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このGWの県による交通対策は主に二つ。1)パークアンドバスライド(北=奈良坂、西=中町、南=天理白川の三ヶ所の郊外駐車場)と、2)奈良公園~平城宮跡の周遊バス&奈良公園ぐるっとバスの運行ですね。このところ、県では奈良公園の交通対策について説明会を開催しているのですが、なぜか奈良市の中心からはいささか外れた会場での夜間開催ということで、出席する機会がありませんでした。(若草山・大仏殿周辺と、高畑・飛鳥地区が直接の影響はわかるのですが、なぜ中部公民館ではなくて100年会館なのでしょう。)それと、ぐるっとバス運行期間に合わせて「木簡型一日フリー乗車券」も400円で販売しているのですが、この通用範囲がなかなかのお値打ちです。市内200円均一区間のみならず、浄瑠璃寺、西の京、秋篠寺までって、ちょっとサービスしすぎの気もしますが、奈良市内へ来た以上クルマを使わせないぞ!という断固たる姿勢は感じられます。ということで、その大きな武器として今回使われているのが、県庁そのもの。これまでも屋上の整備・開放などを行ってきましたが、今回は県庁を奈良公園エリアのバスターミナルとして活用しています。 平城宮跡への周遊バス(200円)がこちら 県庁舎の前庭がシャトルバスのターミナルに そして奈良公園ぐるっとバスの案内です。 県庁舎玄関には、バスを待つ客のためにイスとテーブルのセットが何組か置かれています。さらに、守衛さんが「屋上からの展望」もお勧めしてくれます。まさに県庁舎丸ごと「観光拠点」にしようという意気込みが感じられます。実際に「ぐるっとバス」乗ってみました。ちょうど、東行き(県庁東>大仏前)は渋滞中でしたので、乗ろうとすると「いま渋滞して時間がかかりますがよろしいですか」という確認がかかりました。 出てすぐの県庁東交差点、京都方面は「左折可」で流れていきます。 大仏前交差点、二つの写真の間でまるまる10分かかってます。 今回のバスの停留所は、通常の奈良交通路線バスと重なるところもありますが、独自の名前が付けられています。(奈良交通の場合、近くにある他の停留所との区別で、かなりややこしい名前だが、今回の停留所名は単刀直入で判りやすい。) ・奈良公園前(県庁前) 通常は「県庁前」 ・国立博物館 〃「氷室神社・国立博物館」(外回り) ・東大寺(往き) 〃「東大寺大仏殿」(東行き) ・手向山八幡宮・二月堂前 若草山麓の道路の北西端です。 ・若草山麓 春日大社からの階段上がったところ。 ・春日大社 「春日大社本殿」春日大社の駐車場 ・東大寺(復り) 「大仏殿春日大社前」(外回り) ・浮見堂 鷺池の南西端の三叉路 こんな感じで、ぐるっとバス用の標識が立っていて、ほとんどの場所には、アンケートなどを持ったスタッフが配置されて乗客に説明したりしています。ルートのうち、手向山~若草山麓~水谷橋の間の土産物店街では歩行者との接触防止のために、スタッフがバスの前を歩いて「露払い」をします。また浮見堂停留所からしばらくの間の公園道路でも「露払い」が行われていましたし、天理街道への合流(信号無し)ではガードマンが誘導していました。 車内の電光表示も、独自の停留所名「春日大社」になっています。見た感じ乗車が多かったのは、「若草山麓」「春日大社」「東大寺」でしょうか。「博物館前」では渋滞中でしたから乗客はありませんでした。「浮見堂」も終点近いこともあって乗車はなかったようです。 乗ってくる人の半分ぐらいは、首から「木簡型一日フリー乗車券」を提げていました。(結構大きいので運転手さんも確認しやすそうです) 私自身、よそへ行ってあちこち見たい時は、やはりバスや路面電車など「フリー乗車券」を使うことが多いですね。小銭の出し入れで余所者が地元客の邪魔をすることもないし、「お得」ですし。今回の「奈良公園ぐるっとバス」の課題はこんな感じでしょうか。 1)なんといっても、県庁東~大仏前の渋滞が問題。いっそ逆回りで県庁東右折>浮見堂>大仏前>若草山のルートを先にする方法も。2)フリー乗車券、5000枚限定というアナウンスは必要ないのでは。便利だしもっと気楽に買ってもらえるようにしたほうがいい。(県の補助金予算の関係があるとすれば、西の京、浄瑠璃寺は「オプション」扱いとか) 3)今回、平日の5/2、5/6も「県庁前ターミナル」が稼働しているが、秋のシーズンなどにどうするか。県への賓客などがあれば、玄関で迎えることが必要になる。4)県の事業としてやっているので、多くの「人手」を使っているが、採算性の点で問題だろう。スリムな形で、継続的な運行ができるための工夫が必要。「先走り」はどうしても必要なのかどうか。 5)運行の定時性確保に、短い区間での運用は効果的だが、公園と奈良町とを結びつけるようなルートも必要ではないか。また、一方通行でもよいが「通し」の循環も可能にすればどうだろう。(浮見堂から乗って、県庁を過ぎて東大寺など) 平城宮跡周遊は、5/8までですが、奈良公園バスの方は5月中の土日の運行が続きます。(フリー乗車券も同じ)せっかくの意欲的な取り組みですので、良い成果が出てほしいものです。
2011.05.04
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昨年の1月、奈良に大きな衝撃が走りました。 平城遷都1300年祭が始まって間もないという時期に、映画館「シネマデプト友楽」の閉館でした。同館のHPは、今も当時のままで残されています。 こちらは、三条通りと中街道との角の「シネマデプト友楽西館」 かつては「ニュース館」と呼ばれる映画館で「奈良東映」を経て、現在の姿に建替えられていました。1階表の「モスバーガー」もすでに閉店しています。 こちらは、かつて「友楽会館」のあった「シネマデプト友楽東館」ですが、三条通りに面したところには「セガ」のゲームセンターがありました。裏側は、菩提川~率川を暗渠にした「猿沢遊歩道」や「餅飯殿駐車場」に続いています。 奈良の町の大事な場所のこのような姿を見せるのは、決して本意ではありません。大切な人がノーメイクで昏睡する姿を衆人に晒すようなものです。しかし「兵どもの夢のあと」ともいえるこれらの場所から、どうやら「次の夢」が生まれる気配があるということで、あえてここに取上げてみました。 (株)友楽は、かつて「谷井興業」という名前で、奈良の市会議員・県会議員、奈良市観光協会長などを務めた谷井友三郎氏がそのオーナーでした。 上記の2館の他に、下三条町には「友楽座」という映画館もありましたが、そちらは三栄相互銀行>奈良銀行>りそな銀行の敷地となりましたが、現在は更地となっています。(入江泰吉さんの写真集「古都の暮らし・人」=奈良市写真美術館発行=のfig11には、昭和31年の友楽会館の一部が映っています。上の写真二枚目の自転車が置いてあるあたりですね。) 谷井友三郎氏の名前は、春日大社二の鳥居前の立派な狛犬にも記されていますが、現在50歳代後半以上の奈良市民には、50年前の「奈良遷都1250年祭」の記憶が鮮烈に残っているはずです。トップスター「長谷川一夫」らを奈良に呼び寄せ、まる3日間三条通りから春日野グラウンドに向かう連日のパレードを開催するなど、「興行師」として持てる力を奈良のためにすべてつぎ込んだ姿は、決して忘れられないものがありました。その「谷井さん」の会社が、50年後の「平城遷都1300年祭」の年に手仕舞いをすることになるというのは、なんという運命の皮肉かと思われたのでした。 昨年5月に開催された「まちなか1300年祭」は、その「1250年祭」のおぼろげな記憶を持つメンバーが、「次の50年後にもなんとか伝えていきたい」という思いをもって実施したものでした。そして、50年前に谷井氏によって製作された「奈良遷都記念祭」のみこしが、美しく整備されて子どもたちとともに奈良のまちなかを練り歩いたのです。 現在、西館は建築当時に関わった「S建設」が、そして東館はマンション建設大手の「H工務店」が、その活用について関わることになったようです。かつての友楽会館は、映画館の他に、書店・交通公社・サウナ・ビリヤード・展望レストランなど極めて多彩な「生活文化」の拠点でした。次の50年に、どのような「奈良の夢」が描かれるのか、未来を見据えていきたいものです。*しかし、実は少し気になることもあります。 東館が、もし「住居専用」のマンションになってしまった場合、はたして現在の周辺の「商業エリア」としてのレベルが維持できるのかどうか。中心市街地活性化の大きな要素は「まちなか居住」なのですが、「居住」と「にぎわい」とは必ずしも利害が一致するとは限りません。現在三条通りは、日曜祝日の「歩行者天国」が実施されていますが、「住民」としてみればどうなのか。有名になった「中谷堂」の高速餅つき実演の人だかりは、同様に「住民」からみればどうなのか。JR奈良駅から猿沢池に至る区間の三条通りには「地区計画」が設定されて、商業地域としてふさわしいまちづくりが想定されていますが、「住居」との関係がどうなるのかは注意の必要がありそうです。
2011.01.24
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「奈良町小寺巡礼」に参加しました。奈良まほろばソムリエの松本さん( @yumeyamato )は、奈良のあちこちを案内するツアーを主催されています。8月の最終の土日(27日、28日)には、奈良町の南西部(南風呂、南城戸、鳴川、木辻あたり)に点在する、比較的地味なお寺10ヶ所あまりをめぐるツアーを開催していただきました。ツアーの全体については、28日に参加された奈良倶楽部さんのブログで紹介されていますので、そちらの方をごらんいただくのが良いかと思います。近くに住んで、普段前を通ったりはしていても、境内やお堂の中に入る機会はめったにありませんので、本当に良い機会となりました。観光寺院ではないお寺に、事前のコンタクトをとっていただいた松本さんのご苦労に感謝したいと思います。 中将姫所縁のお寺が多いのですが。中将姫が開いた最初の庵という「安養寺」、生誕の地で産湯の井戸もある「誕生寺」、父藤原豊成卿の古墳がある尼寺「高林寺」、父娘の墓や姫が継子いじめにあった話に出てくる「雪責めの松」や突き落とされた崖があるという「徳融寺」など、もと藤原豊成卿の屋敷があったという一帯には、中将姫所縁のお寺が並んでいます。ただ高林寺の前住職、珠慶尼さまの思いとしては「継子いじめ」を芝居などで面白おかしく強調されるのは、中将姫(法如尼)にとっても本意ではなかろうというお話でした。 さて、最後にお邪魔した徳融寺さんでは、赤ん坊をだいた子安観音や極彩色のお地蔵さまなど、本来のお寺の仏さまの他に目についたのが、この石像でした。 「このオジサン、いったい何者?」というところですが、御霊神社近くの薬師堂町の出身で、のちに「きたまち」に「長慶橋」や「長慶寺」を設置したという「吉村長慶」氏の石像なのだそうです。で、ちょっと角度が難しくて見にくいのですが、こちらの写真2枚もこの方が作られたもの。 大日如来像と、世界二聖を揺すり起こす吉村長慶なのだそうです。ここは案内板を読んでいただきましょう。 226事件の後の昭和12年に、「軍馬のいななきはすなわち国を亡ぼす」という文言を刻んだというのは、やはりそれだけの世界観を持った人物だったのでしょう。近年、吉村長慶については「宇宙菴 吉村長慶」という評伝が刊行され、奈良が生んだ「奇豪」として知られるようになってきているようです。キリストと釈迦を揺すり起こして、この世の乱れに対するように促すというのは、まさに奇豪の発想と言うしかないように思われます。
2011.08.29
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大阪市立美術館です。 6月5日まで開催の歌川国芳展に行ってきました。 ツイッターで「4時間近くいた」 なんていうのを見て、うそやろ、そんなアホなことないやろと思い、とはいえやはり早めにと思って入場が午後2時頃でした。で、すみませんnakaさん疑ってごめんなさい、マジで4時間かかりますね。実際には、「あと30分で閉館です」といわれた時点で「残りまだ60点ほどありますので」という状況。3時間ではとても足りませんでした。もうシーツひろげて閉店状態のミュージアムショップで、ひったくるように図録を買い求め、「あ、双六見てない」と駆け戻り、息弾ませて表に出てきました。少し公園で休憩をと思うまもなく「閉園します」というアナウンスで、新世界へ向かいました。いやー、しかし面白かった。 「絵画」でもなくて、「イラスト」のような「アニメ」のような、ウィットに富んでいて、いうなら「紙に描かれた上質の落語」みたいなもんでしょうか。とにかく「絵を見る」だけじゃなしに、武者の名前とか、詞書きもできるだけ読みたいと思うので、ついつい時間がかかる。それに、どこかにパロディが隠れているのではと油断できない思いで見ているので、ヒマがかかりますねえ。(二ヶ所ほど途中で休憩する場所がありましたけど)今回は「前期」ということで5月8日まで、10日から後期なんだそうですが全出展作品421点で、通しの展示はわずかに20点あまり。つまり、200点の展示を二回やるようなもんです。まあ、版画なのでサイズがそんなに大きくない(だから余計に数が増えて時間がかかる)わけですが、その分、図録のボリュームも半端じゃないです。わが家にある分でいうと、奈良博の「神仏習合」、京博の「河鍋暁斎」「大絵巻展」などに匹敵しますね。ホントは、猫モノのクリアファイルなんかも買いたかったんだけど時間切れでした。 さて、もう一度行って「後期」を見るかどうか、ちょっと考えてみよう。
2011.05.02
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