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(2006.8.31)ケープタウンでの住居の確保が出来たことに伴い、昨日は家具等を見に行ってきた。家具は日本に比べると実に安く感じる値段ではあったが、在庫のある店が少なく結局注文から早くて1ヶ月遅くて3ヶ月は待たなくてはならない事になってしまった。次回、来訪の際には恐らく生活環境も全て整うと思われる。体調は復活したと思ったらまた具合が悪くなったりと、なかなか完全復調できていない。医者の話では1週間は静養しろという事だった。しかし、寝てばかりもいられないのでちょこまかと動いてはまた具合が悪くなったりと落ち着かない。じっと落ち着いていられない性格が災いしているようだ・・・(苦笑)日本でのNPOの設立については、参加者の間でようやく少しづつ議論が出来てきている感じである。オンラインから参加者を募って団体を立ち上げるという私の構想は、実はかなり難易度が高い事に最近気付き始めている。しかし、多少時間がかかってもゆっくりと参加していただける方たちと議論しながら組織が作れればと思っている。本日で8月も終わり、9月からは海外では新年度が始まる。私も本業を持っているため若干忙しい時期になってしまっているが、この時期さえ乗り越えればかなり時間的にも余裕が出来てくるはずなので、団体の設立と支援活動を併行して進められるように頑張りたいと思っている。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.31
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この国で車両の盗難や強盗が多いのには私が見るところ、理由がある。それはまず車の値段である。この国では日本人が見ると驚くような価格が販売されている車に付いている。例を挙げると、10万km走行した10年落ちのカローラが日本円にすると100万円で売られていたりする。BMWのX5が15万km走行したあとに1000万円以上の値段で売られている。また、中古車の輸入が国によってほとんど規制されているため、海外から安く車を運んでくるという事が建前上出来なくなっている。これは、後に知ったことだが実は南アフリカという国が車の輸出国である、という事が大きくかかわっているのだという。南アフリカには現在、TOYOTAをはじめ世界中の車のメーカーが工場を設置している。そこで生産される車両はアフリカのみならず世界中に輸出されているのだという。この自国の産業を保護する為の貿易に関する規制が、安い海外の車の輸入を阻んでおり、結果的に国民が高い車を購入せざるを得なくなってしまっている。私ははじめこの話を聞いたときは、正直なところ驚いた。先入観念の賜物だったが、アフリカで車を生産しているということが私には想像も出来なかったのである。アフリカで車が高い=車はインポートされてくるものだからと勝手に思い込んでいたのである。この勝手な考えが大きな間違いだったということに気付き、改めて見てみると色々気付く事があった。まず、南アフリカで言うと自国の生産ラインナップはベンツやBMWなどが非常に多い。実際に街を見ると、ベンツやBMWが非常に多く走行してもいる。そして、これもあとで知ったのだがこの国では右ハンドル以外は禁止されている。たまに見かけるフェラーリもポルシェもすべてが右ハンドルである。これは日本からくるとそれ程の異様さを感じないかもしれないが、アメリカから来てこの景色を眺めるとやはりちょっとおかしな感じがする。左ハンドルの車は最初から輸入出来ない国なのだから、左ハンドルをメインにして車を生産しているメーカーは右ハンドル専用の工場を作るしかないわけである。結果、この国には自動車生産工場が非常に多くなってしまったようである。右ハンドルのルーツについては、元々この地域がイギリスの植民地であった事が大きく影響している。イギリスは左側通行の右ハンドルであるのは皆さんもご存知だと思うが、日本も元々交通事情についてはイギリスをお手本にしている。オーストラリアでもそうだし、存外世界には右ハンドルの地域も多い。しかし、左ハンドルを規制している国というのはなかなかお目にかからない気もする。この国では実際に街の車屋では、左ハンドルは一切売られていない。こういう事情がこの国の車事情を複雑にし、マフィアやギャング組織の資金源となってしまっているのだ。つまり、車を盗めば大金が手に入るのである。それも日本の感覚ではなく、相当な大金である。毎日、そのために車を奪われ命さえも奪われている人たちも大勢いる。物の値段というのは、本当に難しい問題だと痛感させられる。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.29
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(2006.8.28)ようやく体調も復活しました。ただ、本当に物を食べるのが怖くなりました。(笑)すっかり肉が嫌いになってしまっています・・・今回のアフリカ滞在予定は1週間くらいを予定していたものの既に一週間は過ぎてしまい思うように動けなかった為、覚悟を決めて今回はこのまま暫くアフリカに滞在してみることにしました。私が今設立に向けて動いている「ROLLING HOPE INTERNATIONAL」は参加を希望される方と共に、ゆっくりとですが動き出しています。NPO法人設立に向けて、と併行して支援活動も行っていけるようにと考えています。今はまず事務所の確保とホームページ作り、そしてなにより賛同して頂ける方を集めだしています。この団体がこれから、NPO法人となり、アフリカの人々に喜ばれるような団体となれるようになっていければいいと思います。まだまだ先は長くこれからしなければいけないことが山積みですが、皆さんの応援と支援によって1人でも多くの人が救われる事を信じています。最近ちょっとブログをお休みがちでしたが体調もよくなってきましたのでまた、なるべく毎日更新できるように頑張りたいと思っています。また、コメントやメールにもちょっと時間はかかると思いますが返答して行きたいと思います。皆さん、よろしくお願いいたします。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.28
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(2006.8.25)めまいと吐き気が若干止まらぬものの、少しづつ体調は回復してきたように思う。ご心配の声を頂き、本当に恐縮です・・・ただ、PCの前に座っているとめまいが酷くなってくるので今はちょっとづつ、です。ケープタウンに私が長期滞在できそうな場所を確保する事ができた。オフィスも協力を得られて確保できたし、団体の設立認可も取得できた。今回、私が倒れている間に友人たちがこの団体のバンクアカウントを作る、という作業もこなしてくれていた。まず、アフリカでの最初の一歩である現地に直接支援を行える体制作りがこれでなんとか完了した事になる。次は中身を作っていかなければならないが、ここから先の作業は私一人の力ではまず無理なので、様々な人に協力や賛同を呼びかけていきながら一つ一つ作り上げていきたい。日本と日本人が中心となって、アフリカの困っている人々をサポートしていく体制作り。人々に少しでも笑顔が提供できますように・・・よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.26
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(2006.8.24)ケープタウンからヨハネスブルグまで車で移動中、ブルームフォンテンという地域でファーストフードを食べた。その20分後、猛烈な吐き気と腹痛が私を襲った。どうやら食あたりのようだった。食べたのはハンバーガーである。私たち一行は現地人を抜かして皆、一様に食あたりの症状に見舞われた。最初はトイレに駆け込んだのだが、どうも汚い話で恐縮だが上から下から止まらないのである。猛烈な悪寒と吐き気、下痢に身動きできなくなった。私は特に中国やインドなどでも食あたりの経験があり非常に苦しんだ記憶があるが、今回のは特別だった。私達のうち私を含めて3人がそのまま病院に担ぎ込まれた。すぐに点滴を受けるがその時には私の意識の大半はすでに失われていた。急激な脱水症状と高熱が続き、気がついたら今日である・・・今回のこの急に降って湧いたような食あたり騒ぎで、私の予定が大幅に狂ってしまって今日より調整に追われそうである。しかし、食事を取ったのはハイウェイのドライブインである。普通のファーストフード店でこのような目にあうとは、正直考えていなかった。友人に聞くとエリアによってはこういうことがあるらしい。それにしても、である。ちょっと食事をするのが怖くなってしまった・・・よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.24
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(2006.8.20)コメントや掲示板への書き込みに励まされています。皆さんありがとうございます。日本はまだ夏休みが多くこの時期は大きく物事を進めるにはいい時期とは言えないかもしれませんが、団体設立へ向けて少しづつ前進しています。私は今、南アフリカでの団体認可を得て団体用の口座の申し込みに来ています。オフィスもできて、認可も取れたので後は自分のベースになる家を見つけようと考えています。これも、友人の勧めでよい物件があったのでこのまま契約する事になりそうです。今回の南アフリカ訪問で特に南アフリカ共和国に対する支援体制の第一歩は整いだした感じです。次はこの活動に参加して行ってくれる人を1人でも増やして、どうすれば効果的な支援が出来るのかといったことや日本での団体作りと日本以外での拠点作りに動いていこうと思っています。南部アフリカ地域の中では最近、マラウィが特に注目されているようです。これは、著名人にとって活動が反映されやすい環境がマラウィという国にあることが一因かなと考えています。しかし、ジンバブエや南アフリカ共和国に対しての支援は実は多くはないのも実情です。なぜか。海外からの支援が直接現地の人たちに届きづらいというのがその一因にあるように思います。実際、アメリカやヨーロッパでは南アフリカを嫌っている人が大勢います。その理由に、この国のいい加減さを指摘する人が多いのも実情です。しかし、実際に支援が必要な人が多いのもこの地域です。どのように現地に根ざした活動が出来るのか、私にとっても未知数ではありますがやってみたいと思っています。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.20
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(2006.8.19)食料自給率100%以上で食料輸出国。世界有数の金鉱山と世界有数のダイヤモンド鉱山、そして世界最大のダイヤモンドカンパニーがある国。これも南アフリカである。特に着目したいのは食料自給率が100%以上であるという点ではなかろうか。実は食糧問題と貧困問題というのは全く違う問題であるという事を私はここで考えさせられている。食料がないから貧困なのだという考え方は誤りであるということだ。これは実は非常に難しい問題であると私は考える。南部アフリカ地域の場合、白人と黒人の間には歴然とした所得格差が広がっている。物価はけして安くはないということは以前の記事でも書いた。黒人の平均所得では、貧乏にならざるを得ないというのが私の実感だった。経済活動は間断なく続き、物も金も人も動き続けてはいる。しかし、実際に就職できる人々はラッキーでもある。この国では仕事の総量が非常に少ないのではないかというのが私の感想である。基礎教育をきちんと受けていない為に働けない人々も多いが、基礎教育を受けてカレッジを卒業しても就職がないという現状もある。所得に関しても話を聞いていると、どの辺に基準があるのかよく判らなかったりする。それほど、賃金には開きがあるのだ。私自身、この所得格差に関する問題に対して明確な回答を持ってはいない。どうすれば良いのだろうか・・・よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.19
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この国には、およそ非合法なものを扱うマーケットが非常に多いのだという話を聞いた。今、ケープタウンで最も多いのはパソコンを盗んでブラックマーケットに流してしまう、というものだそうだ。それも白昼、堂々と盗みに入ったり強盗をして奪ってきたパソコンを売るのだという。狙われるのは、特に閑静な住宅街や時にはオフィスも襲われる。また、パソコンに限らずあらゆるものが盗まれ売られているという。特に車については「ハイジャック」と呼ばれる車強盗事件が非常に多く、襲われた際少しでも抵抗すればすぐに殺されるのだとか。抵抗せずとも殺される事も多いらしく、時には警官の制服を着た強盗に襲われるという。それは、警官なのか強盗なのかと私は聞いたのだが、警官のときもあればそうではないときもあるとか・・・ハイジャックの手口についても聞いたが、ワゴン車やワンボックスカーが3台掛かりで狙った車を挟みこみ、身動きできないようにしてしまってから数人から時には10人ほどで襲うのだという。このような襲われ方をしてはひとたまりもないな、と私はこの時思った。日本人でも、駐在している方などには被害が多いと聞いた。そうして強奪された車は、前に話しに出た「カリーチャ」などの治安の悪い地域などに持ち込まれる。ここでは「アマキンツァ」(コサ語)という盗難車専門のギャング組織が強奪してきた車を改造してしまうのだという。そうして再び売り出される盗難車両や強奪車両が堂々と公道を走っているのだ。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.17
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(2006.8.16)今、ヨハネスブルグの空港にいる。南半球の南アフリカ共和国は現在、冬の真っ只中である。アフリカと聞いて常夏を思い浮かべる人は多いと思うが、この南アフリカの冬は実は非常に寒い。今聴いた話だが、ヨハネスブルグでは先日雪が降ったそうである。水溜りには氷が張り、風も非常に冷たいとか。一応、今回の入国に際し冬服が絶対に必要だと聞いていたのでダウンジャケットを持ってきたのだが、今早速羽織っている。実際、外気は東京の冬より寒く感じるほどである。これは、多くの人が寒さに震えているのだろうと思った。空港内には無線LANが有料で利用できるシステムがあり、私は現在それを利用している。このあと、国内線でケープタウンに行く予定である。ちなみに現在は大体午前の9時である。日本との時差は7時間。今回は中国から来ているが、それでも時差が6時間ある。時差ボケしないために今日は夜まで起きていようと思っているが・・・長旅で疲れ気味なのは確かで、微妙なところである。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.16
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(2006.8.13)8月9日のヨハネスブルグの現状についての記事は、思ったより反響が大きかった。私は今の日本は、本当に平和だと思う。今、何も食べるものがない貧困。当然明日から先のあてもなく、飢餓に苦しみその上AIDSでばたばたと人が死んでいく。親が死に孤児となった子供に親が残したものはボロボロの毛布一切れ。その一切れの毛布さえ奪われて、行く場所もなく、その上毎日犯される本当に小さな女の子たち。一切れのパンのために殺しあう少年たち。それでも生きなければならない過酷な現実。すべてがリアルに、この瞬間も起こっている出来事である。世界中から支援の手が差し伸べられても、実際にその支援が現場に届く事は実はあまり多くはない。蔓延る不正や汚職によって、せっかくの支援の手さえも私物化されてしまう現実。本当に救済を必要としている人たちは、本当にたくさんいる。今、アフリカでAIDSは、人と人が作り出す全てのものを蝕み、破壊しようとしている。極度の治安の悪化を招き、支援や援助を受けづらい環境を作ってしまってもいる。手をこまねいてはいけないと思う。同じ地球に生きるものとして、この現実を他人事としてはいけないと思う。何かできることから、はじめてみませんか?よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.14
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前々回の記事にでてきた、処女とのセックスがエイズを治すという都市伝説で0歳の子供すらレイプにあう、という話があった。実は南アフリカでは今、ミッシングベイビーが大きな社会問題になっている。生まれたばかりの子供や、まだ年端もいかない子供たちが次々と攫われている。その子供たちは消息を絶ったまま、ほとんど見つかる事もない。この日、私は南アフリカのテレビで政府広報のようなミッシングベイビーをテーマにしたコマーシャルを何度か見た。その後、少し調べ人に話を聞くに及び、この問題が実は本当に深刻であるということを知った。生まれたばかりの子供が次々に攫われいるという。そうして攫った子供たちを売り買いするマーケットすらあるのだという。そうして売られていった子供たちがどうなってしまうのか、この時一緒にいた人たちは何も答えてはくれなかった。彼ら自身もその後のこどもたちがどうなってしまうのかは知らないという。ただ、そういう現実があるのだと。これは由々しき問題である、と私は思った。子供が攫われ、売られていくなどあってはならないことである。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.12
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(2006.8.10)今、こうしている時間にもアフリカではHIV/AIDSが人々を苦しめている。何の罪もない幼子が両親をAIDSで失い、路頭に迷っている。毎日毎日、AIDSで人が死んでいく。感染は広がるばかりだ。調査をした結果感染率が低下しているのが実はそれだけ人々の死を意味しているのだという事を知る人は少ない。AIDSは人々を混乱させている。AIDSは人々に恐怖を与える。AIDSになった事を知る人たちは、心壊れてしまう。誰も受け入れてはくれない。誰も助けてはくれない。悲哀と絶望の中で、貧困にあえぎ、やがてゆっくり死んでいくのだ。子供たちは、AIDSが何かさえ知らないうちに父も母も失ってしまう。将来も生活も、何もかも失ってしまう。誰かが言った。AIDSでアフリカでは人が死に絶えると。アフリカでは平均寿命が極端に短くなっていることを貴方は知っているだろうか?日本の平均寿命が世界一を更新し続ける幸せ。寿命の長い幸せな日本人、どうかその幸せを、命を減らし続けている人々に分けてあげて欲しい。間違いなく、私達はそこで困っている人を助けてあげれるのだから。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.11
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2010年のワールドカップを控えているこの国で、そのような地域が存在するという事が果たしてあってよいのだろうかと私は考えさせられてしまった。この日、話をした白人達はこのワールドカップについても傾聴するべき意見を言っていた。2010年のワールドカップは南アフリカでは開催できないだろう、と。残り4年でこの国の治安が回復するというのは現実的に不可能であるし、実際に開催を行えば観光者が続々と襲撃されるだろう、と。実際の治安状況をこの時まで聞かされ続けていた私にとっては、さもありなん、という印象を持ったりもした。どう考えても今の状況がこの先、劇的に改善されるという事は考えにくい。それでワールドカップを強行したときどういうことになってしまうのか。1人の友人はこう言った。狩猟を専門とする輩の前に獲物が大量にやってくるのだ。狩りをしないわけがないだろう、と。この言葉を真に受けるならば、凄惨な状況が現出される事すら想像がつく。正直、この問題に対して日本人に次のワールドカップは危険だから南アフリカへの渡航は控えましょう、というべきなのかどうか。最近の話だが、南アフリカの人がホームページで同様な警告を発しているニュースが出ている。また、日本でも特にヨハネスブルグに対しての警告を発している人は少なくない。その警告の内容も紹介しておく。・一日に120人が殺人で殺される(人口は170万人)・強盗は殺してから物を奪うのが一般的・警官はサブマシンガンを所持するのが当たり前・スーパーのガードマンがマシンガンを持っている・年間200人の警官が殉職している・HIVのキャリアが30%以上・処女とセックスするとエイズが治るという都市伝説から0歳児すらレイプの被害にあうこのようなガイドラインを発している方もいた。<ヨハネスブルグのガイドライン>・軍人上がりの8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じような体格の20人に襲われた・ユースから徒歩1分の路上で白人が頭から血を流して倒れていた・足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると死体が転がっていた・腕時計をした旅行者が襲撃され、目が覚めたら手首が切り落とされていた・車で旅行者に突っ込んで倒れた、というか轢いた後から荷物とかを強奪する・宿が強盗に襲撃され、女も「男も」全員レイプされた・タクシーからショッピングセンターまでの10mの間に強盗に襲われた。・バスに乗れば安全だろうと思ったら、バスの乗客が全員強盗だった・女性の1/3がレイプ経験者。しかも処女交配がHIVを治すという都市伝説から「赤子ほど危ない」・「そんな危険なわけがない」といって出て行った旅行者が5分後血まみれで戻ってきた・「何も持たなければ襲われるわけがない」と手ぶらで出て行った旅行者が靴と服を盗まれ下着で戻ってきた・最近流行っている犯罪は「石強盗」 石を手に持って旅行者に殴りかかるから・中心駅から半径200mは強盗にあう確率が150%。一度襲われてまた教われる確率が50%の意味・ヨハネスブルグにおける殺人事件による死亡者は1日平均120人、うち約20人が外国人旅行者。これを見ると、実際に南アフリカを訪れている私でもちょっともう一度行く事を躊躇してしまいそうでもある。当然、南アフリカに行くと殺される危険があるということは私自身も良く分かってはいる。ただ、この時南アフリカを訪れていた私は、果たしてこの国を訪れる日本人の多くが果たしてある程度の覚悟を持ってやってきているのだろうか、というのは非常に疑問であった。この日、私は大型のこの国では非常に目立つ豪華バスに乗った日本人の団体旅行の一団を目にしている。年配の方が多く、決して危険を覚悟で観光に訪れているようには見えなかった。たしかに観光地として南アフリカは非常に魅力的な国ではあるが、この時見た日本人の姿に、私は4年後のワールドカップで日本人に起こりうる悲劇が危惧されてならなかった。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.09
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(2006.8.8)団体設立への協力の呼びかけを行ったところ数名の方から協力しても良いという連絡をもらいました。連絡を頂いた方、本当にありがとうございます。引き続き、設立の為のボランティアスタッフを募集します。この団体の中身は本当に問題意識を持った人や少しでもアフリカのAIDSを何とかしてあげたいと思う人が結集して作って行きたいと思っています。特に今はまだ設立前で、どんな色にも染まっていない状態です。一緒に団体設立から支援活動や事業を考えてくれるボランティアスタッフ、サークルや団体に協力して欲しいと思っています。どうかよろしくお願いします。mixiでもコミュニティを作っています。http://mixi.jp/view_community.pl?id=1186452よろしかったらご参加お願いします。また、設立のために協力しても良いという方を対象に連絡用掲示板を作りました。オンラインからのみの参加も歓迎いたします。参加ご希望の方にはURLをお知らせします。連絡は、楽天私書箱かinfo@ngo-africa.orgまでお願いします。何とか少しでも早く団体を設立して、支援活動を本格的にスタートさせたいというのが私の願いです。ご協力をお願いいたします。私は日本での短い滞在を終えて、中国経由でもう一度南アフリカに行って来る予定です。また少しの間、ブログをお休みする事になりそうです・・・旅行記の方は10日ほどの旅行のはずなのにまだやっと2日目が終わったところで、進みが遅くて自分でもちょっと問題だな、と思ってたりしてます。ただ、いよいよ団体設立のために動き出したので、そちらの活動報告などが増えていってしまいそうでもあります。団体のホームページの作成を有志の方に頼んでいるので、それが出来上がるまではここを団体の仮ホームページとして利用していく予定です。今後ともよろしくお願いいたします。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.08
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翌日は一日中ミーティングの為、どこにも行けず仕舞いだった。この日は、天候も悪く観光日和ではなかったのが救いだった。私はこの日、ミーティングの後でまた数人と会食した。そこで話題に上ったのは「カリーチャ」という地域だった。ケープタウンのシティから1時間ほどのこの場所は、黒人とカラードの人々が多くすむという。アパルトヘイト時代から黒人居住区とされてきた町であるらしいが、今は不法移民なども多いという話だった。この日の会食には黒人で役所に勤める人物が1人同席していた。その彼は、このカリーチャに住んでいるという。この地域の名称を口にするだけで、白人達は露骨に眉を顰めていた。あとでこの黒人の彼が帰宅した後に白人の友人たちが話していた事を紹介しよう。「あの地域に行けば、必ず殺される。」何と衝撃的な言葉なのだろうか、と私は驚いた。行けば必ず殺される場所というのは、この時まで私は聞いた事がなかった。しかし、彼らは真顔で言うのだ。必ず殺される、と。聞くと、治安状態は最悪だという。特に住人以外のものが立ち入れば100%強盗に遭遇するし、そのついでに殺されてしまうのだとか。警察権はこの地域では全く及ばないし、住人同士でも平気で殺し合いをするとか。銀行のキャッシュディスペンサーがこの地域に設置されているらしいのだが、そこで現金をおろせば絶対に強盗にあうから誰もお金をおろさないとか。住人でもちょっと留守にしている間に家財道具を一式盗まれる、などということも当たり前。なにより、ギャングが非常に多いらしい。定職を持たず組織化されたギャング団で働く人々が非常に多いのだという。また、このカリーチャには一般の定職についている人々も数多く住んでいるらしいのだが、この同じ地域に住んでいる人々同士が同じ犯罪組織に属しているパターンが特に公職者の汚職や不正に大きく関係しているらしい。そして、同時にこの地域には貧困のために明日をも知れない生活を送っていたり、AIDSによって困窮している一家や孤児も相当にいるのだと聞いた。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.07
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(2006.8.5)<日本での団体設立に向けたボランティアスタッフの募集>滞在予定、5日間。日本に帰国しました。(笑)スケジュールがいっぱいすぎて、悲しい状態です。今回の日本での団体設立にむけて日本では私の友人が1人、実務レベルでの仕事を請け負ってくれています。またこの友人のアドバイスの下、動いてくれている若い人たちも10人ほどいます。しかし、全てはこれからであり限りなく真っ白な状態であるとともに、団体を設立するにはどうしてもスタッフの数が足りていません。そこで、このブログを読んでくれている方に告知です。スティーブンセガール・アフリカAIDS基金「Rolling Hope」設立に協力してくれるボランティアスタッフを募集します。あくまでボランティアですので、無償労働ということになります。それを踏まえて手伝ってもいいという方、楽天私書箱まで略歴を付記したメッセージをお願いいたします。特にNPO設立に関わってこられた方やサークルを運営されている方、大学生の方など大歓迎です。期間は問いません。可能な限りの時間で結構です。事務局の設置後、専門的に職員として働きたいというような方も大歓迎です。事務局の開局までをお手伝いしてください。たくさんの応募お待ちしております。どうかよろしくお願いします。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.06
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この日、ケープタウンのシティに戻った私達はそのままこの街の象徴とも言うべき「テーブルマウンテン」へと向かった。天候は幸い回復してくれていたので、眺望に期待しつつ私達は中腹までを車でその後ロープウェイを利用して頂上に上った。ここでは非常に多くの観光客の姿が散見されたが、そのほとんどは白人であった。といっても、見るからにこの国人間ではないと思われる人々ばかりで、ここが観光地なのだと改めて思った次第だったが。以前の記事にも書いたが、ケープタウンは観光都市である。年間のうち夏休みとその前後が一番人が集まり、それ以外のシーズンは実に静かになってしまうらしい。このことは、実は失業率にも大きな影響を与えているという話を聞いた。現在、この国では失業率の高さは国家的問題ともなっている。男が働かない風習を持っている民族があったりすることも事実ではあるが、それ以前に勤労意欲を持っていても仕事がない事が実は非常に問題でもある。失業率の問題に触れるとき、その主因を探すのはこの国の場合実はそれほど簡単ではないように思う。というのも、日本の場合「景気」という単純なキーワードにあらゆる問題を集約する事が可能な面が多いが、この国の場合「景気」というもの自体がどこを向いて語られるのか非常に曖昧であるからだと私は思う。人をレベル分けする事は差別に繋がりかねないので私自身好まざるところではあるが、しかしこの国にははっきりとそのレベルの違いが存在する。日本においては人同士のレベルの違いを私自身それほど大きく感じたことは無い。それは日本という国が、教育・文化・風習までを含めて互いのコミュニケーションに阻害を感じることが無いレベルに達しているからに他ならない。翻ってみるにこの国においては、教育・文化・風習に限らず言語・思想・宗教などが相まって実に多様な社会を形成している。この国に社会的なアプローチをかけようと試みるとき、はっきりとターゲット層を認識する事は実に困難であると同時に認識を怠ればなんらかの結果を導き出す事事態が困難とならざるを得ないように思われる。テーブルマウンテンからの眺望は最高という言葉に尽きた。様々な問題を抱える南アフリカではあるが、この自然の美しさは言葉で伝えきれないものがものがある。それ程に自然が美しくまた、荒々しい。日本では感じることの出来ない自然の雄大さに触れられるという点で、この国には是非足を運ぶべきだろうとも思う。アメリカやヨーロッパ、中国でも大自然の雄大さを感じることは多々あるが、このアフリカの景色は何かまたちょっと違う凄さを感じることが出来た。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.05
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(2006.8.3)南アフリカより連絡があった。申請していたチャリティ団体の許認可がおりたという連絡だった。予想していたよりも遥かに早いこの連絡に私は正直驚いた。よくよく話を聞くと、実はこの話が具体化される前の段階で既に友人のピエールは私から漠然とした今後の展望を聞くに及びこの展開になる事を予想していたらしく、6月の段階ですぐに申請をかけておいたということだった。このときは友人に深く感謝した。名称は「ALTIVEX381(SECTION21)」レジストレーションナンバー「2006/016473/08」この会の代表者は私の友人のピエール・スプリンガーである。南アフリカでの正式団体名称は政府から与えられる為日本での名称とは異なってしまうが、まずはこれで日本からの受け皿として正式な現地団体へのボランティアの派遣体制の整備や支援の方向性の具体化が出来るだろう。正式名称ではなくとも「Rolling Hope」という団体名称で活動を行うことは問題はないので、実質この団体が「Rolling Hope」の南アフリカ共和国支部になる。ただ、本部を日本に作る作業がこれからなので、今のところ本部のない支部というややこしい状態ではあるが・・・正直なところ南アフリカにおけるこの手のボランティア団体というのはかなり玉石混交状態であり、実際に支援金や支援物資を送ってもどこに消えてしまうか分からないというリスクがある。今回、この団体設立を受けてそういった不安を払拭できることは私にとっては非常に大きな意味を持つ。この団体を使って「AIDS孤児救済・支援」の為の施設作りや「教育者育成の為の海外留学者の選定」といった現地での活動を行って行きたいと考えている。まだ許認可がおりたばかりなので、これからBANKアカウントの開設など引き続きピエールを中心に南アフリカで動いてもらうことになりそうである。同時に私もまたこれで近いうちに南アフリカに行くことになるだろう。まずは、ヨハネスブルグとケープタウンの両都市にオフィスを設置したいと考えている。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.04
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本日のミーティングではスティーブン・セガールという名称を会の名称に冠としてつける許諾を得た。同時に、会の名称を「Rolling Hope」とセガール氏より直々に名付けてもらった。これにより今後我々が設立する団体の正式名称は、「Rolling Hope」となることに決定した。また、この正式名称に続いて「スティーブン・セガール アフリカAIDS基金」という名称をつけようと今、考えている。この団体の理事長には山田英代さん、会長にスティーブン・セガール氏が就任する。(写真参照)また、理事にもなるべく各界の方々を招聘しようと考えている。とりあえず、NPO設立準備委員会を発足し任意団体としてNPO設立までの期間、活動を行っていこうと思う。今回のミーティングでは非常に大きな前進が果たせたと感じている。 私の考えとしてはこの会は設立段階から一貫してなるべくお金をかけずにやっていこうと思っている。お金をかけることや集めることばかりに捉われると会の目的が分からなくなってしまう。お金のことばかりで逆に中身のない団体になってしまうことが私にとって一番憂慮される部分だからでもある。そうはいっても、お金が無ければ会を運営していく事は困難であるわけで、あくまでもこれは理想であるが。色々な人々が人脈とコミュニケーションを大事に育んでいくことができればいいなと考えている。私としては、特に大学生を主体とした学生や若い社会人などにこの活動に参加していってもらいたいと思っている。アフリカのAIDS問題を通じて社会理念を学んでもらいたいという本音があるからだ。アフリカのAIDS問題に苦しむ人々を救い、且つ日本のこれからを背負っていく若者に社会貢献の場を提供することが出来れば、それこそが私の理想である。またこの会を通じて若い世代に人的ネットワークを提供し、彼らの将来の一助になればいいとも思っている。日本でのこれからが本当のスタートである。よろしかったらClickにご協力ください
2006.08.03
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ロビンアイランドでの2時間の体験はその後の船の中で私に色々と語りかけてきた。差別と弾圧、迫害の歴史はこの国ではまだ終わったわけではない。しかし、僅かこの十数年の間に劇的な変化をもたらしたのは確かである。日本ではこの国と比較するべき歴史を実際に持ってはいないと私は思っているが、それでも私が少し学んだ戦後の状態をこの国に重ねて見てしまう。破壊と混沌のあとに国がどのように育っていくのか、戦後の高度成長期に生まれた私としては実際に日本の戦後の風景を知らない。私としては、この国の現在に戦後日本の最も混沌とした時代が垣間見える気がするのである。戦後の日本において日本を経済大国に押し上げ国民の生活を豊かにした源は、私はやはり教育だったと思う。教育体制の整備こそがその後の繁栄を築く礎となると確信している。この時、私はこの国に必要で私ができる事を一つ見つけた気がした。人々が自由な意思を持ち、国というコミュニティに率先して参加したくなるような体制作り。これは実に理想的な状態だと思う。しかし、国家とはコミュニティではないのだという現実もある。この国の歴史を振り返ったとき、それがはっきりと分かる。政治的な弾圧とは即ちコミュニケートの閉鎖である。私の持論は、人はコミュニケーションの中でのみ人としてあることが出来る、というものである。孤高を志し、清廉潔白な生き方というものもあるのだろうが、それとてそこに至るまでにはコミュニケーションがあって初めて可能である事だ。私にとってはそこで弾圧を受ける事はある意味「死」を意味する。そこで希望を捨てずに生きる事の精神力は並大抵のものではないはずだ。私はここでネルソン・マンデラをはじめとした人々に心から敬意を示したいと思った。そして、ここで死んでいった人々の冥福を祈らずにいられなかった。精神の死のみならず肉体までも殺されるようなこのような歴史はけっして繰り返してはならないものであろう。
2006.08.02
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(2006.7.31)本日、無事最初のミーティングが終わった。結論から言えば今回のミーティングは無事成功だったと言える。ボスの協力を取り付ける約束を得る事ができた。明日より細かい打ち合わせに入る予定である。ボスを足止めしておくのも実は結構あちこちに損害を発生させていたりするので、時間を押してミーティングを進めるつもりである。今後の日本での法人化とそれに伴う団体目的については、現状の構想は以下の3点を考えている。1、南部アフリカ地域の教育者養成のための海外留学プログラムの創設2、エイズ孤児のための支援施設の建設、運営3、貧困層におけるHIV/AIDS罹患者への医療費補助基金の設置また、この支援活動を実行・運営していく為に、我々が出来る具体的な事業活動についても検討中であるが現在以下のようなものを考えている。1、チャリティイベント、講演会等の開催2、チャリティ商品販売3、協賛者や協賛企業の募集4、アフリカ現地の状況をレポート、出版等 さしあたって日本での法人認可までは時間がかかりそうなので法人設立に向けた任意団体を立ち上げて活動に望もうと思っている。今回立ち上げる法人は我々のコネクションをフルにいかしたものにしようとも考えており、特に将来的にはイベントに力を入れて行きたいと思っている。日本の芸能人やスポーツ界へも参加のオファーをしているので、期待したいところである。問題は実務レベルでの動きをサポートしてくれる人材の不足であるのだが、日本へ戻りこの問題に取り組もうと考えている。何とか年内には、支援活動がきちんと始められるようにもって行きたい。
2006.08.01
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