PR
Comments
Freepage List
あけおめでしゅ。
まず最初に”2006年”を振り返りたい。
沖縄から始まり、
成績の方は、下降線。
3学期は、暗雲のなかをつきすすんでいる学期であった。
中3になり、英語のほうはひとつ下からスタート。
落ちたときは、ショックだったが、初心にもどることができ
夏になるころには、また戻れるという希望がみえはじめた。
1学期のテストは、まだ暗雲をさまよい、下降線をたどった。
しかし1学期期末は11位という、前よりは断然ましな
自分としてはよい結果になった。
夏休みも宿題を細かい計画の元
計画通り終わった。
その前の年は、夏休み前と夏休み明けでは、人がちがうみたいに
成績に変動があった。
だから宿題をはやめにやった。
2学期になり、英検があった。
運もあり、なんとか合格。
英語もまたクラスが戻り、緊張感の下、なんとか取り組めた。
この調子を保ち、復活への道をたどりたいと思い始めた。
そして中間テスト1週間前へ。
無事1日目の勉強をおわらし、ドラマをみていた記憶がある。
しかしその日の夜に、僕を暗雲の世界に連れ戻す出来事が起きる。
曾祖母の死である。
突然というよりは、年齢的なこともあり、体がよわってきたので
いつ死ぬかわからない状況にちかかった。
僕としてはタイミングが悪かった。
お通夜 などの時間的余裕も大幅にけずられたが、
それ以上につらかったのは、やはり精神的ダメージだろう。
勉強以前の問題であり、テストの目標は 貼られる紙にのるだけであった。
じっさい貼られる紙にのれたがちょうど真下であった。
一番したである。
うちのクラスのポールスミス君が
前は、これを180度ひっくりかえした成績だったのにねといったとき
どこがで曾祖母のせいにした感があった。
まあ実際そうでないといえば嘘になる。
しかしその結果を悲観的にみることはしなかった。
実力をだせなかったからである。
日程的余裕と、メンタリティである。
2学期の後半は、行事がたくさんあり充実していた。
じぶんのなかでなぜか回りに負けまいと、授業も集中しはじめた。
中1のときみたいになった。
テストがちかくなるにつれ、次は曾祖母のせいにした前回の分を
がんばろうという気がでてきた。
ただいつもどおりしては、上位陣には歯が立たない。
そこで勉強量 また、その質で勝負をすることにした。
テストの2週間ぐらいまえにはボンバーマン・趣味・ゲームすべて封印した。
べつに我慢というほど恋しかったわけではない。
日ごろ身につく学習に充実していた。
一日目は確か社会 理科 英単語だろう。
前回よりすべてよかった。
ニ日目は数学1 国語 か。
どちらかというと苦手だった。
しかし克服した。
三日目は英語 数学a か。
英語の単語のあなうめのときは
曾祖母の力を感じたのかわからないが、
なぜか単語がうかんできた。
結果的には180度動かした結果になったが
果たして充実した年になったか となると答えはYESでありNOでもある。
YESのほうは、劇的な成績の変化 浮上である。
NOのほうは、トータルに考えて、悪い時期があったというところである。
2007年は、より勉強面で苦労するだろうが、
一応ブログはやりますよー^^
まあ抱負は、 ”いまより上”
さらなる向上を胸に新しい年へ迎えたいということですね。
そういえば3日前 沖縄のとあるビーチでこけて
あしをひねった。
昨日から痛い。
捻挫だ。
まあジーンズかえたしいいかな。