やっとのことで採点を終え、『戦争の日本近現代史』(加藤陽子 講談社現代新書)を読了しました。
この本の魅力は、「歴史には『出来事』のほかに『問い』がある」という点につきます。「研究書を水割りしたような概説書」、「教科書を水増ししたような概説書」には、そのような「問い」はないと記したのちに、著者は「問い」の例を引きます。
「永い間の封建制度に圧せられ、天下の大政に容喙することを一大罪悪と教え込まれてきた我々の父祖が、なぜ近代になると政治を国民自身の仕事と考えるようになったのか、明治初年にあって、万機公論、天賦人権などの発想に、人々がどうしてそれほど容易に飛びつくことができたのか?」
これは、吉野作造が1927年(昭和2年)に発した「問い」ですが、こんな「問い」を紹介されると、吉野の『我が国近代史における政治意識の発生』を読みたくなってしまうのです。困ります。ホントに。戦線が拡がりすぎます。
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』から始まった加藤さんの本めぐりですが、ここまで読んできて驚くのは、ダブりがほとんどないという点です。そして、自分自身が漠然と信じてきた「知識の枠組み」が見事にひっくり返されたり、深められる快感を味わってきました。「ここが底かな」と思っていたら、実はその下にまだ秘密の部屋があったというおどろき。これが、歴史書を読む醍醐味と言っていいでしょう。
さて、「ひっくり返された箇所」を一つだけ挙げます。
征韓論と西郷の下り。
「西郷が、彼を慕う不平士族の論を『不平』という言葉に包括されるような後ろ向きの反動的な論とみなしていたはずはなく、ましてその不満を対外侵略にそらし、みずからの死に場所を求めるような状況を作り出したかったとみるのは誤っています」(P47)
では、西郷の意図はなんだったのか?
「幕府が滅亡したのは、ひたすら攘夷の戦争を避けるという『無事』の追求に終始したからだと考える西郷にとっては(明治六年八月十七日付 板垣退助宛書簡)、日本の現状は危機的なものに見えました。すなわち、国力は衰微し、兵備は空虚で、人心は惰弱で、独立の気概がなく、因循である、と」
「鹿児島旧士族派がつくった、士族民権雑誌『評論新聞』」の論調も紹介されています。「法律は公議輿論で決められるべきである」と主張する傍らで、彼らは、「日本国に正気がなくなると、外国にやられてしまうから『朝鮮であれ支那であれ相応な相手を選んで戦を始め、以て全国の英気を引き起こせ』と主張して」いたのです。
そして著者は述べています。
「ですから、国内改革と対外侵略を密接不可分として考える態度は、教科書的な説明に見られるような、士族の反乱を防ぐために対外侵略をガス抜きとして使おうとしたという態度とは、まったく違うものです。正理真道から遠く離れてしまった日本を、名分論によってどうにか救うにはどうしたらよいかという、むしろ、自己本位な動機からきていました」(P48)
うーん・・・、征韓論についても参考文献『近代日本における東アジア問題』「征韓論の前提」を読みたくなりました。
ここ数年、日本史をまともに教えていませんが、言い訳にはなりません。学びたいという意欲を掻きたてていただいた事に感謝せねばなりません。あと何年教壇に立ち続けられるかわかりませんが、学ぶ姿勢だけは持ち続けたいと思っています。
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MoMo太郎009さん
つるひめ2004さんComments