還暦過ぎてウィスキーの美味しさに気づいた

還暦過ぎてウィスキーの美味しさに気づいた

2026.07.28
XML
カテゴリ: 酒の肴

ウィスキーに合うつまみを探して、あれこれ集めている。ナッツ、チーズ、燻製、漬物。それはそれで楽しいのだが、最近つくづく思うことがある。

一番の肴は、一緒に飲む相手なんじゃないか、と。

喋り倒す男

学生時代からの友人にEという男がいる。私と違って酒に強く、飲むほどに陽気になるタイプだ。私が一杯を一時間かけて舐めている横で、彼は三杯目に入っている。それでいて乱れない。

先日、彼に連れられて久しぶりにクラブに行った。私はああいう場所が得意ではない。何を話していいか分からず、結局グラスを見つめて終わる。

ところがEは違う。席に着いた瞬間から、もう喋っている。

内容は、九割が下らないどうでもいい話

断っておくが、彼の話に中身はない。

若い頃の失敗談、女性を過剰に褒める話、そして下ネタ。この三種類しかない。しかも下ネタの方は、ここに書けるようなものではない。書いたところで、あの間合いがないと何一つ面白くならない類のやつだ。

普通ならドンビキ。私が同じ話をしたら、間違いなく空気が凍る。

ところがEがやると、女の子が本気で笑うのだ。作り笑いではない。口元を押さえて、涙を拭いながら笑っている。「もう、やだ~」と言いながら、次の話を待っている顔をしている。

相手に喋らせる隙がない

普通、ああいう店では女の子の方が気を遣って話を引き出してくれるものだ。「お仕事は何を?」「今日はお疲れでしたか?」と。

Eの席には、その隙がない。

彼女が「お仕事は」と言いかけた時にはもう、Eが下ネタ話を始めている。落ちがついて彼女が笑うと、間髪入れず次の馬鹿話に入る。話の山場では相手の腕をポンと叩いて、「そこでね、」と身を乗り出す。

触れるのは笑いの最中だけで、しかも一瞬だ。手を置いたままにしない。本人は自分の話に夢中で、触ったことすら覚えていないんじゃないかと思う。女の子の方も笑いながら「もう、Eさん!」と彼の腕を叩き返している。結局最後まで、彼女は自分のことを何一つ喋れずに終わった。

そして本人が、一番楽しそうにしている

面白いのはここからだ。

女の子が笑い転げているのを見ながら、E本人が一番嬉しそうな顔をしている。ウケた、という手応えでグラスを傾け、また一杯注文して、次の馬鹿話を仕込みにかかる。

笑わせる → 自分が気持ちよくなる → 酒が進む → さらに調子が上がる。

この循環に入ると、彼はもう止まらない。テーブルの温度が上がっていくのが、隣にいると分かる。気づけば店の中で一番賑やかな席になっていて、他の席の女の子までこちらをちらちら見ている。

下心がないわけではないだろうが

何が違うんだろう、とグラスを傾けながら考えていた。

たぶん彼は、口説こうとしていないのだ。ただその場を面白くすることだけに全力を注いでいる。下ネタも、口説きの布石ではなく単に自分が話したいだけ。目的が「その先」にないから、相手も身構えない。

言葉を選ばずに言えば、下心がないわけではないと思う。彼だって男だ。ただ、それを場に持ち込まない。今この二時間を笑わせることに全部使ってしまう。だから相手も安心して、一緒になって笑っていられる。

これは技術ではなく、人徳というものなんだろう。繰り返すが、私が同じことをやったら事故になる。分かっている。

そういう夜のウィスキーは

私はというと、いつも通り一杯を長い時間かけて飲んでいた。ハイボールを一杯。それだけ。

でも、その一杯がやたらと旨かった。

隣で友人が喋り倒している。女の子が笑い転げている。話の内容は半分も聞いていない。ただ、あの賑やかさを横で浴びながら、氷が溶けていくのを眺めている。

料理は何も頼まなかった。それでも、あれ以上の肴はなかったと思う。

結局のところ

いいつまみを揃えることも大事だ。これからも集め続けるつもりでいる。

ただ、どれだけ良いチーズを用意しても、一人で黙って飲む夜には敵わないものがある。逆に言えば、乾き物一つでも、相手が良ければ極上の一杯になる。

酒の肴は、料理だけじゃない。

そう気づかせてくれたEには、今度こちらから一杯おごろうと思っている。彼はきっと、三杯飲むだろうけれど。そして今度も、私は一言も喋れないだろう。








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.07.28 09:54:19
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: