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神彩尚如射目-(素晴らしい色彩が今も目を射るようです)。江戸後期の文人画家・池大雅が朝鮮通信使に宛てた書簡だ。間近で見た筆さばきをたたえた後、率直に問う。富士山はどう描くのが良いのか、と
▼豊臣秀吉の朝鮮出兵で悪化した日朝関係を修復した江戸幕府に対して、朝鮮国王が友好の証として派遣したのが通信使だった。一行は総勢四、五百人。政治家や官僚らに加え、当代きっての学識者や画家、楽士が随行した
▼大雅の存命中は2度来日し、京都の本圀寺(ほんこくじ)で面会したという。便りは後の回、42歳の時に書いた。既に中国南画に日本や西洋の表現も加え、独自の日本南画を大成しつつあった
▼その大家が、教えを請う。誰が描く富士も、緑青を塗って雪を描くか、水墨の線をひくかの二通り。もっと新しい描き方を探したい
▼丁寧な文字に「あなたなら違う道を示してくれる」との期待がにじむ。約250年前の手紙は、大雅らを触発した書画とともに京都市北区の高麗美術館で紹介中だ(23日まで)
▼師走は48年前、日韓が国交回復した縁起のよい月。なのに両首脳はついに握手を交わさず年が暮れる。苦い歴史を超えようとした品々をみつめ、明日に誓いたい。「欺かず争わず」と善隣外交を説いた儒学者・雨森芳洲の肖像が来訪者を迎える。
[京都新聞 2013年12月20日掲載]