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美並は有沢に了承の連絡を入れた。
準備にかかると言われて、土曜日を約束した。
土曜日、真崎は11時から『ニット・キャンパス』のホール・イベントのチェックに高崎と出かける。美並の『羽鳥』事件と同じく、そちらも2人の将来のためには押さえて置かなくてはならないイベントだ。
当日の朝、待ちかねたように真崎からメールが入った。
『伊吹さん、おはよう。今夜来れる?』
気づいて返信を入れる。
『おはようございます。眠れましたか?』
すぐに電話が鳴り、優しい真崎の声が響いた。
『おはよう、美並』
名前呼びに一昨日の夜が蘇る。
「おはようございます、京介」
同じように名前で返す、その自分の声も柔らかかった。今が朝ご飯と聞いて、首をかしげる。
「眠れなかったの? お仕事?」
『ううん……ひさしぶりに寝過ぎたんだよ。さっき起きた』
頬を摺り寄せてくる、ビロードのような手触りの気配。
窓から差し込むきらきらした光に目を細める。
美しい日だ、明らかで透明で、そんな日に美並は戦いに赴こうとしている。
机の上のトーストと紅茶を眺めた。さっきまで食べる気がしなかったのに、電話の向こうに真崎が居ると思うと、少しお腹が空いた気がした。読み取ったように真崎がねだる。
『……できるだけ早く…会いたい』
あなたが側に居なくて寂しいよ、と声がことばになる前に甘えてくる。
泊まれるよね、と確認されて、7時ぐらいには行けると応じた。材料を買っていくので夕飯を作ると伝えると、デザートはと聞かれたから、
「………京介でいいですよ」
呟いて、気がついて、言い直す。
「デザートは京介がいいです」
きっとくたくたに疲れるだろうから、極上のものに包まれたい。
『うん……じゃあ……僕を用意しておくね…』
切なげな声がもう息を軽く弾ませながら響いた気がして、美並は微笑んだ。
「…とびきりおいしそうにしておいてくださいね」
甘い同意が返ってきて、急いで通話を切る。
「もう、ほんとに」
危ない危ない。
独り言を言いながら、トーストを食べ終えた。
熱くなった頬に苦笑いする。鏡の中を覗き込むと、きらきらと目を輝かせている自分が居て、我ながら猛々しい。
一昨日なのに、お風呂にも入ったのに、まだ真崎の香りがしている気がする。
一瞬だけ目を閉じて、その香りを吸い込んだ。
左手の薬指には何もない。
けれど何が何でも戻りたい場所があるなら、ぐずぐずしてはいられない。
きっちりスーツを着て、向田署に出向く。
土曜日でも署は妙にざわざわとしていた。
「伊吹さん」
出迎えた有沢の影は薄かった。背後に檜垣が背中を守るように付き添っている。
「待っていました」
「体調が?」
「…厳しいです」
苦笑いする顔も青黒い。
「痛み止めが効かなくて」
「ただあんたを待つために」
ぼそりと檜垣が唸った。
「この人は入院を蹴ってるんだ」
「…入ってしまえば、もう出られない」
吐き捨てる有沢が光る眼を伊吹に向ける。
「わかっているはずです、あなたには」
「…わかっています」
伊吹はまっすぐに相手の視線を受け止めた。
「始めましょう」
「…伊吹さん…?」
あっけにとられた顔の有沢を通り越し、檜垣に頷く。
「少しでも早く」
「行きますよ、有沢さん」
優しく声をかけた檜垣が支えるように有沢に促す。よろめくように振り返った有沢の体は、一回りも縮んだ気がした。
「奥に部屋を用意している。見てもらう画像は、正直女子どもにきつい絵だ」
階段を数段上がっただけで息苦しそうな有沢に代わって、檜垣が説明してくれた。
「ならば一層見なくては」
吐き気がするほど酷い画像だろう、だからこそもう二度と。
「繰り返させないために」
言い切った美並に檜垣が微かに口笛を吹く。訝しげに振り向く署員が、引きつったように3人を見遣り、それから何事もなかったように眼を背けて行く。
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