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看護師さんたちは、みんな子供が大好きで、三女など、看護師さんが自腹を切ってプレゼントをしてくださったことも何回かある。そんな看護師さんの観察記。2つの大学病院でお世話になってみると、違いがよくわかる。その筆頭はナース服一方の大学病院は、ほぼ全員がパンツスタイル。他方は、個人の自由らしく、様々なナース服を着ていて、そのほとんどがワンピース。パンツスタイルを見慣れていたせいか、当初ワンピースのナース服には、しばしばドキッとさせられた。子供相手に、立ったり座ったり、手を伸ばしたり、ベッドの上に覆いかぶさったりするたび、スカートのすそが持ち上がって、女の私でさえ一瞬目が止まってしまう。そればかりではなく、病棟内は室温が高いので、キャミやスリップも着ないせいか、ショーツのバックプリントが、ばっちり透けて見えていることも。小児病棟だからセクハラもないだろうが、あまりに無防備に思えて、オバサンとしては気が気ではない。まあ、色気もへったくれもない小児病棟で、ドクターたちのささやかな楽しみになっているとしたら、それも善しとするか・・・と思う。
2007年01月31日
さきほど、次女(小1)の通う小学校の保健の加藤先生(仮名)から電話があり、「6年生で、インフルエンザと診断されたお子さんが1名出ました」とのこと。我が家は、1年前に夫から「生体肝移植」を受け、免疫抑制剤を飲んでいる三女(4歳)がいるので、「感染症にかかったお子さんが出たら、連絡をもらえますか?」と頼んである。加藤先生(仮名)は、事情を正確に把握して、近隣の学校で流行っている感染症についても、そのつど電話で教えてくださる。学校の業務だけでもお忙しいのに・・・本当に有り難く思う。その三女は、来週から、移植後1年の検査入院を控えている。今までにも増して、家族全員で、うがい&手洗いを励行しなければならない。
2007年01月30日
なんじゃないか・・・と思う、きょうこの頃。アトピーや、脱ステで症状が増悪(ぞうあく)する原因は、”体内に溜まった毒素が出ている”とか言うけれど、基本的に「皮膚の代謝に必要なものが、健常な人より少ない」と考えたほうが、私にはしっくりする。(経験上)で、私が去年の9月から飲んでいるプラセンタ。このお店の回し者じゃありません。ずいぶん前に、三女の病状について相談したら、すごく親切に回答してくれたんです。ただ、それだけ。
2007年01月29日
「女性は子供を産む機械」というような表現を使ってしまったそうだけど、悪意は感じられない。ただ、立場が立場だけに、配慮を欠いた表現だったとは言わざるを得ないけど。誰にでも失敗はある。でも、野党は「待ってました!!」とばかりに、「辞職!!辞職!!」と、鬼の首でも取ったように躍起になる。人の揚げ足を取ることを、恥と思わない人は、子供に「いじめはやめなさい!!」とは言えんだろう。政治と政治家についての日記は、これが最初で最後だと思う。
2007年01月29日
もう、とっくの昔に読んだと勘違いしていたほど、題名だけは脳みそに張り付いていた。改めて、いや初めて読んでみて、「これは、日本人全員が読まなくちゃダメだ!!」と思った。死ぬのは怖くない(たぶん)、でも、痛みに悶絶しながら死ぬのはちょっといやだ。(いや、だいぶいやだな)がんの末期に、天国を見るか地獄を見るか、モルヒネも使い方ひとつらしいし・・・。健康なうちに、家族同士で話し合っておかなければ。◆がんと診断されたら、告知しても大丈夫か。◆治療方法がなく、余命がわずかになったら、どこで最期を迎えたいか。◆延命処置はどうするか。日本人は、いや、人間はどうしてこうも「死」を忌み嫌うのだろう。”オレに(わたしに)、万一のことがあったら・・・”って、万一じゃなくて万万なんだから。
2007年01月29日
生クリーム大好き!!の私。業務用冷凍ホイップクリームを通販で購入してしまいました。これでもかっ!!のウインナーコーヒー。
2007年01月27日
初めての完走に、今までの努力がようやく実った・・・と、ホッとした。所定の位置に試験車(GS750E)を停めて、評価を聞くため、小走りで試験官のところへ向かう。教官の前に立ち、胸のネームプレートを見て、”きょうは、花田さんだったんだ・・・”と思った瞬間、こう聞かれた。「生年月日は?」「さ、39年10月・・・」と答えながら、兄から聞いていたことを思い出した。「合格すると、生年月日を聞かれるんだぜ」すると、背後から拍手が起こった。振り向くと、試験の順番を待っていた男達が、私の合格を知って、手を叩いてくれていた。
2007年01月26日
8回目の挑戦を迎えた日、梅雨の時期でも雨は降っておらず、どんよりとしていた。練習時間を重ねてはいるものの、満足に完走すらできない己の技量に、いささか自信をなくし、順番を待つ間に、50CCほどのため息を何度も吐いた。大の男ですら、そう簡単には受からないんだから仕方ない。そう思っていると、「鮫洲では、身長156センチの女の子が合格したらしい・・・」という噂を聞き、”165センチの私が受からなくてどうする!!”という焦りに変わる。当時は”司法試験より合格率が低い”という笑い話まで持ち上がったほどの「限定解除」。”あと、どれくらいチャレンジしたら合格できるんだろう・・・”そう考えているうちに、順番が回ってきた。きょうは、今までに感じたことがないほど、落ち着いている。諦めのような気持ちが功を奏しているようだ。試験官の視線だけしか感じない。コースを間違えないように・・・それだけを考えながら、完走まではあと少しだった。(まだ、つづく)
2007年01月25日
通称「殿様乗り」と言われる、そのライディングフォームは、白バイ隊員を思い浮かべてもらえばおわかりだろう。しかし、そのフォームが定着してくると、自己流のフォームで乗っていたことが、いかに危険だったかがわかってくる。何事も【基本】あっての応用なのだ。試験課題の「一本橋」「スラローム」「急制動」・・・いくつの課題があったか忘れてしまったが、6回目、7回目の挑戦では、コースを走れる距離が、どんどん長くなっていった。(つづく)
2007年01月25日
試験に通い始めて、最初の5回くらいは、試験コースを完走するどころか、途中で「試験中止」を言い渡されるほどだった。このままでは、合格までに23回もかかった兄の二の舞になってしまう。そこで、試験場の近くにある、二輪専門の練習所で、基本から叩き直してもらうことにした。オートバイに乗るときの姿勢は、背筋を伸ばして、タンクを膝でしっかり挟むこと。いい加減な自己流で乗っているうちに、そんな基本的なことも、体は忘れていた。(つづく)
2007年01月24日
私がオートバイに乗り始めたのは、高校1年のとき。それから、19歳で「限定解除」(今の大型二輪免許)を取った。当時は、教習所で習って「実地試験免除」という制度はなかったので、自分で試験場まで行って”一発勝負”に賭けるしかなかった。自己流で、いくら上手く乗っているつもりでも、試験官(元白バイ隊員)の目は節穴ではなかった。基本に忠実で、なおかつミスは許されない。しかも、19歳の乙女には、他の受験者の”へぇ~、こいつも受けんのか・・・”という好奇の目も、ちょっぴり痛かった。(つづく)
2007年01月24日
先日の「ゲツヨル」(日テレ)で、美輪明宏の「ヨイトマケの唄」を聴いた。今までにも、何度か聴いたことがあったけど、自分が年を重ねる分、味わいが深くなるのを感じる。職業に貴賎はないと思う。報酬に値するものであれば、その多寡にかかわらず、人間社会を営む上で必要なこと、誰かがやらなければならないことだから。実家の父は、まだ学生だった私に、よくこんなことを言った。便所でご飯を食べられるようでなきゃダメ40歳を過ぎて、少しずつ、その意味がわかってきたように思う。
2007年01月23日
長女(高1)が、お年玉をはたいて仕入れてきた『リズム天国』。私は、子供の頃、バレエやピアノを習っていたせいもあってか、リズム感には多少の自信があったので、早速チャレンジ!!横で見ていた長女も「えっ!!スゴ~イ!!よく出来るね~」などとおだてるものだから、つい調子に乗ってやっていた。自分でもかなり”イイ線”いってるな・・・と思っていた。ゲームが終了して、コメントが出る。かなりの腕前。でも・・・平凡な、なにをー!!ホメられるまで、懲りずに挑戦する母。あきれて眺める長女
2007年01月23日
早速、過去のFAXや、保育園の「連絡ノート」を読み直す日が始まった。心に残ったエピソードや、他人が読んでも面白いと思われる内容のページに、どんどん付箋を貼っていく。次は、それをワープロで打ち直し、その時期に合った写真をアルバムから探した。そして、原稿に写真をレイアウトして、”あとは印刷するだけ”の状態で印刷屋に持って行った。200部印刷した本は、息子の同級生と、お世話になった人たちに配った。これを読んで、”どうしてほしい”という願望はなかった。ただ、”こんな子供が生きていた”ということを残したかった。
2007年01月22日
三女のお気に入り。私個人としては、”ベテラン声優”の山寺宏一のナレーションより、仲村トオルのほうが好み。(ツッパリ高校生の印象は、もうどこにも感じられません)
2007年01月20日
その日、亡くなった息子の、生きた証を確認するかのように、私は夜中に育児日記を読んでいた。育児日記と言っても、ノートに書かれたものではなく、毎日のように実家の母へ、息子の様子をつづったFAXをファイルしたもの。赤ちゃんのころの息子。言葉を話せるようになった頃のこと。泣いた、怒った、笑った・・・。保育園での様子を知らせてくれる、「連絡ノート」の中にも、エピソードが満載だった。たとえば、こんな内容のもの。【平成3年10月21日】(平山先生)きょうのお昼はお弁当だったので、ゴザ敷いて外で食べました。ほとんど食べ終わっていたはずなのに、とりのからあげをおいしそうに食べていたので「誰のお肉?」と聞くと、テレた様子でどんどん逃げて行きました。「ミキちゃんの?」と聞くと首を横に。「ジュンちゃんの?」と聞くと、ウンとうなずいていました。【平成5年2月2日】(斉藤先生)食事中のこと。フランスパンサンドで「パンかたいね。でもおいしい」と満足そうでした。「先生のパン食べる?」と聞くと、うれしそうに「うん」と答え「先生のパンってとってもおいしいね」ですって。同じものなんですけど・・・。いつの間にか、泣き笑いを通り越して、爆笑していた私。そのとき、ふとアイデアが浮かんだ。「これをまとめて本にしよう!!」(つづく)
2007年01月20日
長男の事故と状況がそっくりで、ニュースの画面から目が離せませんでした。長男が亡くなったとき、私は「もう、一生、お腹の底から笑える日は来ないだろう」と思いました。同じように、子供を亡くした年配の人からは「時間がたってくれないと、この気持ちは癒しようがないよ」と言われ、ただ、じっと、何年も何年も時が過ぎるのを待つ覚悟をしました。しかし、それから1ヶ月もしないうちに、意外なことで、私は大笑いすることになった。(づつく)
2007年01月18日
食べることにはやぶさかでない夫は、包丁を握るのも決して嫌いではない。しかも、きょうの釣り仲間は、60代のバツイチ”男やもめ”のMさんで、彼の家で魚の下ろし方を伝授してもらったようだ。「まず、皮を切って、骨に当たって・・・」とブツブツ独り言を言いながら、包丁を動かしている夫。ひょっとして、Mさんから「あまり女房をコキ使うと、逃げられちゃいますよ」とでも言われてきたんじゃないかと思う私だった。
2007年01月17日
私がまだ、”新米おかあさん”だった頃、新聞の投書欄にあったことが、ずっと忘れられないでいる。投稿者の母親が亡くなった通夜の席で、集まった兄弟姉妹と思い出話をしているうちに、誰もが「自分が母に一番愛されていたと思っていた」という内容だった。どうすれば、そんな育て方ができるんだろう。考え始めてから、17年がたってしまった。
2007年01月15日
先日の、三女の採血のとき、服用している免疫抑制剤の量を聞かれ、「0.5mlです」と答えると、当直医が「・・・と言うと、何mgかな?」どなたか、教えてください
2007年01月15日
夫が釣りに出かけることになったとき、私は、また「アンコウ事件」の二の舞になるのでは・・・と、強い懸念を抱いていた。その日、釣り仲間の家でゆっくりしてきた夫は、11時近くになって帰宅。「大漁だった」という夫の言葉を聞いて、私はその場に倒れそうになった。しかし、夫は重たそうなクーラーボックスをキッチンに運ぶと、「さて・・・じゃあサバキますか」と言って包丁を握った。(つづく)
2007年01月15日
「しめ鯖」を作っとります。
2007年01月14日
昨年2月に、夫からの「生体肝移植」を受けた三女は、朝晩2回の「免疫抑制剤」が欠かせない。飲み忘れたり、量を間違えると、自己免疫力に攻撃されるなどして、せっかく移植した肝臓の機能が低下してしまうからだ。それが、おとといの夜、長女がすでに飲ませたことを知らせなかったので、私も飲ませてしまい、慌てて「夜間救急外来」に電話する騒ぎになった。ぶっきらぼうに対応する当直医の指示により、翌朝一番で採血をして、その結果、次の投薬の量や時間を決めることに。翌朝は、4:00起きで釣りにでかけた夫を見送ったあと、熟睡する三女を車に乗せて都内の大学病院へ向かった。指示された7:00になったので、救急外来の待合室にいると、電話で対応してくれた当直医が、眠たそうな顔でやってきた。その頃には目も覚めて、事態を把握した三女が泣き出すと「ごめんね~、朝から痛いことして・・・」と、ゆうべの電話の印象とはまったく違った一面を見せてくれ、私の肩の力がふっと抜ける。結局、採血の結果、免疫効果に異常がなかったので、朝の投薬だけスキップすることで解決した。夕方。帰宅した長女が「どうだった?」と聞くので「朝の分だけ抜けば良かったよ」と言うと「入院しちゃったかと思った・・・」そう言いながら、制服のまま、テレビを見ている三女のところへ向かった。責任を感じて、学校にいるあいだも、ずっと気にしていたのだろう。何事も無く帰宅した三女↓
2007年01月14日
一方、私のコレクションと言えば、「当時は安物だったのに、絶版(廃盤)になって高値になったもの」なので、夫としては我慢がならないところ。それにしても、夫のガラクタ集め・・・もといコレクションは、いつから始まったのか?どんな理由があるにしても、夫の満たされない心の隙間を埋めていることは間違いないだろう。そういえば・・・夫から過去に何度か聞かされた、あるエピソードがある。子供の頃、「鉄人28号」のおもちゃを買ってもらったらしいのだが、「オレより弟のほうが、先に買ってもらった」原因は、そこか!?
2007年01月13日
夫が、ガラクタ・・・もとい、コレクションしているものは、どれも昔の物ばかり。中古車・中古バイク・古雑誌・レンタル落ちビデオ・・・夫曰く、「当時の値段では買えなかったけど、今なら手が出せる値段になったもの」が定義(?)だそうだ。しかし、安いからといって、同じ物を何台も買ってしまったら、新品以上の金額になってしまうことに、夫は気づいていないのか・・・男のロマンは、女には理解できないものなのだろうか。
2007年01月12日
ちょうど、そんな折、仕事の用事とかで、実家の父がやってきた。家の中をひと目見て、「相変わらず、物が多い家だな~・・・」まだまだか・・・
2007年01月12日
夫のおかげで、実家の父から「物置小屋」と揶揄される我が家。部屋数だけはいっぱいあるのに、使える部屋は3部屋ほど。数ヶ月も入らない部屋もあって、知らない人が勝手に住んでいてもわからないくらいだ。今年は一念発起、不要なモノを大処分することに決めた。この年(42歳)になると、”この先、絶対に必要としない物”というもモノも出てくる。しかも、珍しいことに、夫が「ちょっと、片付けるか・・・」と言い出したのだ。いつもなら、私が処分した物を一瞥して、「これも捨てちゃうの?」と言う夫が、何も言わずに産廃用のトラックに放り込んでいる。何が、夫の気持ちを変えたのか?もしかしたら、例の「エネルギー体」の効果か。(つづく・・・かも)
2007年01月10日
「文系卒にも医師へ道?都、4年生大学院検討へ」(1月7日・朝日新聞)そう言えば、医師の資質として求められるのは、なぜ理系なのか?確かに、論理的に物事を進めるには、理系の能力のほうが有効なのだろう。でも、論理的であることが、すべて正しいとは限らない。かといって、直感に頼りすぎては、臨床データとしては説得力に欠ける。もし、私が運良く、この「メディカル・スクール」に入って、医師の免許を取るころは、おそらく50歳だろう。それからの医師人生があるとは、ちょっと考えにくい。やっぱり、医者を目指すのは来世にしよう。
2007年01月09日
この装置、オーナーをはじめスタッフも「エネルギー体」と呼ぶ。私がこの効果を信じた上で、最大のメリットと思ったのは、「半径20mまでエネルギーが届く」ということ。スイッチを入れておけば、家中の人間が癒されるというワケ。(オーナーは”ご近所の人まで癒されますよ”と言ったが、あいにく半径20m以内に隣人はいない)文字通り、身を削って三女を助けた夫。これから、受験に向かう長女。天衣無縫の次女。そして、臓器移植を受けた三女。どんな形であれ、同じ”修行の身”である家族が、少しでも癒されればと願うだけである。
2007年01月08日
息子が事故死したときも、三女が難病とわかったときも、周囲から聞こえてくる声の中に必ずあった「お祓いしたほうがいいんじゃない?」という言葉。一体、何を祓うのか?悪霊?過去生の因縁?でも、それって、祓ったからといって、何がどう変わるか確認のしようがない。それに、もし、誰かの想いがそういうことを引き起こしたとしたら、それを振り払う手段はひとつしかない。感謝すること呪った相手に感謝されるほど、己の愚考を恥じる好機はないからね。
2007年01月07日
来週から始まる『きらきら研修医』のメイキングを観た。そこに、知り合いの顔が!!三女が生後2ヶ月のとき、「胆道閉鎖」と診断され入院した大学病院の教授で、小児外科部長だった・・・伊藤せんせ~い!!その節はお世話になりましたー!!(↑テレビに向かって叫ぶ私)教授ともなると、テレビの「医療演技指導」みたいな仕事もするんですね。
2007年01月07日
長女(高1)が、部活に行くのをためらっていた今朝。「雨降ってるし・・・きょう、私が家にいなきゃいけない必然性はない?」「ない!!(笑) でも、そこまで言うなら休んだら? でもね、人生の帳尻は合うようになっているから いつか、この分の穴埋めはしなきゃならないと思うよ」「そう言われると・・・でも、きょうは休むことにする!!」そして、制服のコートを着込んだまま、長女は朝食のサンドイッチをほお張っていた。
2007年01月06日
「この装置からは、体の細胞核まで届く波動が出ていて・・・」そう言われる前に、私はその振動を感じていた。「ええ、感じましたよ。なんか、体の表面がサワサワするような・・・」「えっ!!この波動を感じると言った人は、気功の先生を含めて3人目ですよ!!」・・・で、その波動は、ダメージを受けている細胞を修復するんですが・・・ちょっと説明しにくいんですが、つまり幽体レベルから体を癒す効果があるんです」う~ん・・・(←ますます納得する私)(つづく)
2007年01月06日
(My wayの続き)「謙虚」であるということは、”自信が無い”ということでもなく、”卑屈”であるということとも違う。増してや、”謙虚そうに振舞う”ことでもない。生きる上で、確信するものを持っていて尚、他人に対して広い理解力があり、決して有頂天にならないこと。できるわけないか・・・。
2007年01月05日
これは何でしょう?”常連”になりつつあるエステサロンで体験して、その癒し効果にびっくりその日は夫の誕生日(年末)だったこともあり、私へのご褒美として(なんでじゃ!!)衝動買いしてしまいました。その日、足ツボマッサージをしてくれたヨウスケくんは、「か、金持ちですね」と驚いていたけど、この先も、この胃痛と暮らすのは辛すぎるのよで、オーナー(30代女性)が直々に話をしてくれ「もし、この機械が特許を取ったら、ウチの岩盤浴は 1時間で1万円くらいになると思います。 詳しいことは、お客様に説明していないんですが、実は岩盤の下に、この装置が敷き詰めてあって、それだけで2000万円くらいかかってるんですよ」ほ~ぅ・・・(←信じやすい私)(つづく)
2007年01月05日
フランク・シナトラが懐かしい・・・という年代ではありませんが、今年のキーワードはコレ!!私の道をいえ、私のやり方で!!残りの人生に、自分を賭けてみたい。「そんな大げさな・・・」(←長女のつ・ぶ・や・き)
2007年01月05日
明けましておめでとうございます。今年のキーワードは・・・次回の日記までに考えます。元旦に、長女が活けてくれました。(角度が違うんだけど・・・と言われました)
2007年01月01日
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