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「え、ブレスレット?君、女の子へのプレゼントと間違えたんじゃないのかい」「ちゃんとメンズよ、大体石田は地味すぎるのよ!」台詞だけ抜き出すとまるきり喧嘩だが、石田はそれでも渋々と左手にかけた。「……ステンレス?」「悪かったわね、銀は高いのよ!」「いや、……ありがとう」1年以上彼氏をやっていれば、鳴神がかなり苦心して自分の化粧代をひねり出していることくらいわかる。竜の意匠で選んだであろうこれを買うのも、かなり懐が痛かったに違いない。……誕生日にお歳暮の商品券を纏めて贈りつけてくる父を持つ自分とは、やはり事情が違うのだ。「送っていくよ」「別にいい」「こんな夜更けに一人歩きはさせられない」「……まだ10時にもなってないんですけど」ちょっといい雰囲気に戻ったところで、鳴神の携帯が鳴った。井上からだったので、遠慮なく出る。「何」「あ、ルカちゃん?まだ石田君のところにいる?」「今帰るところよ」「今から皆で行っていい?」「勝手に来たら?あたしは帰るけどね」「えーっ、皆でお泊りしようよ!ルカちゃんの分もお泊りセット持っていくから!」「来るな!」明日も学校がある。……というレベルの問題ですらない。石田はちょっと頭をふると、携帯を取り上げた。「ごめん井上さん、今から彼女を送っていかなくちゃならないんだ」電場の向こう側がなにやらざわめいた。笑いの気配に鳴神の眉間が引きつる。「ごめんねー邪魔する気はなかったの!じゃあ頑張ってね」言いたいことだけ言って井上は電話を切った。「……今から何を頑張れっていうんだ、井上さん」「井上の考えることなんてわかるわけないでしょ」もっともである。ドアを開けたら平士郎が菊の花束を抱えて待っていて、鳴神と大舌戦をやらかしたのだが、別にこれを見透かしたからではないだろう。 そう願いたい。
2007年12月06日
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何故か加瀬平士郎の話になった。「中学一年生のとき、学級委員をやっていたんだけど、いわゆる「学級崩壊」の状態でね。学園祭で何かやらないといけないのに、誰も協力してくれない。それでクラスメートだったあいつが、漫才をやろうと言い出したんだ」「は?漫才?」「あいつが書いた脚本を読んだときも、リハーサルをやったときも、受けるとはとても思えなかったんだけど、他に方法がなかったんだ。それで当日になったら、あいつがアドリブばっかりで全然漫才にならなくて、何とか軌道修正しようとしていたら何故か大うけ」「……それって絶対、あいつの喋りが上手かったんじゃなくて、石田が慌ててるのが面白かったんだと思う」「うん、皆そう言っていたよ……」鳴神は思わず天を仰いだ。「僕はお笑いってよくわからないんだけど、そういう芸風があるんだろうね。それで僕がちょうど嵌っているってことらしいんだけど」石田は大きくため息をついた。「僕はあいつの言うことに本気で腹が立つから、プロになんかなったら、絶対血圧の上がりすぎで死ぬ」「そもそもなれないでしょ、あの程度で」笑ってたじゃないか、と石田は口の中で呟いた。
2007年12月04日
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「……どうしたの、これ」何時もつっけんどんな鳴神の声が少し上ずっていた。無理もない。石田に「僕の誕生日だから、少し豪勢な食事をご馳走するよ」と言われてアパートまでついてきたところ、なんとすき焼きが出てきた。牛肉が二人分には多いくらい積んであるのにも驚いたが、どうみても霜降りの高級品なのには目を疑った。二人とも一人暮らしの苦学生である。どちらもバイトがない晩は石田が鳴神のアパートで作って一緒に食べるが、一食の食費で500円以上請求されたことはない。しかし今晩は、野菜と豆腐と白滝だけで500円を超しそうだ。「誕生日のプレゼントに商品券を貰ってね。たまには滋養をつけよう」「景気のいい人もいるのね」あまり嬉しそうな言い方にならないのは、元々の性格と、自分のプレゼントが霞むという思いからだ。育ち盛りである。いや、そうでなくても、久々のご馳走を前に本気で不機嫌になる人間はあまりいないだろう。石田も(出所については)内心複雑ながらも彼女にいいところを見せられる事態に満更でもなく、和やかな中に食事は始まった。
2007年12月03日
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「石田君がデザインするルカちゃんの服って、何だかどれも似てない?」うっ。部員の厳しい視点に、石田部長は思わずたじろいだ。たじろぐということは、少なからず認めるところがあるということだ。「あ、言われてみるとそうかも」「ガーリー系が好きだよね」「当人見るとギャル系って感じだけど」「やっぱり男は彼女に可愛げを求めるものなんだね」……その彼女も現場にいるんですけど。「いや、石田君もルカちゃんもファッションにはこだわりがあるから!落としどころを探している間に似てきちゃうんだよ」どちらとも仲がいい井上が庇ったが、「この服も可愛いよね!なんだかスズランみたい」と言ったのが結局致命傷になった。「あ、なるほど」言われてみるとどれもスズランに似ています。白くてふわふわのキュート系。……思いっきり最初の服の焼き直しです。「……確かスズランって毒があるのよね」温く甘ったるい雰囲気を変えるべく、鳴神当人が爆弾を投げ込んだが、「大丈夫!あたしなんか「福寿草みたいで好きです」って告白されたことが二回あるけど、あれも毒があるから!」井上のほうがよほど凄かった。つかどさくさにモテ自慢はよせ。「たんぽぽやひまわりは……?」「覚えてないなあ」やっぱり。「……前向きに善処します」井上慣れした面々が、流石に少しむっとしたところで、石田が流れを変えるべく宣誓した。「次は方向性を換えてみせる!」おー。ぱちぱちと気のない拍手。「うん、頑張ろうよ石田君、今度は水仙っぽいのとか!」「井上さん……それ、方向としてかなり近い……」更に言えばそれも有毒です。
2007年11月06日
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鳴る神は雷で、雷は天の怒りだと母が言った。お前は男を惑わす魔女だと男が言った。 雨が降っている。空は暗い。雷が鳴っている。どんどんと地を叩いている。 あたしは空を眺めている。夜のように暗い空から、竜が現れないかと願っている。 雲が流れるのすらあたしには見えない。 これでは何処にも行けないと、頬を膨らませながらあたしは暗闇を見つめている。
2007年11月02日
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大体出揃った気がするので、現在設定が決まっているものだけあげていきます。チルッチ = 鳴神(ナルカミ) 地留 = 手芸部では「ルカちゃん」と呼ばれています。空座高校生徒。一人暮らしで家事は一通り出来ます。家庭環境その他は秘密。グリムジョー = 藍染 譲(ジョウ) = 井上には「Jくん」と呼ばれています。他校生。一留してます。父は愛染で市丸はその秘書、東仙は子供の家庭教師です。実は井上の三人目の彼氏の予定でしたが、流石に顰蹙を買いそうだったので断念。ザエルアポロ = 日登(ヒノボリ) 晃(アキラ) = 他校生。市内で一番偏差値の高い学校の生徒。鳴神とは中学2年のとき付き合っていました。バイト先では基本真面目にやっています。あのキャラも、案外好評です。イーフォルト = 日登 透 = 晃とは年子。譲と同じ学校です。この先出番があるかは不明。他メンバーの名前決まっていません。ペッシェ = 加瀬(カセ) 平士郎(ヘイシロウ) = 手芸部には「ペーくん」と呼ばれています。ブルジョワ高の生徒。石田とは三年越しの仲ですが、素顔を見せたことは一度もありません。石田、同性の友人は彼しかいません。(仲良しは井上、小川、国枝、あとは某製薬会社の社長令嬢)ネル = 大出(オオイデ) りえ = 一見18歳くらいに見えますが実は遊子の同級生。夏梨のサッカーチームではキーパー。訛り矯正中。両手とも林檎を握りつぶせます。ドンドチャッカ = 谷内塚(ヤチツカ) 土門 = 今週やっと苗字が出てきましたが、今更直せません。ペと同い年ですが、高校には行かず朽木邸で働いています。最初の頃の話が1年生の秋で、現在は2年生の秋です。ルキアは空座高校の生徒です。ウルキオラの名前は、今のところ「翠(ミドリ)」の予定です。担当科目は理科。大体そんな感じです。
2007年10月29日
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始まるまでは色々あったが、パーティ自体は順調に進んだ。黒崎などは本気で「ここの人間ってこんなのばっかりか?」と心配したものだが、流石にそんなことはなかった。「お、おい雨竜、あれがお前の本命か?」と加瀬が指差したのが鳴神だったので、石田は渋々感嘆した。絡まれるのを嫌がってか、今日は一度も話しかけられていない。元々人前でべたべたするタイプではないのだ。「よくわかるな」「いや、一人だけフェロモンが出てるからな!パンツもうちょっとで見えそうだし!」「何処を見てるんだ!」石田は慌てて加瀬の口を叩いたが、ちゃんと聞いていた鳴神に思い切り睨まれた。ちなみに鳴神は超ミニの魔女っこスタイルだが、当人が「イロモノ系は絶対いや」と断言した結果である。石田が悪いわけではない。蛇足だが、生足にアンダースコートを履いている。「それ以上近づくな!写真も禁止だ!」「落ち着け雨竜、私が親友の彼女を寝取るような男にみえるのか。それより久々に、アレをやるぞ!」「は?」石田の了解を待たず、加瀬はその右手を握ると天に突き上げた。「皆、これから私とこの神父で漫才をやるぞ!」「ちょっと待て!」どっと沸く会場に逆らい、石田は叫んだ。「無茶いうな!ネタあわせも何もしてないだろうが!」「心配するな、私がしっかりリードしてやる」「というかやりたくない!」「私を信じろ!コレまで受けなかったことがあったか?」「受けるから嫌なんだよ!」「わがまま言うな!皆が白ける前に始めるぞ!」「わがままなのはどっちだ!」結局石田はミイラ2体に壇上に引き摺りあげられ、ミイラと神父の即席漫談は何故か大うけした。
2007年10月26日
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「谷内塚土門でヤンス。平士郎が何時もお世話になってるそうで……」「大出りえッス」「……こちらこそお世話になっています。石田雨竜です」向こうから頭を下げられては仕方がない。石田は礼儀を守ることにした。……包帯を巻きすぎて顔の造作もわからない男と、少々迷惑顔の黒崎の利き腕をがっちり組んで放さない女に、何故真面目に相手をしてやらなくてはならないのかと、内心思っていたが。「黒崎君、彼女が出来たなら教えてくれればよかったのに……」井上がぶすっとした顔で口を挟んだが、普通なら昔振った相手にだけは言わないだろう。無論、石田もそんな噂を聞いた覚えはない。「別に彼女じゃねえ!オレは、どちらかというと年上が好みなんだ」「え、りえちゃんって年下なの?」ちょっとざわめく一同。化粧こそしていないが、なんとなく年上のように見えたのだ。が。「りえは一護の妹の遊子ちゃんと同じクラスで、家に遊びに行って一護と知り合っただすよ」「ふうん」一同納得しかけたが、唯一ひっかかったのが(一番のボケキャラであるはずの)井上だった。「え、でも……黒崎君の妹さんたちって、確か」「……小学六年生」ため息交じりの黒崎の言葉に、場がどよめいた。「小学生?本当に?」「あたしより背が高いのに!」「全く、体ばかり一人前で」「中身はコドモなんでヤンス」「マジ、遊子や夏梨に比べてもずっと餓鬼だよな」つれない言葉にも彼女はめげなかった。「大丈夫、後十年すれば一護とお似合いの大人の女になるっす!」「十年も待ってられるかー!」尤もである。
2007年10月25日
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「あ、ぺー君だ」ミイラ状態でも誰だかわかるものらしく、何人かの部員が手を振ったが、「何処に隠れてた!さっさと手伝いに来い!」無論部長は甘くなかった。ちなみに黒崎は、ミイラ男その2に担がれ、美女二人に付き添われてとりあえず退場している。「そんな些細なことより、貴様の純潔を汚した雌豚は今日は来ているのか?」「…………本気で殴ってもいいかな」ちなみに鳴神はちゃんと飾り付けに参加していたのだが、真っ白い目でこちらを見ていて、話に混ざるつもりなど更々なさそうだ。「よろしい、今日の支度は無事済んだのだな?では本番前に、我が自慢の兄弟たちを紹介しようではないか!」「そういうことは働いてから言え!」石田の怒声に、子供達がひょこひょこと顔を出した。
2007年10月25日
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「お兄ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど……」「ああ?」コワモテの黒崎一護だが、妹達には甘い。まして目をきらきらさせて「お願い☆」ポーズされた日には、まず逆らえない。というわけで、休みを一日潰された次第である。「黒崎、これ運んでくれ」「へいへい」ここは空座町の、いわゆる児童擁護施設である。黒崎が通う高校の手芸部が、ここでハロウィンパーティをすることを何故か頼まれたのだが、男手が足りないと言うことで、またしてもどういうわけか妹経由で彼に協力要請がやってきた。おまけに部長の石田は級友なので、容赦なく人使いが荒い。力仕事の後には、狼男のコスプレが待っている。「いやあ悪いっすね黒崎君!」「いや、いいけどよ……何でお前らが頼まれたんだ?」井上は三角帽子を傾げた。「石田君が持ってきた話なんだけど。何処から来たかは知らない」「ふうん……」黒崎は最後の机を並べ終えると、事情を聞くべく陣頭指揮を執る石田のほうに歩み寄ろうとした。が。「一護ーっ!会いたかったッスよー!」甲高い声が響いたかと思うと、黒崎はアメフトを思わせるパワーとスピードで吹っ飛ばされた。「うおぉっ?」がしっとハグされ、ぎしっと〆られた黒崎は瀕死の声を上げたが、周囲は「何?黒崎君の彼女?」「え、嘘、フリーだと思ってた」いたって暢気な感想だが、そう思うのも無理はない。井上と張り合えそうなダイナマイトバディの長身美女である。恋人同士の邂逅に見えないこともない。次いで何処からか湧いて出た加瀬が、包帯の上から頭を掻き毟った。「いかん!りえ、訛りがでているぞ!」「……それより黒崎がオチそうなんだけど」「りえ、はしたないからやめるでヤンス」同じく包帯ぐるぐる巻きの大男が二人を軽々と引き離し、黒崎は白目を向いてぶっ倒れた。
2007年10月24日
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「雨竜、公立に移るのか」加瀬は意外と驚かなかった。僕が自分から家に誘った時点で、大体見当をつけていたんだろう。僕達の学校は中高一貫で名門という触れ込みだが、中身は学級崩壊で見る影もない。竜弦は他の私立高校に進めと行ったが、僕はそうする気にはなれなかった。「空座高校に行く。手芸部があるし、近いし、レベルもそこそこだからね」「ふうん」お面の向こうでどんな表情を浮かべているのか、未だ僕にはわからない。「私も出来ればそうしたいのだがな。セレブに混じるのも芸の肥やしになるかと思ったが、実際はつまらない奴ばかりだ。天使な小生意気も薔薇の花嫁も借金執事すらいない!」「期待するものが間違っている」……こんなやり取りもじきなくなるのかと思うと、寂しいような清々したような……。「何処でも好きな高校に行けて、羨ましいものだ」この一言だけは、家を出た今でも僕の胸に突き刺さっている。
2007年10月23日
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「転校しろ」あいつがそう言った。僕がこの学校にしがみ付く理由なんて、それしかない。相変わらず汚い廊下だ。掃除がなっていないわけじゃない、(毎日業者が掃除しているんだ、)皆お菓子だのペットボトルだのポイ捨てしている。去年見学に来たときはこんなじゃなかったぞ。ほぼ詐欺だ。授業は殆ど形になってない。騒いでいるのが10人ほど、真面目なのが10人ほど、諦めて塾なり家庭教師についているのが10人ほど。それが僕が所属するクラスの日常だ。初老の教師が、諦めたのか不真面目な連中を無視して話を進めていく。殆ど聞こえないけれど。僕は黒板の文字をとりあえず書き写し、自力で教科書を読み進めている。「さあ雨竜、帰るぞ!」偉そうに僕に指図したのは、お面をつけた変な奴だ。名前を加瀬平士朗という。口を開けば下らないことしか言わないのだが、どういうわけか僕より成績がいい。奨学生の中でもずば抜けている。何時もハイテンションでノリがよく、典型的優等生タイプの僕とは逆のタイプに思えるんだが、どういうわけかよく絡んでくる。「何故も何も、他に話が出来る奴なんていないではないか!」加瀬はきっぱり言い切った。「テレビはバラエティだけ、新聞どころか漫画も読まない、興味があるのは薄っぺらな人間関係と服装だけ。将来どころか明日のことも考えていない。視野は狭い、頭の回転は鈍い、引き出しは少ないでは全く得るところがない!」「ま……まあね……」いきなりまともなことを言われて、僕は面食らった。確かに他の同級生とは違う。ふわふわした富裕層の子息たちにも、がり勉の奨学生たちにも今一つ馴染めなかった僕は、彼に突っ込みを入れ続けながらどうにかこうにか三年間を過ごした。
2007年10月22日
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「いっしだー!」翌朝。加瀬その他にカラオケに引っ張り込まれ、MS談義とカプ話に付き合わされた石田はぐったりとなりながら登校したが、無論これで話は終わらなかった。「お前、すげーアホっぽくて面白い奴と付き合ってるんだって?オレにも紹介しろよ!」大して親しくもないのに抱きついてきたのは、小島のツレの浅野だった。面白がりという点で井上に通じるが、一つ決定的に違う点がある。彼は勉強が出来ない。「……確かに馬鹿な奴だけど」石田は振り払いつつ冷たく言い放った。「あいつは中学の三年間、ずっと学年主席だった」「嘘ーっ!」浅野どころか、昨日散々親しんだはずの小島も叫んだ。「え、加瀬君って勉強できるの?」「五教科全て、僕より上だったよ。残念だけどね」だからお面も許されたんだよ。自分も出来る石田は少々顔を顰めただけだが、赤点常連の二人は頭を抱えている。「じゃあ結局、優等生同士でつるんでたのか?」「いや、そういうわけでもないんだけど……」これ以上は語りたくない、と石田は強引に話を打ち切った。小島がその気になれば調べられるだろうな、と思いつつ。
2007年10月21日
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とにかくアパートに連れ帰ろうと思った石田だったが、「あー、いたいた!石田くーん!」……彼の周囲には空気を読まない人間が揃っていた。石田の彼女である鳴神がいないのが唯一の救いである。いや、彼女は好奇心に駆られても決して動かないと思われるが。殆ど勢ぞろいした手芸部女子一同と小島に、石田は内心頭を抱えたが、加瀬平士郎のほうは露骨にキョドった。「これは何だ雨竜!別の学校に移ったのはハーレムを作るためだったのか?」「いや、ハーレムじゃなくて大奥だよね」すかさずまぜっかえす小島を石田は睨みつけるが、「御年寄です」「側室です」「御台所は欠席でーす!」きゃはははは。ノリノリである。「御台所?もうそんなのがいるのか!」「うん」「いいから!いいからもう黙ってくれ」「うう雨竜ーっ!白さが誇りとか言っておいて、もう純潔を捨ててしまったのか!」「女子の前でおかしなことを言うな!」いや、イマドキの女子高生たちは楽しんでいますが。「どうなんだ?実際のところはどうなんだ?」「だから食いつくな。どうでもいいだろう」「……童貞かどうかはしらないけど、後ろの」石田が余裕なく小島の頭をぶん殴り、井上たちは無責任に爆笑した。*石田の中学時代の話が入りませんでした。じ、次回は是非……!
2007年10月18日
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「石田君、校門前で待っている人がいるんだけど」放課後の手芸部部室にやってきたのは、石田の級友の小島だった。何時もにこにこと明るい態度だが、今日は笑いをこらえるような顔をしている。「待っている人?」正直、心当たりがない。交友関係が狭い石田は軽く考え込んだが、「加瀬君って言ってたよ」と言われると顔色を変えた。「す、すまない、今日はこれで帰らせて貰う!井上さん、施錠を頼めるかな」「うん、いいけど……」「じゃあよろしく!あ、ありがとう小島君!」1分もかけずに荷物を片付け、飛び出していくのを井上以下部員たちはあっけに取られつつ見送った。「どうしたんだろ、石田君」「うーん、早く回収したいと思ったんじゃないかな」「え?」井上は小川と顔を見合わせた。「おお雨竜、ひさし」最後まで言わせず、石田はそいつにラリアットを決めるとそのまま裏庭まで引き摺っていった。「おおおおおっ?」後ろ向きに百歩ほど走らされたにも関わらず、そいつは期待を滲ませた声で、「いきなりこんなところに連れ込むなんて、今日は随分積極的じゃないか」「煩いっ!」あんな人目につく場所で、世間話もなにも出来るものか。ゼクス・マー○スのお面をつけた男と。石田は私服OKの中学に通っていたのだが、それでも「お面」だけは教師も困った顔をしていたものである。「一体何しに来たんだ、平士朗」「用がなくては来てはいけないのか!あんなに一緒だったのに!」「来るんだったらお面は外せー!」確かにツレだったのだが。ツレが年中お面をつけている男では具合が悪いと、思ってしまってはいけないのだろうか?
2007年10月15日
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「おはよう石田君!久しぶりだね!」夏休み明けだというのに、今日も井上は威勢がいい。石田は「おはよう井上さん」とだけ言って席につこうとしたが、「ねえねえ、これ石田君の作品じゃない?」と言われて足を止めた。井上が取り出したのは、真っ白い小型のテディベアだ。素人目にも高級な素材を使っていることから、初めから注文の品であることがわかる。「ああ、そうだよ。浦原さんに頼まれたんだけど、結局君のところにいったのか」「わあ、可愛い!」「先生に貰ったの?」女子がわらわらと寄ってくるが、ふらっとやってきた鳴神がつまらなさそうな顔をしているのは、余裕からか逆に面白くないからか、傍目には判別しづらい。「先生のお父さんから貰ったんだ、「これからも息子と仲良くしてやってください」って」「ふうん」何気なくぬいぐるみを抱き上げた石田が、かすかに眉を顰めた。「ちょっと縫製に甘いところがあるな……井上さん、これ少し預かっていい?」「あ、自分で直すから大丈夫だよ」「いや、僕が作ったんだから僕が責任を取るよ。ちょっと部室に行ってくる」「ええ?」石田はかなり強引に言い包めると、教室を飛び出した。鳴神がついてくる。「……」どちらも何も言わない。部室に入ると、石田は縫い目を上手く裂いてぬいぐるみを割った。本体の綿を全部出すと、何か金属製のものを抜き取って、とりあえず手近の小箱に入れるとそれを布でぐるぐる巻きにしてロッカーの奥にしまいこんだ。「……盗聴器?」此処まで見届けてから鳴神が聞いた。無論声量はギリギリまで落としてある。「僕が作ったときとは、重さとバランスが何かおかしくてね。……案の定だったよ」石田はぬいぐるみを五分で元通りにすると、教室に戻ろうと彼女を促した。「何人かは気づいたわよ、絶対」「井上さんに言わないでくれるならそれでいいさ。恋人本人から貰ったものじゃない。わざわざ事を荒立てることはないよ」「でも、その恋人本人には伝えたほうがいいんじゃないの?」「親子仲がいいならそうするけどね、もうとっくに断絶状態らしいよ」数日後。「石田君、見てみて!これ先生に買ってもらったの!」「そ、そうなのか。よかったじゃないか」「それがね、そんなによくないの。先生にあのテディを貸してあげたら、近所の猫に齧られてぼろぼろになっちゃったって……これ、代わりなの」ごめんね、と悲しそうに頭を下げる井上に、石田はなぜかほっとしたような顔で笑った。「先生に買ってもらったぬいぐるみのほうがずっといいよ」その猫のぬいぐるみに、足が四対ついていたことはまあ脇においておく。
2007年09月03日
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「さあ、好きなものを選んでいいぞ!」「あ、ああ……」ショーウィンドウの前で、似たような会話が数分ごしに繰り返される。二人の素性を知る店主は面白そうに眺めているが、傍目にはかなり不審だ。ここは眼鏡屋「銀蜻蛉」。マニアックではあるが最高級の眼鏡ブランドだ。休暇のたびに店を訪れてはため息をついているヘタレの誕生日に、彼女がプレゼントすべくつれてきたという格好だが、知っていたとはいえあまりの価格に、二人揃って目が値札から滑っている。どちらも現在では平均以上の生活をしているのだが、困窮していた子供時代の金銭感覚から抜けきるには、もう暫くかかりそうである。結局(予算内だったが)買わず、ラーメンを食べて、後はまあ色々。柄の悪い大男と、小柄な令嬢風というわけで、かなり目立つ。後で足取りを調べようと思えば、簡単にわかるだろう。「なのに何故わざわざついてくるのだ?」「……暇だから……?」朽木の義兄が、延々尾行してくるのだ。ちょうど妻子が公園デビューの時期で、暇は暇だろうが、そもそも仕事を休まなければいいんだから同情のしようがない。しかしこっちも一応デート中のわけで、暇つぶしに尾行されては困る。「これではホテルにもいけないだろうが!」朽木が大声で叫ぶと、後方で何かが倒れたような破壊音が響き、「だ、大丈夫ですか?」「救急車!」と、何が起きたかばればれの騒ぎになった。「さて、ベイシェラトンでお茶にするか!」「い、いいのか?あれほっといていいのか?」「大丈夫だ。どうせ兄にも尾行がついてる」やっぱりオレ、朽木家とは太刀打ちできない気がする。阿散井はこっそり汗を拭った。
2007年09月02日
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「うわーっ、朽木さん可愛い!」「ほほほ、当然ですわっ!」「ウエイトレスが高笑いすんな」井上の賞賛を当然のように受け、お盆片手に勝ち誇る朽木ルキアに、黒崎はとりあえず突っ込んだが、「嫌ですわ黒崎君、本日のワタクシはお女給さんですのよ!」と切り替えされて取り合えず諦めた。まあ朽木は大金持ちのお嬢様だから、このバイトを速攻クビになっても特に問題は無いはずだ。一緒にカキ氷を齧っている、茶渡、石田の顔にもそう書いてある。「着物にエプロンっていうのも中々ソソルものがあるよね、あたしもやろうかな」(井上さんの体型じゃ着付け大変そうだな)石田はこっそり考えたが、無論口にはださなかった。「でもなんでお前がバイト?人生経験でも積もうってのか」「それもありますけど、もうじき恋次の誕生日ですの。たまには何か買ってやらなくてはと思いまして」「へえ」彼氏のプレゼントのために労働とは、中々殊勝な心がけである。4人とも素直に感心した。が、「この店、客層、おかしくねえか……?」夏休みらしくラフな黒崎たちを除くと、全員が黒のスーツにグラサンの強面ばかり。涼を求めてやってきた一般客も、この異様な風景を見て、簾の向こうに退散してしまっている。「うちの愚兄にも困ったものですわ。ヤクザ除けとか言って、バイト先までボディーガードをつけるなんて」「ぐけー……」思わず漢字を当てはめてしまった黒崎は呻いたが、井上はそこまで気が回らなかったようで、「あーん、いいよね朽木さんはお兄さんと何時でもらぶらぶで!」「あら、そろそろ鬱陶しいですわよ?姉様が子供につきっきりでお寂しいのかもしれませんけど、食事を一緒に取りたがるし学校の話は聞きたがるし恋次のこともまあごちゃごちゃと。もうワタクシも子供じゃございませんし、もういい加減放っておいて頂きたいのですけど」「うっわー、余裕だね!」「……」ソウデスカコウコウセイニモナッタラホウッテオイテホシイデスカ。わが身を省みると、とても平静ではいられない黒崎(反抗期前の妹が二人)。実の兄を事故で亡くしているのに、兄自慢?をけろりとして聞いている井上とは、どうやら器が違うようである。
2007年08月17日
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死神も滅却師も虚もいない、だから黒崎は未だ石田を認識していないし石田のほうも興味が無い、掟破りの完全パラレルです。どうもすみません。石田とチルをどうにかしようと思ったらこれしかなかった。サンダーウィッチだから鳴神さん、石田は将来婿養子になるので鳴神雨竜になります。織姫はウルと付き合っている設定なのですが、どうしても日本名に出来なかったので出番がありませんでした。社長の嫡男で高校教師、母親の違う弟妹が十人以上いるってところだけは決まっているんですが(笑)。続編を書く予定はありますが、「そういやあんたの彼氏」扱いで終わったりして。 (Jan 22, 2007 09:20:26 PM)
2007年08月05日
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「何でてめえが知ってんだよ!」「何でって兄貴が」「あいつかー!」譲には兄が大勢いるが、うち一人が一護の学校の教諭で、一護の元彼女の今彼だったりするのである。世の中って案外狭い。「あー、念のため言っとくけど、オレに喋ったのは兄貴じゃなくて井上だぜ?賑やかで羨ましいとか言ってた」「……あの女か」譲は頭を抱えた。一度だけ兄に引き合わされたことがある。たしかにランクは高いのかもしれないが、正直……「あっ、黒崎君だ!Jくーん!」能天気に高い声を張り上げられ、二人は一瞬固まった。噂の彼女が手をぶんぶん振りながら駆け寄ってくる。住宅街のど真ん中という場所柄も気にせず大声を上げる級友に、一護は苦笑しつつ手を振り返したが、譲はBダッシュで逃げ出した。「Jくーん!どうしたのJ君」「……あー、なんか用を思い出したんだと」「そうなの?せっかく未来のおねーさんがお茶を奢ってあげようと思ったのに」今から年下の女に姉貴面されたくないんだろ。つーか気ィ早すぎだ井上。「あと……まさか、今からあいつに「お義姉さん」と呼ばせようとしてないだろうな」井上は一瞬きょとんとすると、大袈裟に身悶えた。「「お義姉さん」!いい響きッスね!流石黒崎君!」……ワリィ。余計なこと言ったみてえ。一護は内心譲に手を合わせた。
2007年07月14日
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黒崎一護は、不良だと言われている。まあ、派手な髪色(本当は生まれつきなのだが)の上、強面で、何時も不機嫌そうな表情をしていて、おまけに喧嘩ばかりしている(売られる側なのだが)(そして必ず勝つ)のだから仕方が無い。彼に思い入れのある不良は恐らく町内に30名以上いるだろうが、肝心の一護が顔と名前を覚えているのは、内一割ほどだったりする。今日、彼に喧嘩を売ってきたのは、その一割の中の一人だった。「お前、懲りねえなー」「うるせえっ!」藍染譲はがーっと吠えた。彼は一護とは別の高校の一年生だが、実は一つ年上だ。去年まだ中学生だった一護との喧嘩が元で停学を喰らい、ギリギリセーフだった出席日数が足りなくなってもう一度一年生をやる羽目になった。一護が「懲りない」と言ったのはそれを指している。「俺、もうてめえとはヤる気ねえから。じゃあな」「くだらねえ同情してんじゃねえっ!」確かに留年は悔しいが、だからといって敵に情けなどかけられたくない。しかし一護は。「いや、そっちじゃなくて」一護が気にしているのは、「てめえの家の事情を聞いちまって」「何ィィィィッ!」譲は絶叫した。普通、不良というのは家庭の事情を知られたくないものだ。一護も譲も例外ではない。一護の場合、「小学生の妹二人に頭が上がらず、親父がお袋の巨大パネルを居間に飾るお調子者のど阿呆。近所でも評判のアットホームな家庭です」というのが恥ずかしいから人に知られたくないが、譲の場合は、「親父がサラ金の社長で、ロリコンの女ったらしで、母親の違う兄弟が十人以上いて、とにかくぐちゃどろで目も当てられない」というのが恥だから隠したい。
2007年07月13日
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「あたしにフェチっ気はないっ!」鳴神が怒鳴ったが、井上は「だってその店員さんが元彼で、今が石田君でしょ?普通それだけもめて別れたんだったら、逆のタイプを選ぶんじゃない?ルカちゃんはもてるんだし」「どっちも成り行きよ!」「石田、この売女と付き合っているのか」日登の敵意に満ちた眼差しに、石田は眼鏡を上げつつ「誹謗は止めたまえ。自分の格すらも落とすことになる」「こっちの台詞だ!お前もこんなのと関わると、残りの学生生活が滅茶苦茶になるぞ!」何があったか聞きたいが聞いていいものか迷う。「とりあえず嘘は言ってない」「針小棒大って言葉を知らないのか」また喧嘩が再開されようとしたが、井上だけは全く動じず、「眼鏡が本当に嫌いなら、石田君がそれだけ良いってこと?そうだよねルカちゃん」うわあ。笑顔で何聞いている!ツンデレに、公衆の面前でデレ強要か?有沢たちも石田も、日登までひいている。「あ……あのね……」鳴神は顔を引きつらせたが、井上は全く気にせず、「そうなんだー、いっやー中てられちゃうねーこのこのっ!」「あたしは眼鏡萌えよ!眼鏡なら誰でもいいのよ!」鳴神はやけっぱちで叫んだ。石田は怒らなかった、というか二人とも二度とこの件について語ろうとはしなかった。
2007年05月30日
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あれ。何処かで見た顔……。「って日登ー?」「やっぱり鳴神か!」鳴神地留は飛び上がるように立ち、日登晃はトレイで近場のテーブルをぶっ叩いた。「何しに来たこの売女!」「お茶に来たのよ!」「他の店に行けよ!目障りなんだよ」「自分に会いに来たとでも思ってんの?相変わらずの勘違いっぷりね」「眼鏡は嫌だって言っただろうが!」「眼鏡じゃなくてあんたのキャラが痛いって言ったのよ!」「オレの何処が痛い!」「全部よ全部!この理系キモオタ!」「場違いコギャル!」「自称天才!」「化粧ケバい!」「貧弱体型!」「シリコン胸!」「全身整形したら?」おいおいおいおい。ウェイターと客というのを抜きにしても問題だぞ君たち。あからさますぎるだろ。店中ドン引きしつつ二人を見守っていたが、「何だ、眼鏡萌えだったんだね」井上のこの一言に二人も凍りついた。
2007年05月29日
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「まあまあ一杯」居酒屋じゃないっての。周囲の視線もなんのその、井上は担当でもない石田を無理やり空いている椅子に座らせ、自分のコップを握らせた。「せめて何か頼んでくれないかな……」「じゃあアイスティ」「はいはいアイスティ一丁」井上ラブな本庄が注文を持っていき、石田は逃げ場をなくした。「石田君は一番人気なの?」「まさか。ローテーションで二番くらいかな」「おお、石田君っぽい順位だ」どういう意味かなそれは。僕は一応学年主席で部長なんだけど。「出席番号も二番だし」そこか。「一番さんはどの人?」「ああ……」ぐるりと店を見回す石田は、店員の一人がこちらをじっと睨みつけていることにやっと気がついた。やっぱり座っているのはまずいか。立ち上がる石田を見ないようで見ていた鳴神も、その店員に気付いた。
2007年05月15日
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眼鏡カフェ。「何、そのコアな業種……」フェチっ気のない鳴神はドン引きだが、「需要があるんだよ!」と石田は胸を張った。(無論、内心とは多少ずれがあるが)「今日すんなり入れたのだって、井上さんが予約を入れておいたからなんだ。わかったら早く席についてくれたまえ」「ふん、その言い草、本当客商売に向いてないわね」鳴神が鼻を鳴らしたが、珍しく本庄がフォローを入れた。「いいのいいの、コイツこのキャラが結構受けてるから。それよりご注文をどうぞ」もっともである。「アールグレイ」「ケーキセットにしようかな。でも太ったら嫌だな」「コーヒーはないの?じゃあレモンジュレ」「ダージリンとホットサンド」「あたしエビピラフ。ルカちゃんは?」「……ウパティ」「え、何それ?」「木の実のタルトにしようかな。チーズケーキのほうがいいかな」「ナッツは意外とカロリー高いよ」「でもおいしそう」店員そっちのけで喋り捲る女子高生の群れに、些か刺のある視線が向けられるが、気付いたのは話に混じれない鳴神だけだ。見たところギャル系なので、特に周りから浮いているせいもある。つまらないと大書きされた顔の前に、石田が(固形の中で一番安い)スコーンの皿を置いた。「頼んでないわよ」「奢りだよ」ツンデレ店員の珍しい行動に、周囲からどよめきが起きる。「何、一人だけ奢り?」「いやあ、愛だね、愛!」「……随分安い愛ね……」有沢の非難より井上に囃されたのが心苦しく、鳴神はわざと「250円」に突っ込んだ。
2007年05月07日
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石田雨竜は、部活のない日にはバイトを入れている。全く愛想がないにも関わらず、接客系だったりする。「ルカちゃーん、お茶行こう!奢ってあげる」「行かない」「ええっ、石田君なら一発OKなのに!」「一緒にしないでよ。大体ルカちゃんって何?」「ナルちゃんは嫌だっていうからルカちゃん」「……」地留でいいと思うんだけど。井上織姫が何を考えているのか、鳴神地留には未ださっぱりわからない。鳴神は手芸部の部員というか生きたマネキン扱いなので、部員たちでお茶に行くのなら行ってもいいが、今回は組の友人たちと出かけるらしい。井上と石田しか接点がないメンバーとお茶に行くなんてごめんだ。「ルカちゃん、石田君のバイト先行ったことある?」「……ないけど」互いに「相手が言わないことは聞かない」という自主ルールがあるからだが、何処でどんなバイトをしているのかも知らなかったりする。「あたしも知らなかったんだけどね、千鶴ちゃんがバイトにいったら石田君がいたんだって!様子、見に行こうよ」「え、あいつ接客なの?」てっきり工場とか技能系のバイトだと思っていた。でなければレジ係とか。あの態度と性格で勤まる喫茶店がこの国にあるのか。かなり本気で驚いた鳴神は、気がつけば井上に校舎から引っ張り出されていた。「いらっしゃいま……せ……」本庄千鶴がバイトに入った時点から、何時かこの日が来るとわかっていたが、実際友人一同連れ立ってこられるとはやり焦る。「やっほー、来ちゃった♪」「ああっヒメ、あたしに会いに来てくれたのねっ!」「ウェイトレスが客を襲うなっ!」どげっ。「たつき、あんたも外ではちょっと手加減しなよ」学校では見慣れたやり取りだが、バイト先では遠慮して欲しい。とシミジミ思う石田だ。「こ、こちらにどうぞ。後でご注文を窺いに参ります」「石田、あっちのテーブル!あたしの担当にして」「はいはい」それについて不満はない。「あ、でも六人だからテーブル二つで、担当二人でも問題ないんじゃない?」「ダメダメ、コイツ目当ての客結構いるのよ」「え、石田君、人気あるんだ……」「ツンデレ好きが多くってさ」「てっきり厨房担当だと思ってた」鳴神は一つ溜息をついた。「……あたし、やっぱり帰るわ」「え?何で?」成り行きのようについてきた鳴神だが、石田が担当じゃないので拗ねて帰る、というわけではない。単に、どんな店だか聞いていなかったので、何となく違和感を感じたのである。外装はわりと新しめ、市内ではかなり格上というかお洒落な感じ。メニューを見る限りは堅気の喫茶店。制服は男女ともシンプル系。だが何かがおかしい。「石田、この店の採用基準ってどうなってんの」「……最低条件として、眼鏡着用」要するにいわゆる眼鏡カフェである。
2007年05月06日
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「譲君って呼んでいい?苗字だとお兄さんと一緒で紛らわしいよ」「止めろ。嫌いなんだよ名前」「じゃあJ君」「古くせえな」「えーと、ジャガー君」「何だそのかっこつけてんだかわかんねえセンスは」「ジャック君」「大体誰が仇名をつけろと言った」「ジャバウォック君」「それはてめえだ!」結局J君に決まりました。
2007年05月02日
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石田と鳴神は仲がいい。そう面と向って言われると、双方躍起となって否定するのだが、休日にはこうして一緒に外出したりする。ツンデレ同士の男女というのは厄介なものである。「……帰る」先刻までガンガン怒鳴っていた女がトイレに立て篭もり、三十分以上立って出てきてからこう吐き捨てたのだ。怒りっぽさでは引けを取らない石田も、内心かちんときたが、それより鳴神の顔色が悪いのが気になった。普通の男なら「気分でも悪いのか?」と声をかけるだろうが、すまして「それじゃ、また明日」「……うん」それから彼女が堪りかねてへたり込むまで、尾行すること約十五分。ツンデレの扱いはツンデレが一番良く知っている、のかもしれない。「うちのクラスの黒崎の実家が、個人病院らしいんだけど」わざわざ縁故を気にするのは、さもしいが、「少しまけて貰えるかもしれない」と考えてしまうからだ。二人とも一人暮らしで、バイトもしているが、基本的に懐が寂しい。デート?でも、「金は一銭も使わない」という暗黙の了解があるくらいだ。(お昼は、公園で石田が作った弁当を食べる)出先のことなので、無論保険証など持っていない。「男の医者は嫌……」痛みにうめきながら主張したのは、それが下腹部の痛みだったからだ。石田には言い辛いが。「じゃあ……」どうしよう。女医さんが確実にいる病院なんて、石田は一つしか知らない。場所も、幸か不幸か黒崎医院より近い。日曜の午後でも診察している。そして何より、この見栄っ張りが無様に座り込むほど痛がっているのを、これ以上放置しておくわけにはいかない……!「仕方ないな、僕がおぶっていくよ」「え」鳴神が思わず聞き返したのは、「おんぶなんてかっこ悪い」以上に、「こいつ人間を背負って歩けるのか?」と心配になったせいだ。「大丈夫だよ。近くの病院に行くだけだから」「う……」渋々従う。仕方ない、本当に痛いのだ。石田は彼女をしっかり背負うと、ぐっと地面を踏みながら歩き始めた。モデル志願のシェイプされた肉体に感謝しながら。空座中央病院までは、幸い一区画ほどしかなかった。運が良かった、と石田はとりあえずほっとしたが、その肩に、ぎゅっと指が食い込んだ。「この病院、見たことある……」「そうかい?一応、市内で一番大きい総合病院だからね」来たことがあってもおかしくないと思ったのだが、エントランスに差し掛かったあたりで、急に鳴神が暴れ出した。「……ここ嫌。怖い感じがする」「え?」病院で怖い思いをした人間など珍しくも無いかもしれないが、「降ろしてよ!あたし帰る!」鳴神はいきなり暴れだし、ただでも少し無理をして彼女を背負っていた石田は、バランスを崩してしりもちをついた。……要するに、彼女をクッションにしてしまったわけだ。その感触に慌てて立ち上がるが、さっきまで痛みに蹲っていたはずの鳴神が、その一瞬のうちに逃げ出したのだから、本気で驚いた。「病院が怖いなんて、子供じゃあるまいし」たまたま近くにいた小学生の女の子が、軽蔑したように言ったが、石田には、そんな簡単な恐怖とは思われなかった。(1月18日 前日記より)
2007年02月26日
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「わりい、やっぱりダチでいたい」そう切り出されたのは始めてのデートの帰り道だった。黒崎君と仲が良かった朽木さんに、社会人の彼がいることがわかって、たつきちゃんが黒崎君を呼び出してくれたのが9月5日。あたしの誕生日。黒崎君が、「まだ好きになるかわかんねえけど、それでもいいなら」OKしてくれたのが次の日。そして始めての休日、初めてのデート。「性格は嫌いじゃねえけど、趣味があわなすぎて疲れる」……速攻で駄目出しされました。ああでも。黒崎君、全然楽しそうじゃなかったからな。仕方ないのかな。たつきちゃんになんて言おう。せっかく応援してくれたのに。「……で、公園で泣いていたらろくでもない連中に囲まれて、それを助けてくれたのがあの淫行教師だってのね?」「えー、淫行はないよ千鶴ちゃん。まだキスもしてないもん」「教え子と付き合う時点でアウトだと思うわ」「普通くびだよね」秋空の下で昼食を取る女子高生たちは、堂々新任教師と付き合っている友人に突っ込んだ。「でも、趣味が合うし」「合うの?」それは珍しい。「初めてのデートで、試しに黒崎君のときと同じルートにしたけど、何もいわれなかったよ?」「……」ちらりと視線を交わす友人たち。「確か……「ヘ○ライザー3」を観て、ラーメン大食いにチャレンジして、「かわいいや」で買い物して、ケーキバイキングでお茶したのよね?」「うん。よく覚えてるね鈴ちゃん」実は全員覚えている。「きっついなー」という理由で。「お土産にシュークリーム買ってくれてね、本当にいい人だってわかったからちゃんとお付き合いすることにしたの。でも法律に触れるようなことはしてないよ」確かに黒崎より遥かにお似合いかもしれない。しかし。「だからシュークリーム作って職員室にもっていったわけ?」「うん、バイキングでも6個くらい食べてたから、好きなんだなって思って」「少しは人目を憚りなよ……」その日、救急車で運ばれた鍵根教員は、以来シュークリームを見ると蕁麻疹が出るようになったとの噂である。しかし、それより大量に摂取したはずの人物が平然と授業を行っていたので、織姫は犯罪者の汚名を被らずにすんだともっぱらの評判だ。
2007年02月10日
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(「彼女の現状。」の続き)石田と鳴神は、帰りは途中まで一緒だが朝は別々だ。方向が違うので仕方ない。無理すれば同行できるが、どちらもツンデレなのでそこまでしようとは言い出せない。登校時間は石田のほうが先なので、鳴神が3組まで出向いてくる。ツンデレにしては拘束時間が長いような気がするが、話の都合なので気にしてはいけない。その朝、教室には鞄を置いただけの鳴神が隣の教室に入ると、石田が難しい顔でなにやら読んでいるのが目に入った。「何読んでるの?」「ああ……今朝、父が送って来たんだよ。なんのつもりか知らないけど」それは、どうもネットの記事をプリントしたもののようだった。「少女の死」なんたらという見出しが躍っている。「それ、もう読んだわ」声をかけてきたのは髪の長い女だった。何度か石田と話しているのを見たことがあるが、焼餅を焼いていると思われたくないので、名前などは聞いていない。「中国で、若い農民が女の赤ちゃんを拾った。二人は貧しくとも幸せに暮らしていたが、娘は小学校に入ってすぐ白血病に罹ってしまう。父は家を売って入院費に当てようとしたが、覚悟を決めた娘は病院を退院。この親子の話が新聞に載って、寄付金が集まり娘は遅ればせながら化学療法を受けられることになるが、既に体力が尽きており、結局死んでしまう、という話よ」特に表情も変えず、一気に言い切る。アナウンサーかあんたは。鳴神は微かに顔を歪めたが、何となく話を聞いていた周囲の連中は、「うう、可哀想……」「いい話ね」などと涙腺を緩むに任せている。その反応に、鳴神の元々短い堪忍袋の緒が切れた。「ああ、可哀想?いい話?ちょっとあんた、それって泣き系の小説かなんかなの?」「実話らしいわよ」「実話?実際に七つかそこらの子供が死んだのがいい話?ざけんじゃないわよ!むしろこれは……ムカつく話よ!」言いたいだけ言うと教室を飛び出した鳴神を、石田その他はぽかんと見送った。うるうるしていた女生徒たちは、何かヒソヒソ呟きあいながらその場を離れ、ある意味一番体裁が悪いはずの国枝は、平然と石田に話し掛けた。「確かに、只の美談にしてしまってはいけないんでしょうね」「……そうだね」石田は強張った顔を隠すように眼鏡に指を当てる。「石田の実家って病院だったっけ?医療関係者が何を考えてこれを子供に送りつけたのか、ちょっと興味があるわ」「……」あいつもこれを読んでムカついたんだろうか、と石田は声に出さずに呟いた。(日経BPにあった話をほぼそのまま引用しています)
2007年01月26日
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「譲ー、譲、何処にいったんだい?」「あの子なら空座高校に出入りの様ですわ」「またかい?困った子だねえ」あんたほどじゃありません、と市丸は腹の中で雇い主に突っ込んだ。「普通兄の仕事先に喧嘩しに言ったりしないものだけどね。そういえばあの二人は子供の頃から仲が悪かったよ」「そうでしたっけ?」市丸は首を捻る。今年目出度く独立した愛染の長男は、ほんの少し年が離れているだけの六男の世話を父親に押し付けられていたのだが、我の強いもの同士喧嘩しつつ上手くやっていたような、と思う。ま、そこまで目が届かないってことでしょうよ。何しろこの男、漸く四十代だと言うのに、手前の餓鬼の数を年中間違えているくらいなのだ。認知している数だけで十人、私生児も含めると市丸も正直ちゃんと覚えているか心もとない。当然母親はばらばらだ。ついでにぴちぴちギャル(死語)がお好み。屋敷及び職場の女性は全員御手付き。……これでは、子供がぐれるのも無理は無い。「譲はね、優しい子になって欲しいと思って譲という名にしたんだよ」「はあ」「なのにどうしてああ我侭意地っ張りなのか……母親の血が悪かったのかね」コメントは差し控えたい。「お兄ちゃんもね……素直ないい子だったのに、たかが女一人のために父親を捨てていくなんて……そんな子に育てた覚えは無いよ!」育てたのはボクですけど。第一秘書は思わず全力で突っ込みかけた。コイツの自慢の長男は、大学まで見事に猫を被っていたのだが、卒業後けろりとして家を出、高校教師としてごく真っ当な?暮らしをしている。この後、年に一人以上ずつ誰か大学を卒業するが、一体何名がこの父親のもとに残るか、非常に楽しみ……もとい心配でならない市丸だった。(1月23日 前日記より)
2007年01月26日
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(「地に留まりし幻影」の続き)普通、男女交際を始めると成績が落ちるらしい。だったら、やっぱりあたしたちは付き合っているわけじゃない。期末の順位表を確認しながら、つい自分に言い訳をする鳴神地留は、……中間より9位も順位が上がっていた。鳴神は入学当時、15歳にしては成熟した体つきで、化粧にも気を入れていたため非常に男に人気があったが、大変気が強かったためにあっという間に全員離れていった。そしてバイト漬けの夏休みの後、二学期に登場したのが、地味系メガネで彼女と張り合えるほど気が強い石田雨竜だった。石田は鳴神と同じ一年生ながら何故か手芸部部長を務めており、そのモデルを頼まれたのがきっかけで、その契約期間がとうに終わった後も何故か付き合いが続いている。一緒にお昼を食べたり(クラスが違うのに)、放課後お喋りをしたり(入部していないのに)、休日を過ごしたり(趣味が違うのに)。どちらもあまり同性の友達がいないので、傍から見るとかなりべったりしている。なのに何故彼女の成績が(学年17位から8位まで)上がるのかといえば、二人が付き合い始めたのが冬だったからだ。言うまでもなく冬は寒い。しかし二人とも一人暮らしで、出来るだけ電気代を節約したいので、「部屋でまったり」というふうには考えなかった。喫茶店に入るお金はないし、ファーストフードは石田が嫌いだ。というわけで、デート?は毎回図書館で勉強会、お昼は隣の公園で石田の手作り弁当、19時閉館後駅前でばいばい、という、教科書に載せてもいいくらい模範的なお付き合いをしている。人前で勉強、ということに一瞬難色を示した鳴神だが、「何か本でも読めばいい」と言われて速攻拒絶した。連れの勉強に付き合っている、と見られるくらいなら普通に勉強していたほうがまだマシだと思ったのだ。……ツンデレも、色々考えることがあって難しい。「凄い鳴神さん、全学年で8位だって!」「別に……」全然親しくないクラスメートが話し掛けてくる。気のせいか、教師たちの見る目も違う。「やっぱり主席のカレシは頼りになるわね」「カレシじゃないし!全然頼ってもいないわよ!」男に頼るなんて心外だ。勉強が出来るからってどうでもいいし。「案外安定志向なのね」と陰で言われていても、それなりに彼女は満足していた。たとえそうは見えなくとも。
2007年01月25日
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「変な服!」これがなれ初めだったりするのだから、人生侮れない。事の起こりは、高校生限定の某演劇大会だったりする。空座高校演劇部もこれに参加すると聞いて、仰天したのは手芸部のメンバーだ。演劇大会とほぼ同時期に、これは毎年恒例の、素人によるファッションショーが某大学で開催される。例年、舞台慣れしている演劇部のメンバーにモデル役を依頼していたのに、今年はそれが望めなくなったのだ。部員総出で「スタイルが良くて歩き方が綺麗な生徒」をピックアップ、どうにか必要数を口説き落としたのだが、この中にとんでもない難物が混じっていた。1年2組、鳴神 地留。「お人形さんみたい」と言われるルックスと颯爽たる所作、非常に高い自己顕示欲、とモデルをやるために生まれてきたような娘だが、問題は、「こんなセンスの悪い服を着れっていうの?」……自分の趣味に絶大な自信を持っているところにあった。「どこがおかしいっていうんだ!」堂々と言い返したのは部長の石田だ。一目で彼女を気に入り、嬉々としてデザインをしていたのに、今では毎日喧嘩ばかりしている。喧嘩はしても意見は出来るだけ取り入れようとしているので、喧喧囂囂で全く作業が進まない。それほどポリシーが無い某部員が、担当の交代を申し出たが、「逃げたくない」で一蹴された。部長に作業を手伝ってもらう気でいた部員たちは既に半泣きだ。鳴神ははっきりした好みを持っていたが、全くの素人の上に画が下手で、「こういうのがいい」と上手く説明できなかったのだ。「石田君、間に合いそう?」ずけずけと聴いたのは、部員の中で最も石田と親しい井上である。非常にレベルの高い容姿の持ち主で、自分がデザインした服のモデルをすることが初めから決まっている。……石田や鳴神以上特異なセンスの持ち主なため、「引き受け手がいない」という陰口も叩かれていたが。「布地と、ミニのワンピースにすることだけは決まっているんだ。ただ、デザインの点で中々折り合いがつかなくて。自信たっぷりのくせに素人だから要領を得なくて困るよ」「服を見せて貰えばいいんじゃないかな」「服?」「普段着てる服を借りるの。そうすれば、どんなのが好みかわかるよ」「……なるほど」言われてみればその通りだ。「井上さん、後で鳴神さんに頼んで貰えないかな」「え?あたし?」「男に服を貸すなんて嫌だと思うから」井上は首を傾げた。「友達でもない相手に貸すほうが嫌じゃないかなあ」「友達……」「鳴神さんをスカウトしたのはあたしだけど、それまでは喋ったこともなかったんだよね。引き受けてくれたのも、義理とかじゃなくてストレートに「やってみたかった」からだし。鳴神さんは可愛いけど態度がきつくてクラスメートともあまり口を利かないらしいし、ガンガン言い合える石田君のことは、結構信用してると思う」「でも僕は、彼女の個人情報を全く知らない」「石田君と同じ蠍座で一人暮らし、お昼は毎日購買、サンドイッチがお気に入り!」「……当人に聞かなきゃ意味が無いよ、井上さん」「大丈夫!スリーサイズも靴のサイズも知ってるなんて、ある意味彼氏以上だから!」などと話しているところに、井上の親友の有沢が駆け込んできた。「織姫!」完全に形相が変わっている。「鳴神が鍵根にとっ捕まったって!」二人は顔を見合わせた。「何処に?」「進路指導室」石田は決意の表情で立ち上がった。此処で彼女に脱落されては困るのだ。「頑張れ石田君!此処が男の見せ所!」井上が無責任に場を盛り上げた。鳴神は、成績はかなりいいのだが、一部の教諭たちには完全に睨まれていた。基本的に反抗的なのだ。体育教師の鍵根は、古典的なタイプの憎まれ役で、有沢の幼馴染みの黒崎なども、しょっちゅう難癖をつけられている。「鳴神、お前、夕べは何処にいた?」「自分の家にいました」そっぽを向いたまま答える。「10時過ぎに、繁華街をうろついているのを見た奴がいるんだぞ」「知りません」冤罪ではない。事実である。しかし認めるわけにはいかない。「あんな時間に何をしていたんだ!」「……」何をしてたっていいじゃないか、と言いたいのをぐっと堪える。愛想というものが凡そ欠落しているので、味方はどこにもいない。ただ、しらばっくれるしかないのだ。……味方なんかいない。モデルの真似をしたかったのに、とぼんやり考えていたら、「失礼します」返答も待たずにドアが開いた。「何だお前らは!」鍵根は怒鳴りつけたが、それで済ませたのは、1年でも五指に入る優秀な生徒で、勿論素行もいい石田と井上だったからだ。「鍵根先生、鳴神さんはなんの疑いをかけられているんでしょうか」石田は優等生らしく、落ち着いた口調で聞いた。「昨日、隣町で夜遊びを」「してないってば!」「黙ってろ!」「何よ……!」石田はくいっと、眼鏡のフレームを持ち上げた。「先生、それは人間違いです。鳴神さんは、夕べ僕の家に来ていましたから」「……はあ?」鍵根と同時に鳴神もあんぐりと口をあけたが、幸い彼は石田の顔を凝視していたので気がつかなかった。「彼女には部活に協力して貰っていますし、一人暮らしなのに料理が下手でろくなものを食べていないということなので、夕飯を作って上げたんです」「ちょ……」ちょっと待て。勝手に人を料理下手にするな。鳴神は状況も忘れて言い返そうとしたが、井上が「ずるい石田君!あたしも呼んでくれればいいのに」と、やはり場にそぐわぬ突込みを入れたお陰で不発に終わった。「御免井上さん、鳴神さんの名誉に関わると思ったから」「じゃあ今日石田君ちに行っていい?」「いいよ」鍵根はぽかんと口を開けたままだ。彼の感覚だと、石田のような経歴に傷の無い優等生が、夜半女子を次々家に引っ張り込むなんてありえないのだ。「先生、勿論僕と鳴神さんの間に疚しいことは何もありません。一緒にご飯を食べて、部活の話をしただけです。誰が何処で彼女を見たと言っているのか知りませんが、それはその人の勘違いです」「……」鍵根は返答に詰まった。彼女を見たのは彼自身ではない。そして、石田や井上の堂々とした態度を見ると、今時の女子高生が仲のいい男子生徒の家に放課後遊びに行くということは、それほどおおごとではないらしい。結局、鍵根も鳴神当人も殆ど喋れないまま、なし崩しに無罪放免となった。「何考えてんの、あんたたち」鳴神がまともに喋れるようになったのは、学校を出てからだった。「下手すると、とばっちりで停学くらい喰らったかもよ」「それでも仕方ないさ」石田は新しいデザインを考えながら答えた。「君がいなければ、どうせショーは失敗だからね」「……」どう答えて言いかわからず、結局黙り込んだ彼女を、井上はにこにこしながら見ている。三人がかりで一晩詰めて、どうにか出来上がった服は、鳴神にとても良く似合っていた。(1月15日 前日記より)
2007年01月22日
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