2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1

私的空間としての家庭は重要だと思う。でも、主婦をただ単に「家事担当」として考えずに家庭という「空間」の精神的経営・運営として考えるとき、一家の大黒柱は、本当は主婦なのではないか?とさえ思ってしまったりするのです。(経済面での大黒柱の方もいらっしゃると思いますが)中心は外的空間・労働と成果の空間内的空間・休息と平和の空間で成り立ち、外的なものには危険があると同時に行動的な生活の空間で、内的なものは、安全と庇護性の空間。この2面がバランスよく保たれて、バランス本当の意味での「精神的健康」がある。のではないか???家という空間は、緊張から一歩引いた時に精神的な安堵がなくてはならない。だとすれば、主婦で仕事を持つ人は一体このバランスをどこで調整しているのだろう。読んだ本に【美しい主婦とは、家を魂の棲家として 絶え間なく創り上げる女性のことである】【醜い主婦とは、 住まう空間を創り出す精神的創造性に欠けた女性のこと】とあり、それの解説がづらづらとあり、考えてしまったのです。果たして私は精神的経営・運営ができているのであろうか????内外のメリハリができていないで、常に「外」モードなのではないか?旦那や愛息子が「やすらぎ」を感じる空間がきちんと創造できているのだろうか??大変、偏りがあると思われ、反省すると共にそのバランスを上手に保っている方に「コツ」など伺いたいと切実に思ってしまいます・・・・。
2006.04.26
コメント(0)

我が家にある幸福の木が、な・な・なんと!!花を咲かせた驚きであります。長年、育てているのに。急に咲き始めた。オリヅルランも、同時に花が咲いた。春とはいえ、滅多にないことだ。とみんなに言われ 【いい事が起こるぞ】 とウキウキしている今日この頃です。それに依存せず、そのパワーも取り込めるくらいの行動を同時にしていこうと思います。
2006.04.25
コメント(0)

ここ数週間「伝える」ということについて凄く思い知らされることが多かった。あるプロジェクトについて(詳細はまだ発表できませんが)<私が経験したことがないもの>を<経験したことがない人>に伝えるということ。初めの方に話した人には、どう話したら伝わるのか、自分自身でも分からず長い時間の説明をすることになってしまった・・・・。数人に伝えていくと段々とポイントが分かり、時間は短縮され要点も伝わりやすくなっていった。そして今回、不思議な現象に気が付く。【伝わって欲しい身近な人ほど距離がある】という事実。同時に、身近な位置にいなかった人ほど懸命に私が伝えたいことは何だろう?と考えてくれたということ。長く話してしまった人ほど、伝わったり・・・。一緒にやりたかった人ほど否定的だったり・・・・。頭で会話すると頭で考えた言葉で答えが返ってくるが 心で話すと心で考えた言葉で答えてもらえる。そして、このプロジェクトは産声を上げ、私のつたないプレゼンで手を上げてくれた仲間達とともに、走り出そうとしている。何もない私に、時間を割いてくれて、旗を揚げようと共感してくれた心で繋がっている仲間達。何があってもこの絆は切れないことだろう。そして私にこのチャンスを投げかけてくれた親友。有難う。「伝達力」という本で青木仁志さんは=伝達力とは”人に何かを伝え、人を動かす力” ”人と仲良く、力を合わせて物事を成し遂げていく力”と書いている。今回学んだこと【コミュニケーション能力の差は人生格差である】このプロジェクトに関わったみんなに「あの時、声をかけてもらってよかった」と本音で思ってもらえるように、精一杯に取り組んでいこう。
2006.04.23
コメント(0)

春は新学期。愛息子の幼稚園でも新学年に伴い、クラスの役員を決める保護者会がありました。他のクラスでも、我がクラスでも「仕事をしているから」「上の子の方で役員してます」「下の子が生まれたばかりで」断わるのにいろんな理由が飛び交います。「家を増築するので」???????そんな理由もあったようです。本来、こういうものは「やりたい」と思う人がするべきことですがどうも皆さん、やりたいとは思わないらしいです。私は、愛息子の幼稚園て好きです。なので、役員をしてもいいと思ってました。しかし、3月起業し、今はその時間は物理的にとれません。なので残念ながら今回は黙って様子を見ているしか出来ませんでした。途中、何度も「だったら私がやります」って言いたくなるのを我慢しながら・・。どうして段々「押し付け」になっていくのでしょうか?あのような場面て、見るに耐えないものがあります。最終的に断われない雰囲気になり「それじゃあ、やります・・・・」と言わないとおさまらない状況まで追い込まれ、役員は決定しました。そんな決定の仕方って、後味悪いですね。言ってしまったご本人も「あ~ぁ・・・・。決まっちゃった・・・・」という表情でした。結果的に、私も何もできないので押し付けてしまったことには変わりがないのでしょう・・・。どうもすっきりしなかったのですが役員という形では参加できないので、他で協力できることは全力で取り組ませてもらおうと思いました。人数が多くなると何事も【納得の行く形を生み出す】ということが困難になるのですね。いい勉強になりました。
2006.04.15
コメント(6)

年下のある男性と会っていた時のことです。彼はまだ20代後半、見かけはWILDで、眼光鋭く私と一緒にサングラスをかけて2人で歩いているとかなり柄が悪い。でも、とても切れ者で私は定期的に彼と会い、いろんな話をするのがとても楽しい。(いい男よ「いつも思ってたんだけど、野心家だよね。」と言われた。野心??野心家???彼は褒め言葉で言ってくれたようですがその一言は頭の中をグルグル回っていました。野心的とはどういうことだろう?ずっと考えて、<野心的ということは人生に対して貪欲である>という意味だろうと、勝手に解釈させて頂きました。それを言うなら、彼も野心家だと思うんだけど。彼は常に向上していくことを怠らず、多角的に物事を判断する。冷静だけど熱い。5月に、自分が本当に着たいTシャツを作る事業を始めるそうだ。構想を見せてもらったが、彼のセンスのよさが光っている。いいものが出来そうだね。私も1枚買うからね。確かなことは、彼も私も【人生を情熱的に愛しているのだ】かつてボーヴォワールが言ったように・・・・。
2006.04.13
コメント(4)

桜は何故にあんなに綺麗なのか?綺麗という言葉よりも「妖艶」のほうがしっくりくるかも。桜を夜見ると、体が細胞単位で疼きだす。なんだろう。血が騒ぐ??美しさに狂わされるとでも表現したらいいのか・・・・。そして散り際がまた潔い。ドフトエフスキーが【美とは何か恐ろしく、物凄いものだ・・・・ それは不確かなものだから恐ろしいものなのだ】と書いている。この表現は桜に相応しい。私は毎年、そんな風に感じてしまうのです。
2006.04.07
コメント(2)
全6件 (6件中 1-6件目)
1