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2013.03.10
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カテゴリ: ニュース
( 2007年に書いた「今日3月10日は、東京大空襲の日です」を2008年、2009年、2012年に再録しましたが、今でも同じ怒りを覚えますので、再々録します。悪しからず。)


「今日3月10日は、東京大空襲の日です( 2008年の再録 )」
( 昨年3月10日に書いた「今日3月10日は、東京大空襲の日です」、一年経っても、基本的には考えが変わっていませんので、敢えてその侭再録します。否、広島、長崎への原爆投下が、全く不必要であることを当時の米政府首脳が認識していたことを知り、アメリカへの怒りは、より強くなっています。)

日本全国各地それぞれの市街( まち )に、大空襲の日があると思いますが、今日3月10日は、日本国民が広島、長崎への原爆投下の日、8月6日、9日と共に絶対に忘れてはならない「東京大空襲」の日です。

1945年( 昭和20年 )3月10日、米軍のB29、325機によって38万発、1700トンの焼夷弾が東京の下町一帯に投下され、市街地と無辜( むこ )の市民を攻撃対象とするこの無差別爆撃で、10万人以上の方々が犠牲となりました。中でも、その残虐さにおいて許せないのは、一定の区域の左右を先に爆撃して、そこに人が逃げられないような炎の壁をつくり、炎に挟まれ、逃げ惑う人々を意図的に焼き殺し、虐殺したことです。

ナチスによるユダヤ人虐殺のことは、世界に知れ渡っていますが、こうした米軍による非戦闘員大量殺戮のことがどれだけ知られているのでしょうか。この大空襲を指揮したカーチス・ルメイ少将自らが、「若し、自分たちが戦争に負けていたら、自分は、戦犯として裁かれていただろう」と認めているとのことですから、彼等自身、この空襲の非道さを分かった上でやっていたのです。

然も、許せないのは、このルメイ少将に対して、1964年( 昭和39年 )、航空自衛隊の育成に貢献したとの理由で、日本政府が勲一等旭日章を授与していることです。ルメイ少将のような無差別爆撃の手段を採らなかったが故に更迭された、その前任者をこそ表彰すべきであったと思うのですが・・・。


2007年に寄せられたコメントです。
(Edelstoffさん)


「殺人狂時代」でチャップリンも言ってました。「人を一人殺せば殺人者だが、100万人殺せば英雄扱いにされる・・・」

第二次大戦後65年経った今も、殺し合いは一向に止みません。人間は「気違いに刃物」より始末に負えない生き物に成り下がってしまったのかもしれません。

(偏屈老人)
Edelstoffさん
兎に角、日本人は、忘れっぽ過ぎます。北朝鮮による拉致問題だけでなく、日本は、世界の良心となって、意見を発信していければよいのですが・・・。


2008年に寄せられたコメントです。
(一本杉仙一さん)
旧軍最悪陸幕によるビルマ作戦に参戦させられた亡父は、生前「もとより勲章などオレには縁のないことだが仮に上げると言われてもクソくらえだよ」。
ルメイ氏の叙勲は知ってました。そして「国家とは、母国とは」と問い続け、怒り続けていました。
また、「オレは傷痍庶民、軍人なんかではない、でも人を殺したことは事実」息を引き取るまで悩み続けていました。この29日が4回目の命日です。

(偏屈老人)

「汝殺すなかれ」のキリスト教国、欧米と「不殺生戒」の仏教国、日本との戦いに思いが及ぶ時、更ためて「なぜ人を殺してはいけないのか」を考えてしまいます。
人の命を大切にする、そこから全てが始まり、そこにこそ人の生きる意味も在ると感じています。

(Edelstoffさん)
東京大空襲、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガニスタン、そしてイラク侵攻・・・。
「花はどこに行った」ではありませんが、まさにOh, when will you ever learn? ですね・・・。


(偏屈老人)
Edelstoffさん
彼等に何代にも亙って刷り込まれてきた「人種差別意識」が消えない限り、直らないと思います。


2009年に寄せられたコメントです。
(一本杉仙一さん)
偏屈さま
当時を体験または知っておられる方々が、本当に少なくなってきました。
私の場合も父が他界し、母は存命ですが、私を連れて疎開しておりましたから、戦いそのものは体験しておらず、父を待つ家族の苦しさしか聞けません。
その父母から聞いたことさえ子供たちに伝えることがまことに困難なことです。

しかし、体験せずとも、「人が人を殺す」ことが正当化される戦争の恐ろしさやむごさは何としても伝え、「してはいけないこと」を理屈抜きで教えて行かねばと思います。
このところ、彼らの世代でなくともその次の世代では、「いつか来た道」を歩みそうないやな予感がしてなりません。
私は昨年までは傍観していましたが、今年の8月には戦争絶対反対のデモに参加する予定です。

(偏屈老人)
一本杉仙一さん
この3月10日が、その後の原爆投下へと繋がり、更にはヴェトナム、アフガン、イラクでの民間人虐殺に繋がっているように思えてなりません。

「Peace on Earth 地には平和を」、そして、貧富の格差をなくし、皆でグリーン革命を目指せば、地球は未だ、美しい星であり続けられるのでしょうか?


2012年に寄せられたコメントです。
(ミンキエッティさん)
東京大空襲のときは2歳。福井の山奥に疎開中でした。
3年後外地から生還した父が迎えに来てくれました。
毎晩うわ言を言い、マラリヤの後遺症で痙攣する父の苦悩をみて、戦争はいけないものと子供心にも深く刻まれました。

(偏屈老人)
ミンキエッティさん
その時、愚生は高知に疎開中。
処が、疎開先の高知でも、頭上に焼夷弾が降り注いできました。








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Last updated  2013.03.10 05:03:06
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