
クリスチャンが罪責感を無意識で持ってしまうには、理由(わけ)があります。実は驚くべきことに、 罪悪感を持つことで、メリットも色々あるため、それを意図的に利用する場合が多い
ようです。
以下のような6つのメリットを利用している、と言われています。
メリット1.自分を罰するため
、罪悪感を利用してしまう
人は罪悪感をもつことで、自分を罰して罪償いをしようとします。例えば、ク リスチャンとしてふさわしくない罪を犯してしまったとしても、そのことを嘆き悲しみ、自分を責めることで、ホッとします。なぜ、ホッとするのか。「 再犯
」 の自由を手に入れたからです。信仰により、悔い改めて神様から赦しをいただこうとせずに、 自分の力で自分を責め、痛めつけることで安心を得よう
としてしまうのです。
メリット2.責任をまぬがれるため
、罪悪感を利用してしまう
人は自分のやるべきことを拒絶するとき、罪悪感を利用します。例えば、あるご婦人が日曜日の礼拝に行こうとすると、クリスチャンでない夫が「昼飯はだれが準 備するのか、家族より教会が大事なのか」とだだをこねるそうです。すると、夫がかわいそうだという罪悪感が積み重ねることで、次第にクリスチャンとしての 礼拝を捧げるという責任を果たさなくても問題ないのでは
、と思うようになることがあるそうです。すると、今度は、自分自身が気分的に礼拝に行きたくない時、奉仕を断りたいときなどでも、夫のことを 口実にして休もうとする誘惑
も出てくるそうです。
メリット3.不適切な行動への言い訳として
、罪悪感を利用してしまう
人は自分の不適切な行動を、肯定するときに罪悪感を利用します。罪悪感で苦しんだ自分を慰めて、「うっかりしてたから」「忙しくてバタバタしてたから」「人間には誰にでも間違いはあるから」と、考えを切り替えようとします。例えば、「 クリスチャンでも、完全ではないから。罪の性質を持っているから。 こんなわたしの罪ために、イエス・キリストは十字架で死んでくださったから。わたしも十分反省したから
」と、本当の悔い改めがないまま、 自分で自分を許そうとします
。
メリット4.優越感に浸りたいため
、罪悪感を利用してしまう
人は、罪悪感と同時に優越感に浸る場合があります。例えば、クリスチャンは「わたしはなんと罪深いんだ」と、罪悪感で苦しんでいる悔い改める様子を周囲に示すことで、 罪の意識を持たない人々を裁き見下す傾向
があります。そして、そこから優越感を得ようとするのです。
メリット5.善意の表現として
、罪悪感を利用してしまう
人には、「善い人と見られたい」「人に認められたい」という願望があります。罪悪感は、 そのような自分の善意をアピールするために用いられます
。しかし、も し本当にその人に善意があるならば、そのような行動はしなかったはずです。罪悪感をもっていることを示すことで、周囲の人々に、結果はともかく、最初は 「善意でしたこと」であることをアピールします。
メリット6.ポジティブな変化を求めて
、罪悪感を利用してしまう
人は罪悪感をもつ事で、二度とこのようなことが起こらないようにという、ポジティブに良い方向へ 自分が変われるキッカケとして、罪悪感を用います
。
さて、あなたはいかがでしょうか?もし罪悪感で苦しんでいたなら、これら六つの理由に心当たりはないでしょうか。
クリスチャンにとって大切なのは、周囲の人にどの ように評価されるか、を気にして表面的に取り繕うのではありません。 あなたの心を探り、あなたの思いを見極めている神様に対して、どのように生きるのか、 が重要
なのです。
「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。(エレミヤ17・10)
次回は、なぜ人は罪悪感に陥りやすいのか、をご一緒に考えて見ましょう。
DAY3「なぜ罪悪感に陥りやすいのか」へつづく
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