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前回の続きです。島で一番高い百之台に上りました。看板でございます。太平洋と東シナ海が見られるそうです。海の色はどちらも一緒でした。展望台はこのような感じでした。案内板もあります。どっちが太平洋か分からなかったので、案内板があって助かりました。展望台からの撮影分をご紹介します。とこんな景色でございました。島の北側を見下ろす地形の上にございます。右側が太平洋で左側が東シナ海です。島の真中だけが台地で、北側は平地になっておりました。この展望台を北の方に降りていき、次に海岸線を回っていくのでございますが…。今写真を再度見ると、曇っていたのが悔やまれます。晴れていれば強烈な色になったでしょうに…。珊瑚礁が無いからあまり変わらないかなあ…。今回はここまでにさせていただきます。
2005/11/30
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今日の国会中継は盛り上がりましたですね。古くはロッキード、新しくは宗男国会を思いしました。さて、続きです。これが喜界島で借りたバイクです。手前のバックは私の小旅行用のバックでございますね。4日までの旅行はこれだけで出かけています。中身の半分はデジカメ機材です。重いですよ~。喜界島空港を出発します。JRのローカル駅みたいです。駐車場は立派ですが…。上の写真の奥の屋根だけの建物は「送迎所」です。送迎デッキではなく、地表に送迎所が設けられています。金網越しにお互いの顔をはっきり識別できます!。先ずは交通の要所をチェックです。喜界港です。週に二便くらい貨客船が入港するはずですが、残念ながら港に船は見えませんでした。空港近くの廃工場です。セメント工場かなあ…。地治浜海水浴場というのがありました。殆どただの浜辺です。人が少なそうでいいなあ…。こういう島で臨海学校をやれば良いのに。やっているのかしら。船でくれば安そうだし…。バイクで島の北側にずいずい進みます。道はこんな感じで結構きれいです。とりあえずは見晴らしの良い高台を目指しました。放送局のアンテナが見えて参りました。流石はNHKです。民放は共同アンテナですけど、NHKは単独アンテナです。この後、喜界島でもっとも標高のある百の台公園展望台を目指しますが、ちょっと長いので今回はここで切ります。【昨日の成果】ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/11/30
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無茶なスケジュールで海外旅行をしたので、文化ボケになっております。移動も無茶でしたが、それ以上に、異なる文化に60時間のうちに触れたので、くらくらしております。今回の移動経路は、羽田→金浦→仁川→香港→羅湖→香港→ホーチミン市→シンガポール→バンコク→成田でした。とりあえず一枚だけご紹介いたします。ベトナムのホーチミン市にある「統一会堂」でございます。かつてのベトナム共和国(南ベトナム)の大統領官邸でございますです。はい。さて、続きでございます。奄美旅行の二日目の朝からです。この日は奄美大島から喜界島へ移動いたしました。奄美空港でございます。ここで、レンタカーを返却しました。24時間で140キロしか走っておりません。「走行距離が少ないですね」とのことでした。そうでしょう。大島は広いのです。普通は300キロは行くでしょう…。奄美空港は鄙びた雰囲気の空港でございました。しかし、目的地の喜界島空港はもっともっと鄙びた空港でございました。発着する機材はSAAB機が多いのです。一昔前はYS11がガンガン着ていたのですが、もう殆ど来ないようです。お客さんの姿も生活路線色が強いです。徳之島便にせよ喜界島便にせよ、観光路線と言うよりも生活路線でございました。何となく、福岡対馬便に似ておりました。さて、搭乗でございます。駐機場からのターミナルの画像でございます。結構大きな建物なのかなあ…。久米島とどちらが大きいでしょう。と、こんな感じでした。ボーディングブリッジは一つしかないものの、それなりの規模を感じさせるターミナルでした。折角駐機場に降りられたので、機材も撮ってみました。面構えが違いますね。プロペラ機用の電源車でございます。可愛いなあ…。トラックに蓄電池を積んだだけのものです。機内でございます。オール普通席で、1-2シートでした。正味飛行時間は10分無かったと思います。この奄美大島=喜界島間はマイルが付く区間では国内最短です。僅か16マイルしかありません。24キロですね。大体東京駅から三鷹駅くらいの距離です。本当の日本最短は南大東島=北大東島間だと思うのですが、ここはマイルが付きませんので、距離が今一わからないのです…。喜界島での積み下ろしです。喜界島空港の内部です。手書きの看板がいいですよね。規模は明らかに波照間空港よりも大きいのですが、ローカル色は喜界島の方が強いように感じました…。幸先良し!。久しぶりの写真レポートでついつい長くなってしまいました。続きは次回にさせて頂きます。【本日の成果】空港バス代(JCB) 33×1.5倍≒約49マイル(NH)ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/11/29
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成田からの高速道路が混雑しましたが、無事に自宅に到着しました。経路は結局、 韓国(宿泊・食事くらい) 香港(電車乗り潰し) 中国本土(ワンタッチ) 香港 ベトナム(宿泊と軽い観光) シンガポール(シャワーとレポート書き) タイ(タイ古式マッサージ)でした。詳細は後日アップします。
2005/11/28
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お蔭さまで成田空港に予定通り到着致しました。JOのFクラスは初めてだったのですが、意外にJLと差があったと言う印象でした。詳細はまた後日ご報告致します。
2005/11/28
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OZ1035羽田発の金曜日最終便でありました。機材はA330-300です。かなり新しい方ですね。客層はコリアンビジネスマンが圧倒的に多いのでした。ちなみにビジネスは満席でした。日本人観光客の姿はほとんど見ません(ビジネスですから当然か)。みんな東亞日報(「とうあにっぽう」ではありません。「ト(ド)ンアイルボ」と読みます。ハンギョレ新聞は全然人気が無い!)を読んでました。羽田伊丹便のような雰囲気でした。余裕が感じられない…。最新機種だけあって、座席は最高レベルです。167度リクライニングのフルフラットでした。素晴らしい。シート配置は2-2-2でした。看板路線はこうでなくちゃ。某日系は国内線のクラスJをビジネスとして売っていた時期がありました。痛烈に反省してください。末期の国鉄みたいです。お食事はステーキとビビンバの選択制でした。私はステーキを選択しましたが、韓国人サラリーマン軍団は殆どがビビンバを選んでいました。日本積み込みのビビンバが韓国人にとっても美味しいのかなあ…。ソウルで本物のビビンバばかり食べている人の口に入るんですが…。それにしてもこの航空会社は変わっています。普通メニューを回収するかなあ…。記念に欲しかったのに。味はまあまあという感じでした。夜の機窓は退屈というのが相場なのですが、今日は日本海にイカツリ舟が出漁中で、見応えがありました。強力な照明が美しい。良い感じでした。でも、写真は撮れませんでした。暗すぎるのです。定刻よりも若干早くに金浦空港に到着しました。そのまま地下鉄に乗って鐘路三街(チョンノサムガ)へ行き安宿に入りました。野宿するには少し寒そうだったのです。安宿への道がわからず数十分ソウルの鐘閣(チョンガッ)の街路を彷徨してしまいました。調子悪くなりそう…。安宿ですけど、ご主人が良い感じで日本語を使えるし、日本語放送も受信可能で、まあ当たりでしょう。オクトパスから予約出来ます。Yim's Houseと言うホテルです。直接申し込む方が安い様です。翌朝は、予定通り6時に起床し、空港バス(一番安い8000ウォンの奴)で仁川空港へ向かいました。朝食は空港の食堂のコムタン定食にしました。高い…。13000ウォンもしました。TG629明けて二日目。寝坊もせずに起きることができ、予定通りインチョン国際空港に着けました。なぜかCクラスのチェックインカウンターが混雑してました。ノーバッゲージカウンターでチェックインとしました。流石はスタアラです。会社が違っても自動的にスルーチェックインになりました。TGの係員もスルーを予想していなかったらしく、フライトクーポンを一枚しかちぎらず、照れてました。意外にスターアライアンスチケット(世界一周とか)は使われていないのかなあ。ソウルインチョン空港からTGに乗るのは初めての体験です。Cクラスですので、当然ラウンジを使用できるのですが、どこのを使うのかと思ったらSQでした。すばらしい。ラウンジならSQです。食い物、仮眠施設、喫煙施設、ネット環境のどれをとっても大体最高レベルです。JLにはお世話になっているものの、これだけは言いたい。シンガのさくらラウンジを何とかしてください。SQとの差が大き過ぎる。ソウルでもOZとSQがあり得たのですが、OZのホームグラウンドにも関わらず、OZ<SQなのですよ…。大体ラウンジはアジア系のほうがよろしいですな。米系はもう悲惨なものです。さて、このTGの機材は772でした。シート配置は2-4-2でした。マジで説明がないとエコノミーに間違えてアサインされたと思うで、ホンマ。噂に違わず無残のビジネスです。一昔前の日本国有鉄道のグリーン車みたいなシートでした。食い物も、サーブが3回に分かれることを除くと、エコノミーと変わらんと思ってしまった(実際はエコノミーをもっと落としているので格差は維持されています)。ビーフシチューにご飯がついていました。ハヤシライスって奴ですか…。これがビジネスか、C飯か?。私は、タイ贔屓な奴です。タイ王国もタイ人も大好きですけれどもTGのビジネスクラスは好きになれん…。香港廣九東鐵久しぶりに香港に来ました。日帰り香港の場合は、機場快線の同日往復割引が使えます。同日に往復するなら片道と同額の100HKドルでOKという割引です。今まではバスを使うことが多かったのですが、今回は機場快線を使いました。豪華です。「香港駅」に到着後、スターフェリーに乗り換えました。遅い交通手段ではありますが、そのぶん風情と言うか、「香港に来たぞ感」がございます。要は乗らずには居られないのです。行き先はありふれていますが尖沙咀(チムサチョイ)でした。ここで廣九鐵路の新開通区間に初めて乗車しました。何十年ぶりかで復活した廣九鐵路ですが、駅の位置は旧九龍駅から1キロも東でした。ちなみにこの駅は熊谷組の作品です。いつの間にか、西線という新線が開通して、旧来の廣九鐵路は廣九東鐵と呼び名を変えておりました。こうなったら、終点の羅湖まで乗り潰さねばならん…。これまた数年ぶりに電車で中華人民共和国深せん(土へんに川)経済特別区に乗り込みました。今は中国はビザが不要とされていますが、空路入国はビザ不要だが陸路入国はビザが必要という国はざらにございます。早速、公安のカウンターでビザを買いに行くと「日本人はビザは要らん。15日まで滞在OKだ」とのことでした。うんうん。しかし入国スタンプがビザ時代と変わらん。何日滞在して良いのかスタンプでは判断できません。大丈夫か?、中国辺防検査。イミグレは大混雑でした。通過所要時間は2~30分でした。台湾人観光客の姿が多かったのでした。彼等は団体ビザを使うので、すぐに分かります。鳥インフルエンザ対応かイミグレの行列の上では体温センサーがレンズを振り回していました。香港側の検疫係官は全員マスク姿であり、ある種異様な雰囲気でございました。やばい所に来てしまったかも知れないです。廣九鐵路は相変わらずの迫力でした。私はひそかに思っているのです。この路線こそ世界最強の通勤路線かも知れないと。新幹線サイズの車輌に扉を5つも取り付けたものを16両繋いでピーク時3~4分間隔で運行しています。東京の中央線も千代田線も強力であり、単純には比較出来ないのですが、まあ大したものなのです。あまり時間も無かったので、羅湖の駅の外で写真を数枚撮って、そうそうに香港にターンしました。この廣九東鐵は相変わらず1等車が連結されているのです。一等にしようか迷ったものの、今回は二等で我慢して、再び香港チェックラップコック空港へ戻りました。一応シートをご紹介すると、金属製のロングシートでした。UA869言い忘れてましたがスタアラチケットを使っているので、自動でスルーチェックインになってしまいます。このUAの搭乗券もソウルインチョンで自動的に発券されてしまった。しかし、何と無く嫌な予感がするのでUAのチェックインカウンターで交換要不要?、と聞いてみると、交換が必要でした。その上、SSSS…。ショック。これは特にやばそうな客なので念入りに身体検査するようにという記号です。おのれ…、UAめ。あれほど贔屓にしてやったのに。しかし、冷静に考えれば、こんな変な発券する奴は怪しいですわな。UAのラウンジはしょぼいのでした。食い物の量はあるけどやたらと不味い。きつねラーメンって一体何なんだ???。あまりに不味いので、空港食堂でお金を出して夕食を頂きました。UAの機材は744でした。FCYの3クラス編成で、F客は一人だけです。食い物はイーフーメンでした。やるじゃない。なかなか出せないメニューですよね。北米=ベトナム便で出すかなあ…。ちなみにシートは2-3-2でした。まあまあかな。UAは客乗さんが優秀でした。フレンドリースカイというUAのモットーを体現しているかのような対応でございました。こういう人が南米便に乗っていてくれると、ブエノスアイレス=ワシントンも苦にならないのですけどねえ…。ただ、客乗さんは良いのですが、プッシュバックを行った後に、誘導路上で電気系統のトラブルが発見されターミナルに戻されてしまいました。結局60分ディレイでホーチミン市に到着しました。サイゴン市内観光早朝から軽く写真を撮ってきました。一時間30分しか使えなかったのですが、旧大統領官邸の外観、旧国会議事堂の外観などです。SQ171SQは最高です。もう、絶叫したい「SQ最高!」。食い物もシートも格が違う。当然配置は2-2-2でした。偉いっSQ。機材は772(前のTGと同じというのが信じられん。同じ機材で2-4-2と2-2-2か??)でした。シートは当然フルフラット。飯は魚かチキンかビーフステーキの選択でした。当然のようにステーキを選択しました(ステーキを食うのは2回目)。OZステーキよりも美味しかった…。ま、まずい。OZステーキは羽田積み込みで、SQステーキはサイゴン積み込みです。羽田のケータリングが負けている…。また、当然のように朝日新聞の衛星版が差し出されるのが、流石はSQと思わせられました。偉い!。前から好きでしたがますます好きになりました。チャンギ空港SQのクリスシルバーラウンジに居ます。日本語で日記を書けるし、喫煙室はあるし、シャワーは浴びられるし、言う事なしです。尊敬する横見先生なら、半年くらいはここで暮らせそうです。スタアラ他社ゴールド用のラウンジは別にありますが、はっきり言って全然レベルが違いました。これが商売と言うものでしょうか…。シンガポーリアンには「抜け目ない」という印象が付きまといますが、SQは凄くシンギッシュな会社でございます。「商売とはそういうものか…」とか「やるなあ、悔しいけどJLよりSQを選んでしまうな」という事柄の連続でした。人気エアラインであることもむべなるかな。SQ68FCY編成の773でした。Cが手抜き…。CY編成のCとFCY編成のCは違うのね…。それが商売と言うものでしょうが…。お食事は魚をチョイスしました。隣に座ったインドネシア人の商人(商人と言う感じの人物だったのです)と日本株について意見交換しました。英語での無駄話は骨が折れる…。名刺を貰ったのでメールを打っておこうっと。バンコク滞在時間は2時間半しかありません。この空港にはやたらと来るんですが、何故かイミグレが遅い!。もー。デジカメで写真を撮るせいだけとも思えないのですが…。イミグレでその国に対する印象がきまってしまうのですよね。アメリカは遅すぎるし、北朝鮮は怖すぎるし(まじでびびります)、中国とタイは待たせすぎです。私のベストチョイスはフィリピンですね。フレンドリーで必ずジョークをかまして爆笑させる係官に当たりました。一撃でフィリピンが好きになるでしょう。機能的で速いなあと感じさせるのは、シンガポール・香港・マカオ・アルゼンチン・ウルグアイでございましたです。空港で、タイ古式マッサージをやりました。料金は380バーツ。チップを100バーツ。空港施設に殆ど変化なし。新空港の計画が進んでいるのでもう大規模投資は出来ないのかなあ…。郵便局が開いていたので、ここでも絵葉書を投函(結局5カ国で絵葉書を発送しました)。JL704グラホの先導でイミグレを特別レーンで通過しました。おー、VIP扱い。気持ち良い!。Fクラスラウンジは共用でチャチ…。さくらラウンジは激混み、スコタイラウンジが一番居心地良し。バンコクのラウンジはどの会社も手抜きでした。SQですらチャチでした…。ソウルと大違いでした。機内では爆睡。朝食はSIN便に比べて見劣り…。何とかして欲しいなあ。JLとJOの差なのかBKKとSINの差なのかは不明でっけどね。
2005/11/27
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2Jikan hodo hima desu.shower wo abite jikan wo chousei shimasu.
2005/11/27
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Korekara HO CHI MINH wo Shuppatsu shi, Singapore he Mukaimasu.Igainimo Socho no jikan wo tsukatte Shashin wo Toremashita.Sore ni shite mo Nihongo no Hyoji sura dekinaiSskuban no UA ha Kizai Kosho de Hikikeshi de Dounarukotoka to Shinpai ni Narimashita ga Ima no Tokoro Juncho desu.
2005/11/27
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KOREKARA SAIGON ni muke HongKong wo Shuppatsushimasu.Sukoshi Shoumou Shiteimasu.
2005/11/26
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旅先からのレポートです。皆さんコメントありがとうございました。現在私めは仁川国際空港のKTラウンジにおります。昨日の深夜に羽田から金浦までアシアナのビジネスクラスで参りましたが、本日の旅程は朝のTG便で仁川から香港まで移動し、香港で食事をし(滞在10時間)、その後ベトナムのサイゴンまで、UA便で移動いたします。昨晩は野宿をしようとしていたのですが、思いのほか寒かったので、やむなく安宿に宿泊いたしました。なんか情けない…。朝食はコムタンをいただきました。空港の食堂で食べたので高い…。13000ウォンでございました。昼食は超豪華点心、夕食は東南アジアの美食国家ベトナムでございます。フォー!。それにしても韓国は美人ばかりでございますな。アジア最強の整形大国だけはあります。くらくらしてしまいます。それでは、早速週末5カ国歴訪の二カ国目の中華人民共和国香港特別行政区へ参ります。
2005/11/26
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新しい携帯でメールを書くのは初めてです。字数制限が一万字までOKなのが嬉しい…。さて、今日は全日空のマイルを活用し、スターアライアンス各社のビジネスクラスの乗り比べを行います。最初はアシアナ航空で金浦へ向かい野宿し、翌朝はタイ国際航空で香港へ向かいます。香港で昼食を摂って写真撮影を行った後に、ユナイテッド航空でベトナムへ参ります。その他シンガポール航空や日本航空(Fクラス)等も試します。食い物と飛行機だけの週末です。マイラーの格言「野宿してでもビジネスクラス」を実行します。 →寒かったので野宿は中止にしました。評判の良いシンガポール航空と評判の芳しくないタイ国際航空の格差は噂通りなのか確かめて参ります。タイ好きのぼくとしてはタイ航空さんに頑張って欲しいなあ。それでは行ってきます。
2005/11/25
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マングローブ&マテリヤの滝にたくさんのコメントありがとうございました。お返事も出来ていない状態なのですが、本日の夜から月曜日の早朝にかけて旅に出ます。我ながら無茶苦茶なんですが、 韓国 中国 ベトナム シンガポール タイと5カ国まわって月・金とも出勤します。6区間中5区間はビジネスで1区間はファーストクラスです。つまり、今回の旅行の目的は各社のCクラス・Fクラス乗り比べでございます。はい。こういう訳でブログは月曜日の夜まで更新が止まりますがご容赦ください。【昨日の成果】なし
2005/11/25
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昨日は日帰り沖縄に行く予定にしておりましたが、あちらの天候がよくないのでキャンセルしました。都内の本屋でイラクの本を購入して喫茶店で読んだりして一日を過ごしましたです。今週末から再び海外でございますので、休息日にしました。さて続きです。奄美大島の名所をあと2箇所周りました。マテリヤの滝でございます。離島で滝が名所と言うのも珍しいので行ってみました。大島が非常に大きな島であることがわかりますですね。島の東と西を行き来するためには、ジャングルみたいな森林を越えねばならなかったようです。その中間点に滝とちょっとした湖(池?)があって、名所になったそうです。イグアスの滝とはちょっと趣向が違いますが…、こんな滝でございます。周囲は鬱蒼としたジャングルですけど、滝の上空は木が無くて明るいのです。山の中を歩いてくると、確かにランドマークになりそうです。もう一箇所はマングローブの原生林です。海沿いではなく、川沿いの湿地が全部原生林です。この辺りは住用村でございます。と、この位で日没が迫り、名瀬に帰ることに致しました。奄美大島には、日本海軍の弾薬庫の跡・旧奄美空港を活かした奄美村(だったかな)であるとか、色々他にも名所があるのですが時間切れです。これだけしか周っていませんが、レンタカーの走行距離は140キロでした。大島は広いのでございます。次回からは喜界島編をお送りいたします。喜界島は小さい島ですので、レンタバイクで周りました。二日取れれば久米島のように自分の足で歩いたのですが、日帰りでございましたので…。【昨日の成果】本屋(JCB) 31×1.5倍≒約46マイル(NH)E電(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 3××1.5倍≒約4マイル(NH)
2005/11/24
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皆さんたくさんのコメントありがとうございました。鶏飯(けいはん)にこれほどの反響があるとは驚きでございます。ありがとうございました。明日は軽い気持ちで沖縄に日帰りしてきます。もともと修行のために確保しておいた便で、ハワイがキャンセルになっても年内にJGPを取得できるようにしておいた予備日程でしたのでキャンセルしても良いのですが、天気が悪いのでどうしようかしら…。朝起きたら考えます。雨じゃ、写真も撮れないなあ…。続きです。名瀬市を越えて、北部海岸を西に進みます。レンタカーですけど快調です。離島でカーナビは本当にありがたいものでございました。大浜公園でございます。色んなものが園内にございました。さとうきびジュース屋さんです。奄美諸島でもさとうきびは栽培されております。はい。沖縄だけではないのですね。園内で、再び「高倉」を目にしました。奄美を象徴する建築様式なんでしょうね。でも、沖縄では目にしません。奄美独自と言うことなのかなあ。園内には「奄美海洋展示館」という水族館もございました。空いていて、フラッシュを炊かねばバンバン撮影してよいというのがありがたいのです。珊瑚礁の再現です。海岸から、外界まで再現してあります。見応え在るのですが…。撮影は上手くいきません。残念ながら暗すぎるのです。他の展示物をご紹介します。とまあ、こんな感じでした。スローシャッターでも何とかなるものです。動きのある生き物だとお手上げなのですが…。最後に外観をもう一度ご紹介します。こんな感じで大浜公園見物を終えました。ちょっと枚数が増えてきたのでここで切ります。次回は住用とマテリヤの滝をご紹介して、大島編を終えて、喜界島編に進めます。【本日の成果】ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/11/23
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新しい携帯は快調です(新品で不調であったら逆上しますけど)。嬉しいなあ。FOMAにするとパケット代がぐんと安くなるのが嬉しいのでございます。MOVA時代とは全然感覚が違います。iモードでけちけちしなくても良いのが嬉しい…。また、皆さんから鶏飯(けいはん)へのたくさんのコメントありがとうございました。実際美味しいのでございますよ。素晴らしいのです。向ヶ丘遊園の近くにある「がじゅまる」でも頂けます。最後に行ってから日がたっているので、今どんな感じかはちょっと分からないので、食べに行かれる場合は事前に調べてからにしてくださいませ。さて、続きです。鶏飯屋さんを出て、奄美大島の北岸をレンタカーで進みます。レンタカーは快適でございますね。西郷松という浜の松でございます。元々は船着場だったらしいのです。この近くに、かの西郷隆盛が流刑されてきたので、西郷松に名前が変わったそうです。いやあ、美しいもんでした。海岸を3シーンほど掲げてみました。波が荒いのです。珊瑚礁が発達しているとここまで波が荒くならないのもですが…。北側には珊瑚礁がないのかなあ。東シナ海でございました。こんな海岸線を通った後に今度は丘に登りました。自動車でですけど。丘から名瀬市街を見下ろしております。光学12倍でワイ端からテレ端まで引き寄せてみました。空気が澄んでいないのが残念…。名瀬は湾の奥に出来た港町であることが分かりますね。湾の入り口には防波堤がございました。今回はこの位にさせて頂きます。次回は大浜公園と住用のマングローブなどをご紹介します。【本日の成果】朝食(SUICA) 3マイル(JL)ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)AMPM(EDY) 2マイル(NH)
2005/11/22
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携帯電話を買い換えると気分が変わるものでございます。幼い頃に新しい自転車を買ってもらったような感じでございますね。さて、紬村の続きです。大島紬の工程は前回まででご紹介しきってしまいました。この紬村には、織物以外の展示もございました。縄文時代の高床式倉庫みたいな感じの古代建築のレプリカ?がございました。こんな感じの構築物でした。ネズミ返し付です。こんなところで「大島紬村」を後にして、昼食に向かいました。第一回でも若干ご説明しましたが、奄美と言えば「鶏飯」です。これが本当に美味しいのです。国道58号線沿いの「ひさ倉」で頂きました。マツダレンタカーのお姉さんのお勧めに従いました。余談ですが、国道58号は日本で最も始点と終点が離れている国道だそうです。始点は鹿児島市内にあり、奄美大島を縦断し、更には沖縄本島を縦断し那覇まで続いております。これが鶏飯です。ご飯に色々な薬味と言うか具を載せて、チキンスープをかけるだけなのです。これが実に美味いのです。レシピはもかmokaさんのブログなどに記述がございます。もしチャレンジしたいという方がいらしたら、ご参考にしてくださいませ。ま、ここでも事件がありまして、女中さんが私の注文を忘れて30分も放置していたのでした。このような料理ですので本来は直ぐに出るはずが30分も待たされたのでした…。「詫びです」と言って、こんな焼き鳥が出てきました。私も単純なものですっかり機嫌が直ってしまいました。そのくらいこの焼き鳥も美味しかったのです。鶏飯を首都圏で食べるときには、向ヶ丘遊園の近くの奄美料理店に出かけております。店の名前を失念してしまっているのが情けないです。次回は、快適な奄美大島北岸のドライブをレポートします。
2005/11/21
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この週末は出張が入った関係で旅行には出かけませんでした。旅行に出かけずに週末を都内で過ごすとろくな事がございません。盛り場に出かけて無駄遣いをしてしまうのです。今週末の無駄遣いは携帯電話でした。MOVAからの乗り換えだと1円というのを見て、衝動買いでFOMAにしてしまいました。パケット単価が安くなるし、メールの最大文字数も増えます。旅先レポートが随分楽になりますね。うんうん。さて、本題です。前回は糸の染色のところまでレポートしました。引き続き工房をレポートします。工房に掲げてあった工程表です。物凄くたくさんの工程がございますが、織り工程をレポートいたします。織り機自体はそんなに変わってません。大島紬もその他も殆ど同じ形状です。つまり、絣糸の縞々染色を合わせるのは織り子の手なのです。すんごい…。数少ない相違点がこの糸をくくりつけるところです。地糸と絣糸でセットする場所が別になっているのです。こんな感じでちくちく織っていきます。当然微妙に絣糸がずれることがございます。そんなときは織り子さんが糸を針で引いて直していきます。大島紬であることを示す品々です。布の端は文字を織り込みます。組合で製品をチェックし合格すると合格シールを貼ります。合格シールには二種類在って、大島で染めて大島で織ったものと、大島で染めて鹿児島で織ったもので、種類を分けているそうです。ふーん、織り工程は鹿児島でもやっているわけですね。久米島紬を見に行った時に「琉球王朝崩壊後久米島紬は一般民間に開放され、粗悪品も出回るようになった。粗悪品の追放が大変であった」と説明を受けました。大島紬も同じような歴史を持つのかもしれませんね。【本日の成果】E電乗車(SUICA) 3マイル(JL)キオスク(SUICA) 2マイル(JL)プロント(EDY) 2マイル(NH)本屋(JCB) 7×1.5倍≒約10マイル(NH)
2005/11/20
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ご迷惑をおかけしました。予定より早く復旧いたしました。
2005/11/20
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すみません。緊急メンテを入れます。19時15分から3時間弱ほど、画像サーバを停めさせていただきます。本文は見られますが、画像は表示されなくなります。ご迷惑をおかけしますがお許しください。
2005/11/20
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一泊二日の出張も終わり、都内に戻って参りました。ちょっと疲れております。留守中にたくさんのコメントありがとうございました。ボジョレーに関するコメントをたくさん頂きました。こんなことなら写真を撮って置けばよかった…。勤務先の社内販売でボジョレーは多種類が出て参ります。今回は飲み比べをしたのでありますが、メーカー毎の味付けのばらつきが大きいのに驚きましたですね。さて、本題です。前回は泥田のところまでレポートしました。引き続き工房をレポートします。意匠を記した紙と糸でございますね。ちょっと分かりにくいので次に拡大図を掲げます。意匠設計図ぜございます。XY座標に分解されているのが分かりますね。細かいなあ…。糸でございます。左側が模様を出すために縞々に染色された「絣糸」です。右の二つは普通の糸でございます。流石の大島紬も全ての糸を染めてから織るわけではなく、糸のうちの何本かに一本が絣になっているそうです。絣糸の比率が高いと値段が上がっていくそうです。などほどねえ。と思ってしまいました。今ご紹介したものの他にも色々な意匠図が展示されておりました。実際の染色工程を見せてもらいました。意匠図が、分解されて染色用の型紙になっています。上の図は意匠と型紙の関係を表したものです。型紙のインデックスでございます。型紙の順番を間違えたら完全にアウトでございましょう。こういうインデックスで確認をしていくのでございますね。これが実際の型紙です。なんという細かい作業…。実際の染め工程でございますが、久米島紬では絹糸にマスキングをして染色しておりましたが、大島紬では更に細かい作業をしなければなりません。そこで…。先ず、縦糸を絹糸・横糸を木綿糸で緩く織ってしまいます。布の状態にして染色を始めるのです。この布を地色染色します。更に、模様の縞々を染色します。この後に布を解くと、縞々の糸が取れるのです。縞々染色を行う作業台と染料でございます。布を解くガイドさんです。ちなみに、染色は裏と表から行われ、糸に裏表は無いそうです。これを織るために、大島紬には裏表が無いそうです。裏返して着ることが出来るので、寿命百年と言われるほど持つそうです。中国の技術が久米島に伝わり北上するうちにどんどん洗練されてきた訳ですね…。ちょっと、感銘を受けました。次回は織り工程をご紹介します。【本日の成果】E電乗車(SUICA) 9マイル(JL)グリーン券(SUICA) 7マイル(JL)
2005/11/19
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昨日の日記にたくさんのコメントありがとうございました。すみません、今日はこれから出張で、コメントにお返事を書けておりません。一泊二日ですので、明日には復帰しています。昨晩はボージョレーヌーボーの解禁日でしたので…。職場の人と数本空けてしまいました。三種類飲み比べましたが、私的にはカルベの製品が良かったです。どしっとした味でワインっぽいワインでした。周囲の人の中には、ヌーボーはあっさりしていた方がヌーボーっぽくて良いという人も居ましたが…。さて、本題です。今日から奄美群島をレポートします。最初は往路の飛行機からです。羽田から奄美大島行きの始発便に乗り込みました。始発と言っても一日2便しかありませんけど。機材はMD87です。私の好きな旧JDの機材と乗組員です。JDがマイラー生活の原点でしたので。まもなく完全統合ですね。残念です。今回はレンタカーを借りました。やっぱ安いのはマツダです。トヨタに比べてそんなに差がある訳でも無く、割安感大です。うんうん。最初に訪れたのはここ「奄美大島紬村」です。前に久米島に行ったときにゆいまーる館で久米島紬の製造工程を見ました。結構感動したのですが、久米島紬をベースに更に改良を加えたものが大島紬なのです。久米島紬も大島紬も先に意匠を決めて糸を染めて、これを織って布にするという物凄く厄介な作業を行います。久米島紬だけでも痺れてしまったのですが、大島紬は更に二つのブレークスルーを実現しています。久米島紬は縦糸は一色で染めて、横糸で意匠を実現します。意匠を実現する糸(赤・黒・赤赤みたいに縞々に染められた糸)を絣糸と言います。久米島紬は、縦糸は普通の糸で、横糸が絣糸なのです。ところが大島紬は、横糸・縦糸ともに絣糸となります。すげえ…。意匠を決めて、これをXY座標で表現し、糸を染める縞々を確定し、縞々に糸を染め、縦横を組み合わせて織り上げるんですね。気が狂いそうな複雑怪奇な作業でございます。もう一つのブレークスルーは泥染めでございます。染料のタンニン酸と泥に含まれる鉄分が化合して、独特の色を出す訳です。これはコロンブスの玉子的なブレークスルーです。これが紬村の正門でございます。最初に資料館に通され、基礎知識の説明を受けます。その後、工房見学に移ります。最初は染め工程の工房を見せてもらえます。久米島よりも染めと洗いの回数が多い…。一方、久米島で使われていた、生乾きのまま再染色を行う技法は使われていないようでした。染料の原料は木の根が多いようです。種類が多いので、全部記憶できない…。これが泥田ですね。タンニン系の染料で染めた布をこの泥に浸しては洗い乾かすを繰り返すそうです。で鉄分で色を変えていく…。凄いです。ちなみに、田を酷使すると鉄分が無くなってしまうそうな…。そういうときには蘇鉄の葉を泥に浸すと鉄分が復活するそうです。へー。奄美と久米島を比べて、違うよね、と感じたのは、奄美は男の人が結構参加するんですよね。久米島は女の人の仕事という印象でした。南方系文化と北方系文化の差を感じてしまいました。頭の上に物を載せて運ぶ文化も沖縄には少し残っています。本土との違いが沖縄の魅力ですよね。泥田での作業は完全に男衆の作業だそうです。気候は暖かいですが、加賀や西陣の職人さんと共通するものを感じました。奄美は南方の島ではありますが、本土との文化的共通性を強く感じてしまったのでした。うー、眠いので今日はここまでにします。【本日の成果】なし。
2005/11/18
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今回は旅行記ではないのです。先日東京モーターショーのアンゼンジャーショーをレポートいたしましたが、その際に掲載した、私が撮影した写真が、衣装を作っている会社のウェブで無断使用されておりました。ちなみに、私の東京モーターショー日記は、こちらでございます。中ほどよりも少し下でございますね。本当なら「著作権の侵害だあ」と暴れなければ行けないのかも知れませんが、今の気持ちは「私の撮影分が商業利用されたうれしひ…」でございます。なんか幸せです。追記:今は、私の撮影した写真の掲載は終了してしまっています。残念。商用利用第一号の記念碑的な写真でしたのに…。
2005/11/17
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長大な夏休み紀行で一ヶ月かかってしまいました。新しいシリーズに着手するのは随分久しぶりでございます。さて、今回から奄美群島流刑地紀行をお送りいたします。喜界島は歴史的には鹿ケ谷の陰謀でお馴染みの俊寛の流刑地として有名でございます。ここから題名を頂き流刑地紀行とさせていただきました。現在は長閑な離島でございます。別に島流しの囚人がうろうろしている訳ではございません。具体的なものは明日から始めますが、今回の目的は下の通りです。 1 JLの搭乗80回を確保(修行) 2 日本最短の定期便(奄美=喜界)に乗る 3 久米島紬を見てきましたが、この発展形の大島紬を見る 4 日本領と琉球領の境界の喜界島を見る 5 鶏飯を食べる(まじ美味いんです)搭乗経路は羽田→奄美大島→喜界島→奄美大島→羽田でした。割と常識的なルートでございました。この回の旅行は、私にしては珍しくレンタカー(大島)とレンタバイク(喜界島)を使っています。意外にも喜界島が良かったのです。予想していたのよりも遥かに良かった…。沖縄の離島とは異なる魅力が一杯でした。と言うわけで、次回より写真レポートを開始いたします。とりあえず喜界島の観光案内図だけを掲載させていただきます。【本日の成果】朝食(SUICA) 4マイル(JL)ローソン(JCB) 2×1.5倍=3マイル(NH)
2005/11/17
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皆さん、おはようございます。56回になってしまった夏休みレポートも今回で最後になりますです。長々お付き合いいただきありがとうございました。続きでございます。羽田離陸の後からです。伊丹へのアプローチは毎度のことながら迫力がございます。大阪城公園が見えますですね。淀川を越えて参ります。天下の伊丹空港です。使いやすい空港でございますが、最近はお金を使っていない補修が多く、だんだん安っぽくなってきました。神戸空港も出来てしまうので仕方が無いといえば仕方が無いのですが…。これで良いのかなあ…。伊丹に駐機中のエアコミューターのSAAB機でございます。伊丹でYS11を目にすることはもう無いのでしょうか…。伊丹空港からモノレールで万博記念公園に向かいます。大阪の象徴の太陽の塔でございます(通天閣や宗右衛門町のケースもありますが)。今回の大阪見物の目的はこのマーチングバンド見物であったのですが、残念ながら雨でした。早々に切り上げました。残念。次に千里中央(略して千中)に向かい昼食に致しました。がんこ寿司です。ここは割安です。大阪勤務時代以来でございます。地下鉄でみなみへ向かいました。御堂筋線も懐かしいです。懐かしい御堂筋を心斎橋から難波まで歩きました。タイガースのリーグ優勝直後で、道頓堀川への飛び込み防止工事がなされていました。風情もくそもございませんな。難波高島屋でございます。久しぶりに撮影したマンホールの蓋です。流石は大阪市、澪つくし&大阪城です。次にかつて私が暮らした湊町の近くを歩きました。今はJR難波という名前になってしまいましたが、私が住んでいた頃は地上駅の湊町駅で、特急も来ていました(但し、回送・電留ですけど)。この寺の裏にマイスイートホームがあったのです。なんと関西本線の線路があった場所に産経新聞の大阪本社が来ていました。新聞社が社屋を構える場所なのかなあ~。いまや名ばかりの、大阪シティエアターミナルです。実態は、駅ビル兼高速バス停留所になってしまいました。関西空港が開港した頃は立派な市内カウンターだったのですが。新今宮のフェスティバルゲートです。いつ来ても迫力のある外観です。新今宮の交番です。ある意味では日本最強の交番かもしれません(通常は新宿警察署歌舞伎町派出所が日本最強と言われます)。西成暴動の時に焼け落ちた南霞町駅です。何故かここから「鉄」のスイッチオンです。大阪市内の路面区間は殆ど無いのですが、まあ、大阪唯一の路面電車である、阪堺電軌です。はい。本線には新しい車輌が多く残念。古い車輌は天王寺線なのかなあ。大阪巡礼の最後は通天閣&新世界でございます。曇ってるのでろくな写真になりません。帰路で見つけた挑発的な広告でございます。「はるかにお得」ですか…。現在は関西空港に一番安く行くのは(歩いていくのを除くと)OCATからのバスです。値下げで880円になっております。人気が出て時々乗り切れないこともございます。関西空港から最終便で東京に向かいました。毎回同じ画ですが、撮影せずには居られないのです。関西空港には独特の雰囲気がございます。最後はムシキングジェットでございました。何と旧JAS機でした。帰りもクラスJにしたものの、旧レインボーシートでした。むむー、悔しい…。以上で夏休みの全行程が完了いたしました。最後までお付き合い頂きありがとうございました。今回の夏休みの全旅程は、羽田→伊丹→成田→クアラルンプール→シンガポール→成田→ロスアンゼルス→ワシントンDC→ブエノスアイレス→プエルトイグアス→フォスデイグアス→プエルトイグアス→ブエノスアイレス→コロニア→ブエノスアイレス→ワシントンDC→ロスアンゼルス→成田→シンガポール→クアラルンプール→成田→羽田→伊丹→関西→羽田でございました。航空会社の皆さん、お世話になりました。はい~。次回から、奄美群島紀行をレポートいたします。今後とも宜しくお願いいたします。【昨日の成果】E電乗車(SUICA) 4マイル(JL)
2005/11/16
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いよいよ帰国でございます。先ずはチャンギ空港へ向かいます。チャンギの第一ターミナルには、全世界的に少なくなってきた「ぱたぱた」がまだ現役です。羽田ではとうとう絶滅してしまいましたが…。チャンギの管制塔です。夜になるとトンでもないイルミネーションが付くんですが…。空港のシャワールームです。入浴料約700円です。チャンギのゲートです。快適なシンガポールもここまでです。乗り換え空港のクアラルンプール国際空港(通称KLIA)です。綺麗な空港ですけど、人通りは少ないです。やはり便数が違う…。KLIAのフィンガーですね。知り合いに頼まれて、本場クアラルンプールで仕入れたロイヤルセランゴールでございます。3000円しか買っていないのですが、中々の包装です。クアラから成田までお世話になった763です。シンガポール・クアラルンプール線は強敵のSQと競合しているので、最近は新鋭機が投入されます。763とか773が多いですね。763は新しいので、機内エンタメシステムがマジック3なのです。機内です。激空き…。大丈夫か…。後部コンパートメントは全然人が居ません。この路線廃止にならないでしょうね…?。ガラガラでしたので、3席を占拠してベッドを作りました。毛布と枕をふんだんに使って作ってみました。フルフラットエコノミーでございます。あはは。この写真はアームレストを降ろした後の状態ですけど、寝ているときは当然アームレストを上げておりました。寝心地の良いベッドを作る秘訣は、毛布を10枚くらいと枕を10個くらい使って整形することですね。枕の集合を毛布で包み、シートベルトで固定して作りました。我ながら、天才的な出来でした。夜明けでございます。朝食でございます。またまたKSMLでございます。クアラ積み込みのKSMLは初めてであったので、どんなものが出てくるか楽しみだったのですが、何と言うことはなく、シンガ積み込みと共通でした。ちなみに、離陸後即寝してしまったので2食いっぺんに出てきました。うー。成田には30分以上の早着でした。これはCIQ通過後の2ターミナルの外側喫煙スペースの時計です。20度あっても寒く感じました。成田空港第2ビル駅の切符売り場です。今回はこのJRではなく、京成→都営地下鉄→京浜急行の直通列車で羽田空港に向かわねばなりません。海外レンタル携帯を返して、6時46分の京成の各駅停車に乗れました。京成の成田第二ビル駅でタイ人の若い女性がビジネスクラスのタグを付けたデカイかばんを引き摺って道に迷っていました。羽田に行きたいのですと。私も羽田でしたので一緒に連れてきました。タイ人・女性・若年・単独・ビジネスクラス・巨大なカバン・羽田空港…、謎めいた人物だなあ。職業を聞いてみると、某日系キャリアのディスパッチャーなんですと。今回の来日はトレーニングを受けるためだそうで。トレーニング施設が羽田空港にあるから、羽田に行くのですと。これはこれで納得なんですが、早朝は成田→羽田の直通特急は運転されてません。初来日のタイ人スタッフに、東京都発行のガイドブック一冊渡して、自力で羽田のトレセンに来いはないんじゃない??。可愛そうでした。大体、割引運賃を教えていないから無意味に高い切符を買っているし…。ケチケチせずにリムジンバスを使わせてあげれば良いのに…。彼女と一緒に1時間40分京成電車に揺られて羽田に来ました。しかし、1時間40分も乗せられているのに便所が無い車両というのは何とかならんですかね。私は知っていたので、空港でなすべきことをなして来ましたが、彼女は最後は辛そうでした。何か、意味の無い非関税障壁が出来ているなあ。若手ディスパッチャーは東京のことをどう感じたんだろう??。彼女と羽田空港駅で別れて、大阪行きの乗るために羽田のターミナルに入って参ります。旧シグネット(ANAのラウンジ)もすっかりJL風の内装に変わっておりました。もはや何の新鮮味も感じない羽田ゲートでございます。過去3年間で200回以上通過しております。この機材のお世話になりました。数を減らしつつある国内線773の旧塗装機です。星座の名前を付けられているのです。日本航空では、MD11が希少鳥類の名前を付けられておりましたが、それ以外は機材には名前はないようです。大昔は「よど号」とか「木星号」とか名前を背負っていたものでございますが…。クラスJでございます。国際線の通しチケットであったので、前便変更とか差額支払いによるクラス変更が出来るか心配だったのですが、羽田では受けてくれました。今年伊丹では断られましたが…。どっちの扱いが正しいのだろう…。だんだん大阪が近づいて参ります。最後の寄港地でございます。大阪では懐かしい万博記念公園などをうろうろ致しました。愛知万博が忘れられないのですね…。次回で最終回になります。夏休みレポートの最終回は何故か大阪市内観光でございます。今回はここまでにさせて頂きます。
2005/11/15
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眠れない…。不味いっす。明日も仕事なのに…。週末に旅行に行かないと不眠症になるようです。体力が余っているようです。前回はボートクルーズで河口にでるところまでレポートしました。今回は海からの写真をご紹介いたします。いきなりですがマーライオンです。うーん、構図が決まりません。マーライオンの背景の摩天楼を上手く収めようとして悪戦苦闘するものの、中々綺麗に入りません。結局一番上の写真が一番決まっているのか…。マーライオンの直ぐ近くにあるレストランです。お洒落でちょっとお値段は高めです。左から見たマーライオン。これは海からしか狙えない構図です。この前に乗ったフェリーと同じ高速船です。どこ行きなんだろう…。フェリーのお尻です。海側から見た高層ビルです。意外にも構図はまあまあ決まっています。夜のほうが綺麗なんですけど、船上からではスローシャッターは無理ですね。マーライオン船着場です。こんなところに船着場があったとは気付きませんでした。日本人観光客の女性二名が下船しました。繭みたいなのはコンベンションホールです。こんな感じで船着場に戻ってきました。これでリバークルーズはお終いになりました。いかがです?。1000円弱なら、お買い得感がありますでしょう?。お勧めします。結構頻繁に出ているみたいなので、直ぐに乗れました。さて、ここから帰路です。空港に向かいます。その前に…。このワイキキトロリーみたいなバスは、ヒップホップバスと言います。シンガポールの観光地を巡るバスで、シンガポール航空が運行しているのかなあ…。SQの搭乗半券を持っていると運賃は半額になるそうです。マリーナスクエアまでは無料でございます(書いてありますな)。タナメラ駅です。シンガポールのMRTでは乗換駅のことをステーションと言わずにインターチェンジと呼んでました。この駅で空港行きの支線に乗り換えるのです。タナメラ駅で見つけた非常停止ベルです。濫用者は罰金5千ドルだそうです。シンガポールは何でも罰金の国です。罰金の目的がはっきりしているので、割と好評だそうです。規制天国だけど、規制の目的がぼんやりしている極東の某国とは対照的ですね。この後に、チャンギ空港に向かい、クアラルンプールを経由して、成田→羽田→伊丹→関西→羽田と移動して参ります。南米まで出かけた夏休みですが、最後の寄航観光地は大阪なのです。はい。次回は貧乏臭い夜行エコノミークラスでの移動をレポートいたします。Fクラスのセレブ生活から、夜行Yのスラム生活にスイッチでございます。でも、夜行Yの方が性に合ってます。あはは。
2005/11/15
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いつの間にやら19万アクセスを頂きました。とっても嬉しいです。皆さんご愛読ありがとうございます。えーと、続きです。もう、船の上では大興奮でシャッターを切りまくってしまいました。ぶんぶんご紹介してまいります。橋を何回もくぐるのです。露出が激しく変わります。この辺がボートキーの右岸のレストラン街です。とっても美味しそうな店ばかりなんですが、一人では入りにくいんです。残念。古いトラス橋です。大きすぎて全景を撮影できません。フラトンホテルです。宿泊費は結構な値段なんですが、雰囲気良さそうです。ここが最後の橋です。ここを潜るともう海です。海からはマーライオンが見えるのですが、ここから先は次回にさせて頂きます。大騒ぎして、夏休みをレポートして参りましたが、何となく終わりが近づいて参りました。こんなペースでシャッターを切っているので、デジカメが磨耗故障するのも仕方がございませんですね。シンガポールを後1回か2回レポートして、最終日の大阪をレポートしたら、長い長い(期間も移動距離も)夏休みレポートもお終いになりますですね。夏休みレポートが終わりましたら、奄美群島レポートをお届けいたします。それにしても、今回はカメラを振りすぎました…。何となく眩暈がしそう…。
2005/11/15
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うひ~、たくさんのコメントありがとうございました。前回の日記に「勝手におじゃまします♪さん」からトラックバックを付けて頂きました。ありがとうございます。この「勝手におじゃまします♪さん」のブログは、面白い他人のブログを紹介するという内容です。折角ご紹介いただいたので、他の日の日記も除いてみましたら…。この方の選球眼は私に近いなあ。外れは殆どなしです。アクセスカウントが必ずしも多くないブログが多いのですけど、読ませるものばかりです。どうやって掬い上げるんだろう…。さて、続きです。こんな感じの船がガンガン通ります。シンガポールのことですから安全対策は万全なんでしょうけど、なんか不安を感じさせるなあ。これが私の乗った船です。中はこんな感じです。あっさり出発です。汽笛も銅鑼もなし…。まあ、そうでしょうね。これが結構速いのです。飛沫がカメラのレンズに付きそうで気が気じゃありません。なんかイグアスの時に似てます。先ずは上流に向けて川を遡上します。地理感覚が分からないのでどこに向かっているのか分かんないです。行った事のないところばかりです。なんか快適そうなショッピングセンターが見えましたが…。この辺でターンしました。やはり歴史のある植民地だけあって、個性的な古そうな橋がたくさんございます。架け替えをやっていないのが良いですね…。こんな感じの親水スペースがたくさんございます。この辺りが船着場なのですが、船は船着場をパスしてそのまま下流に進み、マーライオンのある河口部から外海に出て参りますが、枚数が多いので今日はこれまでにします。それにしても、曇っているせいか、色がくっきりしませんねえ…。【昨日の成果】なし
2005/11/14
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さて、中国庭園の続きでございます。あ、そうそう、前回母親のことを記しましたら、意外にも母親についてコメントを頂戴いたしました。中東に旅行中といっても、行き先はバクダッドやサマワに言っている訳ではなく、生活レベルは先進国のイスラエルでございます。はい。中国庭園も、日本庭園と同じく池を中心にデザインされます。また、回遊式にデザインされるのが普通でございますね。池沿いの建物の後ろにはキッチュなオブジェの加工場がございました。まあ、たくさん作っていること…。触ってみたいのですけど、布張りで割と華奢なので、壊してしまうのが恐ろしく、触れませんでした。さて、こちらが内園と外園の境目の建物です。そとから内側の庭園の様子を隠しているのですね。内側に入ったときの驚きを楽しめ、ということなのでしょう。この建物の内側には鯉が飼われておりました。日本製かしら…。こんな色の鯉を育てるのは日本人だけではないでしょうか…。余談ですが、中国人は金魚を上から眺めます。私たち日本人は金魚を横から眺めます。このような用途の違いで、中国と日本は金魚の飼育法も違うそうです。風情もくそも無い、マーライオンの張りぼてです。多分夜には美しくライトアップされるのでしょうけれども、この中国庭園でやりますかねえ…。こちらが正門です。中国庭園はジュロン川の中洲に作られておりまして、橋を渡って行かないと中に入れない設計にしてありました。このあたりは中国建築のセオリーをきちんと押さえておりました。本当の目的地は中国庭園ではなく、中国庭園の隣にある日本庭園でした。しかし…。工事中でありまして入園できませんでした。ブエノスアイレスで日本庭園を訪れたので比較したかったのですが…。今回はトコトンついておりません。中国庭園を仕上げた後に適当にバスに乗ったら、予想通りボートキーに連れてこられました。シンガポールのバスの目的地は殆ど市庁舎周辺なのです。なぞの石造…。ラッフルズ卿の石造です。ポーズ取り過ぎ…。この辺りからがシンガポールらしいと言うか、英国の主要植民地らしい佇まいの街並みです。私の一番好きなシンガポールです。国営博物館です。元々は議会だったか総督府だったかの建物だったそうです。アジア美術博物館…。この辺の建物はみんな内部が撮影禁止なのです。ご紹介できなくて心苦しいです。現在のシンガポールの議会です。再び川沿いのビジネス街に帰ってきました。川沿いの道を河口方向に歩いていくと、リバークルーズの看板が目に入って参りました。何分待ちかと聞くと10分待ちだということでしたので、初めてなのですが、シンガポールリバークルーズに参加することに致しました。船からの撮影分を次回にご紹介させていただきます。それでは、今回はここまで似させていただきます。
2005/11/14
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この週末は何もしなかったのでした。東京都の郊外にある実家に帰ってみたものの、私の母親は中東に旅行中で(私を産んだ人物だけはあります。行き先はアフリカとか中東とか旧ソ連諸国とかです)、周辺の著名ラーメン店で美味しいラーメンを頂くだけで終わってしまいました。さて、続きです。マレーシアから路線バスでシンガポールに戻りMRT(いつも間違う…、シンガポールがMRT、香港がMTRで良いのですよね?)クランジ駅に来るところまでレポートしました。このクランジ駅からMRTに乗りました。こんな電車です。英国趣味丸出しです。戸袋の無いドア(日本ではプラグドアを除き、この形式を嫌います)、強力な連結部(日本の連結部は弱いんですよね…、尼崎の事故もこのような強烈な連結部であれば、3両目以降は、少しだけ違った展開になったと思われます)、第三軌条(当然全線連続立体交差)…。旧英国植民地らしい…。香港に良く似て居ります。EW線の終点近くのチャイニーズガーデン駅で下車いたします。中国語表記では裕華園駅ですな。余談ですがシンガポールの中国人は先ず英語を話します。香港の中国人は英語も中国語も話さない人が結構居ます。この辺に歴史を感じますですね。駅を降りるとこんな感じの公園を横切って行きます。曇っているのが残念です。これが入り口です。ちょっと奥に中国らしい尖塔が見えます。これが見取り図ですね。上の入り口から入って下の入り口から出ます。謎のトラムがありますが、営業していない風です。塔です。上れませんでした。登れればパノラマ写真を撮れるのですが…。庭園内にはこんなオブジェが多数あります。ちょっと前衛的過ぎますね。次回ご紹介しますが、オブジェの中には電球が入っています。夜に来た方が楽しそうです。ちょっと枚数が多くなってきたので、ここで切ります。【昨日の成果】ローソン(JCB) 7×1.5倍≒約10マイル(NH)E電乗車(SUICA) 1マイル(JL)デニーズ(JCB) 17×1.5倍≒約25マイル(NH)【本日の成果】小田急特急券(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/11/13
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お騒がせ致しましたが、画像サーバを無事に再起動いたしました。再び画像をお見せできることが出来ます。今後ともご愛読のほどよろしくお願い申し上げます。(了)
2005/11/13
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いつもご愛読ありがとうございます。さて、本日の午後から明日の夜までサーバメンテナンスを行います。このため、画像表示ができなくなります。復旧は明日13日の20時頃を予定しております。ご了承ください。
2005/11/12
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シンガ2日目の朝からでございます。なんと、雨でございました。この日はバスに乗ってジョホールバル(JB)へ向かうことにしておりましたので、アラブストリート近くのJB行のエクスプレスバス乗り場へ向かいました。でも朝から雨でしたので写真はありません。これが直通国際バスの切符です。200円弱でした。ウッドランドのシンガポール側のイミグレーションです。巨大なビルになっていました。鉄道もウッドランドでCIQが入りますけど、規模は二桁違いそうです。国境の橋です。下を流れているのは海です。当然川ではありません。この写真からは見難いですが、鉄道・道路・水道の併用橋です。JBのCIQを出たところの風景です。あんまりきれいじゃありません。大体どの国でも陸路国境の近くはきれいではありませんよね。タクシーの呼び込みが厳しかった…。ヒンズー教寺院がございました。ジョホール州政庁です。ジョホールバル駅舎です。鉄道で越境するときにはこの駅で1時間停車となり、停車中にマレーシアの出国手続きを行います。こんな感じで街をフラフラしようと思っていたのですが、また雨が降り出したので、シンガへ帰ることにしました。マレーシア側の道路のCIQです。シンガポール側に比べると非常に簡素です。それでも立派なものですが。ちなみに免税店は見当たりませんでした。この写真の中心に見えるバスが、SBSトランジット(都バスみたいな路線バス)170系統です。始終走ってました。大幹線路線です。帰路はこのバスにしました。バスの終点はMRTクランジ駅でございました。行き先すら確認せずに路線バスに乗ったのでございました…。相変わらず行き当たりばったりでございます。シンガポール島の割と西の方です。ここに着いてしまったのであれば、と、次はジュロンに行くことに致しました。続きは次回に。【昨日の成果】DVD購入(JCB) 82×1.5倍=123マイル(NH)
2005/11/12
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続きでございます。SINに到着し、一泊3000円の激安ホテル(しかも100マイルのホテル予約マイル付き)へ向かいました。チャンギ空港の第二ターミナルのチェックインロビーです。いつもながら美しい空港です。JLは第一ターミナルなのですが、新しい第2の方が断然綺麗です。今回の激安ホテルは、都心部ではなく、空港の近くにございます。地下鉄で空港からホテル最寄駅へ移動いたします。チャンギ空港の地下鉄の駅は第2ターミナルの地下にございますので、JLが到着した第1ターミナルから第2に移動してきた訳でございます。久しぶりの第2が新鮮でした。ホテルはこの「地下鉄阿裕尼駅」の近くにございました。これが凄いところでした…。こんな感じの庶民的な街路の奥にホテルはございました。シンガポールには珍しく、街路名に数字が振られております。バンコクならソイ+数字という表記がたくさん在りますし、プノンペンは数字しかないのですが、シンガポールはボートキーのように数字なしが多いのです。これがとんでもない場所で…。シンガポール最大の「妖しい街」だったのです(写真は翌朝撮影したものです)。治安最低じゃんか…。ホテルも予想通り連れこみ宿でした。うーん、外国人向けの予約システム(オクトパスドットコム)に登録するか?、そういう宿が…。まあ、いいや。さくっと夕食を頂いて、あっさりと寝ることに致しました。翌朝の出発が早いので…。これが近所の食堂で頂いた夕食です。プロウンミーと言います。5ドルでしたので350円くらいです。これが美味しかったんですねえ。シンガの麺ならラクサではなくプロウンミーでね。クアラルンプールならラクサをお勧めしますが…。ただし、美味しいのですが、手は汚れますので悪しからず…。ちなみに、宿泊したホテルの写真はありませんけど、翌朝チェックアウトしたときには、貧乏臭い家族連れ客もうろうろしていて、連れ込み専業ではなかったようです。それでも、衛生面が気になるなあ。病気になりそうなんで、シャワーも使いませんでした。どうも衛生面に神経質になり過ぎますね、私は。この癖を直さねば…。今回のレポートはこれでお終いにします。次回は、路線バスでマレーシアのジョホールバルへ向かう小旅行をご報告します。片道100円ちょっとで海外です。この感覚を味わいに参りました。
2005/11/11
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皆さん、夏休み(45)にたくさんのコメントありがとうございました。今までの日記で最高の数のコメントを頂戴いたしました。感激しています。はい。前回は二週間ぶりの成田空港をちょこっとレポートしました。ロスアンゼルスからの帰りは関西空港経由羽田でしたので、成田に来たのは2週間ぶりだったのです。はい。今回は成田→シンガポールのFクラス機内をレポートします。これで特典Fクラスのセレブ生活は最後になります。帰国のシンガポール→クアラルンプール→成田は全部Yクラスです。セレブからスラムにスイッチです。成田発シンガポール行きのFクラスは新型の「ニューソロ」でございます。丸い椅子でした。これが最後なのね…。マジック3という最新の機内エンターテイメントでございます。下の方の「M」というスイッチはマッサージのボタンです。これが最後なのね…。最初に出てくる豪華おつまみです。これが最後なのね…。前菜のキャビアです。これが最後なのね…。主菜のスズキでございます。これが最後なのね…。先任客乗から「ステーキが品切れでして…」と言われ、泣く泣く魚にしました。これで最後なのに…。私が不満そうな顔をしていると(事実不満でした)、「和食のマツタケご飯をお持ちできますが」とのお申し出でございました。くそー、貧乏人と思いやがってえ(事実貧乏ですけど)。洋食フルコースに松茸ご飯を突っ込んだらバランスが崩れるじゃあありませんか。丁寧にご辞退致しました。サラダでございます。これが最後なのね…。デザートでございます。これが最後なのね…。こんな感じで最後のFクラスは終わってしまったのでした。あー、次の搭乗より夢から覚めて、いつものエコノミー夜行便生活に復帰です。この区間では「クラッシュ」という映画を見ました。マグノリアみたいに、たくさんのエピソードが一つの事故に向かって収束していくと言う、なかなか分かりにくい筋の映画だったのです。Fクラスだと、客乗さんが色々話し掛けてくるので筋がわからなくなりそうで怖かったです。この映画、凄く良いです。05年のベスト入り確実ではないかなあ。お勧めします。
2005/11/11
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今度は、特典航空券の残りを使ってシンガポール方面に出動いたしました。経路は NRT/xKUL/SIN/xKUL/xNRT//xHND/xITM//xKIX/xHNDです。我ながら酷い旅程です。成田=羽田と関西=伊丹の陸路移動が二つもあります。消耗するだろうなあと思っておりましたら、やはり消耗しました。目的は3点でした。 1 廃止間近のSIN行きのFクラスに乗る 2 帰路便で登場回数を稼ぎJGP昇格に繋げる 3 SINでまだ行っていない観光施設を潰すこんな目的でしたので、ホテル代はケチり、一泊3千円の「バジェットホテル」にし、食事は殆ど全部が格安麺類でございます。うん、私らしい。このバジェットホテルが曲者で、オクトパスという予約システムを使って(一泊100マイル付きます)、シンガで一番安いホテルにしたのですが、なんといかがわしい街の真中にあって、非常に何と言うかその風紀が紊乱したホテルでございました。なんだかなあ。マイレージジャンキーの間では「野宿してでもビジネスクラス」という格言がございますが、私の場合は「ラブホに泊まってもファーストクラス」です。ま、いっか。それではレポートを開始します。と言っても今回は枚数は少ないです。成田空港でございます。こんなローカルな展示がございました。成田利用者のうちの何割くらいが佐原市を知っているのかなあ…。いつもは空港にギリギリに着くのですが、今回は余裕を持って着いたので、久しぶりに展望台に出て見ました。第二からはこんな感じの風景になります。エアインディアとタイと日航です。アジアばかり…。第一ターミナルの方が圧倒的に見応えがございますね。第一からはA滑走路が見えますので。次回は最後のFクラス区間のNRT→SINの機内をレポートいたします。【本日の成果】ローソン(JCB) 7×1.5倍≒約10マイル(NH)
2005/11/10
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今回で第二旅程のレポートはお終いにします。先ずは日本航空69便ロスアンゼルス発関西空港行きでございます。太平洋線のFクラスをねちっとご紹介するのは初めてのケースでございますね。はい。Fクラスマニアになりそうです。生涯で3回目のFクラスです。今回も古いスカイスリーパーでございます。今回は隣にお客は居ません。写真も好きに撮れます。リラキシングウェアと称する寝巻きが配布されます。人数は12席の席数に対し、7名でした。上は荷物収納庫です。客乗が仕舞ってくれます。こんな感じのメニューとワインリストが配布されました。往路と殆ど変わらないメニューです。そして食事が始まりました。おつまみでございます。アペタイザーでございます。キャビアでございます。スープでございます。コンソメでございます。ちょっと温いでございます。サラダでございます。主菜でございます。デザートでございます。ケーキを全種類食べたいと申し出たところ、4つ出てきました。コーヒーでございます。機窓でございます。トイレ備付の化粧品でございます。トイレの中には花が飾られておりました。金具もピカピカに磨き上げられておりました。アラカルトのラーメンでございます。飛行コースでございます。何故か大圏コースでは飛ばずに経線に沿って飛行いたしました。もう一回アラカルトを頼みました。明太子ご飯でございます…。ございます言葉に飽きました。客乗が「ございます、ございます」と連呼していたので移ってしまいました。うんうん。それにしても長い。10時間を越える飛行時間でした。しかし、眠るわけには行かないのです。一撃で時差調整をしなければなりません。何のためのフルフラットなのか…。漸く関西空港に着きました。地球を半周して帰国できました。ふー。でも、まだ関西空港なのです。まだまだ旅程は残っております。最後の旅程となった、関西→羽田です。搭乗ゲートの数字が変更になっていました。昔は68とか69だったのが、今回では19とか21に振りなおされていました。最後の写真は関西空港の国内線出発ロビーに登場した景徳鎮です。なんでこんなものが飾られるようになったのかしら…。こうして、第二旅程は終了したのでした。5泊9日の大行程の南米旅行でございましたが、実に写真的な収穫の大きな旅行でございました。素晴らしいかった…。しかし、私の夏休みは終わりません。更にもう一度南アセアンに出動いたします。この模様は次回よりレポートいたします。【本日判明の成果】2005/11/05 JO0075 HONOLULU-TOKYO Y 2,682 旅クラブ搭乗ボーナス 100 国際線チケットデリバリーサービス 150 eチケットフライトボーナス 150 Webチェックインボーナスマイルキャンペーン 250 マイルUPボーナス 3,831 合計 7163マイル(JL)
2005/11/09
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おはようございます。終盤の移動のレポートでございます。今回は、ダレス空港からロスアンゼルス国際空港までをレポートします。ブエノスアイレスから10時間でワシントン・ダレス空港に到着いたしました。反った屋根がちょっと懐かしい感じです。ガラスが少ないのが70年風です。ターミナルの外の様子です。飛行機雲が凄いですね。パトカーでございます。ワシントンのデザインは初めて見ました。ちょっと派手めでございます。ダレス空港でもレッドカーペットに入りました。これがダレス空港名物の「動くラウンジ」でございます。扉の向こうに巨大なバスみたいなもの(高さを調整できて飛行機と同じ高さに出来る乗り物)が居ます。この乗り物でターミナル間を移動するのです。こちらがロスアンゼルスまでお世話になった757型機です。日本では使われていない機材でございます機内です。太さは737と余り変わらないのですね。3-3シートでございました。この機材に5時間弱お世話になりました。やはり大陸横断フライトは遠くて時間がかかりました。ロスアンゼルス国際空港の喫煙所。往きには気がつきませんでしたが、LAX第6ターミナルには喫煙所があったのですね…。ちなみにJLが使っているトム・ブラッドレー・ターミナルには喫煙コーナーはありません。余り乗り換え時間に余裕が無いので早速ターミナル間を無料バスで移動いたします。こちらは日航が入っているブラッドレー・ターミナルです。ダレスに比べると没個性です…。外の様子です。空気の色がロスアンゼルスでございましょ。搭乗時刻が近づいて参りました。こちらは搭乗券でございます。帰路は「01A」がアサインされました。隣が空席であることも確認済みです。うんうん。機内で撮影できますな。往路は隣が大物女優で凍りついておりましたので。帰りの機材です。登録番号を記録するだけの目的で撮影いたしました。こんな感じで米国国内を手早く移動し、さくさくとJLに乗り継ぎます。ここまでのEZEからの搭乗時間は15時間強でございます。既に疲れていますが、まだまだ十数時間乗らねばなりません。結構げんなりしていましたが、次の区間はFクラスなので、期待感もございましたです。続きは次回にさせて頂きます。【昨日の成果】E電乗車(SUICA) 1マイル(JL)
2005/11/09
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BBSでgarnet-rさんから「TOPの艦船って、イージス??? 」というご質問を頂きました。この船は、米国海軍の退役戦艦ミズーリでございます。ハワイ編(南アセアン・喜界島の後にレポート予定)で詳細をご報告します。細かいことはミズーリ保存会公式ウェブで知ることができますです。 さて、本編の続きでございます。いよいよ帰路です。でも帰路も長いのです。移動距離は15000マイルを超えます。今回の旅行の総移動距離は地球一周を超えているのでした。日本庭園を散策中に雨に降られ、先ずはエサイサ国際空港に向かいました。何回か出てきた名前でございますが、ブエノスアイレスには空港が二つございます。 国際線 エサイサ空港 国内線 アエロパルケ空港でございます。空港構内も当然雨でございました。路面が光っております。今ひとつはっきり映ってませんが、国際線のターミナルです。ガラス張りで、関西空港っぽい感じです。中はこんな雰囲気です。関西空港というより羽田の第二ターミナルに感じが似ているかなあ…。出発案内板です。アルゼンチンの航空事情を雄弁に語っております。米系会社による北米各都市への便が多い。LANが活発に便を設定している。旧宗主国のスペインイベリア航空も来ております。10便表示されているのにアルゼンチン航空は1便のみです。国際線ターミナルビル前のバスやタクシーのチケット売り場です。手前から二つ目の赤いブースがバス会社とハイヤー会社を兼営しているテンダ・レオン社のブースです。初日にEZE→AEPの移動に使いました。国際線の到着ロビーでございます。到着ロビーと出発ロビーが同じ平面にあるんですな。意外に待ち合わせをし難い形です。国内線のチェックインロビー前の喫茶コーナーです。ここでコーヒーを飲んだのですが、疲れていたのかひっくり返してしまいました。涙。絵葉書を全部だめにしてしまいました。この後にチェックインをしたのですが、凄かったです。3時間前にチェックインの受付が始まっていました(UAは一日2便しかないので早すぎる…)。先ず問診から始まるのです。びっくりしました。 -ミスターnotoshun、この荷物を最後に開けたのは何時ですか?。 -パッキングした後にあなたの手を離れたことはありますか?。 -あなたの最終目的地はロスアンゼルスですか?。 -あなたが住んでいる場所はシンガポールですか?。 -あなたの荷物に入っている電池の種類を全て説明してください。殆ど英会話学校でございます。20分かかりました。倒れそうになりました。そのくせ肝心のチェックイン手続きは2分で終わりました。漸く保税地域に入りました。結構広いです。喫煙コーナーもあります。偉い!。サンパウロ(GRU)には喫煙コーナーがありませんでしたが、EZEにはございます。この後もゲートで再度検査がございました。何回チェックすれば気が済むのでしょうか…。それだけ南米北米路線は狙われているんでしょうね。これよりも厳しいチェックはニノイ・アキノ空港しか知りません。このEZEでも当然レッドカーペットを利用しました。米国内と違って食い物があります。ユナイテッド偉い!。クノール野菜スープにクラッカーを突っ込んだものを何杯も頂きました。搭乗した後の撮影は殆どございません。眠くて眠くて…。即寝でございました。こちらはワシントン・ダレス空港着陸直前の日の出の風景でございます。極端に暗くてピントも合ってませんですね。オートフォーカスも効かなかったようです。今回の写真の紹介はここまでにさせて頂きます。だんだん時差調整が上手になってきました。この回はBUE→WASは豚のように寝て、WAS→LAX→OAS→TYOと36時間起き続け、東京時間22時に就寝し、翌日は日本時間で活動しました。まだ加齢が少ないのでできるのではございますが、時差調整は、 1 寝ずに腕づくで 2 着陸初日から現地時間 3 調整中は極力太陽光の下にいるで合わせております。今週末のハワイの19時間なんぞ楽勝です。なお、ブエノスアイレスと東京の時差は最悪の12時間でございました。
2005/11/08
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さくさく続けて参ります。さて、meneaterさんから「しかし私はルパンのアップも見たかったです。」というコメントを頂戴いたしました。お言葉に甘えて、掲載させていただきます。更にお詫びでございます。本日20時30分頃から21時52分頃まで画像サーバのDNS異常から、画像が見られない時間がございました。失礼致しました。前回まででブエノスアイレス中心部の散策をレポートいたしました。今回でブエノスアイレス市内レポートは完了になります。今回の訪問先は「日本庭園」でございます。アルゼンチンへの日本移民が感謝の気持ちから建設した庭園だそうでございます。アジア・太平洋には日本庭園は数あれど(ホノルル国際空港は空港ターミナルの中庭が日本庭園になっていました)、南米にもあるとは思いませんでした。先ず地下鉄でプラザイタリアーナという駅に参ります。イタリア広場の向こうに動物園があって、更に向こうに日本庭園があるのです。この辺りから空模様が怪しくなってまいりました。何故かドンキホーテの銅像がございました。それにしてもブエノスアイレスには銅像の多いこと…。戦前の東京も銅像がたくさん在ったようですが、戦争中に供出されてしまったようです。日本庭園はブエノスアイレス動物園の隣にあるのですが、動物園の外壁の悪趣味な落書きです。こんな国でもこんな落書きがあるんですね。ちょっとショックでした。各広場の中心に建つモニュメント&噴水でございます。入り口です。全体配置図です。意外と常識的な配置でした。いよいよ中に入ります。本部庁舎でございますね。この中に日本料理店が入っています。日本移民の碑でございます。当時の日本の園田外務大臣の揮毫のようです。なんだかなあ…。寺も無いのに鐘楼だけが建設されております。池の配置は常識的です。定番の太鼓橋もございました。鯉です。分かりにくいですが、楽勝で長さが1メートルを超えています。強烈な大きさです。橋が多いんですよね。意図はわかるんですけど。この岩の配置は、私には良く分かりませんでした。どこかの有名な庭を模したのでしょうか?。何故か、「禅指圧」というものがありました。禅と指圧に何の関係があるのだろう…。タイ古式マッサージを併営しているところもナイスな感じですね。まあ、こんな感じの庭園でした。「所変われば品変わる」という感じですね。入り口とは別の出入口から外に出ました。ここで、南米に上陸以来初めての雨が降り始めました。こうなると、何も出来ません。大人しくエサイサ国際空港に向かうことに致しました。この日は結構暑かったので喉が渇きました。ついつい大望遠レンズのボケ味を出したくてこんなしょうも無いものを撮ってしまいました。それにしても、日本人も日系人も全然居ない日本庭園でございました。もぎりのお兄さん一名が日本人だっただけで、後は全部白人でした。やるなあ。ブラジルと違ってアルゼンチンへの移民は規模が小さかったので、日系人社会の規模も小さいはずです。これだけの庭園を造るんですから、結構張り込んでいるんでしょうね。次回から、ブエノスアイレスエサイサ空港→ワシントン・ダレス空港→ロスアンゼルス国際空港→大阪関西空港→東京羽田空港の移動をレポートします。
2005/11/08
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ネタが過剰なので一日当たりのアップ量を増やします。ご了承くださいませ。それにしても丸の内線にたくさんのコメントありがとうございました。私も感激したのですが、同じように感じていただいた方がたくさんいらして、何かほっと致しました。それにしても山手線の復旧は遅かったですねえ。日本の鉄道でも色々起きるものでございます。さて、続きです。前回は、地下鉄B線をレポートいたしましたが、今回は再びブエノスアイレスの地上をレポートいたします。大統領官邸の脇を通って港の方に下って参りました。大統領ヘリが飛び立っていきました。露出がだめだなあ…。修練不足です。こんな感じのクラシックな街並みが続きます。海岸沿いの廃線と廃駅でございます。単線非電化ですから大した運行密度ではなかったのでしょうね。ブエノスアイレスヒルトンです。もう少し安ければここに宿泊したのですが…。一泊三万円もしますので諦めました。手前の川みたいなものは運河ではなく、廃ドックなのです。廃ドックに保存係留されている、海防艦ウルグアイ号でございます。同じく廃ドックに保存係留されている、練習帆船サルミエント大統領号でございます。両艦とも中に入ったのですが、中は撮影禁止なのです。こっちの船は日本寄航歴もあるし、東郷元帥関連の展示物もあったのに…、けちだなあ。岸辺には軍艦時代の艦載砲らしきものが展示されておりました。大体こんな感じでブエノスアイレス中心部の散策を終えました。この後に、郊外(アエロパルケ空港の近く)の日本庭園に向かうのでございますが、地下鉄に乗る直前に政治集会に当たってしまいました。爆竹というか花火は炸裂するし、警官隊はうようよしているし、それなりに緊迫しておりました、。ちょっとびびりました。【本日の成果】ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/11/07
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フロリダ街でタンゴを満喫した後に地下鉄B線に乗りに参りました。噂通り、東京の旧営団地下鉄の丸の内線の車輌が殆ど原型のまま使用されておりました。あまりの懐かしさに、乗り潰しと写真撮影を行いました。 先ずは切符でございます。一回入場で何回でも乗り換え可能でございます。一度改札口を出ると無効になります。これで0.70ペソ(約30円)でございます。2回券とか30回券とかもあるみたいですが、割引も無いので常に1回券を使いました。半分以上が広告スペースでございますね。車輌の外観です。殆ど変化がありません。変更点は、ホームの大きさが違うのか、ステップと落下防止板が設けられている位です。銀の波線もそのままでございました。流石に方向幕はスペイン語になっています。導入当初は日本語のまま「池袋行き」とかだったという情報もございますが、確認は取れません。ステップの拡大画像です。外部向けのスピーカーです。昔からあったかなあ…?。車内の様子です。殆ど代わっていません。モケットもそのままです。車内の広告が少なくなっているくらいの変化です。扉の上部の案内板です。デザインも東京時代と似ています。流石に電光位置表示はなくなっていますが…。代わりに、吊り広告があった場所に位置案内表示増設されておりました。非常灯も残されたままでございました。といってもポイントで車内が暗くなる訳ではございませんですが。運転台周りです。「乗務員室」の表示は日本語のままでございました。中間車化された運転台の周辺です。一番下の加工は東京で使用されていた時期には無かったような気がします…。駅の造作はやはり外国でございました。最後に編成写真を載せて、今回はお終いにさせて頂きます。東京でこの電車に何回も乗った方には懐かしい画像ではないでしょうか…。堪能してしまいました。次回はウォーターフロントをレポートいたします。
2005/11/07
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真珠湾の精神的な衝撃から漸く復活しようとしております。いやあ、第二次大戦の米戦艦は流石に凄いですねえ。ミズーリ号、大したものでした。我が国の降伏調印記念プレートなんかもあって厳しいものを感じてしまいました。本田美奈子さんの逝去にも驚かされました。ご冥福をお祈りいたします。さて、続きです。先ずは前回紹介し損ねた画像からです。繁華街の地図屋で撮影しました。アルゼンチンの東方海上に浮かぶ島々の名前が、「MALVINAS」となっており、またアルゼンチン領となっております。我が国の地図では「英領フォークランド諸島」となっている島でございます。ううむ、主張しつづけている訳ですね。北方領土もしつこく主張しつづけることも大事でございますね。さて、このフロリダ街の路上で大道タンゴダンサーが踊っておりました。まあ、見事なものです。少し前に表紙に使っていた写真も含まれて下ります。チップを5米ドルも弾んで写真を撮りまくりました。枚数が多いのですが、とりあえず、載せてみます。先ずはソロダンスから。続いて女性ダンサー2名のダンスでございます。この一番最後の写真を表紙に使っておりました。顔が映っていないのが良いですよね(と撮影者は勝手に思っております)。余韻が残るでしょう…?。この人が座長のようです。貫禄がありました。続いて男女の情熱的なダンスになりました。この連続写真は4分の1秒間隔で撮影したものです。いかに動きの速いダンスかが分かりますでしょう…。ちょっと枚数が多くなったので今回はここまでにさせていただきます。【昨日の成果】なし。【昨日の判明成果】11/3 JL0053 TOKYO-NAGOYA Y 181 旅クラブ搭乗ボーナス 100 マイルUPボーナス 181 合計462マイル11/3 JO0084 NAGOYA-HONOLULU Y 2,808 旅クラブ搭乗ボーナス 100 国際線チケットデリバリーサービス 150 eチケットフライトボーナス 150 Webチェックインボーナスマイルキャンペーン 250 マイルUPボーナス 4,011 合計7469マイル
2005/11/07
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前回はレティーロ駅の一つをご紹介しました。もう少し、この駅の周辺をレポートします。外から見たプラットフォームの屋根でございます。なんとなくスノーシェルターみたいです。ディーゼル機関車を寄せてみました。逆光気味でデティールが上手く映っていませんね。反省…。もう一つ別の会社のレティーロ駅です。いい建物ですねえ…。こっちのホームには長距離臭い機関車牽引の大編成列車が停車しています。これを撮影している時に駅員さんに「撮影禁止だ」と言われて追い立てられてしまいました。ううん、上手く行かないなあ。さて、この辺でレティーロ駅を後にして、前の前の日に出かけた5月広場付近に徒歩で移動いたします。5月広場がブエノスアイレス発祥の地でございます。歴史的な建築物を見に行きました。ホテルの近くのなんと言うことはない街路でございます。こんな感じの通りが無数にございました。歩いて15分ほどで5月広場に到着いたしました。ここから先は5月広場から周辺の建築物を撮影したものです。カビルドと呼ばれる建物です。最初はスペイン植民地の行政府として使われたそうです。独立後はブエノスアイレス市議会として使われたそうな。大聖堂(カテドラル・メトロポリターナ)と言う名前の教会でございます。言ってみればアルゼンチンのカソリックの中心です。でも、見かけは全然教会建築ではありませんね。何でギリシア風の建築にしたのだろう…。五月広場から北東に伸びる道です。遠くに見えるのはオリベスコと呼ばれるモニュメントのようです。同じく5月広場沿いの建物です。どうも中央官庁臭いのですが看板が無いので分かりません。クラシックな衛兵が居ますから、国防省かなあ…。広場から街路が放射状に伸びておりますので、広場に一番近い建物は皆三角形でございます。カテドラル・メトロポリターナからカビルドを引いて撮ってみました。案外小さい建物なんです。5月広場そのもののショットです。ろくな構図じゃありませんが、これしか無かったのです。木は切れてるし、下手糞の極致なのですけど。5月広場北東角です。右側がカテドラルです。こんな感じの街並みなんです。何と言うこともない銀行なんです。銀行は大体こういう重厚な建物でした。銀行をもう一枚写して見ました。この辺で5月広場から北東方向に移動し、繁華街のフロリダ通りに入って参ります。ブエノスアイレス市の中心部にはやたらと銅像があるんですよね。これがフロリダ通りです。特別舗装で自動車乗り入れ禁止です。でも余り大きな道でもないのですねえ。この道沿いに安い店から高い店まで並んでします。大阪に例えると心斎橋筋商店街みたいなものです。大丸そごうから貧乏臭い店まで色々です。この通りで路上タンゴパフォーマンスをやっていたのです。タンゴを見ていなかったので結構うれしかったので、バンバンシャッターを切ったのでございますが、その模様は次回にレポートとさせていただきます。
2005/11/06
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南米大陸に到着して5日目の行動をレポートします。最終日の夜便でブエノスアイレス・エサイサ国際空港から北米のワシントンDCへ向かうことになるのでございますが、それまでの時間をブエノスアイレス市内観光に充てました。市内観光といっても私の趣味丸出しの行動でございますので、普通の名所旧跡周りではございません。行った先は、鉄道中央駅周辺・フロリダ街という繁華街・ウォーターフロント地区・日本庭園などでございました。とりあえず時系列でレポートいたします。ブエノスアイレスで2泊した安宿のベランダからの風景です。美しい街の中の貧乏臭い地域にあるホテルでした。何となく香港みたいです。ここをチェックアウトし、先ずはレティーロ地区に向かいます。南米に来ても「鉄」趣味は衰えず、先ずは鉄道関連を攻めます。この時計塔は何かに似ていると思いませんか?。実は英国ロンドンのビックベンのイミテーションなのです。この広場はブエノスアイレス中央駅の正面に位置する旧英国広場でございます。アルゼンチンの鉄道施設は英国資本によって建設されました。英国系の移民もたくさんいるようです。アルゼンチンへの忠誠を込めてこの塔を建設したそうな…。フォークランド紛争の際は格好の破壊の標的になり、ぼこぼこにされたと言う事でございます。ううむ…、大東亜戦争中に西洋人形を竹やりで撃破した我が国と似たメンタリティでございますね。戦争の際に名前も変更になり、現在の名前は「アルゼンチン空軍広場」でございます。これらの重厚な建物は全て駅舎でございます。先ほど触れた通り、アルゼンチンの鉄道は英国資本によって建設された民営鉄道でございました。これらの駅の名前は皆同じレティーロなのでございます。4つの会社が隣接してターミナル駅を建設したのでした。まあ、阪急梅田と阪神梅田と省線大阪駅が並んでいるとお考え下さい。19世紀の建築ですので、こんなレトロなデザインになっております。早速駅舎に入ります。コンコース入り口でございますね。切符売り場でございます。レトロな感じです。長距離の切符を売っているようです。アルゼンチンの鉄道はペロン政権時に国有化されますが、その後投資が行われず高速化もできないまま、道路運送との競合に敗れて参ります。そして、90年代に民営化されると殆どの路線が廃止されてしまうのでございます。こんなに立派なターミナルがあるのに近郊の通勤線のみが残っている…。涙でございますねえ。近郊通勤線の近距離きっぷの自動販売機です。結構大きい…。香港や韓国の切符自動販売機に似ています。日本に比べてどの国も乗客が少ないのでしょうね。こんなに大きくては台数を置けませんでしょうから。プラットフォームに進みます。ヨーロッパ風の全ホームを一つの屋根で覆う形式です。外国鉄道っぽいです。このホームと自動改札がアンバランスで宜しいですねえ。ちょっと長くなったのでここで切ります。もう少し鉄道をご紹介して、その後にブエノスアイレスの繁華街の様子をレポートします。
2005/11/06
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ただ今自宅に到着しました。僅か二日ではございましたが、濃い~旅行になりました。撮影枚数も1000枚近くになりました。厳選して確定レポートさせていただきます。一枚だけ掲げさせていただきます。ミズーリ号です。いよいよネタ過剰になってきました。とりあえず、南米を早く終わらせなければ。
2005/11/06
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皆さんコメントありがとうございました。バンコクベースの客乗の能力>シンガベースの客乗の能力、という式は別に不思議ではないのですね。あまりこれを書くとあれなんですが、見かけ美人度だけはシンガベースの圧勝でございましょうが…。まあ、客乗さんは、緊急時に90秒以内に全員を脱出させてくれる事が本務でございます。余り本務以外のことでごちゃごちゃ言ってはいけませんね。失礼しました。さて、引き続き、ワイキキのキチネットホテルからです。まだ午後3時過ぎなんですが、やることが全部終わってしまった…。買い物は趣味じゃないし、どうしようかなあ。ワイキキのラーメン食べ歩きでもしようかしら。でも、来週に昔の上司とラーメン食べ歩きをするので、今食べてはいけない気もします。さて、今日は朝からダイヤモンドヘッドに登りました。よく知られている事実ですが、ダイヤモンドヘッドは元々は合衆国陸軍の沿岸砲台の着弾観測所でございました。 (トラ!・トラ!・トラ!) -真珠湾は日本の喉元に突き付けられた匕首です。この砲台の仮想敵国も当然日本でございました。本当に明治大正の日本は存在感があったのですなあ。かのアメリカ合衆国が脅威を感じるほどの迫力のある国家だった訳ですね。何となく、十数年で昔みたいな国になるような予感がしますが…。この沿岸砲台着弾観測所は登るための道があるものの偉くきつくて、ヒーヒー言ってしまいましたが、何とか頂上まで行って写真撮影を行いました。 (二〇三高地) -見えますっ。見えるであります。ワイキキビーチも丸見えでございますね。旅順の二百三高地みたいです。すばらしい観測点です。ここからの情報を元に砲撃兵力を統合運用してワイキキ海岸へ上陸した敵戦力を叩くと言うものであったようです。ダイヤモンドヘッドを見終わった次に(楽勝で2時間弱はかかります。これは良い運動になりました)、イオラニ宮殿に参りました。ハワイ王朝最後の数年間に使われた宮殿でございます。「米国の土の上に建つ唯一の宮殿」だそうです。一応なかに入ってみましたが、建築が19世紀の末ごろですので、全般的に近代的でございました。宮殿周辺にはハワイ王国時代の遺構が残されておりますので、カメハメハ大王の銅像とか、王室御用達の宮殿だとかを撮影いたしました。このハワイ王国はアメリカの謀略勢力によって政府転覆が図られ、紆余曲折を経て、アメリカ合衆国の一部になり、1959年に州としてアメリカの本土(みたいなもの)になります。アメリカの謀略と言うと、イランのモサデク政権転覆作戦とか、パナマとか、チリとか、韓国の政権転覆作戦とか、色々他人の国に手を出す作戦をやっているという印象でございますが。実は19世紀から他国政府の転覆に手を染めているんですね。大したものです。これを終えた後に、合衆国陸軍博物館に参りました。この博物館の建物自体が元ランドルフ沿岸砲台でして、要塞建築でございます。しかし、残念なことに展示物は見劣り著しく、あっという間に見終わってしまいました。これなら宮殿をもっとねちっと見ておくのでした。わが国の兵器としては軽戦車が展示されていました。何となく97式中戦車に見えるんですけど…。家に帰ったら確認しようっと。この博物館にオアフ島の軍事施設マップがありました。大体島の半分は軍用地ですね。沖縄の比じゃありません。と、こんな感じで二日目を過ごしました。明日は帰るだけです。何もできません。大体これだけで、ハワイデビューはお終いになります。ハワイがこんなに素晴らしい戦跡地とは、全然知りませんでした。本当に不勉強で…。お恥ずかしい限りです。大変満足いたしました。ゆっくり寝て、スパッとビジネスクラス(の椅子)で東京へ帰ることにいたします。追伸:そう言えばハワイはビーチが有名でしたね。これから見て来ようっと。
2005/11/05
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流石はハワイです。イミグレも日本語、税関も日本語、ホテルも日本語、ホテルのPCも日本語です。日本語で日記が書けるこの快感…、素晴らしいです。さて、本日の中部発ホノルル行きの飛行機は遅れに遅れ、ホノルル到着は予定を一時間以上遅延し、午前10時でございました。インファントの多いこと…。JOのタイ人クルーがホスピタリティ満載のサービスで上手く扱っていましたですね。まじめに、日本語能力を除いて、タイ人クルーの方が能力が高いのではないかなあ…。JLさんのシンガベースのクルーにはこういう印象を持たないのですけどねえ。何でだろう。JOの客層が客乗のホスピタリティを高く見せるのかしら…。まあ、いいや。タイ人の客乗は子供の扱いが上手ということにしよう(シンガの親の場合は子供の保育をフィリピーナのメイドに任せることが多いので、この仮説はまんざら根拠なしということも無さそうですね)。空港からはパールハーバーも近いので、コメントでも見透かされておりましたが、第二次世界大戦の聖地を回りました。傑作戦争映画『トラ・トラ・トラ!』の世界です。 (淵田中佐と結城一等兵曹) -あれがフォード島っちゅう訳ですな?。 -そういうこっちゃ。先ずは、定番中の定番、戦艦アリゾナ・メモリアルに先ず行きました。待たされました…。無料なのはいいですけど、陸からアリゾナにいく船の整理券を貰いましたが90分待ちでした。ちょっと荘厳な演出が鼻について…、なんだかなあ。まあ、大きな被害があったことは事実でございますので。シアターの戦争記録映画が抑制が効いていてとても良かった。昔みたいに、クレイジー・インファミー・ジャップは連呼しておりませんでした。でも、ルーズベルトの議会演説のインファミーアタックは散々流してましたけど…。やはり、変な気持ちになりますね。きっとアメリカ人が原爆資料館や米国戦争犯罪証跡展示館に行っても同じ気持ちになるんでしょうね。ならないかなあ。その次も定番中の定番、大東亜戦争で事実上わが国の生産力を絞め殺した、合衆国海軍グッピークラスの潜水艦バウフィン号に乗艦致しました。これは感動します。物凄い保存状態です。全部ピカピカ。びっくりしました。敢えて例えるなら、お召し列車専用の蒸気機関車のごとく、磨き上げてありました。わが国は空襲を受ける前に輸送船をほとんど米潜水艦に沈められ、資源を日本本土に運び込むことができなくなっておりました。そのせいで、爆撃は要らなかったと主張する人もいるほどです。輸送船乗組員は一説に拠れば70%以上が還らなかったそうです。わが国商戦乗組員の英霊に合掌。この船はわが国の商船を20隻以上、軍艦3隻を沈めたそうです。戦後の海上自衛隊が潜水艦を目の敵にするようになったのも仕方がありません。三つ目も定番でございますが、戦艦ミズーリ(現在は記念艦)に乗船いたしました。この船は世界で最後に建造された戦艦でございまして、大きくて性能が良いです。わが国の大和級に次ぐ大きさです。ちなみに、大東亜戦争の降伏文書の調印は、この船が東京湾に入って艦上で行われました。梅津参謀総長と重光全権の写真とかサインしたテーブルの場所のプレートなどが展示されておりました。惨めな気持ちになってしまいました。でも、来て良かった。流石に第二次大戦時の戦艦を見ることができるのは、近場ではここくらいですから。それにしてもハワイにはもっと早くに来るべきでした。これほど素晴らしい、海軍関係の軍事博物館が揃っているとは想像もしませんでした。アジア太平洋で最高レベルです。現役の空母の出港も見られたし…。満足です。明日は米国陸軍博物館などを回る予定でございます。確定レポートのシリーズ名も『60年目の真珠湾』となるんでしょうねえ…。以上、暫定レポートでした(このレポートは消しません)。
2005/11/04
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これより久しぶりに名古屋に向かいます。失礼ながら愛知万博が終わると何か行く気がしないのです。あー、未だに愛知万博が終わった実感が湧きません。名古屋から飛行機に乗りハワイのホノルルに参ります。今回の目的は真珠湾の戦跡巡りでございます。休暇を一日しか取っていないので、超圧縮スケジュールで参ります。写真的な収穫が上がるかなあ…。留守中はサーバが放置状態になります。ひょっとしたらまた画像が表示できなくなるかも知れません。遅くとも6日夕刻には復旧しますので、見捨てないで下さいませ。
2005/11/03
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昨晩は酔っ払って帰って参りました。コメントにお返事もせんと済みません。橋はこれから名古屋に行って、その後ハワイ方面に出動いたします。うー、体力を消耗しそうです。今回はコロニア→ブエノスアイレスを移動中の船上から撮影した風景をご紹介します。今回は文章を少なくし写真中心にしました。まあ、ごらんください。ここから夕日です。まあ、とにかくご覧下さい。これだけでもコロニアに来た甲斐があったというものでございます。以上が夕日です。文章で補足は不要でしょう。夕暮れの甲板です。陸の見えない2時間がラウンジに引きこもりました。今度はブエノスアイレスの灯が見えてきます。スローシャッターにせざるを得ない暗さなんですが、船が揺れるので厳しいです。このようにして、ブエノスアイレス発コロニア行きの日帰り海外旅行を終えたのでした。2400円でこのツアーです。非常に満足感があります。コロニアに来て良かった、と思えたのでした。次回より、アルゼンチン最終日のブエノスアイレス市内観光をレポートいたします。ツアーといっても地下鉄を乗り継いで走り回っただけですが…。でも、収穫は大きかったのです。お楽しみに。【昨日の成果】なし
2005/11/03
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