ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2009.11.17
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カテゴリ: 外国史
スエズ運河の開通余話 スエズ運河と歌劇『アイーダ』

コメント欄で、吉祥天さんがヴェルディの『アイーダ』を話題にしてくださいましたので、そうだと思いついて、『アイーダ』の初演の舞台となったエジプトはカイロのオペラハウスの写真が手元にありましたので、載せることにしました。

img162.jpg

実は、運河の開削と『アイーダ』には、切っても切れない関係があります。時のエジプトの太守イスマイル・パシャは音楽にも造詣の深い粋人でした。

彼はスエズ運河の建設を、人類の知能の自然に対する勝利であると考え(まさに進歩は万能と考えられていた時代を代表する感覚です)、それを記念する事業も壮大で、しかも新しい創造の芸術であるべきだと考えました。

それは人類の偉大を示すものであると同時に、エジプト民族に明るい未来を示すものであってほしい。こう考えたイスマイル・パシャは、パリのオペラ座やミラノのスカラ座に勝るとも劣らないオペラハウスを、カイロに建設することを思い立ちます。同時にフランスの考古学者マリエット・ベイの協力を得て、彼が古代エジプト遺跡の発掘を通じて作り上げた叙事詩を材料に、気難しいことで名高いヴェルディを口説き落とすことに成功したのです。

運河は、明治維新の翌年にあたる1869年の今日、完成を見ました。しかし、パシャが内装の隅々まで凝りに凝ったオペラハウスの完成は、それから1年遅れたのです。しかし、そのことで記念事業の意義が薄れることはありませんでした。

1870年12月、オペラハウスは堂々のこっけら落しを迎えました。しかし、折から起きていた普仏戦争の影響で、オペラを演じる一行が足止めを食らい、カイロにやってくることが出来なくなってしまったのです。そこで止むをえず、こけら落しは急場を凌ぐことになり、オッフェンバックの作品が上演されたのです。

そして迎えたのが、1年後の1871年12月の24日でした。エジプト社交界の名士が一同に会し、さらに外国からの招待者も居並ぶ中、主賓のイスマイル・パシャ一行が席に着くと同時に、高らかなファンファーレと共に、舞台の幕が上がりました。歌劇『アイーダ』の初演はこうして始まりました。

舞台狭しと展開するエジプト軍の凱旋を告げるファンファーレと共に始まった、エジプト軍の勝利の歌は、後にエジプト王国の国歌に採用されました。上の写真のオペラハウスの前に立つ騎馬の像は、イスマイル・パシャの父、イブラヒム・パシャの勇姿です。






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最終更新日  2009.11.18 11:30:30
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