幕末,J・ゴーブルとサム・パッチNo.7

幕末_WITH_LOVE玄関<幕末<悲しき漂流民,ジョン・万次郎,ジョセフ・ヒコ=浜田彦蔵,大黒屋光太夫と磯吉,小市,高田屋嘉兵衛と弟の金兵衛,ジョン・マシュー・オトソン,サンキチ={音吉、岩吉、久吉},九州肥後の力松他3名:庄蔵,寿三郎,熊太郎,力松,1853年ペリー艦隊来航とサム・パッチ=仙太郎,【楽天市場】

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サイトTOP 幕末_WITH_LOVE玄関 _< 悲しき漂流民 <ゴーブルさんの大八車_No.7

ゴーブルさんの大八車
No.1 No.2 No.3 No.4 No.5 No.6 No.7 (現在の頁)< No.8 No.9 No.10 (完


旅の途上に倒れたゴーブルさん。幸い病院に運ばれ、一命は取り留めました。
しかし、人は皆、病んで魘される時、きまって、その朦朧とした意識とは
不思議なことに、なぜか過去へ、過去へと押し流されてゆくものなのでした。

今、彼の夢枕に浮かぶものは、洋上に浮かぶあの巨大な鉄の塊。
アメリカ軍艦、サスケハナ号の姿です。


THE_くろふね!


泣く子も黙る!黒船襲来


時は、西暦1853年、突如、浦賀は大騒動



黒船じゃぁ!黒船が来た!逃げろ!!
・・・みんな急げ!さっ早く!逃げるんだ!!


あわてふためく人々の群れ。泣き叫ぶ幼児達。
犬が吼えるし、馬は脅える。嘶き鳴いては、
暴れまわって、手に負えない。

ご存知、米国ペリーの浦賀来襲事件。


若き海兵隊、ジョナサン・ゴーブル


1853年、米人ペリーが浦賀へ。その時、ゴーブルさんは26歳。
なんと、彼はこの船に乗船していた海兵隊員だったのです。

青く晴れた空。眩いばかりの日の光を浴びた青い海。
心地よい海風が、彼のブロンドの髪に優しく吹いては、しなやかに靡かせます。
光を浴びた美しいブロンド色の髪は、みごと青い海の色を背景色に敷きこんで、
きらきらと輝きます。甲板に立つ凛々しい彼の姿は、一種芸術的光景と呼んでも
過言ではありませんでした。

ゴーブルさんはまさに輝いていました。この頃、彼は若くて、
勇ましくて、それはそれは素敵なお兄さんなのです。

彼は、ずっとこの後も海兵隊として、生涯アメリカのために頑張ってゆこう
そう、考えていました。すでにレールに乗ったも同然です。
いわば、人も羨む出世街道は、もうそこにあるのです。

しかし、運命とは・・・! たった一人の少年の清く澄んだ眼差。
それが、彼の運命を大きく変えてしまったのです。


外国は、古くから、このアメリカに限らず開港を求めるお材料として、
日本の漂流民を引き換え条件に乗船させて来ていました。 幕末の悲しき漂流民

実はこの時も例外ではなかったのです。
ペリーが乗って来たこの船にも、一人の日本人が乗船していました。
日本に帰りたい。その一心で何年間も異国を彷徨い、
苦労の果てに、やっとの思いで手に入れた貴重な帰国チャンスだったのです。

開国騒動で大慌ての日本は、それどころでなかったのでしょう。
必死の日本は、自国民でありながら、そんな事は直ぐ忘れてしまいました。

ところが、たった一人の青年、若きゴーブルさんだけは、
けっして、その事を記憶から抹消することなく、その犠牲者を救うために、
必死で一生涯、「彼の幸せ探し」に人生を捧げたのでした。


まるで、哀れな小動物、サム・パッチ

サスケハナ号の艦隊は、当時のことですから、海路は極めて遠回り。ずいぶん
時間をかけて日本へやってきました。

その長い旅の最中、ゴーブルさんは、一人の少年の存在にやっと気がつきました。
彼は日本人です。海兵達は、皆、彼をサム・パッチと呼んでいました。
ところが、誰もが、その名を呼ぶ時、きまって、可笑しそうに吹き出します。

やがて、その原因が、何であったかがやっと解りました。彼は異常なほどに臆病
なのです。決まり言葉はこれだけ。「苛める?苛めない?怖い!心配だ。」

本名は仙太郎といいます。純粋に日本人。でもサム・パッチ。あだ名の由来は
誰に聞いても不明でした。一人の船員は、いぶかしげながら、ゴーブルさんにこう語りました。

「よくわからないが、センタ○○だかなんだかっていう名、呼びにくいし、何回聞いても、
サムって聞こえるからでないか?パッチのほうは、ますます解んないよ。いっつも
『心配だ。』それしか言わないから、ボロ布のアテ布ってことなのか、英語じゃなくて、
どっかの外国語に由来するのか・・・」

こう語った仲間同様に、ゴーブルさんも全然納得ゆかなかったのですが、
確かに、本人を捕まえて、本名は?と質問してみると、友が言うとおり、
サムなんだかって聞こえるのだけは事実でした。捕まえるだけでも精一杯です。
たちまち、どっかに吹っ飛んで消えてしまいます。

たえず脅えて、ハツカネズミのように隅っこに隠れてばかりいます。
よく見るととても可愛い目をした少年です。ところが、隠れてばかり。
一応船員ということで多少のお手伝いもさせますが、用が済んだら、
また、どっかに隠れてしまいます。

この船にたどり着くまで、サムは幾つかの船に乗って、何回も彷徨っています。
まっすぐ、帰れないのです。一縷の望みにかけて、可能性を秘めた情報を耳に
すれば、その度に移動です。でも、彼一人でなく、年上の仲間が居たからでした。

どうやら、この船ではなさそうですが、過去にこんなことがあったそうです。

面白がって、誰かがおやつを手に、呼び寄せ、その途端、わざと大きな声を出して
脅かしたら、恐怖のあまり、機械室に潜り込んで、大変なことに!
それ以来、その習性が極端になってしまったそうです。

「おいで、おいで、怖くないよ。こっちにおいで。」
「大丈夫、大丈夫。おやつをあげよう。」
そして、いきなり・・・「ワア~ッ!」大声を。一目散に逃げ去ったそうです。

その後が一大事。大切な機器が集約された機械室に潜り込んで、
誰が呼んでも出ようとしません。しかも危険です。安定走行中だから
良かったものの、舵をぐいっと切れば、その小さな体は押し潰されて
死んでしまうかもしれません。

何人も何人もが交代で、あの手この手で呼び出そうとします。
狭っ苦しい空間。強引に引き摺り出そうにも、大抵の男性の体なら入れません。
小柄な水夫の一人がやっと潜り込んで、彼の手を取ろうとしたら、
なんと、いきなり、その少年は、脅えた猫のように、彼の手に
噛み付こうとしたのだそうです。

言葉が通じないからではなく、生きるために、彼に発達してしまったのは
なんらかの動物的本能だけになってしまったのです。

言葉で「大丈夫。僕は優しい。」「何もしないよ。おいで。」それらは
何度も期待を裏切られて、嘘ばっかりだったからです。

彼は、いい人、怖い人、大丈夫な人、それらを全て本能的に判断するのです。
だからいつも隠れてばかり。いい人か、怖い人か判断できない間は
近寄らない。悲しいけれど、人間達に度々虐待された猫か仔犬のような
そんなかんじです。すばしっこさは犬猫どころか、ハツカネズミ。たちまち逃げます。

敬謙なキリスト教者でもあるゴーブルさんは、その話を仲間から
聞いた時、とても悲しくて、思わず涙が出ました。

「彼がそんな状態に陥るまで苛めたのは一体誰なんだ!
どの船に乗るどの船員だ!そいつをやっつけてやる!!」

思わず激怒しました。

ところが、それは尋ねてみると、やっつけてやりたくても手に負えない
つまり目に見えない巨大な敵だったのです。
犯人は、何れかの船に乗船している一人の者ではなく、少年の過去全体だったのです。


傷心、マカオ、陸のサム・パッチ

3年前の1850年、漂流してオークランド号に救助された日本の船がありました。つまり漂流民。
船乗り達と一緒に保護されたサムは漁師の子だったから、一応船乗見習いだったのでしょう。
それから、彼らはサンフランシスコへ、そして、セントメリー号で、ハワイ経由香港へ。
まだまだ、彼らは流浪の度を強いられます。今度は陸上での漂流民になったも同然。
終着はマカオだったのです。

当時のマカオには、同じような境遇の日本人が居ました。中には、折角日本までたどり着いた
というのに、外国船打払令のもと、日本の砲撃を受けて引き返した事件、1837(天保8)年の
アメリカ商船モリソン号浦賀到来騒動の被害者、 音吉 達が居ました。

失意の彼ら、その多くは諦めて、異国での人生を開始。
また、原因は諦めに由来するながら、立派に努力して、通訳として日本に再上陸しながらも
けっして、そのまま日本に帰ってしまうことをせず、頑張った人もいました。

土佐のジョン・万次郎のように気丈に帰国を達成した者は、ほんの一握りにすぎません。
皆、泣く泣く帰国を諦め、異国の土に眠ったのです。( 強く生きた人、泣いた人、悲しき漂流民

それを思えば、サムの場合、流浪の年月は、僅か3年のことだから、彼らよりは
マシなほうです。もし、この時、ペリーの時に帰国を達成できていたとしたら、
それは奇跡のラッキーボーイだったかもしれない。


しかし、ここにたどり着くまでの間、仲間を失ったサムは同時に、他にも一杯
失っていました。本来の少年にあるべき大切なものを幾つも喪失してしまったのです。
彼に優しかった万蔵の死。死とは、或る日、目を閉じたその人物が永遠に動かなくなって
しまうこと。少年期のこの体験は強烈でした。

また、幾つかの船に乗り移動する際には、雑夫として労働することも稀ではありません
でしたから、やはり苛められました。酷使されるだけでなく、臆病なので
そこに付け込まれて、一種おもちゃにされてしまうのです。
必要以上に苛められて、からかわれて、少年の魂は損傷しています。

もともとサムこと仙太郎は、気丈なタイプではないにせよ、ここまで極度の臆病では
ありませんでした。親から離れて船に乗ってるわけですから、人並みの勇気は内存して
いるのです。同じ日本人同士といえど、船乗りの世界はとても厳しいものです。
悪い事をしたら怒鳴られます。失敗しても叱られます。
性格のきつい船乗りさんなら、やはり頭にくると蹴飛ばしたりします。

でも、サムがサムでなく、仙太郎だった頃、つまり日本人同士の大人社会に居る時には、
叱られたり、蹴飛ばされたりするには、そこには、ちゃんと法則制があったのです。
悪いことをしないように、失敗しないように、一所懸命覚えて頑張れば良いのです。
それさえ、きちんとすれば、いくら気の荒い船乗りさんとて、けっして苛めたりしません。

ところが、外人さんの世界に入ると、それが一変してしまったのです。

彼らにとってのサムとはこんなかんじだったのでしょう。
ハツカネズミのように小さくて、可愛い目をしていて、臆病で、懐かない!
懐かない小動物。餌をやっても、奪い取るようにして、逃げ去る。
これは、外人さんだからじゃなくて、人に内存する一種の悪魔性を誘発します。

でも、少年、仙太郎には、そんなことは、わかりません。ただ、ただ脅える日々になりました。
彼らの苛めの法則性が、仙太郎には、どうしても解らなくなったのです。
初めは、自分が、言葉をよく解っていないために、なんか失敗したのだろうと思い、
自分なりに、その原因を考えて、努力しようと一生懸命だったのです。

でも、やがて、「そこには何の法則性も存在しない。」そのことをついに、
本能が、察知してしまったのです。防御本能だけが発達してしまいました。

いい人もいるのです。信じて大丈夫な人もいるのです。でも、そうじゃない人が居るから怖い。
信じて、裏切られるから、恐ろしい。悲しい。おまけに痛い。

どうすれば良いか・・・それと知らずに悟りを開いてしまいました。

信じるから、裏切られる。裏切られるから恨む。憎む。
いい人かもしれないと近づくから、殴られる。蹴られる。それに、からかわれる。

じゃあ、こうしよう。いっそ、誰も信じなければ、恨んだり、悲しんだりしないですむ。

確かに、いい人もいるはずだけど、見分けがつかない。
だから、一派一絡げと割切って、どんな人にも絶対近寄りさえしなければ、
その反対の怖い人に捕まって殴れらたり、蹴られたり、口に出せない屈辱を味わったり
・・・そんなの全部、吹っ飛んで消える。

この瞬間に、仙太郎は、完全にサム・パッチになってしまったことに気付きませんでした。
本人は、外人の前でだけ、サムパッチのお面を被っているつもりなのです。



一緒に行動した仲間の多くは、マカオで知り合った同じ境遇、漂流民の 音吉
体験談を聞いています。 音吉 は上記のとおり、1837年に、日本の浦賀に到着していながら、
日本の砲撃を受けて泣く泣く引き返した悲しい体験を持つ人物です。

音吉 の話を聞いて、それまで一緒に行動を共にしてきた皆は帰国を断念しました。
その理由は、困難と音吉達同様に失敗に終わる可能性の覚悟、それ自体ではなく、やはり人生経験
が更なる考察を深めたからです。己の日本に対する幻滅の瞬間を味わいたくなかったのです。

帰りたい。帰れない。それは、乗船チャンスが乏しいからでなく、
易々とは、受け入れてはくれない鎖国制度による複雑な要因。同じ絶望するならば、
せめて、祖国を恨む瞬間を体験したくない。いっそ黙って、異郷に埋もれたほうが、
よほどましだろうとも思えてくるからでした。

何人かは説得しようとしましたが、サムは少年なので、そこんとこ、やはり理解できません。
音吉 は、慎重に待って情勢を掴むことをすすめましたが、これも同様です。

しかし、器ができた人物、 音吉 は、やがて、サムを激励してくれました。
人一倍、臆病者のサムなのに断固、帰国を諦めようとしない。その姿を褒めてくれたのです。

だから、サムは勇気を持って、たった一人、この船に乗り込むことを決意したのでした。
異説有:他にも乗船していた可能性有説も

「日本に帰れるならいい。苛められたって・・・仕方ない。だってもう慣れてる。
やられないようにするには・・・隠れればいいんだ。逃げればいいんだ。

外人はわからんヤツばっかり多いけど、日本人なら大丈夫なんだ。
日本に帰れば、もう大丈夫なんだ。頑張ればいい。悪い事や失敗さえしなければ、
苛められないもの。叩かれない。痛くない。ああ、早く、日本に帰りたい。」


彼なりの大決心でした。
彼は少年だったことから、奥深いものを予測できなかったのです。
少年ゆえ、彼だけが、夢に胸を膨らませて、・・・

それでいて姿と行動はまるで、ハツカネズミに扮して・・・帰国の途をたどります。


可愛い目をしたサム・パッチ


というわけで、ゴーブルさんは、長い航海の最中、だんだんこの少年への興味が高まって
ゆきました。
クッキーを手土産に準備してみたり、彼に与えようと自分の分のパンを我慢して、
ポケットにつっこんでは、休憩中に、時折、船内をウロウロしたものです。

ところが、さすが別名ハツカネズミというだけあって、なかなか見つかりません。
どっかに隠れているのでしょう。

この船では、日本との対話に際して、サムの役割がなかなか重要なわけですから、
労働酷使したりしません。船員も皆、よく教育されていますから、苛めたりからかったり
そんなつまんないことをする人は、誰もいません。

一方、サムは、それなりに頑張っています。

「よし、お利口さんしなくっちゃ。皆は今のところ、なにもしないけど、どうせ要注意さ。
だけど、用心しながらも、なんかお手伝いしないと、やっぱり帰らしてやんないぞ!・・
なんて言われたら困るな。がんばんなくっちゃ!!」

チョロチョロっと出てきて、なんかお手伝いをしては、すぐ引っ込む。
船乗りだったことから、ここぞという時、人手が必要なタイミング、それは、ちゃんと解るのです。
また、真剣な最中なら、仮にそこに、一人ぐらい、意地悪が居たとしても、
余計なことやってる暇がないので、早い話、その間だけなら、苛められない・・
とでも思うのでしょうか?終わった途端、たちまち、消えます。

しまいに、ゴーブルさんは可笑しくなってしまいました。
でも、皆が言うように、少しばかり、正常でない可能性がある・・・とはとても思えません。
敏感で賢い子なのです。ただ、臆病がすぎるため、奇行と目に映るだけなのだと思いました。

クッキーを与えようとしても、空振りしてしまいます。
苛められる可能性に身をさらすぐらいなら、美味しいチャンスを放棄したほうが
きっと、マシなのでしょう。

ゴーブルさんは仲良しの船員に相談しました。
すると、彼は、以外にもこう言ったのです。

「ゴーブル、諦めたほうがいいよ。あの子はもうダメだ。
僕だって、何回も、あの子のこと思って、話かけてあげようとか、お菓子をあげようとか
したけど、まるで懐かないよ。何もしちゃないのに、まるで、僕が
苛めるとでも決め付けて、じっと睨んで、走って逃げるんだ。

いいかげんにイライラしちゃうよ。犬や猫でも、もう少しマシだぜ。
普通だったら、可愛がろうとする人には、だんだん心許すはずさ。
あの子は変だよ。ほっときな。」

ゴーブルさんは胸を痛めました。ジ~ンと来てしまったのです。
この友人はけっして冷たい人ではありません。むしろ、とても優しいタイプ。
その彼が、つくづく呆れたというのだから、よほど、じれったいのでしょう。


ゴーブルさんは、ますます、この子を放置できなくなりました。それは、
この子の目を見ると、どうしても、あの頃の自分がリンクしてしまうからでした。

貧しくて、貧しくて、何日もパン一切れさえ口に入らなかった少年時代の自分。
幼くしてパパとママが離婚して、やがて、ママは知らない人と再婚。
ママのために、あてもなく、一人彷徨い出た少年時代。心の中でママが引きとめてくれる
かもしれない・・・そう期待してたのに、ママも見ないふり。
ママまで恨みたくないけど、恨まないかわりに、とてもとても悲しかった。

あの時の自分は、確かにいつも脅えていた。だって食べるものがない。
しかたないから、こそこそ、お店のパンを盗んで食べて凌いだみじめな少年時代。

ゴーブルさんは、どうしても、この子にクッキーをあげたくてしかたないのです。
一体、何回チャレンジしたことでしょう。やっと近づいてくれるようにはなりました。
でも、側に来ていながら、距離は保ったままです。質問しても、面倒なのか
解らないふりをしたりします。

「クッキーをここに置くよ。食べてね。」
そう言って立ち去ったふりをして、覗き見すると、いっつも、そこでは食べずに、
持って走ってどっかに消えます。

なんだか、ますます、可愛そうな捨て猫状態に見えてきます。

或る日、ゴーブルさんは、サムの前で、パパとママの話を勝手にしゃべってみました。
すると、いつもと違って、クッキーを手にしたまま、サムは逃げません。

「サム、君のパパとママは元気かい?いやなら無理して言わなくていいよ。」
すると、どうでしょう。サムは初めて涙を見せました。

ゴーブルさんは大慌て。「ゴメン、ゴメン。辛いこと思い出させてしまったかい。」
感情家の彼は、サムに負けないぐらい、もう泣いています。
てっきり、自分と同じなんだと思ってしまったのです。

「僕は早く、おかあちゃんに会いたい。きっと僕が死んでしまったと思っているよ。」
そう言って、サムはぽとぽと、涙を溢します。

それが、あんまりにも一杯涙が出るものだから、今度はゴーブルさんは
気が気でなりません。ふと我に帰ってしまいました。

「おい、おい、クッキーが濡れてるぞ。早くしないと、まずくなっちゃうぞ!」

するとどうでしょう。あわてたサムは涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、クッキーに
食いついているではありませんか。

サムが食べてくれた!ゴーブルさんは嬉しくて小躍りしそうです。
でも堪えました。急激な動きをとると、この子は、また脅えて逃げてしまうのです。
くしゃみをしても驚いて逃げる子なのです。やっぱり、猫ちゃんに似ています。


心の距離、ゴーブルさんとサム


それ以来、サムはすっかりゴーブルさんに懐きました・・・だったら良いのですが、
あいかわらずです。クッキーを手渡ししようとすると、戸惑います。
いつものように、ここに置くねと言えば、持ってゆきます。

でも、これだけでも、相当なご発展です。

自分から勝手にしゃべることはありませんが、お手伝いを褒めてあげると、
ちょっとだけにっこりします。ハツカネズミのような速度で逃げ去ることもなくなりました。
歩いて消えます。

それに、この船には意地悪が居ないこと、やっと解ってきたようです。
恐怖のあまり、何も危害を加えない相手を仇敵のように睨む癖もなくなりました。

ペリーは立派な人で、大切なお仕事に忙しいわけですが、実はとても地味で、そして
思いやりのある人でした。ところが、声が大きくて、厳格主義だし、海兵達は皆、
熊おやじとビビっています。ゴーブルさんもそうでした。

しかし、或る日、ゴーブルさんは上官を通して、サムの扱いの件でペリーがゴーブルさんを
褒めてくれたことを知りました。これは、やがて、一海兵にすぎないゴーブルさんが、
超お偉いさんのペリーに少年サムの今後について支持してもらえる結果と繋がります。



日本、近し!


だんだん、目的の日本が近づいてきました。サムは、どうやら、自己中!の習性もあったようです。

ゴーブルさんが、あれこれ心配しては、「早く、パパとママに会えるといいね。」なんて話かけても、
もう夢中です。心は帰りたい!帰りたい!それでしかないのです。

ゴーブルさんは淋しいけれど、それでいいと思うようになっていました。
この子が幸せになれば、それでいいんだ。僕達のことなんか、全部忘れてしまったとしても
所詮、道中で知り合っただけの赤の他人・・・そう思われたとしても、かまわない。

とにかく、無事、ペリーの交渉が成功して、この子が日本に帰れますように。
夜眠る時には、必ず、神様にそうお祈りしました。

彷徨い続ける惨めな少年なんて、あの頃の自分ひとりで、もうたくさんだ。
この地球の上に、不幸な人がもう二度と発生しませんように!!
なんとしてでも、この子が幸せになりますように・・・、毎日欠かさずお祈りをしました。


帰りたい。帰れない。
日本の漂流民に、どうか幸有れ!

ゴーブルさんは、ひたすら天に祈りを捧げました。




日本到着!しかし、サムは・・・


泣く子も黙る!黒船襲来


黒船じゃぁ!黒船が来た!逃げろ!!
・・・みんな急げ!さっ早く!逃げるんだ!!

▲・・・とは、実のところ、ちょっと話がややっこしくなりますが、悲しきかな、
『一般に伝えられる』パターン=『 歴史の加工細工 』だったのです。
というのは、ややっこしてくて混乱するからなのでしょう、きっと。


実際は、上記のとおり、音吉他のケースがあるように、浦賀にペリーが来る以前に何回も
外国船は到来していました。主なものでも、1837(天保8)年、アメリカ商船モリソン号、
1845(天保16)マンハッタン号、1846(天保17)ビットル来訪という具合。

音吉のモリソン号の時、異国船打払令でもって、緊迫の浦賀は一斉射撃。
「打ち払え!ぶっぱなせ!」はよいが、その時、帰国チャンスを失い
失望のあまり、思わず、艦上に突っ伏して、泣きに泣いていた日本人が、
いたことなど、この時日本は知らなかったわけなのです。
厳密にはちょい遅れで幕府は知るが、対処が悪い。それじゃ彼らは帰れない。

その教訓があって、日本では「薪水令」が出て、漂流民の引渡しがある時は、
開国の話は一切受け付けないが、お礼に薪と水をたくさんプレゼントする
こんな暖和対策に切り替わっていました。

そのため、「浦賀っ子」は「慣れっ子」になっていたのです。

あわてふためく人々の群れ。泣き叫ぶ幼児達。
犬が吼えるし、馬は脅える。嘶き鳴いては、
暴れまわって、手に負えない。

・・・のドラマは、実はこの時でなく、おそらくモリソン号の時と思います。

確かに再三滑ったアメリカ。今度ばかりは鬼のアメリカ。ペリーも船員達が言うように
「熊おやじ」絶対滑るわけにはゆきません。アメリカの強さをめちゃんこ見せ付けます。

ですから、幕閣は奔走して、侍達には派閥が生じて混乱。攘夷派と開国派の衝突がMAX。多くの
血が流されて、早急に幕府の瓦解劇と繋がってゆくわけではありますが、庶民の目には、
モリソン号の時のようなドンパチ砲撃の嵐は、ここ浦賀で一切生じません。・・・静かでした。

小船で駆けつけた浦賀の担当者( 中島三郎之助 )他が窓口になって、歴史の一大ドラマに
なってゆくわけですが、そんなわけで、艦上での交渉は極めて静かに行われました。


ところが、他の意味で、大変な事態が生じていたのです

今日、この瞬間を三年間も夢見続けたサム・パッチ。
過酷な労働に酷使されたり、苛められたり、痛い思いをしたり、人間不信になったり
それでも、それらを乗り越えて、やっと、ここ日本に帰ってきたのです。

それだというのに、サムは、隠れて出てこないのです。
せっかく、艦上に日本人の役人がやってきたというのに、絶対出てきません。

そのままではアメリカも困ります。しかたないから、船員達も気は進みませんが、
とっ捕まえるしかありません。捕まえて、とにかく興奮を抑えるよう宥めて
どうにかこうにか、引っ張り出しました。いわば引きずり出されたような形になって
しまいましたが、仕方ありません。

役人の前で、サムは押し黙って脅えてしゃべりません。

一体、何があったのでしょうか。


哀れ、半狂乱、サム・パッチ


サムはずっと音吉の助言を忘れてはいませんでした。

「とにかく、気をつけること。僕らの時同様に、砲撃されない保証はない。
上陸の際には気をつけろ。攘夷派とかいうクレイジーなタイプが居て、
外人と関わった者は皆敵と勘違いしていきなり殺しに来る阿呆がいる。実際、それで
死んでしまった通詞がいるのだから、とにかく用心するんだ。
上陸の後は、役人から取り調べを受けるから、頑張れ。スパイじゃないかどうか
確かめるためだから、厳しく追求されると思うが、粘るんだ。負けちゃいけない。
何も悪いことしていないのだから。

ダメだったら、帰って来い。絶望するな。皆同じだ。ここには皆が居る。」

ありとあらゆる大切なキーワードをもらって、乗船していました。


そのサムは、浦賀に入港するなり、なんと気が狂ったのかと思える行動を取ったのです。

確かに陸では、警戒のために、一応砲隊が構えています。
しかし、慎重を徹するために、けっして砲は一発たりとも撃たれなかったにもかかわらず、
サムは拳を固めて、ゴーブルさんには解らない日本語で、陸に向けて、気違いのように
何か喚いているではありませんか。

「どうした?どうしたんだ?サム、しっかりしろ!」
ゴーブルさんは夢中になって、暴れるサムを抑えました。

「苛める!苛める!殺される!殺されない!絶対!殺されない!殺してやる!」

ゴーブルさんは唖然となりました。いつものサムの定句と違います。

いつもなら、こうなのです。
「苛める?苛めない?怖い!心配。」

それがなんと、殺すだの殺されないだの・・・一体、なんということでしょうか!!

やっと、ゴーブルさんにもその原因が少しだけ、解りました。

ゴーブルさんは当時、日本語はほとんど解りません。教養のために必要最小限の単語だけ、
海兵は習っていますが、こんな程度は何の役にもたちません。
だいいち、聞き取ることなんて100%できないわけで、おまけにサムをチャンスに
日本語を覚えようかと思ったのは最初のうちだけで、ちっともしゃべって、打ち解けてくれない
サム。だから、そんなことはすっかり、諦めていました。
おかげで、ますます、日本語、全然ダメ状態のまま日本突入です。

ですから、サムだけが聞き取れた恐ろしいという言葉とは、ゴーブルさん達には
何も聞こえなかったわけでした。

サムは、陸上に群がる野次馬達の戯言に脅えてたようなのです。
サムは待望の日本人に会えたというのに、その日本人に向かって、敵意を剥き出し。
目を剥いて、拳を握り固め、大声で叫んでいるのです。

「畜生!畜生!人殺し!」

どうやら、野次馬達は、モリソン号の時、同艦が浦賀の一斉射撃に驚いて
逃げ去った記憶から、

「やっちまえ!ぶっぱなせ!黒船をぶっぱなせ!」 とか、喚いていたようなのです。


ゴーブルさん、思わず考察!・・・そして疑心暗鬼

サムを思うゴーブルさんは、夢中です。
だって、このままじゃ、サムは日本に帰れなくなってしまいます。

一種の親馬鹿状態にも等しいくらい、あ~ではないか、こ~ではないかと
サムの精神的ダメージの原因を考えます。急がないと間に合わなくなるからです。

しまいに、日本の役人やら、尊敬すべき上官達、それどころかペリーまで疑ってしまいました。
サムを苛める者は、ゴーブルさんにとっても敵になってしまってること、本人は気付いて
いません。いろんな憶測が一杯、頭の中でぐらぐら揺れます。

臆病者のサムは、口調のきつい人はもちろん、大きい声の人が怖い。まさか、
ペリーの熊おやじ声にビビッた?いや、これは典型的な邪推。我ながらそんな馬鹿な。

それとも、隠れて出てこないから船員に捕まえられた時に完全に脅えたか?
体の大きな船員に力任せに羽交い絞めにされたら、そりゃ、彼ならビビるはずだ。
小動物みたいに一生涯、その人物が大嫌いになったとしても、サムの場合、
可笑しくない話なのだ。

でも、もし、それだったとしたら、「外人に苛められた。助けて!」と日本人の役人に、
ここぞとばかり飛びついて助けを求めるはずだ。それじゃ、これもハズレ。

さては、顔の怖い人をビビるサムは、日本の役人の顔にビビったか?
普通ならありえないけど、サムならありえる。世紀の一瞬、一大勝負だから、そりゃ、
怖い顔してるに決まってるのに・・・それじゃあ、サムにそう言って安心させてやろうか?

ああだ、こうだと考えるうちに、ゴーブルさんには珍しく、ちょっと泥ヾした憶測が
脳裏に浮かびました。

一種、人質か?交渉に失敗が生じないように、なんらかの駆け引きの材料として
サムには耐えられない条件やプレッシャーがかかったのだろうか??

まさか!まさか!人を疑うなんて、けっしてあってはならないこと。
それは、己自身許し難い、最大の罪ではないか!
それでも、サムが可愛いゴーブルさんは、密かに心の中で、ペリーに猜疑心を
持ってしまいました。国対国の大勝負なのです。もしかしたら、・・・!!!


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幕末の悲しき漂流民

少年と猫、猫に教わった平和への願い

文章解説(c)by rankten_@piyo、
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