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ジムの帰りに、
近くの教会(日本基督教団)の前をよく通るのだが、
そこには、いつも、
次週の説教のタイトルが、
達筆の毛筆で書かれている、
で、来週の説教題はこれ、
ルカ6章 の聖句、
6:20 さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
貧しい人々は、幸いである、
神の国はあなたがたのものである。( 参考) これの対比で、
6:24 しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
あなたがたはもう慰めを受けている。
この聖句、過去に何回も、聞いて見てきた、そもそも、おかしな聖句なのだ、
なんで、貧しいと幸いなのか?が、今夜、通りすがりに見たこの 聖句は、
それは、最近の自分の状況が、
深いインパクトを持って、 自分に臨んできた、
何も持たないことに目が開かれつつあること、
いるだけでうれしいこと、
マネー(投資関連)から遠ざかっていること、に 関連 しているのだと思う 、
貧しいとは、
気遣いがない(少ない)世界でもある、先日、Makow氏の Poor Nations are Happiest で見た、
世界で最も幸福感の強い国 が、(ギャラップの調査で、)
貧国パナマであるのも、決して、偶然では ないだろう、
又、 物質幸福論の本質 で見たが、ブータンのトップは言う。
「物質が幸福であるという人生観は、例えば車を持っている人はさらに速いものが欲しくなる、という気持になるので際限が な い。」一旦、持つと、さらに欲しくなる、
モノからの解放とは、
それが強制的であれ、自発的であれ、
(自分の場合は、強制的な面が強いのだが)確かに、人を変える、(人の考え方を変える、)
そして、「貧しき者は幸いなり、」とは、
その聖句を読み、心得るものと言うよりは、それを体験したものが、確かにソーだなと、
後追いで納得する性質のものではないかと思っている、
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