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もっちん4476さんComments
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系譜
明智氏は「明智系図」によれば、清和源氏の一流摂津源氏の流れを汲む土岐氏の支流氏族。美濃国明智庄(現在の岐阜県可児市または恵那市)より発祥。
源頼光-源頼国-源国房-(6代略)-土岐頼貞-明智頼重-(7代略)-明智光継-明智光綱-明智光秀-明智光慶
親兄弟
・父:明智光綱
・母:お牧の方(武田義統の妹)
・弟:明智信教
・弟:明智康秀
妻
・正室:千草(山岸光信の娘)
・継室:妻木熙子(妻木城主・妻木範熙の娘)
・側室:伏屋姫(柘植城主・喜多村保光の娘)
息子
・嫡男:明智光慶-光秀の息子で唯一実在が確認されている。通称は十五郎。山崎の戦い後も生き延び妙心寺の住職・玄琳となったという説がある。
・次男:筒井定頼-一説に筒井順慶の養子とされるが、定かではない。幼名は自然丸、通称は十二郎。
・不明:南国梵桂-光秀の唯一の肖像画がある和泉国の本徳寺(大阪府岸和田市)を建立した僧で、一説に光秀の子とされるが定かではない。また光慶と同一人物とする説もある。
・不明:荒深光頼-幼名は乙寿丸。岐阜県にある光秀のものと伝わる墓所に碑文があり、それによると山崎の合戦後、生き残った光秀とともに美濃国へ戻り荒深氏を名乗ったという。
・末子:喜多村保之-本能寺の変の半年程前に生まれ母方に引き取られた。幼名は内治麻呂、通称は弥兵衛。江戸町年寄になったとも伝わる。

娘
・次女:明智光忠室
・三女:細川忠興室-明智珠(玉ともまたは玉子)。細川ガラシャの名で知れれる。三女説が有力であるが四女、次女とも。
・不明:津田信澄室-一説に三女
・不明:筒井定次室
・不明:荒木村次室-明智秀満(明智光春)室-桜井松平家次室-名は明智倫子とされるが、定かではない。近年は革手が本名とされ、実際は明智光廉の娘で養女という説が有力とされる。
・不明:松平忠正室-松平忠吉室-菅沼定盈室-名は明智綾乃とされるが、定かではない。近年は養女という説が有力とされる。
縁戚
・叔父:山岸光信-西美濃十八将のひとり。光秀の最初の妻の父。山岸氏の養子となった。
・叔父:明智光安-光綱の死後は明智家を率い、義龍と道三の争いに道三に与して殉した。一説に明智遠山氏の養子となり遠山景行と称したとも。
・従兄弟」明智光春-光秀の叔父・光安の子といわれるが定かではない。明智秀満と同一人物とされることが通説。
・叔父:明智光久-明智城落城の際に死亡。一説に小里光忠と同人ともいう。
・従兄弟:明智光忠-光久の子といわれるが、定かではない。
・叔父:明智光廉-別名は三宅長閑斎。
・叔母:小見の方-斎藤道三の正室、濃姫の母。
・従姉妹:濃姫-織田信長の正室。光秀の従姉妹。
・娘婿:明智秀満-重臣・三宅秀朝(または遠山景行)の子で光秀の娘をめとり明智姓を称した。別名は三宅弥平次、通称は左馬助。
不明:明智光近-光秀の従兄弟とも光忠の子ともいわれるが定かではない。山崎の合戦で片桐且元に討ち取られた。
