酒の好みというのは、案外理屈で決まっていない。
私は基本的に何を食べていてもウィスキーだ。居酒屋でも、焼き鳥屋でも、お好み焼きでも、中華でも。寿司屋でハイボールを頼んで、板前に微妙な顔をされたこともある。日本酒の方が合うことくらい分かっている。それでも、頼んでしまう。
ところがイタリアンの店に入ると、私は必ず白ワインを頼む。しかもシャルドネと決めている。
理由は、料理との相性ではない。
もう随分と前の話になる。
当時、私には好きな女性がいた。何度か食事に誘って、その日は少し気取ったイタリアンの店を選んだ。若かった私達には少し場違いな店だった。
メニューを渡されて困った。ワインの欄に並ぶ横文字が、一つも読めない。どうしたものかと固まっていたら、彼女が先に注文した。
「シャルドネを、グラスで」
私は内心で助かったと思いながら、「同じものを」と続けた。
正直に言うと、そのシャルドネがどんな味だったかは覚えていない。
樽が効いていたのか、すっきりした辛口だったのか。産地がどこだったのかも分からない。当時の私にそんな判断がつくはずもなく、ただ「白ワインというのは、こういう味なのか」と思っただけだった。
覚えているのは、別のことばかりだ。
グラスの脚を持つ彼女の指。少し傾けて、香りを確かめてから口をつける仕草。料理が運ばれてくるたびに嬉しそうにする顔。何を話したかまでは思い出せないのに、あの店の空気だけは今も鮮明に残っている。
料理はもちろん美味しかった。前菜の何かと、パスタと、白身魚だったと思う。でも、それすらもう曖昧だ。
彼女とは結ばれなかった。よくある話だ。時間が経てば、それはそれで良かったのだと思えるようになった。
ただ、変な癖が残った。
イタリアンの店に入ると、私は今でも必ずシャルドネを頼む。他の店では絶対にウィスキーなのに、そこだけ例外になっている。理屈で説明できない。オイル系のパスタに合うだとか、カルパッチョの酸味と相性がいいだとか、後から知った理由はいくらでもある。でも本当のところはそこじゃない。
あの日の続きを、勝手に一人でやっているだけだ。
ウィスキーを飲むようになってから、香りというのは記憶と直結しているのだと知った。ある銘柄を口にした瞬間に、それを初めて飲んだ日のことが蘇る。あの店のカウンター、隣にいた友人、外の雨の音。
シャルドネも同じなのだと思う。
私にとってあれは、白ワインの一品種ではない。あの夜の名前だ。だから飲む場所も限定されるし、他の酒で代用も効かない。
そんな理由で飲み続けているものだから、私は長いことシャルドネの中身を何も知らずにいた。
最近になって、ようやく調べ始めた。樽を使うかどうかで別物になること。ブルゴーニュの北と南で顔が違うこと。カリフォルニアやチリにも良いものがあること。知れば知るほど、自分が何を飲んでいたのかも分からなかったのだと思い知る。
遅すぎる勉強だ。それでも、始めないよりはましだろう。
いつかまた誰かとイタリアンに行くことがあったら、その時は自分でメニューを開いて、迷わず一本を選びたい。あの日の彼女がそうしたように。
私のシャルドネコレクション
ベストセラー サクラアワード ダブル ゴールド 旨安賞 ムッサ カヴァ ブリュット NV ヴァルフォルモサ ( 泡 白 ) スパークリング 辛口
価格:1,589円(税込、送料別)
(2026/7/28時点)
体に悪いのは百も承知のお酒×おつまみ 至… 2026.07.29
酒の肴は、料理だけじゃない 2026.07.28
ウイスキーに合うおつまみ、人気ランキン… 2026.07.25