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今年もPMFに東京カルテットが来た。コンサートで演奏するだけでなく、PMFの参加者たちに室内楽を教えたりもしているらしい。ベートーヴェン、武満徹、ブラームスというプログラムを聴き進むうち、ふと思ったことがある。17世紀、ルネサンスからバロックにかけて、ヨーロッパ音楽の中心地は「オペラの母」モンテヴェルディが音楽監督をつとめるベネツィアの聖マルコ大聖堂だった。20世紀後半、大衆消費社会の成立とともに、世界最高のオーケストラがありヘルベルト・フォン・カラヤンがその音楽監督をつとめるベルリンがヨーロッパ音楽の中心地になった。しかしいまはそういう場所はない。クラシック音楽界は、パリ管やフィラデルフィア管の音楽監督にクリストフ・エッシェンバッハが就任するほどの人材不足、いや人材枯渇に見舞われている。そんな中、美しさと力強さ、ニュアンスと迫力、自由さと厳格さ、流麗さと緻密さといった矛盾するものが見事に統一した東京カルテットの演奏を聴きながら思ったのは、彼らの行くところ、そこがクラシック音楽の中心地になるということだ。東京カルテットがいる今月26日まで、札幌のキタラホールがクラシック音楽の聖地、世界の中心になる。
July 20, 2006
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同じ中学だった男女5~6人の集まりに、なぜかたまに呼ばれることがある。その集まりの中心になっているのは、抜群に成績のよかった女二人で、国立大学を出たあと二人とも医者の奥さんになっている。どちらも優等生で、ピアノが弾けて、クラスの委員長になるような姉御肌タイプだ。高校生のころの集まりでは、もっぱら彼女たちの、大学生や社会人の彼氏の話に付き合わされた。ピンポンパンのお姉さんに熱を上げていたぼくは、まったく話の輪に入れなかった。大学に入ったころの話題はディスコ。中にひとり、かなり自己中で早熟かつ美人な金物屋の娘がいて、新しくできたモーテル形式のラブホテルを見に行こうと言い出した。クルマで行き、たまたま満室だったので中には入れなかったが、入れたらどうなっていただろうか。社会に出てしばらくたったころの話題は、もっぱらテニス。そのころのブームはすさまじく、ラケットをもって通勤しているOLが珍しくなかった。30代後半の話題はゴルフ。なぜか優等生で遊び人だった女たちは「超」のつく良妻賢母という名の退屈なおばさんになり、マジメで地味な性格だった男女はみな離婚していた。このときの集まりで気がついた。この人たちは自分で自分のやりたいことを見つける能力がない。そのときにはやっているものを追いかけているだけ。他人がやるから自分もやり、流行に遅れないようにしているだけなのだ。中には懐かしく思う人もいるのだが、そう気がついてからは、この集まりには行かないことにした。話題に広がりがないからつまらないし、かつての才媛が凡人になってしまったのを見るのもしのびない。だから彼らの関心がその後何に向いたかは知らない。しかしぼくは確信する。彼らは死ぬまではやりのものを追い続けるだろうと。いや死んでからも追い続けるにちがいない。はやりの葬式をやり、はやりの墓に入るに決まっているのだ。死ぬときも、はやりの死に方で死ぬことだろう。
July 14, 2006
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スーパーに大玉のメロンが並び始めると思い出すことがある。20年ほど前、近くの郵便局(集配局)に第3種郵便物認可の手続きについて聞きに行ったときのこと。応接セットのある局長室に通された。そこにはコンビニにあるような大きな冷蔵庫があり、冷蔵が必要な荷物を保管している。しょっちゅう人が出入りしてあわただしい。初老の郵便局員がメやってきてメロンの箱を冷蔵庫の中に入れた。 見ると、冷蔵庫の中には同じようなメロンの箱がいくつも入っている。驚いたわたしは、「メロンは冷蔵保管すると傷みます。冷蔵庫には入れない方がいい」と教えた。そこにいた局長と、その郵便局員は、ただニコニコしている。聞こえなかったのかと思い、もう一度言った。しかし、やはりその二人は無言でニコニコしているばかりである。その時に流れた奇妙な時間をわたしは忘れられない。「カッコーの巣の上で」の一シーンのような、静かで不気味な時間が流れたのであった。想像するに、彼らは「食品はすべて冷蔵保管すると長もちする」と信じこんでいたのだろう。だから、彼らにとっての常識を否定するわたしの発言を奇異に感じたか、この人はアタマがおかしいにちがいないと思ったにちがいない。キチガイを刺激するとヤバイから、無意味なニコニコ顔でその場をやりすごそうとしたのだと思う。温暖な地方の作物を冷蔵庫で保管すると傷みやすくなるという、生活者としての常識を欠いていることを責めたいのではない。四国出身の友人は、ストーブには煙突が必要という寒い国の常識を知らず、煙突をつけずに焚いたことがあった。知らなければ、誰でもとんでもないことをしてしまうのは当たり前だ。問題なのは、「人の話をきちんと聞かない、受け止めない」この郵便局員たちの態度というか生活習慣そのものだ。当時そういう決まりがあったかどうかは知らないが、不合理な職場の内規や慣習を絶対視し、良識ある市民の親切な忠告を無視する精神構造を「バカ」という言葉で表すのはきわめて控えめといえる。社会保険事務所、NHK、農協連合会、警察署、自衛隊基地、発電所、国立大学の庶務課といったところで類似の経験をしたのは偶然だろうか。こういうところにときどき出かけていれば、この連載のネタは無尽蔵にあると思われる。
July 7, 2006
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