New Zealand 虹の立つ国へ

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■第18章 「失職」



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第18章 「失職」


さて、2ヶ月ほど経ってソロソロNZにも慣れたかな?と思った矢先にとんでもない事が起る。
なんと就職していた会社が、取引先から突如Receiver(管財人)を送り込まれて、会社を差し押さえられてしまったのである。
当初我々社員は、いったい何が起こったのか全くわからず右往左往。
その後徐々に事情が判ってくると、完全に当時取引のあったNZの大手森林会社に嵌められたことが判った。

このReceiverを送り込むシステムは、英国圏に特有のシステムで、債権者が債権を持つ会社に対して突然管財人を送り込んで相手会社の財産を整理し、負債を強制的に回収するというかなり荒っぽいシステムである。 詳しくは省くが、未だに有効なシステムで時々レシーバーシップの話はニュースなどでも耳にする。

Receiverに乗り込まれた我々は、通常通りの業務を続けるが、前途に対する不安は大きくなるばかり。


時間が経つにつれ、健全経営であった会社がなぜレシバーを送り込まれたのか事情が判って来た。

当時木材の輸出は大手二社と公社(Forestry Corp)の寡占状態であった。
今でこそ大小さまざまな会社が丸太の輸出を手がけているが、当時は民間のF社とC社および政府公社(FC)の3社で日本向けあるいは他国への輸出を取り仕切っていたのである。
そこへこのシンガポール出身の社長がF社の所有する林区を長期リースする形で輸出を始める。
また山間地からの輸出も当時は珍しかったヘリコプターを使ったヘリ・ロギングで生産力を高めつつあった。
当時傾斜地は伐採が難しく敬遠されていたのであるが、この社長はマレーシアで南洋材輸出の経験もあり、彼にしてみればマレーシアの山奥から丸太を出す事に比べたらNZでの伐採など意図も簡単に思えたという。

当初は何程の事もあるまいとタカを括っていた大手二社も、こちらの会社の生産量が上がって行くのに連れ、日本マーケットのシェアーも拡大してゆくのを見て危機感を持ったようだ。
そして我々を潰しに掛かった結果がレシーバーシップとなった訳である。

レシバーを送り込んだ表向きの理由は、リース料の延滞だが実際にはたった一日それも銀行手続きの関係で相手側への入金が遅れただけであった。
この一日の遅れをTake chanceされた訳である。
会社は、レシバーが乗り込んできても従来どおり日本の会社とは取引を続けていたので、我々も従来の業務に従事していた。
社長からも、「絶対にレシバーを追い出すから、それまで我慢して従来どおり頑張って欲しい。」と頼まれてもいた。

その後社長は、自分の資産を総て投げ打って何とか巻き返しを図ろうと懸命に手段を尽くすが、結局はレシーバシップから脱却は成功せず、我々社員も全員解雇。
NZに渡って約7ヶ月でフリーターとなってしまう。

仕事は忙しいが面白く遣り甲斐があり、この調子なら家族を呼び寄せるのも予定通りに行くだろうと少し安心した矢先の事でもあったので、この時は本当に途方に呉れた。

会社の解散と共に駐在員も帰国したが、私はその後日本の会社の現地スタッフとして、会社のNZにリゾートホテルを開発するプランを手伝う事になる。
借りていた家もそのまま引き続いて住めることになってホッと一息。
ただ、日本の家族に対する仕送りの額が極端に減って、仕方なく貯蓄の取り崩しで急場を凌ぐことにする。
しかし一向に"明日"は見えて来ず、将来に対する不安は払拭できない状態が続く。

この時期日本ではバブル経済が頂点を過ぎ、丁度萎み始めた頃であった。
何回か日本とオーストラリアからFSの調査団が来て、色々なところを案内したり、関係者或いは土地所有者との会談をセットしたり、今迄とは全く違う仕事をこなした。
しかし、結果的にはこのプランは流れてしまう。

就労ビザも会社が解散してしまったので、ある時期を過ぎると法律上は不法滞在になるし、何とかしなければと考える。
観光ビザから滞在ビザに切り替えたとしても、滞在期間は最大六ヶ月までしかない。

いつの間にか年も改まり89年となるが状況に大きな変化はない。
新聞の求人広告を見ては応募するが、ビザが無いために殆ど断られてしまう。
何処の会社も時間の掛かる就労ビザの取得などに係わりたくないのである。
それより簡単に雇用できる人材を選ぶ。
またもや八方塞の状態に追い込まれてしまった。




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