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羊水塞栓症は恐ろしい病気で、死に至る可能性は高い。私も帝王切開術の直後に発症した症例を経験しましたが、手術室で、麻酔科医の目の前での発症だったから助かったのだと思いました。病棟での発症だったら絶対に助からなかったでしょう。 以下に紹介するのは2年前に話題になった事例が、いよいよ訴訟になったという記事。その当時に僻地の産科医氏のブログや天漢日乗氏のブログで取り上げられています。前者には羊水塞栓症の解説もあります。 不可抗力とも言える羊水塞栓症による死亡でも、お産の安全神話のもとでは許されないらしい。この事例は以前は「カルテ改ざん」で話題になったのですが、今回は触れられていません。改ざんではなく、訂正であったことが認められたのであれば、喜ばしいことです。でも、そんなことはないのでしょうね。「帝王切開せず妻死亡」 遺族ら日赤、主治医を損賠提訴 記事:毎日新聞社【2009年1月10日】 損賠提訴:「帝王切開せず妻死亡」 遺族ら日赤、主治医を /香川 高松赤十字病院(高松市番町4)で05年1月、出産で入院していた同市の女性(当時30歳)が死亡し、生まれた長女も重度の障害が残ったのは、同病院の主治医らが帝王切開をすべき時にせず、注意義務を怠ったなどとして、女性の夫(34)ら遺族が先月10日、同病院を運営する日本赤十字社(東京都)と主治医を相手取り、約2億4600万円の損害賠償を求め高松地裁に提訴していた。 訴状によると、04年11月8日、女性は同病院で「全前置胎盤」の疑いと診断された。数回の診察の後、翌年1月6日(妊娠39週6日)に定期健診で来院した際、入院することとなったが、同日深夜、症状が急変し、翌未明に死亡した。羊水塞栓症で心停止に至ったという。長女は帝王切開で仮死状態で生まれ、蘇生処置後も脳に障害が残り、現在も24時間体制での看護や介護を必要としているという。原告側は、前置胎盤は羊水塞栓のハイリスク因子であり、リスクの高い出産となるため、妊娠37週あたりで帝王切開をすべきだったなどと主張している。 高松赤十字病院の佐藤克己・事務部長は「訴状をよく読んで、対応を検討したい」と話した。【吉田卓矢】 この事例は、当初前置胎盤とされていたが、その後胎盤の位置が変わり、低置胎盤となったようです。トラブルになってから低置胎盤であったと書き忘れた事に気づき、後に書き足したことが改ざんと言われたのでしょう。訂正するにはそれなりの書き方が必要なのですが、私も以前はいい加減だったような気がします。 ところでこの症例、前置胎盤ではないことが明らかなようなのですが、どうやって戦うのでしょうか。トンデモ判決ねらいも、あながち無理筋と言えないことがつらいのですが。
2009.01.14
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前回もリンクを貼らせていただいた「NATROMの日記」 で、大阪市の市会議員のブログが紹介されていました。その議員からの返答と言うべきエントリが「辻よしたかプレス」です 。そこではミスを認めたとされる録音も聞くことが出来ます。 放送されたのは録音のうちの一部だけと思われますが、はっきりとミスを認めた部分があれば放送されるでしょうから、ミスを認めたと言われるのは、そこで聞けることがすべてなのでしょう。 では、録音でミスを認めたことが明らかになったでしょうか。医師はミスを認めたのでしょうか。少なくとも私には、そのようには聞こえませんでした。 録音から分かるのは、医師である私から見ると、次の2点。1)止血処置について、甘く見ていた。2)腹水を抜く処置が病状悪化から死に至るきっかけになった。 おそらく針を刺しただけで大量出血するほどの凝固障害(血液が固まらず止血できないこと)があるとは思わなかったのでしょう。それほど重症だと予想しなかったという意味で「甘く見ていた」のだと思います。それがミスだと言われれば仕方がありませんが、病状が予想外に重いと言うことはよくあります。ちなみに、皮下出血の止血処置というのはせいぜい圧迫するだけです。それで止まらないような凝固障害に起因する出血であれば、血液製剤などの投与となりますので、後日行われた輸血というのは、そのような治療も含まれていたのかもしれません。 針を刺すことで出血が始まったという意味では、きっかけを作ったことは間違いないでしょう。でも、針を刺すだけで大量出血をするようでは、どのみち近いうちの死は避けられなかったことでしょう。もちろん穿刺したのがベテラン医師であろうと研修医であろうと同じことだと思います。大量の腹水があり、臓器を傷つける心配がなければ、穿刺自体は容易だからです。 非医療者にとってはミスかどうかの判断は付きにくいと思いますが、それでも、どんなミスの可能性があるのか考えてみてはもらえないでしょうか。私には、腹水を抜く手技にミスがあったとはどうしても思えないのですが。 最後に念のために申し添えておきます。この症例に穿刺部位からの皮下出血があったことは事実でしょうが、そのための失血死であるかどうかは私には分かりません。皮下出血を起こしたことについてミスがあったかどうかについてだけ考察しています。
2009.01.12
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今回紹介するニュースは今のところ毎日新聞の物しか確認が取れていないので、真偽については多少の疑問を持ちつつ紹介します。まず、一般論として、金がなくても医療は受けられます。堂々と「金はないけど放置できそうもない症状があるから診察して」と言えば、拒否できません。民間病院では、あれこれと理屈をこねて断るでしょうが、公的な病院なら断れません。正当な理由のない診療拒否は医師法で禁じられています。診療拒否に罰則はありませんが、損害賠償請求の理由にはなります。そして、金のないことは診療拒否の正当な理由にはなりません。また、患者が生活保護を受けると支払いが保証されるので、病院は申請に協力的です。医療を叩く人たちの言うこととは逆に、多くの勤務医は病院の収入には無頓着です。支払い能力がなくても、病人が来れば診察します。治療が必要なら、もちろん、治療します。ニュースによれば、当該病院では無料での治療の説明をしたようです。残念ながら、この患者は無料という説明を信用せず、診療を受けずに死亡しました。実際には、治療を受けても命は助からなかったと思います。でも、様々な症状に対しての治療は可能だったでしょう。化学療法による延命効果も期待できたと思います。そして何より、食事の心配をしないで済みました。もちろん症状が出始めた4年前に受診していたら、根治していた可能性もあります。同じような境遇の人はこのブログを読まないでしょう。でも、そのような人を知っている人がこのブログを読むことを期待して、もう一度言います。金がなくても医療を受けることは可能です。また、病院は生活保護を受けることに協力的です。<生活保護却下>男性、生活ギリギリでがん治療受けずに死亡 9:29 毎日新聞 兵庫県内で昨年3月、4年間にわたり体調不良の症状がありながら経済的な理由で病院にかかっていなかった男性(当時78歳)が、直腸がんで死亡していたことが全日本民主医療機関連合会(民医連)の調査で分かった。男性は数年前に生活保護申請を却下されていたという。県民医連は「この例は氷山の一角。行政がもっと丁寧に対応していれば手遅れにならなかったかもしれない」としている。 県民医連によると、男性は独身で1人暮らし。親族や友人もおらず月額10万円の年金で、家賃1万2000円の県営住宅に住んでいた。生活保護の申請を出した自治体からは「生活保護の基準より収入が若干多い」という理由で却下されていた。 4年前から下痢が止まらず、2、3年前からは血便の症状もあったが、生活がぎりぎりだったため病院にかからず、市販の薬で済ませていた。昨年2月26日、無料低額診療事業を実施している病院に初めて行き、その後直腸がんが進行していることが判明。医師らは入院を勧めたが本人が「金がかからないと言われても信用できない」と拒否し、約1カ月後に自宅で死亡しているのを警察官が発見したという。 県民医連の北村美幸事務局次長は「生活保護の申請時、行政は本人の身体の状態も聞き取ってほしかった。病院での無料低額診療事業がもっと広く認知されて、医療費の心配をしている人が安心して受診できるようにするべきだ」とした。調査は2005年から毎年、全国の加盟医療機関を対象に実施している。昨年の調査では、同様の死亡例は全国で58例が確認されている。【黒川優】追伸本日イリノテカンの治療を受けてきました。治療終盤に顔面蒼白との指摘を受けました。自覚症状はなく、血圧や呼吸などのバイタルサインにも異常がなかったので、終了後帰宅しました。自宅でも妻に顔面蒼白と言われましたが、やはり自分では特に異常を感じませんでした。食欲も旺盛で、14時過ぎの昼食にもかかわらず、夕食もガッツリと食べました。
2017.05.02
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当たり前のことですが、解剖は亡くなってからでないと出来ません。医療が適切であったかどうか、解剖所見を元に論ずるのは後出しジャンケンのそしりを免れないでしょう。もちろん今後に生かすためのカンファランスで論ずるのは問題ありませんが、診断や治療を批判するのであれば、生前のデータを用いるべきです。 また、法医学者は臨床医ではなく、いわゆる基礎医学者です。アルバイトで診療を行うことはあるかも知れませんが、基本的には、診療技術はプロではありません。法医学者は解剖所見だけを提示し、診療内容の可否の判断は臨床医に任せるべきでしょう。「治療適切なら救命も」 殺人事件で解剖医証言 10/06/23記事:共同通信社 同居の男性を刺殺したとして殺人罪に問われ一審で懲役9年とされた無職出口志津子(でぐち・しづこ)被告(40)の控訴審公判が22日、札幌高裁(小川育央(おがわ・いくおう)裁判長)であり、司法解剖を担当した医師が、搬送先の病院が適切な治療をしていれば「助かった可能性があった」と証言した。 医師は弁護側証人として出廷した旭川医大の清水恵子(しみず・けいこ)教授。証言は、殺意や刺傷行為と死亡の因果関係を否定した被告側主張に沿った内容で、殺人罪の成否をめぐり二審の判断が注目される。 清水教授は証人尋問で、男性の搬送先の病院が、胸部にたまった血や空気を適切に除いていれば救命可能性があったとした上で、司法解剖の鑑定書に記した同趣旨の指摘について「(検察に)一部削除を求められた」と明かした。 また、一審判決は「首に向け包丁を振り下ろした」として殺意を認定したが清水教授は「刃の向きは水平だった」と指摘。「解剖内容を理解してもらっていたら、(判決は)違った」と述べた。 一審旭川地裁判決によると、出口被告は昨年2月、北海道興部町で同居していた会社員渡辺明宏(わたなべ・あきひろ)さん=当時(38)=の首を包丁で刺し、出血性ショックなどで死亡させた。 いつものことですが、記事には治療が適切であったかどうか分かるような情報はほとんどありません。でも、記事から推察するに、解剖所見から法医学者は緊張性血気胸で死亡したと判断したようです。それだけ報告してお終いにすれば何も問題はなかったのですが、治療の是非にまで口を出すのはやり過ぎです。 口蹄疫に関しても、自分の守備範囲をわきまえない女性医系技官のトンデモ発言が話題になっていますが、この記事の越権行為の法医学教授も女性ですね。私自身は女性だからと言うつもりはありませんが、両方を見て、「だから女は」と言う人はいるんだろうなあ。 男でも女でも自分の守備範囲をわきまえることは大切ですが、女性への偏見が現実にある以上、特に女性は慎重に行動して欲しいと思います。肩肘張らないと生きていけない女性専門家は、つい、守備範囲を逸脱しやすいのかも知れませんが。 臨床医のひとりとして言わせて貰えば、現に首(頸)から大量出血していれば、まずは止血と輸血に専念するでしょう。血気胸があったとしても、そちらが後回しになるのは仕方ありません。血気胸が死因であったのが事実としても、それを適切に治療できたのかどうかはその時の状況に依ります。
2010.06.24
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