「鱗 翅」


鱗 翅


 手の内で宝石になるという。つかまえたと喜んだら、ぼろりとくずれた。粉々の翅をはらっても、ひりひりくる鱗粉が掌の皺に残った。

「冗談よ、本気にしてた?」と女が言った。コップの中、口つかずの炭酸水に蛾が浮いている。泡がはじけるたび、煙のように銀の粉がたちのぼる。
「そう思ったよ」
 動じない風をよそおいながら、ひきつる手の甲をテーブルの下に隠しつづける。まだ掌がひりひりする。

 青草におおわれた丘をかけのぼる。誰もついてこない、自分が先頭だ。てっぺんに着いてうしろを振りかえる。みんな立ちどまって腕をくみ、あれぞバカだと言いたげにこちらを見あげている。
「冗談よ、本気にしてた?」
 真ん中にいるのはあの女だ。
「いや、別に」
 息の底からこたえたら胸に大きな蝶がとまった。
「ほら、一等賞のリボンみたい」
 あわててはらいのけたが、なぐり描いたような鱗翅の痕がシャツに残った。

 悲しんで道で寝ていて夜をむかえた。頭の上、水銀灯の照射の中に菩薩がうかぶ。
「おまえの好きなものにしてやろう」
 蝶を夢みたらすんなり身体が宙にのぼった。礼を言うため近づくと、なんと菩薩の顔に目鼻がない。「だまされた」と叫ぶ自分は、死ぬほど嫌いな蛾に変えられていた。

 それにしても……
 蛾も蝶も、鱗粉を涙にして泣くのだろう。やたら銀の粉が落ちてかなわない。はたして今夜中、はばたいていられるか。
「冗談よ、本気にしてた?」
 のっペら坊の菩薩が言うが、これではなんの慰めにもならない。

                           了

しょうせつろご


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