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2011.02.20
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(Chiara Frugoni, Medioevo sul naso. Occhiali, Bottoni, e Alte Invenzioni Medievali , Gius.Laterza & Figli S.p.a., 2001)
~岩波書店、2010年~

 著者のキアーラ・フルゴーニは、元ローマ大学教授。「元」というのは、「2000年に折からの大学改革に抗議して辞職した」(252)からです。
 私の手元には、本書のほかに『アッシジのフランチェスコ ひとりの人間の生涯』(白水社、2004年)があります。こちらも興味深い一冊でした。
 さて、本書は邦訳の標題どおり、中世ヨーロッパのさまざまな「もの」について論じています。わかりやすい文体でありながら、先行研究への批判もあり、註も充実していて、研究にも役立つ一冊です。
 本書の構成は次のとおりです。

ーーー

はじめに

第1章 読むこと、数えること
第2章 愉しみのとき、義務のとき
第3章 服を着る、服を脱ぐ
第4章 そしてフォークが登場した
第5章 戦をするために
第6章 陸へ、海へ

原注
解説(大黒俊二)
参考文献
ーーー


「本書は、中世に作り出されたものをあまさず列挙したり、中世に誕生して私たちの日常に生きづいているあらゆる言い回しやことわざや慣習の再発見を意図しているわけではない。それはまさに、春に花を摘む者が、色鮮やかな草原を裸にしてしまわないのと同じこと。私のこのささやかな花束は、中世という時代に捧げられる贈り物、中世に登場して、私たちが今日なお享受している多くの改良品に捧げられる贈り物であってほしい」(viii頁)
 この文章で、本書をこれから読んでいこうという愉しみが、ぐんと増えたように思います。
 そして面白かったのは、紙の製造についての節で、著者自身がインクとペンを使って字を書いていたとき、インクがぽたりと紙の上に落ちるたびに、「どうかそれ以上しみが広がって泣きべそをかくことになりませんように、と」祈りながら、インクの吸い取り紙を使っていたという経験を書いている部分です。
 この二つの文章から、きっと著者は優しい方なんだろうな、と想像せずにいられません。

 一方、研究も実に綿密で、知的面白さも抜群です。


 どのものについても楽しく、また興味深く読んだのですが、ここでは13世紀末に登場した機械時計についてメモしておきます。機械時計が登場したとき、時計はふつう機械仕掛けの人形も同時に動かしたのだそうです。人々はこの動く人形をたいへんおもしろがり、時計が成功した大きな理由の一つは、時を知ることができるようになったことよりも、動く人形の方だったほどだ、というのですね(127頁)。また本書はカラー図版が豊富に掲載されていて、動く人形の写真も載っており、興味深いです。

 ものを論じる順番も流れるようにリンクしていて、興味深かったです。たとえば、第二章は最後に宝石としての珊瑚を扱いますが、第三章の冒頭では珊瑚がボタンにも使われたことを示して、服についての議論に入っていきます。そして第三章の最後にベルトのバックルを紹介すると、第四章の冒頭では中世に登場した金属製品としてフォークがあることを紹介し、今度はパスタの話、ついで小麦をひくための水車の話という風に、話が展開していきます。飽きることなく、どんどん読み進められました。

 ちなみに、本書では、ジャック・ド・ヴィトリ(1240年没)という聖職者が記した『西方の歴史』から、中世の学生たちが出身地が違う者たち同士で互いに罵り合っていたという情景が紹介されています(62-63頁)。この中で、「彼ら[学生たち]は、イングランド人は酔っぱらいで、尻尾があると言い張り」という一節があります。「イングランド人には尻尾がある」とはどういうことか。本書ではそこまで書いていませんが、ルコワ・ド・ラ・マルシュという研究者による19世紀末ころの著作に、この「尻尾持ち」(caudatus)という言葉の意味が紹介されています。それによれば、この言葉は女性のローブの裾の長さを非難する際にも用いられましたが、本来は衣服についてのことではなく、臆病者を意味する言葉だったということです。せっかく数年前に勉強したことなので、参考までに書き留めておきました(フランス語の文章を誤解しているかもしれませんが…)。
(Cf. A. Lecoy de la Marche, La chaire francaise au moyen age. Specialement au XIIIe siecle d'apres les manuscrits contemporains , Paris, 1886 [repr. Geneve, 1974], pp. 440-441)

 とまれ、本書は図版も豊富で、丹念な研究にもとづいて註も充実しており、また文体も楽しいという、素敵な一冊でした。面白かったです。

(2010/11/29読了)





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Last updated  2011.02.20 15:14:51
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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