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今号のレコ芸、新譜批評を読んでいて唸ってしまった。交響曲ジャンルの小石忠男・宇野功芳お二人の意見が激しく違うのだ。 とはいってもこれは今号だけではなく、毎号顕著にあることなのだが、今号特に凄いのはラトルの新譜、「ザ・グレート」の批評。小石は絶賛、推薦を出しているが宇野は酷評、なにもつけていない。 第一楽章冒頭についての表現、 小石は「音楽の流れが実にしなやかでやさしい。しかも主部の堅固なリズムは筋肉質でもあり、硬軟の両者を見事に達成した表現である。」に対し、 宇野は「強弱のつけ方がスムーズでなく、強すぎたり弱すぎたりで、まとまりが悪い。主部も同じだ。弱いところは弱すぎて意味がなくなり、強いところは余計な音が聴こえすぎてうるさい」 とある。同じディスクの同じ部分を評するのにこの違いの大きさ。思わず笑ってしまった。終楽章についても小石は「豪快な響きによる、男性的とでもいいたい表現。(中略)見事な起伏によるリズムの饗宴」となっているのに対し、宇野は「フィナーレもベートーヴェンのような荒びたシューベルトで、その解釈自体は間違いではないにしても、音が無機的なのは困る」となっている。 「ベートーヴェンのような荒びたシューベルト」と言うのは私にも意味不明。その解釈自体は間違いではない、と自ら云っているのだから、これは結局宇野氏の肌感覚で嫌い、と云っているという事か。最近の宇野氏の批評は以前にもまして好き嫌いの感情が表面に出やすくなった。ちょっとお年を召したかな、と感じるのは私だけだろうか。 私自身の感想は19日の日記に書いたとおり、小石氏の評価に極めて近い。積年にわたる私の「シューベルト(の交響曲)嫌い」から脱却するきっかけになるくらいのポテンシャルのある演奏だったと感じている。 私の感想は小石氏に近いが、これとて私の主観に過ぎない。批評は自らの感想を自由に述べれば良い訳で、二人の評者の意見が異なるのはむしろ読者にとっては面白いことなのかもしれない。しかしレコ芸のように初心者も読むような雑誌でこれほどの相違があると、読者もどちらを信じたらよいか困るだろう。結局は何事も自分自身で聴いて判断するしかない、という結論に落ち着くのだろうか。こちらが問題の?「ザ・グレート」ラトル/ザ・グレイトクリックいただけましたら幸いです
2006年02月28日

この楽天でクラシックのページを開設していて一番の悩みは、クラシック関連のアフィリエイトが非常に貧弱だったこと。なんとそれが劇的に改善されつつあるようだ。 このHPを開設したのが2年前の1月だが、その頃はリンクを張れるディスクなど一枚もなかった。CDを紹介しても楽天内のアフィリエイトショップはクラシックCDなど登録していなかった。僅かにあっても全く知られていない演奏者によるものか、バッタ屋で売っているような得体の知れない廉価盤ばかりだった。 HPを始めて半年くらいでさすがに頭に来て、事務局にメールを出したが、「どの商品をアップするかは各ショップの自主性に任されておりますので」という型どおりの返事が来ただけだったので、とっくに諦めていた。 ところが!先日ふと気づいたのだが、なんと楽天ブックス内でクラシックCDの扱いが激増している。マーラー交響曲全集コーナーのリンクを点検していたら、なんとなんと殆どのCDにリンクが貼れるではないか!一体何が起きたというのだろう? 先月リンクを点検したときにはまだこんなに種類が増えていなかったから、つい最近(二月に入ってから?)一気に増加したのではないか。その殆どは「楽天ブックス」にある。ということは、結局各ショップに任せていても、いつまで経ってもクラシック商品は増加しないので、楽天自らが動いてみせたということなのだろうか。 基本的にはドイツ・グラモフォンを中心としたユニヴァーサルグループと、東芝EMIの二大メジャーの商品が一気に増えた。驚いたのが、私が紹介しているクーベリック指揮のマーラー第九、AUDITEレーベルのCDまでがあったこと。これって直輸入盤しかないはずなのに、なぜ? もしかして、楽天事務局の方で私を含めたクラシックHPで紹介されたCD情報を収集して、それに基づいた品揃えをしたのだろうか・・・なんてそんな面倒くさいことしないよなぁ。 私は特にこのページでアフィリエイトを追求したい、と思っているわけではない。紹介しているアルバムに興味を持ってくれた方が、すぐにその演奏を楽しめるシステムがきちんと機能すれば、多少はお役に立てるのかな、と考えている程度。Amazon級までとは望まないが、ますます充実していって欲しいものだ。クリックいただけましたら幸いです
2006年02月27日
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<「けしからん音楽シリーズ・4:A.スクリャービン 「法悦の詩」> 「法悦の詩」という邦題だけを読むとイマイチぴんとこないが、原題である「ポエム・ド・エクスタシー」と聞くとぶっ飛ぶのがスクリャービン大先生の問題作、交響曲第4番。「エクスタシー」ですよ。自作にこんな題名を付けた人、他にはいらっしゃいません。 いやはやこのお方のぶっ飛び度も桁外れ。最初の頃は正常なロマン派音楽を書いていたが、30歳近くになるにつれ、ニーチェの哲学に心酔。自分の誕生日が12月25日だったことから神智主義(人間には霊的能力があって、神を見ることが可能なのだという思想)に傾倒、遂には彼独自の「神秘和音」(4音の和声の積み重ね)を多用した非常に感覚的な作風へと没入していく。 その作風の代表が交響曲第3番「神聖な詩」と第4番「法悦の詩」。「神聖な詩」もすごいが、「法悦の詩」は本当に異常な音楽だ。トランペットが高らかに性的な興奮の盛り上がりを告げ、約20分間の演奏の間に、その主題が姿形を少しづつ変えながら、寄せては返す極彩色の官能の波のように繰り返し繰り返し聴く者を包み、圧倒する。(ようするにずっと頑張ってる、ということですな) 特に最後の三分間のクライマックスは交響曲史上、他に類を見ない圧倒的な音響空間を作り出している。ホルン8本、トランペット5本のすさまじい咆哮によって官能のうねりは忘我の境地に達し、もはや聞き手は茫然自失、頭は真っ白になる。(ようするに燃え尽きるわけですな) ありえない、こんないやらしい音楽を書いたスクリャービンは本当にけしからん!!・・・でも素晴らしい! このお方は43歳で亡くなっているが、最後に構想していたのが大管弦楽、混声合唱、芳香(匂い)、色彩投影などによる「神聖劇」(もはやなんでもアリ、みたいなものですな)なるものだった。作者死亡により未完となったが、もし完成していたらと思うと残念でならない。 このけしからん音楽はそのユニークさ、独創性において空前絶後の作品。まだの方は、是非一度聴いてみて頂きたい。私生活においては四人の子供と妻を捨てて若い愛人に走ったくらいで、ワーグナーほど人様には迷惑をかけなかったようです・・ いやあ、けしからん音楽って、本当にいいもんですね。それではまた次回、お会いしましょう!(水野晴夫さん、復帰おめでとうございます)シノーポリの病的な演奏がステキですスクリャービン:「法悦の詩」|交響曲第3番「神聖な詩」プレトニョフの色彩感もいいですねスクリャービン:「神聖な詩」|「法悦の詩」クリックいただけましたら幸いです
2006年02月25日

いやあ、今朝のフィギュア女子は感動的だった。荒川選手の演技は本当に完璧だった。スルツカヤが転倒するなんて初めて見たが、たとえ転ばなかったにしても、明らかに演技に硬さが見えていた。あれほどの選手でも、目の前で荒川の完璧な演技を見せ付けられると緊張したのだろう。 今回荒川が使用した曲がプッチーニのオペラ「トゥーランドット」。プッチーニ未完の大作で、作曲家アルファーノの補筆によって完成。初演第一夜で、トスカニーニはプッチーニが仕上げたところまでで指揮をやめてしまったという逸話がある名曲だ。パヴァロッティが開会式で歌った「誰も寝てはならぬ」はこのオペラで歌われ、荒川の演技クライマックス部分でも当然使われていた。 プッチーニの母国イタリアでこの曲を決勝で使用するのはもう出来過ぎ。荒川の演技後、観衆がスタンディング・オベーション(立って拍手すること)していたが、あれは音楽と演技の見事な融合がそうさせたのだろう。 今朝聞いていて気づいたのだが、あの荒川が使用している部分は本当に映画「ゴッドファーザー」に似ている。もちろんゴッドファーザーの方でパクっているのだろうが、あまりに似すぎていてびっくり。これは結構有名なことなのだろうか。普段オペラを殆ど聴かないので今日初めて気づいた次第。いやはや、まだまだ修行が足りませぬ・・・ まぁそんなことよりも、荒川選手、本当におめでとう!クリックいただけましたら幸いです
2006年02月24日

「指揮台の神々」がアイコンにまとまっていなかったので、ちょっと作業してまとめてみた。 現在13人を紹介しているが、当然ながらまだまだこれから。例えば指揮者紹介の本を作るとしたら、一体何人分入れれば「スタンダード」な本になるのだろうか。 フルトヴェングラーやカラヤンなどの超メジャー指揮者は当然含まれるとして、クラシックファンは皆それぞれお好みの指揮者がいるだろう。なんだかんだいってフルヴェンもカラヤンもベームもワルターもある程度長く生き、それがために録音も数多くあった側面がある。 それに比べると、将来を嘱望されていたケルテス、絶頂期の録音が少ないチェリビダッケ、ホントにこれから、と言う時に突然逝ってしまったシノーポリなど、録音は少ないが決して忘れてはならない人たちもいる。 また、個人的に非常に好きなジェフリー・テイト(最近あまり名前を聞かないが)、才能豊かな若手のサカリ・オラモ、時代の流れにに逆らった指揮が得意なティーレマンらは、現役の素晴らしき指揮者として外せまい。 また、濃ゆい系が好きな方はフェドセーエフやロジェストヴェンスキー、最近ならゲルギエフなどもリストに載ってくるだろう。 クラシック音楽が面白いのは、楽曲が素晴らしいのは言うまでもなく、こうした才能豊かで超個性的なシェフたちが、それぞれお好みの味付けで楽曲を料理してくれるからだ。できるだけ多くの指揮者たちを紹介していきたいと思っている。皆さん贔屓の指揮者を教えていただければ参考にさせていただきます♪クリックいただけましたら幸いです
2006年02月23日

オリンピックに限らず、フィギュアスケートの使用曲でおそらくダントツの人気を誇るのがラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。大会を見ていると誰かが必ず使用しているし、今回のトリノでも男子の高橋、女子の村主が使っている。 あのゆったりとした仄暗い開始、もうとにかく大甘で美しい第二楽章、華麗で力強い第三楽章は、技と美しさを競うフィギュアスケートにぴったりなのだろう。 これほどポピュラーな名曲のはずなのに、中継で聞こえてくるのは「曲はピアノ協奏曲第2番です!」という中途半端なアナウンスが圧倒的に多いのは何故なのだろう? 先日の高橋の演技でも、NHKと民放のアナウンサーは「曲はピアノ協奏曲第2番です!」と紹介していた。これでは一体誰のピアノ協奏曲なんだかさっぱりわからないではないか。なんでこんな紹介になるのだろう? 普通アナウンサーは、自分の手元にある原稿を読むか、資料を参考に話を組み立てる。ということはその手許の原稿や資料に「ピアノ協奏曲第2番」としか書いていないということか。でも、書いてなくともアナウンサー諸氏ならそれがラフマニノフのものであるくらいご存じではないのか?それとも原稿にないことはたとえ知っていても云わないのだろうか。 フィギュアスケートの注目度は今回のオリンピックで一番高いだろう。そこで奏でられる音楽はクラシックも多く、しかもその殆どが有名な曲ばかりだ。クラシックは知らなくてもその美しい旋律に惹かれた人達に、是非きちんと曲名を教えるアナウンスをして欲しい。 ちなみに同曲私のお勧めはハイティンク指揮:アシュケナージのピアノによる演奏。オケはちょっと翳りがあって美しく、ピアノはロシアへの郷愁を体現して素晴らしい。同コンビによるピアノ協奏曲全集もでているので、是非聴いてみて頂きたい。 こちらです ハイティンク指揮:アムステルダム・コンセルトヘボウ/アシュケナージ(ピアノ)1984年録音クリックいただけましたら幸いです
2006年02月20日

ラトルの新譜、シューベルトの交響曲第9番「ザ・グレート」を大変面白く聴いた。 正直言って(何度も書いてきたが)私はシューベルトの交響曲が何故か苦手。クラシックの代名詞ともいえる「未完成」も昔から好きではなかった。「名曲だ」と言われて聴いてみても、なんだか暗くてはっきりしない、長ったらしい音楽だなという感想は、これだけクラシックを聴くようになった今でもあんまり変わっていない。 だから当然、同じシューベルトの「ザ・グレート」も好きではない。なんといっても両端楽章におけるあの単調な旋律の繰り返しに辟易とさせられて、あれだけ有名なのに実演にも接したことがないのだ。 そんな「シューベルト嫌い」が今回聴いてみようと思ったのは、単純に指揮がラトルだから。手垢にまみれきったこの長大な曲を、どう料理してくれるかに興味があった。 ラトル自身が「この曲は音楽の頂点を極めた楽曲の一つ」と語り、「この曲があったからこそ、ブルックナーがあった」とまで言い切っている。アプローチは、BPO全員を使うのではなく、わりと人数を減らして初演時の雰囲気に近づけようとしているようだ。 これにラトルが最近よくやっている、モダン楽器による古楽器的な響きとが相乗効果となって、非常にきびきびとしてリズミカルな演奏になっている。私が嫌っていたあの執拗な反復も、この演奏で聴くとそんなに気にならない。 人数を絞ってもそこはBPO、音の豊穣さは変わらない。冒頭ホルンの余裕ある響き、両端楽章で刻まれるリズムの合奏能力の高さには本当に脱帽するほどだ。私は初めてこの曲を違和感なく最初から最後まで聴き通すことが出来た。 今回も聴いて思ったが、終楽章第二主題部の執拗なまでの反復はやはり異常な音楽だ。ブルックナーも同じような旋律を繰り返し多用するが、それは金管と弦合奏の二本柱で奏でられるから気にならない。しかしシューベルトはひたすら弦合奏による反復がメインなので、本当に同じ旋律の繰り返しに聞こえてしまう。それを敢えてやってのけた彼の狙いは何にあったのか? ラトルは最終楽章を「喜びと狂気と執念の音楽」だと述べている。私は今までシューベルトの曲をそうした観点で聴いたことがなかったから、これから少し時間をかけて彼の交響曲を聞き返してみようと思う。願わくば、ラトルが早く他の交響曲をも録音してくれるといいのだが・・・。こちらです ラトル/ザ・グレイトクリックいただけましたら幸いです
2006年02月19日

今朝の朝刊に西本智実・ロシア交響楽団っでチャイコの未完成交響曲「ジーズニ(ロシア語で人生、の意)」日本初演ツアーの広告が載っていた。 確か昨年もこの件で日記を書いたなあ、と思って探してみたらちょうど一年前の2月7日で取り上げていた。そのおりトラバしてくれたSchweizer_Musik さんのブログによれば、この作品は第一楽章の200小節だけチャイコ自身が書いただけで頓挫し、放棄してしまった作品らしい。 この広告には「未完成交響曲」と書いてあるので、交響曲の構成要素である四楽章まで完成しているわけではないらしい。しかし逆にどこまで出来あがっているのかも全く分からない。チャイコ自身が書いた第一楽章だけの補筆完成版なのか、それとも他の誰かが補筆して他の楽章もあるのかくらいきちんと書いておくべきではないか。 作曲時期は交響曲第5番と「悲愴」の間だから、出来上がっていた部分の完成度は高いのだろう。しかし、第一楽章200小節程の作品を「未完成交響曲」と言って喧伝するのはちょっとどうかと思う。これでは、全く知らない人は未発見の交響曲が出てきたと錯覚してしまう。せめて「未完成交響曲の断片」とか単に「ジーズニの断片」とか別の名称で呼ぶべきだ。 それにしてもこの西本さん、前からそうなのだが相変わらず結構キワモノっぽいなぁ。期待して購入したショスタコ5番も大ハズレだったし、でも生で聴いていないからこの際一度聴いてみるのもいいかも・・・?クリックいただけましたら幸いです
2006年02月18日

いやぁ、先日スノボ惨敗のひどさについて書いたが、全日程の三分の一を消化してメダル一つも取れず。メダルゼロの可能性が日一日と高まるにつれて、そろそろ責任者探し?が始まっている。 今週の週刊新潮は選手にくっついて五輪に参加する「本部役員」サン達120人余を槍玉に挙げていた。確か五輪となると必ず叩かれるが、その人数は年々肥大化しているような気がするが、気のせいだろうか? コーチや監督については結構細かな規約があるらしく、参加費が出ないため自腹で参加しているコーチもいるらしく、それは立派だと思うが、大会期間中ただ応援席を埋めているだけの「本部役員」は特に規約があるわけでもないので、膨張するままらしい。そういう方達が今回の大惨敗の責任を取るかと言うとそれは当然取らないらしい。 オリンピックは参加することに意義がある、と言っていた時代は遠く過ぎ去り、今はとにかくメダル・メダルの大合唱。昨日はフィギアスケート男子の競技があったが、失礼ながらトップ3と高橋選手との力の差は歴然としていた。 それなのに、国内にいると「メダル圏内だ!!」などとおだてられ、いつの間にか本人も舞い上がってしまうのでは本当に選手も気の毒だ。まぁあのスノボの選手たちの品のなさはもっと違う要因があるような気もするが・・・ 私もスポーツをやっていたからわかるが、とにかく競技をやっている連中は皆必死。世界とのレベルの差に辟易しながら、すこしでも良い記録を出そうと切歯扼腕している選手も大勢いるだろう。みんな頑張って欲しい。メダルは結果としてついてくるものであって、あの楕円形が最終目標ではないはずだ。 それでもこのままで行くと、壮烈な責任者狩りが始まるんだろうな~ ああ、でも私も「本部役員」になりたいな・・・クリックいただけましたら幸いです
2006年02月17日

2月13日がワーグナーの命日だったということで、やはりけしからんシリーズ第三弾はリヒャルト・ワーグナー大先生でいきましょうか。 ワーグナーといえば歌劇を上回る規模の「楽劇」を創始し、無限旋律を駆使して巨大な音響空間を作り上げ、あまたの名曲を残した偉大な音楽家・・・というのは確かにその通りだが、実態は無二の友人の妻を略奪するわ、自分を庇護してくれた国の財政を破綻させるわ、とケシカラン度も桁はずれのお方。 10年以上前にアメリカのTVシリーズで「ワーグナー」という番組があった。確かワーグナー役をチャールトン・ヘストンがやっていたような気がするのだが、この番組の中でもワーグナーの華美好き・巨大好き・浪費癖がクローズアップされていたように記憶している。 とにかく頑固な上に女好き、おまけに派手好き。同時代の他の音楽家はてんで馬鹿にするのに、自作の偉大さを信じて疑わない尊大さ。桁外れの浪費のために遂に借金取りに追われ、諸国を放浪している時に救いの神・バイエルン国王、ルードヴィッヒ二世に拾われる。 普通不遇の状態を救ってもらえたら多少人間は謙虚になるものかと思うのが凡人。ワーグナーはそんなことを塵も思わない。バイエルン公国の国費を湯水のように使いまくって豪華な家に召使、毎夜の宴会に演奏会、と浪費の限りを尽くす。その大浪費生活の中で「トリスタンとイゾルデ」や「神々の黄昏」などの傑作群を書き、なおかつ自分が満足できる状態で上演できるように自分の作品専用の演奏会場、バイロイト祝祭劇場まで立ててしまう。 このパトロンのルードヴィッヒもすごい。19世紀の終わりだというのにバリバリ中世夢ン中みたいなノイヴァンシュタイン城を(当然ながら国費で)おっ立てて、自分が死んだらその城も爆破してくれなどとのたまった夢想家。しまいには家臣に見限られて殺されてしまう(死因不明、自殺とも言われるが謎)。 この19世紀末に降り立った二大夢想家によって、哀れバイエルン公国は破産状態にまでなってしまうのだ。もちろんワーグナーはそんなことには我関せず。なんと親友の指揮者フォン・ビューローの妻コジマまで寝取ってしまうのだ。このビューローはワーグナーの作品を数多く初演し、最大の理解者だったにも関わらず、である。全く油断も隙もない奴なのだ。 現在残っている彼の肖像画も豪華な衣装に包まれて、まるで王侯貴族様のようだ。そして自身の過激な反ユダヤ主義は、半世紀後にナチスに利用されることになる・・・彼の及ぼしたメイワクは、ナチスの時代まで繋がってしまうのだからとにかくスケールがでか過ぎる。 彼の残した名作群は確かに評価に値するし、後の音楽家に与えた影響も計り知れない。マーラーもドビュッシーもフランクもスクリャービンも、皆ワーグナーの魔力に取付かれている。かくいう私も、トリスタンとイゾルデの「愛の死」やワルキューレの騎行を何度聞いたか分からないくらいだ。「愛の死」のあのうねるような官能の嵐、まさに押し倒すような音の波が襲って来るようでたまりません! 彼の音楽にはそうした「悪魔的」魅力が確かにある・・・って、よくよく考えてみれば悪魔のような奴だったんじゃん! いやぁ、けしからん音楽って、ホントにいいですね~。次回は一体誰かな~クリックいただけましたら幸いです
2006年02月15日

今回のトリノ五輪、日本勢未だメダルに届かず。勝負は時の運もあるから仕方ないこともあるけれど、そればかりではないと感じたのは男女のスノーボード。あの惨敗振りはひどすぎる。 いつもそうなのだが、マスコミの前評判、煽りも最低だった。男女とも、まるでもうメダルは約束されているような報道で溢れていた。男子はワールドカップで優勝した者がいたらしいが、今になってその大会には強力な米国勢が殆ど参加していなかったことが報道される始末。 選手のインタビューでの天狗ぶりもひどかった。高校生くらいの連中が「金メダルしか眼中にないっす」みたいなことを偉そうに言い、マスコミも無批判でそうした映像を垂れ流す。あれを見て不快な気持ちになったのは私だけではあるまい。 成田選手の競技態度も最低だった。TVカメラに向かって猿のように叫びまくり、競技が不本意な結果に終わると、点数発表を待たずにさっさと退場。マナーもへったくれもない。もっと点数が低かった外国選手でさえ、皆きちんと発表を待っていた。あのマナーの悪さは競技以前の問題。わざわざ五輪まで行って日本の恥をさらしまくっていたとしかいいようがない。 あの連中は、五輪に参加するということが多くの人々の努力によるものだということが全く分かっていなかったのではないか。五輪に参加するためには莫大な金がかかる。その金は元はといえば税金からでているのだ。あまり言いたくはないけれど、税金を使って実力もマナーもない輩をトリノまで連れて行った責任は誰にあるのか? 今回、不幸中の幸いは彼らがひとつもメダルを取れなかったこと。自分がいかに井の中の蛙なのか思い知り、考えを改めて精進しなおしてくれれば、本人にとってトリノは「行った甲斐があった」ことになるのではないか。 クリックいただけましたら幸いです
2006年02月14日

五輪では日本勢の不甲斐ない戦いが続いておりますが、五輪のおかげで毎日ふんだんにイタリアの風景がTVで流れ、私としては大変満足しております。 昨日もNHKBSでローマ帝国の歴史を辿った番組が放映され、その中でナポリのポンペイ遺跡を取材したものがあり、懐かしく見ると共に、おさる時代の思い出が甦ってきました。 あれは確かイタリアに渡って2年目の夏休みでした。おさる親子は夏休みを利用してナポリまで旅行をしました。ナポリの説明はここでする必要もありますまい、なにせ「ナポリを見て死ね」という言葉があるくらい美しい街ですので。 そのナポリの近郊に、ローマ帝国時代の遺跡、ポンペイの町があります。ここはすぐ近くのヴェスヴィオ火山の突然の噴火により、住民も一緒に一瞬にして町全体が溶岩に飲み込まれた悲劇の町です。しかし、そのおかげで発掘されるまで町は破壊を免れ、町並みがきれいそっくり再現されている、ナポリ観光の目玉のような場所です。おさる親子は当然のようにここを目指しました。 イタリアの夏は日本同様非常に暑いです。おさる親子はその暑い夏の、これまたお日様が一番高く上って暑い真昼間にポンペイに到着しました。おさる父と母は生まれてはじめて見るポンペイの町並みに興奮を隠せない様子で、どんどん町の中に入っていきます。その頃おさる7歳、妹4歳。 いや、とにかく暑いのなんの!町を走る道路は大きな石がいくつもはめ込んであるのですが、これが太陽の熱を吸収して暑い!しかもでこぼこして子供にはすごく歩きづらく、しばらくすると足の裏が痛くなってくるのです。 町に入って小一時間でおさる妹がむずかり始めました。なにせまだ幼稚園児、ポンペイの廃墟なんか面白いはずがありません。大人にとっては、「ここは昔誰それの宮殿だった、別荘だった、飲食店だった」というのは面白いかもしれませんが、子供にはみ~んな同じに見えます。まあ基本的には壮大な廃墟ですから、何か動くものがあるわけでもないので、小学生くらいまでの子供には殆ど面白くない場所です。 子供にはちっとも面白くない場所ですが、大人は面白いらしく、どんどん先に行ってしまいます。おさると妹はどんどん遅れていきます。ペットボトルなどない時代、水の補給は所々にある水のみ場に頼るしかなく、しかもこれが少ない! じりじり照りつける太陽、さっさと先へ行ってしまう親。足はどんどん痛くなってくるし、おさるはこんな所で迷子になったら一大事と妹の手を引っ張って必死に歩きました。しまいには妹はもう歩けないとベソをかき始めました・・・ それを見た父親が、「おさる、妹をおぶってやりなさい!」とのたまいました。ええっ、こんなに暑いのに妹なんて背中にしょったら倒れてしまう!と拒否しようとしましたが、昭和ヒトケタ世代のコワイ父親の命令には逆らえません。泣く泣く妹を背負いました。 それから一体何時間ポンペイの町をさ迷ったのか、おさるは覚えていません。「雪の八甲田山」では兵隊さんが寒さに倒れていきましたが、「夏のポンペイ」ではあまりの暑さに、おさるが背嚢の替わりに妹をしょって遭難するかと思いました・・・ 結局夕暮れ近くになって、ポンペイの町見学はなんとか無事に終わりました。あの石畳の道路はこれから何百年もそのままでしょうが、大人になった今でも私はちょっと苦手です。これからポンペイ見学をされる方は、ペットボトルと厚底の靴のご用意を忘れずに! ★さらにおさる親子がナポリのピザ屋でしでかした失敗談は「イタリア漫遊記・1」のVol.7でご覧くださいませ。クリックいただけましたら幸いです
2006年02月13日

クライバーの新譜、ベートーヴェン7番を聴いた。 おそらく全世界のクライバー・ファン待望の新譜なのだが、これがあけてびっくり、あの大ヒットした4番と同じ日の録音なのだ。 その4番のアルバムは、1982年5月3日の“カール・ベーム追悼”演奏会の記録。美しさと力強さの見事な融合、繊細さと大胆さを悪魔的なまでに操り、怒濤のように終楽章になだれ込む。あっけにとられるほどのダイナミックな演奏にクラシックファンは皆度肝を抜かれ、クライバーの名声を不動のものにしたのだ。 今回の7番はその同じ演奏会の後半で演奏されたもの。「なんで今頃?」という疑問を誰しも持つと思うが、「録音恐怖症」を自認していたクライバーが生前、ストップをかけていたらしい。では4番がなぜリリースされたかというとチャリティ目的であった、などというのは私も今回初めて知った。 演奏は4番同様、ライヴの高揚感もあって冒頭から突っ走る。75年のDG盤よりも両端楽章がそれぞれ2分程短く、緊張と解放が絶妙なタイミングでブレンドされて聴く者を酔わせる。素晴らしい演奏と言っていいだろう。 ただし、気になったのが音質。今回はSACD仕様も兼ねており、ORFEOは相当な自信があったようだが、もとはステレオのデジタルリマスター。一聴して低音域がなにか軽く、重低音に迫力がない。高音も輝きがないというか、乾いて切れ味に欠ける印象。う~ん、気のせいか? と思って4番のCDを引っ張り出して聴いてみると、こちらは素晴らしい低音の伸び、高音の切れ味が楽しめる。同じ日の録音で同じ会社がリリースしているのに、この差はなにか?収録自体は同じ機器で行われたはずだから、これはもう今回のデジタルリマスターを担当した技師の主観によるものとしか考えられない。それともSACD仕様CDを通常のCDプレーヤーで再生したからなのか? ということで久々のクライバー、演奏は素晴らしいのだが録音に多少疑問が残る出来、という印象だった。こちらです ORFEOレーベル C700051 B こちらが伝説の4番ですORFEOレーベル C100841 Bクリックいただけましたら幸いです
2006年02月12日

昨日伊福部昭氏が亡くなった。91歳で多臓器不全というから老衰ということだろうか。すでに戦前から日本を代表する作家であり、クラシックに興味のない方も「ゴジラ」のテーマ音楽の作曲家、といえばあの旋律を思い浮かべるのではないだろうか。 伊福部昭は1914年5月31日、釧路に生まれた。伊福部の家系は由緒正しいなどと言うレベルではなく、その先祖は大化4年(なんと648年!)まで遡れるという。 伊福部のデビューは驚くほど早かった。なんと1935年にロシアの作曲家チェレプニンが日本の作曲家を西欧に紹介するために設けたチェレプニン賞を全く無名のうちに「日本狂詩曲」で受賞。この曲はヘルシンキでも演奏され、シベリウスの称賛も受けたという。 彼の作風の特徴は「ゴジラ」からも分るとおり非常に力強い推進力と生命力の発露にある。いやむしろ「日本狂詩曲」や「シンフォニア・タプカーラ」に見られる爆発的な生命のリズムは「ゴジラ」を遙かに凌いでいると言っていい。 伊福部の音楽の源は、彼が幼少時に過ごした北海道で聴いたアイヌの歌や旋律にあるといわれる。その他に、日本古来の祭りや中国・スラブ民族の伝統的旋律を吸収し、西洋のクラシック音楽の技法を用いて音楽化した、まさに当時としては最先端を行く音楽家だったのだ。 伊福部の経歴を書いていたら膨大な字数が必要になるので専門書に譲るが、とにかく彼の音楽の爆発的な躍動感は、日本人一人一人が古来から持っている「リズムのDNA」に強烈に訴えかける要素を保有している。理屈ではなく、民族全体を象徴するような動的生命力に満ちあふれた旋律・・・それが伊福部昭の音楽だったのだ。 これほどの巨匠でも、ゴジラの音楽で有名ではあっても、60~80年代の終わりまでは冷遇されていた時代だったといえるだろう。伊福部の再評価は90年代に入ってようやく始まり、ようやくアルバムも複数枚出るようになった。 もし伊福部の音楽をまだ聴いたことがなくて、少しでも興味を持ってくれた方は、先ず手始めにナクソスの日本作曲家シリーズで聴いてみて欲しい。僅か1000円足らずで彼の代表作「シンフォニア・タプカーラ(タプカーラとはアイヌ舞踊の一形式の名前)」と「ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ」を聴くことが出来るのだ。この2曲で伊福部の芸風を十分知ることが出来るだろう。 1930年代に西欧ですでにその名を馳せた日本人作曲家、伊福部昭。氏の業績に深く畏敬の念を覚えると共に、心よりご冥福をお祈りしたい。こちらです。是非聴いてみてください! ナクソス 8.557587Jクリックいただけましたら幸いです
2006年02月09日
<おさるのイタリア漫遊記・その15> ここ最近とんとご無沙汰していたが、私は小学校1~4年までイタリアはローマに住んでいました。その頃のことを「おさるのイタリア漫遊記」と題してこのブログを始めた当初、数回に渡って連載しておりました。 今日は、もうすぐイタリアのトリノで冬のオリンピックが始まるし、今年はなんといってもワールドカップはあるし、ということでちょっとまたそのネタで漫遊記を書いてみます。 イタリアが世界有数のサッカー大国なのは皆さんもよくご承知だろう。ワールドカップにはほぼ必ず参加し、毎回優勝候補の一角に名があがる。過去3回の優勝はダテではなく、とにかく国民はサッカー大好き、朝から晩まで寝ても覚めてもとにかくサッカー。日本の相撲などとは比べものにならない、サッカーこそイタリアの国技と言っていいだろう。 おさるも当然ながら毎日、学校から帰ると日が暮れるまで近所の子供達とサッカーばかりしていた。近くの公園にいけば、誰かがサッカーをしていて、知らない連中でもすぐに仲間に入れてくれた。皆試合がやりたいから、メンバーになりそうなやつはイタリア人だろうがおさるだろうが関係なかったのだ。ほんとにおおらかな時代だった。 あれは確か小学校3年の時、1970年メキシコ大会が開催された。当時まだモノクロではあったが、試合はイタリアでも生中継された。とはいえ、メキシコとは時差があるから確か夜中の中継だった気がする。イタリアは順当に勝ち上がり、準決勝でベッケンバウアー率いる西ドイツと対戦した。ワールドカップ史上でも名勝負として語り継がれている試合なのだ。 とにかくおさるは家族と一緒にTVにかじりついて応援していた。試合は終了直前に西ドイツが追いつき、1-1で延長戦に突入した。その休憩時間に、なにやら外が騒がしいのでベランダに出てみると(おさるの家はマンションの5階だった)、他の家々のベランダにも人が出ていて、口々に「イタリア頑張れ!」と叫んでいる。中には旗を振っているやつもいる。とにかく寝ているやつなど一人もいません、といった感じで、夜中なのに全ての家の明かりが煌々とついている感じだった。 昔のことなので私の記憶が間違っているかも知れないが、この試合は延長でも決着がつかず、10分ハーフの再延長をしたのではなかったか?試合は互いに一点をもぎ取ると相手もすぐに追いつく、というスリリングなシーソーゲームとなり、結局はイタリアが4-3で劇的勝利を飾り、ブラジルとの決勝に駒を進めたのだった。 決勝進出が決定した瞬間、もう外は叫び声の嵐。あまりの激闘を制したために、もう皆優勝したような騒ぎになっている。ベランダにでて旗を降る者、万歳を叫ぶ者、車のクラクションを鳴らす者・・・驚いたのは、そのうちに皆段々興奮してきたらしく、ベランダから植木鉢やらなにやらをぶん投げ始めたのだ。ガシャーン、ドーンとあちこちで壊れたり割れたりする音が聞こえてきていた。おさるは面白がって観ていたが、いかんせん深夜なので「さあ明日は学校だ」と眠りについた。しかし、なんと翌日学校は休みになってしまったのである! どうしてかというと、前夜みんなが投げまくったガラクタが道路にうず高く積もり、とにかく車も動けなければ人も容易に歩けない。朝おさるたちを迎えにくるはずのスクールバスが道路を走れず、歩いて学校に行くのも歩道が瓦礫で埋もれて困難ということで、急遽休校になってしまったのだ。おさるたちが狂喜乱舞したのはいうまでもない。 ワールドカップ準決勝に勝ったくらいで学校が一日休みになるのだから、こいつは優勝したらとんでもないことになるぞ、とおさるをはじめとする子供達は皆期待に胸を膨らませていたが、決勝では当時現役の神様ペレを擁したブラジルに4-1で完敗。子供達の野望?は儚い夢と消えた。 それにしてももしあの時、イタリアが優勝していたらどんな騒ぎになっていただろうか、とおさるは今でも懐かしく思い出すのです。一週間くらい学校は休みになったのでしょうかね?
2006年02月08日
「白バラの祈り」を観て、ふとしばらくぶりに「シンドラーのリスト」が観たくなり、レンタルしてみた。 ナチス政権下、古参の党員であったオスカー・シンドラー。ユダヤ人を徴用して軍需工場で巨万の富を築き上げた彼は、戦争末期、自分の工場にいたユダヤ人1100人をガス室送りから救う。 シンドラーはいわゆる政商である。軍需生産で稼いだ巨額のカネで1100人のユダヤ人の命をドイツ人司令官から「買った」のだ。 映画の最後に、シンドラーが「もっと救えた。もっともっと救えたのに、私はそうしなかった」といって泣き崩れる。しかしあの時代に、その行為がいかに危険なことだったかは、「白バラ」を観れば明白だ。彼らは反戦ビラを数回まいただけで死刑になった。いかに古参党員であろうと、僅かに歯車が狂っただけでシンドラーも処刑されていただろう。 人の真価は危機に際したとき、最も発揮されるという。シンドラー自身は特に正義感が強い人間ではなかったようだ。また、自己の命が危機に瀕した訳でもなかった。にもかかわらず、自らが所属するナチの行為に反発し、稼いだ全てのカネを吐き出して多くのユダヤ人を救う。崇高な正義感などではなく、一人の人間としてやるべき事を全力でやってのけたのだ。 映画の最後に、助けられたユダヤ人達が金の指輪をシンドラーに贈る。そこには「一人の命を救う者が、世界を救う」と記されていたという。 この言葉は私たちの現在の世界にも十分当てはまる。救うという言葉は別に命に限ったわけではなく、日常のささいな出来事において他人を敬い、大事にすることに通じている。宗教や人種に関係なく、ましてや老若男女も関係ない。身近にいる誰かを大事にすることこそが、世界を救うことになるのだ。 久々に観た「シンドラーのリスト」は今もなお、スピルバーグの最高傑作だと確信した。
2006年02月06日
先日、映画「白バラの祈り」を見た。ナチス政権下の1943年2月、2人の大学生がヒトラー政権打倒を呼びかけたビラを配った罪で逮捕された。二人はハンスとゾフィーの兄妹で、ゾフィーはまだ21歳だった。彼らは同じ学生達で作る反戦組織「白バラ」のメンバーだったのだ・・・ 史上有名な「白バラ事件」を若いドイツ人監督が撮影し、本国ドイツでは各映画賞を総ナメにしている力作。映画は紅一点のゾフィー・ショルの行動に焦点を絞り、ゲシュタポ取調官とのやりとりと人民法廷で裁かれる様子を迫真のタッチで描いていく。 この「白バラ事件」が有名なのは、ナチス一色だったドイツ国内で殆ど唯一の反政府事件だったのと、逮捕から刑の執行(死刑)までたったの五日しか要さなかった事実からだ。どれほど当時のナチス政府側がこの事件を重要視し、その拡散を防ぐために迅速に手を打ったのかが伺える。 ゾフィーを除いた「白バラ」の男性メンバーは皆地獄のような東部戦線の体験者であり、無意味な戦争を一刻も早く終結させるべきだ、という純粋な思いで行動していた。ゾフィーも兄の理念に共鳴し、大学構内で反戦ビラを蒔き、捕まってしまう。 「白バラ」の話自体は戦後すぐの頃から有名だった。ただし、その取り調べや人民裁判の記録が紛失しており、最後の五日間の模様が分からなかった。 しかし1990年東ドイツが崩壊し、なんとその秘密警察の書庫に、当時の詳細な取り調べ・裁判記録が保管されていたため、今回の映画化が可能になったのだ。 その記録にもとづく、ゾフィーとゲシュタポ取調官モーア(アレクサンダー・ヘルト)との火花散る攻防が前半の山場だ。当初はねっかえりの女学生程度にしか彼女を見ていなかったモーアは、ゾフィーの揺るぎなき自由への信念に次第に押され、最後にはなんとか救ってやりたいと考えるまでになる。しかし、ゾフィーはその申し出をきっぱりと断る。 とにかくゾフィー役のユリア・イエンチの演技が圧巻。ゾフィーが命をかけて訴えた自由の尊さ・信念・勇気の大切さを、迫真の演技で見る者に訴えかける。 上映時間2時間の映画だったが、とにかくあっという間に終わる印象。映画にはヒトラーは出てこないし大スペクタクルシーンも皆無、取り調べ室と法廷シーンが殆どなのだが、その分一つ一つのシーンの密度が非常に高く、見る者を飽きさせない。是非ご覧いただきたい、素晴らしい作品である。 公式サイト:http://www.shirobaranoinori.com/
2006年02月05日

さて「けしからんシリーズ」第二弾は多くの作曲家の中でもけしからん度ダントツであろうショスタコーヴィチ同志の交響曲第5番「革命」である。 この交響曲第5番が書かれた1937年当時、スターリンの大粛清は止まるところを知らず、多くの著名人、ショスタコの友人・知人が逮捕・投獄・処刑されていた。そしてショスタコ自身も、「プチブル的で非社会主義的な作曲態度」を追求され、その命は風前の灯火状態であった。 この命の危機から彼を救ったのが、11月21日にムラヴィンスキー指揮のレニングラード・フィルによって初演された交響曲第5番であった。(「革命」という表題は彼のオリジナルではない) この曲は作曲家自身と政府の御用学者達から「苦難を乗り越えて最終的に勝利する長い精神的闘争の物語」とした解説がつき、初演は爆発的な成功を収めた。第三楽章で演奏会場内あちこちですすりなきが聞こえ、最終楽章に至っては、曲の途中から多くの聴衆が立ち上がり終演後嵐のような拍手が巻き起こったという。 この圧倒的な評価はショスタコの命を救ったばかりでなく、「社会主義リアリズムを見事に音楽化した作曲家」としてソ連体制内で彼の評価を一変させた。さらに全世界に「社会主義の勝利を象徴する大交響曲」として喧伝され、世界中の社会主義者・共産主義者達に夢と希望を与えたのだ。その数たるや数千万などというレベルではなくて数億人の人々に影響を与えたというべきだろう。この曲の大ヒットによって、ショスタコは西側陣営の人々から「社会主義を代表する作曲家」というレッテルを貼られることになる。 ところが1979年に出版されたソロモン・ヴォルコフによる「ショスタコーヴィチの証言」により、この曲をはじめとする旧来のショスタコの評価が一変する。本の中でショスタコはスターリン存命中に作曲した作品群は生きるために仕方なく書いたものだとし、その内容は欺瞞に満ちていると告白しているのだ。なにせ「私の交響曲はすべて墓碑銘である」とまで言い切っているからすごい。 そして交響曲第5番について、「強制された喜びの表現」であるとし、まるで鞭打たれた者がうめきながら「喜ぶぞ、喜ぶぞ、それがおれたちの仕事だ」と語っているようなものだ、とまで言っている。 この「証言」以降、西側でのショスタコの評価は「体制迎合作曲家」から「体制に命をかけて抵抗した作曲家」に180度変わり、今日では押しも押されぬ大作曲家の列に連なっている。 しかしその後、1980年にアメリカの音楽学者ローレル・フェイが、「証言」の内容はヴォルコフの創作が大半を占めているとする研究結果を発表し、その論争は今日まで続いている。 ということでこの交響曲第5番は、一時期(発表から約40年間)世界中の社会主義国で繰り返し演奏され、社会主義芸術の精華として崇めらたある意味罪深い、ケシカラン曲なのだ。でも私にとっては、そのようなイデオロギー論争はどうでもいい、名曲中の名曲に聞こえる! 全四楽章を通じて一切無駄がない構成力、第三楽章ラルゴの痛切極まりない旋律、最終楽章の(作曲家の真意はともかくとして)巨大で尋常ではないコーダの緊張力は、20世紀の「運命」と称されるにふさわしい陣容なのだ。 私にも、これはショスタコが全身全霊をかけて体制に反抗していた音楽に聞こえるが、それは歴史を知る立場にいるからだ。そりゃあその当時の人々は普通騙されますよ。まことにケシカラン音楽だ! いやぁ、ケシカラン音楽って、ほんとにいいもんですね。 次回は男女の秘め事を曲にしちゃってケシカラン度満点のスクリャービン「法悦の詩」でもいってみましょうか。 楽天ではゲルギエフ盤が入手できます【音楽CD】ショスタコーヴィチ:交響曲 第5番 ニ短調、交響曲 第9番 変ホ長調
2006年02月04日
先日、指揮者の小澤征爾氏が体調不良のため、今年一杯全ての仕事をキャンセルすると報道されていた。 今年一杯キャンセルとはいっても、まだ2月に入ったばかりであり、今のタイミングで全てをキャンセル宣言してしまうということは、これは相当大変な状況なのではないだろうか。 永遠の青年のような風貌の小澤もすでに71歳。一昨年ウイーン国立歌劇場総監督などに就任し、激務のあまり疲労が蓄積していたのではないか。 彼は常々、クラシック世界での自分の挑戦は、日本人全体の挑戦に他ならないと語っていた。クラシックの世界には、厳然とした差別が今なお根強くあり、彼の挑戦はそうした古い価値観打破への闘いそのものだった。 ウイーン国立歌劇場総監督といえば、加えられる重圧はまるで小さな国家元首級に相当する。数年先までの上演プログラムの決定は当然として、出演者から劇場運営全ての予算にまで目を通さなければならない。普通の常任指揮者の責任とは桁が違う重圧。かのマーラーだってその人間関係に疲れ果てて、監督の職を辞しているのだ。 小澤のあとに、多くの優秀な日本人指揮者が育ちはした。しかし、現時点で実績・名声で小澤を抜いた、と云える人は残念ながらまだいないだろう。ウイーンも小澤を必要としているだろうが、我々日本人はまだまだもっと彼を必要としているのだ。 病状が発表されずやきもきするが、小澤氏の一刻も早い快癒を心から願ってやまない。
2006年02月03日
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さて昨日の日記で予告した「けしからんクラシック音楽」の栄えある一発目はヘクトル・ベルリオーズ作曲のかの有名な「幻想交響曲」である。 いやはや200年以上に及ぶ長~い交響曲の歴史の中で、この曲ほど不純な曲はちょっと他にない。 この曲のあらすじをごく手短に述べてみると、「繊細すぎる若造が失恋に苦しむあまり阿片を吸って自殺しようとするが死に切れず、その阿片のせいで奇怪な夢を見る」というもの。このストーリだけでもキテレツ千番なのだが、 あんた、この曲の主人公、失恋する若造って自分のことじゃん!!どうやらこの曲は、ベルリーズ自身がアイルランド人女優に猛烈に恋をした体験が下地になっているというのが一般的な話。で、それだけならまだいいが、曲の中身がまたすごいのだ。 三楽章まではまぁ自意識過剰な妄想壁のある若造が恋焦がれる気持ちなどが描かれてまだいいが、第四楽章「断頭台への行進」からいきなり音楽はぶち切れまくり。 なにせこの若造、自分の気持ちが相手の女性に伝わらないことに腹を立て、なんと彼女を殺してしまう。それだけでもすごいが、この楽章の白眉は、捕まって断頭台に一歩一歩進んでいく彼自身とそれを見物する群集のざわめきと罵声を描き、最後にギロチンによって落とされた首が転がるところまで表現されているところ。なんという悪趣味、なんという破廉恥!でもこの楽章がイイんです!! そして圧巻がそれに続く最終楽章「ワルプルギスの夜の夢」。若造の葬儀に死の世界の魔物がどっさり集まり、主人公の死を喜ぶグロテスクな宴会を開き、魔物たちがいつ果てる間のない踊りに興じる。そしてその中には、死んだ彼の意中の女もいるのだった!!音楽は魔物たちの踊りが絶頂に達したところでいきなり終わる。いいのかこんな終わり方で!? 自分の失恋話を曲にするのは良くあるが、その主人公に阿片を吸わせ、ラリったそいつに女を殺させてさらに自分自身も断頭台の露と消える、という破天荒で人間的知性のかけらも感じさせないこのけしから~ん音楽は、しかしなんとベートーヴェンの第九の後たった6年で!書かれたのである。これは奇跡のようなことなのだ。 しかもこの曲は、ティンパニを一度に四つ使用するなどそれまでのオケの規模を一挙に拡大させ、巨大交響曲の曙ともなった作品なのだ。他にも数多くの革新的な工夫が盛り込まれているが、この音響世界の豊穣さに何度聞いても圧倒されてしまうのは私だけではないだろう。 はっきりいってとにかく私はこの曲が大好きだ。もーとにかく「断頭台への行進」がいいんですってば! ラリって足元がおぼつかない自分が、へロヘロになりながら断頭台へ向かっていく・・・周りには悪態をつき、罵詈雑言を浴びせてくる品のない群衆が山となって取り巻いているその様がこれ以上はない旋律で描かれる・・・まるで自分自身がラリっているようでたまりません。(作者注:私は阿片患者ではありません) いや~本当に、けしからん音楽っていいもんですね!!(水野晴夫風にお読みください) 第二弾は世界中の聴衆を騙しまくったショスタコーヴィチ同志の交響曲第5番、「革命」でも取り上げてみましょうか。 なんと断頭台への行進15連発聴き比べ!けしからん!!ベルリオーズ:幻想交響曲第4楽章(断頭台への行進)初演時の楽器構成を再現した画期的演奏です【音楽CD】ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14(オリジナル1830年オーケストレーション版)これが今一番お勧めかなミンコフスキ/ベルリオーズ:幻想交響曲
2006年02月02日
つねずね思うのだが、クラシックが神聖でまじめな音楽だと思う人が結構多いのは何故だろうか?やはり義務教育での刷り込みのせいなのか、クラシックが苦手な人は、「まじめくさって堅苦しいから嫌い」という感想を持つことが多いようだ。 でも実際は相当違う。現在に名を成す多くの作曲家は、彼らの生きた時代では猛烈な異端児ばかりであった。現在のロックやポップスと全く同じで、その時代に流行っている音楽のパターンを打ち破る斬新さを発揮できた者だけが、歴史に名を留めることが出来たのだ。 実際、有名な作曲家にはホント、けしからん連中がキラ星の如くいる。例えば今年生誕250周年を迎え、全世界の人々から神の如く崇められているかのモーツアルトは、作品とは全く裏腹のものすご~く下品でいやらしい男だったらしい。コンスタンツェという妻がいるにも関わらず、不倫の相手は数知れず。彼の残した手紙は下ネタの嵐で読む方が赤面するほどの下品さに溢れている。しかし曲はその人格を反映せず、とにかく美しいから恐れ入る。 繊細さが売りのシューベルトだって、相当な遊び人だったらしい。早死にの原因も、当時は不治の病だった性病だとの噂が高い。最後はもう鼻が崩れていたとの記録もあるのだ・・・ああ、「冬の旅」の作者の最後はやはり悲惨なのだ・・・ 一見マジメそうで「神との対話」の音楽だと評されるブルックナーも、かなりの女好きだったらしい。しかも70歳過ぎても完全な現役で、女中さんとかにせっせと手を付けていたとか・・・ さらにワーグナーなんて、金と贅沢したさに一国の王であるルードヴィッヒをたぶらかし、自分用の劇場(バイロイト祝祭劇場)を公費で作らせたり、作曲と公演の費用を全部国費で賄わせたりして国の財政を破綻させちまうんだから不届き千万、やることのスケールがでかい。 という訳で、クラシック音楽というのは一皮むけばまあ恐ろしい、人間のありとあらゆる欲望を赤裸々に暴露するような作品のオンパレードなのである!(もちろんマジメな作品もたくさんありますが)ということで、しばらくケシカランクラシック音楽作品にスポットをあててご紹介していきたい。明日の第一回目、栄えあるトンデモ曲の一番手は、あのベルリオーズ君(特に親しいわけではありませんが)の「幻想交響曲」を取り上げたいと思います!
2006年02月01日
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