ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2008.01.18
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カテゴリ: 国際政治
第一次世界大戦(50) 

ヴェルサイユ条約へ…その2

講和条約における領土問題では、フランスの強硬姿勢が際立っていました。それはドイツに対するフランスの怯えと裏腹の関係にありました。

クレマンソーを初めとするフランス代表団は、仏・独の緩衝地帯としての中立国の役割に期待できないこと、ベルギーやルクセンブルグの存在が、第一次大戦では全く役に立たなかった現実から出発していたからです。

彼等はフランスが、ドイツと戦える物的・人的な軍備を備えた国家になることが必要であると主張したのです。ドイツ領をライン右岸に限定しても、なおドイツの人口は6千万人となるのに、ライン左岸を加えても、フランス、ベルギー、ルクセンブルグの人口は5,5千万人にしかならないので、なおドイツが優位であると指摘して、ライン左岸のドイツからの引き離し、さらにライン右岸50キロにわたる非武装地帯化を要求したのです。

昨日の(59)に記したパリ講和会議の結論は、こうしたフランスの主張と、ドイツに強硬な態度を取り続けることは、ドイツにおける共産勢力(ボリシェヴィズムを指す)の伸張を許す事になるとする、英・米の反対との妥協の産物でした。

ことが賠償の問題、無償金での戦争終結の問題となると、領土問題では対立していた英・仏は微妙な対立点を含みながらも、ウィルソンのアメリカに対して協調姿勢をを取りました。対立点は、その北部地帯が対独戦争の激戦地となり、国土の一部が灰燼に帰したフランスと、都市部や工業地帯に艦砲射撃による被害はあっても、地上戦が行われたわけではないイギリスとの違いにありました。

戦争被害に対する賠償ばかりではなく、戦費負担の一切をドイツに負担させようとするフランスと、戦争被害に対する保障のみを要求するイギリスとの違いでした。そして両国とも、米国の政府や民間から巨額の借款を得ている点で共通していました。米国は大戦を通じてヨーロッパに対する債務国から債権国へと変貌を遂げていたのです。

つまるところ、フランスとイギリスの主張は、ドイツからの戦争賠償んあしには、自国の経済復興もままならない。それでは対米戦債の返還も覚束ない。返還を免除してくれるならともかく、返還に応じるためには、ドイツからの賠償金によって,経済復興を図る必要がある。と言うものでした。


                         続く





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最終更新日  2008.01.18 17:00:50
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