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謹賀新年でございます。今年の抱負はズバリ、【パラダイム・シフト】!!既成概念からの脱却です。皆様、よろしくお願いします!!!(・・・って、”何を?”ですよね)
2005年12月31日
というダジャレまで出てしまうほどの急展開です。最近やったことと言えば、ごねあさんのブログにあった「宿便取り」。そりゃもう、”想定外”のモノが出てきて、お腹は引っ込むわ、体重は落ちるわ、肌の調子は良くなるわ・・・で、一石三鳥でした。続いてやったのが、これまたごねあさんのブログにあった「ナチュラル・ハイジーン」という食生活。体内の消化酵素を無駄使いせずに、補給を欠かさない食生活。私も、朝はバナナ(なるべく熟れた物がいいそうで)にしました。何も食べないと、”食べてない”ということがストレスに感じる日もあるので、”何か食べたいな~”というときは、消化酵素がたっぷりのものを選んで食べました。ナルホド・・・胃がもたれない、痛くない、まさに”胃~感じ♪”次は、ちょっと路線が違うんですが、るーえさんの個人セッションで、”ここ数年、空腹感がないというか、胃の調子が良くないんです”と言うと、るーえさん独特の方法で、私の胃に溜まったモノを吐き出してくれたんです。見ているほうが心配になってしまう(←本人じゃないか!!)ほど、セキ込むるーえさん。さらには、溜まらないようにするコツも、ちゃんと教えていただきました。その直後、会場だった原宿で、年に数回しか会えない”心の友”と、駅前のイタリアンで食事をしたときの美味しかったこと!!これからは、宿便を取りつつ、酵素を補いつつ、胃にストレスを溜め込まない・・・に精進したいと思います。余談ですが、原宿「キディ・ランド」に寄ったら、高田 万由子さんが娘さんと2人で買物をされていて、目が合ってしまいました。(こんなにきれいな”お母さん”がおるんやな~・・・)
2005年12月30日
先日、るーえさんのワークショップのあとで、個人セッションを受けることになっていたので、”ぜひ解明したい!!”と思っていたことのひとつが、この”前世”について。しかし、そんな私の心の中を見透かしていたのか、ワークショップの中で、まさに私が知りたかったことを、るーえさんが淡々としゃべっている。う~ん、なんというシンクロ。私の中で”前世”とか”生まれ変わり”というのは、12月20日の日記でも書いたように、”過去から未来への時間軸の上を一方向に進み、同一の魂が、違うフィールドを体験しながら、魂の進化を遂げること”だと思っていた。しかし、”有史以来、魂はちっとも進化していないじゃん?”という疑問が、最近沸き起こって来たところだった。そんな中で、るーえさんが”パラレルワールド”について話し始めたとき、ハッとした。今まで、”過去生”だと思っていたことは、実は、違う次元で”今”起こっていること・・・なんだと。(そうですよね?るーえさん)となれば、”デジャヴ”も”予知”も、決して不思議なことじゃない。なんてったって、どれも”今”起こっていることなんだから。ってことは、”前世の行いが悪いから、現世で不幸になる”というのも、ちょっと違う気がしてきた。どう違うか。それは、いずれまた・・・(って、まだ頭の中が、”鳴門海峡状態”なんです)
2005年12月28日
頭の中を渦巻いているのに、検査入院中の三女をめぐる葛藤に、毎日エネルギーを使い果たしている状態です。きのうは、今年最後のドナー検査のために、夫と病院へ行きましたが、月曜日は面会ができないので、三女の様子だけでも知りたいと病棟へ行きました。ナースステーションで、その旨を伝えると「少しお待ちください」と、病室のほうへ向かった看護師さんが、しばらくして戻ってきて「廊下から見るだけしかできませんが・・・」と、特別に入れてくれました。廊下からは、少し離れた所にいる三女は、午前中に検査があったらしく、ベッドに突っ伏して眠っていました。長居はできないので、検査の内容や今の体調を、看護師さんに矢継ぎ早に質問する私の横で、三女の姿を無言で見つめていた夫が、「有難うございます、おかげで安心できました。」と看護師さんにお礼を言い、早々に病室をあとにしました。入院以来の私の葛藤も、理解してくれた夫ですが、男親には、男親にしかわかならい気持ちというのがあることを忘れていました。
2005年12月27日
このクリスマスツリー、松ボックリで出来てます。長女の学校のK先生(部活の顧問)の手作りです。長女の話だと「校庭から拾ってきたみたい・・・」だそうです(^^;)先日、長女とテレビを観ていたら「あ、K先生ソックリ!!!!!」と。そこに映っていたのは、安岡 力也。そう、そんなコワモテの先生が、こんな可愛いものを作ってくれたんです。
2005年12月21日
「前世での努力のおかげだよね」ゆうべ、ふと長女が言った。「そ、そうなんだよね!!お母さんもそう思ってるよ。 だってさ、困難にぶつかったとき、それを乗り越えるエネルギーがあるとか、助けてくれるソウルメイトが いるというのは、前世の人が布石を置いたからだと思うんだ。 だから、今の自分が幸せだと感じられるのは、前世の人に感謝しなきゃ・・・って。 でも、”前世の人”も”自分”だと思うと変な感じだよね」「あはは・・・、言えてる」長女が、中3という年齢で、そこまでの考えに至った経緯はわからない。きっと、”生まれ変わり”を信じていて、死んだ兄とも、いつか再会できると思っているのだろう。
2005年12月20日
三女の病気『胆道閉鎖症』は、”1万人に1人”の発症率と言われている。そんな難病の子が、偶然にも長女の同級生にいた。しかも、三女の病気がわかるまでの10年間、まったく知らずに付き合ってきた。三女が『胆道閉鎖症』とわかって、最初の手術をした2003年の3月。長女が小学校卒業の時期だったので、先日のメンバーのひとり(Nちゃんのお母さん)から「いつものメンバーで”卒業祝い”やるよ~」とメールをもらった。しかし、三女の手術直後だったので、出席できない旨を返信した。すると、間もなく”うちの子も、生まれてすぐに病気が発覚して手術を受けて、3歳までは入退院の繰り返しでした”という返事が来た。まさか、あの元気なNちゃんが!?信じられない気持ちと、同じ経験を持つ人が身近にいた安堵感で、三女の病名や、現在の状況をメールすると「うちの子も、『胆道閉鎖』だったんですよ!!何か、お役に立てることがあるかもしれません・・・」と、速攻で返事が来た。それから2ヵ月後、退院した三女の顔を見に、Nちゃんのお母さんが来てくれた。Nちゃんの当時の様子から、今に至るまで、これほど参考になる話はなかった。それ以来、たまにメールのやりとりをしていたが、ある日からメールが”到達不能”になってしまい、それきりになってしまった。そして、先週の忘年会の日。Nちゃんのお母さんに会えることを期待して出かけた。少し遅れてきたNちゃんのお母さんは、開口一番「携帯を変えたときに、データを移し損なって、アドレスがわからなくなっちゃったの。どう、元気?」と、三女のことを気にしてくれていた。そして、今年2度も体調を崩し、今は移植手術を控えて検査入院していることを話すと、「てっきり元気になってると思ってた・・・」と、親身になって聞いてくれた。そして、移植手術をするのは、Nちゃんと同じ病院だと伝え、「移植の小児外科の先生は、H先生って言って・・・」と言うと「え!?うちの子もH先生だったのよ!!」しかも、当時は看護婦さんだった人が、今『移植コーディネーター』として、お世話になっている人だということもわかった。移植手術が成功したら、Nちゃん同伴で面会に来てくださるという。そんな日が、早く来ないかな・・・と、祈るような気持ちで、久しぶりのビールを飲んだ。
2005年12月20日
検査入院中の三女が、入院3日目に下血しました。肝硬変が進んでいるため、食道や腸内にできている静脈瘤が破裂して、出血したようです。何事もなく、一週間で終わるものと疑わなかったのに、これで入院期間は”白紙”になりました。幸い、下血は1日でおさまり、今のところ輸血や緊急手術は免れています。破裂の原因は、内膜が静脈瘤の圧力に負けるのがほとんどだと思いますが、ストレスや、泣いて血圧が上がったりすると、破裂することもあるそうです。様子を見に来てくださる看護婦さんたちが、口々に「ストレスがかかっちゃったかしらね・・・」と、済まなそうに声をかけてくださいましたが、親と離れている状況も、泣き過ぎ程度で破裂してしまう静脈瘤も、一生懸命やってくださっている現場のスタッフに落ち度はありません。「いや、タイミングいいと言うか・・・自宅で下血しなくてヨカッタです」と私が言っても、自責の表情を崩さない看護婦さんたちの、責任感の強さを改めて感じました。鼻に入っている管を抜かないよう、両手をベッドの柵にしばられ、大の字になってアンパンマンのビデオを見ていた三女。ジャムおじさんの「バタコ、アンパンマンたちをたすけにいくよ!!」というセリフに「ハイ!」と答えていました。
2005年12月20日
次女を連れて行った歯医者さんで、帰りにご褒美をもらった。歯形を取るための石膏に、色をつけて型に入れたモノ。欲張りの次女は、3つももらってしまいました(^^;)
2005年12月16日
生まれてから、医者や病院にあまり縁がない次女(年長)先日の「就学児健康診断」で虫歯が見つかり、治療をすることになった。私「きょうは歯医者さんに行くからね」娘「さっき(←”この前”の意味)注射(←インフルエンザ)したとこ!?」私「あそこは”お医者さん”。これから行くのは”歯医者さん”。」娘「注射しない?」私「しません!!」娘「じゃあ、”歯だけにしてください”って言って!!」私「だから、しないってば!!」アポなしでも気持ち良く受け付けてくれる「木下歯科医院」(仮称)に到着。タイミング良く空いていたので、すぐに名前を呼ばれて治療室に入って行く。先生「きれいな歯してるけど、どこに虫歯があるのかな?あ~んしてごらん・・・」口を開けながら娘「おかあさん、早く言って!!」このシチュエーションで、まだわからんのか(ー”-;)
2005年12月16日
移植手術は延期になったものの、「検査だけは年内にしましょう」と言われ、きょうから一週間の予定で入院しました。入院前検査(ウイルスに感染していないか)で、鼻水を吸引したら、巨大な鼻クソ(おっと失礼)が出てきて、若い看護婦さんが「あらら・・・」と失笑(^^;)きょうは「血液検査」と「レントゲン」、明日は「超音波診断」、そのあとは「MRI」「内視鏡」「CT」と、毎日のように検査が続きます。完全看護のため、一日たったの1時間半の面会です(T T)夫に抱っこされながら病院に入る三女↓(・・・って、見えませんね)
2005年12月15日
長いこと、料金プランの見直しをしてこなかった我が家。最近、夫が「ド○モダケって、安くなるらしいよ」と言い出したのをきっかけに、ケータイ,マイライン,CS放送の契約内容を見直すことになった。まずはケータイ。ド○モに電話して、今の使用状況に見合った新料金プランにすると、毎月の使用料金が半額近くなることがわかった。(もちろん変更)次にマイライン。熾烈な顧客獲得競争の中で、当時”一番安いんですよー!!”と言われて契約したところより、今はもっと安いところがあった(もちろん変更)最後にCS(ス○パー)。最近、琴欧州がCMをやっているパックにしたら、今までロクに観ていなかった番組も解約したりで、これまた月額が半額近くになることがわかった(もちろん変更)♪節約は~、歩いて来ない・・・
2005年12月13日
長女が、きのうの日曜日にサクッと活けてくれました。活け花が必修科目にある学校に行ってヨカッタと思う瞬間です。手前の小さな花は「葉牡丹」だそうです。
2005年12月12日
2人とも言葉が遅い。でも、2人のパターンは違う。次女は、ビデオを見せておくと、すごい集中力で、黙ったままいつまでもビデオを見ていた。そして、長い沈黙のあと、3歳を過ぎてしゃべり始めたと思ったら、全部アニメのセリフだった。その後も、言葉のやりとりが苦手で、発達相談に行ったところ、「おそらく【視覚優位】なので、目で見えることの理解は早くて、言葉からの情報理解が苦手なんでしょう」と診断され、STを受けることになった。STを始めた当時(5歳半)、「きょうは、だれと来たの?」「きょうは、保育園で何をやったの?」「きょうの天気は、晴れかな?雨かな?」という質問にも満足に答えられなかった。そして、カリキュラムをこなしていくうちに、得手不得手が浮き彫りになり、医師の診断どおり、視覚で物事を把握することには長けていた反面、言葉の理解が難しく、”何を聞かれているのか”、”どう答えればいいのか”に苦戦していた。ところが、月2回のSTを受け始めて半年を過ぎたあたりから、次女の中で少しずつ「!!!」ということが起こったらしく、今では平均的な6歳児にかなり近くなった。一方、三女は、同じようにビデオを見せておくと、テレビに向かって何やら言っていたと思ったら、いつのまにか違うことで遊び始め、次はドアで手を挟んでは泣き(「おーよしよし、いたかったねー」となぐさめる私)、お腹が空くと、台所にやってきて冷蔵庫を開けろと要求し(「なにがたべたいのかな~?あれ?これ?」と質問する私)、手をグルグル回しながら近づいて来たり(「アンパ~ンチかー!!やられたー!!」と言いながら倒れる私)・・・で(・・・日本語がうまくつながらなくなってしまった)つまり、「行動が少ない子 OR 多い子」などによって、こちらの対応が違うため、言葉の発達経路も、子供の数だけ異なるのではないかと思った。よく、”言葉の遅れは、母親の責任”と言われるが、この2人を見ていて、”言葉の獲得は、本人次第”と思う。
2005年12月09日
きのう、ふと思い立ち(←いつものこと)ケータイの機種変更をすることにした。ショッピングモールの中にあるショップには、夕方6時近くとあってか、お客はだれもいなかった。例により、パンフレットも読まず”、じーーーーーーーーっ”と品定め(←怪しい目つき)つぎつぎと眺めていくうちに、頭の中で”ピンポ~ン!!”となった機種に決まる(←いつものこと)ケータイに限らず、電化製品や家具を買うときも、この選び方で後悔したことがほとんどないので、ずっとこの方法を採用(?)している。カウンター座って、マニュアルどおりだが、テキパキと手続きをしてくれるおネイちゃん(研修中)の様子をボーッと見ていた。「ただいま、在庫の確認をして参ります」と席を立ったおネイちゃん(研修中)に、上司らしい男性が耳打ちをした。箱に入った、新しいケータイを持って戻ってきたおネイちゃん(研・・・え?もういい?)「スミマセン、先ほどご説明するのを忘れてしまったのですが、今週の土曜日から料金形態が変わるため、土曜日以降に機種変更をされると、2,000円ほど安くなりまして、またこの土日は、カードでお支払いいただくと、さらに5%の割引になるのですが、いかがなさいますか?」「お~っ!!じゃ、あさって来ます」「では、品物はお取り置きしておきます」これが、タイミングが”いい”のか”悪い”のかは別として、得をしたようで気分が良かった。
2005年12月09日
12月4日の日記に書いた、馬場さん(仮名)から何年かぶりに電話が来た。馬「元気~?」私「なんとか生きてる(笑)」馬「はははっ!!どこも同じだよ~ん(笑) で、忘年会やるよ~」私「わーい!!そうだと思った!!」馬「急なんだけど、イノマッタ(←猪俣さん・仮名)に場所を押さえてもらってるから、変更がなかったら17日の7時からね。 みんなと集まるのも、3年ぶりになっちゃったね・・・」その言葉を聞いたとき、”えっ!?”と思った。私は、てっきりこの3年間も、毎年忘年会をやっているものだと思っていた。最後に集まったのは、小学校卒業式のあとだったが、長女だけは他の中学へ行ってしまったため、「Sちゃん(←長女)は、他の中学行っちゃったし・・・」という理由で、メンバーから外されたものだと思い込んでいた。馬「じゃ、楽しみにしてるからね~ん」馬場さん(仮名)の言葉が、ひときわ嬉しかった。
2005年12月07日
息子が死んだ年の12月。長女の保育園つながりのお母さんたちで、恒例の忘年会をやることになった。きっと、みんなで”今年はどうしようか・・・”とさんざん悩んだ末、私にも普段どおり声をかけてくれたに違いない。息子の葬儀に駆けつけてくれメンバーだけあって、お互い顔を合わせづらいような・・・でも、せっかくのチャンスだから出かけていった。少し遅刻して行った私。葬儀のお礼を言おうにも、泣かない自信がなかったので、息子のことには触れぬまま、会話に参加していった。すると、ひとりが「でさ~、さっきの話の続きだけど、馬場さん(仮名)って、ホントは子供は何人いるの?」と切り出した。馬場さん(仮名)は「だーかーらー!!一番上の娘は8歳のときに、病気で死んじゃったんだって!!つまり、その子も入れれば3人だよ。」と平然とした顔で答えた。「えっ!!!!!!!」(←その他大勢)馬場さん(仮名)はこのメンバーの中でも、リーダー的存在。歯に衣着せないキャラと、スルドイ視線で他を圧倒し、私でさえ(?)なかなか言葉を交わせなかった人だった。その馬場さん(仮名)に、そんなことがあったなんて、夢にも思わなかった。そう言えば、息子が死んだあと、娘の保護者会で会ったとき、言葉少なに「少しは落ち着いた?」と声をかけて来てくれた。その時の馬場さん(仮名)の表情は、憐れみでもなく、同情でもない、今になって思えば、”辛いだろうけど頑張れよ!!”というメッセージそのものだった。結局、このメンバーとは、それ以降も何年か忘年会を続けた。そして、その度に、馬場さん(仮名)とは、お互いに亡くした子の話になった。毎年のことながら「生きていれば中学生だね」とか「ウチはもう高校生になったよ」という会話になった。”死んだ子の年を数える”というのは、未練がましいことのたとえにもなっているが、子を亡くした親の役目として、”死んだ子の年”は、いつまでも数え続けて行きたいと思った。話は変わりますが、「ふじいあきら」と「ケンタロウ」の見分けがつかないんですけど・・・。
2005年12月04日
ごねあさん!!出ましたよ、その、・・・粘度の高い、あれ、つまり、そう!!宿便【第2章】が!!ごねあさんの描写と、ホントに同じですね。こんな感じで、今まで出きらなかった宿便が、徐々にふやけて出てくるんでしょうね。今は、外出がない限り、毎晩5錠飲んでいますが、週に一度は、5錠×3回をやってみようと思います。そのうち、夫にも試してもらおうと思います。
2005年12月02日
ファッション,ヘアメイク,アクセサリー,にはまったく興味の無い私のおかげで、三人娘は実に”地味”ないでたちをしている。先日も、次女の冬服がないことに気づき、あわててショッピングモールへ走って行ったばかり。子供服売場を見て回ったが、次女好み(・・・いや、私好みか)の服がない。そこで、同じフロアに【ブランシェス】があるので行ってみた。高いだけあって、素材もいいし、デザインもかわいい。子供とおそろいの”大人サイズ”があるのも面白い。次女にと思ったフリースのセーターに、三女のサイズもあったので、一緒に買ってみた。家に帰り、セーターを並べると、次女の喜びは予想以上だった。今朝は、2人にそのセーターを着せて、次女を送って保育園に着くと、テラスにいた先生に、「これ、おそろいなんだよ!!」と、自慢げに服を見せていた次女。こんなに喜ぶなら、もっと”おそろい”を増やしてあげようと反省した。
2005年12月02日
結局、病棟の状況が安定せず、今のところ三女の体調もいいことから、年内は手術しないことになりました。押さえていたマンションもキャンセルし、一気に虚脱感・・・いや、行く年来る年を家族で過ごせるんだから、これはこれで貴重な”想定外”かもしれないと思い直しているところです。しかし、ごちそうの誘惑も多いこの時期「松が明けたら、また頑張るか・・・」という夫のつぶやきが聞こえてきました。大丈夫!!内科ドクターは、それを見越してか、年末に血液検査の予約を入れてくれてました。
2005年12月01日
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