桜工房(だったところ)

桜工房(だったところ)

#30



 自分の翼で羽ばたいて、上空で待機しているエレンのところへ向かうハルカ。

「お帰り…」エレンはホッとした笑みを浮かべていう。「よく飛んだわね」
「…あぅ。いつから気づいていたんですかぁ~?」
「最初に教室に入ってきたときから」エレンはあっさり言った。
「みゅぅ…」ハルカは肩を落とす。「最初から~?」
「えぇ」エレンは頷く。「…人間ではないな、と思ったわ…。天使だと気づいたのは、カオスとのやりとりを見て、ね」
「みゅ~。困ったよぉ。あ、あのぅ、みんなには…」
「良いわ、黙っていて上げる…」
 エレンはそう微笑んでから、ビシッとハルカの鼻先に指を一本突きつけた。
「…ただし条件が一つ」
「あ、あぃ…。な、なにぃ?」
「この件が片付いて、落ち着いたら…。私を、あなたの国へ招待しなさい」 
「て、天上の楽園へ…?」ハルカは驚いた顔をする。
「えぇ。前々からそういう場所があることを古い文献で読んで知っていたけれど。実際に、この目で見てみたかったのよ。…どう?」
「みゅ、みゅ~。連れて行くのは構わないけどぉ…」
「何か問題でも?」
「…むやみに天上の楽園のことを、日記とかに書き残したり、別の人に教えたりするとぉ~。恐ろしい目に遭うよぉ…?」
「大丈夫。誰にも言わなければ良いんでしょ…?」
「う、うん…」
「それなら大丈夫。ただ、私はこの目で見てみたいのよ…。この世に私の知らない世界が確かに存在するところを…」

 ハルカは、そう語ったエレンの口調や表情から、今までのものとは違うものを感じ取った。

 体こそ、自分と同じくらい小さなエレンだが。
 ハルカが今まで見てきたエレンは、常にクールで、時に厳しく。他のみんなよりも、ずっと年上みたいな印象を抱かせるものだったのに…。
 今の彼女は、まるで夢物語を熱心に話す子供のようだ。

 それがハルカには少し意外だった。

 でも――、
 そう、ハルカ自身が人間の学校に通いたいと母親に訴えたときも、こんな顔をしていたのではなかっただろうか…?

(…きっと、そうだったはず…)
 ハルカはそう思うと、無性にエレンの望みを叶えてやりたくなった。
「みゅ! わかったぉ! 絶対と約束は出来ないけどぉ…」
「え…?」
「エレンさんにはお世話になったから、何とか私の国にいけるように頑張ってみるぉ」
「そう? ありがとう楽しみにしているわね…」
「うん、約束」
 と、ハルカは小指を立てた手をエレンに突き出した。
「…何?」
「指きりしよ?」ハルカはにっこり微笑みながら言う。
 エレンは少し恥ずかしそうな顔をして、頷く。
「約束」
「約束ね…」
 ハルカと指を絡めながら、エレンは笑みをこぼした。
 それは、初めて彼女が見せる心の内側から、喜びが溢れ出たような普通の女の子の微笑だった。
(エレンさんも、普通の女の子なんだなぁ…)
 ハルカはぼんやりとそんなことを思う。

「――でも、お礼を言うのはまだ早いわよ」
 フッと笑みの消えた真顔に戻って、エレンは言う。
「あ、あぃ…」ハルカも深刻な表情を作ってうなずく。

 そう、まだ片付けなくてはならないことがあったのだ。

 エレンは手で、ハルカにもう一度自分の魔法のホウキに乗るよう促した。
「…乗って。あなたの翼よりもこちらの方が速いでしょ?」
「う、うん…。私はそんなに速く飛べないからぁ…」
「今度は勝手に落ちないでよ」
「あぃ…」
「しっかり掴まって!」
 エレンは再び、魔法のホウキの速度を加速させた。

 夜空に再びハルカの悲鳴がこだまする――。


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