当時の日本には、近代戦を戦い抜くための資金がありませんでした。そこで頼ったのが、イギリスとアメリカの資本家たちです。特にユダヤ系銀行家ジェイコブ・シフの支援は決定的で、彼の資金がなければ日本は戦争を継続できなかったといいます。つまり、日露戦争は日本単独の力ではなく、大国の思惑に乗せられた代理戦争という側面が強かったのです。
旅順要塞の攻防では、マキシム機関銃と鉄条網という新しい戦争が日本軍を待ち受けていました。精神論を掲げて突撃した若者たちは、近代兵器の前であまりにも無力でした。
戦争末期、日本の国力は限界に達していました。弾薬も兵力も底をつき、あと数ヶ月戦えば崩壊していたと言われます。その結果結ばれたポーツマス条約は、賠償金ゼロ。連日の「連戦連勝」の報道を信じていた国民は激怒し、日比谷焼打事件へとつながりました。
日露戦争の勝利は、日本軍に「大国ロシアに勝った」という強烈な成功体験を残しました。その記憶が、後の軍部を過信へと導き、「精神論で突撃すれば勝てる」という危険な思考を固定化させてしまったのです。
40年後の太平洋戦争の破滅は、この時すでに芽を出していたのです。日露戦争は、教科書で語られるような単純な勝利ではなく、大国の思惑・近代兵器の現実・国民の犠牲・そして未来への呪いが複雑に絡み合った出来事でした。
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