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(7月20日(木) 有沢たつき)「石田、顔色が悪いわよ」「ああ、いや……ただの夏バテだから、気にしないでくれ」絶対違う、と鈴が小声で呟いたが、皆聞こえないふりをした。コイツは一護の誕生日以来、ずっと態度がおかしい。あの日は一護のダチ同士がなぜか大喧嘩を始めて、なし崩しに皆追い出されたけど、幾らなんでも何日も引き摺るようなことじゃない。一護も機嫌が悪いから、こっちの喧嘩かもしれない。仮にも付き合っているのに、夏休みにデートの計画一つもないのはありえないだろ。「黒崎君と何かあったの?」みちるが聞いた。誰しも考えることは同じらしい。「別に……何時もの喧嘩だよ」「本当にね。仲良くしてるの見た記憶ないわ」「一年から押してやっと付き合い始めたのに」「……」雨竜は引きつったような笑顔を浮かべた。「何かあるならいいな、あたしが一護に伝えてやるから」「ありがとう、でも、黒崎にはちゃんと言いたい事を言ってやるから、大丈夫だよ」「確かに遠慮ないよね」皆笑ったが、あたしは笑えなかった。
2007年05月14日
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(7月16日(日) 茶渡泰虎)「そんな話を誰が聞きたいというんだ。僕は断固反対する」「あたしはこの際、井上さんの気の済むようにさせてあげたほうがいいと思いますけどね。まあでも、今回は石田さんの意見を優先すべきでしょうね」「……そうしてください」「でも意外ですよ。石田さんは井上さんの気持ちより、他の人の気持ちのほうが大事だったんですか」「え……」そう切り返されるとは思わなかったんだろう。石田は凍りつき、オレは石田を引き摺るようにして一護の家に送って行った。月曜、一護と石田はそれでも学校に来たが、井上は休みだった。休みのまま夏休みに入った。
2007年05月13日
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(7月16日(日) 茶渡泰虎)「これが目的ですか?」石田は真っ青な顔で浦原さんに詰め寄った。一護は「荒れすぎて危ない」と地下に閉じ込められた。井上もどこかに連れて行かれた。オレと石田は、今後の段取りを聞けば帰れるはずだが、石田にはおとなしく帰るつもりなどないようだ。「目的?」ちゃぶ台の上で茶が湯気をたてている。石田も頭から湯気を立てて怒っているが、浦原さんは全く気にならないようだ。「この騒動、井上さんが黒幕だということはかなり前から気付いていたんでしょう?それを今まで放っておいたのは、彼女の能力を見極めるためですか」「そんなに怒らないで下さいよ」浦原さんはけろりと言った。「貴方はまだいいけれど、井上さんや茶渡さんの能力は、原理すらはっきりしてませんからね。管理できるときに暴走させられるなら、むしろ願ったりです。あたしが知らないところでやられたら、フォローのしようがありませんだからギリギリまで待って、彼女を追い詰めてから問題と直接対決させたんですよ。もっとも、一日遅れていたら黒崎さんは殺されていたかもしれませんね」「……井上はどうなる」オレは、終わったことよりこれからが気になる。浦原さんは帽子の上から頭を掻いた。「そうですね、丁度夏休みですし、四番隊に入院して精神状態をチェックして貰いましょうか。自覚に乏しかっただけで重度の鬱状態ですよ、あれは。夏休みのうちに完治して戻ってこられれるようなら良し、間に合わないようなら、能力を封じるのが彼女自身のためかもしれませんね」「能力を……」オレと石田は顔を見合わせた。「ちょっと確認したいんですが、お二人とも、これからも井上さんと虚退治するつもりですか?黒崎さんはどうです?彼女一人では出来ないでしょうし、する気もないでしょうね。だったら、能力なんかないほうが諦めがつくじゃないですか」「……」確かにその通りだ。オレは、井上の気持ちもわかるから、被害者の石田が許すと言えば許してもいいと思う。石田は、彼女を恨む感情が弱い。だが、(井上にとって)肝心の一護が、井上にこれほど悪印象を持ってしまってはどうしようもない。「後、もう一つ問題がありましてね……他の人たちになんて説明するか」石田が仰け反った。「それこそ、記憶を書き換えてなかったことにすればいいじゃないですか!」「いや、井上さん自身が、どうしても迷惑をかけた皆さんに謝りたいと言ってまして。本当のことはとても言えませんから、人格障害とでもでっちあげますか」「で、でも……」「本当は、彼女が少し落ち着いてからのほうがいいですけどね。後々の人間関係を考えると、爆弾宣言をやってから夏休みを挟んだほうが、双方頭が冷えていいでしょう」「僕は反対だ!」石田が吠えた。
2007年05月12日
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(7月16日(日) 茶渡泰虎)井上の話は何時も要領を得ない。平時は誰も気にしないが、今日ばかりは本当に参った。浦原さんから召集がかかったのは、朝の六時だった。それでも、オレが一番最後だったらしい。昨日と同じ服のままの井上は、必死な表情で石田に謝り続けた。が、逆上しているのか眠いのか、何を言いたいのか全くわからず、石田と一護が宥めすかしたり、突っ込んだりでこちらも必死だった。だが、話が進むにつれ効き返すことが減り、だんだんと石田の顔色が悪くなっていった。井上の話を繰り返すのは辛いが、一護の言葉に比べればまだ痛くはない。多分、これほど怒っている一護をみた事はない。多分、名前も覚えていない級友や、虚がこれと同じ告白をしても、この半分もたかぶらなかっただろう。それくらい凄まじかった。一護の怒りは正当だ。仲間から、こんな話を聞かされるとはオレも思っていなかった。一番衝撃を受けたのは石田だろう。一護のあまりの剣幕に井上を背に庇い、それでも怒鳴り返すことも出来ないほど消耗しているのがオレにもわかる。オレは一護が暴力に訴えたときに備えていたが、幸いそれだけはなかった。井上は、ただ黙って俯いている。
2007年05月11日
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(7月16日(日) 黒崎一護)「起きろ黒崎!」「のわーっ!」朝っぱらから殺気混じりの霊圧をぶつけられたオレは、ベッドから転がり落ちた。確かに親父のプロレス技より効いたが……。心臓麻痺でも起したらどーすんだ。「人起す前に着替えろ!いや、その前に今何時だおい!」「格好なんてどうでもいいよ!どうせ君だし!いやそれより、君、ちゃんと井上さんのところに行ったか?」「あ」忘れてた!オレの顔をつくづく眺めた石田は、黙って弓を構えた。「落ち着け!大体てめえのせいだろうが」「どうして僕のせいになるんだよ!」勝手に出て行こうとするから、押し問答になったんだろ。石田だってかっとなって井上のこと忘れてたし。いや、その以前に、声なんかかけられなきゃオレはそのまんま学校に行ってた!下手に言い訳すると本気で殺されかねねえ。「今から行ってくる。着替えるから部屋から出て行けよ」「人前で着替えるのが嫌なのか?意外と神経質なんだな」「いいから出てけー!」石田を部屋から追い出すと、オレは大急ぎで着替え、なるべく静かに階段を降り、玄関のドアを開けた。「やあ、おはようございます、黒崎さん」オレはドアを閉じた。「ちょ、なんですか、つれないですねえ」「喧しい!今何時だと思ってるんだ!」ドア越しに浦原さんと言い合う。「えーと、そろそろ五時?ラジオ体操にはちょっと早いですね」「うるせえ。用があるんだよ。後にしてくれ」「井上さんのことでお二人にお話があるんですけど。それでも駄目?」「井上?」オレはぎくっとなった。浦原さんの霊圧に気付いたのか、石田もやってくる。「黒崎はゆうべ、井上さんの呼び出しをすっぽかしたんですが、その件ですか?」わざわざチクるな。「そうなんですか?じゃあ本当ギリッギリでしたね」「ああ?」「行かなくて良かったですよ。どうせ誰もいませんしね」オレと石田は顔を見合わせた。
2007年05月11日
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(7月15日(土) 井上織姫)23:30。あたしは朽木さんに憧れていた。朽木さんになりたかった。成り代わりたかった。「花の王」、牡丹になれないのなら、せめて「花の宰相」、芍薬になりたかった。牡丹の後を継ぐように咲く、牡丹に似た花になりたかった。だからあたしは、自分の中に朽木さんを作ろうとして、芍薬を作った。自分の姿で。だが、あたしの不安定な心は、芍薬の半端なコンセプトを木っ端微塵にし、あたしにはない強さだけが残った。歪んだ強さだけが。あたしのことが嫌いだと芍薬は言った。そんなの大した問題じゃなかった。芍薬が一番嫌いなのは自分だった。あたしそっくりの形と、歪な気丈さと、なんの意義も見出せない使命しか残っていない、虚しい残骸。漸く捕えたその姿は、やっぱりあたしによく似ていた。「織姫」芍薬もあたしを見つめていた。「あたしを拒絶するの?」そう言いながら、逃げも隠れもしなかった。ああ、やっぱりあたしよりも強いんだ。「ごめんなさい」理想のあたしになるはずだった貴方。「ごめんね」咲く場所を選べなかった貴方。「……ごめん」あたしと同じ体温を持つ貴方。「……私は、拒絶する」
2007年05月10日
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(7月15日(土) 井上織姫)23:30。壊れた牡丹と勝ち誇ったように笑う芍薬を見比べて、あたしは漸く、何かを掴んだ気がした。「……ごめんね、芍薬」「あれ?今更どうしたの?」「芍薬はフェアだった。フェアじゃなかったのはあたしのほう」芍薬はぽかんと間の抜けた顔になった。「何、それ?」「あたしは、汚い仕事をさせるためにあなたを咲かせたわけじゃないわ」「何言ってるのよ!」芍薬は本気で怒っているようだった。忘れていたのは芍薬も一緒だった。あたしがどれだけの犠牲を彼女に強いたのかが、悪魔のような顔に現れていた。虐待された子供がどんな顔をしているのかというと、鬼のような顔をしているのだという新聞記事を思い出した。「自分で手を汚すことなら出来た……あたしはただ、いざという時、責任を誰かになすりつけたかっただけなのよ!」そうだ。自分でも信じられなかったのに、口にしてみたら、何だか全部、すとんと腑に落ちた。あたしはいつも人のことばかり気にしていた。人に嫌われるのが怖かった。だから嫌なことをされても怒らず、嫌な展開になっても知らん振りで、自分のイメージだけを守ろうとした。溜まった憤懣は、芍薬が眠る世界を破壊し尽くした。全て、自分を管理できないあたしの責任だった。芍薬。あたしが彼女を掴み取れないのも当然だった。あたしは、汚れ役を押し付けるために芍薬を望んだわけじゃなくて、結果的にそうなっただけだった。それは名前を見ればわかる。芍薬。あたしにそっくりの花。あたしの本心を、彼女の全てが現していた。
2007年05月10日
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(7月15日(土) 井上織姫)23:00。「こんなところ大嫌い」芍薬が愚痴るように言った。「何時の間に、こんな殺風景になっちゃったんだろ」芍薬の右手が、何かを掴みだした。お花。すみれ。すずらん。さくらそう。つゆくさ。きく。たんぽぽ。手当たり次第に捩じ切っていく。芍薬の手の中で散って萎れて枯れて、後には何も残らない。あさがお。おみえなし。ふくじゅそう。ひなげし。ぼたん。こすもす。「チャド君はどんな花かな。ねえ、考えたことあったっけ?」「やめて!」何がしたいの。何が言いたいの。露草(石田君)もたんぽぽ(黒崎君)も牡丹(朽木さん)ももうぐちゃぐちゃで、他の花と交じり合って区別もつかない。もうやめて。ただの当てこすりならやめて。これ以上滅茶苦茶にしないで。外の世界まで破壊しないで!「此処をこんなにしたのは織姫でしょ?」芍薬が言い返した。「あたしの……せい……」芍薬の言うとおりだろう。あたしの中はあまりに荒廃している。こんな場所で、まともな花が咲くわけない。芍薬はまた花を一掴み引き摺り釣り出すと、ぱっとばら撒いた。花びらも葉もうてなも全部散って、上下もよくわからない闇に点々と零れる。手近の花弁を拾う。牡丹だ。朽木さんだ。あたしは、どうしてこれが朽木さんだと思ったんだろう。一片の花弁には、美しさの名残はあっても、力強さも高貴さも感じない。なんだか可哀想で、あたしは少し泣いた。泣きながら、牡丹のことを考えていた。朽木さんのことを考えていた。……後から思い出せば、この瞬間だけは、たんぽぽのことも、露草のことも、あたしの頭の中から消えていた。
2007年05月09日
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(7月15日(土) 井上織姫)23:00。「芍薬!」あたしは手を伸ばしたが、なぜか掴むことは出来なかった。少しだけずれている。芍薬が笑った。「駄目駄目、織姫。ちゃんと見なくちゃ」「だ、だったら、じっとしててよ……」「あたしはじっとしてるよ。織姫って本当、お間抜けさんだよね」あたしと同じ顔が楽しげに笑っている。あたしはじたばたしすぎて、もう息が上がってる。はあはあと息を吐きながら、芍薬を睨んでやる。あたしは芍薬を捕まえなくちゃいけない。これ以上芍薬を放っておいたら、何時か、彼女は黒崎君を殺してしまうだろう。あたしの身代わりとして。……だから、落ち着くのよ。浦原さんは、芍薬は簡単に消せると言った。あたしが芍薬の実体を掴んでいないとも言っていた。あたしは多分、芍薬を見損なっている。ちゃんと彼女を見ないと……。「芍薬、貴方はあたしを守るためにいるのよね?」「うん。織姫の花は全部そうだよ」「じゃあどうしてあたしが結局困るような真似をするの?どうして言うことを聞いてくれないの」「だって、織姫のこと嫌いだもん」芍薬は真顔で言った。「何で?あたしを守るための花が、あたしを嫌いなんて、そんなことがあるの?」「あるよ。織姫がそう願えば、そうなる。あたしは本物の花じゃなくて、織姫のイメージの花だから」「あたしが……願った……」あたしは何を願ったんだろう。何を願って、芍薬を咲かせたんだろう。
2007年05月09日
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(7月15日(土) 井上織姫)22:30。ああ、よかった。織姫が来てくれて。これなら間に合うかもしれない。たんぽぽを摘みにいけるかもしれない。織姫の心に深く根付く、あの忌々しい花を。嫌いな人から離れられない。嫌いな場所から離れられない。離れられない。何故離れられないのかあたしにはわかんないけど、織姫が素直に逃げてくれない以上、あたしは織姫を守って戦わなくちゃいけない。だってあたしは。「もう止めて」あたしと同じ顔が言った。「それはあたしの望みじゃない」あたしが嫌いな顔が言った。「これ以上壊してしまわないで」あたしが嫌いな女が言った。ああ、どうしてあたしたちは同じ姿をしているの。どうして織姫は、あたしを自分とそっくりの形にしてしまったの。馬鹿みたい。猿轡もされていないのに、何も言わない芋虫みたいな子。大嫌い。もう、たんぽぽなんか摘んでしまいたいの。終わりにしたいの。温かい土の中で眠っていたいの!「あたしの話を聞いて!」魂の篭らない言葉が空に散って大気を汚している。
2007年05月08日
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(7月15日(土) 井上織姫)22:30。ここは、とても、暗い。ここにはなにもない。熱も、音も、風も、匂いもなにもない世界に、あたしと芍薬だけがふわふわと浮いている。ここは、あたしの中なんだろうか。これが、あたしなんだろうか。ここは、真空の宇宙だった。一片の光も差さない星空だと思った。全て破壊され尽くした後の世界だった。
2007年05月08日
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(7月15日(土) 井上織姫)22:00。「釘を刺させて貰いますが、貴方に逃げ場なんてありゃしません。特に、漫画の二重人格ものによくある、「自分が死ねばもう一人も死ぬ」はやめてください。貴方の能力はどういう仕組みになっているかまだ全くわかっていないんです、最悪、貴方は死んでも芍薬は「これで自由になった」と思うだけかもしれない」「う……」吐き気を覚えて、あたしは口を押さえた。何となく、そうなりそうな気がする。あたしが死ねば、芍薬は「井上織姫」として生きていくだろう。悪意と悪をばら撒きながら。もういないあたしを守るために。「唯一の救いは、芍薬の思いつくことは貴方の思考や知識の範囲を踏み越えないことですが、それだってあくどい参謀がいれば済むことです。……たとえばあたしなら、幾らでも最悪のシナリオを書くことができますよ?勿論、芍薬に出来る難易度で」「え?」ちょっと待って。何を言うつもりなの。浦原さんは笑いながら言った。「そうですね、黒崎さんを殺して虚にして、石田さんに滅却師して貰うのはどうです?滅却してしまえばソウル・ソサエティにも行けないから朽木さんに取られることもない。石田さんは、自分が消したんだから自分のものだと主張することはないでしょうしね。どうせ自分の物にならないなら、なくなったほうがましかもしれませんよ」「…………」浦原さん、それ、芍薬はもう思いついていたかもしれない。だってあたし、滅却されたいとずっと思ってた!
2007年05月08日
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(7月15日(土) 井上織姫)22:00。「貴方を、芍薬と同じ領域に放り込んで対決させられれば早いんですけど、8割がた負けるでしょうね」「あたしのほうが弱い?」浦原さんは大真面目な顔で、「弱いというか、端から負けてますよ。あんなの、一言「消えろ」と言えば消えるはずなんです。元々井上さんの代わりに問題に立ち向かうための影武者だ。貴方自身が相応の覚悟を決めれば、万事OK。……の予定だったんですけど」あたしを冷ややかに見据える。「井上さん。貴方、まだ何か隠してません?」「え……」「貴方は黒崎さんの関心を奪われたことで石田さんを恨んでいた。思い通りにならない周囲に苛立っていた。振り向いてくれない黒崎さんにも、振り向かせられない自分にも不満があった。此処まではわかります。此処までは肯定するでしょ?」「………………はい」……なんて痛いんだろう。なんて汚いんだろう。どうしてこんなことを認めなくちゃいけないんだろう。「あたし……芍薬に汚れ役を押し付けたことが申し訳なくって、それで」「それで?」それで……なんだろう。摘んでしまうのが可哀想だとでも思うの?これからも汚れ役を引き受けて欲しいの?ううん、違う……気がする。「あたし、もうこれ以上芍薬に酷いことをして欲しいとは思わない」「はい」「摘むのは可哀想だけど、出来ると思う……自分と同じ顔なんて、怖いというか気持ち悪いし」「そうですか」「でも……なんていうか……」ああ、じれったいな。「出来ると思って手を伸ばしても、なんだか空振りで」「空振り」浦原さんはふむ、と考え込んだ。「実体を掴んでいないということですか」「そう……かも」「本っ当弱いですね、貴方」声音がいきなり変わって、あたしはぎくっとなった。「此処まで来て問題回避ですか。もういい加減にしてくださいよ。これまで大事故が起きなかったのは標的が手強かったからで、ただの女の子だった場合には一体どんなことになっていたか、貴方ちゃんと理解出来てます?最悪どうなったか、自力では想像できないんですか?だったら教えてあげますよ」「う……」聞きたくない。そんなシナリオ。
2007年05月06日
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(7月15日(土) 井上織姫)22:00。「困りましたね」浦原さんが笑って言った。「ご、ごめんなさい」あたしはひたすら頭を下げた。あたしは芍薬をどうにかすることができなかった。どうしていいのかわからなかった。芍薬はあたしの中に戻っていった。「わかっているでしょうが、今のアナタを放っておくわけにはいきません。芍薬を枯らすまでうちから一歩も出ないで頂きます」「は、はい」「雨をつけておきます。お風呂もトイレも寝るのも一緒。24時間監視させてもらいます」「……はい」仕方がない。あたしには、芍薬の出入りさえわからないんだから。
2007年05月04日
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(7月15日(土) 黒崎一護)22:00。「オレは……」言わせるなー!いや、言わなきゃ五回転生しても何も始まらないと解っちゃいるんだが。解ってるんだが!「何が言いたい、黒崎」「……」声が喉に詰まる。ポカリかなんか飲みたい。「……あのな、」「しっかりせんか甲斐性なし!」びしっ。突然の駄目出しに、石田が固まった。「待っていたら美人は落とせないと言ったろうが!まして石田の家系はプライドが高い!拝み倒すか、いっそ押し倒せ!」「……」うああ。なんてこといいやがる。こんな男の何処がよかったんだお袋!「……帰る」何時の間にか背後に立っていた髭達磨を一瞥もせず、石田は顔を引きつらせて宣言した。「待て!せめて明日まで待て!」「断る」「何故一生いてくれと言わないんだ一護!」「誰が言うかーっ!」さっきまでの、双方頭に血が上った状態なら、言えたかもしれないが!この状況でどうしろってんだよこの馬鹿親父!
2007年05月03日
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(7月15日(土) 黒崎夏梨)22:00。「うわ、どうしよう、もめてるよ」遊子が、困ったような嬉しそうな声で言った。一兄と雨竜ちゃんがいるのは一階だ。でも二階まで声が筒抜け。こんな夜更けに何やってんだあの二人は……。ヒゲは多分盗み聞きしてんだろうけど、あたしはその必要性すら感じない。「もてるんだね、お兄ちゃん」ああ、それで喜んでるのか。「もてたって付き合うのは一度に一人が限界だろ?大体それで本命と喧嘩になったらしかたないじゃん」「雨竜ちゃんて意外と焼餅焼きなんだね」「いや、あたし、見るからに焼餅きつそうだと思ったよ」「あたしはもっとクールかと思った」クールねえ。別にいいけど。織姫ちゃんに対する思い入れの強さには、どーも寒気がするほどだ。しかし。うーん。織姫ちゃんが部屋に入ったのを誤魔化そうとした理由が、雨竜ちゃんの言うとおりなら、あたしはただ、場を混乱させて皆に嫌な思いをさせただけなんだろうか。
2007年05月03日
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(7月15日(土) 石田雨竜)22:00。何で僕が井上さんと黒崎の橋渡しをしなくちゃならないんだ。人生ってどうしてこう理不尽なんだ。井上さんが何時も何処を見て何を考えているか、どうして気付かないんだこの鈍感男!「だからそんな話聞いたことねえよ」「気がついたって彼女を差し置いていえるかー!いや、プロムの時随分水を向けたぞ僕たちは!」「あんな喧嘩腰で何がわかるってんだ!」「わかるよ普通!」ああそうだ、コイツはただ、男友達の代表として声をかけられたとしか思わなかったんだった。彼女は君でなければ意味がなかったのに。僕が通常の状態でもきっと声をかけてもらえなかったのに!「とにかく早く行って来い。言って一言「はい」と言え。他の返事は認めない」「勝手に用件を決めるなあ!大体今のこの状況でオレを口説くわけねえだろ」「どんな状況だよ」黒崎はたんぽぽ頭を掻き毟った。「……オレは今お前と付き合ってんだろうが!」「はあ?そんなのただのお芝居じゃないか。彼女は今の状況をよく知っているよ。だからこそ、僕に遠慮する必要はない」「だ、だからって井上と付き合う義務はねえ!」「義務はないが義理はある。大丈夫、付き合ってみれば情が移るものだって師匠が言っていた」「だからって押し付けるな!」「井上さんの何が不満なんだ!」「不満があるのは井上じゃなくてお前だ!」「……じゃあいいじゃないか、心置きなく彼女と付き合いたまえ!僕はこの話にけりがつくまで朽木さんに匿ってもらうから心配しなくていいよ」「そういうこといってんじゃねえ!」「だったら何が言いたいんだ」「だから、その、オレは……」鬼の形相で怒鳴りまくっていた黒崎が、苦々しげに何か言いかけた。
2007年05月03日
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(7月15日)22:00。「黒崎?こんな時間に何処に行くんだ」玄関先で声をかけられ、振り返ったオレは、多分露骨にキョドってたと思う。石田はもうパジャマで、髪が濡れている。後五分早ければ、多分逃げられただろう。「虚はでていないようだけど」「あー、ちょっと……」コンビニに、と言いかけて、別に言い訳する必要がないことに気がついた。「これが机の上に置いてあった」「……」石田は顔色も変えずに手紙を一読すると、「呼ばれたのは君一人か」と突っ込んできやがった。うーむ。「そりゃ、お前を呼び出すのはまずいと思ったんじゃねえの?てめえが疑われているかどうか確認するだけなら、オレ一人で十分……というか、オレが多分一番顔色読みやすいだろ」「……この文面を読んで、そんな話だと解釈する君の国語力を疑うね」石田は冷ややかに言った。「どう考えても告白の呼び出しだよこれ!」「はあっ?」この非常時に何考えてんだコイツ?「この手紙、何処にあったって?」「机の上」石田はメガネに指を当て、「僕が部屋に入った時にはあったかな……」勝手に思考モードに入るな。さっぱり解らん。「待て。ちゃんと説明しろ」「もし井上さんがこの手紙を置くために君の部屋に入ったんだとしたら、夏梨ちゃんに問い詰められたとしても、簡単に認めるわけにはいかなかったかもしれないってことだよ」「……」つまり、やっぱり井上が嘘をついていた、でも犯人じゃないってことか?「確かに、「井上のそっくりさんが犯人」よりわかりやすいが……井上がオレに告白ってのも、話ぶっとび過ぎだろ」「どうしてだ」石田はやけに苛々してやがる。「彼女はどう見ても君に好意を持っているだろう?」「好意持ってるのと恋愛は違うだろ」「……認めたくないが恋愛感情だと思うよ」「そんなん仄めかされた記憶もねえ」「はっきり言われなきゃ解らないのか君は!」「何も言われてないのに「こいつオレが好きなんだな」ってどんだけイタイ奴だよオレは!」「多分気付いてないのは君だけだ!」オレたちは睨みあった。
2007年05月03日
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(7月15日(土) 黒崎一護)22:00。「内緒でお話があります。屋上で待ってます。お願い!どうしても二人きりで話したいの!」やっべー。オレは頭を抱えた。オレは井上のことを忘れていた。もとい、「たつきたちがいるから大丈夫だろ」と思っていた。思おうとしてた。今日までのオレの優先順位は、一に石田、二にたつきで、それがいきなり遊子と夏梨が先頭に飛び出してきちまったせいで、全く井上のことはほったらかしだった。そこまで頭が回るかよ、なんて言ったらたつきとルキアにボコボコにされるだろう。オレたちは今のところ井上を疑っていないが、井上は多分、オレたちが自分を疑っていると思ってる。だからオレを呼びだしやがったんだ。この手紙には時間の指定がない。井上はその辺馬鹿だから、オレが行くまで、多分朝までだって待っているだろう。たつきの家に戻らないのは、オレがすぐに来ると思っていたからだったのかよ!オレは慌てて部屋を飛び出した。
2007年05月02日
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(7月15日(土) 黒崎一護)20:30。「え、織姫ちゃん?……来てないよ」電話口で夏梨が、不機嫌そうな声を出した。何時もより乱暴に受話器を置く。「誰だ?たつきか?」「たつきちゃんのお母さん。織姫ちゃん、今日泊まるって言ってたのに、ふらっと出て行って戻ってこないんだって」「……井上さんなら、スーパーで会ったよ。浦原さんに、強引に夕飯に御呼ばれしていた」台所から戻ってきた石田が答える。「そうなのか?だったらたつきんちに連絡すりゃいいのに」「そうだね。……まあ、単に忘れたんじゃないのかい?」「……」「……」遊子と夏梨が、なんかアイコンタクトを取っている。うわ、まずい。こいつら、井上とろくに喋ったこともねえし、思いっきり疑っているからな。「そ、そうだ遊子ちゃん、デザートを作らないかい?」「え?今から?」「冷蔵庫に葡萄があっただろう?あれでフリッターを作ろうと思うんだ。15分くらいで出来る」「作る!」……井上といい、女ってどうしてこう食い意地が張ってるんだ?「後、バナナとかないかな。黒崎は、たつきちゃんの家に折り返し連絡してくれ」「一兄、コンビニでバナナ買って来て」「わざわざかよ!」「プルーンでもいいよ」そんなこんなで部屋に戻る暇がなかった俺は、10時過ぎまで井上の置手紙に気付かなかった。
2007年05月02日
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(7月15日(土) 黒崎一護)20:00。貧乏性というのも中々役に立つ特性かもしれない。夕飯の買い物ついでにひまわりソーイングに寄ったという石田は、駄目になった浴衣をあっさりばらすと、揃いの巾着を作った。おかげで飯は遅れたが、夏梨たちの機嫌が良くなったのは、マジで助かった。「共布で、お財布とか作ってあげるよ」「雨竜ちゃん大好き!」遊子の奴、オレの妹とはおもえねー調子の良さだな。やっぱ、「雨竜ちゃんは良良妻賢母タイプだねえ」とか言って石田の顔を引きつらせている親父の血を濃くひいてんのか。考えたくねえけど。夏梨はクールだから石田と程よく距離取ってるけど、遊子のほうはもうべったりで、お前は誰の妹だって感じだ。……これについてはよく考えるとなんだか怖い結論に行き着きそうだからやめとく。丼(豚肉と卵と韮を濃い目に味付けた奴。スタミナ丼か?)を行儀よく食べていた石田だが、遊子の「今日、お風呂一緒に入ろうよ!」には思いっきり噴出した。……オレも噴いたけど。「し、失礼」飯時に粗相なんてしたことなかったんだろう、石田は慌ててテーブルを拭いている。「この歳になって何甘えてんのよ」「えーっ、たまにはいいじゃない」いや、よくないっ!「ぼ、僕、一人じゃないとおちつかないんだ、ごめん」「風呂くらい一人で入れよ」これが井上かルキアなら、事情を知っての上だからオレも何もいわねえ。だが、遊子や夏梨やたつきと混浴は問題があるぞ石田!…………コイツたつきんちから朝帰りしてたっけな…………。たつきと混浴はまあないだろうが、泊まりっぽい荷物は持ってなかった、気がする。……寝巻きと下着はどうしたんだ?あいつんち客間ないし。いや、事情を聞いても殴りたきゃ殴るたつきはまだいい、遊子の場合は当人も周囲もフォローのしようがねえ!「駄目だぞ遊子、お風呂はお付き合いも最終段階に入ってからだ!絶対一護はそこまで行ってな」「子供相手に何抜かしてやがる!」もういいから石田帰れよ、と言いたくなるオレは冷たい奴だろうか。
2007年05月01日
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(7月15日(土) 井上織姫)20:00。どうしよう。自覚してなかったとはいえ、これじゃあたしがやったのと変わらない。……あの頃、あたしは随分落ち込んでいて、いっそ死にたい、死んで滅却されて消えてしまいたいと毎日思っていた。芍薬は多分、それに気付いて、表に出てきたんだろう。自傷を外傷に反転させた。結局はそれだけのことだった。芍薬は多分、他の人がいないときにあたしから離れ、戻ってきたんだろう。でも、あたしはそれに気付くべきだった。何故気付かなかったの……それとも、見ないふりをしていたの?あたしに都合が悪かったから?浦原さんがあたしの肩を叩いた。「もう結構。聞くだけのことは聞きました。後はお願いします」「う、うん」どうしたらいいんだろう。どうしたら、彼女を枯らすなり、抜き取るなりできるんだろう。あたしと同じ顔が、別に責めるわけでもなくあたしを見ている。
2007年04月28日
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(7月15日(土) 井上織姫)20:00。「芍薬さんですか。いい名前ですね」「そうかなあ。もっと可愛い名前が良かったのに」あたしは頬を膨らませた。「あたし、鎮痛剤なの」「なるほど」猫はぽん、と手を叩いた。「井上さんの痛みを消す花ですか」「え……」未だに状況が飲み込めない織姫が、猫に尋ねた。「花って?」「六花と同じですよ。アナタが生み出した、アナタを守る花です」「ええ?だって、全然違う」「確かにほぼ別物ですね。アナタと同じ姿で、自動的に行動し、一般人にも見えるし触れられる。ただ、特別な能力はないでしょ?」「うん」残念だけどね。「一年前には芽吹かなかった、ひょっとしたら一生休眠したままだったかもしれない花、それが彼女だ。本当、そのままおとなしくしていてくれたらよかったんですけどね」「仕方がなかったのよ」うわ、この人にだけは言われなくなかったな。「織姫、ほっといたら何始めるかわからないし」「だからあんなことをしたんですか?」うーん。「織姫が読んだ本の手口を真似してみた」「なるほど、そんな感じだ。……でもね、アナタ、上手くないですよ。もっともーっと悪い状況になったじゃないですか」「そう言われても……あたしは織姫を基礎に出来てるから、織姫の能力以上のことは出来ないし、織姫より頭がいいわけじゃないわ」「ああっ、なんだか酷いことを言ってますね!」猫はけらけら笑っている。足元で芋虫が蠢いた。ああ、いたよね、うん。「何故彼を巻き込んだんです?」「別に……織姫の後をよくつけてたから、邪魔になったら困るなって思って話し掛けたの。そしたら喜んで、何でもいうこと聞いてくれるっていうから、石田君何とかならないかなって相談したわけ」「あー」猫は天井を仰いだ。「噂捏造は彼の手柄ですか。どうりで井上さんにしてはあくどいと思った」「石田君強いから無理だったけど」「成功してたら大騒ぎでしたよ!それに、成功したところでアナタの思い通りにいったかどうか」「うん、途中で気がついた」猫は、今度は頭を抱えて座り込んだ。「覚悟はしてましたが、本当無茶苦茶ですね!浴衣を切ったのは何故です。あれで井上さんは随分酷い目にあいましたよ?」「最初は、縫い針の一本でも刺しとこうと思ったの。石田君の失敗に見えるでしょ?でも遊子ちゃんと夏梨ちゃんの浴衣を作るなんて、石田君も結構あざといと思って……やっちゃった」「……」猫は織姫の肩を叩いた。「もう結構。聞くだけのことは聞きました。後はお願いします」「う、うん」織姫は、なんともいえない顔であたしを見ていたが、それでも頷いた。
2007年04月27日
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(7月15日(土) 井上織姫)20:00。「なるほど、完全な自動式ってわけじゃない。井上さんが精神的にぶっ飛ぶと強制的に引き摺りだされるってわけだ」猫がにやにやと笑ってる。織姫はあたしを見て凍り付いてる。困ったな。たつきちゃんに、「織姫はすぐ戻る」って言っちゃったんだけどな。ひょっとして夕ご飯用意してあるかもしれない。黒崎君も待ってるだろうな、連絡取り直したいな。でも障子の向こう側には従業員の気配がするし、多分結界も張ってあるだろう。うーん、どうしよう?「お嬢さん、お名前は?」「あたし?……芍薬よ」ただの自己紹介に織姫がうめいた。
2007年04月27日
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(7月15日(土) 井上織姫)18:00。浦原さんの後をとぼとぼとついていく、あたしのテンションはもうどん底だった。なんというか溜息もでない。ああ、もう黒崎君ち行けない……。せっかくご飯食べさせて貰ったのに、空気を重くしてしまって申し訳なかった。変わりに食器を洗っていたら、浦原さんに奥に呼ばれた。「なんです……か……」畳の上に、縄でぐるぐる巻きにされていたのは、マックで会ったあの男の子だった。そういえば忘れてた。「あ、あの、この人は……」思わず指指すと、てっきり気絶しているのかと思っていた人が暴れ出した。「ああ、10日前石田さんを襲おうとして、有沢さんに邪魔された人ですよ」「ええ?」そんなの聞いてない。10日前……確か、たつきちゃんが石田君を呼び出した日だ。次の日にはやけに仲良くなっていて、驚いたっけ。「おや、聞いてないんですか?黒崎さんや茶渡さんは知ってますけど」知らないのはあたしだけ?「きっと、貴方には心配かけたくなかったんですね」多分、そうだろうな。だけど。なんだか。……なんでだろう。「一度捕まえたんですけど、警察に引き渡すのを躊躇ったせいで、逃げられたんだそうです」「そう……なんですか」芋虫のように這っている相手を見下ろす。芋虫も何かいいたげにあたしを見ている。別に猿轡もされていないのに、どうして何も言わないんだろう。馬鹿みたい。……ああ、人を芋虫みたいなんて思っちゃ駄目だ。たとえ、石田君とたつきちゃんの敵でも。「……鏡」浦原さんが、笑いながら言った。「なんであたしが、あんなことしたと思います?」「え?」「ああされるとね、自分の顔がよく見えるんですよ」何時見ても笑っている、この人はまるでチェシャキャットのようだ。だから夜一さんが連れ合いなのか。「貴方、自分の顔をどう思いました?」「……あたし」あたし。あれは。悲鳴をあげたくなるような。あたし。あれは。思わず隠したくなるような。「…………」あれは。あれは、悪魔の顔だった。
2007年04月26日
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(7月15日(土) 井上織姫)17:30。あたしの顔がそこにあった。あたしは思わず大声を上げてへたり込んだ。「井上さん?」石田君が気付いて駆け寄ってきたが、あたしはとっさに顔を隠していた。「これはこれは、石田サンもおいででしたか」「……浦原さん。これはなんですか?」「いやあ、ただの悪戯ですよ。今度は貴方に試してみたいので教えません」「相変わらず悪趣味な……」石田君は一つ舌打ちすると、屈みこんであたしの様子を見た。「大丈夫かい、井上さん」「う、うん、驚いただけ」悪戯なんてレベルじゃない。ただ、振り向きざまあたしに鏡を突き出しただけだ。……驚いたけど。やだなあ自分の顔見て悲鳴あげるなんて。「おや、遊子ちゃんもお買い物ですか。今晩のメニューはなんですか?」「えーと、まだ決まってない……雨竜ちゃんが、売ってるものを見てから決めようって言うから」今度は、石田君があたしから目を逸らした。そうか、夕ご飯も石田君が作るのか……。「おや今夜もお泊りですか。楽しそうですねお嫁さんごっこ」石田君はきりきりと眉を吊り上げた。「…………貴方がそれを言いますか……?」「おお怖い。井上さん、よかったら今夜はうちに食べに来てくださいよ」「え?」どういう風の吹き回しだろ、何時もはケチなのに。「さあさ、行きましょ」「あの、ちょっと……」ぐいぐい腕を引っ張られて、仕方ないので石田君たちに手を振った。二人とも振りかえしてくれたけど、遊子ちゃんの顔を見て、あたしは彼女が、石田君の後ろから出てこなかったことにやっと気がついた。
2007年04月26日
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(7月15日)17:30。うわーんしつこい。マックで会った男の子は何処までもつけてきた。駕籠抜けしようとして出入り口が四箇所あるスーパーに飛び込んだら、石田君が買い物しているのを見つけた。助かった……!そっちに歩いていこうとしとして、遊子ちゃんが一緒なのに気付いたあたしは思わず立ち止まった。多分、「黒崎君とお買い物」なら、こんなに動揺しなかったと思う。遊子ちゃんがあたしを見てどんな顔をするかわからなかったし、なんて話し掛けていいのかわからない。駕籠を押しているのは石田君だけだ。「……」一瞬棒立ちになったあたしの肩を、誰かが叩いた。振り向けば、それは。
2007年04月26日
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(7月15日(土) 有沢たつき)17:00。「たんぽぽ 甘い たんぽぽ 苦い たんぽぽ 辛い たんぽぽ 甘い……」「織姫、その歌やめて。気持ち悪い」「あ、ごめん、子守唄のつもりだったんだけど」んな歌で寝付けるか。「……そういえば、あんた、たんぽぽの見分けってつく?」「?ううん」「雨竜から聞いたんだけど、日本たんぽぽと西洋たんぽぽが混じると、見た目は日本たんぽぽ、遺伝子は西洋たんぽぽってのができるんだって」「ふうん。周りに馴染むためかな?」「結局のところ、混じりけなしの日本たんぽぽは殆ど絶滅している。そういうのがおぞましいって、神経質な奴だと思ったけど、今ならわかる気がする」「……」織姫はあたしに覆い被さるように、身を乗り出して、「どうでもいいよ、たんぽぽの中身なんて」「うん、花なんてどうでもいい」あたしはよく動かない体で、織姫を睨みつけた。「けど、それがツレなら、話が全然違ってくるだろ……?」織姫は黙って、あたしの額を冷えピタを張り替えた。どう見ても織姫だ。でもこれが、織姫の形をした、何か他の物なら。たとえ、本物の織姫がもう何処にもいないとしても。……あたしは、こいつなんかいらない。織姫は、寝ているあたしの全身をざっと眺めると背中を向けた。「たんぽぽ、摘んでくる」「はあ?誰がたんぽぽの話をしてたのよ!」「だってこれ、結局はたんぽぽの話だし」「な」「大丈夫。あたし、すぐ戻るから」「待……」「大丈夫だよ」織姫は笑って出て行った。あたしはそれを見送ることしか出来なかった。(注):織姫が歌っていたのは谷山浩子さんの「たんぽぽ食べて」ですが、歌詞間違ってます(笑)。即興の替え歌ってことにしておいてください。
2007年04月25日
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(7月15日(土) 井上織姫)17:00。「あ、あたし。あのね、たつきちゃん頭が痛いんだって。……ううん、大丈夫。おうち黒崎君ちの側だし、あたし今日泊めて貰うから。家の人もいるし。……え、プール?ごめん、たつきちゃんが元気になってから決めようよ。うん、朽木さんも誘って。大丈夫、あたし連絡先知ってる。……心配しないで、黒崎君たちだって、本気であたしを疑ってるわけじゃないみたい。ごめんね、また明日連絡するから。じゃあね、さよなら」
2007年04月25日
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(7月15日(土) 井上織姫)16:30。「あ、あれれ?」やっと席に戻ったら、違う人たちが座ってた。あれ、皆何処行ったんだろう……。今日は厄日。黒崎君のお誕生会にお呼ばれしたのに、酷い事件は起こるし、なんだか疑われるし、間違えて男子トイレに入っちゃったし、男の子に絡まれたし。あんなところでナンパされるなんて思わなかった。おまけに、新しいサンダルが、ちょっと骨にあたって痛い。「織姫ちゃん!」名前を呼ばれたと思ったら、さっきの人だった。どこかで見たような顔だけど思い出せない。同じ学校なのかな。それにしても馴れ馴れしい人だ。あたしはちょっと素っ気無いくらいのほうがクル。皆には後で携帯に連絡することにして、とりあえず逃げよっかな。
2007年04月24日
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(7月15日(土) 黒崎一護)16:30。親父と妹たちを追い出して、傍目にはイタい憶測を並べ立てていたオレたちは、突然のたつきの声に飛び上がった。まずい。ある意味、「井上を締め上げて白状させよう」とかいう話よりずっとまずい。石田は玄関まで、飛廉脚でも使ったのかという速度ですっ飛んでいった。無論オレたちも続く。「た、たつきちゃん?井上さんまで!」「あはは、ごめんね、忘れ物を致しまして」井上が能天気に手を振る。たつきは思いつめた顔で、携帯に話しかけている。「……織姫、あんた、黙って店を出てきたの?」「あ、うん、お財布ないのに気がついて」たつきは黙って井上に携帯を渡した。井上は、今度は携帯に向って謝りだした。「雨竜、あたしたちマックに行くけど、あんたも来るだろ?」「え……」「あらごめんなさい、石田さんは当分我が家でお預かりすることになりましたの!」ルキアはいきなり提案すると、雨竜の腕をがっと掴んだ。んな段取り決めた覚えはねえが、夏休みの間、こいつを向こうにやっとくというのはいい手かもしれねえ。問題は、当人が行きたがるとは思えないってことだが。いや、もう一つ、もっと重大な問題があった。……井上が半泣きになってる。「……一人が怖いなら、あたしんちでもたつきちゃんちでも、なんなら黒崎君ちでもいいんじゃない?」うっ。石田もルキアもたじろいだ。オレもだが。「せっかくの夏休みなのに……海とかプールとか温泉とか、色々計画もあるのに……」うっ。石田が(多分別の意味で)たじろいだ。チャドその他は、こそこそと退散している。て、てめえら……。結局、石田は夏休み中、オレんちに泊まることになった。
2007年04月24日
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(7月15日(土) 有沢たつき)16:30。何故か、どっと汗が吹き出た。「あ、あんた、もう帰ったはずだろ?」「あ、うん、忘れ物して戻ってきたの。ドジだよね、何やっても失敗しちゃう」織姫はへへ、と笑った。何時もの織姫だ。何処にもおかしなところはない。「いこ。皆、駅前のマックで待ってるよ」「あ……」あたしは此処で、自分がどうして戻ってきたのか思い出した。……ついでに、この玄関の何処がおかしいのかもわかった。「雨竜、回収しないと」白いサンダル。織姫が買ったばかりのそれが、何故まだ此処にあるんだろうと思ったんだ。織姫は皆と帰ったのに。「そうだね」靴を脱いだ。上がりながら、織姫が今、一人でいる可能性を考えてた。……ありえない。織姫がここに一人で戻ってくることも、勝手に上がりこむことも、誰かに声をかけて上がったとして、全くスルーされ見張りも見送りもつかないこともありえない。「どうしたの、たつきちゃん?」「いや、連絡しとこうと思って」落ち着け。あんな馬鹿話に影響されてどうする。そう思うのに、気がつけばあたしは、携帯に向って怒鳴っていた。「織姫は?織姫を出して!」
2007年04月23日
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(7月15日(土) 有沢たつき)16:30。どうしたらいいんだろう。織姫はずっとあたしたちと一緒にいた。雨竜に「絶対台所に近づけないで」と言われていたから、殆ど一秒だって目を離していない。でも、「夏梨ちゃんが嘘をついている」とは言い辛いし、大体何故あんなことを言い出したのかもわからない。「ただいま……」靴を脱いで、やっとあたしは雨竜を置いてきたことに気がついた。慌てて取って返し、玄関のドアを開けたところで、雨竜の声が聞こえてきた。みなリビングにいるらしい。「要するに、井上さんが二人いればいいんだよ」……は?大丈夫かこいつ。「本物はリビング。偽者は二階。井上さんの顔をしてればうろついても誰も怪しまないし、皆が集まっている時間にゆっくり家捜しも出来る」「……」このトンデモ理論にあたしは目がテンになったが、討論会場では何故か、感嘆のどよめきが起こっている。おいおい。なんだかついていけないような中に入っていけないような気がして、どうしようかと視線を下に落としたとき、あたしは何か、違和感に気付いた。あたしがこの家から出て行ったのは今から10分足らず前だ。その時にはなかった物が、今、この玄関にある気がする。「……?」何が変なのかわからず、顔を上げたあたしは、間近で声をかけられて仰天した。「あれ、たつきちゃん。迎えに来てくれたの?」それは、先に千鶴たちと帰ったはずの織姫だった。
2007年04月23日
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(7月15日(土) 志波岩鷲)16:00。「たつき。……今日は帰ってくれねえ?もう、あの話蒸し返したくねーんだ」たつきとかいう女が絶句した。雨竜がスリッパで一護を叩いた。「もう少し言い方ってものがあるだろう!」「おお!夫婦漫才の定番だな!」「緊迫感のない突っ込みやめろ!」一護は雨竜より先に朽木に突っ込んだ。一護の妹たちの様子を見ていた花が戻ってきた。「どうだ?」「大丈夫です、かなりショックを受けてますし興奮してますが、それだけですよ。精神的には全く健全です」「そっか」一護の奴、あからさまにほっとしやがった。ざまあねえな。「二人とも非常に安定していて、特に夏梨ちゃんという子は暗示にかかりにくいタイプです。あの子の言うことはかなり信頼できます」つまり、井上のほうが嘘をついているってことか。「まあ、嘘をついているというだけで、井上が悪さをしたとは限らないがな。恋次のいう通り、かなり時間がかかるだろうし、有沢たちが口裏を合わせているとも思えぬ」「……どちらも嘘をついていないということか?」雨竜がぼそりと言った。「ああ?」「「井上さんは部屋に入った」「井上さんは部屋に入らなかった」、どちらも、自分が本当だと思っている通りを喋ったってことだよ。主張するにもかなり覚悟が言ったはずだよ?たつきちゃんだって、夏梨ちゃんを嘘つき呼ばわりできなくて困ってたじゃないか」「どっちか騙されているってことか?」「多分ね」
2007年04月23日
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(7月15日(土))16:00。「あ……」織姫ちゃんだ。彼女の姿を見たのは久しぶりだった。オレから声をかけることは許されていないし、あれだけ派手に失敗した挙句助け出して貰ったのだから、とても我侭は言えない。言われたとおり、学校も休んで、家にも戻らず、ひたすら時機を窺っていた。だが、3食バーガーで、ネット喫茶に泊り込む生活にいい加減参ったところに、当の彼女がやってきたんだ。これはかなり刺激的だった。彼女は全くこっちを見ない。オレが此処にいるのは予想外でもなんでもないので、多分気付いているだろう。何時もどおり取り巻きを何人も連れている。偶然なのか、後で何か指示をくれるのか、見当がつかず俺はただじっと待っていた。
2007年04月22日
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(7月15日(土) 本庄千鶴)16:00。皆、何が一番堪えたって、結局警察が呼ばれなかったことだろう。「あたし、残るから、この子のことお願い」たつきが覚悟を決めた顔で言った。たつきとあたしたちでは、黒崎に対する発言力が桁違いに違う。ヒメについての誤解を解くとしたらこいつしかいない。黒崎の誕生会はなし崩しのように終わったが、結局たつきとうりとチャド、あと何故か朽木さんとおまけ3人も残っていた。……ってあたしたちと小島・浅野の漫才コンビ以外全員じゃない!「もう、ある程度容疑者は絞ってあったのね」鈴が選んだのは、駅前で一番煩いマックだった。誰かの家でもいいのに、わざと第三者がいる所にしたんだろうか。怖いなコイツ。……もとい、怖いのはあたしたちが置かれた立場だ。これでヒメが犯人にされたら、あたしたち共犯者扱い?いや、あたしはヒメとだったら、地獄の底まで付き合って悔いないけどね。「何でヒメが犯人呼ばわりされなきゃいけないのよ!」「誰もそんなこと言ってない」真花がクールに言った。「部屋に入ったか入らないかで、供述に疑問点があるってだけ」「ヒメが入ってないって言ったじゃない!」「それなんだよねー」ポテトを齧りながら、「一番考えられるのは見間違いだけど、あの場で織姫くらい髪が長いのって鈴だけだったし、たつきはTシャツにジーンズ、石田は白ワンピ。無理があるな」小さくなってシェイクを飲んでいるヒメは、レースのついたキャミに、麻のフレアスカートを合わせている。ちなみにこの場の誰とも似ていない。「あ、あのね、実はあたし、黒崎君の部屋の前まで行ったの!それを見られたんだと思う」「本当なの?織姫」「も、勿論だよみちるちゃん」「……織姫」鈴は、じろりとヒメを睨みつけた。「その場凌ぎで、折り合いのいいこと言って誤魔化す癖は辞めなさい。余計話がこんがらがるから」「……」ヒメは、とってつけたような笑顔を浮かべていた。「そういえば、たつきにこの場所教えたっけ?」「え?ああそうね、メール入れておこうか」「織姫遅いね」個人的には、たつきのほうはどうでもいい。ヒメが化粧直しに立ってから大体15分。「一人になりたいんだろ、ほっとてやりなよ」「う、うん……」泣いてるのかな……。ぼんやり考えていたら、鈴の携帯の着信音が鳴った。「たつきからね」「織姫は?織姫を出して!」あたしたちの耳にもはっきりと聞こえた。鈴は携帯を握り、トップスピードのままトイレに駆け込んだ。
2007年04月22日
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(7月15日(土) 小島水色)15:00。「あー、気ィ悪くしないで欲しいんだが」やっと戻ってきた一護が、決まり悪げに言った。「今日、オレの部屋に入った奴、手ェあげてくれ」一瞬、空気がピリッとなったけど、僕、啓吾、石田さん、有沢さん、岩鷲君、花太郎君の六人が手を上げた。後、一護のお父さんと妹さんたち。気の置けない仲なら、別に勝手に入ったっておかしくない。単に荷物置き場にしたのかもしれないし。でも、「……織姫ちゃんも入ったでしょ」夏梨ちゃんがぼそっと言って、皆ぎょっとした顔になった。「え?……ううん、入ってないよ」「嘘。あたし見てたよ」「え?」ぽかんとなっている井上さんの代わりに、本庄さんが言い返した。「ちょっとやめてよ!」「あたし部屋に入ったって言ってるだけじゃん。何で隠すのよ?」「ヒメは入ってないっていってるでしょ?」「どうしてあたしが嘘つくのよ!」「待って、夏梨ちゃん。織姫は今日、ずっとあたしたちと一緒だったのよ。一人になる時間なんて殆どなかったはずよ」「……あたし嘘なんか言ってない!一兄!」国枝さんの切り返しに、夏梨ちゃんがヒステリックな声を上げ、一護は顔をぐしゃぐしゃに歪ませた。「ご、ごめん、あたし本当は入ってたの!」この雰囲気に耐え切れなくなったように井上さんが言った。「用もないのに勝手に入ったなんて恥ずかしかったから、入ってないって嘘ついたの!ごめんなさい!」「……そうか」ああ、終わったな。僕はそう思った。一護は夏梨ちゃんの方を信じた。井上さんが浴衣を切った犯人かどうかなんて僕にはわからないけど、とにかくこの瞬間、一護にとって彼女は終わった……信用しきれない人間に堕ちた。
2007年04月22日
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(7月15日(土) 黒崎一護)14:30。オレの誕生日どころじゃなくなった。遊子はパニックを起して泣き叫ぶ、石田は立ち上がろうとしてひっくり返る、岩鷲は喚き散らす。「何の冗談だ、これは!」ルキアが猫を破り捨てて怒鳴ったので、オレはこいつらが事情を全く聞いてないことに気がついた。「チャド、たつき、後は頼む!井上は石田についててくれ」遊子には親父と夏梨がついている。夏梨だってショックをうけただろうが、先に遊子が爆発したことで、かえって冷静になったっぽい。オレはルキアと恋次、岩鷲、花太郎をオレの部屋に連れて行って、ここ一ヶ月くらいの状況を説明した。「なんと、そんなことになっていたのか……」ルキアはシミジミと呟いた後、言い辛そうに、「だが、誰がそんなことを仕出かしたのだろうな」と呟いた。オレは絶句した。誰って、それは。「だから、石田を襲った奴だろ。えーと、なんて名前だったか……」後で石田が調べて、生徒会から写真も貰ってきたが、オレ名前覚えるの苦手なんだよな。石田とたつきとチャドは覚えているだろうけど。「貴様は馬鹿か、一護」ルキアは溜息をつくと、「既に顔の割れているものが、これほど大胆な犯行を秘密裏に行なえるわけがなかろう!」「……」「恋次、石田をつれて来い。話を聞きたい」「おう」恋次は素直に立ち上がると、まだちょっと青い顔の石田をつれて来た。「石田、あの浴衣は何処に保管していた?部室か、それとも貴様のアパートか」「……アパートだよ」なんとなく、部屋の温度が下がった気がする。「最後に開いて確認したのは?」「一週間ほど前かな」「この家に持って来てからは、どこに置いていた?」「黒崎の部屋」おいおい、ちょっと待てよ。「どちらか特定は出来んな……」だから待てって!石田はもう、顔面蒼白で、大きく目を見開いていた。オレだって、どんな顔してるかわかりゃしねえ。「誰かに部屋の合鍵を渡したか?」「あ、うん……黒崎と、茶渡君と、井上さんに……」チャドも井上も、いざという時に備えて、鍵を預けあっている。こいつのアパートに忍び込みやすいのは、物理的にも心理的にも俺たち3人だ。オレんちに放置されてからやられたとしても、これだけの人数(家族4人、死神?4人、ダチ10人)がうろうろしてたんだ。部外者が出入りできたはずがねえ。……確かに、内部の犯行としか思えねーんだが。「まあ、全員貴様らの友達だし、疑いたくない気持ちもわかる。だが人間、魔がさすということもあるからな」俺たちだってそれくらいわかってる。わかっているんだが。「他に何か、絞り込める条件がないでしょうか」花太郎が、これも言い辛そうに言った。「どんな事情があるのかわかりませんが、お友達にこれだけ見境ない攻撃を仕掛けるとなると、そちらも心配な気がします」「ほっとけよ、こんな陰険な奴」岩鷲がぶすっとした顔で突っ込んだ。「条件か」恋次がぼそりと、「オレは、ここん家の奴や客の仕業じゃねえと思う」と異議を申し立てた。「え?」「ちょっと席外して、一護の部屋に入るだけならともかく、荷物を漁って浴衣を切って、わざわざ綺麗に畳んでから戻したんだぜ?何分かかると思う?」「……十五分くらい?」「便所にしちゃ長すぎるな」「でも、部外者に、これが石田さんの荷物だとわかるでしょうか?」「じゃあ別件か」「別件の変質者か何かか?幾らなんでもそれはないだろう」「雨竜がこれ持ってるのを見たんじゃねえのか?」「石田は勘が鋭いから、わかるように思えるが」「……結局どういうことなんだ?」「それを語り合っておるのだ!」ルキアたちはかなり盛り上がっていたが、当の石田が「着物……」と呟くと、とりあえず黙った。「着物がどうしたんだよ」「……黒崎」怖いくらい真面目な顔で、「君、着物、畳めるかい?」え、えーと。「た、畳めねえ」死覇装は畳む必要ない。つーか脱がねえ。オレはそれ以外、殆ど着物を着ることなんてない。正月に着たときも、干しといたらお袋や親父が畳んどいてくれたし。「何だ一護、てめえ着物も畳めねえのかよ」「うるせえ、こっちじゃ着物は日常着じゃねえんだよ!」「ああそうか、犯人は着物が畳める奴だな!で、誰なら出来るのだ?」「……」石田は(自分で言い出したくせに)強張った顔で黙り込んだ。たつきはまず畳めない。そこだけはほっとした。
2007年04月21日
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(7月15日(土) 阿散井恋次)13:00。「暇そうだな阿散井」「まあな」石田はまるっきり女の格好が板についている。元を知らなきゃ勘違いしているところだ。「……お前適応力高かったんだな」「3ヶ月もたてば嫌でも慣れるよ……」石田は嫌そうに言うと、オレの隣に座った。なんか話でもあんのか、と思ったら、黒髪の女が、「雨竜、あんたはこっち!」と怒鳴って連れて行った。苦労してんだな。「一護に渡すものがある奴は出して。ない奴は皿を洗って」さっきの女がパンパン、と手を叩きながら言った。もう飯は殆どなくなってる。女は殆ど台所に消え、石田も立ち上がったと思ったら、別の部屋に置いておいたらしい、でかい紙袋を持って戻ってきた。「黒崎、浴衣作ってきたんだけど」「え?浴衣?」「遊子ちゃんと夏梨ちゃんの」「今日はオレの誕生日だ!」一護が吠えたが、こいつがお前にそんなに優しかったらオレはむしろ気持ち悪い。「わー、浴衣だって!」「ありがと、雨竜ちゃん」栗色の髪の方は嬉々として、黒髪の方はクールな態度でそれを受け取り、栗色の方がさっそく畳とう紙の結び目を解いた。桃色に黒い花が描いてある。「かっわいいー!」大喜びで浴衣を広げ立ち上がるのを見て、オレは思わず絶句した。「……」「……」「……」台所の水音と笑い声が耳につく。「え?何?」見渡す限りの顔が全部引きつっていて、栗色の子は、わけがわからずきょろきょろしている。……そいつが掲げた浴衣は、胴の下で殆ど真っ二つに切られていて、下半分がぶらぶらと揺れていた。
2007年04月21日
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(7月15日(土) 阿散井恋次)12:00。ゴーヤチャンプルにウサチ(酢の物)、へちまの味噌煮に冬瓜の吸い物、スイカジュース。沖縄料理って奴らしい。ご飯ものだけ普通っぽい。「暑い時は暑いところの料理が一番!皆、夏ばてしないように張り切って食ってくれ!」「てめーが仕切るな!」何で本日の主役の父が音頭をとってんだ?流魂街育ちのオレには、夏暑いから腹が減らないってのが理解し難いんだが……本当にそんな奴いるのか?ルキアや岩鷲に張り合うように食ってる奴ばかりなんだけど……。「あれ、阿散井君、箸が止まってるよ?口に合わない?」とか言いつつ、井上の箸は一瞬たりとも止まらねえ。「そいつ甘党だからな」「味覚が子供なのですわ」「喧しい!」うーん、なんかつまらねーな。一護の普通のダチがいるから、滅多な話はできねえし。石田はおもしれーけど、下手に突っつくと後がこええ。ルキアは井上や女たちと盛り上がってて、オレのことなんて忘れてる。チャドは相変わらずだんまりだし、岩鷲と花太郎は新しいコンビニがどうとか話込んでるし、一護は色んな奴に弄られてる。…………帰りてえ。
2007年04月20日
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(7月15日(土) 茶渡泰虎)11時30分。「おおっ雨竜、可愛いナリしてんなってオイ!」エプロンをつけた石田が、フライパンで岩鷲を殴った。「流石、ピラフが一粒も零れてないよ!」井上が手を叩いたが、「何すんだてめえ!火ィかけてたんだろ、熱かったぞ、すげえ熱かったぞ!」「君は頑丈だけが取り柄だろ」このやり取りにひいているのが、啓吾と花太郎と一護の妹たちだけというのは、問題のような気がするのはオレだけだろうか。……実際、髪から焦げた臭いがするし。「大体なんで君がいるんだ」「朽木に誘われたんだよ。雨竜の様子を見に行きてえだろ、って」「何ィッ!」この発言に、何人かが食いついた。「ライバルかっ?石田さん狙いのライバルかっ?」「あんたどんだけ罪作りしてんのよ」「血は争えねえな」「違うっ!こいつはただの面白がりだーっ!」一護の誕生会は、当人の絶叫で幕を開けた。
2007年04月20日
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(7月14日(金) 小川みちる)「皆様、ご機嫌よう!」部活終了直前やってきたのは、進級してすぐ転校した朽木さんと、阿散井君だった。うえーん、阿散井君、久しぶりに見ても怖いよ。同い年にはとても見えないし。「うわーっ、二人とも久しぶり!今日はどうしたの?」「明日、黒崎君のお誕生会ということで御呼ばれしましたの」比較的仲が良かった織姫が飛んでいき、部活の邪魔をされたのが面白くないのか、石田さんが眉を顰めた。朽木さんはそこまでわざわざ歩いていき、彼女をじっと見た後ぷっと吹き出した。「まあ石田さん、ご無沙汰して申し訳ありませんわ。噂では、黒崎君とお付き合いしているとかいないとか」「……わざわざそんなことを言いに来たのかい」「とーんでもございません」そう言いながら顔を痙攣させている。本当におかしくて仕方ないって感じだ。阿散井君のほうは、手持ち無沙汰な様子で、黙って入り口付近に突っ立っている。何しに来たんだろ。
2007年04月20日
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(7月14日(金) 小川みちる)「石田部長、今日も浴衣ですかー?」「ああ。解らないところがあったら声をかけてくれ」我が手芸部では、毎年六月に課題として浴衣を縫う。手縫いだから大変は大変だけど、ちゃんと先輩が教えれば誰でも完成させられるし、とっても達成感があるんだよね。皆でひまわりソーイングに買い物に行くのも楽しい。団体割引にして貰うためなんだけど。七月に入ると期末もあるし、皆暑さでダレ気味になるので、それぞれ好きなものを作って終わり。春から新人指導で、自分の物は全然作れなかった石田さんはやっと自分の浴衣を縫っている。……訂正、自分の布地で浴衣を縫っている。二年生は皆(割引ということもあって)何枚か生地を買っていたけど、彼女は六枚も買っていて、いつもお金ないって言ってたのに大丈夫なの、って他人事ながら心配になった。男女用3枚ずつ。やっぱり黒崎君にも作ってあげたんだろうな。いや、はっきり聞けばいいんだけど……何となく聞けない。織姫は別にどうということもなく、彼女と普通に友達付き合いをしている。なんだか、あたしたちの方が気にしているみたいだ。
2007年04月19日
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(7月14日(金) 小島水色)「もう~幾つ寝ると~な~つ~や~す~みい~」啓吾がベタな替え歌を歌い、石田さんがくすりと笑った。最近おかしな事件が起こらないようで、彼女は大体上機嫌だ。「石田さんっ、夏休み一緒に何処か行きませんかっ」「君の補習と宿題が終わったらね」「ああん、今日も冷たいっ」「夏だから丁度いいだろう」握った手を振り払われた啓吾は、大して堪えた様子もなく、小芝居を続行している。「でも、今年は皆でどっか行きたいね」さりげなく口に出すと、視線が僕に集中した。「てっきり、夏中海外かと思ってたぜ」一護が、ちょっと驚いた顔で言う。「行きっぱなしじゃないよ、合計で五日くらい日本にいるよ」「……誰がお前なんか誘うかよー!」吠える啓吾に、何故か皆うん、と頷いた。男の友情はハムより薄い。
2007年04月19日
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(7月8日(土))「珍しいなお前から呼び出すなんて」「できれば会いたくないからな」机に両肘を落とし、眉をひくつかせる院長の様子をみれば、最古参の看護婦も裸足で逃げ出すことだろう。だが全くプレッシャーを感じない奴もいるようで、「早く帰らなきゃな、未来の娘が今日は夕飯作ってくれ」「誰か貴様の娘かっ!」怒りに任せて100Kgはあるだろう机をひっくり返す竜弦。完全防音、耐震とはいえ階下には伝わったのではないだろうか。「しかも雨竜にあんな安物の水着を買い与えおって」「何で知ってんだこのスケベ」「わざわざ教えに来る奴がいるからだっ」「おお」一心はぽん、と相槌を打った。「だが、オレは嬉しいよ。お前がオレの同類だとわかって」「勝手に同類にするな」「オレはナース服萌え、お前はチャイナに水着!これからも仲良くしような、竹馬の友よ!」「貴様と出会ったのは大学の時だろうが!」そして、今日も親父が宙に舞う。
2007年04月18日
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(7月8日(土) 黒崎一護)タンクトップと短パン。にしかオレには見えん。……水着素材で出来てんだろうか。誰だこんな水着流行らせた奴。「この切り替えが凝っているだろう?フェイクなんだけどね。やっぱり白がいいかと思ったんだけど、材質も意匠もこっちの方が珍しかったんだよ」せめて腹を出せ。その垂直体型でビキニ着る気にならないのはわかるが、たつきの競泳用より色気がねえぞてめえ!口を開けばコンが乗り移ったみたいな駄目出ししかでない気がして、オレは黙って石田の解説を聞いていた。
2007年04月18日
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(7月8日(土) 黒崎一護)「……ビミョー」思わず呟くと、石田がない胸を張っていった。「人がせっかく見せてやったのに、その態度は何だ!」……ありがたく思うべきなんだろうか。遊子たちと渋々水着売り場に行った石田が、終わる頃にはウッキウキになっていたのは、まあ趣味からして解る。が、オレんちに戻って「着て見せようか?」と言われたときは、オレかこいつかどちらか熱で頭がおかしくなったんじゃないかと思った。
2007年04月17日
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(7月8日(土) 黒崎一護)うーん。カノジョを家に呼ぶという、一般的には喜ばしいイベントのはずなんだが。何でオレはこう、違う意味で緊張しているんだ?「で、何の用だい?」遊子にお土産のソルベを渡した石田が、オレの部屋に入るなり切り出したからだろうか。いや、違うな。オレは、奴から十分に距離を取ってから頼んだ。「遊子と夏梨をプールにつれていってくれねえ?」案の定、空のクーラーボックス(布製)が飛んできた。「君、僕が水泳の授業全部休んだのを忘れたのか?」「覚えてるに決まってんだろ。オレも毎度日向ぼっこだ」理由は違うが。オレはこの体中の傷を事情をしらねえ奴らに見せるわけに行かなかったからし、石田は水着になるのが嫌だったからだ。わざわざ市営プールに行くのなんか互いに真っ平だが、「チャドはタトウ入れてるし、たつきは大会準備で忙しいし、かといって親父たちにオレが水着になれない理由なんかいえねーだろ」「大体僕水着持ってないよ」「親父が買ってくれるって」「そんな義理はない!井上さんに頼めばいいだろう」「あー、それはオレも考えたんだが」オレはぼりぼりと頭を掻いた。「井上、去年は海もプールもいけなかったろ?今年は沢山予定入れるだろうし、そうなるとお前も誘われる、というか引き摺っても連れて行かれるんじゃねえの?」「うっ」心当たりがあるんだろう、石田は心持青褪めた。オレはチャドは、こいつに水着になれなんて(基本的に)いわねえ、気の毒だから。だが井上にそっち系のデリカシーは皆無だ。「どうせお前、水着買う予算ねえんだろ?この際だから只でゲットしろ!たつきみたいなスポーツタイプの奴!」「でも……」「オレは試着につきあわねえから安心しろ。夏梨たちに見させるから。ほら、行くぞ!」どうせ水着を買わなきゃならねーなら、只に越したことはないと思ったんだろう。石田は渋々ながら、買い物に同行した。
2007年04月17日
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(7月8日(土) 黒崎遊子)「おおっ、よく来たね雨竜ちゃ」「手を握るなあ!」お兄ちゃんは景気よくお父さんの背中を蹴っ飛ばした。「けちだなあ一護は。減るもんじゃなかろうに」「減るとしたらてめえの寿命だ」夏梨ちゃんが、うんうん、と頷く。お兄ちゃんの今度の彼女は、お父さんの友達の子供らしく、お父さんは暇さえあれば「一護の将来について語り合ってくる!」と出かけて顔にあざを作って帰ってくる。一度なんか救急車で搬送されてきたんだけど、お兄ちゃんも夏梨ちゃんも「どうせ自業自得だからほっとけばいい」って言って本当にほったらかしてた。夕ご飯の時には復活してたからそれでよかったんだろうけど、そんなに怒ることないと思うけどなあ。前のルキアちゃんの時は、うちに泊まるくらい仲がよかったのに、2年にあがったら全然遊びにこなくなっちゃった。お父さんが「今度こそ!」とはりきるのはそのせいだと思う。
2007年04月16日
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(4月2日(日))「畜生、なんでオレたちが草毟りなんてしなきゃならねーんだよ」「出席日数が足りないからだろ」「あたしは皆と一緒なら、結構何でも楽しいけどな」「ム」休日に土手で(強制)ボランティア。学生ヒーローにはありがちだと、織姫は仲間を慰めた。実は友人たちも加勢にきたのだが、煩い体育教師が追っ払ってしまったのだ。特に啓吾がいなくなった寂寥感は大きく、五人でどうでもいい話を続けている。「あ、たんぽぽだ!石田君、たんぽぽの食べ方って知ってる?」「あとでお浸しか何かにして配るよ。(井上さんに任せるのは怖い……)」「食うのかっ?」「子供の頃よく食べたぞ。恋次たちと摘み草をしてな」「たんぽぽには毒性がないから大丈夫。第一君にあげる予定はない」「こらてめえ」本当は興味がないのに意地で分け前を貰った一護は、後に妹に何度もたんぽぽを摘みに行かされる羽目になる。余談だが。三人分くらい働いていたチャドが、軍手を取り替えながら重い口を開いた。「……井上、前に「黒崎はたんぽぽで石田は露草」と言っていたな」「あ、うん」「食うな!」「花に例えるのは普通女の子じゃないかな……」当然の突っ込みは両方流された。「朽木だと何になるんだ?」「えーと、牡丹?」「「レベル違い過ぎ!」」俺たちは雑草でルキアは百花の王かよ。一護も石田も軽く凹んだが、無論ルキアは上機嫌だ。「たとえ世辞でも悪い気はせぬな」「お世辞じゃないよ。朽木さん綺麗だし堂々としてるし」「いや井上のほうが美人だろう!そうだな、福寿草という感じだ」「うん、合ってると思うよ」「牡丹よりはな」「ム」だが、織姫は首を傾げた。「……できれば芍薬がいいな」「好きな花か?」「というか、こうありたいと思う花、かな」この場で一番花に疎い一護は、こっそりと「どんな花だったっけ?」と頭を捻った。
2007年04月15日
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