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この春、85歳にして初めてひとり暮らしを経験している母のもとを訪ねる。びゅん、と自転車で行く。父はわたしに対して何かとうるさかったので、実家に行くときの緊張がやわらいで、びゅん、である。 どんなふうにうるさかったか。 「新聞を読んどらんな」とか、「このあいだの絵(新聞の連載にわたしが自分で描いている挿絵)はおかしかったな」とか。ひどいときには「おまえの考えていることは、さっぱりわからん」とやられた。 母もときどきやりこめられていたから、それから解放された一面もあろうかと思うのだけれど、「やっぱりさびしい。うるさいことを云うのでもいいから、いてほしいわ」の一点張りだ。夫婦の不思議さである。 そんな母だが、弟夫妻からの同居の申し出を「アフターファイブをたのしんでみたい」と云って断ったという。近年、痩せて弱ってきているが、それでもあたらしい何かをつかもうとしているらしい。 ところで、アフターファイブって何だろうか。長年つづけてきた主婦業のあとの、自分の時間のことだろうか。それはかまわないが、「気を抜いちゃいけませんぜ、おかあちゃま」と、云いたくもある。たのしみたいなら、気を張ってもらわなければ。 「たのしいのは大変」「たーのしいのはー、大変」「たーのしーいのはー、たーいへーん」と節をつけ、歌いながらペダルを踏みこむ。 この日は長女も自分の家から自転車に乗ってやってくることになっている。 掃除機をかけながら、長女を待つ。母がお茶を点(た)ててくれた。母の点てる抹茶はなぜだろう、いつもとてもおいしい。とがったところがまるでない。 長女が黄色い小菊を抱えてやってきた。口を動かしながら、てきぱき働く。 「さ、買い出しに行くよ。おばあちゃまは留守番してこの映画観ててね。高峰秀子の『二十四の瞳』借りてきたから。お母さんは観てないで。ほら、行きますよ」 「へーい」 母の数日分の食材と、重たい牛乳やしょうゆのほか、長女は自分の家の分の買い物をしている。 そんな様子を見るにつけても、わたしの生活が場面展開しているのを感じずにはいられない。 子どもたちは育ち、父は逝った。母のひとり暮らしを、ほどよく助ける必要が生まれた。日のめぐりに、つよい力で押しだされたようでもある。自分のなかで、声がする。 わたしも、変わらないと、ね。 * これも、変化のひとつかもしれません。 今回で、ブログ「うふふ日記」は閉じることにしました。オレンジページに守られて2007年からつづけてきたブログから独立して、あたらしい「場」をつくってみようと考えています。あたらしい題名は「ふみ虫・泣き虫・本の虫」。開設は2014年4月8日(火)の予定です。引っ越し先アドレス: http://fumimushi.cocolog-nifty.com/(現在、工事中)オレンジページの皆さまにこころからお礼を申し上げます。7年間どうもありがとうございました。母の家に1冊の帖面を置きました。帖面の名は「あしふ」。母のひとり暮らしを助けるための、連絡帳です。「あ」「し」「ふ」はわたしの長女、弟のお嫁のしげちゃん、わたし、の頭文字。帖面を書くことが、わたしたちのちょっとしたたのしみになっています。
2014/04/01
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