おじん0523のヒロ散歩

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2021.01.20
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カテゴリ: ヒロ散歩
長寿寺前から県道21号線(横浜鎌倉線)を進み、建長寺、鶴岡八幡宮へ。
なお、このブログの行動は1都3県への第二回「緊急事態宣言」が発令される前です。

12月8日(火) 13:31
臨済宗建長寺派 長寿寺 三門
所在地:神奈川県鎌倉市山ノ内1520
拝観時間:期間限定で、春季 (4・5・6月) 、秋季 (10・11月) 、金・土・日・祝
     午前10時~午後3時(雨天中止)
拝観料:300円、駐車場:なし


境内裏山には足利尊氏の遺髪を埋葬したお墓がある



坂を上ると、亀ヶ谷坂切通 200m、鎌倉駅 1.7km
県道21号線(横浜鎌倉線)を進み、建長寺 200m
戻ると、北鎌倉駅 800m


12:33
県道21号線沿いにある大きな石柱、「臨済宗 五山第一 建長寺」天下門。
建長寺は、禅宗の寺院で、臨済宗建長寺派の大本山である。山号を巨福山(こふくさん)と称し、
寺号は正式には建長興国禅寺 (けんちょうこうこくぜんじ) と称する。鎌倉五山の第一位。
境内は「建長寺境内」として国の史跡に指定されている


建長寺 総門
所在地:神奈川県鎌倉市山ノ内


総門の扁額「巨福山」



建長寺は、鎌倉時代、建長5年(1253)、禅によって国の興隆をはかるため、執権北条時頼公の発
願により、中国の禅僧・大覚禅師(蘭渓道隆)を開山として創建された。日本で最初の純禅の大道
場です。建築は、総門・三門・仏殿・法堂・方丈が一直線に連なる中国の禅宗様式にもとづいて
います。今の総門は、江戸時代、天明3年(1783)に京都・般舟三昧院で建立されたものを昭和15
年に移築しました。額「巨福山」(大きな福をもたらす寺)は、中国僧、一山一寧(一山国師)禅師



総門から三門を望む
参道の両側は桜並木で開花時には桜吹雪に


総門を入ると、拝観受付、御朱印所
拝観時間:8:30 ~ 16:30
拝 観 料 :大人 500円 (高校生以上)、その他 200円 (小・中学生)


駐車場から三門を望む


三門の扁額「建長興 國禅寺」


総門前から天下門を振り返る


建長寺 境内図
寺内拝観約30分、一番奥の半僧坊まで歩いて約15分


建長寺境内文学案内板


12:38
建長寺への参拝は後日とし、次へ移動
左側の建物は、鎌倉学園中学校・高等学校


12:41
建長寺から県道21号線(横浜鎌倉線)を進み、「円応寺(えんのうじ)」
県道から高台にある、円応寺山門
所 在 地 :神奈川県鎌倉市山ノ内1543
拝観時間:春から秋、午前9時から16時  冬(12月から2月)、午前9時から15時30分
拝観料金:200円


円応寺
人が死後に冥界で出会う、閻魔大王を中心とした「十王」をまつるお寺です。閻魔大王とは、
インド最古の神話「リグ・ベーダー」における「ヤマ」のことです。「ヤマ」は人間として最初
に生まれ、死後には楽園の主となりました。
インドの「ヤマ」が仏教とともに中国に伝わり「エンマ」となり、道教の影響により閻魔大王を
中心とした「十王思想」となりました。
「十王思想」は室町時代に「十三仏信仰」となり、日本仏教独自の宗派を越えた葬儀・法要の元
となっています。円応寺の「十王」は鎌倉時代に中国から伝わった「十王思想」を彫像したもの
です。本尊の「木造閻魔王坐像」は運慶の作と伝わり国指定重要文化財です。
  ● 宗  派:臨済宗建長寺派
  ● 山号寺号:新居山円応寺
  ● 建  立:建長2年(1250)
  ● 開  基:智覚禅師


境内には枝垂れ桜


山門から本堂を望む


左側に受付


境内の紅葉


県道21号線 (横浜鎌倉線) の巨福呂坂洞門を下る。
巨福呂坂 (こぶくろざか) は、神奈川県鎌倉市に存在する切通しで鎌倉七口のひとつである。 
小袋坂とも書く。鶴岡八幡宮裏手の雪ノ下から山之内 (現在のJR北鎌倉駅付近) を結ぶ道

12:48
巨福呂坂を下り、「鶴岡八幡宮」へ
御祭神  応神天皇
     比売神
     神功皇后
当宮は源頼義公が前9年の役平定後、康平6年(1063)報寶のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請
したのに始まる。治承4年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、父祖由縁の地鎌倉に入ると、ま
ず由比郷の八幡宮を遥拝し「祖宗を崇めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、京に於ける内裏に
相当する位置に据えて諸整備に努めた。
建久2年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、頼朝公は直ちに再建に着手し大臣山の中腹
に社殿を造営して上下両宮の現在の結構に整えた。
以来当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い
篤く尊崇した。
主な年中行事
▼ 歳   旦   祭   一月一日
▼ 大       祓   六月・十二月晦日
  古神札焼納祭     半年間の罪穢を祓清め、また古い神札やお守りを焼納する
▼ ぼ ん ぼ り 祭   八月立秋前日 ~ 八月九日
               諸名士揮毫によるぼんぼりの掲揚
▼ 例 大 祭    九月十四 ~ 十五日
            旧暦八月十五日の放生会にちなむ 
▼ 流 鏑 馬 神 事    九月十六日
            頼朝公により始行された勇壮神事
▼ 御鎮座記念祭   十二月十六日
            建久2年当宮鎮座日(旧暦十一月二十一日)御神楽を奉奏する


鶴岡八幡宮境内へ
係員に自転車は駐輪場と注意され、駐輪場の場所を聞く


舞殿、本宮(上宮)を望む


駐輪は東鳥居近くの「研修道場」横へ止める。
自転車の手元表示板は、バッテリー残量:70%、走行可能距離:31km。
白旗神社前の石鳥居


鎌倉国宝館
鎌倉国宝館は、国宝や重要文化財をはじめとする数々の作品を保管・展示している


鎌倉国宝館前の紅葉





白旗神社への参道、右に手水舎


白旗神社は黒を基調とした社殿が印象的で、屋根の裏側一面の朱色や、屋根に施された金色の家
紋、梁の極彩色の彫刻など、色使いがきれいな建物です。
白旗神社は、神奈川県を中心に数多くありますが、源氏が掲げた白旗に由来しており、ご祭神に
は源氏の武将が祀られる場合が多くありますと


白旗神社
御祭神  源 實朝 命
     源 頼朝 命
例祭日  5月28日


正面には唐破風付きの大きな向拝(こうはい・ごはい)が伸びており、その向拝を支える4本の
本柱は、木造ではなく鋳物の上に漆が塗られている


色の家紋のズームアップ
唐破風についている金色の家紋は「笹竜胆 (ささりんどう) 」といい、リンドウの花と葉が
デザインされている


白旗神社の左にある句碑


句 碑 「 歌あはれ その人あはれ 実朝忌 」    裸馬


大銀杏の下で非業の死をとげた三代将軍源実朝公をいたみ俳人でもあった菅礼之助(俳号 裸馬)
が詠んだ歌 「 歌あはれ その人あはれ 実朝忌 」    裸馬


鶴亀石
相模國風土記稿に
『水をもって石面を洗う時は鶴亀の模様が輝きあらわれる』と記され、大変めでたい石である


柳原神池
老人が石橋の上から鯉にパンを与えていた


舞殿、右に祈祷受付所


参道を振り返り、三の鳥居
越後の虎と呼ばれた長尾景虎 (上杉謙信) は、永禄4年(1561) 、関東管領上杉憲政 (山内上杉
家) から上杉の家督と関東管領職を相続し、鶴岡八幡宮で拝賀式を行っている


三の鳥居をズームアップ


左に舞殿、右に祈祷受付所


舞 殿


舞殿の西側に大きな酒樽


奉献された酒樽をズームアップ


舞殿から大石段、本宮へ


大石段の上に本宮(上宮)
石段下の左側に、「親」銀杏と、「子」銀杏
かつて樹齢1000年を超えるともいわれた大銀杏がそびえていたが、平成22年(2010)
3月10日未明に倒れてしまったが、現在は移植された根と幹から芽が吹き、大きく成
長している


大石段下から本宮を見上げる
石段下の両側には狛犬


昭和43年(1968) 大銀杏の前で


13:09
本宮(上宮)


本宮の扁額「八幡宮」



                                     ー 続く ー





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最終更新日  2021.09.27 23:24:56
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