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自転車に乗っていると気づくことがある。それは「ゴミ」以前、ここに越す前にこの裏山をずいぶん走った。少しいくといろいろ落ちている。あるとき黒い電話機が落ちていた。くねった山道のコーナーを曲がるごとにガスコンロや冷蔵庫、洗濯機とお決まりの物が続く。「なんだかなぁ、そのうち家が一軒落ちてたりして」なんて思って心の中で笑った。次のコーナーを曲がるとびっくり!なんとそこには家1軒分ぐらいの廃材が「落ちて」いるではないか!しかしそれらは「落ちてる」というように表現できるような存在の仕方だ。まるで引越しのトラックから次々と落とされていったかのようだ。そこは斑尾山の裾野、私たちの水源地でもあります。水は冷たくおいしく簡易水道で飲めます。東京へ行った子供らは水のまずさに先ず閉口するようです。あとは空気のきたなさも。深呼吸したくないといったところでしょうか。しかし田舎の澄み切った空気の中でも平然とゴミは捨てられています。なぁ、大人ってさ。モラルっせうもん、ねんかい。まあんず。楽しいライドはいつも怒りのライドと化して終わるのでした。このゴミというものは大型耐久家電の普及で増えていったと思われます。使えなくなった冷蔵庫、このあたりではどうなっているでしょうか。やまの畑に行ってみてごらん♪冷蔵庫がおいてあるところ、車がおいてあるところがけっこうありますよ。
2005年10月31日
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いつもこのへんてこなブログを見てくださっている皆さん、ありがとうございます。私も人の子、楽しく行きたいなぁと思うんですが、どうも根が真面目に出来ていて(私のせいじゃないです、DNAのせいですね・・・)ついついまじめくさっていろいろ書いてしまいます。お付き合いしていただいて感謝しています。あ、、、、なんかもう何を書こうか忘れてしまいました。ドラマ水戸黄門の主題歌で♪人生楽ありゃ苦ぅ~もあるさ~という歌があります。でもこの「楽」と「苦」の順番を入れ替えたほうがいいかな、なんて別にどうでもいいことを考えたりしています。実は私、この誕生日をめどにまた自転車に乗りたいと前々から思っていたんです。今のところまだちょっと乗れそうにないですので、このブログで鬱憤を晴らしていきたいと思います。さてこの水戸黄門の主題歌には琵琶湖1周の思い出があります。14年ぐらい前のことですが、、私は小学校5年の娘と二人で琵琶湖サイクルマラソンに出場しました。その時の思い出の歌です。続きはまた!話には全然関係ないけどキムチのピザ。これはごはんにキムチさんがうちの冷凍ピザの台を使ってご自分のキムチをのせて作ってくれたものです。キムチとチーズはとても合います、どちらも発酵食品だし。このピザは絶対うまいですよ!てーことでおやすみなんしょ!
2005年10月30日
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昨日の新聞にこんなことが載っていた。『・・・・・・・・(小泉総理は)「靖国神社は『賊軍』は祭って(原文のまま)ないとか戦死者以外は祭って(原文のまま)ないとか、意外とご存知なかった。A級戦犯合祀、これもあまりご存じなかった」・・・と語ったのは元自治相野田毅。『自民党総裁選で「8月15日靖国参拝」を公約し2001年4月、首相に就任した小泉純一郎。野田は保守党幹事長としてよく顔をあわせた。「行くって言っちゃったからなあ」。小泉は何度もそう言った。野田は「小泉さんは国会で、A級戦犯は戦争犯罪人だと。先の戦争は侵略戦争だったと。でも靖国には行く。どういう考えなのか・・・・なかなか難しい」と漏らした。』靖しとは安らかにするという意味があるんですよね?この寺は今のところ逆にいろいろ「にぎわして」いるようですが。その前日の読者の投稿欄では「いつまでも総理大臣に靖国参拝を続けてほしい」趣旨の投稿が載っていました。70代の女性です。その方の顔も思い出せないお父さんが祀られているというので。寺というもの、宗教というものすべて人間が作り出したものです。であるならば人間のために、すべての人間のために祈りましょう。あの「9・11」のあとアメリカ人と話す機会がありました。彼女はこういいました。「宗教がなければ、と思わない?」私は宗教を否定してはいません。いろいろな「宗教」があるというのもある程度は知っています。しかし出来れば宗教はなるべくなら「人」の幸福のためにあってほしいです。
2005年10月29日
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29日は父親の誕生日だった日私と1日違いでいつもいっしょに誕生日していたっけな。もう24年も前の10月14日に死んだ。父親は私が小学校の時絵をほめてくれた。でも絵は下手です 笑今になって思う、しっかりいいところは受け継いでます。笑ありがとう、あなたの娘でよかった。なぜか涙が出るよ~ 笑
2005年10月28日
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今日は「おたじゃうひ たじゅやひ おたんうよひ おやわい およわい」の日でした。父母と神に感謝。最近自分のしたいこと、しなければならないことを考える。でも、それがなんだか分からない~♪
2005年10月28日
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私も今日は少し疲れました。人の言葉の渦に。やんちゃなラッキーも、近くへ行くと喜んで飛び跳ねて。体もあったかいし、生きている。スプーンを曲げてしまうアッキーの手も熱い。地球もそうなんかな?暖かいし生きている。母親に寄りかかるように私たちはこの星に寄りかかって生きている。さほどしゃべらなくても真実は伝わるものと思いたい。
2005年10月27日
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高校生マジシャン橋本アキットのブログ⇒http://blog.so-net.ne.jp/akitto/しー耳を澄まして!地球に耳を当てて星の声を聞いてみる腹ばいになって地球に耳を当てると鼓動が聞こえるそれは私の魂の鼓動あなたを通して聞こえる宇宙のものがたりきっと聞こえてくる私の進む道Close to you
2005年10月27日
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高校生マジシャン、橋本アキット登場。スペードを印刷しそこねました!失敗? 信越放送Uパレードで彼のコーナーが出来ました。毎週木曜日です。明日放送ですよ。今日はニュージーランドへ行ってしまうお友達の送別会でアッキーがクロースアップマジックを見せてくれました。何度見てもびっくりです。食い入るように見ているのだが・・・???彼の不思議はなんといってもスプーン曲げ。そのもととなるハンドパワーを体感できます。フシギバラシイ!(不思議ですばらしい!)大久保さんも書いていらっしゃるように、夢を追いかけたいですね。 ^^遅くなってしまいました、お返事はまた明日!
2005年10月26日
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、、、、ということで。ピザっ小僧は冒険に出ることにします。(笑)ガイコクへです。いやぁ、まぁ、そういう心意気を持とうと、そういうわけでして。 しゃぶしゃぶピザ今ピザは日曜日だけ焼いています。PIZZERIA DOMENICA という店名にしようかしら。笑毎年NYから夏に見えるAさん、NYでピザを焼いてほしい!と。考えなければ何事も始まりませんね。気持ちは「ジャンプ!」ってことで!冒険はしたものだけが持てる価値をそこに見出すのですから!
2005年10月25日
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今日はお友達がご来店、久しぶりだし何を出そうかいろいろ考えました。そこで前菜は特別にセットにして御膳風に。急ぎで撮ったのでピンボケです。かぼちゃのスープカプチーノ仕立てセージ風味トマトのパスタサラダ、モッツァレラチーズ添えバジル風味カポナータ添えピッツァブランダード風じゃがいものサラダズッキーニのソテーオレガノ風味葉っぱは庭のかえでの葉です。脈絡なくいろいろな話になりました。ほんと、楽しかったです!4人の内2人は長野市で後は須坂市の方。やはり年金⇒議員年金などの話から「合併」の話に。須坂は人口5万人、高山村に振られてしまい、相手もいなくなりました。長野はあちこちをくっつけて面積は大きい街になりましたが、やはりここは須坂も長野市に合併していくのがいいのではないか。国会議員の年金が減らされれば続いて県、市町村と右へならえせざるを得なくなるということも考えられるのでそれはいいことです。「市会議員なんてさ、議会で居眠りしてるのよ、人数も多過ぎるし。」こういう話を聞いてくれる人いないのかしら・・・・ねぇパスタ屋会議では最後にはそういう意見になりました。笑飯山は野沢温泉に振られてしまいましたが、あとは栄村が残っているだけ。なんだかパーティで相手もいなくて壁の花になったものがあぶれたもの同士でくっつくかどうかちらちら目を合わせたりして考えるといったような感じですかね? 笑
2005年10月25日
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原始人間ギャートルズに出てくるようなヤップの石貨と「銀行」⇒http://www.visit-micronesia.fm/j/yap/sights.html葉っぱ「が」お金に(笑)⇒http://mbs.jp/satamoni/genba/06.html葉っぱのお金(この話、好きです)⇒http://www.aozora.gr.jp/cards/000121/files/637_13341.htmlフランがあるんです、フラン紙幣。日本円に換算して何千円でしょうか?もう交換できないんでしたっけ?フランは。そうなるとただの紙切れ。きれいですけど。ヤップの石のお金の価値は、その石が持っている「冒険の量」によって決まるんですって。ロマンチックですね!ヤップでは価値があるものなんですって。お金ってなんでしょうね。人間に必要なものでしょうか、、、、、、あ、ちょっとは下さいね、私にも。そろそろ手袋を買いに行かなければ!灯油もね、それに「ブル」の燃料も!(泣)もちろんこの投稿は21日の日記にコメントくださったシャルドネさんの書き込みを読んでのものです。私は、このように考えます。ほんらい、すべての通貨は地域通貨であった。これが広域通過となった時代に、われわれの不幸が始まったのではないか、と。たとえば娘が病気になります。わたしは、おそらく自分の持てるものをすべて、、、ときとしては命を投じても娘の命を守ろうとするのではないでしょうか?これを経済の言葉に翻案すれば「有効需要」ということになります。わたしの行いは、すべて娘の病気の治癒に投じられ、消費されたものはすべて有効に尽くされるのです。結果、娘の病気が快癒せず、運悪く死に至った場合ですらその消費されたものは有効な投じられかたであったわけです。通貨とは、本来このような局面でだけ交換することを赦されていた経済指標だったのです。わたしが、すべての通貨が地域通貨であったはずだというのはそれゆえなのです。いつか、通貨がわれわれを支配するための道具や、装置と化した瞬間があるはずです。それが通貨の広域化を突き進めたのです。なぜ「大きいことは良い事だ」となったのかの秘密もそこにあると私は思っています。明日の前菜の覚書スープ ピザトマトとモッツァレラのサラダ、パスタ入りああ、なんだぁ?楽天ブックス、もうじゃまだなぁま、そのうち慣れるか、、、
2005年10月24日
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伊達四代藩主・綱村http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc_dic/dictionary/dic_ma/dic_ma_18.htmlhttp://www2.rosenet.ne.jp/~spa/kabuki/html/ess/ess137.html正岡 政岡 浅岡の局?増田喜多(政岡)(1539~????)増田貞隆の妻、茂庭綱元の異母姉、片倉景綱の異父姉、伊達政宗の乳母、鬼庭良直の娘歌舞伎「先代萩」の中に現れる烈婦政岡の原形となった人。(注)しかし、親族にすごい名前が並んだものだ・・・・政宗の母、義姫に対しても一歩も引かなかったという逸話があるだけにすごい人だったんだろうな・・NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」では“三択の女王”竹下景子が演じた注)烈婦政岡:四代藩主綱村の生母三澤氏初子とこの人をモデルにしていると推察されている。 立場は三澤氏初子、性格は増田喜多をモデルにしたということでしょう。http://www008.upp.so-net.ne.jp/tomeas/moniwa.htm山本周五郎「樅の木は残った」伽羅先代萩=めいぼくせんだいはぎ先代=仙台にかけている。
2005年10月24日
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私の3大ピアニストです。リヒテルグレングールドルビンシュタイン順序はありません。リヒテルはその音を聞いて私がピアノを弾きたくなったというピアニスト。グレングールドに関してはいまさら私があれこれ言うことはありません。好きなものは好き、に尽きます。ルビンシュタインこの人の晩年の演奏、雲の間からこぼれる日の光のようです。涙ものです。ちなみに私の一番弾いた曲は「ハノン」です。ハノン大好きですハ、のんきだぁね♪
2005年10月23日
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朝、山は雪でした。今日は日曜日らしくくだけた内容で。(っていつもはそんなにすごいこと書いてるんかいっ!)スポーツドクター吉松は、水島新司の野球漫画を読んだことのある人なら知っているかもしれませんね。ドクターはここにいます。⇒千曲中央病院さて後輩が野球をやっています。最近この千曲市で試合をしてたら件のドクターがその試合を見ていらっしゃったようです。試合後に私の後輩はドクターに「君、どこのノンプロにいたんだい?」と声をかけられたそうな。るんるん気分の後輩は「野球小僧」というスナックをやっています。あのころ彼は野球部1年生の「パシリ」でした。でも毎日一番最後までいたのは彼でした。ウラジーミルアシュケナージショパンコンクールに4位入賞したのは長野出身の山本貴志くん。今日の新聞で彼はこう語っている。「ショパンはマズルカなど踊りの曲がすばらしい。ショパンの響きと抑揚は日本のメロディと似ている。モーツァルトは分かりやすい旋律だがショパンは自然さが特徴だ。どんな作曲家にもないものを持っていると感じる。」ウラジーミルアシュケナージもショパンを得意としているピアニストの一人です。そんな彼に私の甥っ子が遭遇しました。場所はSaint Lucia(セントルシア)写真はちょっと角度を変えたところから見たゴ・ピトンです。この大小からなるピトン山の間にはビーチ所有のホテルがあり、知る人ぞ知る、ウラジミール・アシュケナージも滞在します。以前雨の日に泳ぎにいったら「寒いですね」と、いきなり日本語で白人の老夫婦に話しかけられ、「日本語、お上手ですね~」、なんて感じで少しおしゃべりしていたら、アシュケナージ本人でした。そのときは、世界中回ってるという話も聞いたので元気なおじいちゃんだな~、位しか考えていなかったのですが…。サインもらっとけば良かったな…。また今年の終わりごろ、ルシアで何かやるらしいです。Blog<日替わり通信ランチ in Saint Lucia>より甥っ子は海外青年協力隊でセントルシアにいます。では、お返事はお風呂のあとすぐに!(すみません、明日までちょっと長風呂します~~~)
2005年10月23日
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ローズマリーのパスタ鶏と山栗のローズマリー風味ローズマリーはRosmarinus(ロスマリヌス)というラテン語で「ros(露)+ marinus(海の)」=「海のしずく」が語源で「ローズ(薔薇)まりぃ」ではありませんでした!笑庭にあるローズマリーをオイルでじっくり加熱、そのオイルを使ってトマトのスパゲッティ。(上の画像)チーズの溶け加減がおいしそうです。ついでに鶏肉と栗の煮物ローズマリー風味。(下)パスタは入れなくてもいいです。栗は裏山の栗です。木切れやイガなどを炊いてそこでゆでてきたものです。ほっ栗してますよ~夕方4時にラーメンを食べました。助屋信州中野店開店したばかりでした。とんこつです、今までの中では高得点ですよ。最近の中では一番いいほうです。しかし、食べ終わる頃には、、、もういいかなっていう感じでした。とんこつ、好きですけど。最後のほうはスープのしょっぱさがきつく感じてしまって。私は「あっさりしている中にも深いこくがあるラーメン」が好きです。昨日のコメントのお返事はこれからです!
2005年10月22日
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洗濯をしている。娘が出て行ったのでその部屋に息子が「民族の大移動」をしようとして、ためこんだ洗濯物を発掘した。「洗濯物が山」とか言うけどほんとうに小山3つぐらいあったよ。そして息子は遊びに行ってしまった。今朝も残りの山を片付けるべく風呂桶から残り湯をかい出す。今日にも、明日ではない今日にも壊れそうな洗濯機で洗う。壊れているところは分かっているんだ、しかし「今まで本当にありがとう、でももうちょっとね、頼んます、お願い!」とか言って暗い脱衣所でぶつぶつ言って頭を下げているところを知らない人が見たら怖いかもよ、でもこれもいわゆる「スピリチュアルなお経」の類で・・・そりゃ私も思うさ、全自動の洗濯機がいいなぁ・・・と。でもなんだか、、つい昔に比べればぜんぜんましじゃん、とか思ってしまう。昔っていつよ!確かに全自動の洗濯機にすればこんな時間は省略できる。でも、省略して空いた時間なにすんの?第一洗濯機を買うために余計に金を払う、↓つまりは余計に働かなきゃいけない。↓時間がなくなる↓洗濯をしているひまがない↓今度は乾燥機がほしい↓笑洗濯機の中みたいにぐるぐる回りですなぁ、、、しかもただ回っているだけでなくスパイラルに急降下!洗濯をしていると頭はひまじゃのう。だからいろいろなことを考える。こないだの「ためしてガッテンでやっていた酵素の話」とかを良く考えることも出来る。「シャルドネさんの難解な内容」も少しは考えてみよう。尾澤さんの話で3回満州へ行こうとして向かったけれどそのたびにいろいろなことがおきて、3回目は終戦の年の3月だったけど、途中広島のひとつ手前のあたりで「デング熱」で1週間寝込んで帰ってきて九死に一生を得た話など。東京大空襲の翌日、地下鉄から地上へ出てみるとまだ地面が熱く明治生命ビルからはまだ煙と火が出ていたことなど。そりゃそうだ、消す人がいなかったから、などなど。そんなこんなをつらつら考える。そういう時間がないと。あわてて過ごしたって人生はつまらない。私は「即レス」の出来ない人間で、1日やややもすると何ヶ月もそのことを頭の片隅においたりしているもんだから、のろいといわれていやなこともあったけど。壊れかけの洗濯機はこれでいてけっこう私のよきパートナーなのだ。そういやよく「ホルスタイン」と呼ばれたりしてます、、息子が学校で作った短パン(バミューダパンツ?)、ホルスタインがらなんです。「お母さんにあげるよ!」ですって。私に似ず器用な息子だ!でも乳はそんなにでかくないぞ!あ、腹か! (そっちか、、、涙)
2005年10月21日
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お経やなんかはもともとそんなものなのかもしれない。(だいたい最近の「スピリチュアル」って言葉ってなんかね、、、笑)飯山の話になるとやはり正受庵の話になる。「正受庵:しょうじゅあん」は臨済宗の傑僧、道鏡恵端禅師(正受老人)が晩年まで、ひたすら座禅三昧に暮らし、後年いわゆる臨済宗の「中興の祖」といわれる白隠禅師が座禅修行した小庵。尾澤さんの話では「昔は正受庵はあんなにりっぱじゃなかたんだ。庭に石があるだろ、座禅石。あすこにな(正受老人が)一晩中ずうっと座ってお経を読んでたんだ、まだ私ら子供の頃も声聞いたことがあるけどオオカミがいてな、夜になると出て来る。でも真剣にお経を読んでいるのでオオカミも(正受老人を)食べられなかったって。そこに一人のばあさんがいたんだよ、お経を読んだり、とても頭のいい人でな、頭が良すぎてなんていうかちょっとおかしくなっちゃったんだな、それでお寺を追い出されてちょっと離れたところにちっちゃい小屋建てて、そこに住んでたんだ。出かけるときはありとあらゆる服を身に着けて出てきていた。一番上の子供が生まれてな、夜鳴きがひどくて、私はそのばあちゃんに「夜鳴きがひどくて近所迷惑にもなるしどうしたらいいの?」と聞いたの。するとばあちゃんは「わらじを買って来い」っていうからすぐ買ってきた。ばあちゃんはそのわらじを手ぬぐいにくるんで子供の頭の下に枕にして置いて、そこでこうやってお経を読んだんだよ。するとその晩からぴたりと止まったんだ。夜泣きがね。ああ、本当だ。不思議だったねえ。だからほかでも夜泣きして困るっていうと私は「早くあのばあちゃん呼んでお経を読んでもらえ」ってね言ったもんだよ。」
2005年10月21日
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アトリエからの景色人形の撮影やパンフレットの確認のためにまたアトリエを訪れた。そこでしばらく話し込む。今日は用心してテープを持っていく。尾澤さんのご主人は岡谷出身で深谷で製糸工場に勤めていた。話をしていくうちに私の母親が行っていた工場かもしれないということだった。その工場は深谷駅前の武蔵製糸 イチヤマキョウ開國館と言い、戦時中はグライダーの工場になったのだが、そのあたりの話とか、東京大空襲の翌日の片倉の本社のあったあたりの光景など興味深い話しが続いた。あの戦争、負けて良かったんだよ、勝っていたら大変なことになった。まず海外に軍隊が駐在しなければならない。国の男はみんな外へ行って中には男はいなくなっちゃってたかも知れなしなぁ・・・魂だのお参りだのいろいろ言うけれど、み~んな生きているものの都合で言うんだ、死んだものは灰になっちゃってるんだよ・・・尾澤さんご夫婦にはこのあともいろいろ聞いて、活字にして残しておきたいと思います。昨日のテープ取らなかった話で面白いのだけは早めに書きとめておかないと!たとえば子供の夜鳴きがぴたっと収まるお経の話だとか。最近のスピリチュアルよりももっと深いものを感じた話です。明日アップしますね!今日は寝ます、ワックスがけの続きで筋肉痛!あ、これは↑私の撮影ではありません。
2005年10月20日
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スイスのSanshiroという日本人のアーティストです。(やっと更新できました。)ななお・あいかさんというDJがNHKFMの番組で紹介したものです。フランス語のこういう響きを聞くと俄然脳が活性化します。ななお・あいか⇒http://nanaoaika.com/⇒http://www.radiojunior.com/index.htmlこれは子供向けのサイトですね、ここの右側にRechercherというところをクリックして囲みにSanshiroといれてChercherをクリックすると、2個の項目が出てきます。ひとつは上の画像が出て来るアーチスト「Sanshiro」のページですがもうひとつは「JudoBoy」になっています。姿三四郎の漫画かなんかでしょうか!画像の下にプロフィルが載っていて・・・Sanshiro Fankhauserは1976年に東京で生まれ、1歳の時にスイスに来た(?)7年間ピアノをローザンヌのコンセルバトワールで学んだ。ギターも弾きロックのバンドを4年間やっていた。教育学の学生である。1995年彼は最初の歌を書いた。1998年、子供のための劇団に入った。そこで彼は子供のための歌を作った。1990年、ローザンヌで最初のコンサートを開いた。2004年1月1枚目のアルバム「シャンソン プールキ?」を出す。天文学が好きな彼は、このアルバムのすべてのタイトルに「Terre」という語を入れた。(Terreとは地球)・・・と読めますが、最後のところはちょっと自信ないです、久しぶりにフランス語やりました。⇒http://www.swissdisc.ch/d/archive/archive_folk.htm?lang=d&key=565&uebersicht=3ここはドイツ語のサイトです(スイスはドイツ語、フランス語、ロマンシュ語の3言語が話されています)、多分このSanshiroのアルバム「Chansons pour qui?」のレヴューなんだと思います。<ローザンヌの歌い手、日本人のSanshiro、子供の・・・とかなんとか、ドイツ語、ワカリマシェ~ンここはMSNのサイト、アルバム「Chansons pour qui?」の内容が載っています。⇒http://music.msn.com/album/?album=41559022#さてこのサンシロウくんの歌は子供向けの歌ですが大人が聞いてもとてもいいです。「タ、チ、ツ、テ、ト」とか日本語がちょっと入っていたりします。言葉というオン(音)が持つ魅力が感じられる歌、歌声です。早く日本で発売にならないかな~と思ったら七尾あいかさんのサイトのコメントのレスにeMusicというサイトでダウンロードできるとありました。eMusic⇒http://www.emusic.com/promo/home.html彼女(七尾藍佳)のブログにあのオノ・ヨーコと取った写真がアップしてありました。内容は・・・オノ・ヨーコさんにインタビューしたときに、おっしゃっていたことですが、「この部屋にいる人たちはみんなエリートなのよ」それは、もちろんそのことを自慢しているのではなく、そのことを「意識」しなければいけない、ということなのです。それは、オノ・ヨーコだから、あるいはマスコミだから、というそういうレベルの話ではありません。食べるものにもこまっている人々が、どれほどこの地球にたくさんいるのか。寒さもしのげず、あるいは暑さのなかで脱水症状で死にゆく人がたくさんいのるのか。ここ、日本に生れ落ちた時点で、それは地球規模でみた場合の「エリート」になる、そういう視点をまずはもちましょう、ということをヨーコさんはおっしゃりたかったんですね。(ちなみに下の写真は、感動して泣いちゃったんで目がはれてるんです、、、)
2005年10月20日
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アトリエ・ドゥ・ラスープ グッドアクセントからアートなスープ ハートアートカフェではwarmheartedスープを出そうと思っています。私の「アホのスープ」 神道って、私の思い描いているものと、某神社の「シントウイズム」とは少し違うような気がする今日この頃。昔「島」と「半島」との交流がもっと盛んでもっと「ゆるく」おおらかだった頃。そんな頃だってあったはずだ、でもいつからこんなことになってしまったの?もっともギリシャ神話にしろよくよく見てみると神様ってけっこう勝手だね。好き勝手し放題じゃない。争うわ、略奪してもいいというわ、女をさらうわ、ひどいもんじゃ、あ~でもこれが本当の人間の姿???神様がいいって言ったからっていって正当化してるの?それにくらべて私はのどか。のどか村大字のどかに生まれてほんとうによかった。神に感謝します、、、、って、ん?い、いか~ん!いったいどの神に感謝するって言うんだ~~~私はいろいろ叫びたいことがあるけど、本当にそれは本当か、それを実感しないと叫べないのよ。だからいろいろ「検索」しているうちに時代はドンドン変わってしまう、これじゃぁ、、、それはいやだなぁ。でも私ダジャレと皮肉しかでてこないんです~やっぱりもう少しかなぁ、、、スープの店をやってた頃の過去日記です。続けざまに2回削除されましたからね、そしてこのあと台風、地震と続くのです。04-10-20「 笑ぁって許して、」またこんなことになっちゃいました。ご迷惑をおかけしてすみません。原因はフリーページに本店へのリンク張ったこと。お客様からの「注文しました」という書き込みがあったこと。かな?ブレッド&スープ(サーモンのチャウダー)04-10-21「しあわせもん、です。わたしゃ。」今日、川が、千曲川やその他中小の河川が大変なことになっていました!写真撮りましたがカメラを長野に忘れてきたので(ドジッ小僧です)アップは明日です。昨日は長野ケーブルテレビ、今日はリクルートの「アントレ」という雑誌の取材でした。明日はFM長野の生中継だそうです。そう聞くとすごいって思う方もいらっしゃるかも。でもね、ぜんぜんお客は来ません。今のところ。まだオープンしていないような気さえします。どこまで頑張れるかちょっと不安です。楽天に関しては自分が「商売」してるってことを忘れてしまっているので、、、ほんとに日記を書いたり、いろいろな方とのやり取りが楽しくて楽しくて!ピザなんかも買っていただいていますけどあまり商売って感じがしないんですよ!私は本当に幸せ者です!まぁ、あまり削除されないように気をつけたいと思います。ありがとう!これは「ローらずキャベツのスープ」です。04-10-26「ゆるく生きたい、きのこ汁」私はこれでいてけっこう生真面目でゆるく生きられない、他人の目や評価が気になる人間でした。でも今はちょっと違う、ゆるく生きたい、と思っています。いろいろありますよ、思い通りに行かないことや苦しいこと、、でもそれもひっくるめて、アハハと笑ってすごせればなぁ。セミナーなんかで自分を発見したような気になるのは否定はしないけど「促成栽培」のような感じです。ま、私のそれだけ年とったってことかな。自分で今言ったこともひらひら変えるし、、、笑でも自分をがんじがらめにして苦しむより多少「不良」でもあっけらかんとしていたいです。以上、雑感。そしてきのこ汁 このきのこ汁のレシピです、、、以前メルマガに掲載しましたが忘れていたので自分のためにももう一度読み返しました。少し「洋風」っぽい味にしたいのでベーコンを入れていためます。そこへねぎ、さといも、かぼちゃ、にんじんなどお好みの野菜を切って入れて煮ます。チキンブイヨンがあればいいですがない場合は「コンソメ・キューブ」を少し入れます。入れすぎないように。写真のパスタは「ファルファッレ」と「オレキエッテ」ですが、なんでもいいです。かたい野菜がある程度煮えたらパスタをそのまま放り込みます。パスタによってゆで時間が違いますがあまり気にしなくてもいいです。ただゆで時間がかなり違うものを数種類入れる場合はゆで時間が長いものから入れます。さてパスタが柔らかくなってきたらなめこを入れます。豆腐なんかも入れてもいいかも。煮汁が減っていると思いますので、そこへ牛乳を少し入れます。「こくだし」ですので少しでいいです。トマトソースかトマトピュレも少し入れましょう。煮汁が足りないようだったら水を足します。さてそれから最後に味噌を入れて味を調えます。チーズとオリーブオイルを振って食べてくださいね。なくてもいいです。トマトは隠し味だからホンの少しでいいの。ホントに少しで・・違う時入れすぎたら、変な味になっちゃって、 笑固めのご飯入れて「簡単リゾット」にもなります!(って、おじやですけど・・・笑)(今小千谷は大変なことになっています!そして長岡にいるいとこの息子(うちの息子の高校の同級生の)なおちゃんはコップ半分の水で1日過ごしたそうですがやっと水が出たとメールが来ました。それよりもひどい被害のところはきっと大変なことでしょう!今朝銀行のATMの列に並んでいると2人のおじさんが話していました。むすび(おにぎり)でも持ってさ、飛んで行ってやりたいね、、、と。)このきのこのスープ、店では豆乳入りにして出していました。これが1番売れたかもしれません。あれから1年たちました、私にとっても大変いろいろあった1年でした。今読み返しますとやはり皆様からのコメントが本当にうれしいです。本当にうれしいです。
2005年10月20日
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前の記事の人形作家、尾澤さんとちょっと話してきました。テープを持っていって録音してこようと思ったけどやめておいたので、話を忘れないうちに書き留めておかないと・・・尾澤さんは深谷の製糸工場にご主人が勤務していた。しかしその工場は戦争になって「グライダー」の工場になってしまった。その近くの社宅に住んでいたのだが、工場のそばに飛行場も出来たりして空襲も何回もあった。小さな子供と一緒に何度も押入れや防空壕に隠れた。しかしそんな生活は我慢できなくて実家に戻ってきた。実家のそばで部屋を間借りして子供と一緒に住む生活だった。ご主人は兵役に。あるとき娘さんがよその家のお雛様を見て自分もほしい、買ってくれとせがんで泣いたという。しかし人形なんて買える時代ではなかった。そこで自分で作って子供に与えたところ娘さんたちはとても喜んだ、それが人形を作るきっかけだった、という話だった。やはり戦争の話は避けて通れませんでしたね。当たり前のことですが。その中で特に心に残った話は「私らは戦争という大きなことを体験してきた。でもこれからはまた本当にいい世の中になるかどうか分からない。」というものだった。靖国についてインターネットだけで簡単に見てみました。まず靖国とは靖国神社は、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建された。 初め、東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っている。 後に嘉永6年(1853)アメリカの海将ペリーが軍艦4隻を引き連れ、浦賀に来航した時からの、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀り、明治10年の西南戦争後は、外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社である。<http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html>から引用。そして明治15年我が国最初で最古の軍事博物館として開館した遊就館は、時にその姿を変えながらも一貫したものがあります。一つは殉国の英霊を慰霊顕彰することであり、一つは近代史の真実を明らかにすることです。近代国家成立のため、我が国の自存自衛のため、更に世界史的に視れば、皮膚の色とは関係のない自由で平等な世界を達成するため、避け得なかった多くの戦いがありました。それらの戦いに尊い命を捧げられたのが英霊であり、その英霊の武勲、御遺徳を顕彰し、英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにするのが遊就館のもつ使命であります。<http://www.yasukuni.jp/%7Eyusyukan/index.html>から引用。そして前の日記に書いたように私のおじのうち一人はマニラ湾に特攻で、一人は近衛兵だったのが病死、こういう場合どうも靖国では扱いが違うらしい。そのうえ部落出身の兵隊もまんま差別されてるらしい。もちろんガイコクジンもね。それに祀るっていったって靖国神社のほうが勝手にやってるらしいの。そしてどうやって祀ってあるのかといえば「名簿」に書く、それだけのことらしい。そしてGHQがうるさかった時はあまり表立って活動はしていなかったみたいね。いろいろなことがいわれているけど私は死んだおじさんに聞きたい。今靖国にいるのかって。そこにいたいのかって。行きたかったのかって。そこんとこほんとはどうなっているのかって。私は聞いてみたいよ・・・それともうひとつ気になったのは「恩給」のことです。これもなんだかいろいろあるようですね。それもやはり階級の上の人で別に恩給はそれほどいらないようなひとがたっくさんもらえてそんな恩給が生活の糧の大部分になるかもしれなかった人には少なくでるといったように・・・トラックバックしたいサイトもあるのですが誤字脱字などで更新しちゃうとダブってついてしまいますのでしばらく時間を置いてトラックバックさせていただくかもしれません・・・改革ファシズムを止めるブロガー同盟
2005年10月19日
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ハートアートカフェに展示する和紙人形です。アトリエで撮影。地味さ加減がいいですね。作家 尾澤一沢(おざわいったく)のアトリエにて人形はいわゆる歌舞伎人形なので「正岡」とか「八重垣姫」とか歌舞伎の話を知らなければどうしようもありませんのでちょっと勉強します。(涙)説明文を書かなければなりませんので、、、追記します。
2005年10月19日
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『・・・洋作さんていただろ?あの人が泣いてきてさ「こういうわげでおら、金出しておんの土地譲ってもらったんだげども返してくんね」せうん。*洋作さんていただろ、あの人が泣きついてきてお金を出して俺の土地(として)譲ってもらったんだけれどそれを(地主が)よこさないって言うその家の前庭に南向きの家で、ま、小屋だな、それを分げてもらってその家の丁稚奉公というか小作人をしていた。いよいよ年季明げてもさっぱり譲ってくんねがら、それでうちの親父に泣きついて来たん。なんでせったらさ、冬中分解掃除に来てたん。冬中おらちで稼えでたがら。*地主の庭にある小屋に住んでその家の小作人をしていた。いよいよ年季が明けてもさっぱりと地を譲ってくれない、それでうちの親父に泣きついて来たの。なんでうちのおやじに頼むかと言うと洋作さんは冬の農作業のない間、(私の父親のやっている自転車屋で)「分解掃除」をして稼いでいた。「おじさん頼む、交渉して貰えて」っていうわげだ。洋作さんにはこのごろ会ったごとねえや。苗字は、忘れたな。その頃は、まぁず人を貧乏人だって小馬鹿にして、自分で「こんだげ働げばこのはだげやる、田ぁやる」せって、いよいよっせえばよごさねぇんだがらな。*そのころはまったく人を貧乏人だと小馬鹿にして、地主が「これだけ働けばこの畑をやる、田んぼをやる」と言って、いよいよっていえば(小作人に土地を)よこさないんだから相手は強いがらな、洋作さんたちが借りてたのは新屋敷の子分がらだ、そのあえふぁだってみんなお大臣さんの出だ。*相手は強いからな、洋作さんたちが借りていたのは「新屋敷」の「子分」(分家か?)からだ。その連れあい(あるいは仲間か?)だってみんなお金持ちの出だ--「あえふぁ」には相手と言う意味もある新屋敷のおやがたっちはどごへえったっけがな、少しかみの方へ移動して移ったんだよ、そんな頃だと思うんだ。所帯をつれてな、東京まじゃあえがねと思うけど。*新屋敷の親方のうちはどこへ行ったっけかな、少し「かみ」(東京方面)のほうへ引っ越したんだ。一家で。(かみの方と言っても)東京までは行ってないと思う。親父はまだ都会がら帰ってきたばっかのころだがら、わげえがらな、頭へかちんときちゃって、さっそく交渉に行って取ったんだよ。洋作さんがまだ青年でやっと一本立ちしたころだ。*おやじはまだ都会(尼崎)から帰って来たばかりのころだから、若いから頭へかちんと来てさっそく交渉に行って取り返した。貰えるごとんなってるものを返してくんないようだがら、親父は頭にきていっぺえ飲んで交渉にいってな、「なんだわえら、年季明げたのにどういうわげだ、詐欺罪で訴えてやるぞ」なんておどがしあげてそれで取ったん。元に戻したん。*貰える事になっているものを(洋作さんに)くれないようだから、親父は頭にきて一杯のんで交渉に行って「なんだお前ら、年季明けたのにどういうわけだ。詐欺罪で訴えるぞ」なんてちょっと脅かして、それで取り返した。もとの話のように戻したの。頼ってこられて俺やだっていうわげにはいがねな、ああそうかいって聞いといて、それがら作戦練っていったんだ。いかに抵抗して勝とうかって研究していったん。*頼ってこられて「俺やだ」って言うわけにはいかない、ああそうかいと言って聞いておいて、それから作戦練って行ったんだ。いかに抵抗して勝とうかって研究して行ったの。親父さん出てきて話まとめてくれたがら良がった、って話をあとで聞いたごともある。なんか自分で書いて読んで、ああえったらこうえって、こうえったらああえって、きちんとしてえがねと。相手はおおどごでずっしりとしてるとごだろ、でもおやじは話を聞いてじっとしてらんね、おれその気持ち分かるん。酒飲んで勢いつけて出てった。*何か自分で書いてああ言ったらこう言って・・・・ときちんとして行かないと。相手は大きいところでずっしりと構えているところだろ、でもおやじはじっとしていられない、くれるくれるせっといて働がせといて、それっこさべとなめるくらい働いたんだがら、まあんで几帳面で真面目で、こすなんかでぎない人でな。*地主は畑をくれるといっておいて働かせて、それこそ“べと”(土)舐めるくらい働いた。とても几帳面で真面目でずるいことなんか出来ない人でな(洋作さんは。あの大家の家でおれ生まれたん。F・・・・っていうんだ。玄関のことに縁が張ってあってにがいがある。そこ借りていたらしいんだ、なんかの用事でいったら「おめここで生まれたんだで」せわれちゃった。「あらそう、こんないいとこで生まれたの」なんてせったけどね。*あの大家の家で私は生まれたの。玄関のところに「縁」が張ってあって二階がある。そこ借りていたらしいんだ(親が)。何かの用で行ったら「お前、ここで生まれたんだぞ」と言われちゃった。「あらそうこんないいところで生まれたの」なんて言ったけどね。うちのお袋が越後から出てきて、大家っていうんだがら大地主だったんじゃねえの、地主が周りを仕切ってたんだ。そういう家だよ。だがらそこがら田借りた、はだげ借りたなんていっぱいあるがらね、今ごさへぇ小さぐなってるけどね、今じゃあみんな平等になってだいぶ変わったがらな。*うちのお袋が越後から出てきて(祖母は小千谷出身)。大家っていうんだから大地主だったんじゃないの。その地主が周りを仕切っていたんだ、そういう家だよ。だからそこから田を借りた、畑を借りたなんていっぱいあるからね。今こそもう(その家は)小さくなっているけど。今じゃみんな平等になって、だいぶかわったからな。話全部、話のとおりに戻してもらって、生活でぎるようにしてやったんだ。おれは記憶ないけど何年もかげて奉仕してきてるんだがら、想像だげど3反か4反はくれたんだねんが。5反はないと思うよ。もらえばただ働きじゃなぐなるがらなあ。*話を元通りにしてくれるといった畑を洋作さんのものにしてもらって生活できるようにしてやったんだ。私の記憶にないけど何年もかけて奉仕(奉公)してきているんだから、想像だけど3反歩やか4反歩はくれたんじゃないの、5反歩はないと思う。(それでも)もらえればただ働きじゃなくなるからね。・・・』分解掃除とは自転車を本当にほとんど全部いっぺんばらしてベアリングの1個1個までぴかぴかに磨くんです。そしてそれをまた元通り組み立てる。雪国ならではの冬の仕事です。根気も要るし几帳面さも要求されます。私はそれを見ているのが大好きでした。冬場農作業のない農家の人が何人かこの分解掃除に来ました。ハコモノといえば飯山にもいろいろありますがそこを自分たち専用と思ってほかのサークルなどにシェアする気のない人がいます。母親が言っていた「田舎って言うところは狭くて根性小さくてどうしようもねぇやな。姑息でおおらかじゃねぇとこが多いよ。自分の考える視野が狭すぎて、周りがみんなそうだからそれがわからねぇ。精神的に発展性がないよ。だから私なんか「馬鹿」に見えていたんじゃないの。田舎は暮らしにくいところだ「俺が、俺が」が強すぎて。」そのものがまだここには生きているようです。
2005年10月19日
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幻泉館 主人さん、お疲れのところありがとうございます。 ^^勝手に祀っているのね、じゃぁどうでもいいような気がする。勝手に祀ってどんないいことあるの?勝手に祀られた人、恩給余計にでるの?----------------------------------------------「おじさんはたちはどこにいるのか」私の母方のおじは3人、いずれも皆戦争で死にました。母の兄の一人はパイロットです。これはマニラ湾だそうで、もう一人は近衛兵、しかし傷痍軍人として治療中に亡くなったそうです。要するに病死だそうです。弟は何で死んだか私は知りません。さてこの兄弟の魂は同じところにいるのでしょうか。なんだか調べると病気で死んだ兵隊はかの神社には積極的に祀られていないようですね?ここで、質問です。英霊とか言って魂が祀られているといいますが具体的にはどういう「祀られ方」をしているのでしょうか。位牌なんかがあるのでしょうか?-------------------------------------「馬鹿につける薬」チビまりぃ登場馬鹿につける薬がほしいって言うからさがしたのゴミ箱の中とか額のうしろとか洗濯機の中も見てみたよでも見当たらないだからちょっと探してくるね~ないかもしれないけどちょっと行ってくるよどこをさがせばいいのかな~・・・・
2005年10月18日
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戦争で死んだ人の魂はいったいどこにいるのだろう南の国で死んだ人凍える国で死んだ人街で焼かれて死んだ人死んだ人を思いながら死んだ人魂がなくならないというならばきっと誰かの魂のほんの少しの記憶のかけらが目を閉じ耳に両手を当てて心の奥をのぞいてみればそこにしまい込まれているいるだろうさて戦争とはどこ国のいつの戦争なんでしょうね・・・⇒やれやれやっと参拝できた最近ブルーな気分になることが多い。このブログのタイトルは「心に太陽を・・」なのに「心には暗闇を、唇に愚痴と皮肉を」になってますねぇ、、、太陽=明るい希望を持ちたいと思います。暗闇に負けず明るい希望を持ち続けるということがきっと大切なことなんでしょうから。あ、ダジャレもね!
2005年10月18日
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今日はうちの子供たちもいないので(ウルトラマンは高速バスに乗って姉のアパートへ遊びに行った、新宿で迷子にならなきゃいいが)二人でまったりしようかと思ったけど、町にいるかもめのジョナサンならぬやもめの兄さんのご飯を作りに出かけた。1つ前の記事に書いた仏壇通りの近くだ。これがくだんの通りだ。このあたりは地味に撮れてますね。でもまあインパチェンスはいいとしよう。イベントもいい。活性化。ということだし。友達や知り合いのところも多いし、まぁあんまり批判ばかりしないでおきましょうか、、、しかし今建設中の建物については兄も不必要という意見。いわゆる任期中に一つはハコモノを作りたいのでは?というつまらないことも考えてしまう。名称は「ふるさと館」、建設費はきっと市報には載せてあったでしょう。以下は市のウェブサイトに載っていました。*****************************ふるさと館ってどんな施設?★飯山の素晴らしい自然、歴史、文化を子供を中心とした 市民が学び、考える施設です。★市外から訪れる人たちに飯山の持つ魅力を積極的に発信します。★大切に守られてきた貴重な文化財などを次世代に遺すための 収蔵庫として利用します。1 飯山の現在 →自然と産業の共存で生まれた飯山の財産など、飯山市の 「今」を紹介する。(飯山の自然、暮らしに触れる) 2 飯山の過去 →飯山の自然の神秘と豊かさを紹介しながら、過去からの遺産を 学ぶ。 (ふるさとの歴史を振り返る。雪国飯山に触れる。) 3 飯山の未来 →未来へ受け継ぐべき飯山の伝統、資産を整理しながら学ぶ。 (雪国飯山の人・暮らし・信仰など) 4 飯山の活動 →展示で見て、学んだことを自分で考え、形にし、体験する。 (展示発表、創作・実験活動、学習活動など) 5 飯山の資料 →展示で見て、学び、体験したことでさらに興味を持って学び 研究する。(民俗・考古資料、美術品貴重品にて)※館の名前は、市内小中学生を中心に寄せられた応募の中から 飯山市長が決定しました。******************************こういうことに新しく何億円もかけて建物を建設する必要があるのでしょうか?さて飯山「らしい」写真も撮ってきました。寺の入り口にある土蔵、いいですね(実は隠れ土蔵ファンなんです)そしてこれは街中からも見えるシャンツェ。まぁこれもある種「ハコモノ」ですがどちらかといえば活用されている部類ですかね?ちょうど3人乗せた箱が昇っていく途中です。そしてこれは市内でも最も大きいほうの建造物。群馬からきたスーパーセンター「ベイシア」(赤い字の看板の横に長いベージュの建物)と千曲川の向こうに見えるのは新幹線のトンネルです。もっとも写真に写っている部分は中野市です。(写真の左へ伸びている橋脚はここへつながっています。)これから飯山も新幹線の駅舎やいろいろ大きな建造物が出来てくるでしょう。それに負けないようにと大きなハコモノを市長は作りたかった、、、、わけじゃないでしょうけど、、、飯山市の人口はただ今約25,800人です。もうだれも仲間に入れてくれません。(豊田村は中野市と合併したし、木島平村、野沢温泉村はゴーイングマイウェイですので、、、笑)あ、百姓野郎さんのコメントにあった「屋根がなぜ赤いのが多いか」について聞いてくるの忘れました。兄は屋根のペンキも塗ったりしていましたので、聞こうと思っていたのですが。ついでに宣伝しておきましょう、愛犬のステッカーなんかを作ったりしています。⇒アートいっぽhttp://www.artippo.com/
2005年10月17日
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月曜日、あ~英語でなんだっけ、あ、マンデイだ。だめだなぁ、、輪をかけてブルーブルーマンデイ。早く起きすぎた、どうも加齢のせいでメラトニンが少なくなっている。でもまた寝た。で、寝すぎた!毎朝恒例の「お得意さん回り」と新聞をちょっと閲覧。ブルーだ。新聞では上野千鶴子が「特養」へ入れられるお年寄りのことでこう述べていた。「お年よりは自分から好き好んで施設に入る人は少ないだろう。一人暮らしでもいいから自分の家にいたいだろう。しかし24時間目を見張らせていなくてはならない家族の負担は大きい。いっそのこと子供世帯が別居して外から介護のサービスを入れてお年寄りには自分の家に住んでもらうというのはどうだろう。すべてのお年寄りが一人暮らしがいやだとは思っていないはずだ。」とかいう論調だ。一理はあろう。しかし要介護の年寄りを一人にさせて何が怖いかといえば「事故」だろう。家の中には危ないものがたくさんある。階段、水の入っている湯船、ガスコンロ、電化製品、ETC(高速のあれじゃないよ、エトセトラ、これもラテン語だっけ)!そんな中で一人暮らしさせられっこないのだ。私の母親は「家へ帰る」という。しかしその家はもうあいまいだ。生まれ育った家のこともある。その家はもうないしもちろん親だってとっくの昔に没している。実家の兄の奥さんは家はそう遠くないのだけどやはり自身のお母さんが一人暮らしをしていた。認知症が入ってきて危ないのでこれも近くにいる兄弟と代わり番こに泊まりに行っていた。それでも危なくて危なくて心配だと言う。そして施設に入れた。そのとき親類しょう(衆)の非難もあったらしい。しかし自分では良かったといっている。心配しなくて済む、それは大きい。そしてうちの母親も最近民間の施設に入所した。私は賛成した。お互いのためを思えばその選択がベストとはいえないまでもベストに限りなく近い。新聞をざっと見ても心に訴えかけてくるものがない。ネットを徘徊するとブルーな気分になる記事が多い。しかしたとえば私なんかが小泉政権の批判をしたところで、と思ってしまう。共謀罪、障害者支援法、電通、マスメディア、、、、なんだかな~足元的にもおととい昨日と町の仏壇通りでは「イベント」があった。「イベント」・・・これもなんだかなぁ。だいたいこの仏壇通り、飯山のいわゆる文化を表している通りであって、その名の通り仏壇やさんが軒を連ねている。その軒とは「雁木」でありこれも雪国の文化の一つだ。最近この古くなった雁木をこの通りは直して新しくした。その出来栄えや見事、というしかない。今までの風情のあった雁木がどこかへ吹っ飛び、なかなか「趣」のある通りと化した。その「趣」にミセス「扇子」率いる国土交通省からお墨付きを賜った。そして昨今の花ブームに便乗してかこの由緒ある仏壇通りに花を咲かせる「花咲びと」は西洋の花を選んだ。仏壇通りに咲き乱れる「インパチェンス」・・・別にいいんですけど。なんとなくスーパーブルー。ビールだって税金が高いから発泡酒が出来てきて。発泡酒にも税金をかけるというので「第3のビール、雑酒」が出来てきて。あ、うちはスーパーブルーがお好みです 笑ガソリンだってさ、価格が高くなっている時ぐらい税金を負けてくれたっていいじゃんか!さて「東京さ、何でこんなに物価高いの!」と悲鳴を上げる娘に送るためにこれから道の駅と「ベイシア」に行ってきます。ついでに仏壇通りの写真でも撮って来っか。
2005年10月17日
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今朝、田原というキャスターの番組にM社長が出演していました。見るともなく見ていたんですけど、、、なんだか最近、この手の青年実業家がタレントよろしくニュースやバラエティ番組に登場している。別のM某の「ファンド」とかもそうだけど、なんだか「金、金」という感じで非常に気分が悪い。もちろん「金、金」という世界は今に始まったことではない。世の中「金」ということは知っているけれど、、、、M社長もH社長もそしてK首相も私は好まない。表情に品位が少ないように感じられるから。(私に言われたくないか、、笑)(ま、好きじゃないってことで、、)L社のモールに私のピザ屋は出店してるんです。でもやめます。このブログも場所をただで借りてるもんだし、別のところへ引っ越そうかな、、、あ、いえいえ、すぐにはやめませんよ。それにどこのブログだって「商売」には違いないんでしょうから、、、ま、やめたいなんていわなくても強制退去(削除)もあることですしね、、 笑丘の上のカフェでぼうっと過ごしていたいです、、てか今もそうだっての!*和製英語 ハートアートカフェ*ハートフル、という言葉を聴いたことがある。ハートにあふれているようなイメージだ。でも英語にはなさそうだ。ギャラリーは、もとはと言えば大きい建物の外に面した廊下のことで天井桟敷のことも、画廊とかもまた観客のこともギャラリーといいます。空調の吹き出し口のことも「ギャラリ」といいますが日本語の「ガラリ」ももしかして語源はギャラリーかもしれませんね。(あ、違う?ガラリと開けるから?)まぁ画廊という意味のギャラリーですが、最近このギャラリー併設のカフェってのがやたら多い。やたら多いとやんなる天邪鬼な性格でして、ギャラリーはやめて「アートスペース」にしました。フランス語だと「エスパスドゥラール」なんのことかちんぷんかんぷん。名づけて「ハートアートカフェ」、これなら田舎の年寄りだってだいたいのイメージがわくんではなかろうかと。ハートアートって、、、warmheartedなアートってことで、、、笑「ワームハーテッド、、、、?ホッテントッドの仲間か?」そんなお客さん、来ないかなぁ
2005年10月16日
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息子はレタス好きだ。夕食には少量でいいがほとんど欠かさず食べる。今日は大根とりんごとセロリのサラダをレタスと水菜に混ぜて食卓に。「レタスは食べると良く眠れるんだよ、切ると葉っぱから白い乳のような液体が出るだろ?レタスの「レ」はカフェオレの「レ」と同じ意味で「乳」と言う意味なんだ」と話すと、「うそだぁ~」「嘘じゃないさ、本当さ。その液体にラクッコピコリンっていう成分が入っていて催眠効果があるんだって。良く眠りたいんなら晩飯にレタスを食べるといいんだよ」と言うと、「俺はレタスなんか食わなくてもラクッコ寝れるよ、ピコりんと 笑」「レ」とはフランス語ではlaitと書いて牛乳のこと。レタスは「laitue」と書き発音は「レチュ」れちゅ。(寒笑)ラテン語でレタスは「lactuca」で、もともとはラテン語の「lac、lact(乳)」から来た語です。乳糖のことを「ラクトース」といいますよね。漢字の「酪」もこの「lac」から来たと言う説もあります。天の川も「Via Lactea」とかでつまりミルキーウェイです。日本語でレタスは「ちしゃ」ということがありますがこれも「乳草」と言うような意味からだとか。ピーターラビットにも確かレタスを食べ過ぎて寝てしまった話があったような記憶が、、、そういえば牛乳にもメラトニンという物質が含まれるゆえに睡眠促進に効果があります。メラトニンは夜になると分泌が多くなって朝になると減ってしまいます。この分泌が少ないと良く眠れないのだそうです。(年取ると減るんだそうです!)そこでメラトニンを多く含む牛乳を飲むといいということです。またトリプトファンという成分がセロトニンというこれも睡眠を催す効果がある物質を増やす効果があるそうです。カフェオレにする場合コーヒーはほんの少しにしましょうね!眠れない夜良い子はアルコールに依存することなくレタスと牛乳で睡眠を呼びましょう。レタスに含まれるラクッコピコリンは根元のほうに多いそうです。加熱してたくさん食べてうさぎのように眠りましょうね!ではおやすみなさい・・・
2005年10月15日
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床をこすっているとだんだんきれいになる。きれいになると気持ちがいい。ふと思った。家でもなんでもそうだけど手入れをしないとぼろっちくなってくる。それに手入れをしておけば長年使えるというものだ。家は家族を入れる「容れ物」だ。その中にはいろんなものが詰まっている。高価な宝石を持っている人は粗末には扱わないだろう。しかるべき入れ物に入れておきたくなる。では体はどうだろう?人は皆魂を持っている。その入れ物が体だ。体がなければ魂は宿らない。では私の体は魂という宝石のような宝物を入れておくにふさわしい入れ物だろうか?・・・タラ;・・・@@;・・・ふははは~今日はリンパマッサージしよ~っと(つーかその前にその雛壇腹なんとかしろよってことで、、、ナイアガラ滝汗;)
2005年10月15日
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床掃除というものは孤独な作業だ。這いつくばって 這いつくばって・・・床ばっかり見つめている、当たり前だけど。チャーリー・パットンなんかを聴きながらこすっては拭き、拭いては休みのくり返し。体は忙しいけど頭はひま。だからいろいろなことを考えた、思い出したこともあった。高校の時。担任の先生は今の私よりも若かった。シンナー、妊娠、やくざ、無免許、事故、、、そういう当たり前なこともあった。先生たちはさぞたいへんだっただろう。あ、どれも私じゃないです、残念ながら 笑私は私らしく楽しんでいた。ある日、個別面談とか言う場面で先生は私にこう言った。「おまえなぁ、弁護士にならんか?」「べ、弁護シィ?」音楽と美術、ひたすら芸術の道をまい進(?)している私に弁護士とは畑違いもはなはだしい。もちろん音楽といったって、あがたもりおの前座したぐらいで(笑)別に音大を目指しているでもなく。絵だって自分の部屋でしこしこ一人で模写していたぐらいで、、、それにセンセ、ちょっと買いかぶりでない?私それほどじゃないよ、、、成績も別に悪くもなかったが、目指すところがなかった。そんな私を鼓舞してくれたのだと、床をこすりながら気がついた。お前ならやれる、先生はそう言ってくれた。私はその言葉を真摯に受け止めただろうか。向上心をもって勉学に向かうという姿勢をとっただろうか。否、否、否!先生は私がもっとがんばれるといってくれていたのではないだろうか。その言葉を誠実に受け止めて発奮し励むということを私はなぜしなかったのだろうか。先生が私を大いに認めていてくれていたこと、そして私にそれが分からなかったということそれを思うと急に言いようのない気持ちになり涙が雑巾にぽたぽたたれた。
2005年10月14日
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娘本人の制作娘が誕生日だったので私のお産の話(昨日の日記)の後には私の母親のお産の話です。私は3人とも帝王切開でしたが母は6人の子供を産んだ人で、6人目(私)なんか簡単にうまれたといってました、、、笑母親は一足先に尼崎から疎開して父親は後から来たようです。(8月31日 敗戦将軍)自転車屋を始めました。おやじ(私の父親)とは喧嘩したごとねぇな。ちょっとなんか投げつけやっこぐれぇ普通だけん、全然ねえん。ちゃんばらだげはしながった。見たごとあるが?おやじは短気でもねえな、気長のほうだどぉ。どっちがせうと真面目すぎるん。くそ真面目。おれは気長じゃねえがら。商売したごとねぇのが始めたがら大変だったよ。商売人じゃなくて職人だがら。いいしょうとはするげど。ポストの塗り替えも引き受げてやったんだよ。塗装工で勤めてたがらできたんだよ、器用だがらな、きれいでいいしょうとしたん。おれはそそかしで早いん。人がまだ考えてる間に終えちゃうんだよ、へへへへ。しょうねやさな、みんな個性あるんだがら。さて続きです。 『自転車なんか3日、4日に1回金とればいいほう。親父は商売はまったぐだめで、オレが行商に出た。小沼や戸隠がらもけっこうえってたよ。*隣の部落からも何人か町へ行商に行っている人がいました。今でもやってる人が1人います。そごへ後がら加わるがら初めはぜんぜん売れねえん。皿川にみんなぶちあげたぐなったな。*家から町までは約2キロ、町の入り口に皿川という川があって千曲川に流れ込んでいます。そこへ捨ててしまいたくなるほど売れなかったのでしょう。そんでもそこは商人の子だよ、だんだんお得意さんができて日銭稼げるようんなってな。鉄砲町なんかけっこう買ってくれるん。*城下町の名残の名前が残っています。弓町とかも。鉄砲町はいわゆる「夜の繁華街」でした。部落の中で野菜や卵買ってな。あの頃は物資がながったがら売れたよ。それがらちょっとした小物な。靴下やなんかさ、これも坂上にさ、卸してくれるとごあるん。そっから買ってきてな。おれは子供えるがらそんなに遅ぐならねがった。*子供がいる女性はいつの世も遅くまでは働けません。それがらだんだん親父の自転車もやってえげるようんなってきて行商やめた。・・・・S(私のすぐ上の兄)のお産の時なあ、生まれそうなんで産婆さんば小沼へ迎えにいってもらったんだ、*この産婆さんはうちから子供の足でも走れば5分ぐらいのところに住んでいました。誰に頼んだっけ、忘れたな、ちょうど凍み渡りしていけたんだ。*兄は1月の17日生まれ、ちょうど一番「かんじる」ころです。しみわたりとは雪が凍ってかたくなってその上を歩けるようになることを言います。でも間に合わなくて自分で産み落として麻の紐でへその緒縛って、自分で切ってなあ。そのうちに産婆さん来たけど、そんなこともあったな。*産婆さんは雪の上を走ってきたのでしょうか。実はこの産婆さん、私が生まれる数ヶ月前にご自分でもお産をなさいました。そして私はこの方に取り上げられたのですが、その子とは大の仲良しになりました。・・・』
2005年10月14日
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フランスの街角で思案中 (娘撮影)ワックスがけで体中痛いです~笑でもまだ3分の1程度、、(泣今月中にはアートスペースが出来る、、、予定!名前は「ハートアートアンドカフェ」、、、なんてどうかな。ギャラリーって言葉はあまりに普通すぎるしそれほどスペースがないのでやめようと思います。思案中です。
2005年10月13日
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かぼちゃのニョッキをやわらか~く作ってセージ風味のクリームソースでちょっと煮ます。それをそば粉のクレープで包みます。ソースをかけて。前菜に。ありゃりゃ、長女の誕生日だ。今日は。ん年前。生まれる1ヶ月ほど前、医者が言うには「普通分娩は無理かもね」切ることも頭においてとりあえず入院。たまたま知り合いが隣のベッドだった。しばらくするとその人は「う~ん、う~ん」とうなっている。あっちゃ~あれが世にい言う「陣痛」か~痛そうだなぁ、、、医者が言うにはちょっと様子を見てみよう、産まれるかも(普通に)といって注射1ポン。するとみるみる腹が痛くなって何分かおきに私も「う~ん、う~ん」まさに腹を抱えるような痛み。実はそれは陣痛促進剤だった。しかし薬が切れると痛みは弱まった。医者が言うには「やっぱ切ろう」ばか~ありゃ余計な痛みだったんかいっ!なんだか質素な台所のような手術室でオペが始まる。もっとも天井には例の手術室用のシャンデリヤ、じゃなく照明が。頭のほうに別の医者が来て執刀医に言うには「先生、昨日権堂で遅くまで飲んでませんでしたか?手が震えてますよ~ 笑」ばか~それが本当でもこれから切られる人間の前で言う言葉か~(激怒でも悲しいかなまな板の上の鯉戦いすんで7日目。おっぱいをくれているところにこのバカ医者が(実は研修医)ニッパーを持って参上。(金具のハリでしたから)15ハリ縫った私に向かって言うには「これから抜きます。「普通は半分ずつ2日間にわたって抜くんですが、、、ですがぁ?「明日は休みなので今日一度に全部抜きます。」腹に刺さった15個のハリをニッパーで抜かれた私。10分以上は動けませんでした。隣では娘が泣いてる。そりゃそうだ、乳飲んでるところを中断させられたんだからな!私はこのことを絶対忘れないぞ!あ、権堂とは長野の繁華街、いわゆる夜の街です、最近は衰退したけど(^^)
2005年10月13日
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とても面白いブログを見ました。⇒http://koizumijunichirou.seesaa.net/才能がほしい今日この頃。私にはせいぜい「臭いのう、、、」ぐらいしかないんですもん。でもかめおかさんはこんなことをおっしゃっていました。⇒自分のうまくいってないところと他人のうまくいっているところを比べてはいけないと。やっと今日の分のワックスがけ終わりました。まるで何年かに一度の大掃除のようです。自分の部屋も子供の部屋も掃除しています。いらないものは捨てています。新しいスペースにいい風が吹き込むように!は、はっくしょん!涼しくなってきましたね。昼間は汗ばむほどでしたが、朝晩は涼しいです。
2005年10月12日
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次女が部屋をチョー濁して飛び立ちました~後片付けが大変ですぅ一人暮らしは大変です、とくに食事が、、、京王線ぞいで地図を持ってきょろきょろしている子がいたら声かけてやって下さい、、、(笑あ、例によってお返事は後で。ワックスがけにいそしんでます~
2005年10月12日
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このページは島崎藤村の「破戒」の舞台となった街に生活した私が読んだ「破戒」の、感想といえないような感想をつづってみました。2005-07-24 100年前 プロローグその壱2005-07-25 自分とは何者か プロローグその弐2005-07-26 豪雪地飯山 2005-07-26 雁木(がんぎ) 2005-07-28 下の渡し 2005-07-28 雪の千曲川舟下りの旅2005-07-31 レゾンデートル、ではなくて居場所がほすぃの2005-08-01 手紙(岡林信康)⇒橋のない川(住井すゑ)2005-08-02 鳥のけし2005-08-05 テキサスへは?2005-08-08 100年という時間2005-08-12 明治の借りを平成で返す新幹線2005-08-17 選挙百年前と百年後 2005-08-25 dam エピローグその壱2005-08-27 さよなら▲また来て■ エピローグその弐2005-08-30 坊主はみんな女好き♪ エピローグその参
2005年10月11日
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犬は走りセミは鳴くんです。それでいいんです。生きてるんです、だからそれでいいんです。(まるでバカボン)生きてるっていうことは生きる力があるっていうことで生きる力と生き続ける力があるんです。だから犬の近くに行くとそのパワーがほとばしりでていて私はその恩恵にあずかるんです。私にも生物としての生きる力があるんです。そしてある人物、たとえばAさんはすごくそれが大きくて回りに撒き散らしすぎちゃってたとえば犬に蹴っ飛ばされるように周りの人に影響をし(受動態の使い方がなっとらんね)それで他人を傷つけることもあります。Bさんはそんなことでも生きていけなくて犬に蹴っ飛ばされてあっけなく死んじゃったりするんです。犬死?私は別に死んでもいいんです。私を殺してください、すると私は死にます。死ぬともう生きてはいません。そうでしょうか。本当にそうでしょうか。私は神を信じてなんかいませんが神という名の人間の力というものの存在は信じています。力それ自身は単なる力。それをどういう方向に使うか。それで人間は散々苦労してきました。私は消えてしまいたいと思いました。地球上に、宇宙の歴史に汚点を残したくないからです。つまりは非常に利己的です。死んだだけでは消えたことにはならない。人間はその存在の是非を問われるのはとてもつらいんです。だって望んで生まれてきたわけでもないし。苦しいことやいろいろのうまくいかないこと、自分だけが悪いんじゃないからと思いたいからです。人間はきっちり罪を償わなければならないんです。ううん、自分の罪ではなく、人類の罪とでも言いましょうか。だから簡単に死んだりできないんです。いや、死ねますよ、死にます。だけど死んでないんです。人の心に残っちゃうんです。消えないんですよ。だから困ってるんです。いろんな生き方があります、死に方も。徳の高い人もいれば虫ケラ以下といわれるような人だっています。でもおおざっぱにざざっと均(なら)して考えると人ってさほどものを考えずにのほほんとのんびり生きるのがいいんじゃない?う~ん何を言いたいのかこれじゃ分からない。ただ存在の否定。本当はすべては錯覚か何かじゃないかということ。人間の存在自体には別にさほど意味はないでしょ?だからまぁ地球ごと無に帰してもいいわけで、、、だからまぁ仲良く楽しく暮らそうよ!ってことでどうかな?この文章はシャルドネ☆さんのコメントを読んで書いたものです。シャルドネ☆さんの人類絶滅へのカウントダウンについてはこちらです。⇒一炊の夢追記そうです。こんなことをいいたかった。430km離れた人とチャットをするより隣にいる家族と言葉を交わそう。携帯がなくなったら命綱がなくなったフリークライマーのような気持ちになるのは今日から少しずつやめにしよう。だれだって自分の皿の上に自分の描く絵を描きたいんです。
2005年10月10日
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五劫のすりきれとはご承知のとおり、「寿下無、寿下無、五劫のす~りきれ・・・・パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ・・・・・・の長久命の長介」クンの名前の一部に使われている言葉で、もともと「劫」とはインドの数の単位です。さてそれでは一劫とはどれくらいの長さかといいますと、まずひとつの岩があります。大きさが確か40里四方だといいましたっけ?その岩を3年に1回、誰だったか?三蔵法師?とにかく坊さんが袖で一拭きするんだそうです。何回も何回も拭いているうちに岩が擦れて小さくなります。無くなったところでその時間をして一劫。五劫ですからその5倍ですね。そんな無駄に大きい数の単位なんか何に使ったか知りませんが、インド人はたいしたもので「無」も発見しています。それは数の「ゼロ」です。いわゆる零、「0」です。まぁ難しいことは分かりませんが「ゼロ」という概念を発見したことで数学的な物事の発達はかなりの変化があったでしょう。蛇足ですが、、億劫、というとめんどくさいということですが、字面を見ますとなんと悠久の時の流れでしょう。五劫という言葉は「帰命無量寿如来・・・」で始まる経文に載っています。ちなみにこの↑意味は「ひかりといのち きわみなき」ということらしいです。五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方意味は五劫という長い時間をかけて考えて(仏陀が)この念仏を選び取った、ということらしいです。その念仏とは南無阿弥陀仏、、、なんだか、、、こんなことを書きたかったのではないんですけど、、、「虚無」について考えてたらこんな風になっちゃいました~笑
2005年10月10日
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美しい日本の私。これは川端康成がノーベル賞を受賞した時のスピーチだったと覚えていますが、よく修飾がどっちにかかっているのかで意味が変わるというときに思い出す文章ですよね。もちろんタイトルの場合は「美しい」は「パスタ」にかけてくださいね、思いっきり。笑そう、おろしチーズも一緒にかけるとおいしさが増します。最近はこんなシンプルなパスタがお気に入りです。フレッシュなズッキーニとトマトの、題して「畑のパスタ」。生ハムのスライスとにんにくを一個、かりっとするまでオリーブオイルで泳がすように弱火で加熱します。ズッキーニは薄切りにしてトマトは湯剥きしておきます。生ハムとにんにくを取り出したオイルでズッキーニをいためます。しんなりしたらトマトをつぶして入れてトマトソースをほんの少しいれます。辛くしたい時は唐辛子も一緒にいためてください。いためておいた生ハムを上からかけて食べてください。うすくスライスしたチーズ(もちろんパルミジャーノレッジャーノとかグラナパダーノなどの硬質チーズ)と生ハムのスライスをこの上に載せると豪華な1品になります。おもてなしに。
2005年10月10日
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橋本アキット 昭和63年生まれ 4歳のときにマジックに出会い、見よう見まねで遊んでいるうちにここまでになってしまいました。テーブルマジックからジャグリングバルーンアートまで、ちょっと変わった大道芸人。子供大好きマジシャン。子供から大人まで幅広くお楽しみ頂けます。とは営業用のプロフィルですが、、、これは先日のTVで放送されたジャグリングの録画映像とカードマジック火も吹きます。しかしそれ以外にもご紹介しているようにスプーンを曲げちゃいます。くにゃくにゃに、しかも千切る。 どうしてスプーンが曲がるのか本人にも分からないそうです。その他の芸は、もちろんものすごい練習の賜物です。今日は息子のウルトラマンと佐久穂町でイベントに。帰りの車は息子が運転、MCの女の子2人を乗せてマジシャンと一緒に帰ってきたそうです。車の中でもひっきりなしにカードマジックとかをするので女の子はほとんど悲鳴に近い声を上げる、そのたびに息子もマジックやその声に驚いて運転を誤りそうだったという怖い話、、、帰りに一緒に「COCO壱」でカレーを食べたそうです。もちろんお店のスプーンも曲げちゃいます、戻しては来るそうですが 笑なるべく早くマジックショーを計画したいですね。
2005年10月09日
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私に銃を突きつけないで私は恐怖にふるえています私に愛を突きつけないで私は恐れおののきますあなたの銃から発射した弾丸(たま)は私の四肢を打ち砕く私は肉の塊になり這いつくばって動けないお願い、だから私に愛を突きつけないで マリィジョー「プチギャルリー・ハート・アート」お店の半分をギャラリーにすべく改装始めました。改装といっても、、、いわゆる掃除ですけど。床のワックス掛けが大変で、、、体中筋肉痛です 笑今月中には何とかしたいんですが、なにせ一人でやっているのでどうなるか。でも最初にかけるものは決まっているんです。和紙人形展です。ハートアートなんて和製英語っぽくて、、、笑でもお年寄りにもすぐにイメージがわくようにと夫様の命名です。さて今日は義姉の一周忌です。早いもので11ヶ月たってしまいました。ギャラリーってほんとは「女性名詞」だから「プチット」にならなきゃいけないんですよね・・・・・・・まあいっか!
2005年10月09日
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スイッチを切ろう、テレビのスイッチ、ラジオの、携帯の。耳を澄まそうこころのこえが聞こえるようにスイッチを切ろうライトのスイッチを切ろう目を閉じよう暗がりに闇の中に一人でたたずむ子供がいる。スイッチを入れようあなたの胸についているスイッチを入れようそっと手で触れようこころの描く絵が見えてくる マリィ
2005年10月08日
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田舎の駅に猫が寝ていた。金次郎は起きていた。赤い帽子をかぶって読書中。 向こうの窓から田んぼが見えてる。蒸したタラバガニはおいしかったかい? (猫の足元に「蒸したらば、、」と書いた板が、、、)古間の駅は秋真っ只中、田舎度にひゃっぱーせんと 200%
2005年10月08日
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りんごをかじるとはぐき、、、の間から汁が飛び散りませんか?
2005年10月08日
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やんまにがしたぐんまのとんまさんまをやいてあんまとたべたまんまとにげたぐんまのやんまたんまもいわずにあさまのかなた(谷川俊太郎)(思い出しだし書いたので間違ってるかも)トラウマなどの「外来語」を分かりやすい日本語にしようという「動き」があるということです。しかし、、、トラウマって最近気軽に使われすぎ?なんでもかんでもトラウマトラウマ虎と馬~人間生きてりゃトラウマの1個か2個は誰だって持ってるよ!ってことになりそうだよね。あ?うちには犬しか居ぬ、なんちって。座布団は辞退します、、、m(__)mでは今日はこれにて!
2005年10月07日
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TV見ました???うふふ。最後でしたね。中澤アナの反応が↓の私とおんなじだったので笑っちゃいました~。⇒曲がったスプーンとちぎれたフォーク私は当店で彼のマジックショーを計画してます!お返事はあとということで!
2005年10月07日
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「アルターックス!悲しみに負けるんじゃない~~!」というせりふでしたっけ?ミヒャエルエンデの「果てしない物語」の映画でこういうせりふがあるらしいのです。息子は良くこのせりふを言っています。息子は本が好きですが本を読むこともそうですが「本」そのものも好きなようです。ミヒャエルエンデの「果てしない物語」のような話にでてくる古本屋にあるような厚くて皮で出来ているような本が好きらしいのです。(”ゆう”さん!↑このような文章を書いている人間に向かって「才女」はないっしょ!訂正しときます。息子は本が好きですが本を読むこともそうですが「本」そのものも好きなようです。特に厚くて皮で出来ているような本が。たとえばミヒャエルエンデの「果てしない物語」にでて来る古本屋にあるようなイメージの本です。(訂正終わり)たとえばこんな本です、開くとその物語の世界に吸い込まれていけるような、、、さてこの作者、エンデは何年か前に亡くなっています。(1995年没)近くの黒姫童話館には彼の資料が多数展示してあります。黒姫童話館のウェブサイト⇒http://www.avis.ne.jp/~dowakan/index.html⇒ミヒャエルエンデについてこの亡くなった作者に代わってエンデに師事した作家を含むエンデを敬愛する作家6名が“続編”を著したというニュースがありました。⇒ネット記事本編は人から想像力を奪う「虚無」との戦いがテーマだが、今回の“続編”はバスチアンに本を渡しファンタージエン国を救うきっかけを作った古本屋のカールが主人公。カールが「はてしない物語」を手に入れるまでの話だということだ。著者の一人、作家のイーザウは次のように語っている。『人間から想像力を吸い取り、破壊するものに危機感を感じている。経済効率だけで世界を捉えようとする考え方や同一の価値観を強要し多様性を封じるグローバリゼーションにも虚無は潜んでいる』約10年間にわたって朝ごはんの時に子供に本を読んでやっていたことは前にも書きましたが、エンデの「モモ」も確か読んだことがあります。しかし物語の中にモモの想像のお話の描写が出てきたりしていてある意味非常に難しかったですね。ビデオを見ておいてから本を読むのもいいかもしれませんね。お終いにエンデのこの本もおすすめしておきましょう。「エンデの遺言」
2005年10月06日
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8月、とんでもないスプーン曲げを見せてくれた高校生マジシャン・アッキーが明日、信越放送(SBC)の「Uパレード」に生出演します。⇒曲がったスプーンとちぎれたフォーク4時50分ぐらいからです。長野県の方はどうぞ見てください。お返事はまたあとで!
2005年10月06日
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新聞によりますと~この冬戸狩スキー場は吉本興業と提携して活性化を図る模様。⇒ネット記事要するに吉本興業が戸狩スキー場など、斜陽のレジャー施設の再生事業に乗り出すということ。活性化を模索していたスキー場側と「思惑」が合致したことでこの提携が実現したとのこと。スキー場はこのあたりの一大事業ですからその行方が懸念されていました。もうやめてしまったスキー場もでてきています。そういえば特に戸狩スキー場はもともと関西からのお客さんが多いところです。この戸狩スキー場は私が中学生の時一人で毎日通いスキーを練習したところ。イベントがなければ行かないなんていうことは考えられなかった「時代」だ。皇室の方々もよく志賀高原あたりでスキーをなさっていますが、秋篠宮さまとキコさんが斑尾でスキーをしたという話も、なんだかもう遠い昔の物語です。しかし大切なことはこの国の人口構成、つまりは年寄りの国になって来ているということを抜きには何も考えられないと思う。下手だったけど好きだったスキー。なにせスキー場の子やインターハイ、国体選手が友達にわんさかいるんですから、私なんかただ滑り降りてくるだけでしたが、、それがとても爽快なんです。冬のデートも必ずスキーでしたし。やらなくなってずいぶん経ちました。フランス人のエリックなどは、私がそういうと驚きます。なんで?スキーしないの?と。そういえばフランス人はスキーが好きなようで、冬のヴァカンスはスキー場ですね。この提携、はたしてスキー場側は「笑える」結果を手に入れられるのでしょうか?
2005年10月06日
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