今野敏・『隠蔽捜査』全三巻を読み終わりました。
第一巻の『隠蔽捜査』を読み始めたら、「エライ俗物やなぁ」と思いました。ところが、読み進むにつれて、主人公の竜崎君は、「エリート意識の塊」であり、「私が日本国の治安を守っているのだ」という矜持の塊でもあることがはっきりしてきます。
徹底的な合理主義者であり、原理・原則主義者でもあります。
「悪いことは悪い、間違っていることは間違っている」という信念を貫きます。それは、彼が所属している警察庁という組織に対しても、家庭の中の問題でも同じなのです。
当然のごとく彼は「変人扱い」をされます。
家庭を持っている杉下右京さんとでもいえばいいのか・・・。
で、全三巻を読み終わりました。竜崎君の成長物語としても読めます。最後は、恋なんかしたりしてときめいたりしておるのであります。
いろんなテーマが取り上げられます。
少年法の問題、監視カメラの是非、地域社会と警察との関係の在り方、そして、「人権を口にする人たち」の扱い方、情報収集能力とテロ対策についての日米比較。
ただ、竜崎君が、あくまで「変人扱い」されているというところがポイントになるとも思います。彼は極端に私心がない人間として描かれています。その彼が「変人扱い」されているということは、裏を返せば、彼ぐらいの地位になれば「私心の塊」という人間がごろごろいるということでもあります。
法と制度とは、個人の資質によって大きく左右されることがあるということは周知の事実です。だからこそ、その「振れ幅」をできるだけ小さくしておく必要がある、そう思うのです。
個人が暴走した時に安全装置は働くのか。
特に、「テロ対策」などという重要な問題については、安易にアメリカの方式をまねるべきではないでしょう。
少年法の問題、「人権を口にする人たち」の描き方についても、私はかなりの違和感を持ちました。『永遠のゼロ』における高山という新聞記者の描き方と共通するモノを感じてしまうのです。
警察の人権侵害は枚挙にいとまがないと言っていい。しかしその点についてはほとんど触れられていません。
つまり、「人権を口にする人たち」の描き方があまりにも薄っぺらなのです。
竜崎君は、自分が属している組織の闇の部分にもメスを入れ、「悪いことは悪い」と言える人間です。その彼と釣り合いが取れるような「人権を口にする人たち」を描くことは、作品自体に深みを与えると思います。
焦点を絞り込むことは、面白い作品を作るための条件かもしれません。しかし、人間の真実、社会の抱える問題に対する切り込み方、これは、両立します。
松本清張、水上勉の作品はそのことを立証してくれました。
高村薫さんの『マークスの山』をもう一度借りて読んでみたくなりました。
この作品を「ビブリオトーク」で紹介してくださった方にお礼を申し上げます。
ホントに楽しい時間でした。
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MoMo太郎009さん
つるひめ2004さんComments