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最低気温が氷点下にまで下がるようになり、私の周りでは風邪が流行ってまいりました。はい、もれなく私もひいております鼻ずるっずるです。我が家には受験生がいることもあり、いつもインフルの予防接種などしないお父さんにも、今年は受けてもらおうと思っておりました。で、その時期なのですが、いつ頃が一番よろしいのでしょうかねえ・・・。1月中旬から下旬に私立の受験が始まることを考えると、そのころには免疫ができていてほしいですよね。逆算すると、12月の上旬に受ければベストなのかな~と。あまり早く受けて、肝心の3月の公立高校受験の時に切れても困りますよね。実際、どれくらい効果が持続するものなのでしょうか3カ月という人もいれば、5か月という人もいて・・・どうもよくわかりません。いずれ、受験生の兄ちゃんは来月受けることにして、2回接種しなくてはならない次男のほうは、昨日受けさせてきました次男の2回目の時に兄ちゃんも一緒に受けさせるつもりです。あ、私もね。思えば昨年は、予防接種したにもかかわらず、息子たちは見事にかかってしまいましたでも、思いのほか早くよくなったので、予防接種していなかったらもっと重症化していたかも知れませんね。学級閉鎖が繰り返されて、結局毎日兄弟のうちどっちかが家にいる状態が続いた年もありましたっけ。そういうのも共働きの親としては本当に困ります・・・今シーズンはあまり流行しないことを祈るばかりですレビュー割5%OFF!受験生の守り神!学問の神様「菅原道真公」のプチ神様です!【あす楽】【合格...価格:1,470円(税込、送料別)絶対合格!願いを込めて志望校、お名前、激励の言葉お守り袋に刺繍します【通常サイズ】オリジ...価格:2,100円(税込、送料別)これで合格は手の内!合格祈願済ユニーク軍手!おもしろ軍手シリーズ すべらない合格軍手 2双組...価格:1,676円(税込、送料別)
2012.11.23
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先週末、四十九日法要が無事、終わりました。ごく身内だけで、葬儀の時にお世話になったお坊さんのお寺で行うことにし、お花は業者に頼んでお寺に運んでもらう手配にし、私たちはお菓子と果物のみ(あ、お布施もね)持っていくことにしたので、楽ちんでした。前日に義理弟家族と義実家入りし、次の日のお昼ごはんを食べてからの法要だったので、「お昼どうする?牛丼でも買ってこようか。」と私が言ったところ、義理弟が、「ばあちゃんとの最後の食事だからさあ。好きなものにするべし。寿司がいいんじゃないか?」と言い、結局寿司にすることに。そっかーそうだよなあ。最後の食事かあ・・・。私、全く頭にありませんでした。いかに故人のことを思っていないか、こういうところでたびたびボロがでます。やはり息子は違うなあ・・・。姑が亡くなった時に思ったのですが、オットとその弟、母親の思い出を二晩にわたり語りたいと申し出があったわけですが、(ふた晩目は私が断りましたが)そんなに語りつくせぬほどの母親との思い出があるのにびっくりというか・・・これまでにも薄々は感じていましたが、すごく家族の絆が強いというか、家族の思い出がたくさんあるようなのです。共働きだった我が家は休みの日も家族全員がそろったことはほとんどなく、どこかに行ったという思い出も、友達家族のレジャーに混ぜてもらったことのほうが多いです。自分の母親が亡くなっても、母の思い出を一晩語り明かすなんてことは、たぶんないだろうなあと思ってしまいます。息子たちにこんな風に大事にされた姑は本当に幸せ者だなあ。そんなわけで(どんなわけで)、49日間続いたごはんとおかずをお供えする私のおつとめも終了ですいや~正直言って長かった・・・。朝の忙しい時間に、ちまちまとままごとセットみたいなお膳に、ちょっぴりづつ盛り付けるの、大変でした・・・。いや、皆さんやってらっしゃるんでしょうけど。今後は節目節目で、いいんですよねどうなのかな・・・・無事に三途の川を渡ったのかな・・・。なんだか、まだこの近くにいそうな気がしてならない私です
2012.11.22
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姑の年金の手続き、死亡保険金の請求手続き、車の名義変更、etc・・・。亡くなってからやらなくてはならない手続きはたくさんあります。本来ならば世帯主である舅がやるべきことなのですが、こういう事態なので息子であるオットがやっています。しかし、やはり夫である舅のサインや印鑑が必要な場面が当然ながら多々あり、そのたびに施設に行きサインしてもらったり、母印を押してもらったりしています。なんやら何度も息子が来て、わけのわからない親にサインをさせている、なんかよからぬことをたくらんでいるのではないか・・・もしかしたらそんな風に思われてるかも~不思議なことですが、舅はちゃーんとサインをしてくれます。しかも、しっかりとした、こうなる前と変わらず達筆で。本当はわかってるんじゃないかと思うくらいです。姑が亡くなって私たちが義実家に滞在している間にも、まあすごい数の健康食品などのDMが届き、さらに定期購入と思われる健康食品も届きました。結構高額のこういうものも解約しないといけません。片っ端から電話をかけまくり、誰もいなくなる義実家に郵便物が届かないよう、我が家に転送されるよう郵便の手続きもしました。おかげで今我が家には、じゃんじゃんDMが届いております・・・。一体何社からこういうものが届いているんでしょうか。それから、未払いの請求書とか督促状もないか探し、支払い。通帳や証券類などもどこにどれくらいあるのかわからず、とにかく家探しです。亡くなるちょっと前に始めた、糖尿病食の宅配。たった2回のお届けでキャンセルすることになりました。せっかく口座振替にもしたばっかりだったのに。でも、この忙しい数日、冷凍庫にいっぱいあった糖尿病食をいただき、実はホントに助かったのですヘルシーだし、バランスもいいし、なかなかお味もしっかりしてておいしかった我が家に届けてもらってもいいんじゃねって感じでしたよ。まさか、自分たちが食べることになるとは夢にも思いませんでしたけどね。今、我が家には、姑の注文したコラーゲンが大量にあり、私たちがいただいておりますおかげで、家族全員、ぷるっぷるです
2012.11.14
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本来の喪主は舅なのですが、連れ合いが亡くなったことも理解できていない舅に代わって、息子であるオットが実質喪主となり、葬儀一式を取り仕切ったわけですが、わからないとはいえ、やはりセレモニーには参加させてあげなければと親族で話し合い、火葬から葬儀には舅にも出てもらいました。読経の最中に徘徊し出したらどうしよう、だいたい、拝み方とか、線香のあげかたとか、わかるんだろうか・・・心配はつきなかったのですが、ナント不思議なことに、ちゃんと手を合わせて拝み、徘徊することもなく、まるで普通の人と変わらずすべてを終えました。親戚一同、一挙手一投足、食い入るように見つめていたのですが、ホントはわかってるんじゃないかと思うほどでした。まあ、手は合わせていても、誰に向かって合わせているのかは理解できてないと思いますが。喧嘩しつつも、長年連れ添った奥さんが亡くなったことを理解できないって・・・切ないですよね。きっと、オットも複雑な思いだっただろうな。葬儀に続いて初七日法要と、葬祭会館でお膳を囲んで精進落としなるものも行われたわけですが、ここら辺の田舎ではさらにその後、自宅でおもてなしするのが慣例なようで・・・。そうなるともう、日付を超えてエンドレスで飲み会になりそうで、それが実は一番怖かったんですが、お料理の最後にあら汁を出してもらって、これが最後ですよ、というような挨拶で締めてもらい、家にそのまま親族がなだれ込む最悪の事態はまぬがれました。数年前、親族の葬儀の際には、隣近所の奥様方と朝5時に招集をかけられ、一日中台所で天ぷらを揚げて具合が悪くなった思い出があり、こりゃあ大変なところに嫁いできたと思いました・・・。姑が亡くなった際に、真っ先にオットに言ったのは、「家でなく、業者を頼んでよ。みんなに負担がかからないようにね。」でした。もしかしたら蔭では、家にも呼ばないし、さっぱり働かない嫁だなんつーことを親戚たちに言われているかも知れませんが、これからはこうしていかなければ、本当に大変です。遠くに離れて暮らしていたらなおさら、自分の生活を犠牲にする覚悟と、強靭な体力が要るでしょう。私には無理でした。とりあえず、一連のセレモニーは終わり、ほっと一息・・・ですが、さまざまな手続き等が待っています。舅に聞いてもなにもわからない今、想像力と推理力を駆使し、各種手続きに奔走しています。オットがね(笑)。まずは、大量に来る通販の毎月お届け健康食品の解約からスタートです
2012.11.11
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私、42歳にして初めて”火葬”というものに立ち会いました。皆さんはいかがでしょうか・・・。よく芸能人の出棺とか、ワイドショーなどで見ると、すごい人数の人たちに見送られて、霊柩車が出発しますよね。私たち親族は、(というかヨメ、ですね)火葬場の控室でのお茶の準備などのために、霊柩車より早く出発しました。で、喪主は、写真を抱えて、霊柩車の助手席に乗りますよね。私たちの後から霊柩車で火葬場に到着したオットに聞くと、葬祭会館からバスを出さずにそれぞれ各自の車での移動だったためか、ナントみんな霊柩車より先に出発してしまい、お見送りの人がいなかったんだそうあら~・・・ちょっと待ってればよかったかしらだいたい、火葬する間待っていただく皆さんにお出しするお茶菓子のほかに、お酒やらちょっとしたお食事(巻物など)などの用意が必要だってことも知らなかった私。地方によって違いがあるのかもしれませんが、火葬にいらしてくださった親族の方々が、漬物やらなんやらを持ってきてくれました。そして、火葬の前にお経をあげてくださるお坊さんの前にある祭壇には、故人の好きだったものをあげてくださいと言われ、大好きだったという”マドレーヌ”をあげました。お骨を拾う際に、二人づつ箸と箸で骨を拾うことも初めて知りましたよく食事中に箸と箸でおかずのやり取りをしてはいけないと親に言われましたが、このことだったのかと納得。42歳にして目からうろこの出来事ばかりでございましたよ。火葬場から出る際に、一口大のおだんごのようなものを手渡され、前の人を見ると、どうやら口に入れていたようだったので、見よう見まねで食べちゃいましたが、あれはいったいなんだったのか・・・未だに不明です。どなたかわかる方がいたら教えてください棺が火葬場の扉の向こうに運ばれる時には、なぜか、本当になぜかわからないのですが、号泣に近いほど泣いてしまいました。あれほど苦労させられた姑なのに、不思議です。姿形がなくなってしまうという恐怖、からでしょうか・・・。戦友がこの世からいなくなってしまうような寂しさ・・・でしょうか。胸が締め付けられるような感覚でした。実の子供であるオットやオットの弟にとっては、人生最大の辛い出来事だったことでしょう。また、震災で何人もの棺をこうして運び入れなくてはならなかった遺族の方たちは、想像を絶する精神状態だったのだろうなと、この時そんなことも考えていました。あのドラム式洗濯機と同じくらいの体重で、大迫力の姑が、こんな小さな骨壷の中におさまってしまいました。人間って、はかないものだな・・・・と、しみじみ感じました。いつ息継ぎをしているのだろうと思うくらいおしゃべりの姑が、一言もしゃべりません。いや、きっとどこかでしゃべってるんだろうな。
2012.11.08
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姑の葬儀から早一カ月。最近のことなのにもう遠い昔のような、変な感じです。でも、思い出せるうちに何かに書きとめておかないと、こまごまとしたことが記憶から消え失せそうです。実は今、舅は暫定的に義実家の近くの有料老人ホームに入っています。姑が亡くなったことを理解できない舅がいるということは、葬儀やら何やらで走り回らなければならない私たちにとって、大変なことでした。とりあえず葬儀が終わるまで、どこかで舅を預かってもらわないと、徘徊する舅に目を配りながら葬儀の準備をすることは不可能だからです。初めの二日間は、昼間はデイサービスを利用することができたのですが、夜は家で見なければなりませんでした。しかし、姑が亡くなった次の日は、オットとオットの弟は母親と最後のお別れをしたいということで葬祭会館に泊まることになり、私と息子、そしてオットの弟のお嫁さんで舅をみることに・・・弟のお嫁さんには小さい子がいるので、私と息子が一晩舅と一緒の部屋に寝ることに。これから通夜、葬儀と続く中で、もし今舅が徘徊していなくなったらそれこそ大変です舅は夜中何度も起き、姑を探して家じゅう歩き回りました。お風呂も見てましたね・・・。そういや、舅は姑がお風呂で亡くなっているのを見ているんでしょうか今となってはもう確かめようがありませんが、舅は姑の遺体と、何時間かは一緒にいたことになります。前の日の晩に入浴したのか、朝なのか、解剖していないのでわからないのですが、よくあの状況の中で、舅が外へ出なかったなあと、思います。そんなこんなで、私は2時間しか寝られませんでした~しかも、朝方舅はおもらししてしまい、下着を洗うことから一日がスタートです・・。次の日も(通夜の日)、オットとオットの弟は葬祭会館に泊まりたいと言いましたが、それはさすがに却下しました冷たいかな・・・私がもう一晩我慢すれば・・・とも思ったんですが、前の日は2時間、その前の日も寝てないことを考えると、「もう私寝ちゃうよ。おじいちゃんいなくなっても責任持てないよ。」と言うしかなかったんです。それくらい、配慮しろよとまで思ってしまいました。やっぱり冷たいですかね・・・その後は、何とかショートステイが使えることになり、舅は今の老人ホームに入所するまで、つなぐことができました。なんたって緊急事態です。とにかく、どこかに入所しないと、私たち仕事ができません。そこはいつもお世話になっているケアマネさんにも頑張ってもらいました。こういう事態になることは想定されていたので・・・。今お世話になっている老人ホームは、料金が高いので、ゆくゆくは私たちの住んでいるところに近い場所で探したいと思っています。まだまだ勉強しなくてはならないですね。
2012.11.02
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