきた方の講演録で、噛み締めるべきものがそこに綴られています。時間を作って、じっくり味わいたいと思います。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/27
コメント(0)
「今の国民は相当数が大脳皮質で冷静に判断する能力をお持ちでない。新聞が『けしからん』と書いたりすると、その人(小沢氏)が何を言っても耳を貸さない」読売新聞のWebサイトに目を通していると、そんな記事に出遭いました。同紙によれば、近ごろ政治資金規正法違反に関連して騒がれている民主党の小沢幹事長への反応について、国民新党代表の亀井氏がテレビ番組内で発言した内容なんだとか。きっとこの報道を耳にした人たちの多くが、違和感や嫌悪感を抱いたのではないかと推察します。その番組をこの目で見ているわけではないので、どういう文脈で出てきた言葉かは分かりませんけれども、わたしも国民の一人として「なんだかなぁ」と思わざるを得ませんでした。わたしは思うのですが、この一件は、国民の感覚と政治家の感覚とが鮮やかなまでにズレていることを明らかにする好例なのではないでしょうか?政治家は、国民に判断能力がないと愚痴をこばす。マスコミの報道に踊らされ、一人の政治家を悪者呼ばわりするのは、国民の「大脳皮質」での思考が足りないからだと言う。一方の国民はというと、一人の政治家の進退なんてどうでもよくて、そんなくだらない議論に税金を使うくらいなら、一刻も早くこの国がもっと良くなるための施策を練り、実行して欲しいと感じている。「新聞が『けしからん』と書いたりする」ことにはこれっぽっちも疑問を呈さず、国民に対してのみ責任を押しつける政治家が、本当にこの国を良くしてくれるのだろうか?この記事を読んだ時、率直なところそう感じてしまいました。どうも冒頭の発言内容を読む限り、発言者の心の中に国民への愛情はなさそうだなと感じてしまいます。国民の多くは、すでに政治家もマスコミも信用ならないということに気づいています。何か一つの事柄を取り上げるにも、その裏には利害関係が潜んでいるんじゃないだろうか?どうして国民がもっと目を向けるべきところに報道の光を当てないんだろうか?国民は「大脳皮質」での思考は弱っているのかも知れないけれど、そのぶん脳の奥深く、直感を使う部分は政治家などよりよっぽどまともである。だいたい、直感を必要とするまでもなく、人相を見れば誰だって政治家の人となりなんて察しがついてしまうものだ。・・・。とまぁ、上の言葉はでたらめであって政治家の中にも立派な方はたくさんいらっしゃいます。が、一方のことを悪く言うと、言われたほうは必ず反発してしまうものですから、冒頭のような言葉を盛らしてもきっといいことはないでしょうね。もしも国民に判断能力が欠けていると感じるならば、それを改善するためにはどうすればよいか?新聞が「けしからん」と言っていることが真実ではないとしたなら、どうすれば世の報道が真実に近づくのか?愚痴をこぼすよりも、そういうことを真剣に考え、行動するほうがいいのではないかと感じます。それはもちろん政治を行う者だけがそうあるべきというのではなく、マスコミも国民も同様であると思うのですけれども。ニュースを読んでいて、そんなことを考えてしまいました。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】近頃、レンコンが好きになりました。妻がこしらえてくれるのは、半円に切ったレンコン二枚の間にチーズや肉を挟んで焼いたもの。焼き立てはほくほくしていて甘く、歯応えがたまりません。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/26
コメント(0)
「おばあちゃん、おばあちゃん!!」隣のテーブルを囲んでいた四人家族から、張り詰めた空気が一瞬にして伝わってきました。「きゅ、救急車を呼んで、救急車を呼んでください!」快活な性格を表すように勢いよく席を立ち、お母さんは隣のテーブルで食事をしているわたしたちにも聞こえる声でそう訴えました。爽やかな出で立ちのお父さんはポケットからケータイを取り出して外へ駆けてゆき、妻も電話をしようかどうしようか迷っています。その間、お母さんはうつむいたまま目を閉じて呼吸をしていないおばあちゃんの背中をさすり、嘔吐してもいいように料理を盛っていた器を口元にあてがっています。「な、何かできることがあるだろうか・・・」切迫した臨席の様子を固唾を飲んで見守りますがどうしていいのか分からず、とにかく何かあったら行動できるようにと心の準備をしています。周囲の人々は餃子をはじめ味のいい中華料理を囲んで楽しげに語らい、ざわめきだけが虚ろに響いています。とその時、おばあちゃんの向かい側に座っていた男の子と目が合い、そのしぐさに虚をつかれました。というのも、チョコンと腰掛に座ってこちらに向き直り、微笑みながら人懐っこく手を振っているのです。「そんなに物珍しいことじゃないから、心配しなくていいよ」まるでそんなふうにこちらの動転した気持ちをなだめるように、くりっとしたきれいな眼をしたその少年は、しきりにわたしを見ながら手を振ってくれるのです。肩に圧しかかっていた殺気立った空気が外れたような気がして、緊迫した状況にもかかわらず、わたしは彼に手を振り返しながら微笑みました。「だいじょうぶ、だいじょうぶだからね」そんなことを口走りながら、何度も何度も少年に向かって右に左に手を振ります。しばらく見つめ合っているうちに、あぁ、この子はちょっと変わっているなぁ・・・と感じました。「変わっている」というのは決して嫌悪してそう言っているのではなく、きっと知的な成長が少し遅れているんだろうということを察したのでした。その年齢のお子さんなら、おばあちゃんがおかれた状況を感じ取ることができるはずだし、そうであればあんなに親しみのある笑顔でいられるはずもありません。次に男の子の正面に座っているおばあちゃんに目をやった時には、食べたばかりのものを音も立てずに戻しているところでした。どうやらおばあちゃんは食べたものを飲みこめず、喉に詰まらせて窒息しかかっていたようです。その忌まわしいものが体内から排出されてしまうと、石のようにこわばっていたおばあちゃんに人間らしい丸みが戻り、一命を取り留めたことを知りました。それを認めた妻はお店の外で救急車を待つお父さんのもとへ駆けてゆき、おばあちゃんの無事を報せました。まだいくぶん興奮覚めやらぬ様子のお父さんがテーブルに戻り、おばあちゃんの様子が落ち着くまでしばらく休んでから、四人は無事に帰路へとつきました。帰り際、お父さんとお母さんは隣のわたしたちに丁重に御礼をして、お店を後にしました。・・・。これは、つい先ごろ遭遇した出来事です。その時の映像を思い返していて、ふと感じたことがありました。それは、硬直したおばあちゃんのことなど目も暮れずに愛嬌のある笑顔を振りまいていたあの男の子が、実はおばあちゃんを救ってくれたんじゃないだろうかということです。もしもあの場に彼がいなかったなら、不穏な空気の大好きな死神がスススと歩み寄って、おばあちゃんの肩をポンと叩いていたんじゃないか。死神を呼び込まなかったのは、彼がそこに暖かい雰囲気を作り出し、おばあちゃんに近寄らせなかったからじゃないだろうか。明らかにおかしいことを言っているのは分かっていますが、わたしは本当にそんな気がするのです。今回出会った男の子に限らず、ときどき似たようなことを感じさせてくれる人がいます。実際には何も生産的なことはしていないし、声を発して周囲に影響を与えるわけでもないのだけれど、ただそこにいてくれるだけで人に安心感を与え、支えてくれる人のことを。世の中ではそんな目には見えない空気のようなものを認めてはくれないのですが、わたしはとっても価値がある人だなぁと思うのです。あの子が持っている素晴らしいものに、たくさんの人たちが目を向けるようになるといいなぁと願ってしまう今日この頃です。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】夜、夕食を食べ名がら録画してそのままになっていた「中井正広のブラックバラエティ」を見ました。古今東西の野球選手のしぐさのモノマネをしているのですが、本人(真似される人)を知っているだけにじつに面白い。学生時代、特徴のあるチームメイトのモノマネをしたことを思い出しました。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/25
コメント(0)
10時過ぎにバルコニーに出てみると、やわらかい陽射しが燦々と降り注ぎ、そこにデッキチェアでもあったなら座り込んでしまいそうなくらい気持ちよく感じられました。しんしんと冷え込んだ空気が居残る室内より、ずっと過ごしやすそうです。各部屋の窓を開け放ち、掃除機を持ち出して掃除に取り掛かりました。来週末は妻の友人数人が泊りがけで遊びに来てくれるので、今日のうちに塵埃にまみれた各所をきれいにしてしまいましょう。床に据えられた椅子や収納ボックスを邪魔にならない場所に移し、何もなくなった空隙をヘッドでなぞります。洋室、廊下、洗面所、トイレと鼻歌を歌いながら吸引し、寝室へと進みました。二つのベッドを一旦片側に寄せて、それまでずっと日陰になっていたところを目に見えるように曝してから、念入りに掃除機をかけていきます。情けない話なのですが、このところ筋力が弱っているのか、ベッドを持ち上げる際に力の入れ方を間違えると、腰に雷のような鋭い痛みが走ることがあります。二~三日無理をせずに放っておけば治るのですが、これを積み重ねていけば、いずれたちの悪い慢性的な腰痛になってしまうとも限りません。腰を落とすか、あるいは腰をピンと張ったまま関節に下手な力がかからないように姿勢を保ちつつ、そっとベッドの一角を持ち上げて少し移動し、今度はその対角線の角を持ち上げて同じ方向に少し位置をずらします。これは、ちょっとした筋力トレーニングになります。だいたいいつも寝室の掃除を終える頃に、身体がぽかぽかと暖まってきて集中力が最高潮を迎えます。寝室から和室、そしてリビング、ダイニングへと掃除機を連れ回し、この頃になると自分の体の一部のように本体とホース、それから電源コードの息が合ってきます。わたしは目が悪いので、床に散らばっている髪の毛や細かな埃を見逃してしまうことがあります。そうならないためには、億劫がらずに足腰のクッションを使って低姿勢を保ち、時によっては手のひらで床の感触を確かめることが大切です。目が届かない細部は、手の感覚がその代わりを務めるというわけです。与えられた感覚や筋肉をうまく使えば、多少の欠落は穴埋めすることができます。裏を返すと、もしもそれができなければ、わたしには人並みの掃除ができないということです。だからこそ、掃除をすることを通して、自分自身の各部がきちんと機能しているかを点検することにもなります。そのためでしょうか、掃除をやり遂げた後には、車検を終えたばかりの愛車を運転するような、新鮮な気分になります。排気口のフィルターを外して水洗いしたり、空きビンや空き缶をまとめたり、その後もひとしきり掃除を続けました。それが終わると、妻と連れ立ってモスバーガーへ向かいました。暖まった心と身体で、溢れんばかりのレタスが詰まったテリヤキバーガーを頬ばり、熱々のフライドポテトをかじってブレンドコーヒーをすすります。清らかな気分でかぶりつくハンバーガーは、格別に美味しく感じられます。穏やかな休日を過ごすことができて感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】まだ実現するか分からないのですが、旅行に備えて天橋立の勉強を始めました。図書館から借りてきた本を読み、名前の由来や地形の成り立ちなどについて知りました。知識が増えれば増えるほど、実際にこの目で見たくなってきます。●今日の天気晴れ。●今日の運動ウォーキング14000歩。
2010/01/24
コメント(0)
「勇気を出せ、たとえ肉体に、いかなる欠点があろうとも、我が魂は、これに打ち勝たねばならぬ。二十五歳、そうだ、二十五歳になったのだ。今年こそ、男一匹、本物になる覚悟をせねばならぬ」これは、耳の聞こえがますます悪くなり、うろたえている自分自身に対してベートーヴェンが手記にしたためた言葉です。人生の途上で耳の聞こえの一部を損なってしまった者として、スゥーと心にしみ込んできました。自分の体験から類推すると、ベートーヴェンの難聴の症状は、きっとじわりじわりとなぶり殺しのように迫っていったのではないでしょうか。ある時から耳鳴りが始まり、耳に届いてくる音階が少しずつおかしく響き始める。繊細な音感を持っていたベートーヴェンのことですから、きっと自分に起こりつつある変調を、敏感に感じ取っていたのではないかと想像します。そのうちどちらかの耳で著しく聴力が落ちる"発作"が始まり、朝目覚めると昨夜までとはまったく異なる聴覚世界に生きている自分自身に気づく・・・。音楽の訓練のみならず日々触れ合う人々の話し声も届いては来なくなり、周囲の人々と深い溝が生まれ、誰とも交わることのない断絶がやってくる。彼は当時二十五歳、わたしが難聴という病を引き受けた年齢よりも数年若いことになります。その不安はいかばかりであったか、とても計り知れません。わたしにとっての耳の病と彼にとってのそれとでは、比べようもなく重みが違っているでしょう。誰もが想像できるように、音楽家にとって聴覚を失うということは、手足を奪われることに等しいはずです。音楽のことなど何も知らないわたしでさえ、耳が聞こえなくなることにはずしりと重い恐怖を覚えているのに、それを生業としているベートーヴェンにとっては、きっと死ぬことさえ覚悟させる出来事だったのだろうと思います。しかし彼は決して挫けず、冒頭の言葉を自身の胸に刻み、音楽家としての道を深くふかく掘り続けました。「勇気を出せ、たとえ肉体に、いかなる欠点があろうとも、我が魂は、これに打ち勝たねばならぬ」この一節は、わたしの中にある暗黒の闇に光を注ぎ、前に進む気概を与えてくれました。体調が芳しくなく目や耳に変調の兆しが現れる時、邪悪な何かが忍び寄る影を背後に感じて、気持ちが沈んでいきます。「このまま目が見えなくなる、あるいは耳が聞こえなくなるんじゃないだろうか?」普段は遠避けている茫漠とした不安感が胸に広がり、押しつぶされそうになることだってあります。でも、これからそういう時には、ベートーヴェンが遺してくれた言葉を思い出そうと思います。どんなに肉体が損なわれようとも、魂さえ強く持ち続ければ心配はいらない。身体がどんなに傷つこうとも、すべての人に目が見える喜びをプレゼントするという夢さえ諦めなければ、また一歩前へ進んでいける。そう、魂とは、わたしを前へと向かって押し進める、揺ぎない志と言い換えてもいいのかも知れません。人生をかけて成し遂げたい夢さえあれば、病に屈することなど決してありません。今日も頑張って生きて参りましょう!ありがとうございました!!【三文日記】お昼、久しぶりにココイチ(CoCo壱番屋)でカレーライスを食べました。食事中、女性が一人で入りやすいかどうかという話題について妻と語っていました。店内の雰囲気や客層などから考えて、牛丼屋さんよりは入りやすいかなぁと思うのですが・・・。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/23
コメント(0)
背後からやって来る二台の自転車。運転手はそれぞれ四十代と思われる女性で、二人横に並んで走ってきます。なぜそれに目が留まるのかというと、二人はとても大きな声で話し合っているからです。近づいてくる女性たちの様子をよく見てみると、どうやら二人だけではないことが分かります。一方の自転車には小さな子どもを乗せるための腰掛がしつらえてあり、そこには男の子が座っています。二台の自転車がこちらと並ぶ頃になると、女性たちの服装にも特徴があることに気づきます。そこには有名な健康食品メーカーのロゴマークが刻まれていて、女性たちは職場に向かっているのでしょう。お子さんを乗せた方の女性は猛々しい口調で何かを罵り、表情を歪めています。もう一方の女性はそれに相槌を打ち、賛同の意を込めた何かを口走ります。その姿に注意を向けた時、嫌悪感を覚えずにはいられない衝動が突き動かされるのでした。というのも、お子さんを乗せた女性が片手にタバコを挟み、口から煙を漏らしながら運転していることを知ったからです。ポロポロとこぼれ落ちていく灰が過ってお子さんに降りかかりはしないかと、不安な視線を注ぎます。そこには、片手で運転していてバランスを崩すんじゃないかという懸念も混じり合っています。こちらを追い越してほどなく、嫌悪が憤怒に変わる瞬間が訪れました。猛烈にこちらの注意を引きつけるその女性は、ふかしていたタバコをそっけない素振りで道端に投げ捨て、素知らぬ顔でおしゃべりを続けながら走り去って行くのです。粛々と吸い殻のところへ歩み寄ると、それは白煙を立ち上らせて、まだくすぶっています。沿道には毎日子どもたちが集う公園があって、秋が深まる頃になると立ち並ぶ木々が葉を落とし、金色の絨毯が敷き詰められます。もしもそれらに火が移ってしまったらと想像すると、不安は益々膨らんでいくばかり。・・・。これはわたし自身の体験ではなく、妻が通勤の際に遭遇した出来事を語ってくれたものです。タバコを投げ捨てた女性はおしゃべりに夢中で我を忘れてしまっているのかも知れませんが、周りの人たちにはようく見えてしまっているのですね。お子さん連れの片手運転、それに社会的によく認知されているブランドのロゴが入ったジャンパーという状況が、見る者にいっそう強烈な印象を与えています。ここで問題なのは、「人に見られてしまっている」という事実ではありません。それでば、「人に見られないようにすればいい」ということになってしまいますから。そうではなくて、自分にとって関心のないものに対するあまりの無頓着さ、いつ何時もたくさんの人々に囲まれて生きているのだという認識の欠落が、女性の振る舞いに表れてしまっているのです。苦情というよりは、一社員の行動で会社全体が失墜してしまわぬよう、善意を込めて健康食品メーカーに伝えてあげたほうがいいような気もしています。でも、思い返してみると、こういう例は街のそこここに見かけられるように思います。自社の名前がでかでかと掲げられた自動車の暴走や違法駐車、歩行者の通行を著しく阻害しながら広告入りのティッシュを配るアルバイト店員・・・。そういう人たちの振る舞いを思い浮かべながら、わたしも油断せずに歩きたいものだと考えさせられました。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】夜、一週間の慰労を込めて行きつけの焼き肉屋さんを訪れました。生ビールで乾杯し、ハラミ、中落ちかルビ、せせりなどなど味付けのよい肉を心行くまで噛み締めました。いい仕事をしているお店にいると、本当に幸せな気分になります。●今日の天気晴れ。●今日の運動お休み。
2010/01/22
コメント(0)
誰もいない休憩室の窓から、見慣れた風景を眺めていました。北の一角にうっすらと水色が霞んでいるものの、空の大半は物憂げなねずみ色の雲に覆われて、見る者の溜め息を誘います。このところ冬晴れの日が続いていたので、しばらく顔を見なかった友人と再会したような色褪せた親密さを覚えました。眼下を歩く人々はコートを脱いで雑然と片手に携え、急ぎ足で視界から消えていきます。たしかに、今日は朝から戸惑ってしまうくらい暖かな空気に包まれました。まだ薄闇が居残る街中をジョギングした時には、家屋という家屋で窓を全開にして暖房をかけているんじゃないかと思うくらい、ぼんやりと生温い空気が横たわり、走るフォームさえぎこちなく感じられたものでした。30歩に一度気づくか気づかないかの微小な雨粒が宙を舞い、アスファルトは湿って紺色に色づいています。上着を一枚少なくして出かけたのですけれど、ほどなくして全身に熱が駆け巡り、汗が噴き出すのを感じました。この気温に身体がなじんでしまったら、明日からまた戻ってくる寒さが辛いだろうと思い、忘れよう、忘れようと心のなかでつぶやきます。そんなことをしたところで、忘れられるはずもないのですけれど・・・。傍らに据えられたテーブルにもたれかかり、曇天を眺めていた目を静かに閉じました。まぶたの裏の暗闇のなかに映像の断片が浮かび上がり、奇妙な感情が湧き上がってきます。そこは人影の少ない港町で、遠い記憶のようで懐かしく、しかしこれまで一度も見たことのない(あるいはこれまで見た風景を継ぎはぎしたような)奇異に映る風景でした。その映像のなかにわたしが現れて、ほころんだ表情を浮かべながら誰かと語らっています。恐らく仕事の途中で触れ合った人と、他愛もないおしゃべりをしているのだろうと察しがつきました。夢から覚めるようにスッと目を開けると、休憩室にいる自分が一瞬現実のものとは思えず、むしろつい今しがた見ていた光景のほうが本物のように思われ、うろたえてしまいました。「オレは、どこかで選ぶべき道を間違えてしまったんじゃないだろうか?」変な話ですが、その時は真剣にそう考えていたのです。いまわたしは、東京の一角にある無機質なオフィスでビジネスマンを演じ、冷徹な論理のなかを粛々と生きている。これは間違いなくわたしにとっての現実なわけですけれど、SFみたいに別の世界が並んで展開していて、そこではさっき脳裏に浮かび上がってきた別のわたしが、全く違う人生を歩んでいるのかも知れないと本気で考えていたのでした。「何をくだらないことを言っているんだ」そんな声が聞こえてきそうです。まぁ、後から落ち着いて考えればわたしも本当にそう思いますけれど、よほど頭が疲れていたのでしょうか、その時は真実を目の当たりにしたような気がしたのです。人間にとっての真実とは、いったいなんなのでしょう?瞬間瞬間に知覚している感覚世界だけが真実なのか、それともわたしが取り込まれそうになった虚構も含めて真実なのか、はたまた・・・。わけの分からないことばかり言って恐縮ですが、そんなことを考えてしまったひとときでした。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】何年か前に人からいただいた瓶詰めの入浴剤が手つかずのまま残っていることに気づきました。「賞味期限」のようなものがあるかも知れないとラベルを見てみたのですが、特に表記はありません。きっと大丈夫なんですよね・・・。●今日の天気くもり。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/21
コメント(0)
暦をあざ笑うかのように、このところの冷え込みは一挙に溶けて、小春日和に恵まれました。今日は一年のなかでも最も寒い頃とされる二十四節気の「大寒」なのに、思わずアイスクリームを食べたくなるくらいの陽気です。仕事を終えてオフィスを出た時には、いつもの癖で手袋をはめかけたのですが、自分が間抜けなことをしようとしていることに気づいてさっさとカバンにしまいました。首に巻きつけているマフラーも、見栄えとしては季節感を取り戻してくれるものの、実際には息苦しさを煽るだけの存在と化しています。帰宅してからニュースをチェックしてみると、日本列島に移動性高気圧が入り込んで南から暖かい空気が流れてきたらしく、全国的に三月並みの気温だったようです。もちろん寒さはすぐに舞い戻ってくるのでしょうけれど、時折訪れる今回のような季節はずれの陽気を経るごとに春は近づいてくるのでしょうね。しばらくニュースを眺めていると、京都の北野天満宮で勇み足な梅のつぼみがほころび始めているという記事を見つけました。祭神である菅原道真が好んだという梅の木が境内には2000本も植えられていて、2月下旬には見ごろを迎えるのだとか・・・。「ん、2月下旬!」このくだりに接した時、ひそかに探し続けていたものをとうとう見つけ出したような、なんとも言えない嬉々とした感情が湧き上がってきました。というのも、妻からの提案があって、ちょうど2月下旬に京都へ旅行しようかという話になっていたからです。さらに話の発端をだどれば、その企画はわたしへの「バースデー・プレゼント」ということになっています。まぁ、妻のことですから、きっとそれにかこつけて、どこかへフラッと旅に出たかったという方がホントのところなのでしょうけれども(苦笑)。旅程は二泊三日、我々の間では、ずっと訪れてみたいと言っていた天橋立に行ってみようということだけは決まっています。日本三景を巡る旅番組などで、よく股の下からその絶景を覗き、海と空とが反転してまさに天に架かる橋のように見えるという、いわゆる「股覗き」の様子を目にして、あれをやってみたいなぁと思っていたのです(笑)。実を言うと、天橋立の歴史や逸話に関する本を見つけ出し、すでに図書館に予約しています。たっぷりと薀蓄を蓄えてから、かの地をたっぷりと味わってみたいものです。三日あるうちの一日は天橋立に当てるとして、残る二日は何をしよう?まだ日があるので焦ってはいなかったのですけれど、内心そのことを思案していました。そこへ舞い込んだのが、見ごろを迎えるであろう梅の話だったわけです。お互いに仕事もありますからまだどうなるか分かりませんけれど、もしも本当に京都旅行が実現するとしたら、美しい景観をたくさん見られる予感がしてきました。京都はこれまでも三度訪れたことがありますが、すべて紅葉シーズンでした。京都に限らず、どんな街でも季節が異なれば、きっと全然違った風景や匂いを味わわせてくれるはず。レンタサイクルで自転車を借りて、そこに散りばめられた多彩な質感に一日じゅう余すところなく触れることができたなら、どんなに素晴らしいことでしょう。その時のことを夢見ながら、下調べを楽しみたいと思います。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】テレビ東京の「いい旅夢気分」を観ていたら、旅先は盛岡でした。出てくるんじゃないかと思ったら、いつだったか訪れたことのある老舗白沢せんべい店がやっぱり出てきました。自分が行ったことがある場所がテレビに映ると、なんでこう嬉しくなってしまうのでしょう。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/20
コメント(0)
ずっしりとした手応えがあるル・クルーゼの鍋に火をかけ、息苦しい衣服を脱いで部屋着に着替えました。職場の飲み会で妻の帰りは遅く、束の間の一人暮らしが始まります。シチューが焦げつかないように小まめにおたまでかき混ぜながら、とろけるチーズを取り出してイギリスパンの上に載せて、オーブンで焼きます。その形をしげしげと眺めていると、「おはよう!スパンク」を思い出して、思わずはにかんでしまいます。これを妻に伝えても、「なに、それ?」と言われてしまうんですよねぇ・・・。同世代ならみんなスパンクを知っていると思っていたのですが、こんな身近なところで反例に出会ってしまいました。おっと、そんな他愛もないことを考えている間に、パンの表面がこげ茶色に変わっているではありませんか!あわててつまみをひねって火を止めて、ほのかに焦げ臭いイギリスパンを皿に移しました。「そろそろグツグツ来るかな?」鍋蓋を取り上げて中を覗くと、こちらは弱火のせいか火の通りに時間がかかっているようです。パンも焼き上がったことだし、最後に強火で一気にいってしまおう。ガスのつまみをグイとひねると、かすかに揺れ動いていた表面に泡が浮き上がってきて、やがて全体的にグツグツと音を立て始めました。鬱蒼と茂る森の中を思わせる鍋と同じ深緑色をしたスープボウルに熱々のシチューをよそい、食卓に並べました。「いただきます」誰にともなくニュースを語りかけるテレビの音声以外には、物音を立てるものはありません。白菜とエリンギが入り混じった具だくさんのシチューをすすりつつ、人影のないリビングに目をやりました。「家を買ってはみたものの、インテリアは昔のまんまだなぁ・・・」いま向き合っているダイニング・テーブルは人から譲り受けたもらい物、リビングに据えられた楕円形のテーブルも人からのおさがり、テレビ台は独身時代から使っていたテーブルをあてがった間に合わせの物、ソファはもちろん旧宅から持ち込んだもの・・・。我が家のリビング・ダイニングには、真新しい匂いを放つものなど一つも見当たりません。そう言えば、今年はなんとかお金を捻出して、ダイニング・テーブルを新調したいと妻が正月に宣言していましたっけ。あれもこれも買うほどの余裕はとてもないので、一年にひとつずつでいいから、自分たちが惚れ込んだインテリアを買い揃えていこう、と。もうひと回り大きく、見た目も手触りも重厚なテーブルでシチューを食べることができたなら、今よりもっと美味しく感じられるのかなぁ・・・。まぁ、それはともかくとして、この部屋にはこれから新たに塗り加えるべき未完成の要素が、そこここに散らばっていることをあらためて思いました。でも、もしもの話ですけれど、こだわりにこだわったインテリアをすべて配置することができたとしたら、どうでしょう?もちろん素晴らしいことでしょうが、今味わっている満ち足りないからこその期待感、どこまでも膨らんでいくイマジネーションは、つゆと消えてしまうに違いありません。そう考えると、完成されていない部屋を眺めている今こそが、空白だらけの塗り絵を前にしているようにワクワクとして、味わい深いときなのではないかとも思います。未熟で至らない要素をたくさん抱えているのなら、それを埋めていく姿を目いっぱい夢見て、少しずつ成熟に近づいていけばいい。そんなことを思いながら、温かなシチューを頬ばりました。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】オザケンがライブをやるらしいという情報が入ってきました。わたしたちの世代にとってはどれもこれも青春ソング。チケット入手に乗り出さなければなりません。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/19
コメント(0)
鳥目の人間にとって、人々が行き交う暗い道を歩くことは悩ましいものです。思いも寄らぬところからヌッと人が現れてぶつかりそうになったり、路肩と歩道との境目を見失って喜劇役者のように哀れな格好で落っこちたり・・・。まるでお化け屋敷のなかを歩いているような気分です。周囲の人から見たら、「あいつなんであんなところでずっこけてんの?」といった印象を抱くことでしょう。白杖を突いていれば目が悪いことのサインになるのですが、なまじっか見えているだけに、そういうわけにもいきません。わたしの場合、幾度も経験した目の奥での炎症のために網膜が傷んでしまっていて、光に対する感度が弱ってしまっています。男女が二人きりで語らうのにもってこいのムーディなバーも、地底世界を醸し出して待つ人を飽きさせないディズニーシーのアトラクションも、たしかに手が込んだ演出ですけれどそれを味わうゆとりはありません(笑)。それは冗談ですが、とにかく暗所を歩く時には誰のことも傷つけず、自分自身も傷つかず、ただそこを無事に通り抜けたい一心で祈りを捧げるばかりです。じつは、日が暮れるのが早くなって以来、帰り道でルートを変更しなければならない箇所が一つだけ出来ました。日が長かった頃は人の往来が少なくて好んで通っていた蛇行する道は、あまりに暗すぎてまともに歩けなくなってしまったのです。新たに通ることになった道では人が四方から現れる一角があるのですが、人通りの多さに比べて電灯の明かりが乏しいため、"ブラックホール"みたいなスポットになっています。現に、そこに差しかかった時に一度だけ垣根の存在に気づかず突っ込んでしまったことがあって、恥ずかしい思いをしました。痛い目を見たおかげで傾向と対策ができあがり、垣根があるであろう場所を大きく迂回して進むことにしました。それからはその箇所で転倒するようなことはなくなったのですが、そうは言っても親に行かされている習い事に向かう時に感じるような気分の重たさは変わることはありませんでした。わたしにとっては魔物が棲むその一角ですが、今日は通らずに帰ってきました。なぜかというと、仕事を終えてオフィスを出た時には、西の空が茜色に染まってまだ闇が完全ではなかったからです。それまでは漆黒の闇に隠されて見えなかった沿道の樹木や電柱やあらゆるものが、今は影絵のように黒々とこの眼に映っているのです。「もしかしたら、以前通っていた道を歩けるかも知れない」そう思い立ってからは早歩きになって、その路地を目指しました。程なくくだんの路地に到着し、カーブした路肩と歩道の境界をじっと見定めました。「み、見える」気を取り直して歩調を緩め、目を凝らしてゆっくりと進んでいきます。滑らかな曲線を描いた路地がうっすら視界に浮かび、一歩一歩に疑念を挟むことなくしっかりと歩きました。そうして、忌まわしい一角に気を患うこともなく、めでたくも難所を通過したのでした。それはわたしの努力で勝ち取ったものではなく、気長になりつつある夕陽がもたらしてくれた好い変化です。なんの変哲もないように見える毎日ですけれど、それは幻覚なのだと感じました。刻々と沈むのが遅くなっている太陽と同じように、きちんと目を向けさえすれば、どんなにまんねりに見える一日にも、ささやかな変化があるのです。その好い兆しの積み重ねがあって、いつかふっと進めなかった道が進めるようになる。今日の出来事を通して、わたしはそう感じました。一日一日、ちっちゃな変化を目に留めて、前へ進んでまいりましょう。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】銀行から借入金の年末残高等証明書が郵送されてきました。税金の控除を受けるために必要な大切な書類です。残高の数字を見て、支払いの半分は利子であることに悲しみを覚えました(笑)。●今日の天気晴れ。●今日の運動お休み。
2010/01/18
コメント(0)
朝の7時半を過ぎ、リビングには先鋭な陽射しが射し込んできました。バルコニーに面した窓に歩み寄り、レースのカーテンの合間から顔を出してみると、幼い子どもが描くような真っ青な空が一面に広がっています。冷え込みは厳しく身体を軋ませるようですけれど、今日も冬晴れに恵まれたようです。もう一度ダイニング・テーブルに戻り、パソコンに向かってニュース記事に目を通しました。「阪神・淡路大震災から15年・・・」その見出しを見つけてから、関連する記事を一つひとつ読んでいきました。15年前と言えば、わたしはまもなく17歳になろうとする頃。自転車でひと山越えてせっせと高校へ通い、遠い街で起きた大惨事に思いを及ばす暇もなかったように記憶しています。たしかそのすぐ後に地下鉄サリン事件が起きてしまったせいもあって、わたしにとっての震災は、印象の薄いものになってしまったようです。今日、あらためて関連するニュースに触れて、今さらながら考え込んでしまいました。瓦礫の下敷きになった我が子の足だけがすぐ目の前に見えているのだけれど、圧しかかっているものを持ち上げることができず助け出してあげられない。どんどん冷たくなっていくのが分かっていながら、何もしてあげられない。そんなむごい現実が、厳然とそこにはあったのです。ほんの一瞬のうちに大切な人や物を奪い去ってしまう天災。それは、決して他人事ではないのだということを思い知らされました。地震、台風、火事、感染病・・・人間の手が及ばないそれらの災いは、どんなに清く正しく生きていても、否応なく人間に降りかかってきます。人間は、為すすべもなくそれらに屈するしかないのでしょうか?もちろん、決してそんなことはありません。たとえそれらが発生することを食い止めることはできなくとも、いざ起きた際に適切な対処をする知恵を受け継いでいます。わたしたちには、15年前に被災された方々が身をもって遺してくださった大切な経験を、しっかりと引き継いでいかなければなりません。このニュースに接した時、「お亡くなりになった方々のために、今わたしにできることは何だろうか?」と考えてみました。現場となった場所に赴いて花束をたむけることができればいいのですけれど、今すぐにはできそうもありません。本当にささやかなことですが、一つはこうして定期的に思い出すということができるでしょう。いま日々安寧を甘受しているその礎には、尊い生命を捧げて逝った方々の存在があることをしっかりと思い出し、感謝することができます。ビルディングが震動に耐えられるよう設計技術が進歩していることも、地震到来の直前に警報を通知するシステムが実用に向かっていることも、あの経験があったからこそ実現するのです。この社会は、震災に限らず失われていった多くの大切な生命の上に進展していっているのだということを気づかせてくれます。わたしはこの日記の末尾に、いつも「ありがとうございました!!」と記しています。いったい誰に向かって発しているものなのか、自分自身でもよく分からりませんでした。ただ、わたしに与えられた今日という一日が、自分の権利として勝ち得たものではなく、なんとなく自分以外の何者かの働きのおかげで生きることができたんじゃないかという漠然とした想いがあったからです。阪神・淡路大震災のニュースに触れて、もしかしたら「自分以外の何者か」のなかに、被災者の方々が含まれているんじゃないだろうかという気がしました。これからも、日々いまのわたしを支えてくれているものに感謝しながら生きていくことを誓います。ありがとうございました!!【三文日記】18時になり、「ちびまる子ちゃん」のオープニングを見て愕然としました。アップテンポな「おどるポンポコリン」をBGMに、「20周年おめでとう」の文字が・・・。オレもそんな歳月を越えてきてしまったんですね・・・。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/17
コメント(0)
きりきりとやすりのように肌を擦る冷気になぶられながら、冬日和に恵まれた道のりをジョギングしました。寒さの浸透力は相当なもので、手袋をしていても免れようはなく、ずきずきと拳が痛みます。すでに家々の屋根の上に燃えるような朝陽が輝き、そちらの方に目をやると視界が黄金色に覆い尽くされて、何も見えなくなってしまいます。本当なら縮こまっていたい手のひらを額の前にかざしてひさしを作り、進路を確認しなければなりませんでした。1月も半ばに差しかかり、あらゆるものを硬直させるような朝の空気にもだいぶ慣れてきたのですが、今朝のように風があるとさすがに堪えます。顔面に吹き寄せる冷感の塊が体温を奪ってゆき、表情が凍ってしまうような気がして口や頬の辺りをあべこべに動かしてみるのですけれど、まるで自分のものではないかのようにぎこちなく感じられます。吐き出す息は白い結晶となって眼前を舞っては消え、呼吸のリズムを目に見えるイメージとして示してくれます。「もう少し、もう少し。あとちょっと辛抱すれば、熱くて上着を脱ぎたくなるんだから・・・」自分自身のそう言い聞かせながら、込み上がってきそうな震えを押しとどめて川沿いの遊歩道を駆けていきました。「そんなに寒さが辛いのなら、太陽が昇って冷気が溶けた頃に走ればいいじゃないか」たとえ誰かにそんなご指摘をいただいたとしても、わたしはやはりこの時間に走るでしょう。夜明けの混沌が収束して薄闇がどこかに消え去り、明々とした朝陽を浴びて草木が色濃い影を作り始めるちょうどこの時間。たしかに冷え込みは厳しいのだけれど、このわずかな間にしか味わえない生まれたての空気と寛容な光が、待っていてくれるのです。それらをしっかりと浴しながら駆け抜けるひとときは、日々の暮らしのなかで抱え込んだわだかまりや言い知れぬ不安を静め、清らかな心象をもたらしてくれるのです。わたしが好きなのは、それだけではありません。悠々と流れる川面に斜めから射し込む陽射しが映り込む様は、どんなに煌びやかな宝石でも代替を務めることはできないでしょう。特に今朝のように風浪が激しい日には、まるで大きな花火がいつまでも中空に瞬き続けているように、片時も休むことなく気まぐれな光線を投げかけてくれます。水面があまりに穏やかで、湖面のように静まり返っている時にはこうも美しくは見えません。乱雑にふぞろいな波だからこそ、その景観は出来上がるのです。川のなかでゆらゆらと輝き続けるもう一つの太陽を目に映していると、あぁ、生きていてよかったなぁ・・・というか、言葉にならない歓びが湧き上がってきて微笑みがこぼれます。そんな朝の質感を楽しんでいるうちに、いつの間にか寒さの重みは薄れ、胸の辺りから熱を帯びていることに気づきました。そうそう、いつもだいたい同じコースを走っているのですけれど、決まってこの辺りから身体が温まってくるんでしたっけ。「うむ。ここまでくれば、もう大丈夫さ」ついさっきまで寒さに挫かれそうだった心が、一気に攻勢に転じました。暖房によって外部から暖められるのと、自分の筋肉を働かせて内部から暖まっていくのとでは、何かが違っているような気がします。暖房は止まってしまえばすぐに寒さが忍び寄ってきますし、限られた空間に留まっていなければ、やはりそこには寒さが待っています。しかし、自分自身の内部から暖かくなってしまえば、しばらくは温もりが宿っていてくれますし、こうしてどこへでも気の向くままに飛び出していくことができます。誰に依存するでもなく、また環境によって押し込められるのでもなく、自分で自分を暖めながら想いのままに生きていく。冬の朝のジョギングに限らず、どんなときもそうありたいと思いました。心地よい熱の流れを体内に感じつつ、今日も素晴らしいスタートを切ることができました。ありがとうございました!!【三文日記】お義母さんが野菜を送ってくれたのですが、特にわたしが好きなエリンギをたくさん入れてくれました。エリンギが好きだなんて言ってことがあったかなぁ、と思い巡らしてみたのですが、一つ思い当たりました。結婚式の時に作ったプロフィール・ブックの「好きな食べ物」の欄に、しっかりと「エリンギ」と書いていました(笑)。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/16
コメント(0)
昨日、おとといに引き続き、ペルシアの物語「ライラとマジュヌーン」の話をします。はじめてお目にかかった方にためにひと言説明させていただくと、わたしは今年「小説を通じての世界一周」に取り組んでいます。その第二弾として、現在のアゼルバイジャンに生まれ育ったニザーミーの名著「ライラとマジュヌーン」を読むことで、その舞台へと旅してみようと試みたのでした。あらすじ、物語の「世界」と語ってきて、今日は「人間」という観点から考えてみたいと思います。まずは本書に登場する主な人物を挙げてみましょう。恋心に焼き尽くされてマジュヌーン(狂人)になってしまった男・カイスと恋人ライラ、彼らの父母、恋の仲介役を買って出る王ナウファル、物乞いの老婆、ライラの夫、ライラの結婚を告げる悪鬼のような男、バグダッドからやって来た悲恋の男・サラーム。こうしてみると色々な人物とエピソードが散りばめられていることにあらためて思い当たりますが、それらは主人公マジュヌーンの想いや境遇を引き出すための調味料のような存在であり、基本的には彼が中心となって物語が展開していきます。ここで訴状に挙げられている根本的な命題は、成就しない恋に苦悩する男女の顛末です。狂おしいほどに愛し合う仲にあった二人が、一方の家柄という障壁によって隔てられ、それぞれに苦しみ、死によって一つに結ばれようと願う。現代日本に生きる者にとって、こういう話は現実味を失ってしまったかも知れません。というのも、昔より男女の交際がずっと自由に行われ、恋愛を妨げる要因がめっきりなくなってしまったからです。もしもカイスとライラが現代に生きていたら、たとえ一方の親が反対したとしても、駆け落ちでもなんでもして一緒になってしまうことでしょう。この点から推察すると、「ライラとマジュヌーン」が編まれた12世紀のペルシアにおける倫理観は、今よりずっと厳格だったようです。鎌倉時代の日本においてもそうであったように、良家に生まれた場合には、家の格式が相当重んじられて、自由な恋愛は許されなかったのではないでしょうか。「世間」とか「お家柄」とか、そういう目には見えないものが人間の人生を強く束縛していた時代だからこそ、悲恋の物語がいきいきと息をしているように感じられます。恋を引き裂かれてしまった二人の男女の生き様は、わたしにとってとても美しく清らかに映りました。親の意向によって結婚させられてしまうライラでしたが、「父母を悲しませぬために平静の色を保ち、苦悩をこらえ」ます。(カッコ内は「ペルシアの四つの物語」からの引用。以下同様)現代の感覚では、ライラは親のことを憎み呪ってしまっても不思議ではないように思えるのですが、決してそんなことはないんですね。また、マジュヌーンへの愛を貫くため、ライラは終生夫に身体を触らせようとはしません。「たとえあなたの刃が私の血を流そうとも、私があなたの欲望の的になることはありません」そんな厳しい拒絶を夫に投げつけるのです。こうしてみると、悲恋によって傷を負った者は、マジュヌーンとライラだけではなく、ライラの夫もその一人なのかも知れませんね。一方のマジュヌーンですが、正直なところ、今のわたしには彼のたどった道のりをすべて理解することは難しそうです。なぜかというと、そこにはイスラム圏に流れる神秘思想の気配が濃厚に漂っているからです。ただ、理解することはできなかったとしても、読者として感じるところはもちろんあります。。想いを遂げられぬマジュヌーンは、家を飛び出しひとり荒野をさまよいながら、燃えたぎる欲望の炎から脱しようともがき苦しみます。「私は恋の形相であればよい」、「すでに貪欲の本能を解脱して、日常の食べ物なしで生きていくことができるのです」、「慈しみ深い神の恩恵によって、悲恋の苦しみから逃れられました」・・・それらマジュヌーンの発する言葉からは、悟りというとあまりに陳腐なのだけれど、どこか聖なる者が放つ空気を感じないではいられません。もしもマジュヌーンの立場にあったら、もっと他にもいくつかの生き方があっただろうと思います。我が身に課された境遇に絶望して自ら命を絶つかも知れないし、あるいはへそを曲げて堕落し、酒と女に溺れてしまうことだって考えられます。さらにひどい場合には、結婚に反対するライラの父親に怒りの矛先を向け、殺意を覚えたとしても不思議ではありません。しかし、物語の中のエピソードにもあるのですけれど、王ナウファルがマジュヌーンのためにライラの父親を討とうするのですが、彼はそれを望みませんでした。悲恋の苦しみを他の誰に押しつけることなく、自分ひとりに引き受けるマジュヌーンの姿が、ライラと同様に美しく感じられたのでした。この辺りも、今の日本では見られなくなってしまった、「人間の聖性」とでも呼ぶべきものを感じることができます。なに不自由なく気ままに生きるということと、清く美しく生きるということ。この物語を通して、それらがシーソーのように均衡している世界の様相が見えてきたような気がします。現代は、前者を追及することが人間の基本的な姿勢になっているように感じられるのはわたしだけでしょうか?ということで、男女の悲恋を描いた「ライラとマジュヌーン」という物語から、人間の聖なる生き方について考えさせられました。好い本に出会えたことに、心から感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】昨夜職場の新年会だった妻は、おみやげに不二家のミルキーロールを買ってきてくれました。なんでも数寄屋橋店限定のロールケーキとのこと。朝にいただきましたが、あのミルキーキャンディを彷彿とさせる優しい甘さで、とても気に入りました。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/15
コメント(0)
「小説を通じての世界一周」の第二弾は、ペルシアの物語「ライラとマジュヌーン」です。昨日は著者ニザーミーの周辺と、ざっくりとしたあらすじをご紹介しました。自らの恋心に焼き尽くされてマジュヌーン(狂人)になってしまった男と、その恋人の悲恋の物語。これからその所感をしたためたいと思っているのですが、正直なところどういう視点で語るべきかまだ焦点が定まらずにいます。「小説を通じての世界一周」という企画ですから、単に世界各地の物語を読み漁ればいいというわけではありません。そこに込めた想いというのは、リアルな旅で味わう異国情緒や新鮮な驚きを、小説を通して体験したいという願いでした。そもそも小説というものの構成要素を大胆に捉えると、そこには「人間」と「世界」があると思います。「人間」というのはもちろん作者が生み出した一人ひとりの登場人物であり、ここで言う「世界」というのは、具体的な土地であったり、そこに根づいている思想であり、言わば「場」と言い換えてもいいかも知れません。わたしの個人的な見方では、どの小説にも人類に共通する命題が必ず含まれていて、それは「人間」に属すると考えます。善や罪、愛や友情や裏切り、あるいは孤独や死、集合的意識などなど、たとえどの時代にどこに生まれたとしても、それらの問題は人間から離れることはありません。一方、小説の舞台となっている場所やそこに息づいている思考様式、(あるいは「作者の」と言ったほうが適切なのかも知れませんが)表現様式など、地域によって多様性のあるものは「世界」に属すとみなします。そうすると、読み手としてのわたしが世界各地の物語から味わうべきものは、「人間」と「世界」の大きく分けて二つがあることになります。今日のところは、後者の「世界」について語るとして、「人間」に関わることについては明日に譲るとしましょう。それでは、「ライラとマジュヌーン」の「世界」について感じたところを記します。まず、この物語が展開する具体的な風景について、はっきり言って現代の小説のように緻密な描写はありません。物語とは言っていますが、元々は詩の一種であって、あまり多くの文字を費やさずに淡々と展開していきます。12世紀に編まれた物語ですから、当然と言えば当然かも知れません。家出したマジュヌーンはいったいどんなところで暮らしているのか? 気候はどうなのか? 何を食べて生きているのか? ライラの墓所はどんなところにあったのか?そういったディテールについては、何も記されてはいないのです。それはある意味で想像力を掻き立てる役割を果たすことにもなるのですが、とにかく物語のなかにはその「場」をイメージする手がかりが決して多くはありません。しかし、本書の秀逸なところは、それを補う一つの強力なツールを用意している点です。それは何かというと、この物語をもとにして後世描かれた挿絵です。偶像崇拝が禁止されているイスラム圏では立体的な配置を明らかにする絵画は許されないそうで、そのため風景画のように一目瞭然なレイアウトではないのですけれど、人々が身につけていた衣服やそこに生息する動植物など、活字だけからは具体化し得ない貴重なイメージが示されています。ライラは花柄の華やかな着物をまとい、マジュヌーンもターバンの仲から狂おしげな表情を覗かせます。服装は日本で目にする着物とよく似ていて、ターバンがなければ日本人と言われても信じてしまいそう。小説の舞台をこうして視覚的なイメージで取り入れることで、物語がグッと身近になるような気がしました。また、物語の根底に流れている神秘的な気配についても触れないわけにもいきません。愛するライラと引き離されて荒野をさまようマジュヌーンに、なぜか野獣たちが付き従うようになります。まるで聖なる存在へと変貌を遂げつつあるマジュヌーンを暗示するかのように、人間を寄せつけないはずの獣たちが自ら彼を慕って寄ってくるのです。また別のエピソードとしては、バグダッドからやって来たサラームという男に、マジュヌーンはこんなことを言っています。「私は人の心に巣食う食欲の本能を克服してしまった。すでに貪欲の本能を解脱して、日常の食べ物なしで生きていくことができるのです」「あなたは目の前に私の姿を見て、それを私と思っている。そうではない。私はもう存在しないのです」どうやらそれは、当時のペルシアの思想である神秘主義が表れているようです。はっきり言って現代日本に生きているわたしにとっては、受け容れがたい文脈です。しかし、「えっ、それって一体どういうこと?」という身近ではないものに遭遇した驚きと好奇心こそが、異国の物語の醍醐味でもあります。コロンビアの小説家ガルシア=マルケスの「100年の孤独」でも、これと似たようなことがありました。小町娘のレメディオスが、ある夕暮れに風に舞って昇天してしまうというくだりなどがそうです。「マジックリアリズム」などと呼ばれるそうですけれども、わたしたちにとっては非現実的であることも、国が違えば「ありそうなこと」として容易に受け容れられるのですね。う~ん、イスラムの思考様式には、まだまだ噛み締めるべきものが残されていそうです。最後に、この物語のなかで頻繁に登場する表現について記しておきましょう。「ライラとマジュヌーン」に限らずニザーミーの作品では、例えば美しい女性を喩える時には「月のように美しい女性」と、柔和な様子を「糸杉のように優しげな」と、あるいは悲しみに打ち震える様を表現する時には「血の涙を流す」など、非常に独特な言い回しがなされます。わたしは個人的に上のような多彩な表現に接することを好みますし、その喩えの内奥にはペルシアの人々の感受性が隠されているように思います。きっとかの地で目にすることができる月は、見る者の心をぎゅっと捉えてしまうような美しさを湛えているのでしょう。あるいは、月は女性性の、太陽は男性性の象徴という意味合いが込められているかも知れませんけれども。いずれにせよ、他では接したことのない事物の表現に出会うことも、異国の物語を読む楽しみの一つです。語りたいことがまだまだ喉の奥に詰まっているように感じるのですが、あまりに長くなってしまったので、今日はこの辺で筆を置きます。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】仕事を終えてオフィスを出ると、待っていたのは漆黒の闇ではありませんでした。西の空は茜色に染まり、頭上には海の底のような深い紺色が広がっています。日が刻々と長くなっていることを知りました。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/14
コメント(0)
「ペルシアに、恋愛の真髄に迫る物語があるらしい・・・」そんな噂を耳にしたからには、手に取らないわけにはいきませんでした。そもそもの端緒は、今年の個人的な企画「小説を通じての世界一周」にあります。世界各地で生まれた物語を読むことで、その土地ごとの多彩な描写や独特の表現を味わいたい。その候補を挙げている時に思い当たったのが、今回の物語だったのです。だいたい「ペルシア」と言えば現在のイランのことを指すわけですが、同じアジア圏とは言え、決して身近ではないそれらの地域から生まれた物語っていったいどんなものなのでしょう?頁を開く前から興味津々で、現地の空港に降り立った時のような高揚感を覚えます。さっそく図書館に予約して取り寄せたのは、「ペルシアの四つの物語」という一冊です。タイトルの通り、本書にはペルシアを代表する四つの物語が編まれており、その中の一つがお目当ての「ライラとマジュヌーン」です。四つの物語すべてを読み通してみたのですが、どれも期待にそぐわず噛み締めるべき余韻を残してくれました。色々な想いが混沌と渦巻いていて、秩序立ててうまく説明できるか正直不安なのですが、何回かに分けて所感を記したいと思います。最初に取り上げるのは、やはり「ライラとマジュヌーン」です。この物語の著者は、12世紀後半に活躍したニザーミー。日本で言えば鎌倉幕府が開かれる時期ですから、藤原定家の「新古今和歌集」、鴨 長明「方丈記」などと同級生、相当な古典です。ということは、物語の中で描かれる世界は当時のペルシアであって、現在の姿とはずいぶん異なっていることを踏まえておかなければなりません。「ペルシア」と言っていますが、正確に言うとニザーミーは現在のアゼルバイジャンのギャンジャ出身で、終生そこを居住地としていたそうですから、彼から生まれる作品も必然的に同地方の匂いを帯びることになります。そもそも、「アゼルバイジャン」ってどこにあるんだろう・・・。世界の地理に詳しくないわたしは、本棚にしまってある世界地図を持ち出してきました。どれどれ・・・え~と、インドの西隣にパキスタンとアフガニスタンがあって、更にその隣りにイランがあります。イランの北西部はカスピ海と接しているのですが、それを挟んで対岸にアルメニアとくだんのアゼルバイジャンがありました!たしか明石家さんまさんのテレビ番組で、欧州とアジアが融合し、それぞれの魅力を兼ね備えた世界一美女の多い国・アルメニアが紹介されていた記憶があります。きっとニザーミーが暮らしたアゼルバイジャンにも、浅黒い肌をした美しい顔立ちの女性が行き交っていたのでしょうね。おっといけない、話が逸れてしまいましたが、「ライラとマジュヌーン」です。まずはざっくりとあらすじをご紹介しましょう。(以下カッコ内は本書からの引用です)アラブのすぐれた首長の一人息子として生まれたカイスは、学校である豪族の娘・ライラと出会います。彼は「月のように美しく、糸杉のように優しげな」ライラに恋をし、二人は愛し合う仲となります。ここまでは順調なのですが、恋しい想いが募り過ぎたカイスは、自身の恋心に焼き尽くされてしまいます。「自らの皮膚に爪をたてて引き裂き」、「眠りは奪われ、ロバのように野や町を歩」くカイスを見て、町の人々は「マジュヌーン(狂人)」と呼ぶようになります。我が子の狂態の原因を知った父はライラの家に赴き、結婚の申し入れをします。ところが、ライラの父の回答は冷淡でした。「狂人は私どもと相容れません。まず狂気封じの祈祷をなさい。そして彼の本性がなおらぬうちは、この話は言い出さぬことです」恋に狂った男・マジュヌーンは、その狂気ゆえにライラからますます遠ざけられることになりました。マジュヌーンは「荒野をさまよい歩き、あるときは踊り、また地に口づけたり、詩を誦したり」、厭世的な暮らしを始めます。迎えにやって来た父の懇願も断り、またこの地方の王・ナウファルトがライラの父の部族を攻めて恋を成就させてやろうとするのですけれど、マジュヌーンはそれも受け容れることなく狂の度合いを深めていきます。一方のライラには縁談が持ち上がり結婚することになるのですけれど、彼女もマジュヌーンのことを決して忘れることなく、夫を拒絶したまま日を送ります。そうこういるうちにマジュヌーンの父母が亡くなり、ライラの夫が亡くなり、そしてライラにも死が迫ります。死の床にあるライラは、母に本心を打ち明けます。「私の生命、マジュヌーンこそは私が真実の愛を捧げるお方。あのお方にお会いする一瞬の歓びのために私は生きてきました。(中略)あなたがどこへおいでになろうと、娘(ライラ)の目はあなたから離れることはないのです。あなたが現世の重荷をおろせば、娘(ライラ)はおそばに駆けつけて、愛の宝たるあなたから、いっときたりとも離れることはないでしょう」マジュヌーンへの真実の愛を言伝し、ライラは亡くなりました。これを知ったマジュヌーンはライラの墓所に駆けつけ、「血の涙を流し」、「ライラが眠る土の上に千もの口づけを与え」ます。泣きくれるマジュヌーンの周りには彼に付き従っていた野獣たちが取り囲み、そのおかげで町の人々は近づくことができません。そうしてマジュヌーンはいつまでもライラの墓の上にうずくまり、誰に見取られることもなくライラのもとへ旅立ちます。以上、かいつまんであらすじをご紹介しました。今日はだいぶ長くなってしまったのでこの辺りで筆を置き、残っている分はまた明日以降に譲ります。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】37インチのテレビのおかげで、目が悪いのですけれどテレビゲームを楽しんでいます。グッと画面に近寄れば、クリボーもノコノコもちゃんと見極めることができます。文明の利器って素晴らしいものです。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/13
コメント(0)
いつもなら燃えるように白んでいるはずの空は、いつまで経ってもくぐもったままでした。すでに午前6時半を回っているのですけれど、電灯や自動車のヘッドライトが一際まばゆく輝き、闇は溶けようとしません。刻々と時が流れるにしたがって空は様相を明らかにし、雨を予告する湿った雲が一面に張り出しているのが見て取れました。やれやれ、このところずいぶん長い間冬晴れが続いていましたから、こんな気前の悪いねずみ色の空を眺めるのなんて、いったいいつ以来でしょう?雨が降る日は寒さも和らぎそうなものなのですが、なかなかどうして冷え込みは重苦しく、そんな中をおちおち歩いてはいられません。降り出す前になんとか早めに家を出ようと、急いで身支度を整えます。雨水を吸って濡れてもいい履き古したシューズ、汚れの目立たない黒のズボン、それに多少の風に見舞われてもくじけない骨太な傘。万全を期して自宅を出、色褪せた通勤路を歩き出しました。けっきょく空が泣き出したのは昼前のことで、仕事を終えてオフィスを出た時には、粉のような細かい雨粒がさめざめと降り落ちていました。まるで砂時計の砂粒が落ちているみたいに控え目でさりげない雨が傘を鳴らし、耳の奥に奥ゆかしく響いてきます。じつは早朝のジョギングの時から自覚していたのですが、なんとなく体調が崩れかけている予兆が、身体の節々に感じられました。発熱している時のどうしようもない気だるさは感じられないのですけれど、鉛でも詰めたみたいに目の奥は重く、足の付け根にきしむような不快感が宿っています。昨日、昼間からビールを飲んで電車でうたた寝をしたせいでしょうか?はたまたようやく手に入れた「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」を夜遅くまでプレイしていたからでしょうか?いやいや、原因なんて考えていると本当に具合が悪くなりそうですから、そんなことを思い巡らすのはやめにしましょう。今は意地悪な冷たい雨風を凌ぎ、無事に帰宅することだけを考えればいいのです。不思議なもので、カバンを小脇に抱え、傘を短く持って前進することに集中していると、いつもの健やかな足取りが戻ってきました。時折ふと我に返ってみるのですが、ついさっきオフィスで感じていた病的な不快感は、これっぽっちも感じられません。小走りさえできるほど、一歩一歩の歩みに力がこもっています。暗闇の向こうからやって来る歩行者と衝突しないように傘の下からようく目を凝らし、周囲に意識を研ぎ澄ませて歩き続けました。そう、たとえどんな境遇に置かれようと、前へ進むことだけに一生懸命であればいいのです。天候を恨んでも、自らの不調を憂いても、それらは消えてなくなりはしません。いま、踏み出そうとする一歩一歩こそが、生きるべき瞬間なのですから。帰るべき暖かな我が家を思い浮かべ、そこを目指して注意深く歩いていきましょう。そして、今夜は早めに休もうと思います。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】少し前から妻が歯医者さんに通い始めました。はじめに訪れた病院での処置があまりよくなかったらしく、痛みを覚えて別の病院に変更するという事態も発生。これまで歯医者さんとは無縁な人生を送ってきましたが、妻の様子を見てあらためてしっかり歯磨きをしようと心に決めました。●今日の天気くもりのち雨。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/12
コメント(0)
森が生み出した清らかな空気に満ち満ちた朝の露天風呂で、半身だけ湯に浸かっていました。湯けむりの向こうに広がる空は曇りがちで、昨夕仰いだ雄々しい富士の御姿を認めることはできません。薄緑色の湯を手ですくい、冷気に曝されている胸や腕にぴしゃりぴしゃりとかけてやります。そんなことを繰り返しているうちに、下半身から立ち上ってくる熱が次第に上半身にも流れ始め、いつしか寒さを感じなくなりました。男の子とそのお父さんが楽しげに語らう声の中で、しばらく呆然としていました。考えてみると、何に囚われることもなく、何も考えることもなく、ただただ脱力して意識を手放すことなど、日ごろなかなか経験できないような気がします。スキだらけで漫然と一日を過ごすことは避けたいものですが、張り詰めっ放しでは身が持ちません。重荷を背負い込んで緊張が続いている時、温かみのある湯の匂いと熱に浸って、何もかも手放すことは必要なことなのでしょう。そういう意味で、今回の旅は有意義だったなぁと感じました。硫黄の香りが浸みついた身体を抱えてチェックアウトを済ませ、10時半に小田原駅行きの路線バスに乗り込みました。箱根湯本駅を前にしていくらか渋滞が続いたものの、そのポイントを通過してからバスは快調に走り続けました。正午に小田原駅に到着し、JR東海道線に乗車して相模湾に沿って東へと向かいました。11年ぶりにJ1昇格を果たした湘南ベルマーレの本拠地・平塚を過ぎ、相模川を渡って程なくして、電車は茅ヶ崎駅に停車しました。わたしたちはここで下車し、改札を出ました。これといって観光の予定はなかったのですが、唯一訪れたい場所があったのです。茅ヶ崎駅北口を出て歩くこと10分足らず、到着したのは「MOKICHI FOODS GARDEN」というビア・レストランです。こちらは「湘南ビール」というブランドの地ビールを造っている熊澤酒造さんが経営するレストランで、妻は以前に訪れたことがありました。その時に飲んだビールが気に入って、我が家ではよく取り寄せをしていたのでわたしも飲んだことはあるのですが、まだこちらのお店に足を運んだことはありませんでした。箱根への旅の帰り道、念願叶ってとうとうレストランへやって来たというわけです。わたしたちが案内された座席の隣室では、挙式を終えた新郎新婦を囲む仲間内のパーティが催されて、実ににぎやかでした。さっそく季節限定のインペリアル・スタウトという黒ビールを注文し、それに魚介類が盛られたピッツァ・ペスカトーレ、リコッタ・モッツァレラのポモドーロスパゲティー、それに田舎風揚げ芋を添えました。近頃とみに感じるのですが、昼間からビールを楽しむことができるというのは、この上なく幸せなことです。妻とグラスを合わせて乾杯し、窓ガラス越しに伝わってくる祝福の歓声をBGMにしながら、薫り高い黒ビールに酔いしれました。濃厚な磯の香りのピッツァを頬張り、グラスに手を伸ばしてビールをすすっていると、背後から拍手や笑い声が沸き起こり、思わずそちらの方に振り向いて勝手に出席者の一人のような顔をする。喉を潤すビールが醸し出す充足感と、隣りから伝わってくる祝福の温かな雰囲気とが相まって、実に幸せな気分に浸っていました。グラスが空になるとすかさずおかわりし、定番の「湘南ビター」をお願いしました。それはまるでワインのように爽やかな飲み口で、ガーリックの香りと塩気がほどよく効いたフライドポテトと実に相性がいい。この組み合わせでいつまでも飲み続けていられたらなどと思いつつ、上機嫌なひとときを過ごしました。身体を労わることを考えればビールなど飲まない方がいいに決まっているのだけれど、わたしは飲みます。ひと口のビールに感謝し、その味わいの瞬間を心から愛する。そんな人生の至福の見返りとして身体を害するならば、わたしは受け容れるほかありません。もちろん深酒は禁物ですが、時には何もかも忘れてうっとりとお酒に酔っていたいものです。おかげさまで心身の空気を入れ替えることができた連休となりました。心から感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】茅ヶ崎の某ゲームソフト店を覗いてみました。妻がポップを見つけてそちらの方へ歩み寄ってみたところ、いくら探しても見つけられなかった「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」を発見しました!帰宅してからは、ゲーム三昧です。●今日の天気晴れ時々くもり。●今日の運動お休み。
2010/01/11
コメント(0)
ほんの一週間前、切なる想いを抱えた学生ランナーたちが駆け抜けた道のりをたどって、箱根へ向かいました。幸いにもこのところの日本晴れを持ち越し、麗らかな陽射しを浴びながら光に満ち溢れた風景をいくつも通り過ぎることができました。JR東海道線の車窓には真っ青な空を映した湘南の海が広がり、揺らめく海面は昼下がりの太陽を反射してキラキラと輝いています。小田原駅で下車すると、着物を羽織った若者たちが街中を闊歩し、楽しげに語らいの輪を作っていました。どうやらこの辺りでは、つい先ほど成人式が終わったようです。自分にもあんな華やいだ年頃があったんだよなぁ・・・と、羨ましげに眺めてしまいます。連休の中日ということでいつにも増して人出が多いのでしょう、小田原駅のターミナルからバスに乗ったのですが、道路は渋滞し遅々として進みません。それでも、特にこれといって観光する予定のない妻とわたしは他愛もないおしゃべりをしたり、うたた寝したり、緩やかな時の流れをむしろ楽しみました。箱根駅伝の小田原中継所がある辺り、かまぼこで有名な鈴廣のショップなど観光スポットが建ち並ぶ交差点を過ぎると少しずつバスの速度が上がり、箱根湯本駅を発した時には重厚なエンジン音が快く響いていました。「この坂だよね、『新・山の神』が快走したのは」やはり妻もわたしと同じことを思い描いていたようで、右に左に身体を揺さぶる蛇行したこの急坂に、箱根駅伝の映像を重ね合わせていました。「おなじ坂道を走ってみたいと思う?」ジョギングを日課としているわたしに、妻は興味深そうに訊ねます。「うん。自動車の排気ガスが充満していなければ、是非走ってみたいな・・・」学生時代、トレーニングとして急峻な上り坂をさんざん駆けていたので、スピードさえ要求されなければ坂道を走ることは好きです。わたしの走りは決してレースを目指していないので緩慢なのですけれど、のんびり小さな一歩を積み重ねて箱根の峠を超えてみたいものです。昨秋に義父母とともに訪れた宮ノ下の富士家ホテルを通過し、バスは快調に冬枯れた山のなかを疾走してゆきました。とあるバス停で下車し、そこから程近い宿へと歩きました。日陰になった箇所にはうっすらと雪の結晶が残り、凍結はしていないものの油断すると路面は転倒を誘います。宿に到着してフロントでチェックインを済ませ、自室に荷を下ろしてからさっそく温泉に浸りました。さっきまでモヤがかかって判然としなかった富士山は、にわかに蒸気のカーテンを開いてその威容を現したようです。浴場へと向かう廊下の窓ガラス越しに、対称的でなだらかな稜線を描いて日本一の山が黒々と佇んでいます。富士山が見えると、なぜか嬉しくなってしまいます。再び足を前に進め、妻とわたしは男女それぞれの風呂に別れました。身体を洗い流してから扉になっている窓ガラスを開け、藍色の空の下でチョロチョロとやわらかい音を立てている湯船に入ります。板塀の向こうに葉を落とした裸の樹木がシルエットとなって浮かび、それをぼんやりと眺めながら下半身を湯に浸していました。鉄分と硫黄が入り混じったもったりとした匂いが鼻の奥に温かみを伝え、瞼を閉じてそれをしっかりと受け容れようと努めます。空は刻々と光を失って群青色を帯び、それに合わせて木々の影も濃厚になっていきます。今日、明日は身体をしっかりと休め、くぐもった精神を清らかにしたいと思います。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】都心を離れれば在庫が残っているんじゃないかと、小田原駅近辺で「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」を探しました。ドン・キホーテを訪れてみたのですが、やっぱり売り切れ御免・・・。諦めるしかないのでしょうか?●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング35分。
2010/01/10
コメント(0)
遅ればせながら、録画していたNHKドラマ「坂の上の雲」第5回を観ました。リビングから眺める景色は夕闇に覆われ始め、あらゆる色が刻々と翳っていきます。出勤日の妻は帰宅しておらず、一人液晶テレビのまん前に陣取り、音量を十分に上げて再生しました。第5回のタイトルは「留学生」。北方、つまりロシアの侵略という圧力を感じつつ、来るべき決戦に備えて若き秀才たちが世界各地に留学するというくだりです。交通手段が発達し、今でこそ各方面で「グローバル化」などと言っていますが、100年以上も前から精鋭たちは軽々と大海を渡っていたことに感慨を覚えます。帝国主義を原理として動いていた当時の世界情勢を考えれば、アメリカへ渡った秋山真之をはじめ、彼らの任務はまさに国の存亡にがかかっていた重大なものでした。寄る辺のない異国に派遣された一人ひとりの切迫した心情を想うと、どんなに孤独で重圧に満ちた日々だったかと胸が熱くなります。ドラマの登場人物たちはもちろんのこと、当時の国民の多くが真剣に「日本のために」と念じていたのだろうということが伝わってきます。翻って現代日本の状況はと言うと、そこに生きる一人として、恥じらいすら覚えてしまいます。国民は我が身を守ることに汲々とし、国家を預かるはずの政治家は権力を維持することに腐心し、国を本当に善くしようという思考では動いていないように映ります。真にこの国の未来のことを案じれば、憲法だって改正しなければならないし、税金が上がることだって受け入れなければならないでしょう。しかし、権力構造を変えたくなければあえて自分たちの座を危うくするような大胆な政策に打って出ることは難しいし、一人ひとりが個人的な利益ばかりを主張すれば、国のために身を切る寛容さなど生まれようもありません。昔のエリートたち、特に軍人たちは、それぞれの職務を遂行するに当たって、命を懸けていました。自我を殺ぎ、公に殉ずる大義がそこにあったのです。この姿勢は、ぜひ見習いたいと感じました。命を懸けるということでは、秋山好古、真之、そして広瀬武夫ら軍人たちの裏側で、文人・正岡子規の生き様が光を放っていました。当時の死病である結核に侵され、自室と庭だけが現実世界となっていた子規でしたが、言葉を紡ぐことに生命を奉じる覚悟を固めます。言わば国民を代表して外敵を討つという軍人の英雄的な死に方とは異なって、病によって命を絶たれるというのは、大志を抱く子規にとってやり切れない想いもあったでしょう。病によって望まぬ制約を課されるということでは、わたしも当事者として感じるところがあります。「五体満足な自分だったら、もっともっとやれるのに・・・」「たら」とか「れば」を言っても仕方がないことは分かっているのだけれど、身近な人が躍進したり、自分自身が認められなかったりすると、どうしても詮のない想いに打ちひしがれるものです。ただ、子規がそうであったように、どんなに身体は侵されても心まで朽ちることはありませんから、言葉を生み出すことで人々を感化することはできます。それは、目と耳が損なわれたとしても同じことです。頭と身体、あるいは口があれば、言葉を発して誰かと触れ合うことができるのです。偉大な文人・正岡子規にはとうてい及ばなくとも、その心意気には大いに共感します。現代はコンピュータやネットワークはじめ文明の利器が発達して昔よりずっとハンデキャップを埋めやすくなっていますから、わたしたちもそれらを助けにして、世のため人のために行動していきたいものです。というわけで、この90分間を通して大義に生きることの尊さをあらためて教えられました。自分にできることはささやかなことでしかないのだけれど、心意気だけは大きくありたいと願います。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】午後に掃除機をかけました。ベッドを移動したりテーブルを持ち上げたり、掃除している間にどんどん身体が熱くなって、心地よく感じられます。家事を侮るなかれ、ですね。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/09
コメント(0)
仕事を終えてオフィスを出ると、完全な暗闇が辺りのあらゆるものを包み隠していました。点々と灯る電灯のほの明かりと、これまで何度も往来して脳裏に刻み込まれた記憶を頼りに、光を欠いた道のりを歩きます。その足取りはいつもに比べて緩やかで、連休を迎えようとしている人間の心境を雄弁に物語っています。それにしても、2010年の仕事始めとなったこの一週間は、地平線しか見えない荒野をマラソンしているように果てしなく感じられました。年末年始の長期連休は飛ぶように過ぎ去ってしまったのに、たかだかその半分くらいの出勤日は、遅々として先に進もうとしてはくれませんでした。しかし、遮二無二走っているうちにいつの間にかゴールテープを切っていて、いまようやく週末の夜を迎えようとしています。労働によって宿ったほてりを冷ますように、しばらくは手袋もせずに無防備で夜風に当たっていました。傍目も気にせず大きく吐息を漏らし、そして冷ややかな空気を思い切り吸い込みます。熱とともにわだかまっていた疲労感が、呼吸に合わせてスッーと流れ出すのを感じました。そこにあるはずのブロック塀や庭木は闇のなかに隠れてしまい、通りかかる自動車のヘッドライトを浴びた瞬間だけ、にわかに姿を露わにします。その瞬間的なイメージを目の奥に焼きつけ、前へ前へと歩を進めます。「う、いい匂い・・・」ハヤシライスでしょうか、それともハッシュドビーフでしょうか、デミグラスソースでグツグツと煮込んだ美味そうな匂いが、どこからともなく漂ってきました。その匂いの温もりに励まされ、心許ない闇夜の歩みに弾みがつきます。「急ぐことはない。一歩一歩、注意深く着実に進んでいけばいい」自分自身をなだめ諭すように、心のなかでつぶやきました。「そうなんだよなぁ。行くべき目的地が定まると、オレはついつい突っ走ろうとする性癖があるんだよなぁ・・・」突然、幽体離脱したみたいに自分自身のことが客観的に見えて、そんなことを思いました。生きる姿勢としても、また現実の振る舞いとしても、確かに自分にはそういうきらいがあることを自覚します。もちろんそれは悪いことではないのですけれど、痛い目に遭うことも少なくありませんでした。先を急ぐあまりに見過ごしてはならないものを見落としたり、足元に転がっている物に気づかず派手に転倒したり、急いでやることはロクな結果をもたらしません。だから、目指すべきものが見えた時こそ、自分自身を見つめる「眼」が必要です。まずは焦って前へ進もうとしている自分自身に気づくこと、そして逸る気持ちを抑えて、いま目を向けるべきものにしっかりと焦点を合わせること。では、どうすればそういうことをうまくやれるのでしょう?第一に、我が身を見つめなおすためには、一人になることです。夜道を一人で歩く、あるいは早朝の河原を一人で走る、そういう自分自身と対峙するひとときが気づきを与えてくれるものです。第二に、心を静めるためには、あらゆる感覚をいったん手放してしまうことです。まぶたを閉じて目に何も映さない、誰もいない静かな場所に身を置く、あらゆる感覚からいったん離れてしまうことで、胸に渦巻いているざわめきは静まります。真っ暗な通勤路を歩いているうちに、きっと今のわたしにはそうすることが必要なのだと感じたのでした。明日から始まる三連休を、静謐を取り戻すきっかけにしていけたらと思います。何はともあれ、今年も健やかに仕事へ向かうことができて、心から感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】500日ぶりに「Wii Sports」をやってみました。以前うまくできなかったスキージャンプに熱中し、ちょっとずつコツを掴み始めました。なんだか十数年ぶりにテレビゲームの面白さを実感している今日この頃です。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/08
コメント(0)
午前6時半を回ったところで、日課のジョギングへ出かけました。辺りにはまだ薄闇が立ち込めていますけれど、視界のずっと先に広がる空は茜色に染まっています。まるでそちらの方角で大火事でも起きているみたいに、朝陽が昇ってくるであろう一帯が燃えています。今朝の冷え込みは重苦しく、ひと呼吸するたびにくっきりとした感触を伴う冷気が口の中を刺激し、クールミント・ガムを噛み始めた時の冷感がずっと宿っていました。露出している顔面はきりきりと痛み、目には見えない針を圧しつけられているようです。吐く息は白く煙り、ただでさえおぼろげな視界をいっそうあいまいなものにしてしまいます。できるだけ早く体内に熱の対流が起きるように、深く呼吸をしながらゆったりとしたフォームで駆け出しました。さすがにこんな朝は出不精になるのでしょうか、すれ違う人の影はいつもより少なく、寒さの圧力に負けなかった少数の者たちだけが路地を闊歩しています。目が悪くて道幅を狭められるのが苦手なわたしにとっては、ひと気のない道のりは実に走りやすく感じられました。順応しているのか、それとも熱を帯び始めているのか、次第に薄らいでゆく凍えをはっきりと自覚しながら、多摩川の河原へとやって来ました。いつも感じるのですが、河川敷の遊歩道を駆けていると、空気が一段と美味しく感じられます。草花たちが作り出したばかりの新鮮な酸素のおかげでしょうか、それとも滔々たる水の流れが空気も清らかに洗い流してくれているのでしょうか・・・。早朝の水辺に漂う空気を吸い込むと、全身を構成する細胞たちの喜ぶ声が聞こえてきそうな気がします。真新しいシューズと土が擦り合わさるハスキーな声でリズムを作りつつ、いつまでも終わらないダンスを踊るように淡々と走り続けました。「あれ!? 氷が張っているんじゃないか?」一昨日の雨が残していった水たまりの脇を通りかかった時、ただの土とは異なる質感に目を奪われました。その前方にも同様な光景を認めたので、ゆっくりとそちらの方に近寄っていきました。足取りを緩め恐るおそる足を踏みおろしてみると、何かを破壊される鮮明な感触とともに、それを裏づける哀れな音が這い上がってきます。「やっぱり氷だ・・・」都心近郊で氷が張るのを目にすることなどあまりないので、東北育ちの人間としては、冬らしい感触に嬉しくなってしまいました。再び顔を上げ、背筋を伸ばして走り出します。さっきまでしきりに気になっていた寒さも、今では溶けてなくなっていました。遠く見据える視線の先に、オレンジ色の電灯を点したビルディングを捉えました。何か文字を浮かべた広告塔なのか、釈然とはしませんけれど徐々に水色に染まってゆく空を背負って煌々と輝いています。「いや、あれは電灯なんかじゃない。きっと太陽だ!」いつも同じ道を走っているので、よくよく考えてみればそれが広告塔などではないことくらい、すぐに察しがついたはずでした。わたしの背丈ではまだ目に映すことはできないけれど、きっとあのビルディングの窓の高さからは、もう地平線の上に朝陽を見ることができるのです。その鮮烈な反射を、わたしはオレンジ色の電灯と勘違いしてしまったのでした。時折そちらの方を振り返っては、まもなく現れるであろう神々しい太陽を待ち望みます。土手へ駆け上がってしばらく往くと、逆光のためにシルエットになった家々の屋根の合間から、ついにその威光を拝することになりました。眩しすぎてその形を認めることはできないけれど、見る者の心を震わせ、生きる力を惜しみなく降り注いでくれる光の源泉が、しっかりとそこに浮かんでいます。「今日一日も、しっかり生きてごらんなさい」朝陽がこのちっぽけな存在を肯定してくれているような気がして、嬉しくなりました。今日も素晴らしいスタートを切ることができて、感謝します。ありがとうございました!!【三文日記】妻が好きだというので、仙台に帰省した際、お茶の井ヶ田・喜久水庵の「喜久福」をおみやげに買ってきました。抹茶、生クリーム、ずんだ、ほうじ茶とバラエティがあって、たしかに美味しいです。16個あった「喜久福」が、あっという間になくなってしまいそうです。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/07
コメント(0)
夜が明けてまもない群青色の空に、丸くなりかけた真っ白い月が一際眩しく輝いていました。空気は冷え冷えとして末端から痛みが差し迫るものの、風がないぶん凌ぎやすく感じられます。東の方から徐々に白み始める天を見上げながら、早朝の河原を駆けていました。この時間帯に少しずつ身体がなじみ始めたのか、昨日に比べて手足がよく動き、頭のなかもすっきりとしています。「『ヴェネツィアに死す』は、わたしに何を教えてくれただろう?」昨日、日記で触れたことが自然と脳裏に浮かび上がってきて、走りながら思い巡らしてみました。今年の個人的な企画「小説を通して世界一周しよう」の第一弾、ドイツの作家トーマス・マンの「ヴェネツィアに死す」は、わたしにどんな体験を与えてくれたでしょうか?第一に、本作品はヨーロッパ世界を理解する上で、とても大切な示唆を与えてくれました。ドイツやイタリアに限らず、欧州全域とロシアなど地続きの地域から生まれる小説をよりよく味わうためには、前提として知っておくべきことがあるということです。「前提として知っておくべきこと」とは、ギリシア神話や聖書、その他の古典のことです。それらの物語はそこに生きる人々の心に深く染み渡っていて、小説のなかで語られるエピソードや人物の描写に濃厚な影響を及ぼしています。作家というのは自分を育んでくれた物語を引き合いに出すのが好きなようで、ストーリー展開の布石や暗示として、要所々々に散りばめるきらいがあります。親密な友人同士の間で「例のあれなんだけどさ・・・」と言えば事情がすぐに想起できるように、ヨーロッパ世界では神話や古典のエピソードがなんの説明もなしに飛び出すのですね。例えば、主人公アッシェンバッハはポーランド人の美少年に接して、心のなかで呟きます。「さては、パイエーケスの子供だな!」ギリシア古典「オデュッセイア」によると、「パイエーケス」とはスケリエー島の住民で、労働の苦しみを知らず、心地よい眠りと豊かな食事と財宝に恵まれ、一年を音楽やスポーツの楽しみのうちに過ごすとされているそうです。わたしは当然のように「パイエーケス」を知らず、「ん!?」と思っただけでこの箇所を通り過ぎてしまったのですが、その意味を理解していれば「ふふん」と笑みをこぼしていたかも知れません。ということで、できるだけ早い段階で、まずギリシア神話や聖書を含むヨーロッパの古典を手に取ろうと決めました。次に、本作品の舞台であるヴェネツィアについて感じたことを思い返してみましょう。ヴェネツィアらしさとしてまず目に留まるのは、やはり水路を往くゴンドラです。美少年に魅せられてストーカー的な行動に出る主人公は、少年がゴンドラに乗れば、なんとその後からゴンドラを雇ってつけ回します。本書を事前に読んでいたら、ヴェネツィアでゴンドラに乗った時に、「昔、アッシェンバッハもこの水路の上で揺られていたのかな・・・」なんて空想にふけることができたでしょう。また、世界的な観光地らしく、主人公と同じホテルに滞在していた客人たちの国籍も多様でした。面白いのは、当時の国際情勢を投影しているのでしょう、マンが国籍の異なる人物たちの性向を書き分けているところです。例えば、ロシア人の家族は大道芸人が現れるや最前列に陣取り、下劣とも思えるバカ騒ぎを演じます。その描写からは、「知性の乏しい野蛮なロシア」という、皮肉めいた印象を読者は受けるでしょう。当時のドイツから見たロシアという縮図が、そこに含まれているのではないでしょうか?話が長くなってしまったので、最後に他愛もない所感をひとつだけ。一昨年、わたしがこの目に映したヴェネツィアと、アッシェンバッハ(あるいは作者マン)が目にしたそれとは、きっと様相が違っているはずです。本書が出版されたのは1912年、マンが想定しているヴェネツィアは、恐らく今から100年も昔の姿でしょう。時の流れがその景観にもたらした最も大きな変化は、海面上昇ではないでしょうか?本書中で、アッシェンバッハは毎日砂浜に寝転び、恋する美少年に熱視線を投げかけています。しかし、もしもそのモデルとなる場所があるのだとすれば、そこはもう海の中でしょう。地球温暖化によって水位が更に増していけば、この風情ある街そのものがなくなってしまいます・・・。小説の感想とはまったく違いますけれど、ヴェネツィアを保存するために、環境にいいことを始めたいと思いました。次は、中近東の小説を読むつもりです。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】お餅のカロリーはけっこう高い、という情報を、妻が教えてくれました。このところ数キロ増量しているなぁと思っていたら、そのせいだったのかも知れません。お餅は2個まで、を実践していこうと思います。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/06
コメント(0)
2010年の仕事始めとなった今日も、真っ青な空に恵まれました。背中を押すように強烈な光線を投げかける朝陽は、何に遮られることもなく燦々と輝き、そちらのほうに目をやることができません。明け方まで雨が降っていたのでしょう、アスファルトはぐっしょりと濡れて黒ずみ、辺りに横たわる空気も湿っぽく感じられます。しかし、湿気を含んだ冷気は、太陽が降り注ぐ光の粒を吸って、急激に溶けていっているようです。少なくとも日なたにさえいれば、寒さで顔が痛むこともありません。腹の底深くから息を吐き出すと、まるで自分が蒸気で動く機械みたいに、目の前が真っ白く煙りました。「こんな風に白い息を漏らしながら、ヴェネツィアの人々は朝にホットワインをすすっているのかなぁ・・・」確かあればイタリアへ旅する前のことだったと思うのですが、ある紀行文のなかで、ヴェネツィアの冬の情景について書いてあるくだりがありました。なぜかとても印象に残っているのが、ヴェネツィアのバールに人々が集い、朝から暖かなワインを嗜んで語らっているという箇所です。それは、自分もその一味に加わってみたいという、ほのかな憧れなのかも知れません。ヴェネツィアの冬はどれくらい寒いのでしょう? サンマルコ広場が水浸しになった光景ってどんなふうなのでしょう? 水路は凍ったりするのでしょうか? ・・・久しぶりの通勤路の途上で、想像は否応なしに膨らんでいきます。ふとヴェネツィアのことを思ったのは、それだけではないかも知れません。というのも、つい最近トーマス・マンの中編小説「ヴェネツィアに死す」を読了したのです。昨年、コロンビアのガルシア=マルケスやロシアのドストエフスキーといった異国の作家の作品に触れて、2010年は小説を通して世界一周をしようと思い立ちました。小説は情緒溢れる表現でそれぞれの舞台を描いているので、あたかもその地を訪れたような感覚を味わえるのではないかと思ったのです。年初に世界各地の名だたる小説家をリストアップし、その代表作も合わせて調べました。もちろんこれからもその作業は継続していきますが、手始めに一冊読み始めようということで手に取ったのが、「ヴェネツィアに死す」でした。本作品の舞台はくだんのヴェネツィアで、主人公グスタフ・フォン・アッシェンバッハはドイツの著名な作家です。その設定から推察して、アッシェンバッハは作者マン自身の投影なのだろうと見るのは決して大胆な仮説ではないでしょう。老作家であるアッシェンバッハはふとした思いつきから、ヴェネツィアへ旅をすることになります。彼が旅先で出会ったのは、矢も盾もたまらないほどの美少年でした。その少年に蠱惑され、取りつかれた彼は今で言う「ストーカー」的な行動に走り、少年の後をつけまわすようになります。美に魅せられた男に残されている道、それは、破滅でしかありませんでした。そんな物語です。この作品を読んで、ヴェネツィアという街がどんなふうに映ったのか?ドイツが生んだ大作家トーマス・マンについて感じたこととは?今日は時間がなくなったので、明日にでも書いてみようと思います。快晴の下、気持ちよく通勤することができました。ありがとうございました!!【三文日記】着々と年賀状が届いています。学生時代の友人のなかには、今年結婚すると宣言している人もいました(笑)。ふだん筆不精でなかなか自分から連絡を取らないのですが、年に一度くらいは近況を交換しあうことも楽しいものですね。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/05
コメント(0)
「すみません。住宅ローンの繰り上げ返済の手続きをしたいのですが・・・」出迎えてくれた行員の男性にそう伝えると、「どうぞこちらへ」といった仕草で誘導してくれました。待合室のベンチには手続きを待つ人々の姿がちらほら見えますけれど、待ちくたびれて殺気立つ繁忙の色はうかがえません。男性は、とある窓口へ進んで担当者に用件を告げ、わたしに座るように腰かけへと促してくれました。「繰り上げ返済ですね? 一部ですか? それとも全額・・・?」カウンター越しに表れたのは、わたしと同じくらい、いや、きっともっと年若い男性で、一見した感じではこの業務にそれほど熟達してはいないように映りました。一部です、と答えて返済予定表と通帳を手渡し、状況を確認してもらってからさっそく書類作成に取りかかりました。「ここに今日の日付と、その下に住所とお名前を記入してください」はい、と言って手渡されたペンを右手に握り、手元に用意していた倍率6倍のルーペを左手に携えて、書面と対峙しました。「失礼します」と言って書類をグイとこちらに引き寄せ、紙面に顔を近づけてルーペを覗きながらこつこつとペンを動かします。きっとその姿が窮屈そうに映ったのでしょう、担当の男性は次に記入すべき事項を口頭で読み上げてくれて、わたしが書く作業を援護してくれます。住宅ローンの契約の際もそうだったのですが、目が悪くて書く作業が苦手なわたしのことを、行員さんたちは親身になって支援してくれます。もちろんビジネスですからお客様に対して親身に向き合うことは当たり前なのかも知れないけれど、その姿勢に接していると、形式的な事情を越えて人間同士助け合おうという真心が伝わってきます。「宜しければ私の方で捺印いたしますので・・・」必要事項の記入が済むと、担当の男性はわたしから実印と認印を受け取って、緊迫した面持ちで所定箇所に捺印してくれました。ギュウ・・・と念入りに印鑑を押し付け、慎重に離して目を凝らしてジイッと朱色の文様を睨んでから、ヨシといった表情で朱肉を拭き取ります。出来上がった書類を持って一旦窓口を離れ、先輩と思われる女性に何かを教えてもらいながら右往左往して処理を進めてくれます。「今日が仕事始めなのかな? 頑張っているなぁ・・・」同世代のせいか、目の前でせっせと窓口業務に勤しむ男性を見ていると、その心境を慮ってしまいます。連休明けは夢の中にいるように頭が回転せず、本当なら「リハビリ」と称してのらりくらりとオフィスでの時間をやり過ごしたいはずなのに、彼はわたしのために一生懸命仕事をしてくれている。年明け早々に自分の持ち場をしっかりと務めている男性の真摯な姿に、爽やかな風を吹き込んでいただきました。おかげさまで一連の手続きが完了し、返済期間が丸二年短縮となりました。住宅ローンの重荷が少しだけ軽くなったこともさることながら、対応してくれた男性の清々しい仕事ぶりが、明日から再び職場へ復帰する男の背中を押してくれました。どうもありがとうございました!!【三文日記】ホームセンターでデッキブラシを買ってきて、バルコニーの掃除をしました。食器洗い用の洗剤をお湯にたらし、それを撒きながら快活な音を立ててブラシで擦る。デッキブラシを握っていると、「魔女の宅急便」の終盤のシーンを思い出します(笑)。●今日の天気晴れ。●今日の運動サイクリング40分&ジョギング35分。
2010/01/04
コメント(0)
9回の裏、ツーアウトランナーなし。3点を追いかける苦しい展開で、バッターボックスへと向かう。どういう形でもいいから出塁して口火を切り、後続につなぎたい。たとえヒットでなくとも、フォアボール、あるいはデッドボールでもいい。まぐれ当たりの一発だけでは追いつくことはできないけれど、ランナーを溜めて満塁にすることができれば、一打逆転もあり得る。とにかく、最後の打者にだけはなるまい。そんな局面に立っているのが、自分だと思う今日この頃。ビハインドの3点は、それぞれ次のような内容です。1点目は、目が悪くなったことによって背負った失点。2点目は、耳が悪くなったことによって抱えた失点。そして3点目は、病によらず元々の自分自身に備わっていた弱みによる失点。それらを覆して勝利を掴むためには、たった一打のホームランでは事足りず、時間をかけて地道に反撃していくほかありません。何より、あとアウト一つで敗戦というところまで追い詰められてはいるものの、逆転できると信じる気持ちが必要です。心の中に「もうダメかな・・・」という疑念がわずかなりとも入り込んでしまえば、そのスキを突かれて間違いなく仕留められてしまうでしょう。そうは言っても、気負い過ぎてしまっては肩の力が入り過ぎ、自分の持っている能力を発揮できないかも知れません。返さなければならないものが大きいだけに、反撃を試みる側の精神の調え方が成否を分けます。大切なことはきっと、相対峙する一球一球に集中することなのだと思います。甘いところに来たらしっかりとスイングする、ストライクゾーンを外れたボールはしっかりと見極める。一球ごとに相手の配球を考え、真っ直ぐが来るのか、それとも変化球が来るのかを読み、それと同時に読みが外れた時の対応も用意しておく。配球だけではなく、守備についている各人の特徴や守備陣形など、刻々と変化する局面に注意深く耳を澄ませ、自らの一挙手一動作に意味を見出す。そういう姿勢が必要とされているのだと感じます。日々出会う一つひとつの出来事に意味を見出し、自分自身を方向付けていくこと。突き詰めれば、そんな愚直な一瞬一瞬の積み重ねしかないのです。2010年に臨み、行動指針の一つとして心に留めておきましょう。今日も好い一日でした。ありがとうございました!!【三文日記】「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」を欲しいのですが、なかなか手に入りません。ゲームソフトを扱う店舗を訪れると、必ず特設コーナーはあるのに「品切れ中」のポップが・・・。Amazonでは在庫があるようですから、「今すぐ入手してプレイしたい」という方が多いということなのでしょうか?●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング40分。
2010/01/03
コメント(0)
「おぉ、大吉!」参拝客で溢れ返る境内の一角に居場所を定め、妻もわたしもそれぞれのおみくじに見入りました。辺りにはおでんやじゃがバターなどの露店がところ狭しと並び、参拝を済ませた人々を招き寄せる威勢のいい掛け声が響いています。驚いたことに、妻は第一番・大吉、わたしは第八番・大吉と、大変縁起のよい兆しです。おっと、説明が遅れましたが、今日は川崎大師へ初詣にやって来ました。昨年の1月11日、義父母を連れてここ川崎大師へ参拝に訪れた際に大混雑に巻き込まれたことを教訓として、今回は早めに出かけてきました。それが奏功して、前回は入場することにさえ辟易させられた境内に難なく進み、二、三組の集団をやり過ごして本堂へ参上することができました。川崎大師の境内にて参拝を待つ人々後続の群集が押し寄せる前に事を済ませようと、押し合いへし合いをかいくぐってなんとか先頭に踊り出ます。賽銭箱に硬貨を投じて手を合わせ、黙祷して暗闇の向こうに祈りを捧げました。「どうぞこの一年も、家族みんなが無事に過ごせますように」こうして無事に参拝を済ませ、順路に従って本堂を退場した後に引いたおみくじで、夫婦揃いの大吉を引き当てたのでした。その紙片の冒頭には、次のようなメッセージが記されています。 心を凛として高く持ち 徳をほこらず実意を致さば 大師の功徳により 自ら幸は門辺に来るべし志を高く持ち、真心を込めて慎み深く生きれば、幸福は向こうからやって来るという心強い言葉です。せっかくなので、主な項目についてもここに記しておきましょう。願望:叶うべし。されどひが事ならば後の災あり悦び事:心正しき人は喜びあり交友:よき友を得べし職業:自らの才能をあらはし得てほまれあるべし旅行:よし。されど道にてゆだんせば損することあり勝負:心を高くもちてのぞめば勝利なり疾病:本復すべしう~ん。心の緩みを戒めなければなりませんが、概ね未来は明るそうです(笑)。これからやって来る現実がそううまくいくかどうかは別として、とにかく事に当たるに際してまず「いける」という感触を携えておくことは大切です。そういう意味では、幸先のよいスタートを切ることとなりました。「心を凛として高く持ち」とあるように、もっと目線を上げて大志を抱くことが必要であるようです。さっき本堂の前で「家族みんなが無事に過ごせますように」と祈りましたが、了見が狭いので訂正しましょう。「どうかこの一年も、世界中の人々が幸福を感じて生きられますように」おかげさまでよい初詣になりました。ありがとうございました!!仲見世通りも大にぎわい【三文日記】三年ぶりにジョギング・シューズを買い替えました。これまで履いてきたシューズは靴裏が破れているものの、よく持ちこたえてくれました。新たな僚友を得て、これからもこつこつと走り続けていきたいと思います。●今日の天気晴れ。●今日の運動お休み。
2010/01/02
コメント(0)
あけましておめでとうございます!今年も一年間、どうぞよろしくお願いします。2010年の元旦は、どこへ出かけることもなく、自宅で静かに過ごしております。新居で迎える初めての正月であり、新鮮な気分でスタートラインに立つことができました。リビングの窓の向こうには一日じゅう朗らかな青空が広がり、一年の門出を祝福するような眩ゆい陽射しに恵まれました。夕方、沈んでゆく太陽を眺めながら河原をジョギングしたのですが、このままどこまでも走っていたいほど爽快な気分を味わいました。皆様にとっても、意気揚々たる元日であることをお祈りしております。さて、今日から始まる新たな一年、本サイトを運営するにあたって年頭のご挨拶をさせていただきます。旧年中は、2006年から始めた「どんなに短くてもいいから、毎日日記を書く」という習慣の丸三年を通過し、個人的に一つの節目を迎えたように感じています。開設当初は、目が見えにくい日常のさりげない出来事を発信することで、世の中には不思議な境涯を生きている人間がいるのだという事実を、読者の方々にご理解いただくきっかけになればという想いでおりました。それから月日が流れ、手術によって視力が一時は回復したものの新たな病を得て視力が再び低下し、それに加えて耳まで聞こえにくくなるなど、個人的に幾多の環境変化を経験して参りました。そんな中で、このサイトに文章を綴るという行為の意味合いが少しずつ変化を遂げ、わたしにとっては生きることの一部となりました。目が見えず、耳も聞こえなくなって、暗黒の宇宙空間みたいなところに閉じ込められた時、わたしを支えてくれるものは一体なんだろう?そんな自問を続けていくうちに行き当たった答えが、「言葉」でした。目が見えなくても、失った視界に代わる何かを「言葉」を通して感じ取ることができる。耳が聞こえなくても、音の代わりに「言葉」を通して何かを伝え、受け取ることができる。どんな境遇におかれても、「言葉」さえあれば誰かと分かり合うことができるし、誰かに力を注ぐことができる。そういう認識に至った瞬間、毎日文章を書くということが、わたしにとってかけがえなのない行為に変わっていました。どんなささいな出来事にも「意味」を見出し、それを言葉の力を借りて表現することによって、わたし自身が救われることになりました。もちろんわたしには本業があって、文章を執筆する作業だけに注力することは叶いません。時には一日の労働に疲れて頭の中が真っ白になり、なかなか筆が進まないこともあります。品質の伴わない、なんの面白みもない言葉の羅列になってしまうこともあるかも知れません。しかし、上に述べたように、言葉を通して誰かの背中を押し、同時にわたし自身を救うという想いだけは、一貫して参ります。まだしばらくの間は、「どんなに短くても、毎日日記を執筆する」という習慣を継続するつもりです。いつも気にかけてくださる方、たまに覗いてくださる方、そして初めてお会いできた方、皆様の力になれるよう、2010年も精進して参ります。どうぞよろしくお願いいたします。●今日の天気晴れ。●今日の運動ジョギング30分。
2010/01/01
コメント(2)
全31件 (31件中 1-31件目)
1