私は父親の顔を知らない。気がつけば、立花の家には私と姉の果歩と母の三人で
住んでいた。母は保険外交員をしていて、帰りの時間が不規則になることが多く、
私と果歩は小学校に入った頃からふたりで過ごす時間が多かった。菊名駅からほど
近い小さなアパートに三人は身を寄せ合って暮らしていた。アパートの回りには自然も
多く残り、学校帰りには原っぱで道草を食って帰ることが私の日常だった。湧き水から
流れる小川には蛙やヤゴが見られることもめずらしくなかったし、春にはシロツメグサや
タンポポが原っぱに点々と色を添えていた。時間を忘れて積んだ土筆を一握りほど
持ち帰ると母が喜んだ。夏にはオシロイバナで色水を作って遊び、、黒い種の中から
取り出した白い種は白粉のように顔に塗るのも面白かった。誰かに会えば一緒の
遊び、そうでなければひとりで過ごす。そんな時間を、私は寂しいと感じたことなど
なかったように思う。
果歩はたいてい私より一足先にうちに帰っていて、6畳の和室に置かれた小さな
テーブルに向かって宿題をしていた。ふたりそろえばおやつの時間と決まっていて、
果歩は上手にココアを入れてくれた。ごろりと横になって駄菓子を頬張る私を見て、
口うるさく注意をする。たったふたつしか離れていなくても、私にとって果歩は姉であり、
また母のような存在でもあったのだ。
小学校で、父親がいることが普通だと友だちに指摘されても私は少しも気になら
なかった。父親の顔も知らなかったし、うちはこれが普通なのだ、と思っていたから母親
に父親のことを聞きもしなかった。離婚したのか死別したのかなんて、私にとっては
どうでもいいことで、料理上手で働き者の母、そして頑張り屋の姉との三人の生活は
いつだって平穏に過ぎていたから、深く考えることが誰かを傷つけるとしたら、そんな
ことを問題にするのは無意味でしかありえなかった。
ただ、忙しい母に代わって、うちのことをひとりでまかなおうとする果歩は物事を柔軟
に考えることができず、無理をしている姿は、私には切なく感じられて悲しかった。
だから、果歩の言うことに逆らうことはなかったし、そうすべきでないことは、誰に教え
られなくてもわかりきったことだった。
私が初めてオペラのことを知ったのは、中学に入ったばかりのことだった。幼い頃から
果歩とふたりで通った図書館に、いつからかひとりで通うようになり、その日も私は
一週間前に借りた本を返却し、新しい本を物色するために訪れた。入り口には大きな
掲示板があり、地域の広報新聞や県や市の施設で行われるイベントや講演の
インフォメーションが目立つように張り出されている。そして、私はその中にオペラ公演
のポスターを見つけた。日本の劇団の公演で、真紅に近い朱色の背景のポスターの中
には、修道服に身を包んだ女性たちが聖水に映る黄色い太陽を眺めていているその横
に、大きく主人公と思われる女優が悲しみに顔を歪めているカットがあった。私は、
派手な化粧をしたその日本人女優の名は知らなかった。ただ、「黄色い太陽」という
言葉に目が留まった。
イタリア貴族の生まれであるアンジェリカは恋をして、婚外でひとりの男の子を宿した
ことで、出産後にはその罪を問われ、愛する子供と引き離されて修道院に身を潜める
ことになった。
ある日、美しく花の咲き乱れる庭で、聖水盤に太陽が黄色く映って輝くのを見つけた
修道女たちは「奇蹟が起こるしるしに違いない」と言って、自分たちの願いを黄色い太陽
にこめた。
「アンジェリカは何をお願いするの」という仲間からの問いに、彼女は、「私は願いなど
ありません」と答える。過去の秘密を背負って、散りゆく葉をただなす術もなく待つだけ
プラタナスの老木のように生きていたし、これからも彼女の人生は変わることなく続く
はずだった。
その日、修道院の前につけられた豪華な馬車から降りてきたのはアンジェリカの伯母
だった。数十年前から、亡くなったアンジェリカの両親の遺産を管理していたが、
アンジェリカの妹が結婚をすることになったからと、アンジェリカがもらうはずだった親の
遺産を全て放棄させて妹に持たせようと、証書にサインを書かせるために修道院を
訪ねてきたのだった。
アンジェリカは快くサインをするが、一族の恥さらしであるアンジェリカのことをよく
思っていない伯母は、手放した息子の安否を尋ねるアンジェリカに、息子はとうの昔に
流行り病で亡くなったと冷たく告げる。
愛する子が亡くなったのを知ったアンジェリカは、絶望のあまり自らの命を絶つべく
毒薬を飲み干す。しかし薄れゆく意識の中で、自殺を戒める神の教えに背いた事に
深い罪の意識に目覚め、聖母マリアに悲痛な思いで許しを請う。すると遠くから天使
たちの声が聞こえて奇跡が起こる。修道院が光に包まれて、アンジェリカの子供を
抱いた聖母マリアが現われ、その子を死に逝くアンジェリカの方に押しやると、その胸に
わが子を抱いたアンジェリカは幸せそう静かに息を引き取った。
子供の頃、真っ白い画用紙の上に、黄色い太陽を描いた記憶がある。すると先生は、
「他の人は太陽を赤く書いていますよ。あなたも赤く書いてみましょうね」と言って、私に
赤いクレヨンを握らせた。
自分以外のみんなには太陽は赤く見えているのだ。
太陽が黄色く見える自分はきっと周りの人とは違っていて、
もしかしたら、どこかが変なのかもしれない。
心の中でそう思いながら、誰に訊ねることも確認することもなく、いくつもの誕生日を
やり過ごし、時が経つにつれて、いつしか私は黄色い太陽のことを考えることもなく
なっていった。子供の頃にはよくあることだ。ただ、あの時私はまだ知らなかった。
思い出は消えることなく身体の中に蓄積して、その人格を作り出す。時として古びた
思い出はどこからか顔を出して、心を少なからず揺るがす存在になる。たとえば静かな
湖の底で古い土砂が幾年もの間揺れ動くことなく沈殿し、地上にいる誰の目にも
留まらずに忘れ去られたとしても、いつか舞い上がって透明な水を濁すことがある
かもしれないというように。そうして私は十三歳になった。
もう忘れたはずだった「黄色い太陽」という文字を図書館のポスターの中に見つけた
時、色の褪せた古い記憶がふつふつとよみがえった。身体の奥底に沈殿していた光景
がよみがえり、光のさす水面に向かってゆっくりと浮上しようとしてもがいた。
私が見た「黄色い太陽」は奇蹟のしるし?
その日、図書館を出てからも、ポスターの画像が心に残り、聖水盤の中に浮かぶ
黄色い太陽は私の頭の中から忘れることができなかった。
つづく
魚がおよぐ日 ~final step July 18, 2008 コメント(3)
魚がおよぐ日 ~step 25 July 16, 2008
魚がおよぐ日 ~step 24 July 14, 2008 コメント(2)