2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
全5件 (5件中 1-5件目)
1
夫婦関係などの問題から私はこの春、日本へ帰国した。離婚を前提とした別居ではなく、離婚を飛び越えてのデモドリだった。東京に暮らす父には新しい家族がある。さすがのデモドリ娘もそこへ居つくような真似はしたくない。しばらくして知り合いのご好意でマンションを借りることになった。そこは亡き母の故郷でもあり、私が中学・高校と過ごした懐かしい街。今回の豪雨が襲った地域よりもっと南にある街だ。里帰りはいつも冬と決めていた。年末に母の命日があるためだ。でもここ数年はその冬にすら帰れないことが多かった。デモドリなんてことになっていなければ、今こうして私が日本にいることはまずない。助けを必要としている方々の元へ、こうして駆けつけることも出来なかった。経緯はどうあれ、私は今、一番いたい場所にいる。そして今、一番したいと思うことをしている。何より、そこには一番傍にいて欲しい人がいる。夫はこれを神さまからのメッセージだと言った。私はそれに頷いた。今、ここにいる意味。きっとこのことがこれからの私の人生において大きな意味を持つと感じずにはいられない。 アカネちゃんからお預かりしているトイ・プードルのララ。軽い打撲と診断された。見慣れない家に来たためか、ララもキキもおとなしい。これなら怪我の治り具合もいいはずだ。早く二匹が家族と一緒に暮らせますように。たくさんのメッセージありがとうございました。みんなの祈りが水害に遭われた方々の今の力に、そして明日への力になると信じています。S.H.リコ
2004年07月20日
コメント(6)
私が中学生の途中まで暮らしていた街が豪雨に襲われた。あの頃の友達が多く暮らす街。以前祖母と一緒に暮らしていた家がある街。7-13 その街は大量の水で覆われた。 どうしてもっと早く気がつかなかったのか。確かに隣国へと旅行にでていた。帰国後も疲れによる睡魔に襲われていた。なにより夫に対する気持ちがはっきりして、その喜びに浸っていた。テレビもつけず、PCもそこそこに、ずっとベッドで過ごした。外は雨降り。出かける気も薄れ、ちょうどいいやとまで思っていた。7-16 午後になってようやく知った。とにかくすぐに出発した。その街へ向かう車の中、くやしさから涙がこぼれた。”そんなことになっていたなんて。どうしてもっと早く気がつかなかったのか。”次から次へと涙がこぼれた。「リコのせいではないんだから」そう言って一向に泣き止まない私を抱きしめる夫。確かに早く知っていたからと言って、何か変わったかどうかわからない。それでも後悔のような気持ちでいっぱいになった。 途中何度も交通渋滞、交通止めに遭いながらもようやくその街に到着。街の中の光景には私も夫も言葉がなくなった。早速、今は借家としている祖母の家へと向かった。その家は被害の大きい地域とは川を挟んで反対側にある。作りも高床式になっているので、幸いにも生活空間は水に浸かることがなかった。その後、昔の記憶を頼りに友達の家々を探した。10数年ぶりの再会。こんな形で会うなんて思ってもみなかった。その中の一人。幼稚園からずっと一緒だったアカネちゃんの家。結婚して新築した家にも関わらず、床上まで浸水してしまった。ご主人のご実家がある地域では、まだ避難所から自宅に帰れない方々もいると聞いた。翌日も彼女の家の作業を手伝っているとアカネちゃん夫婦から相談をうけた。実はご主人のご実家では二匹のイヌを飼っているという。しかし今の状況ではイヌと一緒に生活するのはとても難しい。また元のように生活できるまでの間、どこかへ預けるつもりでいると言う。アカネちゃんは今、妊娠5ヶ月。自分だけでも大変な時期なので、イヌとの生活は難しい。そこで私たち夫婦にこのイヌをしばらくの間預かってもらえないかという相談だった。もちろん、すぐにOKをした。こんなことで二人の、そしてそのご家族の助けになれるのなら、お安い御用だ。トイ・プードルのララは非難の途中で足を痛めた恐れがあるため、獣医さんに診てもらう必要があった。通院ということになれば、私のマンションから近い方が便利ということもあり、今日のお昼前にララとキキを連れてあの街を一旦後にした。 復旧作業は今もなお続いている。被害に遭われた方々の体は、疲労とこれからの不安で限界にきているように見えた。どうかみなさんが一日も早く元の生活に戻れますように。私も夫も、可能な限りあの街へ足を運び、支援もしていこうと思っている。旅行のお話はもう少し落ち着いたら更新します。
2004年07月18日
コメント(12)
ただいま。行ってまいりました。夫による”セッタイリョコウ@隣国”感想は・・・ひと言で言えば自信回復でしょうか。私もそして夫も前のような自信が戻ったように思います。一時間しか時差がないはずなのに昨日からとても眠い私と夫。昨日も早目の便で帰国したというのに体はまだ寝ているようです。夫がシャワーを出たら、次は私です。そのあと食料の買出しに行こうかと思いましたが、また寝ようかと思っています。セッタイリョコウのお話、この次に書きます。
2004年07月15日
コメント(8)
私の大切な家族が誘拐されて丸一日。本当に気が気でない時間を過ごした。容疑者である義両親、重要参考人であるナニーへ連絡をするが一向につかまらない。ただ唯一の目撃者と思われる義弟。彼からの電話をひたすら待っていた。たとえ誘拐されたのが人間でなくとも、これは私にとっては事件なのだ。私の愛する ハンナ、ジェージェー、ぶん太。彼らの居所がわかったのは今朝だった。「イヌ? あの三匹ならダディが連れていった。」ようやくかかってきた義弟からの電話。スピーカーフォンを最大音量にして聞いた。「そんなことわかっている。 なぜあの人たちが私のイヌを連れていったかが知りたいの。」夫が持つ受話器を取り上げて叫んだ。「ちょっと、オレに怒鳴るなよ。 冷静になれって。」「それはできない相談よ。」「ダディたちは兄貴のとこにキャンピングカーを借りに行ったんだ。週末、伯母さんたちとエリー(Lake Erie)に行く予定にしていたから。聞いていただろう?」確かに先週末の電話で義父はキャンピングカーを借りたいと申し出ていた。どうぞ、ご自由にって答えたことを思い出した。「それで兄貴の家に行ったら、ナニーの様子がおかしかったって。ぎっくり腰とかで。このままイヌたちの面倒をみれそうもないから、ダディが連れて帰ってきたって言ってた。」「じゃあ、今は実家にいるのか?」「いいや、エリーに連れていったはずだけど。」「・・・・・・・・・。」「そうそう、兄貴んとこのナニー、結局入院したよ。」「病院は? □□□□□メモリアルだな? わかった。 ありがとう。」義弟との電話を切って、すぐにナニーのいる病院へ電話。時間が時間だったため彼女にはとりついでもらえなかったが、メッセージを届けてもらえるように頼んだ。その後、お見舞いの花も届くように手配。「どうしてすぐに私たちに電話してこなかったのかしら?」「ダディが、自分がするからって言ったんだろう。」「きっと、そうね。」状況がやっとのみこめた。安堵感が少し。でも三匹はまだ義父のところにいる。先ほど義母より電話があった。多くの親せきが集まって夜も遅くまで騒いでいるようで、にぎやかな声が電話の向こうから聞えた。「ナニーの件は聞いたの? あなたたちがアメリカに戻るまで、三匹はこっちで面倒みるから大丈夫よ。心配しないでね。」”それが一番心配なんです。”口が裂けても言えない義娘。「せっかくの祝日にみんなで集まったのに、あなたたちがいないのは残念だわ。 今すぐ次の飛行機で戻っていらっしゃい。」「ママ、それは無理。 ごめんなさい。」「あら、どうして? ダンクの仕事も終わったのに?」「・・・・・・・。」「月末のグランパの誕生日には必ず帰ってくるのよ! あれはファミリーの一大イベントだから。」「・・・・・・・。」いつもの調子で電話を切った義母。数ヶ月前に私に言った言葉など覚えている様子もない。言った方はすぐに忘れるのだろうか。言われた私はしっかり覚えてる。あの時の状況まではっきりと脳裏に焼きついている。何もなかったように話す義母が、ある意味羨ましかった。”そんな風に生きられたら、人生楽でしょうね。”
2004年07月03日
コメント(10)
「あの子たちはこちらで預かっているから」義父のその言葉に、私は絶句した。 先月、突然私の前に現れた夫。やりかねないことだとは思っていたが、正直私はその行動に動揺した。しかしそのような状態でも、私が気になったのは家族のこと。「ハンナは? ジェージェーは? ぶん太は?」私の大切な家族。我が家には三匹のイヌがいる。ブラックのラブラドールレトリバー 彼女がハンナ。2歳になったばかりのやんちゃ娘。チョコレートのラブラドールレトリバー 彼がジェージェー。同じく2歳。 ハンナの遥か上をいくやんちゃ坊主。チェスナットレッドのアイリッシュ・セター 彼がぶん太。4歳 少しおとなしすぎるかな? でも頼れるお兄ちゃん。三匹は私の大切な家族。離婚の話が出たときにも、彼らの養育権だけは譲らないとはっきり夫に言った。今回の出戻りにも、どうしても彼らを連れて来たかった。しかしご存知のようにすぐにそれが叶うことはない。それに何年も住み慣れた土地を離れるのは三匹にとっても大変なことだと思う。お友達とも離れがたいだろう。だから泣く泣く三匹を置いてアメリカを発ったのだ。クンクン鳴く彼らのおでこにキスをして家を出た日。きっとこれから長い間会えなくなることに彼らは感づいていたのだろう。車に乗り込むその瞬間まで、私の足元から離れようとしなかった。先月、私の「三匹はどうしているの?」という質問に「大丈夫、ナニーがしっかり世話をしてくれてるから。」 そう答えた夫。「そう。 それなら安心。」彼らなら私や夫と同じように三匹を愛してくれていることを知っている。だから安心していた。だからずっと安心していた。それなのに。「リコ、あの子たちはこちらで預かっているから。 リコのことが恋しいようだ。結婚式の時のビデオを見せると三匹ともテレビの前から離れようとしないんだ。」”・・・・・・・。”「早く帰っておいで。イヌたちも待っているから。」さっき買い物から帰ってきて留守電を再生するとこんなメッセージが入っていた。義父からのメッセージ。なんと私の愛する三匹のイヌたちは、私の最も信用の置けない人のところにいる。先週末の電話では義父は何も言ってなかった。イヌのイの字だって出てこなかった。それなのに、どうして私のイヌたちが彼らの家にいるのか?不安で不安で堪らない。ナニーに電話して事情を聞こうと思ったがつかまらない。携帯にかけてもOFFになっている。一体どうしたのだろう。こんな日に限って夫は友達と早朝から磯釣りに出かけている。夫の携帯も何度かけても通じない。きっと私の大切な三匹は我が家から誘拐されたのだ。イヌ質。義父ならやりかねない。どうしよう。 のんきに磯釣りに出かけていた夫が帰宅(ってここはこの人の家ではないけど)。留守電のメッセージを聞かせ、すぐに夫の実家に電話をしてもらった。しかし留守電。その後、義父と義母の携帯にかけるがこちらも留守電。ますます心配になる私。そこで彼らの近くに住む義弟の家に電話をして、彼の奥さんと話をした。どうやら義弟なら事情がわかるとのこと。しかし彼は外出中。戻ったらすぐに電話をして欲しいと伝え、電話を切った。こうして待っている間が、非常に辛い。
2004年07月02日
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1