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ヨシップ・マンデリシュタームはソ連共産主義に粛清された、パウル・ツェランはナチスに両親を殺され自らも収容所体験のある自殺したユダヤ人の詩人。この二人の名前は、高橋悠治やマイケル・ナイマン、ハリソン・バートウィスルといった作曲家の作品から知った。ツェランの詩集は編者によりいろいろな本が出ているが、小沢書店刊のこの本はツェランが30代に書いた第1~第3詩集から50編あまりを選び、ツェランの詩論やエッセイ、ツェランに関するドイツやフランスの研究者の論考も併禄されていて理解を助ける。ドイツでは高校の教科書に載っているという「死のフーガ」の印象は強烈で、やはりツェランの詩でひとつだけ選べと言われればこれかもしれない。全文を引用したい誘惑にかられるし、原文で読むことができたらと思う。日本語訳だと軽やかなまでにリズミカルなこの詩の、ドイツ語のリズムや韻の響きなどが異なった印象を与えるかもしれないと思うからだ。母親のことを書いた「白楊(はこやなぎ)」の密度もすごい。たった10行の詩が喚起するイメージの豊かさには目が眩む思いがするだけでなく、感傷をきっぱりと拒絶しながらもツェランが22歳のときにナチスに虐殺された母親に対する真情が、まるでライフルから放たれた銃弾のように読み手の胸をつきぬけていく。こうした個人的体験に基づく詩だけでなく抒情的な詩も多いが、その乾いた抒情とでもいうべき感触は日本の文学からはほとんど得られないものだと思う。ツェランはブレーメン市の文学賞を受賞したときのスピーチでマンデリシュタームの「詩は投壜通信のようなもの」という言葉を引用していて、そのスピーチはこの本にも収められている。この「投壜通信」という言葉にこめられているのは、アウシュヴィッツやヒロシマやシベリアを結果した人類の文明そのものに対する果てしない絶望と、かすかな希望ではないだろうか。「詩は言葉の一形態であり、その本質上対話的なものである以上、いつかどこかの岸辺(おそらくは心の岸辺に)流れ着く」というツェランの信念は、いつか誰かが理解してくれるだろうといった気休めではなく、自分にとっての必然である言葉だけが、たとえば人類が滅亡したあと地球に現れるであろう別の新しい知性に手渡す価値のあるものだ、という極限的な思考から生まれているように思うからだ。編訳者はツェランの権威のようで、アンソロジーとして優れているが、もう少し大きい活字で読めたらまた印象が違うかもしれない。巻末の年表によれば画家だった妻と合作の詩画集もあるらしい。何をさておいてもこうしたものを読んでおかなくてはと思う。
February 24, 2012
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WIKIPEDIAから~日本アート・シアター・ギルドは、1961年から1980年代にかけて活動した日本の映画会社。ATGの略称で示されることも多い。他の映画会社とは一線を画す非商業主義的な芸術作品を製作・配給し、日本の映画史に多大な影響を与えた。また、後期には若手監督を積極的に採用し、後の日本映画界を担う人物を育成した。また、ATGは公開作品ごとに映画雑誌『アートシアター』を発行した。本誌は映画の完全シナリオと映画評論などから構成され、上映館のみで販売された。その昔、映画は観るものではなく読むものだった。現代音楽も聴くものではなく読むものであることが多かったが、音楽は読んでもあまり想像できないのに対し、映画はかなり想像できたので、タイトルとあらすじや紹介文、批評から映画の質を想像して作品との出会いのときを楽しみに待ったものだった。待てなければ東京まで行って観たりした人も多かったし、自主上映を組織した人もいた。そういう映画の中にはATGのものが多かった。思いかえせば、初めて母と一緒に観た映画は、高校の文化祭で、革マル派のサークルが主催したエイゼンシュテインの「戦艦ポチョムキン」だったりした。ATG映画の話を聞かなくなったと思ってこの本を手にとってみると1991年の発行とある。紹介されている作品は1989年の「砂の上のロビンソン」(すずきじゅんいち)まで。このあと、1992年の「?東奇譚」(新藤兼人)でその活動を停止することになるが、この本では創設された1962年から89年まで配給・制作した172の作品が紹介され、巻末に佐藤忠男による「ATG30年の歩み」が収められている。ATG映画には多大な関心を払ってきたつもりだが、172本のうち30本程度しか観ていないことに気づかされた。DVD化されていない作品も多い。映画を窓として、あるいは映画そのものから教養や文化を学ぶ風潮は急速に失われてきている。したがって、ATG映画を映画館で観るのはきわめて限られた機会になるだろうと思う。昔のように、映画を観るかわりに読むはめになりそうだ。しかしそれはあまりにも惜しい。映画には時代が刻まれているが、ATG映画にはそれがひときわ濃厚だからだ。ATG映画をすべて観るのを目標の一つにするのも一興かもしれない。
February 23, 2012
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放射能汚染をきっかけに食べ物の安全性にあらためて関心を強くした。ふだんから意識してはいるが、だんだんとルーズになるので、ときどきこういう本を読んでブラッシュアップするのはいいと思う。野菜には農薬、果物には防カビ剤、養殖魚や畜肉には抗生物質・・・それに加えてセシウムやストロンチウムを心配しなくてはならなくなってしまった。いちばんいいのは食べる量を減らすことだ。半分に減らせばリスクは半分どころではなく減るだろう。そうして、安全と思われるものだけ食べるようにすればいいだけのこと。ただ、家で自炊している分にはかなり選べるが、外食では難しいことが多い。そうしたとき、こういう本の知識は少しは役に立つ。たとえば、農薬をたくさん使わなければ栽培するのが難しい野菜(シソやパセリやセロリ)や収穫直前に除草剤をまく北海道産のジャガイモ、最も危険な果物であるサクランボは避けるといった具合。有機食品を食べている人はそうでない人より5割ほど精子が多いらしいが、ほんの少し気をつけるだけで健康被害を最小にできるケースは少なくないだろう。この本はもう古い(2005年)ので現在は(放射能汚染以外は)改善されていると思うが、価格にかかわらず安全なものを食べる方が結局、個人にとっても社会にとってもプラスになる。30年ほど前、豚を共同で一頭買いしていたことがあるが、あれよりおいしい豚肉にはその後ほとんど出会ったことがない。調べてみると北海道にも抗生物質を使わないで豚を育てている牧場があるようなので、素性のわからないものを買うのはやめ、「お取り寄せ」の機会を増やしてみようかと思う。旅行も、ただの物見遊山ではなく、こうした牧場や農場を見学したりするといいのだろう。あまり神経質になるのも考えものだが、何も考えないのはもっと考えものだ。この本の目次を読み、気になるところを読むだけでずいぶんと食べ物の安全性に対するスキルは高まると思う。
February 22, 2012
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庭に梅の木があり、年によってはかなり梅がなる。面倒なので梅干しはただ塩漬けにして、塩抜きして使っていた。しかしそれでも塩分が気になる。どうしたものかと思っていて見つけたのがこの本。ぬか漬けも作っているので、「毎日混ぜない」のは魅力的。これはいい、と思って勢い込んで読んでみた。梅干しの方はなんということはない。オーブンで1時間焼くだけ。たったこれだけで、冷蔵庫で3年保存できるという。ぬか漬けは、表面にしっかりラップをして、野菜を取り出したときにぬかを落とさずにとってしまい、その分つぎ足すというもの。かきまぜるのは新しいぬかをつぎ足したときだけ。一週間に一度くらいでよく、これなら楽。しかも塩水は使わず、漬ける野菜に塩をまぶすだけというので減塩にもなる。玄米を精米して食べていて、新鮮なぬかは日常的に手に入るのでこの方法はぴったりだ。まあ、この程度のノウハウはインターネットで簡単に手に入るのだろうが、書名で見るまではそんな方法があると思わなかった。15年間試した結果だというので信用していいのではないか。春になって梅が手に入り、ぬか漬けにいい気温になったら試してみようと思う。
February 21, 2012
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五木寛之の文章は、文章として好まない。読んでいるこっちのアタマが悪くなってきたような気がするからだ。何せ同じことの繰り返しや水増しされている文章が多い。平明な文章なのはいいが、論理にも飛躍や穴がありすぎるような気がする。口調が柔らかいので気づかないことも多いが、かなり独善的な断定や頓珍漢な誤解(というか理解)も多い。しかしではこの「運命の足音」をなぜ読む気になったかというと、「57年目の夏に」と題された第一章で、ピョンヤンで迎えた終戦とその中での母の死などの個人的な出来事が書かれてあると知ったからだ。特にソ連軍の略奪や暴行がどのようなものだったのか、そのことをどう考えているのかを知りたいと思った。暴行や略奪が続くある日、宿舎に帰るソ連兵の集団があまりに美しい合唱を歌うのを聴いて、「こんなことは認められない、絶対に許さない」と心の中で繰り返したという。「ゲテモノがどうしてあんなに美しい歌をうたえるんだと打ちのめされた」のだという。「歌をして抒情の域にとどめせしめよ」というのがそのときからの決意になったらしいが、このエピソードは「アウシュヴィッツの音楽隊」やパウル・ツェランの有名な詩「死のフーガ」を連想させる。母をソ連兵に殺されたも同然の著者の、この決意には共感するが、それだけなのかという思いもする。ソ連軍を歴史上の軍隊と同じと、軍隊一般という目で見ている。こういう悲劇的な体験をした、しかも文学者に期待するのは、人間解放を目指した革命によって生まれたソ連という国の軍隊が、その崇高な理想をまったく裏切るような蛮行をなぜするにいたったかの鋭い考察である。軍隊はみなそんなもの、といった一般論で済ませてしまってはならないと思う。57年間、書かないできたこうした敗戦時のことを書いたのは41歳で死んだ母親の「いいのよ」という声が聞こえたからだという。その気持ちはわからなくはない。しかし、歴史は繰り返す。マルクスが言ったように喜劇としてではなく、二度目も三度目も、永遠に悲劇として繰り返す。それを何か仏教的な観念の中に逃げ込んだからといって断ち切ることができるわけではない。軍隊一般が暴行や略奪を行うのは当然だと考えるなら、個人的な体験を語るだけでなく、そこから軍事や政治を廃止する手がかりを考察するのが誠実な知性というものではないだろうか。個人的体験に関しては興味深く、そして心が凍る思いをしながら読んだが、通して読む価値のない本だった。
February 20, 2012
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沖浦和光という人の名前を知ったのは1979年。季刊「使者」第2号に掲載された文章か対談を読んで以来、ずっと気になる名前だった。名前はかずみつ、ではなくかずてると読む。桃山学院大学の学長をつとめた人で、1927年生まれで存命している。この本は2006年の出版だから2005年に書かれたものだろうか。新書ということもあり、自分史的なことも織り交ぜながら、割と自由に書かれている。それが散漫な印象も与えるが、名著といわれる「日本民衆文化の原郷 被差別部落の民俗と芸能」(1984年)を読むウォーミング・アップになるかと思って読んでみた。いわゆる市民社会の秩序だった日常ほど生理的におぞましいものはない。もちろん戦争や犯罪はごめんだが、杉並の「素人の乱」のような<状況>こそすばらしいと考える人間にとって、この著者の書物はどれも歴史的な知識と同時に、近代国家を解体する契機が何かを、あるいは何であらねばならないかを考える素材を豊富に提供してくれるような気がしている。その直観を確かめることができたように思う。「色町・芝居町」のトポロジーという副題のこの本は、それらを時間軸に沿って叙述したものではなく、時代もジャンルも自由に飛び回るため、最初は混乱していささか散漫な印象を持ってしまう。しかし通して読むと、いわゆる正史とはまったく異なる歴史の実像を学んだ気がしてくるし、最後の章である「文明開化と芸能興業」は現在にもつながることが多いので身がひきしまる思いがする。この章での永井荷風の評価などには目が開かれる思いがする。婚姻制度にとらわれない自由な性愛の交歓は、時代を下るにつれ圧殺されてしまう。一対の男女の対等な恋愛を基礎とした結婚を称揚する第二次大戦後の「恋愛結婚ブーム」もしょせんそうした規範を草の根から補強するものでしかなかったと思うが、それがとりわけ強化されたのが明治時代であり、荷風が「ふらんす物語」などで芸術を蔑視し恋愛や性愛を罪悪視する日本を糾弾していたとは知らなかった。「ふらんす物語」「新帰朝者日記」「断腸亭雑藁」「?東奇譚」といった荷風の本を読んでみなくてはという気にさせられたし、裏世界に追いやられていた性風俗を粋や艶といった表世界に引き出したと著者が評価する井原西鶴の「好色一代女」なども読んでみたいと思わせた。著者はマルクス主義の影響を強く受けていると思うが、教条的なところはまったくなく、階級矛盾よりも「聖と賤」の対立というか賤なるものの放つ光が時代と社会を刷新しその生命力の根源となると考えているのではないかと思う。いつかこの人の著作を集中して読むつもりだ。
February 19, 2012
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後生おそるべしという。1960年生まれの著者はほぼ同世代だが、この本を読んで受ける印象は明らかに世代の違う人というもの。クラシック音楽の歴史について書かれた本は、柴田南雄のような数少ない例外を除くと、俗物的な教養主義や衒学趣味と無縁なものはほとんどないと言っていいが、この本にはまったくそれがない。音楽をすばらしいものという陳腐な前提から出発せず、それが生み出された社会形態との連関をも組み入れて簡潔に整理して叙述していく様は、世界のあらゆる食材に精通した最高の調理人の手腕をさえ連想させる。この本は全体の3分の1まで読んだところで読むのをやめた。駄本だからではない。その反対で、名著だからである。こういう本を書くことのできる著者の本は所有し繰り返し読むべきだと思う。「音楽の聴き方」「オペラの運命」「恋愛哲学者モーツァルト」といったこの著者の本をすぐアマゾンに注文した。この著者は京都出身。京大で教えている人らしいが、いつのまにか大学にも真の教養人が生息できる環境が生まれていたのに驚くし、それはやはり京都の知的風土ならではという気がする。浅田彰が大学の学長をやるような風土は京都をおいてほかにない。最後の部分から引用してみる。~諸芸術の中で音楽だけがもつ一種宗教的なオーラは、いまだに消滅してはいない(中略)宗教を喪失した社会が生み出す感動中毒。神なき時代の宗教的カタルシスの代用品としての音楽の洪水。ここには現代人が抱えるさまざまな精神的危機の兆候が見え隠れしていると、私には思える。音楽に深く感動し傾倒しながら、現代社会の根本問題に鋭く切り込むことができる、こうした知性には脱帽するしかない。「宗教的カタルシスの代用品としての音楽」ではない音楽の可能性はどこにあるのか。作曲家でいえば、ジョン・ケージとヤニス・クセナキス、この二人の友人であった高橋悠治の音楽に、それが示唆されていると考えている。
February 17, 2012
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右翼と呼ばれる人々の中にも器量のある立派な人物はいる。鈴木邦男はその筆頭というか、ほとんど唯一の人物。来年70歳ということもあり、本書でも合法活動への「転向」を表明しているのが少し残念だが、長年の活動の中での実体験や見聞は、こうしたことにかなり「精通」している人間でも驚くこと教えられることが多いだろう。公安警察など自分には関係がないと思っている人は多いだろう。しかし、少しでも社会的な活動に関心を持つと公安の監視対象になることくらいは知っておいた方がいい。かつては無農薬野菜を販売していたりするだけで「新左翼」とみなされたし、アジアやアフリカに興味を持つ旅行愛好者のサークルが監視されていた事実もあった。予断と見込みからはどんな優秀な人間も自由ではないので、警察の中のエリートである公安も、とんでもない初歩的な誤りを犯すことはよくある。いま大学准教授の友人はミーハーで爆弾事件の裁判を傍聴に行ったばかりに公安に「爆弾一味」と疑われ監視されたし、とあるバーの経営者は某セクトに懇願されてたった一度だけ集会に行ったばかりに構成員と報告され大企業の内定を取り消された。人を見る目のなさには情けなくなるほどだ。ということは、多くのえん罪事件のように、無関係なのに犯人にされてしまうことは、あるいは犯罪そのものをねつ造され犯人にされてしまうようなことがないとは言えないのだ。公安ではないが、最近も四国で無実のバス運転手が警察の証拠ねつ造で犯人にされた。だからといってこの本は「反公安警察」の本ではない。優秀な人材をただの「抑圧・謀略機関の一員にしておくのは惜しい」という立場からいくつか建設的な提起もしている。このあたりが単なる評論家ではなく、長年、多くの人間と交流し活動を続けてきた氏ならではと思う。著者は早稲田出身だが、どこかおおらかで人情味を感じさせる「早稲田的知識人」のひとりと言っていいかもしれない。
February 16, 2012
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むかし朝日ジャーナルという雑誌に「世界の言葉」という連載があった。世界には実にいろいろな言葉があるのを知った。ルーマニアはローマの変形で、ルーマニアはイタリアと言語も文化も近い、などという雑学を知ったのもその連載だったような気がする。日本人および日本語の源流に関心のない人はむしろ少数だろう。朝鮮語やハンガリー語と語彙や文法で共通点が多い一方、中国から来た漢字を使うなど、そうした通俗的な雑学的知識からも、日本語がハイブリッドな言語であるのは明らかだ。タイトルがまさにこうした興味にはまった本だったので読んでみたが、これが興奮させられる本だった。著者は1919年生まれの国語学者で「日本語練習帳」などの著書もある。「水牛のように」のウェブサイトで連載しているのでなじみがあった。この本は新書だが内容は豊富で、学究的な記述も多い。だから気楽に読み飛ばすというわけにはいかないが、日本語にとどまらず、日本の文化や文明、それこそ風俗習慣のようなことまでも南インドから流入したものであるという説は、かなり説得的であると同時に刺激的。たとえば、「古事記」に使われている言葉を任意に選び出すと7割がタミル語起源の言葉だという指摘は驚きを通り越してしまう。南九州に南インドの強力な文明がやってきて、その言語も同時に取り入れていったとするなら、日本人および日本文化に対するイメージが根本から変わるのを感じる。むしろ、南インドの優れた文化を取り入れたあげく劣化させたのが日本なのではないかとさえ思う。稲作文化も南インドからタミル人によってもたらされたという著者の説は通説とは異なるが、これだけ「状況証拠」を列挙されるとそうかもと思ってしまう。権力者の交代の変遷を記録しただけの「歴史」には興味はないが、文化の伝播と受容および変化ほど知っておもしろいことはない。いささか硬い内容の本の多いジャンルだが、新しい発見が見つかることもあるので、関心を持ち続けていきたい。こういう本を読まない「無知と無教養」がナショナリズムとファシズムの温床になるのは歴史が教えている。
February 15, 2012
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いろいろな理由でカレー作りには習熟したいと思っている。だからついカレー関係の本を手に取ってしまう。習熟したい理由のひとつは、和風カレーやスープカレーの店は多くても、インドカレーの店は少ないから。あっても、ライスが温かいので興ざめだ。ちなみに、ご飯は圧倒的にお冷やご飯の方がおいしいと思っている。これは子どものころからで、電気炊飯器ができてからも保温機能はついていなかったので、お冷やご飯を食べる機会はとても多かった。炊きたてのご飯もまずくて食べられないということはないが、丼ものやカレー、中華飯のようなアジア飯はお冷やご飯以外で食べる気はしない。したがってこれらのものはご飯の、お米のほんとうのおいしさを知る人がほとんどいない日本では自分で作るしかない。その中でも最も機会が多いのがカレーであり、カレー粉とタマネギとトマトがあれば基本的にはできるから、アウトドアやサバイバル料理としても適している。しかし世の料理本を見ると、「タマネギを飴色になるまで炒めるのがコツ」と書いてある。しかし、あの暑いインドで何時間もタマネギを炒めたりするとは思えない。それでも以前は冬の寒い日などがんばって調理したが、だんだん面倒になってきた。そこで、タマネギをほとんど炒めることなくおいしいカレーを作ることはできないものかと常に考えているのである。この本ではそうした自分にとって必要な情報を得ることはできなかったが、「カレーに魅入られた」著者の見識には教えられることが多かった。この著者はラーメンも好きらしいのだが、雑誌の連載でラーメンを食べ歩いた年は体重が増えた一方、カレーを食べ歩いてもほとんど太らないというのは興味深い知見だ。本としては散漫な作りで焦点が定まっていなくて、ぜんぶきちんと読むとこっちのアタマが悪くなってしまうような気がするが、真ん中あたりにあるレシピのいくつかと、巻末のカレーに限らないが名店の紹介はかなり参考になる。ひとつのことをかなり奥深く追求した人の見解は、他ジャンルでもすぐれて的確なことが多いからだ。この本の影響で何種類かのスパイスを、カルダモンやクローブなどはホールで買ってしまった。毎日のようにスパイスを調合していれば、そのうちに自分の好みの味のカレーを作ることができるようになるにちがいない。
February 14, 2012
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2000年の「第9回開高健賞」を受賞した作品。1947年生まれの「社会不適応者」の著者が、サラリーマン生活からドロップアウトして西成や山谷のドヤで暮らし、労務者として働いた経験を綴ったもの。著者が30歳から50歳すぎまでの体験ということになろうか。一読してわかるのは著者のインテリジェンスの高さ。経歴によれば公立大学の経済学部を卒業しているが、観察力の鋭さや深さにはうならされることが多い。佐野眞一という選考委員が「現代の方丈記」であると巻末で評しているが、なるほどそういうところがかなりある。印象に残ったところを二カ所書き出してみる。ひとつは「たかが衣食住の必要のために、どこかの飯場にもぐり込み、若い職人や経営者に追い廻されながら飼い殺しのような生活を送るよりも、真のホームレスとして食べ物を漁るだけで、一日の大半を図書館で読書三昧で過ごせるのだとすれば、私にはその方がはるかにマシな生活だと感じられる」という部分。もう一カ所は「山谷住人の陋劣さは、一般市民社会の住人の陋劣さよりも洗練と多様性に欠け、はるかに単純で露骨」で「無知と卑屈と傲慢の三位一体を体現したような人々とは、腐るほど出会ってきた」が、「知識を手に入れる過程で身につく教養なるものは、なるほど重要なものなんだなということが、これら三位一体を体現した人々と接触するたびに痛感させられるのだった」という部分。「たかが衣食住の必要のために」と賃労働を切り捨てるのもすごいが、後者は(経験から得たこととはいえ)卓見というべき。山谷の住人で人品ともに優れていると感じた人はみな知識と無縁な人々ではなかったという「観察」は貴重だ。知識を手に入れようとする過程で身につく教養、それは自分の頭で考える力とほとんどイコールだと思うが、それこそが人間の品性を養うということだろう。知識そのものは処世の役(受験など)にはたつだろうが、それだけのこと。しかし教養はそれを持つ当人を救い、人類を救う力がある。寄せ場に関するルポというと日雇労働者を弱者と見なし同情的な視点から書かれたものが多いが、この「体験記」は内省的で冷静な個人的「文学」とさえ言える。著者は左右の全体主義やカルト宗教のようなものには生理的嫌悪感を抱くタイプのようだ。しかし、それでもビラ配りをする新左翼系活動家に対して「彼らの人格的なたたずまいには好感を抱かないわけにはいかない」と、どこまでもフェアである。この本を読んで何も感じない人がいたら、文学には無縁であり、硬直した世界観を持つことを是としているということであり、この本はそうしたことを判定するリトマス試験紙のように使える。
February 13, 2012
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雑誌や新聞でその文章に感銘を受けても、著書を読んだことのない人というのが何人かいる。堀田善衛もその一人。「いつか読まなくては」と20年以上も思っていたが、NHK人間大学という番組で放送された内容をまとめた本なら読みやすいかと思い、読んでみた。堀田善衛は1918年に生まれて1998年に逝去している。1992年の放送をまとめたものだから、晩年の著作と言っていい。鴨長明、藤原定家、法王ポニファティウス、モンテーニュ、ゴヤという時代もジャンルも異なる5人について書かれた(述べられた)本。実はゴヤについてどう書かれているか知りたくて読み始めたが、第一章「乱世について」と巻末にある高橋源一郎の解説がめっぽうおもしろく、つい全体を読んでしまった。久しぶりに知的興奮を得られた本で、名著と言っていいと思う。この5人に共通するのは乱世に生き、冷静な観察者として生きたことだという視点には、目から鱗がはがれ落ちる思い。たとえば、一般に鴨長明の「方丈記」は無常観を表したものと受け取られているが、1万字にも及ばない全文を読むと、時代を超越した記録であるという。58歳の鴨長明が、リヤカーのようなものと想像される車2台で運べるような小さな庵を作って住み、23歳や29歳のころの大飢饉や大火事の経験を記録したのが「方丈記」だという。「はみだし裁判官」だったモンテーニュについてもおもしろい。モンテーニュは「わが国家の死という、このめざましい光景を、その徴候と状態とを、目のあたりに見ることを、私はいささか喜んでいる」と書いているらしいが、この批評精神の鋭さはただごとではない。時代や社会から離れて隠遁するのではなく、さりとて積極的に進歩や変革に関わろうというのでもなく、悲惨や滅亡をも限りなき好奇心の目で見、そして記録するということ。日本にせよ世界にせよ、人間精神の荒廃とそれが引き起こす国家や民族の滅亡、あるいは天変地異による突然の歴史の終焉をも、限りない好奇心で、とことん冷静に見続けることにしよう。「わが国家の死」を見届けたモンテーニュの「幸福」がうらやましい。
February 12, 2012
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メシアンのトゥーランガリラ交響曲の札響初演は、二日目を聴く限り大成功だった。一日目を聴かなかったのを後悔した。成功の立役者はなんと言っても札響正指揮者としては最後となる指揮の高関健。この曲のスコアは見たことがないので、拍子やアップビートかどうかわからないところがたくさんある。そのため指揮の見られるファサード席に座ったが、そのムダのない正確で的確な指揮は、映像で永久保存してはどうかと思った。指揮法のお手本の教材として全世界で発売してはと思うくらいだ。彼がこの曲を指揮するのは初めてとのことだが、日本初演のときは練習に10日間要したこの曲をたった3日で、細部まできちんと仕上げたのだからすごい。もちろん札響のレベル向上もあるのだろうが、先日BSで放送されたNHK交響楽団(プレヴィン指揮)の演奏のような、ただ音を出しているというのではなく、音やフレーズの意味がきちんと全楽員に伝えられている。よほどしっかりと勉強し研究したのだろうと思う。したがってていねいな演奏で、この曲の2つの側面、暴力性と官能性はどちらも控えめにしか表現されなかったのは残念ではあった。ただ、5楽章や10楽章終結部の盛り上がりは開放的というよりは密度の濃いもので、圧倒的な法悦感はライブならではだった。そういえば2008年のPMFで準メルクルの指揮でこの曲が演奏されたことがある。立派ではあっても明るく輝かしい演奏で違和感があったが、その演奏に比べると東洋的な瞑想感が出ていたのは、やはり日本人の指揮で日本のオーケストラだったからで、メシアンが生きていたら評価した演奏だったのではないかと思う。現代曲のせいかチケットの売れ行きは悪く、客の入りは一日目は6割、二日目も8割程度だったようだ。当日割引券なども配布されてこの程度だから、札響の客はPMFの聴衆などと比べて保守的なよう。この曲を小澤征爾の録音で初めて聴いて40年以上になる。メシアンの作品の中でもこの曲は調性的で折衷的に感じあまり評価していなかった。そういう人は多いだろうが、やはり音楽は生で聴いてみないとその真価やおもしろさはわからないと痛感したコンサートだった。高関健は在任中、二回、驚天動地の名演をのこした。2010年12月定期でのラベル「ラ・ヴァルス」とこのトゥーランガリラである。どちらもバーンスタインゆかりの曲であるところが興味深い。
February 11, 2012
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朝食をやめると時間のゆとりができた。朝、ゆっくり風呂でコーヒーを飲みながら読書するのが日課になった。近くの図書館は貸し出し制限がないので、2週おきに15冊から20冊借りてくる。一冊にかける時間は1時間以内と決めているので読み通すことはほとんどないから書評をアップするのは避けてきたが、これならできるという気がしてきた。それに電子辞書にも古典の名作がたくさん入っている。たまには本を買うこともある。いったいどんな本を読んでいるのか、自分でも知りたいと思って書くことにした。実際、読んだことを忘れて同じ本を二度・三度と借りてきて、読み終わったあとに思い出す始末だからだ。こうして書いておけばそういう失敗もなくなるだろう。そらで言える短歌は十数扁ある。それらを書き出してみたら、すべて石川啄木の作品だったので驚いた。「一握の砂」は電子辞書に入っている。移動の合間などに全部読んだ。そうしてわかったのは、天才啄木といえども、優れた歌はほんのひと握りだということ。倦まずたゆまぬ創作が「一握の傑作」に結実したのだ。石川啄木は26歳で死んでいる。実際の創作期間はきわめて短い。そうしたことを計数に入れて考えるなら、シューベルトと並ぶ二大天才と言っていいと思う。シューベルトや啄木があと10年生きたら、何人もの作曲家や文学者が日の目を見なかっただろう。しかしそれにしても「友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」など、どう考えても50代以上の人のものだ。今回、すごいと思ったのは「燈影(ほかげ)なき室に我あり 父と母 壁のなかより杖つきて出(い)ず」という歌。実体験を綴ったのならともかく、想像だけでこういう句を創作できるその想像力の豊かさと創造性には奇跡を見る思いだ。石川啄木はこんなことを書いている。…もしも世に無政府主義という名を聞いただけで眉をひそめる様な人がいれば、その誤解を指摘せねばなるまい。無政府主義というのは全ての人間が私欲を克服して、相互扶助の精神で円満なる社会を築き上げ、自分たちを管理する政府機構が不必要となる理想郷への熱烈なる憧憬に過ぎない。相互扶助の感情を最重視する点は、保守道徳家にとっても縁遠い言葉ではあるまい。世にも憎むべき凶暴なる人間と見られている無政府主義者と、一般教育家及び倫理学者との間に、どれほどの相違もないのである。(中略)要するに、無政府主義者とは“最も性急なる理想家”であるのだ。これほど簡潔にして要を得た「アナーキズム解説」はほかにない。詩的感性に恵まれていただけでなく、すぐれて知的な人物だったことがうかがえる。啄木が感銘を受けたというクロポトキンの著書はじっくりと読んでみる価値があるかもしれない。
February 1, 2012
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