桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#13



「占って欲しいのは…、その、片思いの男の人のこと、なんですけどぉ…」
 女子生徒の言葉に、エレンはわが意を得たりという顔をしながらうなずく。
「そ、それでですね。例えば、彼の好みの女の子のタイプとかわかりますか?」
「ええ、可能よ」
「じゃ、じゃあ、それでお願いします!」
 少女は真剣な眼差しをエレンに向ける。
(…よほど好きなのね。ふふ、微笑ましいわ…)
 エレンは心の中で微笑んだ。
(…そうね。今日は気分がいいから、サービスしようかしら…)


 エレンは魔道書を持ち、部屋の中央の床に大きく描かれた円形の魔方陣の上に立った。
「え…。何を?」
 椅子に座ったままの少女は怪訝な顔をしてエレンを見た。
「使い魔を召喚するわ」
「使い魔、ですか?」
「ええ、そうよ…。私にしか出来ない占い方法なのよ」エレンは魔道書のページを開きながら答える。「…相手の悩みに適した使い魔を召喚して、その子たちに探らせるのよ。例えば、今回の場合は夢魔を召喚して直接、彼の心を覗いたりとか…」
「そ、そんな。そんなことしても良いんでしょうか?」少女は困惑顔になる。
「…本人に気づかれることはないわよ。使い魔の姿は魔力の低いものには見えないものだから」
 エレンは魔道書に書かれた呪文を始めた。

「異界の住人よ 我の言葉に従いて 我の開く扉をくぐりて その姿をあらわせ――

 だが、エレンがすべての呪文を言い終える前に、少女が堰を切ったように叫んだ。
「ちょっと、待ってください!!」
 あまりに唐突なタイミングに大声で言われたために、エレンは驚いて魔道書を手から落とした。
「な、何…?」
「えと、その…。やっぱり人の心を覗き見するなんて、私にはちょっと抵抗があります」
「そうなの?」エレンは訳がわからず、頭にいくつもの疑問符を浮かべる。「どんなことをしても、悩みを解決したいとはあなたは思わないの?」
 少女はエレンに言われて、やがてコクリうなずいた。
「はい。私はそこまでして悩みを解決したいとは思いません」
「そう…。それは残念ね」エレンは無表情のままいった。
「その、ごめんなさい。せっかく私のためにしてくれようとしたのに…」少女は頭を下げる。
「構わないわ」エレンは静かにいった。
「あの、エレンさんはタロットカードとか、水晶を覗いたりする占いはしないんですか?」
「…するわよ」
「それじゃ、タロットカードでお願いできませんか? 彼との恋に、私にはチャンスがあるかどうか…」
 再び、真剣な眼差しでエレンを見る少女。
 エレンはうなずき、少女の向かいの席に腰を下ろすと、ポケットにしまっていたタロットカードを円卓の上に広げた――。

 それからタロットカードによる占いの結果に満足した少女は、部屋に入ってきたときとは打って変わって明るい表情になり、エレンに礼を告げて部屋を後にしようとした。
「本当にありがとうございました!」
「ええ」エレンは少女に微笑み返した。「でも、今の占いは単なる指針でしかないということを忘れないでね。刻一刻と変わる時間の流れの中では、今出た結果がすべてではないの。もう一度同じ結果が出るかもしれないし、まったく逆のこともありえるわ。要は、占いを鵜呑みにせずにしろってこと。わかるかしら?」
「はい、わかります」少女は明るく答える。
「あら…」エレンはまぶしそうに目を細めた。
 実際、少女の表情はとてもまぶしかった。
「本当に今日はありがとうございました!」
「うん…。貴女の恋の健闘を祈るわ」
「はい!」
 そして、少女は部屋を後にした。

 ――と、

 エレンは不意に部屋に立ち込める怪しい気配を察知した。
「誰…?」
 弾かれたようにそちら――部屋の中央――魔方陣の方を振り向く。

「誰とは、失敬な…」
 低い声で答えながら、一瞬の怪しくもまばゆい光を放った魔方陣の中に、若い男の格好をしたものが出現した。
 細身で整ったその顔は青白く、背中にはカラスを思わせる黒い翼が生えている。
「あなたは一体――!?」
 エレンは驚きの声を上げる。それはどう見ても先ほど呼び出そうとした使い魔の類ではない、もっと禍々しい気を放つものだった。
「わが名は、堕天使カオス…」
「堕天使…!?」
「…清らかな気を感じながら、向こうの世界を彷徨っていると。都合よく半分ほど、開きかかった扉を見かけてね…」
「!?」
 エレンは先ほどのことを思い出した。
(そう、確かに少女の占いの最中、呪文を読み上げる途中で魔道書を落としてそのままに――)
 どうやらあの時点で異界へ繋がる扉が、カオスのいうように半分ほど開きかけた状態になっていたらしい。
(私としたことが、なんて迂闊な…)
 エレンは唇を噛んだ。
「…持てる魔力のほとんどを使い、少々無理をして再びこの世界へと還ってこれた。礼を言おう人間の少女よ。現世に君のような強い魔力を持つものがいるとは、私もついていた。フフッ…」
「お褒めに預かり光栄…といいたいけど、このまま還ってもらうわ。元の世界へ…!」
 エレンはそう言い放ち、異界の扉を閉めるための呪文を唱え始める。

「悪いが、私の仕事の邪魔をしないで欲しいな…」
 堕天使カオスは、目を鋭く光らせ自らも呪文を唱え始めた――。


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