偐万葉田舎家持歌集

偐万葉田舎家持歌集

2017.02.19
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カテゴリ: 万葉

 一昨日からの風邪は相変わらずの状態。
 「風光る」というのは「春」の季語ですが、「風邪ひかず」は季節に関係のない語。この語、「風邪引かず」なら元気な状態、「風邪退かず」なら、風邪がなかなか治らない状態で、音は同じなるも意味は正反対となるという、紛らわしい語でもありますが、現在のヤカモチさんは「退かず」の方の「ひかず」であります。
 ということで、以前に撮ってストックとなっている鴨の写真で、万葉のお勉強といたしましょう。
 鴨と来て、先ず思いつく万葉歌と言えば、次の2首でしょうか。

 志貴皇子と大津皇子の、どちらも有名な歌であります。

葦辺ゆく 鴨の 羽交 ( はがひ ) に 霜降りて 寒き ( ゆふべ ) は 大和し思ほゆ
                       (志貴皇子 万葉集巻1-64)
(葦辺を泳ぐ鴨の翼の重なる処に霜が降って、この寒い夜は大和が思われる。)
  (注)羽交=左右の羽が交差する鳥の背中の部分。

百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲 ( がく ) りなむ
                          (大津皇子 同巻 3-416
(磐余の池に鳴く鴨を今日を限りに見て、私は死んで行くのか。)

鴨 (3)
                                       (鴨1)

 その他の鴨の歌も以下に記して置きます。

吉野なる  夏実 ( なつみ ) の河の 川淀に 鴨ぞ鳴くなる 山かげにして
                            (湯原王 同巻3-375)

(吉野の夏実の川の淀みに鴨が鳴いている、その山陰で。)
  (注)夏実=吉野宮滝の上流にある地、菜摘のこと。

軽の池の  浦廻 ( うらみ ) 行き ( ) る 鴨すらに 玉藻の上に ひとり寝なくに
                            (
紀皇女 同巻 3-390
(軽の池の浦に沿って泳ぎまわる鴨でさえ、玉藻の上でひとり寝などしないのに。)
  (注)軽の池=日本書紀応神天皇 11 10 月の条にこの池を造ったという記載がある
           が、所在は不明。

鴨鳥の 遊ぶこの池に 木の葉落ちて 浮きたる心 我が ( ) はなくに
                           (丹波大女娘子 同巻 4-711

(鴨が遊ぶこの池に木の葉が落ちて浮いている。そんな浮ついた気持で思って居る訳ではありません。)

鴨 (2)
                                       (鴨2)

( よそ ) にゐて 恋ひつつあらずは 君が家の 池に住むとふ 鴨にあらましを
                             (大伴坂上郎女 同巻4-726)

(離れて恋い慕っているくらいなら、あなたの家の池に住むという鴨であった方がましです。)

磯に立ち 沖辺を見れば  海藻 ( ) 刈り舟 海人漕ぎ ( ) らし 鴨かける見ゆ
                                     (同巻 7-1227

(磯に立って沖の方を見ると、和布刈り船を海人が漕ぎ出すらしい。鴨が飛び立つのが見える。)
  (注)め=海藻の総称。

水鳥の 鴨の羽色の 春山の おほつかなくも 思ほゆるかも
                           (笠女郎 同巻 8-1451

(水鳥の鴨の羽の色の緑の春山のようにぼんやりとして、あなたのお気持ちがはっきりしないので気がかりです。)
  (注)おほつかなく=おぼつかなく。

鴨 (1)
                                       (鴨3)

埼玉 ( さきたま ) の  小埼 ( をざき ) の沼に 鴨ぞ ( はね ) ( )
         おのが尾に 降り置ける霜を  ( はら ) ふとにあらし (同巻 9-1744

(埼玉の小埼の沼で鴨が翼を振ってしぶきを散らしている。自分の尾に降り置いた霜を払っているのだろう。)
  (注)小埼の沼=埼玉県行田市埼玉付近の沼。
     577577の旋頭歌体の歌

水鳥の 鴨の棲む池の  下樋 ( したひ ) なみ いぶせき君を 今日見つるかも
                                  (同巻 11-2720

(水鳥の鴨の住む池の下樋がないので、ふさぐ思いで恋しいと思ったあなたに今日お逢いできました。)
  (注)下樋=地中に埋めた導水管。

吾妹子に 恋ふれにかあらむ 沖に住む 鴨の 浮寝 ( うきね ) の 安けくもなし
                                  (同巻 11-2806

(あなたに恋しているからなんだろうか、沖に住む鴨の浮き寝のように心が安まらないのは。)
  (注)浮寝=頼りなく不安なさまの譬え。

葦鴨の すだく池水  ( はふ ) るとも  ( まけ ) 溝の ( ) に  ( われ ) 越えめやも (同巻11-2833)
(葦鴨が沢山集まる池の水があふれることがあっても、あらかじめ用意した別の溝の方へ、私は越えて行ったりするだろうか。そんなことは致しません。)
  (注)葦鴨=葦辺に居る鴨
     すだく=多集(すだく)。多く集まること。

鴨 (5)
                                       (鴨4)

葦べゆく 鴨の羽音の  ( おと ) のみに 聞きつつもとな 恋ひわたるかも
                                   (同巻 12-3090

(葦辺を行く鴨の羽音のように、音、噂に聞くだけで、むしょうに恋い続けることだなあ。)
  (注)上二句は「おと」を導くための序詞。
     もとな=よい結果もないのに強いて、訳もなしに、の意。

鴨すらも おのが妻どち  求食 ( あさり ) して  ( おく ) るるほどに 恋ふといふものを
                                   (同巻12-3091)

(鴨でさえも妻と連れ立って餌を探し、相手に後れた時には恋しがるというのに。人である私は尚更のことです。)

眞小薦 ( まをごも ) の  ( ) ( ) 近くて 逢はなへば 沖つ眞鴨の 嘆きぞ吾がする
                                   (同巻 14-3524

(薦の編み目のように間近にいるのに逢えないので、沖の鴨のように嘆いています。)
  (注)眞小薦の節の=「間近く」の序詞。
     沖つ眞鴨の=嘆きの序詞。

水久君野 ( みくくの ) に 鴨の ( ) ほのす 子ろが ( うへ ) に  ( こと ) ( ) ( ) へて いまだ ( ) なふも
                                     (同巻 14-3524

(水久君野に鴨が這うようにあの子に長らく言葉を掛け続けているが、いまだに共寝をしないことよ。)
  (注)水久君野=所在不詳の地名か。

鴨 (6)
                                       (鴨5)

沖に住も  小鴨 ( をがも ) のもころ 八尺鳥 ( やさかどり ) 息づく妹を 置きて ( ) のかも
 (同巻14-3527

(沖に住む鴨のように、長いため息をつく妻を残して来てしまった。)
  (注)八尺鳥=潜水の後に長く息をつく鳥の意で、「息づく」の枕詞。

葦の葉に 夕霧立ちて 鴨が ( ) 寒き ( ゆふべ ) ( ) をば偲はむ  (同巻14-3570
(葦の葉に夕霧が立ち込めて、鴨の声が寒々と聞こえる夜は、お前のことを恋い偲ぶことだろう。)

鴨じもの 浮寝をすれば  ( みな ) ( わた ) か黒き髪に 露ぞ置きにける
 (同巻15-3649

(鴨のように浮き寝をしていたら、黒髪に露が降りていました。)
  (注)鴨じもの=鴨でもないのに鴨のように、の意で、「浮寝」の枕詞。
     蜷の腸=タニシなどの巻貝の腸、で「か黒き」の枕詞。

沖つ鳥 鴨とふ船の 帰り ( ) 也良 ( やら ) 崎守 ( さきもり ) 早く告げこそ
 (山上憶良 同巻16-3866

(鴨という名の船が帰って来たなら、也良の防人よ、早く知らせてくれ。)
  (注)也良=博多湾口にある能古島北端の岬の地名。

沖つ鳥 鴨とふ船は 也良の崎  ( ) みて漕ぎ ( ) ( きこ ) え来ぬかも
 (同上 同巻16-3867

(鴨という名の船が、也良の崎を廻って漕いで来たと、誰か知らせに来ないものだろうか。)
  (注)聞こえ来る=知らせに来る。

鴨 (4)
                                       (鴨6)

水鳥の 鴨の ( ) の色の 青馬を 今日見る人は 限りなしといふ
                         (大伴家持 同巻20-4494

(水鳥の鴨の羽色の青馬を今日見る人は、その寿命に限りがないと言う。)
(注)青馬=灰色の馬。正月七日に宮廷行事として青馬を見て一年の邪気を払う人日の節
        句があった。平安時代に入ると「白馬 (あをうま) の節会 (せちえ) 」と呼ばれた。






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最終更新日  2017.02.20 21:21:55
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Re:鴨の万葉歌(02/19)  
こんばんは(^^♪

鴨を とても鮮明に美しく撮られていますね。
くちばしが黄色と灰色なのは、雌雄の違いでしょうか?
志貴皇子も大津皇子も 激しい政争に翻弄された方で、哀しい お歌ですね。 (2017.02.19 18:46:30)

Re:鴨の万葉歌(02/19)  
アッ、言い忘れて 申し訳ありません。
お風邪、早く治りますように... (2017.02.19 18:53:00)

ひろみちゃん8021さんへ  
けん家持  さん
   >くちばしが黄色と灰色なのは、雌雄の違いでしょうか?
 そうカモ(笑)。くちばしが黄色いのは「未熟」というのが人間世界の相場ですが、カモの世界はそうでないのカモ、であります。
   >志貴皇子も大津皇子も激しい政争に翻弄された方で、哀しい お歌ですね。
 志貴皇子は天智天皇の息子、大津皇子は天武天皇の息子、片やは政権中枢からは遠い忘れられた存在、片やは政権中枢にあって、皇太子の存在を脅かしかねない存在、立場が違うと言うか、対照的な存在ですね。志貴皇子は、天武系皇子が皇位を承継するという時代の中で政権中枢とは無縁の生を生き、大津皇子は皇太子たる草壁皇子を脅かす存在とみなされ謀反の罪を着せられて排除されるという過酷な運命を生きた訳で、二人の生き方も亦対照的でありました。万葉集に残された二人の歌も大津のそれは骨太、天真爛漫、男性的であるのに対して、志貴のそれは、繊細、女性的であると、対照的であるように思います。
   >お風邪、早く治りますように...
 ありがとうございます。早く治します(笑)。
(2017.02.19 21:42:21)

Re:鴨の万葉歌(02/19)  
小万知 さん
三寒四温のこの時期体調を崩されている方が多いようですが、ヤカモチ様もお風邪をひかれているご様子、どうぞお身体を休めてゆっくりご養生なさってくださいませ。
 美しい羽根を持つ鴨たちと、一首ごとに訳を付けてくださった万葉集の歌でしばし水鳥の気持ちになって遊ばせていただきました。
鴨の切ないため息が聞えてきたり、はるか遠くを見やる鴨の目に映る光景は・・・こんな歌が詠める万葉の時代に生きる人々は心豊かだったのでしょうね。
 前ページの岬麻呂様の平戸からの旅便り、素敵な写真がいっぱい、万葉集にも所縁のある地を訪ねて来られたのですね。
寺院とザビエル記念教会の塔が一緒に写っている写真が特に素晴らしかったです。 (2017.02.20 00:43:12)

Re:鴨の万葉歌(02/19)  
風邪のお見舞いを言い忘れました。
風邪の中、鴨をテーマにこれだけの記事をお書きになるのはすごいことです。

万葉集にもたくさんの歌が登場するのですね。
最近、我が家の畑の隣のため池にも鴨がやってくるようになりました。 (2017.02.20 20:45:37)

小万知さんへ  
けん家持  さん
   >三寒四温のこの時期体調を崩されている方が多いよう
    ですが、ヤカモチ様もお風邪をひかれているご様子、
    どうぞお身体を休めてゆっくりご養生なさってくださ
    いませ。
 ありがとうございます。そういたします。おとなしく(笑)。
   >美しい羽根を持つ鴨たちと、一首ごとに訳を付けてく
    ださった万葉集の歌でしばし水鳥の気持ちになって遊
    ばせていただきました。
 鴨の歌も結構あるものですね。まあ、上の山上憶良の3866、3867の2首は鳥の鴨ではなく、鴨という名の船ですから、鴨の歌に含めるのはちょっと問題ありな気もします。この歌は志賀の白水郎荒雄のことを詠んだ歌で、以前の若草読書会でも取り上げた歌であります。
   >前ページの岬麻呂様の平戸からの旅便り、素敵な写真
    がいっぱい、万葉集にも所縁のある地を訪ねて来られ
    たのですね。
 岬麻呂氏ら一行は、松浦については、余り万葉集の故地という意識もなかったように「報告」からは見て取れましたが、ヤカモチが無理矢理に万葉へと我田引水致しました(笑)。
   >寺院とザビエル記念教会の塔が一緒に写っている写真
    が特に素晴らしかったです。
 そうですか。平戸、長崎、天草のキリシタンの過酷な歴史がこの景色の背後にはあると思えば、感慨も亦一入と言うべきでしょうか。
(2017.02.20 21:42:00)

ビッグジョン7777さんへ  
けん家持  さん
   >風邪のお見舞いを言い忘れました。
 お気遣い、痛み入ります。たかだか風邪、お見舞いなどは大袈裟過ぎることにて候(笑)。しかし、軽い頭痛、鼻水、咳と不快な症状はなかなか軽快せずで、今朝、病院へ行って参りました。
   >風邪の中、鴨をテーマにこれだけの記事をお書きにな
    るのはすごいことです。
 風邪とあれば、することもなく蟄居。鴨の歌を拾い出すのも、そう造作ないことにて候へば、いかほどのことにもござりませぬ(笑)。
   >万葉集にもたくさんの歌が登場するのですね。
   >最近、我が家の畑の隣のため池にも鴨がやってくるよ
    うになりました。
凡(おほ)ならば かもかもせむを 風邪なれば
           かもの歌など 拾ふほかなし(大伴風邪引き)
(本歌)凡ならば かもかもせむを 恐(かしこ)みと
              振りたき袖を 忍びてあるかも
               (遊行女婦児島 万葉集巻6-965)
(注)凡ならば=普通なら。いつもなら。
   かもかも=ああもこうも。あれもこれも。
(2017.02.20 22:05:15)

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