如安

如安

2012年01月03日
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僕は20数年カトリック教会の聖歌隊などを指導し、気力と体力と金銭的に疲れを感じたその年、多磨全生園の入所者で園のカトリック教会信徒委員長だった馬場さんの紹介でワイフと草津を訪れた。
雪の降る夜でスキー客の楽しそうな雰囲気が印象的だった。我々は20数年間、ゆっくり降誕ミサを与ったこともないしいつも別々の行動だったから本当に久しぶりの時間を過ごした。
桜井さんと初めて逢った時の印象は衝撃的なものがあった。が、とても親切に迎え入れてくれた。目が見えず、眼球もないのだろう。鼻もなく、耳も不自由、声もかすかで聞き取れない。顔を近づけないと聞こえない。不自由な手で口元にガーゼをあてている。ときにガーゼはよだれであふれ、それを絞ってあげる。

10数年前の裁判を境に世間から様々な分野の人たちがハンセン病療養所を訪れるようになった。国立療養所とは世間体は良いが、いわゆる世間から隔離絶滅政策の施設であった。これが世間に知れるところとなり、「うつらない」のだから安心して取材に、好奇心を満足させられる、そんな人たちが押し寄せるようになった。いわゆる「土足で家に入る」ようなもの。その多くの人が、相手を気遣うのではなく、こちらの満足を満たしてもらうだけの「素材」に過ぎないと感じたのは僕だけではないはず。
桜井さんの所にも大勢の人が押し寄せた。取材には格好のターゲットだった。が、彼はその一枚も二枚も上手であった。「どうぞ利用してください、使ってください」と。「これでライ(ハンセン病)が世間に知れることが大切」と。
世間から隔離され一生出ることのできない身にとっては、信仰と詩の世界が生きる喜びであったのでしょう。耳をすませて詩を描き、訪れる紳士淑女に信仰の話をする。「俺を見て人生を考えなさいよ」と。
多くの詩の中からいくつかをピックアップ。いざ書こうとすると書きようがなく二年が経過した。
月に一度草津を訪れてはいたが、僕の足は自然と遠のいた。彼を多くの人が訪れ、様々な企画が持ち込まれるからだった。それに草津教会を考えなければならないことが一番の原因であった。

=Meditazione=
 桜井哲夫詩 高橋如安詩補作曲
 ソプラノ・朗読:高橋久子、ヴァイオリン:福本 牧、チェロ:高橋義人、ピアノ:江成麻由
 (2008年5月1日、プライベート録音、録音:毛利忠晴)

『ロザリオ』
  音もなく雪は降り続いている
  消灯を終えた病室の一隅
  合わせた手を胸に置き跪く
    昨夜は神経痛で眠れなかった僚友。
    膝の痛みを訴える老人。
    すっかり耳の遠くなってしまった老人。
    いつも車椅子で治療棟に通う僚友。
  お母様あなたの懐の中で 眠らせて下さい
  幼子のように安らかに 安らかに
    癌の手術を受けた婦人に恢復と平安。
    盲人会の若い書記さんに、健やかな赤ちゃんが生まれますように。
  おかあさまあなたの懐の中で ねむらせてください
  幼子のようにやすらかに やすらかに
  ねむらせて ねむらせてください

『おじぎ草』
  夏空を震わせて  白樺の幹に鳴く蝉に
    おじぎ草がおじぎする おじぎ草がおじぎする
  包帯を巻いた指で おじぎ草に触れると
    おじぎ草がおじぎする おじぎ草がおじぎする
  ゆび指をライに  指のない手を合わせて
    おじぎ草におじぎする おじぎ草のようにおじぎした

『オモニの子守唄』
  幼い男の子を背中に オモニは国立療養所の門を潜った
  子供は 所内の保育所に預けられた
  授産施設で仕事を覚え 社会へ出た
  オモニは 息子の帰る日を待って 子守唄を歌い続けた
  オモニは死んだ オモニが死んだ
  オモニの息子は 帰って来なかった
  チマチョゴリのオモニはオモニは 柩に 柩に収まった
  雪が窓を打つ 今夜も聞こえてくるよ
  オモニの子守唄が オモニの子守唄

『ダンブリとまれ』
  延命地蔵と名前をつけたのは園長先生。
    お地蔵さんが泣いている。
  青い瞳、赤いドレスのダンブリは、空の舞姫。お地蔵さんの恋人。
  入院したばかりの俺の涙を拭いてくれたのは、真っ赤なダンブリ。
    どこに消えたのか赤いダンブリの群れ。
  店先に腰の曲がった胡瓜が消えた。
    見舞いに来た兄が、林檎園から雪の下やせんなりが消えたと嘆いた。
  その頃から、空からダンブリが消えた。
  言語障害のおばあちゃんに。痴呆症のおじいちゃんに。
    赤いダンブリを飛ばしたい。
    ダンブリよ飛んでこい、この手にとまれ、この手にとまれ。
    空にダンブリの舞うのを見たら丘の地蔵さんもきっと笑うだろう
    ダンブリ飛んでこい、指のないこの手に、ダンブリとまれ。
    この手にこの手に、指がなくても、ダンブリとまれ。

『枯葉』
  枯葉を手の平に乗せ
     日溜りの枯葉に
     ゆっくりと座る
  手の平の枯葉を舌先に当て
     点字舌読者のように
     細い葉脈の行間を静かに探る
  浅黄色の春の若葉が
     燃える夏の太陽に輝く青葉が
     鮮やかに行間に描かれていた
  始めと終りの阿吽の文字が・・・
     日溜りの枯葉に
     ゆっくりと座る
     ゆっくりと座る
(転載厳禁)
=ENDE=





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Last updated  2012年01月03日 09時26分42秒
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