「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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会津藩と仏蘭西式戦調練,沼間守一他,幕末
会津にフランス式戦術と砲術を教えた者,関係者一覧参考資料頁,会津藩と戊辰戦争,白虎隊,飯盛山の悲劇考察
会津にフランス式戦術と砲術を教えた者
この項目は、本頁の頁要領一杯で、はみ出した分を補足。
本頁は、こちら
白虎隊士中二番隊37人の行く末と岐路:飯盛山の悲劇、その裏事情
現在頁の直接関連枠:
E項_
会津にフランス式戦術と砲術を教えた者
■ 会津側で白虎隊に指導した者として名前が残る者と関連&同隊の参考関係者
<第1項>
【上士官】:沼間慎次郎,
畠山五郎七郎
,武蔵桜橘,松浦巳三郎,磯林高次郎,杉江誠一郎,
高木銓(詮)之助,山内英太郎,須藤時一郎
・・
◆この内、沼間慎次郎と松浦巳三郎,
については、
板垣退助の糾問状況語りに登場
)
【下士官】:井上新九郎,廣瀬誠之助,工藤庄三,須藤武次郎,古屋八十吉、
加藤麟三郎
,高山孝太郎,平山弥三郎,吉沢鎌五郎,杉山敬次郎,高木鐘太郎,梅澤伝吉,前田某・・・他
<第2項>
フランス式調練修行済みで、師範として活躍した会津人
浅岡内記,一柳房次郎,大戸留次郎,柴五三郎,根津大郎、太田原惣次郎『氏』
<第3項>幕臣系&他系:布施七郎,小澤錦弥,梅津武次郎
上記の詳細▼
<第1項>
×印
=この近日or前に死亡、
●印
=5/6の第二次今市戦で怪我
◆上士官
1_沼間守一(慎次郎):幕臣:(現在頁:沼間守一専用枠有り)
2_畠山五郎七郎:(現在頁:畠山五郎七郎枠有り:ただし謎だらけ)
_佐倉の人(※):沼間慎次郎の弟子格
3_武蔵桜橘(歩兵差図役頭取,4_松浦巳三郎(歩兵差図役頭取,
5_磯林高次郎(歩兵差図役:●×,6_杉江誠一郎(歩兵差図役:●,
7_高木銓(詮)之助(歩兵差図役並:●×,8_山内英太郎(歩兵差図役並:●,
9_
須藤時一郎
(事務官=沼間の兄,尚、
須藤時一郎
は、真下茶色枠バナー:
特殊:フランス留学帰り
◆下士官
沼間守一に同行して会津に指導した者以外も含まれるが、会津側の記載とは別ながら、
沼間の隊情報から考察補足人物を下記に。(同隊であることから、関与可能性が想定される人物)
▼
1_井上新九郎、2_廣瀬誠之助、3_工藤庄三、4_須藤武次郎、5_古屋八十吉、
6_加藤麟三郎(●5/6捕縛される):現在頁下側に加藤麟三郎補足枠有り
7_高山孝太郎、8_平山弥三郎、9_吉沢鎌五郎(●×)、10_杉山敬次郎、11_高木鐘太郎、
12_梅澤伝吉(5/6●)、13_前田某・・・他
<第2項>
◆
会津人にフランス式の調練を行った人物として、他に出てくる名前
・(その1:明らかに会津人)
(この項は主に河原勝治語)
江戸で直接フランス式調練を学んでいる会津人群
【これは案外重要チーム:湾岸防備房総在住系家系も、ここに可能性有】
・・江戸で幕臣達と共に、フランス式調練と砲術を学んでいることから、戊辰時経緯は会津在住の皆と異なる
▼
1_浅岡内記(会津人)、2_一柳房次郎(会津人)、3_大戸留次郎(会津人)、
4_柴五三郎(会津人)、5_根津大郎(会津人)、
▲慶応4年春、江戸でフランス砲術訓練を受けた者が会津に師範として登場。
6_太田原惣次郎氏(=大田原総次郎:150石:江戸常詰:会津人
・・「氏」がつくのは、一人じゃなくてこの家系複数人という意味と考えられる。
・・「惣次郎」は世襲。現役の者を指す。
<第3項>
◆
会津人にフランス式の調練を行った人物として、他に出てくる名前
・(その2:会津人とは別、幕臣系らしきブレーン&江戸または房総在住会津系)
(この項も主に河原勝治語)
1_布施七郎(砲兵差図役:9/27酒田にて降伏)
2_小澤錦弥、
(箱館戦争に於ける小沢金弥と同一人物だとすれば、箱館では指図役並:
・・・明治2年絶望:終局江差行方不明とは、取り残された=即ち死亡▼
■
箱館戦後処理の様子一望表
、■
檜山方面戦後処理様子と高松凌雲の激怒
騎兵術に関与する者▼
3_梅津武次郎( 騎兵差図役)
4_他に謎の存在一例:小山某(騎兵差図役
並
)
これ、「並」がくっついてるところがPOINT。探し難い原因の一つともいえる。
皆は、略して「並」無しで語るが、どうやら「並」付の様子。「並」付は1ランク下の為、重要書物に
略されていることが多い。
【小山某】▲この人物は殉難名簿に名残る。また、明らかに会津に殉死犠牲者ながら詳細不明。
8/22、戸ノ口原参戦者激励に出向した藩主容保。8/23朝帰城時、従者の見解割れトラブル。
危機一髪、迅速判断にて、容保を救った賢人である旨、井深梶之助が語る。(
関連SERIES
の後半流れご参照
【小山某】の活躍▼
参考として「幕府の陸軍情報」から、会津に関わる否は別として、陸軍中、
「騎兵隊」に名を連ねる者の一覧
(指図役よりも上のランクの者に限るがご参考)
騎兵頭
、
山口織部直邦 、長井五右衛門昌言、 倉橋育之介、 貴志弥三郎 、成島甲子太郎
騎兵頭並
、
倉橋育之助 、貴志弥三郎 、山角磯之助 、成島甲子太郎 、
福田八郎右衛門
、益田徳之進 、
宮重一之助 (箱館戦争に於いても騎兵頭並
白戸石介▼
慶応2年(1866)12/4:騎兵頭並介「幕人(その他)」
慶応3年(1867)6/1:騎兵頭並「柳補(その他)」
慶応3年(1867)6/21:騎兵頭並(1000石高)34歳となっている。
◆他に記述「酒井峰治(白虎隊隊士)」の記述
【白虎隊の少年達は、いつ誰にフランス式調練をどの程度習ったかの参考】
■慶応4年(1868)3月中旬より7月7日までフランス式の軍事訓練。
■調練を受けた場所:城中三の丸
■師範達とは:・◇幕人畠山某(畠山五郎七郎のこと)他、◇会津藩士:柴五三郎氏他
ここで、ひとこま:<慣習とプライド問題>
会津で徹底調練を行った沼間守一だが、少年組や、民兵組では問題発生せず、スムースだったが、
大人の武士相手の時にはトラブル。教え方がキツいだけ、立腹者連続。
特に、
匍匐(ほふく)前進(※▼)の指導で揉めた様子有り。
武士が地べたを這いずり回るを
教える沼間に、藩士達が立腹。弾が当ろうと、恐れずに真正面から戦うが武士のプライド。
特に会津はその点頑固だった様子。慣習やらプライドやら、大人軍団には、
非常に手間のわりには、誤解だらけ。
※:
匍匐前進は、基本中の基本&重要事項
潜伏、敵の目を欺くのは誰でも想定できるが、目的はもうひとつ。這い蹲った姿勢のままに、迅速に
元込銃の弾を補填する技術を習得してしまわないと話にならない。先込の旧式銃だと、イヤでも膝立ち姿勢に
ならぬ限り、弾を補填できないから、よく、弾込作業の時に狙撃されてしまった。
沼間は、がっくり疲れるだけならいいが、終いには、「沼間を殺せ!」と叫ぶ者まで発生。
「貴様は、我らに何をさせやがる!薩長の前に、平伏して、赤子のように、
這いずり回れと申すか!無礼者!!大人しく、鉄砲の扱い方だけ教えろ!余計な事させるな!」
「そんなことより、西洋式戦法を学ぶが肝心じゃ!そんな腐れ頭だから、負けてばっかり
おるんじゃ!頭を使え!テクニックを習得しろ!」
「なにっ?テ、テ・クニ?・・南蛮かぶれ屋郎!」
(沼間は、英語も喋る。)
水かけ論。火花。効率最悪。
最終的には、疑心暗鬼の会津は、沼間をスパイと疑う。
沼間は仕方なく、庄内へ向う際、兄の須藤時一郎を会津に人質として置いて出かける始末。
「会津の解らず屋!イシアタマの馬鹿屋郎!」
沼間だって怒る!
なんのために俺は指導してあげたんだろう?
・・・ついに恭順してしまった!!
沼間守一&須藤時一郎兄弟についてさらに詳しくはバナーの下行~
<これ、ケーキ宣伝じゃなくて、本人達の戊辰No.4へリンク。須藤が考えた強兵人体健康論はNo.3>
▼
沼間守一(沼間慎次郎)
沼間慎次郎
◆
生没
:天保14年12月2日(1844)~ 明治23年(1890)5月17日
(※天保14年は1843年。しかし12月事象は翌年1844
◆
名前
◇戊辰は、幼名の「慎次郎」で皆に浸透。資料によっては「慎二郎」など類似名異字有り。
◇明治に「守一」。
◆
出生と親
◇実の父:
高梨仙太夫
(幕臣)の第2子。出生地は江戸牛込。
兄弟(現在頁下側に兄弟コーナー有)
◆兄「須藤時一郎」:(須藤家へ養子:
沼間守一兄弟(兄中心頁)
、
◆弟「高梨哲四郎」
◇養父:
沼間平六郎
(弘化6年(1849)に、慎次郎は沼間家の養子となる。)
◆
養父の影響と英語力
◇安政6年(1859年)、養父が長崎奉行属員として、長崎転任。その際同行した15歳の彼は、
同地、長崎で、ゼラール(英国人)に英学を、約2年間学んでいる。
◇文久元年(1861年)、江戸に帰郷した後、英語力を認められ、幕命にて横浜ヘボン塾入門。
◆他に学問&武術他
◇漢学師匠:杉原心斉(儒者)、
◇ 海軍知識:文久元年(1861年)、江戸に帰郷した後、ヘボン塾で、さらに英語を習う傍ら、
矢田堀鴻(軍艦頭取)に海軍知識を学ぶ。
◆
軍人としての沼間守一本人経緯(慶応4年時)
◇慶応4年(1868)1月:歩兵奉行並就任。
◇3月:江戸脱走。メンバーは、兄の「須藤時一郎」&士官約20名。
・会津に入り、遊撃隊等に銃術訓練。フランス式調練開始。白虎隊訓練も彼の指揮下部下が行う。
◇
4月:会津を一度離れ
、日光方面で軍を率い、板垣退助らの新政府軍と戦う。
・この後、大鳥圭介と反りがあわず、袂を分かつ。
沼間は大鳥にカンカンに怒っている!大鳥は知識豊富で、確かに幕府の最新軍術の要であり、
大師匠なのだが、実戦現場を這い回って戦った沼間から見ると、典型的マニュアルおやじ!
部下の死傷多数発生に激怒。実際、大鳥自身ミステイクを認めており、勝手に立ち去る部下、
沼間を強制的に留めることは、できなかった様子。
◇7月:沼間は会津に舞い戻る。複数の隊に、フランス式調練を指導。
◇同7月下旬:庄内藩の要望にて、庄内藩にもフランス式調練を開始する為、会津を去る。
この時、沼間はスパイと疑われ、会津に人質として兄の「須藤時一郎」を置いてゆく
はめになる。既に、会津との体温差発生している。士官訓練で反りが合わない。
(現在頁上側項ご参照)
◇9月26日:庄内藩降伏と同時に捕縛される。この時、板垣退助の糾問結果、捕虜のわりには好転。
(板垣糾問の様子と、同時捕縛者については、下側文章)
◇12月:江戸へ護送&江戸拘禁 。
・・・
◇板垣退助及び、谷干城の紹介で、土佐藩邸兵士教授方として、早期より活躍 。
<板垣の糾問に登場する捕縛された沼間達の様子>
沼間守一は捕縛後、実質恭順早期、土佐に保護されたも同然状態。本人としては
建前語りたくない部分ながら、明治の世、板垣が喋るから、丸解り。
この時、沼間と一緒に捉えられた者として、
松浦己三郎(巳三郎)、中條某
。これは官軍の板垣退助が記を残す。
しかし、
松浦己三郎は、沼間と同じ隊に居る上士官
だから解るが、この中條は、
さてどこの中條なのか、
(関連▼)
尚、
英語が得意な沼間守一は、板垣にも谷干城にも登用されて明治の世縁続く
。
【下士官】枠内の加藤麟三郎は、沼間達より早期に捉えられているが、無事。
<現在頁の下側:加藤枠ご参照>
<板垣退助の語り>
板垣退助の書では、沼間と上記二人(松浦己三郎(巳三郎)と、中條某)を糾問したところ、
「尊王に不満は無い。薩長のやり方が許せなかっただけだ。」
と答えたとある。
板垣は土佐。尚、暫し拘禁しているが気に入った様子は明治の後の語りでも明確。
▼
【板垣が沼間を気に入った様子が解る話】:
この話は、この史実に纏わる
。
ずっと後の世、大鳥圭介葬儀時(明治44年(1911):78歳)、この時、大鳥は大往生の
老齢につき、葬儀は比較的平和モード。その為、葬式だというのに、板垣はお気軽演説。
板垣演説で、戊辰話登場。「大鳥さんは律儀な人だったから、きっと、こっちから襲い来るぞと、
思ってたら、案の定、そこから攻めてくれたから有り難い。その点、沼間君には滅入ったワ。
どっから出てくるのか全く想像つかん。突如とんでもない方向から襲われて滅入った。
(これは、大鳥を馬鹿にしているのではない。明治の世、人柄を知って納得&好感。)
沼間守一の兄と、弟のこと
須藤時一郎
(兄):生没:天保12年(1841)9月~明治36年(1903)4月15日(享年63歳)
フランス留学の人。彼のレポートは、明治の世への影響多大。富国強兵の発想は、
明治オリジナルでない。彼の持ち込んだレポートが根源。
◆
「万宝珍書」の本来の意義と経緯,御菓子に限らず、他に須藤時一郎が力説した内容
・・・須藤が考えた強兵人体健康論
この後、「栄養」の大事さに覚醒した日本では、兵に栄養、脚気患者追放の術として、
明治の栄養ドタバタ劇が始まる。麦を食わせろ!イヤでもカレーを食わせろ!
高梨哲四郎
(弟)
明治は弁護士。議員。:戊辰中、少年だったことから実戦関与無。
但し、当時英語を習っていた横浜の尺振八の塾で、偶然に「逃走潜伏中の伊庭八郎」に
会っている。実は、この時、尺振八は、伊庭を匿っていた。
そうとは知らず、少年高梨哲四郎少年は、なんと!!MORE:
伊庭八郎と、高梨哲四郎
加藤麟三郎
加藤麟三郎
この人物は、上枠の「沼間守一」の隊の隊員。当時(1868年(明治元年))、年齢は16歳または17歳。
喇叭手であったが、同年、閏4月6日の戦いで怪我で、戦場に倒れる。そのまま、敵に引き摺られて
ゆくが、皆も多くの死者を出す大苦戦の真っ最中。無念ながら、助け出すことができなかった。
捉えられて捕虜の屈辱、もしくは残酷な糾問に殺害されるのだろうかと懸念されていた。
ところが、この人物は救われた。年齢的に少年だったこともあるが、板垣退助は晩年にはプロテシタント。
それが関与するか否か、裏づけはないが、救われた。
土佐は、新撰組絡みには鬼のようにキツいが、全般的に、語学の達者な者、留学経験のある者に甘い。
(
関連:陽明学考察
:)何人かが、密かに救われている。考えてみれば、確かに、喉か手が出る程、
洋学知識人が欲しい土佐の立場。ジョン万次郎は桁違いの断トツとて、悲しきかなオンリーワン。
薩摩などは、幕府の意向を無視して、密かに留学生を送ってるし(例:
村橋久成
)、長州もコソコソ
渡っている。その点、土佐は、辛い。洋学知識人が、是非欲しいはず。
救われた例:田島金太郎、山川浩、沼間守一、
須藤時一郎
・・・結構居る。みんな洋学知識人。
ちなみに
田島金太郎
なんぞは、ブリュネに育てられたも同然。フランス語なんて、ペラペラ~~、
朝飯前どころじゃない。小鳥みたいに早口でペラペラ~~の少年。
(◆
人物名から追跡
、◆山川浩絡みは多い為、
幕末玄関
、または左の人物名頁からお好みでどうぞ)
ただし、加藤麟三郎は沼間の部下であることから、多少の語学知識があったかもしれないが、
それについては、この段階では立証されていない。少年だったことが存命の最大のキーワードだろう。
しかし、いかに少年といえど、戊辰全体の中これは稀少。
会津戦争終結の後、イギリスの医師、ウィリアム・ウィリス(アイルランド生まれだが) はぼやいている。
「この国では、重症を追った捕虜をほとんど見たこと無い!」つまり、根こそぎ皆殺し、傷兵は、
ことごとく抹殺された状態を、彼は指摘している。重症で抵抗不可能状態の者までいちいち留めを刺す
日本人を非難している。というわけで、加藤麟三郎は、
板垣退助【
天保8年4月17日(1837)~大正8年(1919)7月16日)
】に確かに救われた。
◆加藤麟三郎の効能?一応功績
加藤麟三郎は、素直に色々喋った。隊長の沼間守一を深く尊敬している旨。板垣達は、ここで、
沼間について事前知識を得る。本格的な洋式戦闘部隊の戦術も、砲術も学んで、英語も話せる人物
だと聞き知る。因みに沼間の兄、
須藤時一郎
は、フランス留学帰りのインテリ。
これが、実質、加藤麟三郎の効能。結果として、降伏の際、沼間守一も、
須藤時一郎
も許されて、
いちはやく、明治を活躍。沼間守一は、密かに抜き取られて、匿われた同然の期間がある。
畠山五郎七郎
畠山五郎七郎:旧幕府歩兵差図役
この人物は、大層活躍。あちこちに名前出るが、出自、戦後明治の情報皆無。
解ることを下記に羅列。
最期の箱館戦争まで活躍。生存。皆と共に謹慎。他幕臣諸隊と同じ経緯で箱館の
掘っ立て小屋に謹慎場を移動させられる。箱館の謹慎長屋の一員として名前有り。
明治後は不明。
扱いは幕臣諸隊の者になっているが、会津人の記録では、複数の者が彼を語る表現に、
「佐倉の人」という表現を使っている。(酒井峰治も、河原勝治もその表現)
佐倉藩士の倅なのか、佐倉出身なのか、不明だが。
佐倉の人。幕人沼間慎次郎の其の門弟「畠山五郎七郎」とある。(河原勝治の表現)
白虎隊隊士:酒井峰治の記録の中から
★酒井峰治の記録の内、気になる点抜粋
(
酒井峰治の件は、こちら頁も
)
■酒井が配属された白虎隊の組出陣は8/22
■まず、戸ノ口原に向うが、場を敢死隊に譲り、赤井谷地に移動の上、敵を挟み撃作戦に、
取り組むが、選択は失敗。効果はなかった。
■退軍の命令。8/23は、大暴風雨。皆は、新堀身を潜める。
しかし、この悪天候にも関わらず、一人戦う少年が。それは
石田和助
。石田和助は
高さ5~6尺もある土堤によじ登り、敵を狙い撃ち。(案の定負傷する。)
■迷子は23日朝に起因 :酒井は迷子組で明治を生きるが、この日、16名総自刃の惨劇。
山内小隊長
が来て、ついてくるように指示するが、その前に小トラブル(※▼)有り。
立腹の山内小隊長は先に歩き出す。しかし、少年達は、後を追うタイミングが遅れて、見失い、
迷子。原因は三叉の岐路。少年ばかりの団体が選んだ道が飯盛山の総自刃。
幸い、原半隊長がついていた組はなんとか入場。完全に孤立迷子の酒井、伊藤又八郎他は、
民に救われ、後日遅れて入城。
▲※小トラブル有りとは:
石山虎之助
と
山内小隊長
「お前達、何処へ行こうとしているのだ?」・・・
MORE
というわけで、酒井峰治は、比較的戦闘シーンに居た期間は、少ない。白刃戦目撃せど、
自分は体験無し。が!いよいよ、降伏真近頃、再び戦闘シーンを目撃する。入城後、白虎隊は
再編成直し。酒井は、新たに二番隊と変更された組に編成される。
そして九月上旬、
水戸藩士、小笠原藩士らと共に、南町御門
を守る。以下彼の目撃談
▼
■9/14:未明:
志賀与三郎(白虎隊士)
が、小田山から発砲された大砲に、腿を撃たれた瞬間目撃。
志賀与三郎(白虎隊士)の生死、その後不明。他にも目撃談など各種残す。
■酒井の語りから、伊藤俊彦は暫しの間行方不明。翌朝皆の前に現れる。
▼ちょっとしたミステリー。他人物の語りと不思議と重なる。
以下枠準備中
準備中
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