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2007.12.01
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カテゴリ: アメリカ紀行
1996年4月、シスターズの町を出て約10キロ車を走らせたところで、ロックアウトされてしまった私である。この状況を抜け出すには、私を助けてくれる人との出会いが必要だった。

その場所は、高原の田舎道で、交通量はさほど多くないものの、適度な間隔で車の往来がある。私は、シスターズからやってくる車を待った。どういう人が車を停めてくれてくれるのか不安ではあったが、運を天に任すしかなかった。

間もなく、遠くからヘッドライトを照らした車を先頭に数台の車がやってくるのが見えた。だんだん、そのヘッドライトが近づいてきたが、どうもヘッドライトは1つ。そして間もなく、それがサイドカーであることが分かった。私は、とにかく、(半信半疑に)親指を立てて、その車にサインを送った。

そして、早速、そのヘッドライトを照らしたサイドカーは、私に気付き、停車信号を点滅させて、減速し、私の目の前で停車してくれた。この時、不安感よりも、まずは停まってくれたことが、嬉しかった。

さて、そのサイドカーのライダー。フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、若い爽やかな感じのお兄さんだった。雰囲気は、今思い起こせば、トム・クルーズのような雰囲気ではなかったろうか。「どうしたのか?」と問われ、ロックアウトされた旨を伝え、一緒にドアが開かないことを確認した。

そして、すぐに彼は、私をシスターズの町に連れていくと言う。どうやら、彼は、シスターズの住人だった。「直接、鍵屋に連れていくので、ここに乗るように。」と言い、誰も乗っていないサイドカーの側車の席を整えてくれた。

私は、鍵が挿されてエンジンがかかったままの車を置き去りにして、さらにパソコンも入っていたので、この場を離れた隙に、車を奪われてしまうのではないか?との不安も一瞬、よぎったものだ。しかし、私が行かずして、その彼に行ってもらうのはナンセンスな話だ。しかも、これ以上の人は望めないと言っても言い過ぎでないような人だ。私は彼の言うことに従った。

サイドカーに乗るのは、この時の経験が、私にとって最初であり、また最後である。サイドカーの側車は、本当に地面に近いところを走る。タイヤの振動が直接、身体に響く感じだった。彼は、まるでマラソンの先導車の白バイのように、低速でていねいに走ってくれた。確か、私の分のヘルメットはなく、高原の風を浴びて、シスターズの町に向かった。

サイドカーに乗っているというのは、照れくさいような、恥ずかしい気持ちであった。しかも、旅の日本人、不思議なシチュエーションである。さすがに、シスターズの町に入ってからは、人通りもさることながら、観光客もいて、特に信号待ちで停まっている時など、その思いが強くなったのを覚えている。しかし、背に腹はかえられない。また、サイドカーに乗ることなど、逆に幸運とも言える。



私は、その場を立ち去ろうとする、爽やかな青年を慌てて止めて、名前と住所を聞き出し、そして感謝の念を述べた。彼は、サイドカーで立ち去っていった。そして私は、今度は、鍵屋の主人の車に乗り込み、現場に向かうことになった。

やがて、シスターズの町から約10キロ離れた現場が見えてきた。するとどうだろう、路肩に停車したウインカーの点滅する私の車の横で、さきほどの青年が私達の到着を待っているではないか。なんと彼は、別れた後すぐに現場に戻り、私の車を見張ってくれていたのである。

そして、十分お互いを確認できた距離で、彼は右手を上げて合図を送り、サイドカーのエンジンを噴かせて、走り去っていったのである。そのシーンは、ある日突然現れ、そして役目を終えて何も言わずに去っていく、西部劇の名作『シェーンSHANE(1953)』のラストシーンを彷彿させられた。私は、その姿を、鍵屋の車の中から、ただただ目で追うだけだった。

映画では、ワイオミング州が舞台で、背後にはロッキー山脈のグランド・ティートンGRAND TETONが聳えていたが、この時、舞台設定が、オレゴン州のカスケード山脈THREE SISTERSにかわった。そして、馬ではなく、サイドカーで、主人公は去っていった。

さて、鍵屋の伯父さんは、手際よく鍵を開けてくれた。払った金額は30ドルだった。私は、少し動揺していたのだろう、鍵屋との別れ際に、またロックアウトしてしまった。が、危うく、鍵屋が車を走り出させようとする前に、泣きついて事なきを得た。「おい、大丈夫かい?」と笑って、鍵屋は再び道具を取り出してきて、鍵を開けてくれた。そして、「今度は、絶対大丈夫。どうもありがとう。」と、礼を言い、鍵屋ともお別れしたのである。

私は、何と運がいいのだろうと、思ったものだ。異国の地、しかも誰とも連絡のとりようもない高原の田舎道でロックアウトされてから、なんと1時間とたたないうちに、トラブルは解決したのである。まさに、シェーンと出会えたことに尽きたと言える。

その青年には、滞在中のポートランドからお礼の手紙を出した。何だったか忘れたが、日本の民芸品を沿えて。





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Last updated  2007.12.03 20:03:20
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