弥生時代から古墳時代にかけて、古墳と土器の推移がどのような関係になっているのかシンプルに図にしてみた。
※上図は箸中山古墳を最初の古墳とみなし、それ以後を古墳時代とするもの。纏向型前方後円墳を古墳とする立場もある。その場合は、庄内式土器は土師器となる。
弥生時代から古墳時代にかけて土器も弥生式土器から土師器へと推移している。この土師器とそれまでの弥生式土器の間には器の厚みの違いや、各地の土器の斉一性が高まったことなど違いを挙げることもできるがどちらも 軟質赤焼き土器
で本質的な違いはない。
「土師器」は、『延喜式』など古代文献にみえる名称を用いて、広域の斉一性が現れる古墳時代以降の酸化焔焼成の土器を指す考古学用語としたものである。土師器の体系的な編年は、1940年代にまず東日本で基本的な枠組みが提示された(杉原 1943など)。さらに東日本では、平安前期までを考古学的には「土師時代」という名称でよび、その古相段階を「古墳文化」としてとらえる時代区分の試みが一時提唱されたこともあった(杉原・小林 1972など)。
p.3 福永信哉「古墳時代研究と時間軸」
『古墳時代の考古学1 古墳時代史の枠組み』
1960年代後半には、古墳時代の開始を土器から導こうという試みもなされたがその試みは破綻する。
古墳時代初頭に関わる編年は精緻をきわめていった。しかし、何をもって古墳時代の開始とするかを、土器から導くことは、結局無理な議論と判明した。
つまり、古墳時代の開幕を定義するには出現期の古墳を認定し、それにともなう土器を最初の土師器とせざるをえなくなった。
p.24 高橋克壽「(2)研究の流れ:戦後」
『古墳時代の考古学1 古墳時代史の枠組み』
このように、古墳時代の軟質赤焼き土器を土師器と呼んでいるだけで土器自体に明確な特質があるわけではない。これに対して朝鮮半島から流入した技術による須恵器は1000℃以上の高温で焼かれ硬質で吸水性を持たず、それまでの列島の土器にない特質を持っていた。
須恵器が導入された後も土師器は存続する。須恵器が出現する前の土師器は古式土師器と呼ばれる。
参考サイト:
遺跡の年代を表す「時間の物差し」としての土器編年
( Don Panchoのホームページ
)
庄内式土器、 布留式土器の写真があり、クリックすると拡大します。
【送料無料選択可!】古墳時代の考古学 1 (単行本・ムック) / 一瀬和夫/編 福永伸哉/編 北條芳...
価格:6,480円(税込、送料別)
竹沼(藤岡エリア)古墳前期土器編年 2020.02.11
鏑川上中流域古墳前期土器編年(暫定版)… 2019.10.26
鞘戸原Ⅰ・鞘戸原Ⅱ(中高瀬観音山エリア)… 2019.08.11
PR
Keyword Search
Comments
Calendar