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身近すぎて聞けずにいるのだが、母の老い支度が加速している。数年前に70歳で運転免許を返納以降、体重管理に気を配り、足腰の鍛錬を心掛け、習い事も減らしてきたようだが、最近、物の整理に着手した
▼衣服や本はもちろんのこと写真やアルバムも処分。「新しい服はもう買わない」と宣言し、もしもの時にひつぎに入れるものは記憶力の良い孫に託したというから徹底している
▼「終活」は古来繰り返されてきたことだ。八幡市立松花堂庭園の草庵茶室に、江戸時代初期、寛永の文化サロンの中心にいた文人僧・松花堂昭乗の老い支度を見ることができる
▼明治時代に男山中腹から移築されたかやぶき屋根の茶室は、住居と持仏堂を兼ねた。床と仏壇、袋戸棚の下に丸炉のある二畳の間。かまどを置いた土間と勝手。たったそれだけ
▼書画に優れた昭乗は小堀遠州と親しく、頻繁に開いた茶会には、関白近衛信尋(のぶひろ)の名も残る。所蔵の茶道具は後に「八幡名物」と称された。知識人があこがれる人物だったはずだ
▼訪ねると、手にしたたくさんの物を、さっと切り捨てた潔さを感じる。戦乱の世の名残があった寛永期ならではの生き方だったのだろうか。現実には、そこまで潔くしまわれると、少し寂しい。適度に思い出の品を残しながら長生きしてと願う。
[京都新聞 2013年12月24日掲載]