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昨日は久しぶりに心の底からワクワクしました。何か凄いことがおこりそうな、そんな予感さえしました。好きなことはいくら考えても楽しいし、ネタが尽きることがない。次から次へとアイデアが出てくるし、夢が広がる。楽しいから自然に笑顔になるし、エネルギーもわいてくる。最近、1年ぶりにソース(source)の本を読んでいる。その中に「好きなことのまわりをうろつく」というのがあるけど、最近はそれを実践している状態。忙しいながらも、何とか時間をつくってやっている。その結果が今日のワクワク体験につながったんだと思う。何だかココロもすーっとした。自分のココロの声を素直に感じて、それにしたがって行動すると、無駄なストレスもないし、とっても楽しいことにも出会える。それを実感した1日だった。
2006.10.21
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何かやろうと思う、またはやりたいと思うとき、人によって大きく2種類の考え方があると思う。ひとつはできること、またはできそうなことから積み上げていくタイプ。もうひとつはとにかくベストケース、ドリームプランを考えて見るタイプ。わたしはどちらかというと、以前は前者だったけど、最近は完全に後者になっている。ベストシナリオを考える、ある意味ビジョナリスト的な思考のほうが夢があるし、思わぬブレイクスルーが生まれることがあったりして楽しい。そんなビジョナリスト的思考もそのままでは限界がある。あまりに現実とかけ離れすぎていて、実現性なしということで逆にモチベーションを下げてしまったり、あきらめてしまったりする原因になることがある。そこで重要になるのが思考のオセロゲーム。まずはベストシナリオで目指すべきゴール(WHAT)を明確にする。その次はどうやったらそれができるのか(HOW)をとことん考える。イメージでいくと山に登るときにどの山を登るかを決めて、次にどのルートで登るかを決めるような感じ。どうやって実現するかを考えると、現実的なことと非現実的なことがでてくる。そこででてきた非現実的なHOWに対して、思考のオセロゲーム開始!できないとしたら、その要因は何か?または、それがどうだったらできる?時間、カネ、人脈、社会的地位、スキル・・・など。例えば、1年で1000人の人脈をつくらないといけないという課題があったとすると、1年じゃムリだけど3年あれば可能というような感じ。非現実的だと思うことも、その制約条件を明確にして、オセロでいうところのクロをシロに変えていく。ある制約を除ければ、Aは可能、、、というようにしていくと、ひとつ解決できれば、一緒に2つ、3つと解決されることもあるだろう。それを諦めずにすすめていって、思考のオセロ完成すれば、制約条件が全て取り除かれ、できないと思っていたこともできる条件が整う。それぞれ見てみると、自分でできることもあるだろうし、ヒトに頼めばできることもあると思う。ものによっては100%は厳しいけど、70%ならできるかもしれないということもあると思う。そんな風に再整理するとともにもう一度、ドリームプランを見直して、目標設定しなおしてみる。そうすると今まではできないと思っていたことでも現実的な目標として見えてくる。何かやろうとするときは、こんな感じでベストシナリオ&思考のオセロゲームをしていくと、ストレッチしつつも地に足のついた思考ができて、いいんじゃないかなと思う。
2006.10.15
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最近、教育について考えているんだけど、特に子供の教育については家庭や親というのが切っても切れないものだとツクヅク思う。以前幼稚園の受験の話を聞いたときに、親の面接をすると聞いて、何を考えているんだ??と思っていたけど、その理由もかなり合理的なものだったのだということに気づいた。子供は親の考え方、家庭環境しだいでその才能を伸ばすことも殺すこともできる。いくら幼稚園や小学校、中学校で最先端の教育を受けさせたとしても、家庭環境が荒れていれば全く成果が上がらないだろうし、そもそも親の考え方、やり方が違っていれば、子供は混乱するばかり。よくある光景としては、「自主性を伸ばす」ということを掲げた教育を受けさせているにもかかわらず、親子関係では「あれしなさい、これしなさい」といったり、「あれはダメ、これはダメ」といったりして、いっていることと実際にやっていることが矛盾していたりする。これは親が教育についていけていない証拠。この場合は、親が教育についていく(しっかりその考え方ややり方を勉強して)必要がある。実は教育は先生→子供→親、先生の教育を子供を通じて親までたどり着いて、ようやく成果が上がるのだと思う。親ははやくそれに気づかなければならない。子供の成長に不満があるのであれば、それは学校だけでなく、多くは自分になるのだということを。教育の成果を台無しにしているのは、いろいろ文句をいっている自分自身だということを。。先生たちにも子供だけでなく、親をいかに教育する、成長させるかを考えて学校教育に取り組んだらいいんじゃないかなと思う。
2006.10.15
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転職して1年。もう1年と感じる一方、まだ1年とも感じる。もう1年というのは、1年経ったのに明確にこれというアウトプットが残せていないという想いだし、まだ1年というのは、ある意味これまでの3年分くらいの密度の濃い時間を過ごしたという想いからの感想。今のポジションと会社の状況から、これまでにないレベルで当事者意識が高まっている。社長の直下で働いているので、経営者として今何を考え、どうすべきか、という視点でいろんな物事を考えざるを得ない状況。そのおかげで、これまでは偉い人にお任せという感覚だったことが、自分がどうにかしなくてはという視点にかわった。全てのことを今までと全く反対の立場から考えることになった。発言も変わった、いっぽうでいろんな人からいろいろ言われることも増えた。正直言って、今の仕事は割に合わないと思うことばかり。しかし、スキル面では全く成長していないと思うけど、精神面や思考、視点、バランスという面では飛躍的に成長したと思う。そういう点ではこれまでに比べると3倍速以上のスピードで成長したと思う。そのかわり、疲労の度合いも半端じゃないけど。。。そんなこんなで客観的にこの1年を振り返ってみると、そろそろ別のことやステージでの挑戦をしてもいいorしなくてはと思う。非常に大切な20代後半の時期だから、成長の幅をタテにもヨコにも最大限に広げないとね。
2006.10.12
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2006.10.09
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モチベーションが下がっているとき、それは目標を見失っているとき。。「何でこんなことしないといけないんだ!」「何のためにこれをやってるんだっけ??」そういう心の声が聞こえてきたら、それは目標と現状がつながっていない証拠。以前にきちんと目標設定をしたはずなのに、何故そういう状態になるのか?まあ、世の中そう簡単にはいかないということかな。いろいろ原因があって、その解決策はたくさんあるだろうけど、たまには目の前のニンジンも必要かなと思う。目の前のニンジンがあることで、いい意味での割り切り力を発揮できる→心の整理ができる。そのニンジンが何か?それは時と場合、人それぞれで違うから、それはそれで考えないといけないけど、大目標を考えるより、比較的簡単に考える・見つけることができると思う。
2006.10.09
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この数日は原因不明(今は原因がわかったけど)のモチベーション低下症候群におちいっていたけど、「考えるより、動くこと」という基本的な行動原則を思い出し、ちょっとだけ上向きになった気がする。動いてみると、何かしら進展があるもので、いろんな人に電話やメールをして見たり、アポを取ってみたりするうちに、新たな情報をGETできたり、その行動そのものを通じて、自分のモチベーションが上がっていくのを感じたり。。。過去を振り返ってみても、だいたい考えることと動くことのバランスが崩れているときはモチベーションが下がっている。私の場合は、考えることが先行して、行動が伴わず、頭でっかち症候群になっているというのがいつものパターン。いろんなことが忙しくなってくると、どうしても面倒くささがさきにたって、動きが鈍くなってしまうから、今後はそこをどうクリアしていくかが課題かな。大切なのはとにかく動き続けることかなと思う。地球は日々回り続け、世の中も日々動き続けている。それなのに、自分は動かず止まっていては、世の中に置いていかれるばかり。何もしなくてもすぐまた日は昇る。1日サボって動かなければ、世の中が1日先にいってしまう。自分は1日時代遅れになる。1年動かなければ、1年遅れてしまう。ずっと動かなければ、日々時代遅れになってしまう=退化してしまうことになると思う。地球は止まることがないから、自分もとまることなく動き続けることが必要。少なくとも世の中の動き以上のスピードでは動き続けていないとね。
2006.10.09
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先週の金持ち父さんと私の間にある大きな差は、時間とお金の使い方やそれに関する考え方だった。それは結構ショッキングな事実だったんだけど、そこで落ち込んでいても仕方ないので、この1週間は「何に時間を使うのか?」と自分に問い続けて過ごしてみた。自分の人生において「何に時間を使うのか?」、、、これを考え出すと、かなり深ーいところまで突き詰めていく必要があることに気づいた。何に時間を使うのか→そもそも自分はいったい何をしたいのか?→人生の目的・目標は何か・・・、というような感じ。自分がもつことができる資源の中で「時間」は本当に限られた貴重な資源。無駄に使って減らすことはできても、増やすことはできない。時間の使い方=自分の人生そのものだ。そう考えていくうちに、時間に対する考え方、価値観が自分の中でかわってきた。そして、何に最も時間を費やすのか?自分は何を成し遂げたいのか?ということをより深く考えるようになった。これを真剣に考えると、自分の人生における優先順位が自ずと決まってくるような気がする。自分が最も時間を費やしたいことがあって、それを実現するために=時間を効率的に使うためにお金という道具がある。お金という道具を手に入れるために働いている。ちょっとした考え方の違いかもしれないけど、自分の中では大きなパラダイムシフトだった。「何に時間を費やすか?」常に自分にこの問いを投げかけ続けることができれば、人生の優先順位を見あやまることもないし、手段と目的が入れかわることもない。働くだけ働いて、経済的には文句のつけようがないくらいに裕福になったけど、ふと気づくと何も残っていない、なんともいえない無常観にさいなまれるってこともない。この問いに対する自分の答えを見つけ、それに答える人生をおくれれば、精神的にも経済的にも自立した自分にとって幸せな人生となるんだろうと思う。
2006.10.08
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昨日妻からこんな会話をした。「自分の目標で、家庭や子育てについてはいいんだけど、どんな仕事をするかという点がちょっとわからなくなってきた。復帰したときにいったい何をやっているのか?それがイメージできないんだけど、どうしたらいいと思う?」たしかにそれは結構大きなテーマだよねぇ。大目標がかすんでしまっていては、なかなか前に進むことも難しいから。。。しかし、そういうことを考えるようになったということは、確実に前に進んでいるということでもあるかな??かなり先のことで、ある意味自分のこととは考えられなかったことが、ようやく現実的なレイヤーにまで落ちてきて、意識できるレベルになった=時期が来たということなんだろうな。「そうねぇ。それはなかなか大きなテーマやね。ところで、そのほかの目標は立てられているんよね。それはどうやってできるようになったの?」「雑誌を読んだり、セミナーいったりして、いろいろ自分で調べていくうちに、これかなってのがわかるようになってきた。今も興味があるのを見たりしながら、自分だったらこうかなってのを考えている。」「なるほどね。わからないけど、とにかく動いてみたっとこと?」「そうね。」「じゃぁ、仕事については今どうなの?」「どうやったらいいかがわからないんよ。」「仕事の目標を立てるのも、子育てとかと同じじゃないの?」「そうね、まず動いてみるってのが肝心ね。何かできそうなことからやってみる。」かなり要約しているしているものの、だいたいこんな感じだった。自分も将来の自分のやりたいことをどう実現していくのか?について、考え続けて答えが見えず、モヤモヤしていた。しかし、この話をしたあとに、ハッとした。そうだ。考えるのも大切だけど、動かなくては!前に進まなければ、何も始まらない。去年は考えに考えて、だいたい考えたなと思ったら、即行動していた。そして、それが自分のモチベーションアップにもなったし、いろんな人に出会えたり、考えていてはわからなかった発見などもあって、いろんなことがいい方向に進んだ。そうだ、考えてもわからないなら動いてみる。最近忘れかけていた、とても大切なことを思い出した。いつも妻にはいろんな面で助けられていると感じるし、一緒に成長しているなと感じる。片方が先に進んでいるときは、相手を引っ張るし、逆もある。お互いに相手に対して、いろんなきづきを与えている。意識してそうしているときもあるし、無意識にそうなっているときもある。今回も何気ない会話を通じて、私も大きな気づきを与えてもらった。そういう関係だということに気づいたこともある意味大きな収穫だったかな。
2006.10.08
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中学校のときの担任の先生に、「山は高いほど、頂上に近いほど風が強い。山が高ければ高いほど、風は強いもんだ。」といわれたことがある。最近、仕事でその言葉を再度かみ締めている。社長の直下で動くようになって、いろんな人からいろんなことをいわれることが増えた。それは直接自分にいわれることもあるし、社長のやり方、考え方に対していわれることもある。最初はやりきれんなと思っていたけど、中学校の先生の言葉を思い出して、最近はそういうことだよなと思っている。今は頂上のすぐ近くにいるのだ。TOPというのは、何をするにしても何かしらの抵抗を受ける。当然非難もされるし、文句も言われる。しかし、そんなことにイチイチ気をとられていては、大切なことができなくなってしまう。そんなみんなにいい顔をすることなんてできないし、イチイチ意見を聞いていては何も成立しない。根本的にダメであれば問題だが、そうでなければ、何を言われようとも信念を持って、自分のやるべきことをやり遂げなくてはならない。そのためであれば、多少の衝突や非難は気にしてはならない。だって、そういうのはTOPの宿命、当然想定されることなのだから。。。独裁とか変に自己中になるのは考えものだけど、リーダーには非難や文句に負けない強い信念が必要なんだと思う。
2006.10.01
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この週末、あたらめて金持ちと貧乏人の間にあるバカの壁を痛感した。いろんな本を読んでいてわかっていたことだけど、実際に目の当たりにすると、まだまだ腹に落ちていなかったんだな、これが境界線なんだなというのがわかった。この週末に感じたことは、お金持ちというのは、シンプルに合理的な意思決定をする。これが簡単なようで結構難しい。何でそうできるのかな?と考えてみたら、生活のほぼ全てのことにおいて、自分が主導権を持っている。これはお金をかけてすむことはお金をかける、そうでないことにはお金をかけない。その辺がしっかりしているから、結果としては出費は最小限ですむ。もうひとつこれが決定的だったけど、時間の使い方が全く違う。時間の使い方とお金の使い方は実はよく似ているなと思う。金持ちはゆったりとした時間の使い方をして(メリハリがある)、貧乏人は細切れでセコセコとした時間の使い方をする。結果としては、金持ちの時間の使い方の方が、質の高いアウトプットがでる。貧乏人は時間においても安物買いの銭失いみたいなことをしている。それもこれでも全てにおいて、何かしらの意思決定をするときに自らに主導権をもって決めているからではないかと感じた。貧乏人は知らず知らずのうちに自ら選択肢を狭め、お金と時間に振り回されている。ここが金持ちと貧乏人の決定的な違い。バカの壁だと思う。心の持ちようがまるっきり違うのだ。金持ちは、自分が価値を感じることに時間を費やそうとする。だから、より豊かになる。お金はそのための道具に過ぎない。必要であれば使うし、そうでなければ使わない。必要な時間を作るためにお金を使って済むことなら、お金を使うという具合だ。だからお金に振り回されることがない。貧乏人は自分の価値を感じることに時間もカネも使えない。だから、より貧乏になる。そして、それをカネがないせいにする。そして、カネを稼ぐことが目的となって、よりカネに振り回されることになる。つまり、お金に自分の人生の主導権を握られている。自分が持つ資産で最も大切なのは時間。時間の使い方によって、その人の価値が決まるといってもいいと思う。その時間を自分が価値のあると思うことにいかに使えるようにできるか?まずはそれありきで、そのために必要になるのがお金。お金はあくまで道具であり、それに人生の主導権を握られてはならない。自分の人生の目的と手段を見誤らないようにしないとね。この週末は生きた教材でそんなことを再認識した。
2006.10.01
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