おじん0523のヒロ散歩

おじん0523のヒロ散歩

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

オジン0523

オジン0523

カレンダー

フリーページ

2021.01.21
XML
カテゴリ: ヒロ散歩
鶴岡八幡宮の散策を続ける。
なお、このブログの行動は1都3県への第二回「緊急事態宣言」が発令される前です。

12月8日(火) 13:10
本宮(上宮)
現在の本宮は1828年に江戸幕府11代将軍徳川家斉の命により再建されたもので、屋根に曲線を
与えた流造(ながれづくり)と、本殿と拝殿を一体化した権現造(ごんげんづくり)、その両方
の特徴を兼ね備えた、流権現造の代表的な江戸建築です


本宮前から南方向の舞殿、三の鳥居を見下ろす


ズームアップ





明治天皇閲兵之處
明治天皇閲兵の処と題する石碑が、この大臣山の山上に在ります。
この石碑は大臣山の山上にあるが進入禁止になっていたため写真から引用

七五三のお祝いで


本宮から下り、柳原神池
先程、老人が石橋の上から鯉にパンを与えていた池


既に老人はいなかったが、カラスが目の前に


人に慣れているのか目の前に、以前はタイワンリスが動きまわっていたが


パンくずを探しているのか


13:19
源平池の中の島に「旗上弁財天社」


ここでも餌付けをしている老人が。
源平池に沿って造られた廻遊式日本庭園には100品種、1,000株の牡丹が咲き誇る。冬の寒牡丹、
春の牡丹と年に2回楽しめる。見頃は元旦 ~ 2月下旬、春の見頃は4月 ~ 5月中旬。
神苑ぼたん庭園
所 在 地 :神奈川県鎌倉市雪の下2-1-31



13:27
駐輪場から東鳥居前にある


東鳥居前にある「畠山重忠邸址」
正治元年5月頼朝ノ女三幡姫疾ミ之ヲ治センガ為當世ノ名醫丹波時長京都ヨリ来レル事アリ東鑑
ニ曰ク七日時長掃部頭親能ガ亀ヶ谷ノ家ヨリ畠山次郎重忠ガ南御門ノ宅ニ移住ス是近〇ニ候ゼシ
メ姫君ノ御病悩ヲ療治シ奉ランガ為ナリト此ノ地南御門ノ宅ノ蹟ナリ
  大正12年3月   鎌倉町青年團建


13:30
三の鳥居
県道21号線八幡宮前交差点


鶴岡八幡宮
御祭神  応神天皇
     比売神
     神功皇后
当宮は源頼義公が前9年の役平定後、康平6年(1063)報寶のため由比郷鶴岡の地に八幡大神を勧請
したのに始まる。治承4年(1180)源頼朝公は源氏再興の旗を挙げ、父祖由縁の地鎌倉に入ると、ま
ず由比郷の八幡宮を遥拝し「祖宗を崇めんが為」小林郷北山(現在地)に奉遷し、京に於ける内裏に
相当する位置に据えて諸整備に努めた。
建久2年(1191)大火により諸堂舎の多くが失われたが、頼朝公は直ちに再建に着手し大臣山の中腹
に社殿を造営して上下両宮の現在の結構に整えた。
以来当宮は武家の守護神として北条・足利・後北条・徳川各氏も社領等の寄進、社殿の修造を行い
篤く尊崇した。
主な年中行事
▼ 歳   旦   祭   一月一日
▼ 大       祓   六月・十二月晦日
  古神札焼納祭     半年間の罪穢を祓清め、また古い神札やお守りを焼納する
▼ ぼ ん ぼ り 祭   八月立秋前日 ~ 八月九日
               諸名士揮毫によるぼんぼりの掲揚
▼ 例 大 祭    九月十四 ~ 十五日
            旧暦八月十五日の放生会にちなむ 
▼ 流 鏑 馬 神 事    九月十六日
            頼朝公により始行された勇壮神事
▼ 御鎮座記念祭   十二月十六日
            建久2年当宮鎮座日(旧暦十一月二十一日)御神楽を奉奏する


鶴岡八幡宮 太鼓橋


以前(昭和40年代はじめ頃)はこの太鼓橋を渡ったが。
  定
鶴岡八幡宮境内に於いて左の行為を禁止します
 一、車輛を乗入れること
 一、魚鳥類を捕獲すること
 一、樹木を採取すること
 一、歩行喫煙すること
 一、夜間(午後九時以降)立入ること
        社務所


観光客のみなさんはマスク


カフェ「風の杜」
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1-31 鶴岡八幡宮内
蓮の池を眺めながら、美味しく甘味をを頂けると


着物姿の女性、貸衣装か?


季節限定「栗のパフェ」 1,500円 と高価だが


県道21号線から小町通りの入り口にある「鉄の井」


鉄の井(くろがねのい)
この井戸は、鎌倉十井の一つです。
かつて扇ヶ谷に所在した、新清水寺に蔵されていたと伝わる鉄観音像の首が、この井戸の中から
掘り出されたことから、この名がついたといわれています。
       平成11年12月


県道21号線の北鎌倉方向、右に「鉄の井」


13:40
昼も過ぎ昼食をとりたくてゴルフ仲間が経営しているイタリア料理店へ向かう。
店は、JR鎌倉駅から小町通りを歩いて一番奥に位置しており鶴岡八幡宮の三の鳥居から近い


ラ・ルーチェ
所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下1-7-6
現在は予約者のみで営業しているとのことで昼食はとれず。
マスターはワインのことが詳しく人当たりが良いと人気の店である!
ランチとディナーをやっており水曜日が定休日


小町通りのJR鎌倉駅方向
鎌倉駅から一番奥だが人通りが多い


昼食がとれず自転車で長谷寺方面へ向かう。
JR横須賀線の扇ヶ谷踏切


13:52
扇ヶ谷踏切を渡り正面にある、「壽福金剛禅寺」
所在地:神奈川県鎌倉市扇ガ谷1丁目17-7
自転車を外門前に止め境内へ進む


上記右側の石碑
鎌倉同人会 生誕八百年記念
 源 實朝をしのぶ
    1992年8月
      平山 郁夫 書


源実朝(1192 ~ 1219)
建久3年、源頼朝の次男として誕生12歳で鎌倉幕府第三代将軍となる。蹴鞠、管弦、和歌に秀でた
文化人で金槐和歌集は有名である。
寿福寺との関係は深く、開山栄西禅師が実朝に献上した喫茶養生記をはじめとする由縁の品々も、
この寺に伝えられている


壽福金剛禅寺の外門


外門から山門を望む


外門の扁額「亀谷山 (きこくさん)」


国指定史跡「寿福寺境内 (じゅふくじけいだい) 」
       昭和41年3月22日 指定
亀谷山寿福金剛禅寺(臨済宗建長寺派)は、正治2年(1200)に頼朝夫人政子が、明庵栄西禅師を開
山として建てたもので、鎌倉五山の第三位の寺であります。
この地は、もと源頼朝の父義朝の館があったといわれ、鎌倉入りした源頼朝はここに館を造ろう
としましたが、岡崎義実が義朝の菩提を弔うお堂を建てていたのでやめたといわれています。
墓地にあるやぐらには、源実朝、北条政子の墓と伝わる五輪塔が二基あります。
現在伽藍は外門、山門、仏殿、鐘楼、庫裡などですが、外門から山門に至る敷石道は静寂感が漂
い、また仏殿前に四株の柏槙があり、往時のおもかげを残しています。
    平成8年3月30日
               神奈川県教育委員会


寿福寺(じゅふくじ)
源頼朝が没した翌年、妻の北条政子が明菴栄西を開山に招いて建立した鎌倉五山第三位の寺です。
鎌倉幕府三代将軍の源実朝も、再三参詣しました。
栄西は日本に初めて臨済宗を伝えた禅僧で、『喫茶養生記』を著すなど、お茶を飲む習慣を日本
に伝えたことでも知られています。
裏山の「やぐら」(中世の横穴墳墓)には、源実朝、母・政子の墓といわれる五輪塔があります。
墓地には俳人・高浜虚子や作家・大佛次郎などが眠っています。
  ● 宗  派:臨済宗建長寺派
  ● 山号寺号:亀谷山壽福金剛禅寺
  ● 建  立:正治2年(1200)
  ● 開  山:明菴栄西


外門から山門に至る敷石道は静寂感が漂っている


山 門


山門の扁額「壽福金剛禅寺」


仏 殿
仏殿前に四株の柏槙があり、往時のおもかげを残している。
山門から中は通常非公開で、正月、ゴールデンウィークに境内を特別解放している


鐘 楼


墓地への道だが崖崩れの可能性があるので一部進入禁止になっている


北条政子の墓があるとのことで裏山の墓地へ


俳人・高浜虚子の墓


裏山の「やぐら」(中世の横穴墳墓)
北条政子の墓


三代将軍 源実朝の墓


作家・大佛次郎の墓もあったのであろうが、案内板が見つからず


裏山の墓地から参道へ戻る


14:08
山門前から外門への敷石道
紅葉の最盛期は12月中旬か?



                               ー 続く -





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.03.27 12:43:45
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: