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いや~しかし、寒い夜が続きますな~。「この寒さが本当の冬だよ」などと口にしても、なにか負け惜しみのように聞こえてしまうほどだ。それにしても、よくテレビなどで「極寒の地(アラスカとかね)ではマイナス30度を記録しました」なんてニュースで報道されるより、その後の天気予報で「現在北海道では気温がマイナス1度…」のひと言に、より寒さを感じてしまうのが不思議だね。さて寒い夜、といえば、最近またその名を耳にするようになったTRFの♪さーむーいー夜だけはー♪を思い出す。元々小室ソングにそれほど思い入れが少ない私だが、TRFはちょっと別。特にこの歌のビデオグリップで観られるボーカルのYU-KIちゃんは他曲の何倍もカワイイ。はっきり言ってファンである。(そのYU-KIちゃんを含め、TRFのメンバーって歳取らないのな~。あのダンスにしても、衰えないどころかいっそう磨きがかかってる気すらする。お~いダンガー、あっ違ったDJ-COO、ひとりだけ老けてるぞ~。ありゃ元からか)YU-KI=ユキ、といえば、アニメ、特撮にもいいキャラがいるんだよなぁ。まず、「雪ちゃん」「あたしは雪子姫!」でおなじみ、「ドロロンえん魔くん」の“ユキちゃん”。妖怪ものの雄「ゲゲゲの鬼太郎」には無くてえん魔くんにあるものがこの雪ちゃんキャラだ。さやかさん(マジンガーZ)、美樹ちゃん(デビルマン)、マリアちゃん(UFOロボグレンダイザー)の流れを汲む、勝気な中にフッとしっとりかよわい面を見せる、ある意味最強の女性キャラ。しかもこの雪ちゃん、けっこう実力者なんだよな。単なる刺身のツマじゃない。そこがシビれるんだよなぁ。もしも雪ちゃんなかりせば、えん魔くんもあれほど当時の少年の心をつかんだかどうか、だ(もちろん私を含めてね)。物語後半の、少し大人びた風貌の雪ちゃんは、無敵の可愛らしさ。ユキちゃんといえば忘れちゃならないのが、「宇宙戦艦ヤマト」のマドンナ、森雪。まぁ、ね。途中から古代くんと完全にくっついちゃったんだけどさ、(ケッ!だから「新たなる旅立ち」以降のヤマトは好かんのだ。おまいらベタベタしすぎやぞ~!)それでも松本零士独特の繊細なタッチで描かれる女性キャラ。麻上洋子さんの声と相まって、強く強く印象付けられたもんだった。「だって、古代くんが死んじゃう!」あぁ、この頃の雪ちゃんはよかったな~。もしも彼女の存在なかりせば、ヤマトも…(以下、略)余談だけど、松本アニメの女性美形キャラって、みんな胃下垂っぽいと感じてしまうのは私だけ?いや、あの胴の細さ、長さが…(失礼!)お次は特撮から。ウルトラマン第30話「まぼろしの雪山」に登場した、そのものずばり雪ん子のユキ。いいキャラと言うには少々切ないものがある。村人から「雪女の娘」と忌み嫌われ、あげく無実の罪を着せられ追い立てられる。雪まみれになりながら、伝説の怪獣ウーを呼び続けるユキ。彼女はウーに、自分を守って亡くなった母親の姿を見ていたんだろうか…?なんだこれ、「フランダースの犬」の図式に似てるじゃん。いやこれ決してパクリだのマネっこだのと蔑んでるわけじゃない。むしろ、ネロとパトラッシュの最後に涙する輩はこのユキちゃんにも…だ。ネロにとってのルーベンスの絵が、ユキにとってのウーだったのか。そして、この回のテーマは微妙にシフトしながら、ウルトラセブンの真市くん(第42話「ノンマルトの使者」)、帰ってきたウルトラマンの良くん(第33話「怪獣使いと少年」)へと続いていくわけだ。迫害する者とされる者。いずれのエピソードも観ていて辛いが、子供には必要なテーマだろう。とりわけ、「まぼろしの雪山」はバッドエンドとは言い切れない、民話のような香りを持つややソフトタッチ(ストーリー自体はけっこうハードだが)な作品。ついでに言えば、この回の次に放送されたのはあのケロケロ、ケロニアの話。あぁこの辺、初代ウルトラマンの懐の深さだね。あ、“ユキ”キャラといえば子ヤギのユキちゃんもいたな。「アルプスの少女ハイジ」のユキちゃん。何話かで、行方不明になったユキちゃんをハイジが必死に探し回る、ってな話があった。あのときのハイジの心境、ヨロタルがいる今の私には実にわかる。もしこいつらが行方不明になんぞなったら…(そう書きながらヨロタルを見る…。タルはソファの上で寝そべり、ヨロはそのタルになにがうれしいのかガウガウちょっかい出してる。う~む平和なヤツらだ。しかしおまえら、どこにも行くなよ…)あと、「侍ジャイアンツ」の番場蛮の妹がユキちゃんだったな。他にアニメ・特撮ドラマで“ユキちゃん”、誰がいたっけ?…し、しまった~!TRFのボーカルはユキちゃんでなく“ユーキ”ちゃんだった~!!(んっ?ってことは、ドリームボールの水原勇気ちゃんも仲間入りか…)
2008.01.30
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こないだ、盟友チャフィーさんのブログを読んで思ったことだけど…。最近、オカルトチックな現象の解明を大真面目に取り組む(と、読者に思わせる)マンガってないよなぁ。昭和40年代後半、五島勉・著の「ノストラダムスの大予言」がベストセラーになった。それまでの高度経済成長から一転、オイルショックなどの影響で巷に不況と不安が押し寄せたあの時代、とどめを刺すように出版されたこの本、“ノストラダムス”の名前と「諸世紀」を一気に有名にしたもんだった。で、読者、特に子供たちに恐怖と虚無感を植え付けた。あ~オレは37歳で死んじゃうのか~、ってね。がしかし。そんな虚無感漂うなかではあるが、同時にカタストロフに対する妖しく甘美な香りってやつもおぼろげながら感じてた気がする。“空から恐怖の大王が降ってくる”ことにより世界が破滅する…。考えようによっちゃ有史以来最大の天地スペクタクルを見られるのか、と、心のどこかでワクワクしていた部分って、なかったと言えばウソになる。で、これを踏まえて。たとえば、かつて週刊少年マガジンに不定期掲載(よく不定期ながら13巻まで続いたもんだ)されていた「MMR マガジンミステリー調査班」。先のワクワク感が、「MMR」にはしっかりと息づいていたんだな。ノストラダムスの名を借りて、あらゆる超常現象(天災、人災問わず)を自らが予言者のように説いていく、MMRのリーダー、キバヤシ。リーダーのくせにどこまでも怪しいワンマン行動は、しかし各回の結論を導き出すのに無くてはならないものだった。とにかく、巻の後半になればなるほど結論=「諸世紀」(の詩)になる率、高し。そしてゴゴゴゴゴ…とSE付きでおもむろに描かれる恐怖の大王ならぬ、ノストラダムスの姿!「ま、またしても俺たちの前に立ちはだかるのかノストラダムス!!」勝手な仮説で結びつけ、勝手に結論を出してるのにそのセリフはなんだかな~、なのだが、イヤイヤそこが「君はウナギイヌのように胴の長い猫を見たことがあるか?」ってなもんで、おもしろいのだ。またたとえば、“恐竜には毛が生えていた!”“太陽系第12番惑星ヤハウェは実在する!”“地球の水は、月からもたらされたものだ!”(←それじゃ「宇宙戦艦ヤマト・完結編」だって)など、「んな、バカな!」説をハッタリかましてくどいまでに力説する(もちろんこれ、ホメ言葉だよ)、あすかあきおのマンガ群。彼のマンガ、いやそれを含む彼の著書はどれも「トンデモ本」と称されているが、自らを“サイキック・エンタティナー”と名乗っていることからも、その手の話が好きな人にとっては彼の仮説、けっこうツボをくすぐられることが多いんだな(ちなみに、私はトンデモ本ってけっこう好きなんである)。ことにコロコロコミックに連載していた(らしい)「~の謎」シリーズは白眉(ホメ過ぎ?)。普通ならもっとイケメンに描けばいいのに、伊集院かカンニング竹山かといった丸っこいキャラで自分自身を登場させ(サングラスはせめてものオシャレか)、弟子(だから何の弟子なんだ?)のサイクローくんを引き連れキャトルミューティレーション-牛のどてっ腹にまぁるく穴が開いてるって、あれ-や恐竜の謎を追い世界を駆けめぐる。そして、恒例となった感もある「この○○の秘密は○年以内にNASAより公式発表されるであろうことをここに断言しておく」と結びのひと言。これだよ、これ!ここまでハッタリ効かせられたら、ハハーッとかしずくしかないって(笑)MMRもあすかあきおも、ロマンというにはちと仰々しいかもしれない。が、どちらも未知なる物への恐れと関心を抱かせる、言い換えれば想像力をかき立て広げるパワーがあったことは間違いない。特にMMRなんて、一応結論付けながらもカウント2.5で試合を放り出してしまうことも多かったしなぁ。あまり気合入れまくりで読みすぎると、自分自身がトンデモさんになってしまう危険性はあるけれど、仮説を楽しむにはまったくもって申し分ない。いや、ヘタにひたすらルーティーンワークで物語を消化させるだけのマンガや、青年マンガに傾倒したかのような作品にハマるより、よっぽど知的興奮を得られることは断言しておく。まぁつまるところ、1999年7の月に恐怖の大王が降ってこなかったのがこれらのマンガの衰退につながったんだろう(もっとも、実際に降ってこられても困っちゃうけどね)。しかしあれから10年近くを経て、よりいっそう複雑怪奇な社会と、ありえね~的事件が数多く勃発する今、あんがいタイムリーな新作発表の時期なんじゃないかな?やっぱり読みたいぜ、妙に気取ったキバヤシくんやナワヤ、イケダくんが活躍する(考えてみりゃ「怪奇大作戦」のSRIに雰囲気似てるな)MMRと、余裕でとんでもない説をドドンと発表してしまうあすかマンガ…。
2008.01.28
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ゴアの策略で笛の音を録音されてしまったマグマ大使。あ、マモルくんが呼んでいると火山島を飛び立ち、とある海岸に降り立った。しかし周囲に彼の姿は無い。海女さんを驚かせながらも、マモルく~ん、マモルく~んと呼びかけるが返事もない。マグマがふと見ると、波打ち際にテープレコーダーが回っていた。すると別な報告からまた笛の音が。急いでロケット体形にチェンジし飛んでいくと、次に降り立ったところはどこかの墓地。必死にマモルくんを呼ぶマグマ。だがここにも彼の姿は見えない。と、足元に(本当に足元に。はじめから気付けよマグマ)またしてもテープレコーダーが。そしてその正面、どこかの家の墓石には、ご丁寧にヘタうまな筆文字で書かれた“マグマ大使の墓”の張り紙が。基地に戻ったマグマ。アース様の「(略)…それで、ニセの笛の音にだまされたことに怒っているのじゃな?」の問いかけに、「私が怒っていると?」と最初は知らんフリをしていたものの、とうとう「はい、ついカーッとなって」と認めてしまう(ホントに“カーッとなって”と言うのだ、マグマが)。それを受けて、アース様の言葉。「そんな短気なことで人類が守れると思うか!(略)…おまえはまだ若い。短気は失っても、その若さだけは失わずにおれよ」うなだれるマグマ大使…。いや、さぁ。実にいろんな思いが交錯するな。まずマグマ大使って、普段はマモルくんをはじめとする人類に対し温和な立ち振る舞いをしてはいるものの、心の中では「おのれ~、また呼び出しやがって」とかなりストレス溜まってたんだなぁ。でもなきゃ、たった2回ニセの笛の音にだまされたからって、正義の味方が我を失うほど(テープレコーダーを放り出すほど)怒りゃしないもんなぁ。火山島のマグマ基地。マモルくんの笛にマグマ大使もハラハラしてたんじゃないだろうか?あっ1回鳴った。ガムか?んっ、2回鳴った。モルか私か?ゲッ、3回鳴った!私が呼ばれたのか、ハァ~(ため息)。な~んてね。だけど、そのストレスもわかるよなぁ。いつも呼び出されるのは人間の都合。自主的に基地を飛び立ち「やぁ、逢いに来たよ」なんていう訳にもいかないし(ガムやモルはたまに勝手に現れたりしたけど)、マグマファミリーでたまには団欒のひと時を…と思っても、そんな事情をマモルくんが知る由もなく、ピコピコピー!と呼び出しちゃう。あのずんぐりむっくりの巨体でアース様に説教されしょんぼりしている姿、妙に愛らしかったゾ。で、そのアース様の言ってること。なんか青春ドラマのワンシーンみたいなセリフだな。正義の味方を見守る立場のキャラで、こんな言葉を言えるってのもそうそういない。い~な~“若さだけは失わずにおれよ”。マグマが何歳かは知らんけど、宇宙も創造したとされるアース様から見れば、例えガムくんの父とはいってもまだまだ若造の域なんだろうなぁ。そして、ゴア様。それまで地球侵略に向けた数々の作戦ってけっこうエゲツないものが多かった。特に、青血病やツチラ菌などのバイオハザードを狙った戦法や、有名な人間モドキ作戦など、どこかの秘密結社のように“そこにアジトや秘密工場を造って何の意味があるんだ~?”的計画を企てるよりは、よっぽど侵略に対する本気度は高い。ある程度成功もしてたし。が、その反面…。墓石に張り紙だよ?別に、その紙に液体爆弾その他の罠があるわけでなし、単にマグマに対する嫌がらせにしかすぎない。半紙に筆に墨汁。ゴアか手下かわからんが、きっとどこかの文房具屋で調達したんだろう。そして、筆遣いを懸命に練習し、やっと書いてテープレコーダーも片手に張りに出かけて…。せこい!すばらしい!その無意味さ!ゴア様、よっぽど地球の、いや日本の文化に精通してんだね。ヘタな外国人よりよっぽど理解してるよ。あ、後に幾多の“悪の組織”も(あのショッカーとその系譜集団も)ヒーローに対して似たようなことしてたけど、ゴア様を見習ったな?ちなみに、笛の音を録音したゴアの手下を、若かりし頃の石橋雅史-「ジャッカー電撃隊」でのアイアンクロー役は最高!-が演じている。その仰々しい演技がここでも垣間見れる。その手柄をゴア様に絶賛されながら、最後はマモルくんに殴られガムくんの熱線砲であっさり消滅。いとあわれなり。てなわけで、こんな趣深いエピソードが観られるマグマ大使第43話「マグネット怪獣ジギラ現る!」第44話「マグマの使命」。マグマ大使怪獣の中でもマイナー極まりない怪獣が登場しながら密かな見所満載(ゴアのヒステリック度もこの2話が最高だ!)の、隠れた名作(&迷作)だった。機会があれば、ぜひ…!
2008.01.25
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ストーブを買ったぜぃ。今まで使ってたファンヒーターが、熱風出さずに不完全燃焼白煙を大量排出するようになったため、しばらくエアコンで暖を取っていたが、ダメなんだよな~暖まらん。で、電気店へGo!はじめは壊れたヤツと同じカラータイマー付きの新モデル(ちゃんと梱包箱にウルトラマンメビウスが載ってるヤツ)にしようと思ったが、ふと見ると同じ暖房機コーナーの一角に懐かしの石油ストーブが。しかも、同等の暖房能力を持ちながら、こっちの方が安い!妻と相談。で、即決!こうして、何年ぶりかで我が家にストーブ君がお目見えしたんである。電池と灯油をセットし、点火。すかさず燃焼塔(中央の、赤くあかく燃えさかるウルトラタワーみたいな、あれのこと)のつまみをガシャガシャと左右に振る。この、つまみを持って左右に振るっていうの、今の今まで火の回りを早くするためかと思ってたが、ちゃんと燃焼塔が芯の真ん中に乗ってるかどうかを確かめるためだったのか~、と、説明書を読んで初めて知ったよ(んっ?これ常識?)ボッボッボッと、懐かしい燃焼音が聞こえる。あ~ストーブの音だよなぁこれ…。改めて考えると、ストーブっての優れものだよなぁ。ファンヒーターやエアコンのようにデジタルチックな温度調節はできない。また今のご時勢、原油価格の高騰から電気式暖房器具への買い替えが進むなか、完全に時代と逆行してるのかもしれん。が、しかしだ。多少重いのをガマンすれば持ち運び自由。コンセントのない所でも平気で使える。地震などの被災時、これはありがたいね(といっても、震災で壊れちゃったらそれまでだけど)。万一セットした着火用の電池が切れても、灯油さえ入っていればマッチやライターで点火OK(火の取り扱いには気をつけて)。天板に水の入ったやかんを置いておけば空気の乾燥対策も万全だ。また、やかんの代わりにおでんや鍋物を乗せればずっと熱々のまま。ってことは、ガス代の節約にもなる。餅も焼けるぞスルメもあぶれる。ついでに手のひらだって焼けるぜ(経験者は語る。くれぐれもヤケドに注意だ)。焼き芋も…できるのかな?それになんといっても部屋を暖める速さがエアコンの比じゃない。火の暖かさって、特に今のような寒い時期には格別だね。あとは燃費がどうかってところだけど、まぁ今までのファンヒーターより極端に悪いこともないだろう。♪驚くほどに強いんだ~♪はゼンダマンのOPだけど、電気式の同器具に比べ驚くほどにシンプルだ~、な、その構造。い~んだい~んだ、温度調節のリモコンなどなくたって。手でダイヤルをひねればそれで充分。文明の利器という言葉は、今どきの電化製品にはチト似合わない。むしろこうした、少々アナログチックなものにこそしっくりくるんだな。だからどーした?と言われるとどうもこうもないんだが。というわけでストーブ君、これからよろしく頼むよ。我が家に暖かさという安らぎをプレゼントしてくれたまえ。あ、ひとつだけ難点が。ヨロタルがストーブ君を見て吠える。火を付けようとダイヤルを回すガシャガシャという音にまたいっそう吠える。反射板のおかげでこいつらの声が響く響く!あ~うるせ~!早くストーブ君に、慣れろ~!
2008.01.24
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ヤッターマン第1話を観た。といっても今回は旧作の方。最近CSのアニメ専門チャンネルで、あのリメイク版にタイミングを合わせたかのように始まったんである。う~む、スゴイ!どこが?といえば、リメイク版に比べ遥かに洗練されてるんだな、ストーリー運びが。うま~く約分された感のある展開と、それによって生み出された心地よいテンポが絶妙。おかげで30分間ダレない。残念ながらリメイク版、ここ負けてるね。「説明しよう」の富山敬さん、声が若い!アイちゃんはやっぱり岡本茉莉さんがベスト。ガンちゃんも、太田淑子さんの声は馴染むねぇ。そして、歌。世良ちんスマヌ!オリジナルはスゴイわ。久しぶりに聴いて、つくづく思った。「ヤッターマンの歌」♪ウーワンワンワン ウージンジンジン ワンと吠えりゃ(ワン!)ツースリー サイレンの音(ウー!)高らかに 地球の裏表(ビュン!)ひとっ飛び ただいま出動(オー!)ヤッターマン 仮面に隠した正義の心 ドロンボーたちをぶっとばせ エンジンブルブル絶好調 足を上げてチンチン 勝利のポーズだハイ!(アチョー!) 驚くほどに強いんだ ヤッター ヤッター ヤッター ヤッター ヤッターマン!♪「ヤッターマンの歌」って、ムダにカッコいいアレンジと演歌系節回しが入るメロディ、山本正之の、ちょっと高田純次エッセンスの入った軽さとうっすらした力強さが渾然となって、ヤッターマンでしかありえない奇特な1曲だよなぁ。なんかこう、腹の底から力が湧いてくるんじゃなく、「そんなにリキまなくてもいいじゃん」と、マジメくさってるのがアホらしく思えてくる、そんな感じ。まぁ毎日聴くには疲れちゃうクドイ灰汁があり(ってか、毎日聴くもんでもないだろうが)、Zやライダー、ギャバンetcの正調王道ソングとは一線を画すものの、アニソンらしさという点では負けていない。勝ってもいないけどね。あ、ちなみに♪勝利のポーズだハイ!(アチョー!)♪の“アチョー”は、今は亡き稀代のアクションスター、ブルース・リーの“アチョー”(怪鳥音)を指す。私たちの世代では共通認識なれど、今はわからん人もいると思うので、いちおう…。余談ついでに、その昔、強い男のマネというとみんなアチョーだった。思えばヤッターマンの前作、「タイムボカン」の挿入歌「チュク・チュク・チャン」から“アチョー”が登場してたっけ。さらに、ヤッターマンの後期主題歌「ヤッターキング」にも受け継がれてる。ヤッターマンまでのタイムボカンソング、けっこうアチョー率、高しなのだ。さてエンディングテーマは、今のリメイク版、なぜこの歌じゃなかったんだ~!と未だに思っている「天才ドロンボー」。「天才ドロンボー」♪スッタモンダ コッタモンダ ヤッタモンダ ヤッタモンダ コッタモンダ スッタモンダ 頭はさえてるよヘイヘヘイ アイデアバッチリよヘイヘヘイ 欲しいよ 欲しいよ ドクロストン 絶対もらうと決めちゃった ドロンジョ トンズラー ボヤッキー やられてもやられてもなんでもないない おれたちゃ天才だヘイヘヘイ ドンドンドロンボー スッタモンダ コッタモンダ ヤッタモンダ…♪山本正之、作曲にあたり「山賊の歌」でも参考にしたんだろうか?前作のエンディング「それゆけガイコッツ」の流れを組む(というより、イントロがほとんど同じ!)ダークでクライムチックな曲調に乗せ、なんともコメディ然としたフレーズが並ぶ怪作。だいたい、冒頭の♪スッタモンダ コッタモンダ ヤッタモンダ♪って、どんな意味だっての?しかしなぁ、これ、ドロンボー一味の雰囲気をうま~く表してるんだよなぁ。どこまでマジメかわからん(いや、やってるこたぁオチャラケながらもけっこう悪いことしてるけどさ)ながら、「ど~れおしおきだべぇ」と毎回のルーティーンワーク、ドクロベエ様からの不条理な仕打ちを食らってしまう悲哀も感じられて(それでいて♪おれたちゃ天才だ♪と自己PRしているところがなお、おかしくもあり悲しくもあり)、やっぱりドロンボーといえばこれでしょ!的な魅力に満ちあふれている。でまた、歌っているドロンボー三人がねぇ、良いんだよなぁ。そのボーカルの弾け方は後期エンディングの「ドロンボーのシラーケッ」でさらに爆発全開するんだが、この「天才ドロンボー」も捨てがたい味があるってもんで。彼らの悲哀は突き詰めたコメディの中からこそにじみ出てくるんだよな。ヘンに小洒落たしっとり系J-POPでは表現しきれない(いや、しちゃいけない)もんなんである…。とにかく、タイムボカンシリーズの歌はクドイ。続けて聴けば胸焼け必至。がしかし、たまにそのクドさに触れたくなるときがある。実際、そんじょそこらのアニソンには持ち得ないカラーがしっかり見えるから。結論。あ~今の小奇麗な絵でいいから、そのままオリジナルの歌が流れるオープニング、エンディング映像を観てみたい。せっかくあのクオリティでリメイクしながら、実にもったいないんである…。
2008.01.23
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以前にもこのブログで取り上げた人物、元日本コロムビアのディレクター木村英俊さんは、そりゃぁそりゃぁアニソンに対して心血を注いだ方だった。アルプスの少女ハイジや一休さん、キャンディキャンディにマジンガーZにガッチャマン…誰もが知っている、そして誰もが口ずさめる、昭和40年~50年代にかけての主だったアニソン・特ソンは、大半が彼の手によるもの(コロムビア販売のものに限るけどね)彼の著による「アニメソング-ヒットはこうして作られた」(角川書店・刊)を読むとわかるんだけど、どの歌もはっきりアニメソングとして認識し、アニメソングとして作ろう、という姿勢がうかがえる。無論その中には、アニソンボーカリストの発掘・育成も目的には含まれていよう。しかしあくまでも作成の中心には、番組の顔たるアニメ主題歌の、確固たる位置づけが間違いなくあった。そして、決して勘違いしてはいけないのが、アニメ=子供向き(特にあの当時の風潮として)だからと、その歌を軽んじる、手抜き作業、などといったものとは無縁であったということ。いやむしろ子供に聴かせるからこそ、本物志向に徹していたのである。歌とて商品。売らなきゃいけない。その、売るためのポイントを、木村さんはボーカリストの知名度や安易なタイアップにではなく、歌い手の表現力も含めた楽曲のクオリティに求めた。「おしえて」(ハイジOP)のヨーデル、アルペンホルンの音色。「原始少年リュウがゆく」で水木一郎を採用したプロセスと、彼の才能を信じて使い続け、アニソンの第一人者に育てたこと。「よあけのみち」(フランダースの犬OP)の製作苦労…。(イントロのフランドル語♪ラララ ラララ ジングンジングン クレーヌ ブリンダース…♪は、“歌ってちょうだいかわいい蝶々たちよ…”という意味。本編が悲しいストーリー展開なので、せめて歌だけは明るくしてあげたい、ってな意向だったんだそうだ)ご自身の娘さんの授業参観日、先生の「好きな歌をお父さんお母さんに歌って聞かせましょう」の言葉に、男子が秘密戦隊ゴレンジャーを、女子がキャンディキャンディを大合唱したのを見て“歌が子供に愛されるのは製作者冥利に尽きる思いだった”と著書で綴っている。いかにアニソンに、自身の仕事に情熱を燃やしていたのがわかるエピソードだ。だからこそ、ともすりゃ生まれる前の歌なのに今の若い人たちでも知ってる、歌えるなどといった、息の長いアニソン群が数多く生まれたんだと思う。そして、今でも私を含め、多くのファンを魅了し続けているんだよなぁ。今のアニソンに、そんな情熱が感じられるか?アニソンの、アニソン故のこだわりが、感じられるか?“主題歌”“副主題歌”として、番組の顔になっているのか?予算の面もあるだろう。タイアップその他の事情もあるだろう。それらを含めて、今どきのアニソンがどう検討され、作られているのか私は知らない。ただ、少なくても。かつてのアニソンを知り、それらを心の糧とし愛している私の耳には、アニソン故の情熱もこだわりも感じられない。主題歌という顔にも見えない。挿げ替えても違和感のまったくない主題歌なんて、主題化じゃない。現存のネームバリューに頼った(とした思えない)歌手が歌うアニソンなど、アニソンと呼びたくない。今のアニソンが、この先10年賞味期限を保っていられるのか?使い捨てのように、番組終了と共に鮮度が落ちやしないか?このドラマにはどうしてもこの歌じゃなきゃダメ、と、自他共に認められる曲がどれほどあるか?一部のマニアと話題性に凝り固まってることはないか?過去の資産を、宝を、功績を安易に喰い散らかしちゃいないか?求む!木村さん魂! 求む!アニソンらしいアニソン!
2008.01.21
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前回からの続き。献血で私がひとつだけ苦手なもの。それは…あの針を刺される瞬間。そう、私は注射の類が苦手なんである。まぁ打つ人はともかく、打たれる側でこれを得意としている人もそうはいないよなぁ。昔むかし、小学1年の夏休み直前。近所の友だちと学校のプールへ泳ぎに(いや、まだあの頃は泳げなかったから-はじめて50m泳げたのは小6の時-水浴びだな)行った私は、横っ腹にイヤな痛みを覚えた。プールサイドで横たわっていても直らず、すぐに帰宅。痛みがひどくなってきたため親に学校近くの病院へ連れて行かれた。診察の結果は、虫垂炎。盲腸だ。直ちに入院。麻酔を打たれてそれでも睡眠。で、目が覚めたら。そこは手術室だった!スッポンポンで手術台の上、横向けに寝かされてたんである。見えるのは医者と看護婦たちだけ。見知った顔は皆無。当然親もそこにはいない。で、背中に激痛!何かが刺さる感覚!まぁ後から聞けば、それは麻酔薬の注射だったらしいんだが、とにかく痛いイタイ!ショックと痛みで泣き叫んでも、容赦なく背中へのアタックは続く。なおも泣きわめき暴れる私(実際、夏だというのにやたらヒンヤリとした手術室の感じや背中にブツブツ刺さるあの感覚、今でもはっきり覚えてるぞ。忘れたいのに…)結局、これも後で聞いた話だけど、あまり暴れる私に手を焼いたのか、手術は中止。私はと言えば、麻酔効果でなく泣き疲れて寝てしまった…らしい。次に目が覚めたら、病室のベッドにいた。浦島太郎の絵の枕を頭に。両親と、たしか婆ちゃんも枕元にいた気がする。こうして私の恐怖の一夜が終わった。窓から見える運動場には、先生と児童の整列している様子があった。この光景もしっかり覚えてるぞ。生涯初めての小学校の終業式には参加できなかったんだよなぁこのおかげで。ちなみに、今も私のお腹の中には盲腸くん、しっかり居座ってる。長い付き合いだぜ。しかし、手術室で目覚めたのが腹を切られてる最中でなくて、つくづくよかったぜ…。でもって、この時の恐怖のせいか、やたら注射にビビる体になってしまった(哀)風邪引いて熱が出たときには、「帰りに本買ってくれなきゃ絶対病院には行かない!」という、おまえ何様だ!的主張を毎回母親に突きつけたし(この癖?実は今でも残ってる。何かの拍子に病院へ行ったその帰りには、どれだけ熱があろうと悪寒がしようとも、本屋に駆け込んでしまうのだ。そして、絶対手ぶらじゃ帰らない。最低1冊、本でもマンガでもなにかしら買っていかないと気がすまないのだ…成長しないヤツだな私も)、学校でインフルエンザの予防接種のプリントが配られたりしたら、注射の1週間も前からドキドキしてたもんな。『あぁ、次に仮面ライダーを観られるのは予防注射が終わってからなんだよなぁ』なんて、仰々しくため息ついたり。だいたい、人に針を刺すなんざ、狂気の沙汰だっての!何がうれしくてあんなヤバイものぶっ刺されにゃイカンのだ!薬の投入ったって、飲むなり塗るなり他に方法はあるだろってーの!…なんて思いが、40歳を過ぎた今でもなお、心の片すみに存在している。献血ったってさぁ、どこかのロボットアニメみたいに、胸のふたをパカッと開けて、さぁどうぞ好きなだけ~、なんて具合にできたらいいのになぁ。もちろん、無論、あったりまえの話、子供の頃みたいにビビる様なことはないけどさ、でも“注射”と聞くだけで1mmくらいは密かにファイティングポーズをとってしまう(むっ、殺気…、みたいなね)こんな私が、情けないやら恥ずかしいやらだ。と言いながら、半年後にはまた献血するつもりだけどね。くそう、注射なんかに負けてたまるか。おのれ~、いつか倒してやるぜデストロンの怪人ドクバリグモめ~(なんだそりゃ)
2008.01.19
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会社で献血をした。ここ数年、半年ごと定期的にやっていて、今回も400ccを献上仕った。普段の生活でまとまった量の自分の血を見ることもない(紙などで小さな切り傷を負う、なんてことはよくあるけどさ)ため、毎回いつも袋に送り込まれる赤い液体を不思議な気分で見つめてしまう。パンパンに入ったあの袋、もしも頭からかぶっちゃったら「キャリー」かプロレスラーだな、なんて思いながら(アブネーやつだね)。人の血液って、ひとり平均4リットルも5リットルもあるそうな。で、たかだかその10%弱を抜いただけなのに、その時々で終わったあとの体調がけっこう違うのな。いつだったか、採血の途中からどうも妙な感覚(貧血っぽいというか、のぼせてきたというか)になって、献血バスから降りたときにはフラフラしたこともあった。あのときは寝不足だったか疲れがたまっていたのか…。というと、思い出すのがマジンガーZの熱血パイロット、兜甲児くん。マジンガー映画の中でも最高傑作「マジンガーZ対暗黒大将軍」のワンシーンだ。戦闘獣の襲撃によって光子力研究所が壊滅的ダメージを受け、その瓦礫で重傷を負ってしまった彼の弟シローくん。輸血が必要となり、甲児くんが戦いの傷と疲労を抱えたまま病室のベッドに横たわる。そして昏睡状態が続くシローくんにつぶやく。「シロー、早く良くなるんだ」←この言い方が何気に甲児くんらしくていいね。で、そこから先はもう名シーン名セリフの続出なんだけど、大量の輸血でさらに体力ダウンの甲児くん、修理半ばのマジンガーZで戦闘獣軍団に立ち向かうため、決戦の地へおもむく際、昇る朝日に目がくらんで…。あぁ、どこまでも体を張って戦い抜いた甲児くん。キミこそ正真正銘のヒーローだぜ!Zも、彼がパイロットだったからあれほど光り輝いたってもんだ。もしこの映画、未見の人がいたら何を差し置いても観るべし。いや、活目して観るべし。これを観ずにスーパーロボットは語れない。真のヒーローの姿がここにある!!おっと、つい脱線が過ぎたかな。あ、輸血と言えば、よくショッカーが血液交換だの怪人が生き血を吸うだの改造手術をするだののシーンのとき、血液が管を通る際プォーォーなんて音がしていたな。ありゃなんの音だったんだ?輸血マシン(?)の機械音?それともまさに血液が流れる音?もしそうなら、あのライダーワールドにおける献血車の中はプォープォーうるさくてたまらんだろうなぁ(血の濃さなどによって音色が変わったりしてね)話を戻そう。ま、今回は体調不良にもならず、無事に終了。ジュース2本と携帯歯ブラシをもらって献血バスを降りた。よかったよかった。しかし改めて思うが、この献血、いやさ輸血ってものを考えた人って、スゴイよなぁ。だって手術なんかで血が足りないときに、他人の血を入れちゃうんだよ?どっからその発想が浮かんだんだろう。A型の人にB型の血はあげられない。今でこそ常識になってるこの互換図も、血液(ってか人体)のしくみが解析されるまではなかっただろうし。とにかく、今は慢性的に血液のストックが足りないようで、献血によって集められた分も数日を待たずしてすぐ必要となってしまうほどだそうだ。ボランティア、助け合いなんて盛んに言われながらこの血が足りない状況ってのもなんだか不思議なのだけど、みなさん機会があったらぜひ、ってところだね。やらずぼったくりの訳わからん税金と違って、お金のかからない助け合いだから。…ただ、ねぇ。ひとつだけこの献血に対して苦手なこと(ってか、もの)があるんだな私には。それは…(以下、次回!)
2008.01.18
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それは、とある家具センターに行ったときのこと。妻と「ソファはやっぱり背もたれの高いヤツがいいよなぁ」などと話しながら、色とりどりに並んだそれらの座り心地を確かめながら店内を歩いていると、ひとりの店員が何の前触れもなくスッと近づいてきて、「このソファはデザインが売りで…」などと語りだした。一瞬、誰に向かって言ってんだ?とあたりを見回したが他にお客さんは見当たらず、あぁ私たちに言ってきたのかと合点。別にその日は買うわけでもなく、単に値段や大きさなんかを見に、まぁ冷やかし半分で来たってこともあり、適当にフーンとかヘェーとか相槌打ちながら、さらに妻と見て回った。と、その店員(男)がずっとついてくる。ひとつ腰掛けるたびに「こちらのソファは…」と懇切丁寧な解説を。なんかウザいなぁ。こちらは好きに見たいんだが。で、店員に言った。「今日は買うつもりで来たんじゃないから好きに見させてくれよ」はい、どうぞごゆっくり、との応え。あぁやっと解放されると思い、店の奥に足を運んだ。が、そいつは相変わらず後をつけてくる。そして今度は、私たちが座るまでもなくその商品に近づいただけで「こちらの商品は先ほどのものとちがって…」と、頼んでもいないのにまた説明。人感センサーつきのおもちゃみたいだ。そのうちそいつ、「新築ですか?ご結婚ですか?」「お部屋の広さはどのくらい?」「ご予算は如何ほど?」「どの辺に建てられるのですか?」なんて訊ねてくる始末。な~んでおまえにそこまで教えにゃならんのよ。少々憮然。それでも私はできるだけおだやかに言った。「親切な説明ありがとう。けどさっきも言ったとおり今日は買わないよ。ただ見に来ただけだから。まぁ検討もするけど今日は好きに見させてくれ」はい、わかりました。表情ひとつ変えずに店員の返事。なおもその場に佇むそいつを後に、いつのまにか姿を消していた妻を捜すために私はその場を立ち去った。そして合流。しつこかったな~今の店員、なんて言いながら、まぁもう少し見てから帰ろうと、さらに店の奥、輸入品のソファが置かれたコーナーへと移動。こんなに高価なソファじゃウチにはもったいないよなぁ、ってか、ここまでソファにお金は掛けられないって。それでもしつこいしつこい説明地獄から逃れられやっと一息つけてやれやれと思った瞬間。「そちらのイタリア製のソファは…」ゲッ!その声は!!まさかと思いながらも声のする方をちらりと見ると…いたのである。さっきの店員が。お、おまえいつのまに!完全に巻いたと思ったってぇのに。なんで私たちの居場所がわかった!?(いや、わかるだろうけどさ)よくホラー映画なんかで、悪者やゾンビや妖怪から命からがら逃れ、ため息ひとつついて横を見るとそいつがニタニタ笑ってた、なんてショッキングシーンが出てくるけど、リアルにその気分。ゾッとしたね、正直。もういいっての。うんざりと恐怖。店員を無視し、私と妻はベッドの展示してある上の階へ…。さすがに結界がはられていたのか(んなバカな)、そこまでゾンビ店員は追いかけてこなかった。が、そのベッド売り場をテリトリーに持つ別なゾンビ店員から同じ攻撃を受けるハメになろうとは、私も妻も予想だにしなかった…。手軽にホラーな気分を味わいたかったら、ぜひ藤枝市の某所にあるその家具センターへ行かれたし。私たちは二度と行かんけどね。…それとも、あの家具センターに行った私たち、よっぽど不審者に見えたんだろうか…?最後に、ぜ~んぜん関係ない話。今日の「クイズヘキサゴン2」意外なゲストがふたり登場。ひとりは、あら珍しい、ささきいさお。たった1問回答しただけで、この日のセリフ(違うって)は終わり。なんだかなぁ(笑)そしてもうひとり。さらに珍しや、フィンガー5の晃くん。マジに紳介が言うまでわからなかったほど、変わり果てた姿に…。そして、彼もけっこう…(以下略)しかしこのヘキサゴン、段々おバカキャラのイジリ倒しに特化してきたなぁ…。
2008.01.16
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我ながら不思議だったんだが、ひそかに放送前ワクワクしてたんだよなぁ、ヤッターマン。旧作(というか初代というか、70年代に放送していた、あれね)を観ていたときは、そしてその後もずっと、タイムボカンシリーズ、周りで言うほどおもしろいとは思ってなかったのになぁ。いや、つまらなかったわけじゃないよ。楽しめたし、シリーズもヤットデタマンあたりまで観てたし。ただ、伝説の、とか、あの名作が、なんて括られるほどかなぁ?って感覚があったのだ。とにかく、ひとまず、なにより、すなわち、午後7時、テレビの前に座り、そして、観た。けっこうおもしろいじゃん。やっぱりさぁ、ドロンボー一味はあの声でなきゃね。アイちゃんガンちゃん、オモッチャマ、ヤッターワン、そしてナレーションと、神起用された声優陣も違和感なく観られてよかったヨカッタ。旧作にくらべ、ちょっとPOPになったかな?それもOK!悪ノリテンションの高さ(←これ、ヤッターマン最大の魅力のひとつじゃないかな?)も昔のまま。しっかりオダテブタも出たしなぁ。ビックリドッキリメカ登場前のファンファーレもあったしなぁ。ヘェ、今回はドクロストーンじゃなくドクロリングなのか。商品化をにらんでる?主題歌はなんと、アコースティック&ブルージーな「ヤッターマンの歌」。♪ワンと吠えりゃ(ワン)ツースリー♪を、世良ちんんが渋くキメている。これ、気に入った!劇中ドロンボー一味が活躍(?)するシーンでは、あの♪ドンドンドロンボォ~♪モチーフのBGMもかかって、これもマル。あぁそれなのに…エンディングテーマ、やっぱり今どきのJ-POPに成り下がっていた~!これ、唯一のペケ。エンディング映像は旧作の最終回ラストシーンその後…ってな感じと言えばそうなんだけど、やはりここはあのドロンボーソングで締めてほしかったぞ。とはいえ、ウマくリメイクしたなぁ、ってのがとりあえず総括的感想。今風な演出もそこはかとなくあったけど、な~んにも考えずに観られるアニメってのがいい感じだ。あ、そうそうスタッフのお遊びだろう、ハクション大魔王(&アクビちゃん)とグズラ(おらぁグズラだ)がワンカットだけチョロっと出てたっけ。魔王はともかくグズラってのが少々マニアックだったな(他にもタツノコキャラのカメオ出演、あったのかな?)ということで、リメイク版ヤッターマン、好印象。今後ゾロゾロとヤッターメカも増えていくんだろうな。新しいヤッター○○ってのも登場するのかなぁ。旧作同様、息の長いシリーズとなりますように。ところで、一緒に観ていた妻が私に言った。「このアニメって、あなたテイストだよねぇ」ギャグやノリやヘンテコな言葉(スカポンタンだのアラホラサッサーのたぐい)が、私ヤエモンジっぽいんだと。う~む、これって光栄なことなのか、それとも血相変えて否定すべきなのか…(うれしくないといえばウソだけどね)
2008.01.15
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やたっ!やっとGETできたぜ愛しのプリズ魔くん。ウルトラ怪獣が続々と食玩になっていくなか、一日千秋の想いでこの日を待ち望んでいたぜ。ウルトラマンのフィギュアがちと邪魔なんだが(できれば単体が欲しかったのダ)、まぁ贅沢は言うめぇ。とにかくウレシイったら!思わず携帯で写真撮っちまっただよ。確かこんなショット、劇中にあったよなぁ。どうだいこの氷砂糖のオブジェみたいなフォルム。宇宙戦艦ヤマトの第一艦橋を髣髴とさせる頭部(?)のシルエット。新マン(帰ってきたウルトラマン)を一度は撃退させ、さらに今は無き後楽園球場での再戦では新マンに一か八かの賭けまでさせた、その強さ。こんな顔も手足もないスタイルをしていながら、時々甲高い声で“オーローラー”と鳴く(注:このフィギュアは鳴きません)、まさにセンスオブワンダー、神秘・驚異に満ちあふれた、我がウルトラ怪獣ベスト1に輝く(もっとも光怪獣だから黙っていても輝いているヤツなんだが)プリズ魔くんなのであった。…まぁ、こいつをベスト1に挙げる人っていうのも他にはいないだろうなぁ。新マン怪獣の中でも案外マイナーなヤツだしなぁ。いや~しかし、ここまで造形化されるなんざ、食玩界もやるもんだねぇ。いい時代になったもんだ…。
2008.01.13
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においって、瞬時に昔の記憶を蘇らせる力がある。石油ストーブに点火した瞬間のそれは、小学1年生の冬に手のひらを天板につけ(つまずいてよろけたとき手をジュッとね)ヤケドした時を。仕事前の自動車工場の、オイルやグリスのニオイは中1の時知り合った友人の家にはじめて遊びに行ったときのことを(その友人の家はモータースだった)、夏の草いきれのそれは安倍川の花火大会を…。バスクリンのニオイ、石鹸のニオイ、餅の焼けるニオイ、たき火のニオイ、古本屋のニオイ、畳のニオイ、消しゴムのニオイ、ニベアのニオイ、まぁ挙げればいくらでも…ってところだけど、案外、けっこう、とりあえず、記憶・思い出に直結するニオイってあるもんだ。もちろん、記憶呼び覚まし装置ってのを抜きにしてもニオイって大切なもので。鼻をつまんで食べればどんな贅沢な料理でもまったく美味しくないし、ビロウな話で申し訳ない、ウンチやオシッコのニオイで健康状態がわかるってのも、ある。昨今のアロマテラピーを挙げるまでもなく、ある種のニオイは気持ちを落ち着かせる効果があり、いやそれどころか人の感情すらも時に操ることができるほど。ま、できれば自然のニオイが人には一番いいんだろうけど(どれだけ高価な芳香剤も、本物のキンモクセイの香りにゃかなわないってね)、とにかくニオイってのは生きてくうえで大切なもん、なんである。でもって、ニオイが大切ならそれを嗅ぎ分ける力もまた重要。目の前の危険を察知し回避するためには、目や耳と同じくらい鼻も…だ。さて。自然回帰だか“○○にやさしい”だか、“無臭”って発想がある。臭わない快適空間ってやつだ。そりゃまぁさ、一度嗅いだだけでオエッてなっちゃうニオイや頭痛くなっちゃうような香水の残り香は確かに困りものだ。昔会社にいたなぁ、深夜の夜汽車以上に長いながい余韻を残す、ベッタベタに“あんた明らかにつけすぎだよそりゃ”的に香水のニオイを振りまいていた女子社員。あそこまでいくと“匂い”より“臭い”だった。物理的暴力すら感じるほど…。でも、それも程度の問題。徹底的に無臭にこだわるよりも、少しは良い匂いも悪い臭いも残しておいた方がいいと思うのだが?以前、チャフィーさんがブログに書いていた“ニオワ納豆”。そこまでして臭いを取っちゃうのって、やっぱりどう考えたって不自然だもんなぁ。穿った見方だけど、あんまりニオイを消していっちゃうと、嗅覚の能力も衰えて、危険を嗅ぎ分ける力までなくなっちゃうぞ?…いや、今の世の中、どうも昔にはなかったいろんな面での“親切さ”“便利さ”“快適さ”ってやつが、人が本来持っている能力を低下させてる気がして…。
2008.01.11
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ウルトラマンタロウを観ていたら、ある回でこんなシーンが流れた。ヤプール人(前作ウルトラマンAの宿敵だ)の残党に操られた怪獣ベムスター(ヤプールが操るのは超獣だろっての!ったく、製作スタッフのいい加減さったら)が、ZATの宇宙ステーションを壊滅させ地球に飛来した。で、ZATの作戦室。副隊長をはじめ隊員たちがベムスターについて話し合ってる。「ベムスターといえば、かつてウルトラマンを倒したほどの強敵じゃないですか!?」「そうだ。ウルトラセブンの力を借りてやっと倒せたほどの恐るべきヤツだ」そしてモニターにはかつての映像が流れていた…。あ、ここで注釈を入れると、セリフにもあるとおりベムスターって怪獣は「帰ってきたウルトラマン」(新マン)に登場した、ファンならおなじみのメモリアルモンスターである。何がメモリアルかと言えば、初めて既存のウルトラ兄弟(セブン)がゲスト出演した、ということだ。それまでは、初代ウルトラマンにしろセブンにしろ、作品での共演が一度として無かったんである。ゾフィーも初代ウルトラマンの最終回で初登場したときにはまだ「だれだこいつ?」的キャラ。いわば単なるウルトラマンに似たひとり、ってな扱いだったしね。それがこのベムスターが初登場した新マン第18話、タイトルも「ウルトラセブン参上!」でセブンが客演したのを皮切りに、同番組屈指のヒール宇宙人ナックル星人のエピソードでの、初代マン、セブンの新マンとの共演(この三人、どうしてもライダー1号2号&V3とダブるんだよなぁ)、そして次回作ウルトラマンA第1話を経て、“ウルトラ兄弟”という概念が確立されていったのである。で、話を戻すと。ZATのモニターにはベムスターに翻弄され苦戦を強いられる新マンの様子が。そして次の場面では…。なんと、セブンが新マンにウルトラブレスレットを渡すシーンが流れたのである。ZATのモニターで!(このブレスレットで新マンはベムスターに勝利した)じっとその様子を見つめるZAT隊員たち…。いや、さ。ZATの諸君がその様子をモニター越しに見てるってことは、あの作品世界の誰かが新マンとセブンの邂逅を撮影してたってことだよなぁ?カメラマンはいったい誰?当然ながら東光太郎くん(言わずと知れたウルトラマンタロウ)も仲間と一緒にそのシーンを見ていたのだが、彼の胸中は如何ほどか。さらに一連の映像を観終わって、隊員のひとりが言った。「ウルトラマンのブレスレットのエネルギーはすでに解析済みです!」…あの~、新マンのブレスレットといえば、そりゃ~そりゃ~スゴイ武器だったんだぞ!?多くの怪獣を倒した万能アイテムだったんだぞ!?相手がZATだから平気でイチャモンつけてやる。そんなブレスレットを解析できるほどの科学力を持っていながら、おまえら自ら怪獣を倒したことなんてないじゃんよ!それだけ優れた科学力があるなら、とっとと強力兵器の開発に応用しろ~!!宝の持ち腐れとはまさにこのこと。あ~あ、これだからZATってぇのは…。※まぁ、先回のブログではないけれど、あの当時再放送でもない限り昔の映像も観られなかったし、再生怪獣が出るってこともあり子供たちへのサービスシーンって意味があったんだろうけどね…。
2008.01.09
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そういや“カラーテレビ”って言葉を使わなくなったのはいつ頃からだろう?しかし今思えばスゴイ言葉だよな、カラーテレビ。ただの“テレビ”じゃないんだぜ?なんたって“カラー”な“テレビ”なんだぜ?…もちろん1960年代の産物的言葉だってのは承知。今じゃ(いや、けっこう昔から)テレビはカラーがノーマル。ワンセグなる携帯で見られるテレビでさえ映像でさえカラーがあたりまえだもんなぁ。いやはや改めて科学の進歩、技術の革新を感じざるを得ない。我が家にはじめて“カラーテレビ”がやってきたのは小学5年生のころ、だったと思う。遅い方だね。それまでは白黒テレビのブラウン管(←この言葉も今はほとんど死語と化してるな)の前に、ちょうどサングラスをかける要領でラベンダー色のアクリルスクリーンをたらし、発色のどぎつさから目を守っていた。よって、ウルトラマンも仮面ライダーもマジンガーZも、薄紫がかったモノクロ映像で見てたっけ。ついでに言えば、そのころの画面サイズは16か18インチ。20型なら小金持ち、それ以上のサイズがある家は大金持ちって認識が、少なくても当時私が住んでいた町内半径3km以内にはあったような…。いや~カラーテレビ、あこがれだったな。初めてカラーで見たデビルマン、興奮したもんだ。ステレオにしても、そう。ウチにはじめて外部端子の使用やスピーカーに内蔵マイクをくっつけて、という荒業ぬきに、そのままレコードから録音できるカセットデッキ(ま、ふつうに言えばオーディオコンポってやつですな。ステレオにして、立つ!)が来たのは私が高校1年の春。入学祝に買ってもらったときだ。これもまた感動した。録音中しゃべったりテレビをつけていても関係なく、しかもモノラルでなくステレオ録音ができる。いやもう狂喜乱舞の域だった。CD、MD、ましてやi-podなど、まだま~ったく影も形もなかったころのこと…。カセットデッキが手に入ったら次はビデオデッキ。中学の時に友人の家でその存在を知ってから欲しくてたまらなかった(なんたってカセットテープにじゃなく、ってことは音源だけでなく映像までレコーディングでき、好きなときにいつでも何回でも見られる…まさに夢のマシンだった)このビデオデッキ。「コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ」と、めずらしくドリフの仲本工事がひとりでCM出演した、それでも廉価版とも言えるデッキ「マックロード」が発売されてもなお、まだまだ自前で買うには高嶺の花だった(まぁ廉価版ったって気安く買える値段ではなかったしなぁ)。欲しいほしいと思いながら、やむなくテレビからカセットで再放送のウルトラセブンだのジャッカー電撃隊だのを録音してたっけ。それが、ようやくそれが私の部屋に来てからは状況が激変。あれは20歳すぎのころ。120分のビデオテープが1本1280円だった時代。小遣いの大半がテープ代に消えたっけ。当時、私は社会人。そう、本とレコードとビデオテープに、青春とお金のほとんどを費やしたのさ…。…いやね、こないだ電気店に行って46型やら50型やら、プラズマだハイビジョンだのとバカでかいテレビを見ていたら。二束三文(は、言いすぎだけど)で売られているコンパクトサイズのCDMDデッキを見ていたら。ブルーレイだの○○○GBHD搭載のビデオデッキを見ていたら。急に昔のテレビが、カセットコンポが、ビデオデッキがいとおしく思えてきてさ。今度、昔に戻った気分でビデオのウルトラマン、白黒画面で観てみようか…。
2008.01.08
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何年ぶりかで今年の正月、「オールスターかくし芸大会」を見た。いや、ま、見たくて見たわけじゃなく、実家から帰ってテレビをつけたらたまたま放送していて、そのまま最後まで…っていうパターンだったんだが。それにしてもMrかくし芸と称されているマチャアキ、いつのまにあんな上等な格付けされるようになったんだ?なんかもう、彼の持ち上げられ方って他の演者とは別格。私がよく見ていたころ(まだハナ肇やドリフがハバをきかせていたころ、って、すんげ~昔だな)から出演しているんだから、そりゃ大御所といっても過言じゃないけどね、マチャアキって。しかしまぁ、あの雰囲気、昔とあんまり変わらないのな。どこがかくし芸だ!?とつっこみ入れながら、それでもスゲーなーとそれぞれの演目に感心しながら案外(失礼!)楽しめた。特に、私が昔、卓球部に所属していたこともあって、ホンジャマカの恵が演じた「ラリレオ」が気に入った。卓球の曲芸ラリーと思しき技で、いつか機会があったら私も挑戦してみたいと思ったゾ。んっ?そういえば高橋圭三さんや芳村マリが審査員からハズれたのっていつからだ?もうひとつ“そういえば”で、今って「○○語劇 『インディジューンズ』」のたぐいの寸劇、やんないのな。あれ、昔は楽しみだったのになぁ(考えてみればあの演目、“どこがかくし芸?”の最たるもんだったな。でも好きだった)さて昔むかし、かくし芸って、出演者のゴージャス感が楽しみだったってところもあった気がするな。あの人とこの人と、へぇ~こんな人まで共演すんの!みたいな、ね。もちろんそこで披露される技の数々にも目を奪われたけどさ、ドリフとクレージーキャッツの共演だとか、アイドル大集合的演目構成など、いや~さすが正月だね~といったきらびやかさが(まさに正月ならでは、というか、そうしたきらびやかさに正月を感じてたというか)よかったなぁ。ましてあのころはまだタレントと視聴者との距離が今ほど近くなかった時代。だから余計にスゲースゲーと見ることができた気がする。それが今は(あえて乱暴に括ってしまおう)普通のバラエティ番組とほとんど変わらない顔ぶれ。ゴージャス感も3割減ってとこ、あった。ま、その分技を見ることに集中できたってことも言えるかもしれんけど。今回は久しぶりっていうこともあって最後まで飽きずに見られたものの、来年また見たいか?といえば、ん~どうでしょう?だ。いやその前に、来年も放送されるかどうかだね。それでもやっぱり残って欲しい番組ではあるな。見る見ないは別として(って、それじゃ番組自体もフジテレビも困るだろっての)ただ正月の新聞のテレビ欄にそのタイトルが載ってるだけで、なんとなく正月っぽさを感じられるから。それと。時々BSで昔の紅白歌合戦を放送することがあるけれども。フジテレビでもCSチャンネルを持ってるんだから、昔むかしのかくし芸を放送すればいいのに。やったら、見るぞ!!玉川良一とマチャアキの本気さながらのケンカシーン!
2008.01.07
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今でこそ女性エンジニアも普通になり、つまり女の子が着ていても違和感ない時代になったけど、その昔ツナギってのは男の作業着だった。私もかつては仕事で袖を通したことがある。着慣れないうちは異様に肩こりがスゴイ。が、それを過ぎると…楽チンなんだよなぁ。他には何も着られなくなっちゃうほど。困るのはトイレだけ。今はYシャツにネクタイで仕事するようになったけど、できるもんならツナギのまま仕事したい、と未だに思っている。1970年代当時、ツナギを着た人と言って思い出されるのはダウンタウンブギウギバンドか早川光くん(漫画「750ライダー」)か。あ、レーサースーツもある種のツナギだね。と、まぁツナギ=男の制服。それを女の子が着るってのは、だから一種の倒錯した世界だったんだよな。そしてふと思うのだが。昔から私は帽子をかぶった女の子ってのに弱かった。それもハットでなくキャップ。長い髪の上にちょこんと乗っかった野球帽…い~な~かわいいな~、なんてね。考えてみりゃこのキャップってのも基本的には男の子のアイテム。それをあえてかぶってる女の子…。ぅおぅ!私ってヤツぁ。さらにアイマスク。その正体を隠すための、最小のアイテム。赤影やリボンの騎士、シモーヌ(ラ・セーヌの星。そういやシモーヌも帽子をかぶってたっけ)や美少女仮面ポワトリン。団時郎の怪人二十面相に、あ、ガンダムのシャアもそうだったか(アニメファンが真っ先に思いつくキャラって、普通はこいつなんだろうなぁきっと)。共通するイメージは、ムムッおぬしできるな!?ひそかな実力者というか、ワンランク上のレベルの強者というか。さて、賢明な読者の方ならここまで読まれてきて、あるアニメキャラを思い浮かべられたことだろう。チャームなツナギを身にまとい、アイマスクの上にはイカしたキャップが乗った女性キャラクター。そう、ヤッターマン2号にしてチャフィーさんのお気に入り、その名もアイちゃん12歳(12歳!?)実写やアニメでのリメイクが報道されているヤッターマン。あの大いなるワンパターンストーリーとタツノコ悪ノリベタベタギャグが今どれほど受け入れられるか定かでないが、せっかく復活するならドーンと人気も出てほしいもんだ。でもって、実写はともかく(あんまり関心や期待がわかないもんで)、アニメに関して是非!と熱望するのが、オリジナルと同じ声優の起用だ。残念なことにかつてナレーションを務めていた富山敬さんが鬼籍に入られているので完全オリジナルってわけにはいかんまでも、せめてドロンボー一味とアイちゃんは元のままでお願いしたいんである。アイちゃんってキャラ、先のツナギ&帽子&アイマスクに加え、月美ねえちゃん(byてんとう虫の歌)でおなじみ岡本茉莉さんの、清楚でリンとした声だからこそ魅力倍増、だったもんなぁ。もしもムリなら、せめて彼女に似た声の人が担当してほしいと切に願うものなり~。あ、そういやもうひとりヤッターマン1号ってのもいたな。なんてったっけ…あの…ほら…あぁ、ガンちゃん。ま、ガンちゃんはどーでもよろしい(ウソウソ、できればこちらも藤田淑子さんを希望、だ)とにかくドロンボー一味&アイちゃんはぜひぜひオリジナルで。あと山本正之の超脱力系主題歌もね(ヘタに今時のJ-POP風なやつにしないでくれ~)あぁ、こんなこと書いてたらヤッターワンの超合金(の類い)がちょっと欲しくなってしまった…。
2008.01.05
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あぁ、正月も三が日が終わってしまったなぁ。しかしこの3日間って、年々“正月らしさ”が薄らいでいくのはなぜだ?お年玉をもらえなくなったせいか?年末年始の正月番組に思い入れがもてなくなったからか?(←これ、また改めて書いてみたいぞ)ま、いずれにしてもこの年末年始の休みは掃除と家とでバタバタ&あれよあれよ&あっという間&いつのまにか過ぎ去っていってしまったな。良いことも悪いこともあったけど、どうか無事に1年過ぎますように。ところで。長編アニメ映画などへの声の起用でいわゆる“タレント”がよく抜擢されているが、それに対して本職の声優陣が「おれたちの仕事がなくなるじゃないか!」と苦情を言ってるそうな。わっはっはっは。スマン、必死に抗議している(と思われる)その声優諸氏には申し訳ないのだが、思わず笑ってしまったわ。そんなの、今に始まったことでもないってのになぁ。いやそれ以前の問題で、先に領域侵犯を冒し本来の声優業からタレント業界に進出してきたのはみなさんの方だろうに。誰がそういう苦情を言ってるのかそのニュースではわからなかったが(よもや日本アニメ黎明期から現在も活躍している方々ではなかろうけど)、なんかひっかるものがあるぞ?私が高校生のころ(だから20年以上も昔のことじゃ)、「第1次声優ブーム」なるものがあった。折からの宇宙戦艦ヤマト、あるいはガンダムに端を発するアニメブームからの流れでそうなった、ものだろう。とにかく凄かったのよ。アニメ雑誌には、今では大御所と呼ばれる(イコール、私たちの世代ではその声に馴染みの深い)ボイスアクター、アクトレス達のブロマイドが付録に付き(中には、誰とは言わぬがホントにあなたその顔でブロマイドになってもいいのか?的な人たちまでも。アイブレッサー・ライポゥ!)、レコード店にはその声優たちのイメージアルバムとも言うべきLPレコードが並び(無論アニメとは無関係な歌やレコード寸劇などが収録されていた)…。これらのことを悪く言うつもりはないよ。がしかし、これって領域侵犯以外の何物でもなかろう。その際タレント業界は声優陣に文句を言ったか?余談だが、我が永遠のアイドル堀江美都子さんのブロマイドなら何枚付録に付いてもウエルカム大歓迎!だったなぁ。どう贔屓目抜きに見てもルックス良かったもんなぁ。あのころよく雑誌の切抜きを下敷きにはさんでいたもんだった。その後のアニメ業界、特に女性声優のアイドル化は、アニメファンなら周知の通り。下手なアイドル顔負けの人気が出た方も、何人も登場。かように、声優諸君の活動の幅はン十年前からどんどん広がっていたんである。決して声の仕事だけに特化していたわけではないのだよ。半面、タレントの声優起用もあの当時からなかったわけじゃない。今では伝説と化した、スターウォーズの初テレビ放送の際、ルーク=渡辺徹、レイア姫=大場久美子、ハン・ソロ=松崎真、いやいや松崎しげるの抜擢は、神をも恐れぬ暴挙だったな。無論、単に話題づくりだけのタレント起用は私も好きじゃない。最近のジブリアニメなんか顕著だけどさ、あぁもしこのキャラをあの人がアテていたらもっと魅力的になったろうに…そう思ったことは何度となく、だ。がしかし、逆に見ればそういうことでしか話題が作れないアニメ作品が多い、とも言えるし、それははっきり作品のパワー不足に他ならない。そしてそのパワー不足の原因のひとつには、声優諸氏の魅力がうんぬん、ってのも挙げられるんじゃないだろうか?今、アニメ作品って、昔(それこそ第1次声優ブームのころ)に比べても決して少なくない。テレビ放映こそ減ったかなとは思うものの、BS、CS、あるいはOVAなど、むしろ多いくらいだろう。つまり声優さんたちにとって仕事の場、需要は増えているハズなんである。予算のかかった大作アニメ映画と販売本数もいかほどかのOVAとでは、そりゃギャランティにも差がつくとは思うよ。けれどもキレイに言ってしまえば実力が物言う世界。他の分野の人たちに仕事を獲られるから…などと嘆いてないで、自身のスキルアップに励んでいる方がよっぽど応援したくなるぞ?でもって、偉大なる声優界の大御所たちのように、10年経っても20年経っても「オッス!おら悟空!」「オイ、キタロー!」「マジーンゴォー!」「ふ~じこちゃ~ん」「海賊王に、おれは、なる!!!」「父ちゃん、おれはやるぜ!」「またつまらぬものを切ったか」「わ~い、クララが立った~!」「チェーーーンジゲッターーーワン!スィッチ、オン!!」(以下多すぎるので略)で需要を求められるくらいになりなさいって。どのみち話題性だけで起用されたタレントさんたち、ほとんど次回の出番はないだろうからさ。
2008.01.04
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