創刊号以来、連載をつづけてきた「ワインの保存」の検証も終了に向けていよいよラストスパートである。
「一般家庭で、セラーのない環境でワインを1~2年保存することは可能だろうか?可能だとしたら、どのような方法がベストなのか?」というテーマで連載を続けてきたが、この疑問への答えは、8号の記事の時点で概ね見えたといってよいだろう。
簡単におさらいしてみると、ポイントは大きく以下のような点に集約される。
1. よく言われる、「北向きの押入れに保存」という方法は、密閉度が格段に向上した現代の家屋事情や、地球温暖化の影響により東京地区でも普通に35度を超えるようになった夏場の気温を考えると、相当にリスキーであるといわざるをえない。ロケーション次第で、確かに夏場でも30度以下に収まる部屋もあるかもしれないが、検証に利用した編集部の一室などは、室温が35度を超えていた。
2. それよりは、長時間エアコンで温度管理された部屋(=たいていの場合、リビングに相当)に置いておく方が結果は良好だろう。ただし、リビングだと、夜間はエアコンを切ってしまう場合が多いし、日中の温度管理も概ね24~26度と、ワインを保存するにはやや高めである。実際に検証した結果はといえば、1年程度であれば十分持ちこたえていたが、2年以上は変化が顕著になってしまってかなりツライ(3年は論外)というところだった。3. では、ワインへの影響がもっとも大きい夏場のみ冷蔵庫に避難させたらどうだろうか。
6月から10月の期間中冷蔵庫で保存したボトルは、ずっとリビングに保存していたボトルに比べると、その違いは顕著で、ひと夏経過時点では、良好な状態を保っていたし、ふた夏経過後になると、さすがに変化は大きくなったものの、単体で愉しむ分には十分許せるレベルに収まっていた。
ということで、セラーなしでワインを保存する場合は、1年(頑張って2年)程度なら、『夏場冷蔵庫に避難させておき、それ以外の季節は温度管理されたリビングなどに保存しておく』ことによって、変質や劣化をなんとか最小限にキープできそうだというのが、当連載によって導かれたおおよその結論である。
ところが、ここで別の疑問がわいてくる。それは、「本当に冷蔵庫を利用して大丈夫なのか?」ということだ。
冷蔵庫は、コンプレッサーの振動がよくないとか、他の食品の臭いがうつるとか、温度が低すぎるとか、湿度が低くコルクが乾燥するとか、扉の開閉による温度変化や振動がよくないとか、さまざまな理由でワインの保存には向かないと論じられがちだ。しかし、1~2年、もしくはひと夏程度の期間の保存でそれらがどれほど影響を与えるものなのだろうか?その疑問に答えるために、約1年間ずっと冷蔵庫に入れっぱなしにしたボトルをセラー保存のボトルと比較検証した結果が以下の表である。
<1年経過後の冷蔵庫保存とセラー保存との比較テイスティング>
冷蔵庫(通常室)
違いがある | わずかに違いがある | わずかにあるが気にするレベルでない | ない | |
---|---|---|---|---|
ブルゴーニュ |
● | ●●● | ●● | |
ボルドー
|
● | ●● ●● | ● |
違いがある | わずかに違いがある | わずかにあるが気にするレベルでない | ない | |
---|---|---|---|---|
ブルゴーニュ |
●● ●● | ●● | ||
ボルドー
|
● | ●● | ●●● |
集計結果をみるとややバラつきがあるようにも思えるが、これは同時に検証したアイテムなどの影響もあってのこと。それまで検証してきたいくつかのテーマの中でも、セラーに保存していたボトルにもっとも近い状態だったのが、この「通年ずっと冷蔵庫に保存していたボトル」だった。これはすなわち、「少なくとも」1年程度の保存においては、庫内の臭いが移っていたとか、乾燥してコルクが縮んでいたとか、あるいは低温とか振動とかいったよく言われる冷蔵庫のネガティブな影響が顕在化しなかったことを意味する。また、冷蔵庫については毎回通常のスペース(以下「通常室」)と「野菜室」とを比較してきた。理屈の上では湿度が高めにコントロールされている野菜室の方が良好な結果になるはずだが、このテーマを含めて野菜室と通常室で顕著な差が見られたことは今までのところほぼゼロだった。
■今回は「冷蔵庫保存」の2年後。
ということで、最終回の検証にあたる今回は、「冷蔵庫の野菜室および通常室で2年間(正確には2年2ヶ月)保存していたボトルとセラーに保存していたボトルの違い」を検証してみた。
前述のとおり、1年保存した時点での検証で、冷蔵庫が有効であることはある程度見えた。
しかし、世のマニアの冷蔵庫アレルギーはなかなかのもので、私の周囲の友人からも、
「冷蔵庫に入れっぱなしにしておいたら、臭いがうつった。」「乾燥でコルクが縮み、そこから空気が入って劣化する」「1年程度ではそれが顕在化しなかっただけだ。」という意見が根強くあった。それならば、ということで、今回は2年間(正確には2年2ヶ月)、冷蔵庫に入れっぱなしにしておいたボトルをセラー保存のボトルと徹底的に比較してみることにしたのだ。
実験に用いた銘柄は前回までと同様、ボルドーの代表としてシャトー・タルボ '99、ブルゴーニュの代表としてニュイ・サン・ジュルジュ '99(ミシェル・グロ)。輸入元はラックコーポレーション、購入店は東急吉祥寺店。
テイスティング方法は今までと同様、INAOのテイスティンググラスにセラー保存(基準ボトル)、冷蔵庫の通常室、冷蔵庫野菜室の3種類を並べ、1番目のグラスを基準グラスとして、2番目以降のグラスの違いを見ていった。テイスティングは、ブルゴーニュ、ボルドーの順で、それぞれについて抜栓直後と30分後の2回ずつ行った。
参加者は私と徳丸編集長、それに編集部の二人を加えた4名。
なお、冷蔵庫は、編集部員宅の通常の3ドアのものを使用させていただいた。以前、庫内の温度と湿度を計ってもらったところ、以下の通りだった。
温度(平均) 湿度(平均)
通常室 5-6度 50%
野菜室 8-9度 70%
■テイスティング結果
<1年経過後の冷蔵庫保存とセラー保存との比較テイスティング>
冷蔵庫(通常室)
違いがある /わずかに違いがある/ わずかにあるが気にするレベルでない /ない
ブルゴーニュ --/ ●/ ●/ ●●
ボルドー --/--/ ●●●/ ●
冷蔵庫(野菜室)
違いがある/ わずかに違いがある/ わずかにあるが気にするレベルでない /ない
ブルゴーニュ -- /●/ ●●/ ●
ボルドー --/-- / ●●● /●
1年目の検証結果から、ある程度予想されたことだが、やはり通年冷蔵庫で保存したボトルは、リビングや常温環境のものとは比べ物にならないほど良好な状態を保っていた。おそらく、この検証のように、厳密にセラー保存のものと比較しない限りは、これらのボトルがそれとはわからなかっただろう。テイスターたちのコメントも概ね以下のようなもので一致していた。
・酸のキレがよい。(ブルゴーニュ)
・セラーのものより熟成が遅く感じる。(全般)
・ピュアな味わいでフレッシュ感がある。(全般)
・香りが少し弱い。(全般)
・ややヒネ香が感じられる。(通常室のブルゴーニュ)
・苦味や木質っぽいフレーバーが基本ワインより目立つ。(ボルドー)
・セラー保存と比べると、ややテクスチャーが毛羽立った感じがある。(全般)
なお、この中で通常室のブルゴーニュだけは、ややヒネたニュアンスが感じられ、それに敏感に反応して「違いがある」と指摘したテイスターもいたが、他のボトルの状態などから考えるに、これは冷蔵庫保存による影響ではなくて、おそらく個体差だと思う。さて、今回の試飲で特徴的だった点をまとめると、
1. セラー保存との違いは、まさに「わずかにあるが気にするレベルでない」というもの。その違いにしても、温度の低さに起因すると思われる熟成の遅さ、それによる果実のフレッシュ感やタンニンのしっかり感などの必ずしもネガティブでない項目を指摘する人が多かった。
2. 最大の興味の対象であった、「冷蔵庫内の環境に起因する顕著な変化や劣化」は、ほぼ見られなかったといってよい。あえて挙げると、庫内の振動の影響によるものか、ややテクスチャーが毛羽立ったような感がなきにしもあらずだったが、それにしてもセラー保存のボトルと一生懸命利き分けた時の印象で、単体で飲んだとしたら、指摘されることはなかったと思われる。もちろん他の食品や庫内の臭いがうつっていることはなかったし、コルクが硬くなっていることもなかった。
3. 野菜室と通常室の違いについては、理屈の上では、野菜室の方が良好な結果になるはずだが、今回も今までと同様、違いといえるほどの違いは見られなかった。おそらく2年程度の期間では、1~2度程度の温度差や20%程度の湿度差は問題にならないということなのだろう。
このように、冷蔵庫にとっては、まさに「名誉挽回」となった今回の検証であるが、改めて考えてみれば、今回の検証で利用した野菜室の温度(8-9度)と湿度(70%)は、セラーを低めに温度設定した場合とほとんど変わらないわけで、きちんと温度管理されているということが、ワインの保存にとってどれだけ重要なファクターかを改めて痛感させられた。もちろん、継続的な振動や頻繁なドアの開け閉め、他の食品や庫内の臭いなどのリスクは、今回の検証だけでは払拭されたとはいえないし、各家庭の冷蔵庫の性能や使われ方も千差万別なので、この検証結果をもって、冷蔵庫がワインセラー代わりになり得るというような大胆な結論を導くつもりはない。しかし、2年以上の保存でも良好な状態を保っていたことを思えば、少なくとも当連載の想定である、「夏場の緊急避難」というような用途には、あまり気を揉まずに利用してもよさそうである。
■「通年冷蔵庫」が実はベスト?
ここまで読んで、以下のような疑問を持つ読者もいるだろう。
「当誌では『夏場冷蔵庫+それ以外の季節はリビング』がセラーのない環境でもっとも望ましい保存方法だと主張してきたが、今回の検証結果から結論づけるのならば、『通年冷蔵庫に保存』しておくことこそがベストの保存方法ではなかろうか?」
そう、たしかにその可能性は高そうだ。しかし、言い切るためには、冷蔵庫のリスクについて、もっといろいろな環境下で検証することが必要だろう。たとえば、極端に臭いの強いものを隣に置いた場合とか、旧式の冷蔵庫で保存しておいた場合とか、今回よりももっと長期間保存しておいた場合とか‥。
もうひとつ、世間一般の視点でみたとき、ワインのボトルが年単位で冷蔵庫のスペースを占拠する状況を是とするかどうかは、世の主婦たちを敵に回しそうで、悩ましいものがある。
あくまで「セラーがない日常環境」での保存をテーマにした当連載であるから、あまり非日常的な状況をイチオシとするのは本末転倒というもので、冷蔵庫については、あくまで夏場の「緊急避難」的な用途にとどめるのが家庭円満のためにも賢い使い方だろう。
■最後に。今回の「通年冷蔵庫」保存こそ例外だったが、今までの検証結果で総じていえることは、わが国の環境でセラーなしでワインを保存するのは、どのような方法を採るにしても、せいぜい1~2年が限度だということだろう。この連載を始めたのは、2003年のこと。最近では6本入りなどの小型セラーや中国製の安価なセラーなどがポピュラーになり、セラー購入に対するハードルも低くなってきた。また、レンタルセラーの世界でも、自分のセラーのように柔軟に利用できる、より便利な商品が出てきた。長期に亘ってワインを保存しなければならない場合は、このような新たな選択肢も勘案して、総合的に判断した方がよいだろう。
【過去記事】川島なお美さんの訃報に接し… 2022年04月13日
私のワイン履歴その2(RWGコラム拾遺集) 2021年07月17日
私のワイン履歴その1(RWGコラム拾遺集) 2021年07月16日
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