桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#14



「オーホホホーッ! 何よこれはぁ~!」

 あれからしばらくの間、シオンは笑い転げたままだった。目にもうっすらと涙を浮かんでいる。
 もちろん原因は、ミオが持っていた紙袋の中身のものだ。
 机の上に中身を出してみると、ふりふりのフリルのついたメイド服のほかにも様々なアイテムが入っていた。その、どれもミオには似つかわしくないものばかりだが、極め付きはウサギの耳をあしらったヘアバンド。それに化粧ポーチまである。
「ミオ~。あなたのバイト先って、どこよ? ウフフ…」
「…教会の孤児院」ミオは膨れた顔をしながら答えた。
「あんたこんなの着たら、あの怖い院長様に怒られるんじゃない?」
 ミオは無言でうなずく。
「フフ…。いやー、もうダメ。笑い死にそうよ。久しぶりに大笑いしたわぁ」 
「そう、良かったね」
「さてと」とシオンは目じりの涙を拭って真顔になる。「こんなものどこで盗んだの?」
「ちーがーう!!」ミオは怒りが爆発した様子で怒鳴り声を上げた。
「冗談よ」
「もう!」
 ミオはいらだちまぎれに机を殴った。
 ボゴッ! と机の表面がへこむ。
「あーあー。机をへこませてぇ、先生に怒られるじゃないの」
「誰のせいだ誰の。それに、この程度でへこんじゃう机の方が悪いんだよ」
「あなたがバカ力過ぎるのよ」
「バカっていうなぁ!」
「ほんと、どうしてあなたみたいなバカ力がどうして孤児院でボランティアできるのかしら。疑問ねぇ」
「それはどういう意味かなぁ、シオン。…調子に乗るなよ?」
 ミオが鋭く睨みつけても、シオンはむしろ嬉しそうな表情を見せる。
「やる気?」
「いや…」ミオはため息をついて平静を取り戻す。「それよりも、この紙袋のことだけどさ…」
「わかってるわ」
 シオンは、にこやかにポンとミオの肩を叩く。 
「は…?」ミオはキョトンとする。
「あなたも女の子ですもの、コスプレに興味も抱くでしょう。わかるわかる」
「な! ち、ちがうっ!」
「照れなくてもいいのよ。正直、あなたには強敵として心配していたのよ。女の子らしい趣味がまったくなくて…。それがついにお洒落に興味を持ったなんて…ほろり、立派になったわねぇ」
「はぁー、もう何が何やら…」ミオは頭を抱える。
「冗談はさておき。もしかしてここへ来る途中に紙袋が入れ替わったんでしょうねぇ」
「…て、急に話題を戻さないでよ」
「いえ、どうもミオはお洒落やコスプレに、全然、興味がないようだし…」
「別に興味がないわけじゃ…、あ、いやいや」ミオはかぶりふるって苦笑する。「また君のペースにはまるトコだった。ったく、もう本題を逸らさないでよ?」
「はいはい。で、心当たりはないの?」
「ある」ミオは即答した。
「あるの?」シオンは意外そうな顔をした。
「うん、君を探す途中に女の子とぶつかったんだ。いきなりだからボク押し倒されて。その子はボクの顔を見たら、慌てて落とした紙袋を持って走り去ってさぁ」
「なるほどねぇ。そりゃミオにぶつかったら慌てるわ…『殺される』って思ったのよ。きっと」 
「あのねぇ…」
 ミオはわなわなと震えるコブシを、ゆっくり掲げた。

 と、その時――。

「――あら?」
「ん?」 
 シオンとミオは同時に窓の外を見た。
 いつの間にか赤い空が今にも泣き出しそうな黒い雲に覆われていた。ただ、それだけのことなのだが、二人は妙な胸騒ぎを感じた。
「…天気、いつの間にか悪くなったね?」
「あー、きっと。あなたがお洒落に目覚めるのが、あまりにも意外なものだったからねぇ…」
「この! まだいうかぁ!」
 ミオが放つ空を切り裂くような右ストレートを、シオンは悠々と上体を逸らしてかわした。
「おほほ、詰めがあまいわねぇミオ?」
 ミオはシオンに対して歯軋りをしながらも、やはり今、感じた胸騒ぎが気のせいではないような、そんな気がした。
 それは口に出せば、またシオンにからかわれるだろうが。昔から動物並みの勘を持っているミオにだけわかる感覚だった…。


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